調査・報告

日本産牛肉にみる輸出先国のマーケット事情と販売状況
〜シンガポールの事例〜

宮城学院女子大学 教授 安部新一


はじめに

 平成22年4月20日に、宮崎県において口蹄疫の疑似患畜の1例目が確認された。口蹄疫が発生するとOIE(国際獣疫事務局)の非清浄国に分類され輸出停止となる。国内では、感染拡大を防ぐための防疫措置により、7月4日の発生(292例目)の後、新たな発生もなく、7月16日以降実施された清浄性確認検査により、当該地域の清浄性が確認されたことから、7月27日午前0時をもって移動及び搬出制限を解除された。今後は10月に清浄国への復帰申請が可能となり、来年2月のOIE科学委員会で承認されれば国際的に清浄国の認定を受けることとなり、輸出再開へ向けた各国との2国間協議が開始される。今回は今後の輸出促進の参考となるよう、シンガポールにおける輸出事例ついて調査(平成21年12月実施)したレポートを紹介する。

 世界的な日本食ブームの中、海外での日本食品・農産物に対する需要の高まりを受けて、日本国政府は農畜水産物の輸出拡大に向けた取り組みの強化を図っている。ただし、近年まで日本から海外への農産物輸出は極めて少なかった。このこともあり、主要輸出先国における日本食品・農産物の需要動向や流通の担い手と流通ルート及び輸入商社、小売業、外食企業等での取り扱い状況等について不明の点が多かった。そのため、日本国政府は輸出拡大に向け輸出先国において、日本食品を取り扱うバイヤーなどを日本に招聘してのセミナーやシンポジウム、さらに商談会などを開催してきた。また、主要輸出先国の都市における日本食品フェアの開催も同時に行っているところである。

 そうした状況下でも日本側から主要輸出先国を対象とした市場調査の実施は極めて少なく、輸出先国における日本食品・農産物に関する情報は十分とは言えない状況にある。本論文で取り上げる主要輸出品目である牛肉は、我が国でのBSE発生以後、対米輸出が禁止されていたが、平成17年12月にアメリカとカナダ向けが解禁となり、さらに香港は19年4月、シンガポールは21年5月、同年の7月にマカオ、10月にタイ向けがそれぞれ解禁となった。

 そこで、昨年の5月に解禁になり約半年が過ぎたシンガポールでの市場調査を実施(平成21年12月)することにより、輸入商社、スーパー等小売業など流通業者における取り扱い状況と取り扱いの可能性、及び取扱拡大・取扱開始を図る上での課題と方向性を明らかにすることを目的にとりまとめを行った。

1 国産牛肉・豚肉の輸出動向と輸出条件

 政府は平成25年度までに農林水産物等の輸出額、1兆円規模を目標に掲げ、官民が連携して輸出促進への取り組みを推進している。そうした背景もあり、日本からの農林水産物・食品の輸出額は、平成16年の2,954億円から年々増加し19年には4,337億円、20年には4,312億円と横ばいとなっている。そのうち食肉は、18年には10億7千万円から19年には31億円、20年には53億9千万円へと大幅に増加した。特に、食肉輸出額の大部分を占める牛肉は、日本からの輸入を解禁する国が相次いだこともあって18年の6億5千万円(数量ベースで76トン)から20年には40億5千万円(同様に582トン)へと増加傾向にある。

 牛肉・豚肉の輸出に際しては、輸出先国からと畜・解体処理施設の認定を受けなければならない。ちなみに、シンガポールへの輸出可能な処理施設としては、群馬県食肉卸売市場、鹿児島県の南九州畜産興業株式会社、同県のサンキョーミート株式会社有明ミート工場、さらに岩手県の岩手畜産流通センターである。また、輸出のための主な条件は輸出先国により異なる。シンガポールの場合、①先に示したように、シンガポール政府が認定した施設で処理されること、②日本で生まれ、飼育された牛由来であること、③30カ月齢未満の牛由来の脱骨したものであること(と畜、解体の過程で、扁桃、回腸遠位部、脳、眼、せき髄、頭蓋骨及びせき柱が除去されていること)である。なお、シンガポールは国内での農林水産物・食品の生産は極めて少なく、海外からの輸入に依存しているため、輸入に際しての関税は無税であり、輸入ライセンス申請手数料として申請時に21.5シンガポールドル、年間ライセンス料84シンガポールドル、及び輸入手数料として冷蔵、冷凍、加工肉は100キログラムごとに4.6シンガポールドルを支払う。また、輸入商社等からのヒアリング調査では、輸入に際して通関手続き等で問題発生になることは見られず、日本からの輸出については極めて容易に行われている。

2 シンガポールのマーケット事情

(1)シンガポールの牛肉消費と輸入動向

 シンガポール共和国の人口は、498万7,600人(2009年9月現在)であり、人種構成は中華系74.2%、マレー系13.4%、インド系9.2%、その他3.2%となっている。こうした多様な人種・宗教の人々が暮らす他民族国家であり、そのため人々の食文化と食生活も異なることから、チャイナタウンやリトルインディアなどの小売市場を中心とした特徴的なエリアが見られる。シンガポールにおける2008年の食肉1人当たり年間消費量は、牛肉4.0キログラム、豚肉19.2キログラム、鶏肉32.7キログラムであり、牛肉の消費量は他の食肉に比べ少ない。この背景には、インド系は宗教上の関係から牛肉を食べず、またマレー系もイスラム法にのっとって処理した牛肉しか食べないことも要因であろう。ただし、人口の4分の3を占める中華系は宗教上の制約がないこと、さらに、シンガポール人は食に関する興味と関心が高いことから、日本食とともに日本産牛肉に対する関心も非常に高いといわれている。

 近年のシンガポールの牛肉輸入量の推移を2005年と2008年で比較してみると、冷蔵骨なし牛肉では、2005年に比べ2008年には1.5倍、同様に冷蔵骨付き牛肉は2.4倍、最も輸入量の多い冷凍骨なし牛肉では1.25倍、冷凍骨付き牛肉では2.7倍とそれぞれ大きく増大している(表1参照)。

表1 シンガポールの年間輸入量・輸入額の推移
資料:「Singapore Trade Statics」シンガポール国際企業庁
シンガポールの牛肉輸入量の推移

 これを牛肉全体の輸入金額ベースでみると、2005年には8,940万2千シンガポールドルであったものが年々高まり、2008年には1.7倍の1億5,503万9千シンガポールドルへと、牛肉の消費量は飛躍的な伸びを見せている。そこで、牛肉の輸入先を骨なし牛肉の国別輸入量合計からみてみると、ブラジル産45.5%、次いで豪州産31.8%と、この2カ国で骨なし牛肉輸入量の約8割を占めている(表2参照)。

表2 2008年の骨なし牛肉の国別輸入量
資料:「Singapore Trade Statics」シンガポール国際企業庁

 そのうち、日本産牛肉と最も競合するとみられる冷蔵骨なし牛肉の国別輸入量は、豪州産が59.0%と最も多く、次いでニュージーランド産30.5%であり、これら2カ国で9割を占め、特定国から輸入が行われている実態が見られることが特徴である。

(2)シンガポールの食生活の特徴と小売・外食業者

 シンガポールでは、共働きの世帯が多く、女性は結婚後も仕事も持ち、掃除や子育ては中東やフィリピン等からの出稼ぎ労働者をメイドとして雇用している家庭が多いと言われている。このため、他の東南アジアと同様に外食中心の食生活であり、大型ショッピングセンター内のフードコートやレストラン街、さらに市中にはホッカーセンター(フードコート)も見られる。また、シンガポールは、1人当たりGDPが日本を上回る(2008年IMFデータによれば3万8,972米ドル、日本は3万8,559米ドル)富裕国である。さらに、所得税率は低く、さらに相続税の制度はないことから資産家は代々続くことになり、そうした富裕層の人たちは、日本に対する関心が高く2008年における来日人数は約16万8千人(来日国別で第10位)であり、観光客の多くは日本の食事を味わうことも目的の一つとして来日していると言われている。日本に来日した経験をもつ人の多くは、日本食の美味しさを知り、シンガポールにおいても重要な顧客となっている。さらには、富裕層以外の中間層でも、雑誌やメディアを通じて日本の文化に触れ、日本食品と日本食のブームにもつながっている。こうした背景から、日本食レストランも急増しており、現在では300から400の店舗が営業しているといわれている。高級和食の店舗から外食チェーンや居酒屋チェーンなどが相次いで出店している。

 一方、国内で店舗展開している小売業は、大きく地元資本系の大手量販店と外資系に区分され地元資本系のスーパーの2社で7割から8割のシェアを独占しているとみられている。このうちCold Strageグループ(1903年創業、2003年より香港のデアリー・ファーム・インターナショナル社傘下)は国内に50店舗を展開(客層の所得に合わせて、高所得者層向けのMarket Placeは18店舗,一般消費者層向けのJaison,Shop N Saveで32店舗)している。もう一つのNTUC(National Trades Union Congressの略、シンガポール全国労働組合会議)グループのFair Priceは国内に107店舗を展開している。一方、外資系では、日系小売業のほかにフランス系量販店がみられる。日本産牛肉は主に日系小売業で販売されている。

(3)我が国からの牛肉・豚肉輸出状況と国内流通ルートと担い手

①国内の日本産牛肉の流通ルートと担い手

 調査時点でのシンガポールへの日本からの牛肉輸出は、農協系統と商系の食肉加工メーカーのルートが見られる。農協系統は全農関連企業であるJA全農ミートフーズ(以下、全農ミート)が岩手県の「いわて牛」と群馬県の「上州和牛」の国産ブランド牛肉を取り扱っている。いわて牛は、岩手畜産流通センターで上州和牛は群馬県食肉地方卸売市場併設と畜場でそれぞれと畜・解体され、全農ミートを経由して輸出され、シンガポール国内の卸売業者を経由して日系百貨店へ流通している。一方、食肉加工メーカーが取り扱っている宮崎県の「都城和牛」は、鹿児島県のサンキョーミートでと畜・解体され、当該食肉加工メーカーから日系商社を経由して当該食肉メーカーで販売している。鹿児島県の「曽於和牛」は、鹿児島県の南九州畜産興業でと畜・解体され、日本ハムが輸出し、シンガポール国内の卸売業者が輸入手続き業務を行い、取引先の日本食レストラン等外食業者に販売される。そのほかに、鹿児島県の「鹿児島黒牛」と「黒豚」は、シンガポール国内でうなぎのレストランを経営する日系外食店が中核的な担い手であり、黒豚は南九州畜産興業でと畜・解体後に、シンガポールの卸売業者と当該日系外食店を経由して、現地の外食店へ卸販売されている。

②流通段階別にみた日本産和牛の取り扱い状況と担い手の機能と役割

 そこで、シンガポール国内での日本産和牛の取り扱い状況と流通の担い手の機能と役割について、ヒアリング調査事例から見てみよう。

ア.卸売業者A

 曽於和牛を取り扱っているA社では、食肉卸売業とともに取引先である外食店への配送機能も担っている。当社の牛肉の取扱構成割合は豪州産70%、ニュージーランド産20%、アメリカ産8%、日本産2%である。日本ハムからの輸入仕入部位は、ロイン3点セット(ヒレ、サーロイン、リブロース)にプラス1から2部位(三角バラ、チャックロール等)を入れたセットでの取引である。日本食レストラン等外食店との取引はセットではなく、単品部位別である。そのため、希望する部位のみを輸入・仕入できれば販売価格が現在よりも安くなり、取引量とともに取引先の拡大にもつなげられると考えている。これは、日本産和牛をよく知る高所得者層の消費者なら価格に関係なく購入するが、取引先も含め一般の消費者がもっとも重視しているのは購入価格である。このため、今後の日本産和牛の取り扱い拡大における最も重要な課題は取引価格であると指摘している。さらに、日本からの貨物輸送経費が高いことがネックとなっていることを取り上げている。日本から1回当たりロインセットとプラス1から2部位セットでは300キログラムから400キログラムであるため、現在はエアー便を利用している。このためアメリカからは1キログラム当たり約3ドル50セントであるのに対し、日本からは約10ドルと高い。取引量が拡大すれば船便でのコンテナ利用が可能となり、輸送コストの低減につなげられる。日本産和牛(A−3等級)は、豪州産和牛よりも3割程度高い価格である。このため、担当者からは消費者が豪州産和牛から日本産和牛に移るためには、価格の引き下げが必要な条件であると指摘しており、そのためにも輸送コストの削減は是非とも必要となっている。

イ.日本食レストラン

 某ホテルが直営している日本食レストラン(鉄板焼き)では、曽於和牛のヒレ、サーロイン、リブロースのロイン3部位をA社から仕入れている。これらの部位を利用したメニュー価格(100グラム当たり)は、ヒレはA4等級使用で135シンガポールドル、A5等級使用で200シンガポールドル、サーロインはしゃぶしゃぶ用にA5等級使用で200シンガポールドル、リブロースはステーキ用にA4等級使用で125シンガポールドルとなっている。日本産和牛を食材として取り扱い初めて、しゃぶしゃぶとすき焼きメニューについては不人気であるが、鉄板焼きとして少しずつではあるがリピーター客が見られる状況にある。ヒアリングした日本人シェフによれば、利用しての留意点として以下の3点を指摘している。第1にエアー便を利用しているとこともあり、豪州産和牛に比べて日本での取引価格の2倍以上となり高いことである。同店では日本国内での市場取引価格がキログラム当たりA5等級で8,000円、A4等級では5,000円が仕入れる上での上限価格帯との考えである。第2にシンガポールでは、香港と違い、日本産和牛のA5等級牛肉は脂身を含め肉の味が濃いとして好まれないため、A4等級までの牛肉を取り扱う考えである。第3に日本国内でと畜・解体しチルドパックして45日間が品質保持期限であるが、実需者側に届けられるのがと畜・解体して3週間を経過したものが含まれるケースが見られることである。店では好みの熟成をするため卸売業者の貯蔵倉庫に直接出向き自店に向く肉質の牛肉を選んで仕入れていることから、品質の良い肉であっても、賞味期限が終わりに近い牛肉は仕入れることができないとの指摘が聞かれる。

 今後の日本側に対する要望としては、パーツ取引と価格の引き下げである。前者については、現状では例えばヒレについては、卸売業者に5分割カットを依頼しているものの、卸売業者が再度真空パック方法の技術を保有していないため、品質の保持が難しかったり、あるいはフルセットでの仕入のため、不需要部位の取り扱いに苦慮している事例が見受けられる。そのため、現地卸売業者が取り扱いやすいように必要とするパーツ(ヒレ、サーロイン、リブロースのロイン3部位)での取引を要望している。同店でもパーツ取引になれば、曽於和牛以外のブランド牛の取り扱いを希望している。また、価格の引き下げについては、チャックロールが1キログラム当たり90シンガポールドルという現状からもう一段の価格の引き下げができれば、ホテル内のほかのレストランでの利用拡大が可能と考えている。引き下げにより日本食レストランのみならず、現地のレストラン等へ取引先の拡大が可能と考えており、そうなれば取扱量が増え、そのことにより輸入価格の引き下げ、国内での取引価格の低下につながり、利用拡大できることを希望している。

ウ.日系輸入・小売業

  都城和牛の輸入から小売販売まで行っている同社では、平成21年6月に取り扱いを開始した。現段階での牛肉の取扱構成割合は豪州産50%、アメリカ産15%〜20%、日本産30%〜35%である。都城和牛は発注してから2週間程度で輸入されるため30日程度の期間に販売を行う。小売店頭での商品は、すきやき、しゃぶしゃぶ、焼肉用がメインとなっており、それに使用する部位を必要に応じてパーツ別に仕入れている。同社は、売価は高くても品質の良い商品を受け入れて購入してくれる消費者層を対象としている。そのため、肉質等級ではA−5等級を中心に、たまにA−4等級を仕入れるのみである。シンガポールにおける小売販売において、日本国内の有名ブランド牛を取り扱っても販売には影響しないとの考えから、都城和牛の味やジュシーさを訴求して販売を行い、他のブランド牛について新たに取り扱う考えは聞かれなかった。また、シンガポールでは、一定以上の高品質和牛を品揃え販売を行っていたものを、それ以下の品質を落として販売すればこれまでの顧客が逃げてしまうとの考えであることから、今後とも高品質の和牛販売を行う考えである。そのため、今後の課題としては、必要な一定品質の部位を安定的に調達することである。特に、日本でのと畜・部分肉加工包装後から賞味期限が決められていることにより、1回当たり仕入量と販売できる期間に限りがあるため、今後大きく取り扱いを増やすことは考えていない。

エ.卸売業者のB社

 同社は全農ミートから組合貿易を経由して、上州和牛といわて牛を仕入れている。日本産和牛の仕入は、当初は半丸フルセットであったが、現在はロイン3点セットが中心である。日本からの輸入は当初、2週間に1回であったが、現時点では毎週1回となっており、1回当たり輸入量は300〜400キログラムとなっている。日本産和牛の取引先は、日系百貨店のほかに25店前後のレストランへ販売している。レストランの場合は、スタンディング・オーダー(ユーザーから事前に提示された条件に該当する製品を、ユーザーが選択した頻度(日、月等)毎に提供する方法)である1週間に1本又はキログラム単位での発注もみられる。ただし、店舗での在庫が無くなるとスポット的に発注してくるケースもみられるため、メニューから外されないよう、卸売業者の役割として取引先の発注に対して即必要量を対応することが求められている。同社では一定の需要量を予測しての見込み発注を行うことから、スムーズな取引と品揃え対応を図ることを含めて、全農ミートや組合貿易とのコミュニケーションが求められる。特に、ロイン3点セットの中で、リブロースなど脂身があるため人気がない部位を今後、有効に利用するためにはカッティング方法の指導も必要である。さらに、日本産和牛の取扱拡大のためには、チャックロール等のこれまで利用していない新たな部位の利用も検討する必要がある。また、レストランについては、既存取引先における数量の拡大ではなく、新規に中級レストランの取引先を開拓することにより、中級部位のかたロースの利用拡大を図るための検討を行っている。

オ.日系百貨店

 先に事例として取り上げた卸売業者B社から上州和牛といわて牛を仕入販売しているのが日系百貨店である。同店の顧客層はシンガポール人が約8割、残りが日本人を含む外国人となっている。日本産和牛の取り扱い開始は、平成21年7月上州和牛の販売からであり、さらに同年8月と12月にはいわて牛の取り扱いを開始している。現在の牛肉取り扱いは、日本産和牛、アメリカ産和牛、豪州産和牛のほかにアメリカ産チョイス等である。平成22年には店内の改装を機会に新たに日本産和牛コーナーを設けアメリカ産和牛と豪州産和牛の取り扱い販売をとりやめ、それに代わって日本産和牛の売場スペースを拡充して、販売強化を図る計画である。改装により、現在の日本産和牛の販売高は1日当たり約1.000〜1,500シンガポールドル、日本産黒豚1日当たり約500シンガポールドルのところを将来的には日本産和牛と黒豚で1日当たり4,000〜5,000シンガポールドルを販売したいと考えている。こうした背景には、アメリカ産等の和牛に比べ日本産和牛は脂身の違い、それに基づく香りの違いなど差別化商品として訴求しやすく、日本人よりもシンガポール人の評価が高いことがある。今後、販売拡充を図る上で卸売業者に依頼しているのは、トップオブザビーフとしてのA−5等級に加え、A−3等級の新規取り扱いである販売促進活動により、多くの消費者に試食販売し消費拡大を図っていきたいとしている。さらに、仕入部位も現在のロイン3点セットから、新たにランプやかたロースの利用を考えている。ただし、ロイン以外の部位の取り扱いは、肉のさばき・整形加工技術が必要となることから、それに携わる職員への技術指導を行い、ランプやかたロースなどの部位を利用した新たな商品づくりと品揃えを拡充して売場づくりを行っていくことが重要となっている。また、売場の拡充に伴い日本国内のさまざまな産地ブランド牛を取り扱いたいとの考えから、輸出認定工場以外の関西や北海道からのブランド牛の品揃えを求めている。さらに、販売を継続していく上で、価格は重要な取引要件である。現在のエアー便では輸送コストが嵩み日本国内の約3倍の取引価格となる。今後は船便の使用により、輸送コストを低減して、国内に比べ2倍以内の価格に抑えて販売しなければ販売拡充は難しいとの考えである。

 同店では、日本産和牛以外に黒豚も販売しており、現地の卸売業者などを経由して販売している。黒豚については、以前から扱っているアメリカ産パークシャーとの品質格差は見られないにもかかわらず価格差が大きいため、日本人が購入するにとどまっており、現状での販売は厳しいとの意見であった。黒豚の仕入形態はフルセットであるため、売れるロースとばらのパーツ補充と売れないすねとももといった不需要部位についての商品開発が必要になっているが、後者については、現状ではひき肉として使用している。今後取り扱いを継続していく上で、サツマイモの給与期間を延ばしてアメリカ産や豪州産との味での差別化を図ること、また、牛肉と異なりエアー便が主流の日本からの輸送は船便であることから、もう一段の仕入価格を下げてアメリカ産等との競争力を高める必要があるとの考えである。

 今後、日本産和牛を含めた日本食品の販売促進活動では、マンネリ化を打破するためにも、日本各地の地域食品・農産物を出店し、試食販売を行っていくことが必要と考えている。特に、主要顧客の8割が現地のシンガポール人であることから、日本に興味を持つ現地の消費者に喜ばれ、店舗へ足を運んでもらうためにも、日本各地の旬の食材を使用しての試食宣伝販売を行っていくことが是非とも必要と考えている。

3.日本産牛肉の輸出促進を図る上での問題点と課題

  我が国からの牛肉輸出解禁後、7カ月(21年12月現在)を経過したシンガポールにおける日本産牛肉は順調な滑り出しと見られた。特に、テーブルミート用としては日系小売業での取り扱い、販売促進活動も積極的に行われ、シンガポール人の日本産和牛への認知度も高まりを見せている。ただし、テーブルミート用として量販店への販売ルートとしては、商系と農協系が二大ルートとして構築されており、今後新たなルートが構築される可能性は調査段階では見られなかった。このため、今後、既存ルートの拡大を図ることが輸出拡大のためには重要となっている。また、調査対象先ではテーブルミート用の需要の大幅な拡大は難しいとの見解も聞かれた。一方、外食店等の業務用需要先では、日本食レストランの新規開店もあり、日本産和牛の需要はこれからも一定数量の伸びは見られると考えられる。

 次に日本産和牛の輸出拡大に向けての問題点と課題を見てみよう。輸出先国での需要拡大のためには、一般的にみて輸出農水産物は国内取引価格の3倍程度で輸出先国において取引されている価格を、2倍程度までに抑えていくことが求められている。

 シンガポールの調査では、外食企業との取引で、在庫がなくなるとスポット的に発注するケースも多いことから、日本産和牛を取り扱う卸売業者では在庫調整と配送機能の強化が重要となっている。さらに、レストランや量販店等実需者側への安定供給体制を構築していくためにも日本国内の輸出企業、輸出先国の輸入業者・卸売業者との緊密な取引関係、特に生産・流通の情報を共有していくことが求められる。日本産和牛への潜在的需要が見られることから、こうした課題を解決していくことにより輸出拡大を図ることが、日本国内の産地生産者の頭数維持と拡大のためにも必要である。
【当該レポートのほかに、タイバンコクでの調査も実施しており、レポートはALICのHPにて閲覧できます。http://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/2010/sep/spe-02.pdf

謝辞

 本調査を実施する上でシンガポールでは、独立行政法人農畜産業振興機構本部とともに、シンガポール駐在員事務所の所長佐々木勝憲氏、同次席吉村力氏には調査先の選定と日程調整等で全面的にご協力いただき大変お世話になりました。また両氏の他に在シンガポール日本国大使館の本川秀則二等書記官にも貴重な資料と情報の提供を受け、さらに3氏には調査にも同行いただき調査がスムーズに進められた。こうした方々の協力なくしては当該国での調査実施は困難であった。ここに記して厚くお礼を申し上げたい。


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