【要約】牛肉の需要は、長引く景気低迷を反映して明るい展望が見えない状況にある。 こうした中、おいしさを決める要素を科学的に分析し、それを物差しとして消費者に示すことにより、安全性に加え、客観的なおいしさをPRする取り組みや、低価格帯の牛肉について、と畜処理後の熟成の工夫により付加価値商品の開発につなげたケースなど、牛肉の品質を脂肪交雑(サシ)や歩留以外で評価する事例が見受けられるようになっている。 今般調査した、長野県の「信州プレミアム牛肉」および東京の民間業者の「ドライエージングビーフ」は、オレイン酸やグルタミン酸といった要素を付加価値と位置付け、独自の販売戦略を展開する。これらは、牛肉の新たな需要の掘り起こしが期待できる取り組みとして注目に値するものであり、牛肉の生産を支える畜産部門の経営安定につながる一歩として期待がかかる。 1.信州プレミアム牛肉
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表1 長野県の牛肉関連指標 |
資料:MAFF「畜産統計」、「食肉流通統計」、総務省「家計調査報告」、長野県 注:家計消費量は世帯当たり消費量(2世帯以上)/世帯人数により算出 |
信州あんしん農産物制度の創設と期を同じくして、長野県は平成16年度、県産和牛肉の認知度向上を図るとともに、高品質な牛肉の生産拡大及び県内における需要創出・拡大を進めるため、牛肉の食味に関する調査・研究に着手した。その結果、不飽和脂肪酸の一種であるオレイン酸は、融点が低いことから、これを多く含む牛肉を口に含むと口溶けが良く食べやすくなる上、香りの評価が高い傾向があることが判明した。また、脂肪交雑(サシ)の多い牛肉ほど、ジューシー感や「和牛香」と呼ばれる香りが高まることも県の調査で明らかになった。
このような調査・研究に基づき、県は平成21年度、独自の厳しい基準を設け、とりわけ安心・安全でおいしい牛肉を認定する信州プレミアム牛肉認定事業をスタートさせた。
この事業は、食味(香り、食感)というおいしさを基準に牛肉をブランド化する全国初の試みである。具体的には、社団法人日本食肉格付協会による牛枝肉取引規格のうち脂肪交雑基準および胸最長筋(ロース芯)中のオレイン酸含有率について、以下のいずれかの条件を満たす黒毛和種の去勢又は未経産牛を「信州プレミアム牛肉」として認定する。
①脂肪交雑7以上(4等級の上限)及びオレイン酸の含有率55%以上
②脂肪交雑5以上(4等級の下限)及びオレイン酸の含有率58%以上
③脂肪交雑8以上(5等級の下限)及びオレイン酸の含有率52%以上
図1 「信州プレミアム牛肉」の認定基準(イメージ) |
資料:長野県 |
資料:長野県 |
オレイン酸の含有率は、と畜場において、枝肉の切開面で測定される。長野県では、国の補助金(強い農業づくり交付金)を活用して測定装置を導入し、県内の荷受業者3者に委託して、枝肉単位で測定し、認定を行っている。
これら3者はいずれも、県から「信州プレミアム牛肉登録流通業者」として認定を受け、県が定める「信州プレミアム牛肉商標」の積極的な使用を通じて、販路拡大に努めている。
図2 オレイン酸の測定状況 |
肉質等級4(BMS No5)以上に格付けされた枝肉の切開面で、オレイン酸含有率を計測。わずか数秒で結果が画面に表示される。 |
信州プレミアム牛肉の対象となる牛は、安心・安全を確保する目的から、認定農場からの出荷に限定される。県内の肉用牛農家(肥育および一貫)約400戸のうち115戸が認定農場であるが、この事業が始まってから、認定希望者が増加しているという。
現在、長野県内で生産される牛肉にはいくつかの銘柄が存在するが、信州プレミアム牛肉は、これら銘柄の優劣を表したり総称するものではなく、それぞれの銘柄で出荷された牛肉のうち、格付等級と食味に優れた牛肉であることを表すものである。このため、「○○牛の信州プレミアム牛肉」と表記することも可能である。
なお、信州プレミアム牛肉として認定されるのは、個体として確認できる部位(かた、かたロース、リブロース、サーロイン、ヒレ、ばら、もも、ランプ)などとなっている。
図3 信州プレミアム牛肉に認定される部位 |
①かた ②かたロース ③リブロース ④サーロイン⑤ヒレ ⑥ばら ⑦・⑧もも ⑨ランプ |
長野県は、販売店、飲食店、宿泊施設など、信州プレミアム牛肉を消費者に販売・飲食提供する店舗を「信州プレミアム牛肉取扱登録店」と認定している。登録店の店頭には、プレートや幟(のぼり)とともに、枝肉ごとに発行され、個体識別番号や登録商標が付された認定証が掲示される。こうした取り組みは、優れた食材やこだわりの食材を求める消費者に対し、確かな情報を提供するものであり、信州プレミアム牛肉の消費拡大およびブランドイメージ向上の一助となっている。
図4 登録店の店頭風景 |
県が登録する商標は全部で4種。このうち2種が掲示されている。 |
信州プレミアム牛肉の供給は、当初は不安定であったという。しかし、供給はその後徐々に安定し、常時取り扱う登録店も増えつつある。店舗数は平成23年1月6日現在、185店に達し、このうち21店は東北、関東、東海、関西など県外に幅広く分布している。登録店が増えている背景には、信州プレミアム牛肉そのものの評価が県内外に広がっていることに加え、長野県産の高品質な牛肉を扱っているということを消費者や宿泊客にPRできるとする、登録店としてのいわば副次的な評価があると推察される。
関係者の評価を聞くため、信州プレミアム牛肉として認定された枝肉を登録店に販売する業者を調査した。この業者によれば、平成22年11月に主催した実需者向け即売会では、83頭中51頭が信州プレミアム牛肉として認定され、平均取引価格は枝肉1キログラム当たり2,140円、最高は同4,700円(脂肪交雑11(A5)ランク、オレイン酸54.0%)の値が付いたという。即売会全体の平均取引価格は2,060円であったことからも、信州プレミアム牛肉に対する評価の高さがうかがえる。参加者には、信州プレミアム牛肉の取り扱いで客数が増えたとする焼肉店のオーナーもいたとのことである。
この業者は、年1回の即売会のほか、年間10回程度、東京など消費地での展示会などへの出展を通じて信州プレミアム牛肉の販促活動を行っている。末端のニーズを最も確実に把握する実需者をターゲットとした流通段階でのこのような取り組みが、信州プレミアム牛肉の評価の高まり、認知度の広がりに大きく貢献しているといえよう。
これまでの認定実績では、脂肪交雑7以上(4等級の上限)及びオレイン酸の含有率55%以上の基準を満たすものが最も多く、次いで脂肪交雑8以上(5等級の下限)及びオレイン酸の含有率52%以上、最も少ないのが脂肪交雑5以上(4等級の下限)及びオレイン酸の含有率58%以上となっている(図1参照)。また、オレイン酸の含有率が高いものは脂肪交雑(BMS)数値も高い傾向がある一方、BMSの高いものが必ずしもオレイン酸の含有率が高くはならないことが判明した。関係者の間では従来より、サシが入っていても、それほどおいしさが感じられないことがあるとされてきた。今回調査した業者は、このような牛肉はオレイン酸の含有率が少なかったのではないかとみている。
長野県は、信州プレミアム牛肉の認定目標について、認定農場から出荷される黒毛和種のうちA4・B4が見込まれる頭数の約5割に相当する年間600頭と置いている。初年度の平成21年度は、482頭にとどまったが、2年目の平成22年度は、認定農場数の増加もあり、目標を超過して達成すると見込まれる。
しかしながら、価格を見ると、前述の即売会では信州プレミアム牛肉に高値が付いたものの、一般的には、通常のA4、A5とあまり差がついておらず、際立った優位性が確認できない状況にある。県としては、将来にわたって高品質な牛肉の生産を維持・拡大させるため、信州プレミアム牛肉の価値が取引価格に反映され、生産者に利益が還元されるような取り組みが必要だと考えている。
どのように牛を育てると、オレイン酸を多く含むようになるのか?
長野県は現在、信州プレミアム牛肉のデータを収集している。高品質な牛肉の生産には、血統、飼料、飼養管理などさまざまな要素が関係するため、データを分析し、最終的に肥育方法を確立するには相当の時間がかかるとみられる。
これまでの実績からは、と畜月齢や血統などとの関係は明らかになっていないが、信州プレミアム牛肉の認定頭数は農場によって偏りがある。
今回、出荷する牛の多くが信州プレミアム牛肉と認定され、平均格付等級4.5、オレイン酸の平均含有率56.7%という肥育農家を調査した。
この農家は、良い牛を育てるポイントは「血統5割、飼料2割、残りの3割は愛情」であるとする。食事以外のほとんどの時間を牛舎で過ごし、牛に病気やストレスがないか常に目を配る。経営主が牛舎で常に明るく過ごし、歩くのも飼料を与えるのも牛のペースに合わせると、牛はストレスが減り、飼料を良く食べるという。出荷を待つユーザーがいるものの、現状の労働力(経営主1人、パートとして経営主の息子が毎日2時間)でカバーできる規模(肥育牛89頭)を維持する意向であった。
この農家が使用する飼料は全て、所属する生産販売協議会の系列飼料工場が生産する配合飼料および育成用TMRである。これらはいずれも、地元から排出される食品残さ(りんごジュースのしぼりかす、オカラなど)を配合した発酵飼料で、水分が20%程度含まれている。また、消化吸収に優れ、排せつ物のにおいもほとんどない上、地元の未利用資源を活用している。この生産販売協議会では、これらの発酵飼料がオレイン酸の含有率に影響しているのではないかとし、会員の肥育農家に対して使用を促している。
図5 信州プレミアム牛肉を生産する肥育農家と導入直後の牛(10カ月齢) |
導入後4カ月間は毎日10キログラムの育成用TMRを4〜5回に分けて給与するなど、手間をかける。 |
図6 乳酸発酵飼料 |
りんごのしぼりかすを配合した飼料。甘い香りが漂う。しぼりかすの入荷は10〜5月に限られるため、夏場は自社で塩漬けにしたものを使用するが、配合時の塩分調整により、年間を通じて均一な品質の製品を出荷できるとのこと。 |
食肉の加工・販売、食肉製品・食品の製造・販売を手掛けるSグループ(本社:東京都)は、約1年半にわたる試行の末、これまでひき材としての利用にとどまっていた乳用経産牛をドライエージング(乾燥熟成)することにより、代表的なうま味成分であるグルタミン酸の豊富なテーブルミートとして開発することに成功し、子会社の直営レストランに提供するまでになった。
Sグループは、グループ内の生産加工工場のほか、経済連・農協、食肉卸売市場、海外パッカーなどから食肉を仕入れ、量販店、食肉専門店、百貨店、ファミリーレストラン、ファストフードチェーン、コンビニエンスストア、生協、食品加工メーカー、食肉卸売業など、多種多様な顧客に食肉や食肉製品を販売している。一般的に、企業は、顧客のニーズを最優先に事業を展開するという当然の活動を行う中、ある顧客が求める商品を提供するため、その商品の製造に不要な原料を仕入れざるを得ないといったケースが発生する。このような場合、新たな顧客を開拓するなどにより、仕入れた原料を全て使い切る努力を行う。しかし、その原料が特殊である場合などは、どうしても使い残しが発生し、廉価販売などで処理することとなる。
Sグループの場合、乳用経産牛由来の牛肉について、このような事態に直面していた。搾乳を終えてからと畜までの一定期間にわたって肥育(飼い直し肥育)した乳用経産牛由来の牛肉のうち、特定の部位を求める大口顧客のために、肥育業者から枝肉単位で仕入れる。しかし、乳用経産牛肉は通常、低価格帯の裾物需要に対応することから、飼い直し肥育を行っても、テーブルミートとしてのニーズに乏しく、コストに見合った販売先を開拓することは容易ではない。Sグループでは、この大口顧客が引き取らないロイン系の部位については、ときには採算を度外視して販売していたことから、こうした不需要部位の有利販売が課題となっていた。こうした中、Sグループは、米国や豪州で行われているドライエージングを試行することになる。
ドライエージングとは、現在主流となっている真空包装による部分肉の冷蔵保管と異なり、骨付きの肉を包装せずに「裸」の状態のまま冷蔵庫で乾燥熟成させる方法である。乾燥を防止するためにストッキネット(ガーゼの大きいもの)で枝肉を巻いた上、自店の冷蔵庫で保管・熟成させて販売する精肉店をイメージすると良いかもしれない。
日本ドライエージングビーフ普及協会によれば、重要なのは、熟成時の「湿度」管理、すなわち保管庫内での乾燥状態の維持であり、そのため庫内に「風」を作用させるという。ドライエージングの技術は、保管庫内の「温度」、「湿度」、「風」の3つの要素に「時間」をコントロールすることとして広く認識されている。普及協会は、「温度」は1℃前後、「湿度」は70〜80%程度、「風」は、庫内の広さに、狙いとする庫内温度、庫内湿度を睨みながら適合するファン(いわゆる扇風機)による風の調整を行うとしている。
ドライエージングされた牛肉は、フレーバー(香気)とうま味成分が凝縮した赤身のおいしさが特徴である。このドライエージングビーフの特徴を最大限にするためには、微生物の働きも重要とされる。
試行の末、使用部位を乳用経産牛ロイン系に決定
Sグループは当初、乳用経産牛肉の有利販売を目的としてドライエージングを考えるのではなく、商品開発の一環として取り組んだ。このため、使用する骨付き肉は和牛(未経産)、乳用種(去勢牛)、乳用種(経産牛(飼い直し肥育後))と変遷し、部位もロース、リブロース、ランプなどさまざまであった。
最初に試した和牛は、味が濃厚になりすぎた上、ドライエージングを施さなくても販売が可能であることから試作の対象から除外した。次に試した乳用種去勢牛は特段の支障はみられなかった。しかし、①一定量の取り扱いがある、②乳用種去勢牛より安価である、③乳用種去勢牛より価格の変動が小さいため、外食用ステーキのような定価販売に適する、という理由から、最後に選択した乳用経産牛に対象を絞ることとした。また、部位については、前述のとおり、乳用経産牛(飼い直し肥育後)の主要ユーザーが引き取らないロイン系(リブロース、サーロイン、ヒレ)とした。
Sグループは現在、3〜4産した乳用経産牛を3〜6ヵ月間肥育した後にと畜した枝肉(B2またはB3)をドライエージング用に使っている。商品価値を考えると、ある程度のサシと枝肉重量(400キログラム前後)が求められることから、と畜までに6ヵ月程度肥育したものが理想であるという。ただし、月齢については、乳用経産牛のと畜時期は個体によりさまざまであるため、Sグループではスペックを特に定めていない。
熟成期間については、乳用経産牛(飼い直し肥育後)では30日前後で程良い食感が得られるとのことである。ドライエージングの場合、熟成期間が長いほどうま味が増すとされる。しかし、時間の経過とともに、肉の表面が徐々に黒く変色するため、整形時の歩留まりが40〜50%と通常より低くなる(骨付きロースからリブロース・サーロインの正肉スペックにする場合(「かぶり」の部分を除く))。このため、Sグループは、乳用経産牛(飼い直し肥育後)を含め、長くとも熟成期間は40〜45日程度とみている。
普及協会が熟成技術の3要素に掲げる「温度」「湿度」「風」を適切に管理するため、Sグループは平成22年5月、コイル式冷却器を天井に装備した専用の熟成冷蔵庫を導入した。これにより、まず、「温度」については、通常の冷却方式と異なり除霜時に冷却が停止しないため、庫内の温度が一定に保たれる上、雑菌やバクテリアの増殖の抑制も可能となった。また、「風」については、庫内の空気をファンで強制的に循環させない自然対流方式であるため、湿度が適切に管理される上、肉の変色を抑えるという利点が得られた。
冷蔵庫内には、肉の熟成を促す酵母菌が自然発生している。調査時(平成22年10月)、庫内は、温度1℃、湿度70%に保たれ、熟成したときの特徴的な香りである甘いミルク臭が漂っていた。あと半年もすると、酵母菌が増えて庫内は一層良い香りで満たされるという。
図7 熟成中のドライエージングビーフ |
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左2頭は乳用経産牛(飼い直し肥育後)(73ヵ月齢。熟成期間は37日間)、一番右は試行中の和牛経産牛(飼い直し肥育後)(86ヵ月齢。熟成期間36日間)。部位はいずれもロース。 |
ドライエージングビーフを実際に試食した。月齢35カ月、格付けB−2、と畜後の熟成期間42日の乳用経産牛(飼い直し肥育後)(リブロースおよびサーロイン)のステーキである。生の状態では、赤身の部分がやや色濃く感じられた。食感はやわらかく、ある程度サシが入っているためかパサつき感もなかった。また、味は濃厚で風味も良かった。特に、脂身が経産牛とは思えないほどおいしく、和牛の脂身と比べあっさりしているため、ある程度の量は食べられると思えた。
専門機関の検査によれば、ドライエージングビーフは、通常の牛肉と比べアミノ酸含有量が多く、中でも、アミノ酸の一種でうま味成分として代表的なグルタミン酸は、リブロースで5倍、ランプでは7倍に増える。ドライエージングビーフのおいしさは、このグルタミン酸の含有量の多さに由来すると考えられる。Sグループは、今後1年程度かけて収集したデータを分析し、フレーバー(香気)やうま味成分を増加させる熟成技術の向上につなげたいとしている。
図8 ドライエージングビーフ(生) |
ステーキカットされたライエージングビーフ |
表2 牛肉熟成香の種類と特徴 |
資料:(財)日本食肉消費総合センター「牛肉の魅力」 |
Sグループは現在、パーティメニュー用として、子会社が経営するレストランにスポット的に提供している。このほか、レストランのオーナーシェフなど一般の顧客へも販売し始めたところであり、ステーキ用ポーションカットなど、顧客ごとのスペックに応じた販売を目標としている。
また、販売価格についてSグループは、乳用経産牛(飼い直し肥育後)のドライエージングビーフを外食用ステーキ食材と捉え、消費者に2,000〜2,500円(200グラムのステーキ単品)で提供されることを想定している。この価格帯は、輸入品(米国産)より高く国産(乳おす)より安い位置に相当する。Sグループは、ファミレス利用層より上位の消費者がレストランで手軽に食べられる最も安価な「国産牛のステーキ」として、この食材をアピールしていく意向であり、「国産」と「ドライエージング」を冠した固有の名称を検討しているという。
ドライエージングビーフの最大の利点は、酪農部門や肉牛繁殖部門からの一定の供給が保証されながら、これまで商品化の選択肢が限られていた経産牛について、ドライエージングという「ひと手間」をかけることにより、付加価値の高い、つまり業者にとって利益率の高い商品になり得ることである。Sグループは現在、乳用経産牛のロイン系を商品化する目途が立ったことから、ロイン系以外の部位によるドライエージングを試行している。乳用経産牛(飼い直し肥育後)のドライエージングビーフ(カタ、バラ)を使ったハンバーグステーキを試した結果、高級ハンバーグ用食材として商品化できる手応えを得たという。また、試作時、80カ月齢の和牛経産牛(飼い直し肥育後)も使用したが味はまったく問題なかったことから、今後は、種類(ホルスタイン種、黒毛和種)や部位を問わず、経産牛1頭を丸ごと用いるドライエージングビーフを目指したいと意気込んでいる。
今回調査した2つの事例は、信州プレミアム牛肉が生産・流通段階、ドライエージングビーフが流通・消費(販売)段階と、関わる人の立場が異なる上、前者が高級和牛、後者が経産牛と、牛の種類や価格帯も同じではない。しかし、オレイン酸やグルタミン酸といった数値化された科学的な基準を、おいしさを決める要素として位置付けて販売につなげる姿勢は、「見える化」を志向する消費者に十分受け入れられると思われる。輸入牛肉は既に、鉄分や亜鉛(豪州産)、共役リノール酸やコエンザイムQ10(NZ産)などの栄養価を訴求するマーケティングを日本市場で展開している。消費者は将来、国産、輸入品を問わず、サシ以外の物差しも牛肉に当てて、商品を選ぶようになるかもしれない。米国でのBSE発生以来、米国産牛肉の輸入が激減し、量販店の牛肉売り場面積は狭まっているとも感じられる。長引く不況で消費者の財布のひもが緩まない中、多様な牛肉が店頭に並べば、消費者の選択の幅が広がり、牛肉の消費拡大につながると思われる。
いずれの事例も、市場に流通するようになって日が浅いこともあり、今のところ生産者に利益が還元されるには至っていない。しかし、信州プレミアム牛肉については、「このように育てれば、高く売れる」といった生産段階からの一貫した体制が構築されれば、高付加価値牛肉の生産による収益改善、ひいては肥育農家をはじめとする生産者の経営安定につながるのではないだろうか。また、ドライエージングビーフについても、経産牛の価値が見直されて経産牛由来枝肉価格が上昇すれば、酪農家や肉牛繁殖農家の収益が改善し経営の安定に結びつくと考えられる。
今回調査した2つの取り組みが、消費者にとっても生産者にとっても意味のある成果が得られるよう今後の展開に期待したい。さらに、牛肉の生産・流通・加工に携わるすべての関係者にとって、これらの事例が「売れる牛肉」作りのヒントになれば幸いである。
【参考資料】
○長野県HP「おいしい信州農産物ネット」
(http://www.pref.nagano.jp/nousei/nousei/oisiinet/contents-premium.html)
○長野県農政部農業政策課農産物マーケティング室「Oishiine① おいしいねshinshu。:信州プレミアム牛肉」
○日本ドライエージングビーフ普及協会HP
(http://www.dryaging.jp/db/index.html)
○(財)日本食肉消費総合センター「牛肉の魅力」
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