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世界の農畜産物供給国となったブラジルの取り組み
〜中西部を中心に〜

調査情報部 星野 和久、岡 千晴


  

【要約】

 ブラジルのトウモロコシ、大豆およびその派生品、牛肉の生産・輸出量はいずれも世界上位に位置し、ブラジルは今や世界有数の農畜産物供給国となった。最近は、国際金融危機や長期のレアル高による輸出産業への影響が懸念されたが、国内外からの旺盛な需要増に牽引されて生産規模を拡大してきた。そして、30年以上にわたって開発を進めてきたブラジル中西部はそれを支える要となっている。

 ブラジル農務省では10年後の農畜産物の一層の生産拡大を期待しているが、そのためには、輸出用積出港までの輸送手段の改善、生産性向上の取り組みとして遺伝子組み換え(GMO)作物の導入、農地拡大が条件となる。輸送手段の改善は南部、南東部に偏った輸出港の分散と国内輸送のための道路インフラ整備が急務だ。GMO作物の導入は政府の規制の下、順調に進められている。農地拡大は自然保護との関係から課題は多いが、今後さらに2倍弱の農地を獲得できるという試算もある。

 日本は世界でも有数の食料輸入国であるが、現時点ではブラジル産の農畜産物の輸入量はわずかであり、ブラジルへの依存度は低い。しかし、食料価格の高騰からブラジルの重要度が増しており、この国の動向に注目する必要がある。

1 はじめに

 近年、世界的に食料の国際価格の動向が注目される中、国連食糧農業機関(FAO)が2011年2月に公表した食料価格指数が過去最高になり、その後も下落することなく推移している。今回の価格高騰の要因はいくつか挙げられるが、人口増による需要の増加と天候不順による生産量の減少から需給がひっ迫したことが主たる要因と考えられる。長引く価格の騰勢から一部の国では政治問題にまで発展するなど世界的に大きな影響が出始めている。このような状況から、食料原料となる穀物、油糧種子や動物性たんぱく源となる食肉の需給動向は、引き続き注意が必要だ。

 ブラジルは中西部を中心に大規模な農畜産業を展開し、国際的な大豆、トウモロコシ、牛肉の供給国として大きな役割を担っている。2010年の農畜産物輸出額は前年比18%増の764億4141万6219ドル(約6兆1917億5471万円;1ドル≒81円)、上位は大豆(全輸出額の22.4%)、食肉(同17.8%)、砂糖(同16.7%)となっている(表1)。2008年の国際金融危機とその後のレアル高が農畜産物輸出に影響を与えることが懸念されていたが、ブラジルの国際競争力は予想以上に強く、2010年も順調な成長がうかがえた。

表1 農畜産物輸出額(2010年)
資料:ブラジル開発商工省貿易局(SECEX)

 2011年6月、ブラジル農務省戦略管理室(AGE/MAPA)は2010/11年度までのデータを基に2020/2021年度(7〜6月)の主要農畜産物の需給動向を予測した(表2)。これはMAPAが目指す今後のアグリビジネスの目標値ともとれることから、今後の農畜産業の開発の方向性を探る上で重要な指標の一つになると思われる。この中で、ブラジル農務省(MAPA)は多くの農畜産物で国内需給の拡大を見込んでいる。また、農地拡大が困難であったり、主要穀物や家畜飼料を輸入に頼らざるを得ない国・地域での需要増からブラジルの輸出量は大幅に増加すると予測しており、特にトウモロコシ、大豆、牛肉、鶏肉、豚肉、生乳は今後の国際需給に大きな影響を与えると分析する。

表2 2020/2021年度の農畜産物予測
資料:ブラジル農務省戦略管理室(AGE/MAPA)
注1:2010/11年度のデータを基準に推測
注2:オレンジの「貿易量」は果汁としての輸出量

 このようなことから、今回は、ブラジルの農畜産物の今後の生産拡大の可能性を探るため、主要輸出産品として今後も注目される農産物(大豆、トウモロコシ)、畜産物(牛肉)の生産動向と、それらの主産地となる中西部(マットグロッソ州、マットグロッソ・ド・スル州、ゴイアス州:図1)の農畜産事情について報告する。

図1 ブラジルの行政区分

2 農産物(トウモロコシ、大豆)の生産動向

(1)トウモロコシ

ア 2010/11年度

・生産、輸出

 世界におけるブラジルの2010/11年度(10〜9月)トウモロコシの生産と輸出を米国農務省(USDA)の報告から見てみる。生産量は5500万トンで全世界6.7%、輸出量は1100万トンで同11.8%を占め、それぞれ第4位、第3位に位置する(表3)。トウモロコシは大豆に比べ粗収益が低く、開花時の降雨状況が単収に与える影響が大きいことから、大豆よりも生産に注意を要する。このため、多くの生産者が大豆生産を優先して作付けローテーションを決定する。

表3 トウモロコシの生産と輸出(2010/2011年度)
(千トン)
資料:米国農務省(USDA)
  注:2011年5月時の推定値

 日本はブラジルから家畜飼料用のトウモロコシを輸入しており、2010年におけるブラジルの割合は、全輸入量の5.5%、60万9308トンとなっている(表4)。これはブラジルのトウモロコシ輸出量の5.5%である。

表4 日本の飼料用トウモロコシの輸入量(2010年)
(トン)
資料:財務省
  注:HSコード100590

・作付面積、単収

 2010/11年度のトウモロコシの生産性について、ブラジル国家食糧供給公社(CONAB)の2011年5月の報告によると、生産量は前年度とほぼ同じで5600万6500トンと見込まれている(表5)。ブラジルでのトウモロコシ収穫時期のピークは地域によって第1期作(3〜4月)と第2期作(7月)の2回に大別される(囲み記事「中西部の農畜産物の生産ローテーション」図c参照)。第1期作は、作付面積は前年度比0.6%増の776万7700ヘクタール、単収は同0.3%増の1ヘクタール当たり4.427トン、第2期作は、作付面積は同2.5%増の570万7200ヘクタール、単収は同9.0%減の1ヘクタール当たり3.789トンと見込まれる。第2期作は降雨不足が予測されることから単収は大幅に減少の見込みだ。

表5 トウモロコシの生産性(2010/2011年度)
資料:ブラジル国家食糧供給公社(CONAB)
  注:2011年5月時の推定値

イ 地域別生産量の推移

 トウモロコシの生産量の推移をみると、右肩上がりで推移してきたものの、最近は4000万トン前後で横ばいとなっている。大豆や綿花の国際価格が堅調であることから、そちらを優先して生産する傾向にあるようだ。

 地域別推移をみると、1976/77年度は南部で51.9%、中西部で10.1%であったが、2010/11年度は南部で38.5%、中西部で30.0%となっている。中西部の作付面積拡大が著しく、南部との差が大幅に縮まってきた(図2)。経年変化を見ると、生産量が増加する一方で、作付面積の増加はほとんど見られない。これは、土壌改良、種子改良などにより、1ヘクタール当たりの単収が増加したことが要因だ。1ヘクタール当たりの単収は2001/02年度で2.868トンから2010/11年度で4.156トンに、最近10年間だけでも44.9%増加した。

図2 トウモロコシの作付面積と生産量の推移
資料:CONAB
  注:第1期作、第2期作の延べ数

ウ 国内価格の推移

 トウモロコシは大豆ほどシカゴ相場と連動した価格の動きを示さない。最近ではバイオエネルギー需要の増加などによる穀物需給の引き締まりから2007年12月4日に1トン当たり327.33ドルと過去最高を記録した。その後、2008年7月2日の同303.33ドルをピークに同年12月4日の同134.33ドルまで急落し、2010年8月まで動きは少なかった。2010年第4四半期から上昇しはじめ2011年5月27日は同307.83ドルで推移している。

 トウモロコシは国内外で需要は伸びているものの生産量は横ばいとなっていることから、国内価格の上昇は避けられない状況である。

図3 トウモロコシの国内価格の推移
資料:サンパウロ証券・商品・先物取引所(BM&FBovespa)、サンパウロ大学農学部応用経済研究所(CEPEA)

エ 利用状況

 2010/11年度のトウモロコシ生産量5500万トンのうち国内利用は80%の4400万トンと推定される。民間コンサルタントによれば、このうち養鶏用飼料として2610万トン、養豚用飼料として665万トン、肉牛用飼料として225万トン、食用として505万トン、種子その他として395万トンとなる(図4)。トウモロコシの主産地となる南部地域には養鶏、養豚生産者が集まりブラジルでも有数の中小家畜の生産地帯となっている。このため、トウモロコシの国内利用は家畜飼料用が全生産量の63.6%を占めている。

図4 トウモロコシの利用状況(2010/11年度)
資料:Informa Economica FNP、農畜産業振興機構

中西部の農畜産物の生産ローテーション

 中西部の気候は雨季となる10月から翌3月は1カ月で100ミリメートル以上の降雨があるが、乾季となる5月から8月は同20ミリメートル以下となりほとんど雨は降らない(図a)。このため、大豆、トウモロコシの生産や肉牛の繁殖は、雨季と乾季をうまく利用したスケジュールが組まれる。

図a 年間降水量(マットグロッソ州カンポベルデ市)
注:2004年〜2010年の平均(現地聞き取り)

 ブラジルのトウモロコシ生産は、多様な気候条件を利用し、南部は3〜4月に収穫のピーク(第1期作)を迎えるが、中西部では3〜4月に大豆を収穫した後、大豆の茎や鞘を残したまま不耕起直播(図b)により、すぐにトウモロコシの作付けを行い、7月に収穫のピークを迎える(第2期作)(図c)。このように、地域によりトウモロコシの出荷のピークをずらすことで、市場の供給過多を防止し価格暴落のリスクを分散している。中西部は南部のように早霜への対応は必要ないが、10〜3月の雨季に2〜3週間まったく雨が降らない「雨季中の乾期(ベラニコ)」が毎年あるため注意を要する。

図c 大豆およびトウモロコシのクロップカレンダー(中西部、南部)
資料:CONAB
注1:*は作業が集中する時期
注2:主な成育期間は、大豆105〜135日間、トウモロコシ第1期作120〜150日間、トウモロコシ第2期作90〜150日間である。

 マットグロッソ州カンポベルデ市の一般的な肉牛繁殖サイクルは、11月から1月に自然交配で種付け(雌30頭に雄1頭の割合でまき牛を放牧)を行い、雨季が始まり牧草が生育する9月から11月が出産の時期となる。その後、8〜10カ月齢で離乳し、牧草肥育のステージに移る。乾期の6月から8月が離乳期となるため、この時期の飼育管理には特に注意を要する。

(2)大豆

ア 2010/11年度

・生産、輸出

 大豆は、アジア地域では食用として大豆粒が消費されるが、世界的にみれば大豆粒を圧搾して得た大豆油を食用油、その残渣となる大豆かすを家畜飼料として消費することが一般的である。世界におけるブラジルの2010/11年度(10〜9月)の大豆粒とその派生品となる大豆かすおよび大豆油に関する生産と輸出をUSDAの報告から見てみる(表6)。これによれば、大豆粒は、生産量は7300万トンとなり全世界で占める割合は27.9%、輸出量は3225万トンで同33.7%となり、ともに米国に次ぐ世界第2位に位置する。大豆かすは、生産量は2751万トンで同15.5%、輸出量は1410万トンで同23.6%となり、それぞれ第4位、第2位に位置する。大豆油は、生産量は681万トンで同16.3%、輸出量は160万トンで同16.0%となり、それぞれ第4位、第2位に位置する。大豆およびその派生品の生産量および輸出量の上位は米国、ブラジル、アルゼンチンの3か国が占めていることから、国際需給へ大きな影響力を持つ南北アメリカ大陸の天候状況や作付けの動向は、毎年、注目されるところだ。

表6 大豆の生産と輸出(2010/2011年度)
(千トン)
(千トン)
(千トン)
資料:USDA
  注:2011年5月時の推定値

 日本はブラジルから家畜飼料用の大豆かすを輸入しており、2010年におけるブラジルの割合は、全輸入量の3.3%、7万1811トンとなっている(表7)。これはブラジルの大豆かす輸出量のわずか0.5%にすぎない。

表7 日本の大豆かすの輸入量(2010年)
(トン)
資料:財務省
  注:HSコード230400

・作付面積、単収

 2010/11年度(10〜9月)のブラジルにおける大豆の生産性は、CONABの2011年5月の報告によると、同年度の生産量は前年度比7.1%増の7360万8000トンとなり、過去最高の生産量を記録する見込みだ(表8)。また作付面積は同2.9%増の2415万6000ヘクタール、単収は同4.1%増の1ヘクタール当たり3.047トンと見込まれる。近年、国際価格が好調なことから生産者の大豆に対する生産意欲も高く、全国的に作付面積は増加傾向にある。中西部は作付面積、生産量および単収のすべてにおいて地域別で最も高く、特にマットグロッソ州だけで全体の3割弱となる2041万2000トンを生産する。

表8 大豆の生産性(2010/11年度)
資料:CONAB
  注:2011年5月時の推定値

イ 地域別生産量の推移

 大豆の生産量をみると、ここ20年間は増加傾向で推移している。2003/04年度以降では、干ばつにより不作となった2008/09年度を除き常に前年度を上回っている。

 地域別推移をみると、1976/77年度は南部で88.3%、中西部でわずかに4.4%であったが、1990年代後半から中西部が主生産地となり、2010/11年度は南部で37.3%、中西部で45.8%となっている(図5)。最近では南部の生産の伸びは鈍化している一方、大豆生産の要として中西部の開発が伸びている。

図5 大豆の作付面積と生産量の推移
資料:CONAB

ウ 国内価格の推移

 大豆粒の国内価格はシカゴ相場と連動している。シカゴ相場から陸・海上輸送費、港湾経費を控除し、需要の状況に応じたプレミアを加算して米ドル換算で取引される。価格の動きは、バイオエネルギー需要の増加などによる穀物需給の引き締まりから2008年7月4日に1トン当たり565.33ドルの過去最高を記録した(図6)。国際金融危機の影響から、2010年第1四半期まで為替は大きく乱高下し、それに同調する形で国内価格も大きく動いたが、2010年4月7日の同313.67ドルを底に、中国の旺盛な需要から騰勢やまず、2011年5月27日は同478.33ドルで推移している。

図6 大豆粒の国内価格の推移
資料:BM&FBovespa、CEPEA

エ 利用状況

 USDAの報告をもとに民間コンサルタントが2010/11年度の大豆の利用状況について試算している。これによると、大豆粒は国内で3720万トンが圧搾用に使われ、そこから、大豆かす2750万トン(全大豆粒の73.9%)、大豆油680万トン(同18.3%)が精製される。残りの大豆粒は、選抜用種子が170万トン、ストックが185万トン、輸出が3225万トンとなる。さらに大豆かすは国内の養鶏・養豚用飼料が1340万トン、輸出が1410万トン、大豆油は国内のバイオディーゼル燃料が520万トン、輸出が160万トンとなる。

図7 大豆の利用状況(2010/11年度)
資料:USDA、Informa Economica FNP

マットグロッソ州の取り組み事例−大豆編−

 ブラジルの農畜産業の中心地のひとつとなるマットグロッソ州カンポベルデ市近郊は、東側に小高く平らな丘となるセラード地帯、西側にブラジルではアマゾンに次ぐ湿原地となるパンタナール湿地帯が横たわる。

 セラード地帯では見渡すばかりの大豆畑の中を国道364号が南東部まで続き、収穫時のピークには大豆を積載したトラック・トレーラーが列をなして続く(図d、e)。2011年2月は降雨が多くくもりがちであったが、生育日数が130〜180日と異なる種子をは種することで、天候リスクのヘッジを図る。また収穫時期も異なるため作業分担も容易となる。

図d 南東部まで続く国道346号の周りは大豆畑ばかり
図e 大豆輸送を行うトレーラー・トラックの列

 大豆はその根に根粒菌を宿しこの細菌叢が空気中の窒素をアンモニアに固定することで取り込むことが可能となる。このため、セラード地帯の土壌改良には欠かせないのが根粒菌の定着と活性化だ(図f、g)。不耕起直播することで表土流失を起こさないため根粒菌の定着も図りやすい。養分補充としてはクロタラリアを緑肥として育て土中に鋤きこむことも行う。もちろん、石灰やカリウムの投与も欠かせない。生育期間中、一般に除草剤を1〜2回、殺菌剤を3回散布するが、生育状況により調整する。

図f 大豆の根張りを確認するオーナー
図g 大豆の根に宿る根粒菌

 ブラジルの農地面積は大小さまざまなことから1農場当たり所有面積の平均は意味をなさない。中西部では土地の価格が南部、南東部より安価なことから、比較的大規模な農場が多く、中には数万ヘクタールの農場も見受けられる。もちろん広大な敷地では、穀類、油糧種子、肉牛などさまざまな農畜産物をローテーションすることで、土壌の劣化防止、コストの削減、相場リスクのヘッジが図られるため、収益の高い農業生産が行える仕組みである。

3 農産物(トウモロコシ、大豆)の生産コスト

 マットグロッソ州農業経済研究所(IMEA)によると、2010/11年度の1ヘクタール当たりの生産コストは、トウモロコシ1265.7レアル(約6万3285円;1レアル≒50円)、大豆1738.2レアル(約8万6910円)となる(表9)。マットグロッソ州の農業地帯は酸性度の高い赤土が広がるセラード地域であるため、この地で農業を行うにはリン酸石灰、硫安などの肥料による土壌改良が必要となる。また作付けは、GMO種子を利用した不耕起直播で行うため、除草剤、殺菌剤の利用は不可欠だ。このようなことから、肥料費、農薬費のコストが特に高くなっている。さらに、中西部では、農業生産需要が高まるにつれ、地代は上昇傾向にある。

表9 マットグロッソ州におけるトウモロコシ、大豆の生産コストの内訳
(レアル/ha)
資料:IMEA
  注:マットグロッソ州カンポベルデ市の高単収農場(大豆は3.12t/ha、トウモロコシは6.0t/ha)を対象

 近年、レアルの対ドルレートは2009年1月に1ドル2.31レアルだったのが、2010年12月には同1.69レアルとレアル高で推移した。このため、種子、肥料、農薬などの輸入品はレアルベースで安価で入手可能となったものの、ドルベースの生産コストは大幅に増加した(図8)。2008/09年度と2010/11年度の1ヘクタール当たりの大豆の生産コストをみると、レアルベースで4.5%下がったのに対し、ドルベースで30.5%上がった。同様にトウモロコシは、レアルベースで9.8%下がったのに対し、ドルベースで23.2%上がった。レアル高によりブラジルの大豆、トウモロコシの輸出競争力は他国に比して弱まったと思われたが、実際は、その影響を上回るほど旺盛な国際需要があったことから、輸出は順調に成長している。

図8 生産コストの推移
資料:マットグロッソ州農業経済研究所(IMEA)

4 中西部からの輸送経路

 ブラジルの国土は8億5148万8千ヘクタールあり、中西部はその最も内陸に位置する。ブラジルの主要な積出港は南部、南東部に集中し、中西部で収穫された大豆、トウモロコシが最も多く積み出される港はサンパウロ州サントス港である。ブラジル開発商工省貿易局(SECEX)によれば2010年は中西部から輸出された大豆、トウモロコシの49%にあたる1457万トンがこの港から輸出されている(図9)。中西部からサントス港までは1000〜1500キロメートル距離があり、この間の輸送は陸路が主となる。他に、中西部から北部を通じてアマゾン地帯の水路による輸送形態もみられる。この場合も陸路で河川港であるポルトベーリョ港やサンタレン港まで輸送し、そこからアマゾン地帯を西から東に流れるマディラ川、アマゾン川を通じて海外へ輸出する経路となる。

図9 中西部の大豆等およびトウモロコシを輸出するための主な経路
資料:SECEX、 Informa Economica FNP
作成:農畜産業振興機構

 ブラジルは陸路輸送に依存する割合が高いが、厳しい気象条件とあまりにも長い距離のため、劣化した道路を修復するのは時間と労力を要する。さらに、マディラ川に通じる道路のようにアマゾン地帯を走る道路について、新設はもちろん整備後の維持管理を行うにも周辺環境に与える影響を考慮しなければならない。このようなことから、米国やアルゼンチンなどの主要農産国と比べて港までの輸送コストは割高になる。

5 畜産物(牛肉)の生産動向

(1)生産、輸出

 ブラジルは自然繁殖で放牧主体の粗放的な牛肉生産が主となる。世界におけるブラジルの2010年の生産と輸出をUSDAの報告から見てみる(表10)。これによれば、牛肉の生産量は808万5000トン、全世界で占める割合は14.1%、輸出量は155万8000トンで同20.5%となり、それぞれ第2位、第1位に位置する。

表10 牛肉の生産と輸出(2010年)
(千トン)
資料:USDA
  注:枝肉換算

 ブラジル地理統計院(IBGE)によれば、2009年の牛の飼養頭数は全国で2億529万2370頭となる。このうち、中西部が7065万9695頭で34.4%、マットグロッソ州が2735万7089頭で13.3%となっている(表11)。

表11 地域・州別の牛飼養頭数(2009年)
(頭)
資料:ブラジル地理統計院(IBGE)

(2)国内価格サイクル

 ブラジル国内の生体牛価格は過去の実績から1年単位の短期的サイクルと数年単位の長期的サイクルで構成されることがわかっている。

ア 短期的サイクル

 短期的サイクルとは、季節的な牛肉需給による1年間の価格変動のことである。牛肉主産地となる中西部をみると雨季となる10月〜3月は温暖な気候から牧草が繁茂することから、肥育が増進することから牛肉供給量が多くなるため、市場価格は低く推移する(「キャトルシーズン」と呼ばれる)。4月〜9月は乾季となり体重が減少し供給量は少なくなるため、市場価格は高く推移するとされる。最近はマットグロッソ州など中西部や南部では穀物飼料で肥育するフィードロット牛の生産が増えており、価格を見ながら牛肉を供給できるため、この傾向が顕著に現れるとは言えないようだ(表12)。

表12 フィードロット飼養頭数
(千万頭)
資料:IMEA、Informa Economica FNP

イ 長期的サイクル

 長期的サイクルとは、肥育牛・繁殖雌牛の出荷割合によって起こる数年周期における価格変動のことである。最近では2000年から2003年前半までが需要の増加から価格は徐々に上昇した。そして、市場の需給が均衡した後、2003年後半から2006年までが供給の増加から価格は徐々に下降している(図10)。

図10 去勢牛生体の国内価格の推移
資料:CEPEA

 すなわち、価格が上昇基調の時期(2000年〜2003年前半)は子牛を増産させるため去勢牛のと畜割合が増加し、価格が下降基調(2003年後半〜2006年)の時期は手持ちの頭数を減らすため繁殖雌牛のと畜割合が増加することが分かる(図11)。このように生産者は、価格が好調な時は去勢牛を出荷し利益を得て、価格が低調な時は繁殖雌牛を出荷して当面の運転資金を回収する。

図11 と畜に占める去勢牛・繁殖雌牛の割合
資料:IBGE

ウ 最近の価格変動

 ブラジルは牛肉生産量の75%は国内で消費される。このため、これまでは国際市場の動向が国内価格に大きな影響を与えるものではなかった。しかし、2008年後半の国際金融危機とその後の世界的な牛肉の需要増による国際価格の上昇が国内価格にも大きく影響を与えており、最近では必ずしも旧来型の長期サイクルの価格変動を示していない。

 2006年3月には1頭当たり340レアルまで下落した後、2008年5月の755レアルまで急騰した。同年後半には、国際金融危機の影響を受け、2009年11月に579レアルまで急落した。

 この影響は、四半期別の前年同期比と畜頭数でも明らかである(図12)。すなわち、世界的な金融危機の予兆が見られた2008年6月以降国際市場の縮小による価格暴落の影響を防ぐ必要から、国内の在庫や出回り量を少なくする必要があった。このため、2008年第4四半期から2009年第2四半期までのと畜頭数は前年同期比で各期とも8%減となり、それでもだぶついた輸出向けの在庫を国内に放出した結果、国内価格は大幅な値崩れが起きた。

図12 牛の四半期別と畜頭数の推移
資料:IBGE

 2010年は、6月以降、価格が乱高下しながら1年間で約2割強の価格上昇がみられた。この要因として、①2005年、2006年に繁殖雌牛を出荷したため、現在、繁殖雌牛が不足し肥育牛の生産が需要に追い付かないこと、②個人所得の伸びにより牛肉消費が拡大したこと、③アルゼンチンなどの牛肉輸出国からの供給量減少により輸出需要が伸びたこと、④JBSやマルフリグなど大手食肉パッカーの集中化が進み価格のカルテル化が起こっていること、などが挙げられる。

 2010年は第1から第3四半期のと畜頭数は前年同期より増加したものの、牛肉価格の騰勢はやまず、このため消費は鶏肉、豚肉に向いたため、同年第4四半期のと畜頭数は前年同期比4%減と6四半期ぶりに減少した。しかしながら、その後は再び需要が戻ってきたことから、価格も反発し、2011年5月は前年同月比22.1%高の783レアルと依然上げ基調で推移している。

(3)と畜頭数

 IBGEによると、2010年のと畜頭数は前年比4.3%増の2926万5000頭となった。州別と畜割合をみると、マットグロッソ州15.0%、サンパウロ州13.0%、マットグロッソ・ド・スル州12.1%となり、この3州だけで約4割を占める(図13)。また地域別は中西部(マットグロッソ、マットグロッソ・ド・スル、ゴイアス)が3割強を占める。

図13 州別と畜割合(2010年)
資料:IBGE

マットグロッソ州の取り組み事例−肉牛編−

 ブラジルの飼養牛の80%以上は白色で首に瘤が特徴のゼブ牛だ。ネロール種とブラーマン種のF1は暑熱ストレスに耐性があり、首の周りの脂肪層が厚くダニなど寄生虫にも強いため過酷な条件下での飼育が容易だ(図h、i)。カンポベルデ市西側に広がるパンタナール湿原地帯では、雨季には土地が水没しラグーンを形成するため、大豆など畑作は不可能であり、肉牛生産のみ可能となる。調査で訪問した牧場は1万5000ヘクタールの広大な敷地を有しているが、50%は法定保全地域として自然環境を残している。残りの7500ヘクタールではさらに半分ずつで1年おきに放牧する。自然放牧では、牛の飼養密度は1ヘクタール当たり1頭未満となるが、最近では集約的なフィードロットや人工授精繁殖の取り組み例もみられる。

図h コブも角もあるネロール種
図i ブラーマン種の雄牛(まき牛用)

 この地域は口蹄疫のワクチン接種清浄地域であるため、生まれたばかりの子牛でも適宜ワクチン接種を受ける。その際、ダニなど外部寄生虫の有無などの健康チェックも欠かせない(図j)。

図j ガウチョ(牧童)による子牛の健康チェック

 雨季でラグーンとなった土地では土壌中の細菌や寄生虫が駆除されるため、乾季の牧草の生育は早い(図k)。このため、ラグーンから水が引けた後、ブラジル農牧研究公社(EMBRAPA)が改良した牧草ブラキアリアアフリカ原産をは種し肉牛放牧用の牧草生産を行う(図l)。

図k 雨季に牧場内はラグーンとなることもある。
図l ブラジルでは一般的な牧草:ブラキアリア(B. brizantha)

 大規模牧場は繁殖肥育一貫経営がほとんどである。このため、国内価格をみながら、繁殖雌牛を出荷したり、去勢牛を出荷したりすることでリスクの分散を図ることが可能となる。肉牛生産は管理に手間がかかるばかりか、投資の還元も数年かかるため、マットグロッソ州では、近年、牧草地を耕作地に転換して畑作を続けている生産者が多いと聞く。

6 生産性向上の取り組み

(1)遺伝子組み換え(GMO)作物

 国際アグリバイオ事業団(ISAAA)によると、2010年の全世界におけるGMO作物の栽培面積は前年比10%増で1億4800万ヘクタールとなった(表13)。このうちブラジルは同19%増で2540万ヘクタールとなり米国に次ぐ第2位の栽培面積となる。隣国アルゼンチンは同2290万ヘクタールで同第3位となり、南米の2か国だけでも全世界のGMO作物栽培面積の3割強を占める。ブラジルの生産者は、90年代後半からGMO作物を導入してきた。ブラジル政府は2005年にようやく国家バイオ安全法を施行し、国家バイオ安全技術審議会(CTNBio:Comissao Tecnica Nacional de Biosseguranca)による試験ほ場でのデータ審査の後、2007年に初めてGMO作物として除草剤耐性大豆の商業化が同法のもと承認された。これを機に次々とGMO作物が承認され、最近7年間で栽培面積は約5倍と急増し、民間コンサルタントによると、2010年は大豆の76.2%、トウモロコシの45.5%がGMO作物というデータもある。ブラジル政府は、必ずしもGMO作物の生産拡大を推進しているわけではないが、単収を上げることが可能な一つの方法として、その取り組みを容認せざるを得ないようだ。

表13 遺伝子組み換え作物栽培面積(2010年)
(万ha)
資料:国際アグリバイオ事業団(ISAAA)

(2)セラード開発

 ブラジルの農畜産業を支えるセラード地域は2億360万ヘクタール(日本の国土の約5倍)となり国土の約24%を占める(図14)。ブラジルの中央高原に広がるこの地は、もともと強酸性でアルミニウムを含有する不毛の土地とされていた。そこを1970年代から日本の支援を受け、EMBRAPAが開発した農業技術を駆使して、石灰などによる土壌改良、水分確保や養分吸収に必要な土壌微生物叢の定着を繰り返しながら農産物栽培を可能とした。この地での農業は大豆、トウモロコシ、綿など土壌養分要求の高い作物を生産した後には、緑肥作物や牧草をは種するなど土地の養分を回復させ過度な収奪にならないよう行う必要がある。現在ではセラード地域で行われている農畜産業が全ブラジルに占める割合は穀物25%、大豆50%、牛飼養頭数の40%となっている。

図14 セラード地域
資料:ブラジル環境省

(3)拡大可能な農地 

 ブラジル政府はアマゾンをはじめ国土全体の自然環境保全を目的として森林法を1965年に制定した。この中で、個人所有の農牧場も含むすべての土地を対象に法定保全率が定められており、アマゾン地域は80%、セラード地域は35%、その他の地域は20%の自然を保全し、万が一開発した場合は罰金あるいは植林による回復を行わなければならないと義務付けている。このため、現在でも国土面積に占める森林地帯の割合は61.5%と高い(表14)。

表14 農地の状況
(千ha)
資料:FAOSTAT(2008年)

 しかし、最近、農牧場開発の需要の高まりから、この保全割合が守れない大規模農場も少なくないという。ブラジルの国土利用については、農牧地拡大を推進する農畜産業関係団体とブラジルの自然保護を推進する自然保護団体との間で長年議論されている。農畜産業関係団体は、国内産業の成長と外貨獲得の手段として農地拡大を含む農畜産業を推進していくことが重要とする。一方、自然保護団体はアマゾン地帯はじめ重要な地球環境を保全していくことが使命とする。さらに、どちらにも属さず、不法な農地開発を行っている土地なし貧困農民の存在も無視できない。

 現政府は、440ヘクタール以下の小農の法定保全エリアを2008年7月時点の自然環境とすること、大規模農場の罰金適用を延長することなどを盛り込んだ新森林法案を国会に提出し、2011年5月に下院を通過した。

 ルゼフ大統領は、2012年にリオデジャネイロで開催される「地球環境サミット2012(RIO+20)」を前に、世界にブラジルの姿勢を伝えねばならないとし、今回の法案提出にあたっては、環境を考慮しない持続可能な農業はあり得ないとコメントする。

 国際競争に勝ち残るためにもブラジルの自然資源の価値を高めつつ、農畜産業生産者が発展するための経済的手段となるフレームを固めていこうとしている。

 しかし、見方によっては、現政府の農地拡大推進ともとられかねないため、法案の審議結果が出るまでには時間がかかる見込みだ。

 ブラジルの今後の農業開発の可能性を探るため、農地拡大の可能な土地については様々な意見があるが、2009年にWWF-BRASILが行った分析は現行森林法による規制を踏まえつつ整理されている。これによれば、セラード地域内だけでも未開発農業適地は5469万2268ヘクタール、農地に転用可能または利用放棄した牧草地が1607万9868ヘクタールあり、合計で7077万2136ヘクタールの土地が農地として拡大可能と試算とする。2010/11年度の大豆とトウモロコシの作付面積が約3760万ヘクタールであることを考慮するとさらに2倍弱の生産拡大が可能となる計算だ(表15)。特に、中西部だけでなく、これまで開発がすすめられてこなかった北東部における農地拡大の可能性も十分あることに注目したい。

表15 農地拡大の可能な土地
(ha)
資料:WWF-Brasil
注1:森林法で分類された永年保全地域と法定保全地域は除く。
注2:農地に転用可能または利用放棄した牧草地。

7 おわりに

 ブラジルは世界第5位の広大な国土を有するが、必ずしもすべてが農業適地ではない。中西部を中心に30年以上にわたって農業開発を進めてきた結果、今や世界の農畜産物供給国となった。中西部は、米国のプレーリー地域やアルゼンチンのパンパ地域のような肥沃な土壌とは異なり、酸性で赤土のセラード地域と湿潤地のパンタナール湿原が広がる。ここでも、熱帯に優れた品種の開発と土壌改良に必要な肥料などの投入を行い、中西部を広大な農畜産物生産地に変えてきた。そして今、今後の農畜産業の生産性向上に向け、新森林法案が審議されており、2012年にリオデジャネイロで開催される「地球環境サミット2012年(RIO2012)」のホスト国として、自然環境の保全と持続可能な農業の両立を自ら立証しようとしているように見える。今後、さらなる農地拡大については、農業生産の拡大か、自然保護か、関係者の意見は分かれるところだが、中西部、北東部を中心に、現状のままでも2倍弱の面積が開発可能とする試算もある。ブラジル農務省ではこれまでの農業開発から得た熱帯農業に必要な技術やノウハウを利用して、中西部だけでなく、さらに気象条件の厳しい北東部に開発の目を向けつつあると聞く。現在はさとうきび栽培しか農産物がないこの地だが、安価な土地と労働力が確保でき、輸出港からの距離も欧州やアジアに近いことから、十分開発の注目に値するというわけだ。また、ブラジル農務省の最近の取り組みでは、自国の農畜産業の開発だけにとどまらず、熱帯地域の農業開発技術を一つのパッケージとして、アフリカに対する開発支援も行っている。

 ブラジルは今や世界の農畜産物供給国として、国際貿易のメインプレーヤーとなり、ブラジルの成長が今後の国際需給に与える影響は少なくない。しかし、日本は世界でも有数の食料輸入国だが、ブラジルからの輸入量はわずかなため関連情報に乏しい。今後、国際需給を探る上でも、重要となるブラジルの農畜産業の動向に注目していきたい。


 
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