調査・報告 専門調査

六次産業化へのビジネスモデル
「あいす工房らいらっく」の挑戦

岡山大学大学院環境学研究科 教授 横溝功



【要約】

 当該経営は、廃業の危機を乗り越え、ジャージー種の少頭飼養による極めて高付加価値の乳製品(ジェラート)を安定的に製造、カタログやインターネット販売によって優れた経営を展開している。今後も新たな事業へ挑戦する吉井牧場の経営について報告する。

1 はじめに

 一酪農家が、ジェラート製造に参入し、わずか5年間で年商5000万円を超える業績を上げ、現在でも年商4000万円以上を維持している。この業績をあげているのが、「あいす工房らいらっく」である。筆者は、当店を取り上げ、その事業活動の本質に少しでも迫ることができればと、考えている。現在、六次産業化ということが盛んに喧伝されているが、当店は、まさしく六次産業化に成功したビジネスモデルといえる。経営主は、吉井英之氏、57歳である。

 当店は、兵庫県朝来市和田山町に立地する。播但自動車道の和田山インターチェンジからは、北へ自動車で15分くらいの典型的な中山間地域に立地する。

あいす工房らいらっくの外観

2 攻めのマーケティング

 当店を建築するに当たっては、立地上、近隣に大きな町がなく、商圏が小さい故に、地域外へ打って出る必要があると、英之氏は考えていた。その解決策を、ネット販売に求めた。また、製品であるジェラートを多くの人に知ってもらうような行動を起こしている。

 具体的には、食関係の展示会やイベントの案内があった場合には、積極的に出かけて、当製品のPRを行っている。そして、1回の展示会やイベントの参加で、約250から300枚の名刺交換を行っている。英之氏は、オープンして3年間は、神戸・大阪・岡山・広島・名古屋・東京へと展示会やイベントに出かけている。そのことが、後々のデパートでの製品取り扱いにつながっていくのである。

 さらに、マスコミの影響も大きい。あるテレビの全国放送の企画会社から、平成15年のオープンからすぐに取材の依頼があり、英之氏は積極的に応じた。当放送では、全国からまず16軒選ばれて、第1次選考で8軒へ、第2次選考で4軒へ絞られ、最終的に2軒が選ばれて放送されている。残念ながら当店は、2軒に選ばれなかったが、4軒に選ばれている。ちなみに、その時の取材は、2日間に及ぶものであった。

  その後、あるテレビのローカル放送で取り上げられている。また、前述の企画会社から、平成19年に、別のテレビでの全国放送を打診され、英之氏は快諾している。これらテレビでの放送も、当店を多くの消費者に知ってもらう絶好の契機になっている。

  なお、テレビで放送されることは、決して、偶然ではないのである。テレビに取り上げられる魅力が、当店、英之氏およびスタッフに備わっていることを、我々は、忘れてはならない。すなわち、プロのマスコミの目にかなう魅力が、当店や人材に存在しているのである。以下では、この魅力の一端を紹介できればと思っている。

 このように、経営主のマーケティングにおいて、一貫して攻める姿勢が、多くの消費者に、当店の存在を知らしめることになる。その結果、経済学的には、当製品に対する需要曲線を右へシフトさせることができる。また、後述のように製品の差別化に成功でき、右下がりの需要曲線を生み出すことにもなっている(図1参照)。  

 繰り返しになるが、立地条件は、典型的な中山間地域に立地している。幸運は、待っていては訪れない。与件すなわち経済外的諸条件に対して働きかけることが、いかに重要であるかを、当事例は物語っているのである。

図1 需要曲線の右方へのシフト

3 六次産業化への転機

 吉井氏の酪農経営は、父の代から始まっている。昭和48年には、60頭牛舎を第二次構造改善事業で建築している。また、牛舎には、県下で初めての自然流下式牛舎を選択するなど、先駆的な経営といえる。飼料作にも熱心で、表作にトウモロコシ、裏作にイタリアンライグラスを生産し、増頭しても粗飼料自給率は、30%を超えていた。いわば、兵庫県の酪農界をリードするトップランナーでもあった。

 英之氏は、酪農学園大学に進学していたが、経営の規模拡大を契機に、経営を継承するため、大学を2年で中途退学し、実家に戻っている。その後、結婚して、3人の子供に恵まれるなど、家庭も円満で、大規模酪農経営としての基礎を築きつつあった。労働力も英之氏と妻、ならびに両親の4人と充実していた。

吉井さん親子(左側が経営主の英之さん)

 しかし、平成9年に、妻と母を病気で相次いで亡くすという悲劇に直面する。経産牛飼養頭数60頭の維持は到底難しく、40頭規模に減らしている。さらに、平成10年には、父の体調が悪くなり、労働力が、英之氏1人になり、廃業の危機を迎えることになる。

 このような人生最大の危機に対して、英之氏は、それまでの生乳販売から、自ら生乳を加工して販売するという路線への転換を、決意するのである。この間、3人の子供達による、牛の世話を手伝うなどの支えが、経営主の決意を促すことになったことはいうまでもない。

4 ジェラートの製造技術の習得

 平成12年に、英之氏は、母校の酪農学園大学へ電話をかけ、懇意であった教授から、青森県のレイクファーム((農)小田原湖農場)の紹介を受ける。そして、当農場でチーズ・ヨーグルト・ジェラートの研修を受けるのである。

 その結果、自らの加工部門への参入はジェラートと決めるのである。これは、ジェラート消費のターゲット層が幅広く、製品の差別化も容易と判断したからである。

 なお、ここで、英之氏のパーソナリティについて触れておく必要がある。英之氏は、酪農学園大学に通った2年間、料理番組に興味を持ち、授業が無い時は、レシピをノートに写していた。その結果、ノート1冊に、びっしりとレシピが書き込まれることになる。また、自ら買い物に行き、料理作りを楽しみにしていた。この料理好きであることが、美味しさの実現につながるのではないだろうか。このような経営主のパーソナリティが、消費者から好評を得るジェラート製造に貢献していると思われる。逆にいうと、料理作りをいとうような人材には、ジェラート製造のような加工部門の導入は難しいのではと思われる。

 さて、ジェラートの製造機の販売会社は、日本には、大手メーカーが2社存在する。カルピジャーニとFMIである。英之氏は、製造機を選択するに当たって、それぞれから導入している店舗を紹介してもらい、試食を行っている。ここでも、英之氏のパーソナリティが大いに発揮されている。すなわち、自らの高い食味官能の能力を駆使して、どちらが、よりなめらかな仕上がり具合になっているかの比較を行っているのである。

 さらに、見積もりの比較、アフターケア充実の比較も考慮して、最終的に販売会社を決定している。

 このように、技術の習得や周到な準備を行いながら、オンリーワンのジェラート製造を追求している。例えば、通常、ジェラートの糖分には、グラニュー糖とブドウ糖を用いるが、当店では、グラニュー糖とトレハロースを用いている。英之氏は、これによって、湿度の高い日本の風土に合致したジェラートになっているとしている。なお、吉井氏の家では、トレハロースを、以前から牛の飼料や炊飯に利用していたことが大きい。

 さらには、図2の製造過程にあるように、ジェラートをカップ詰め後、急速冷凍した方が美味しさを保つことができるので、多額の投資にはなるが、急速冷凍機を導入している。なお、英之氏によると、15〜20分で固まるとのことであった。

図2 「あいす工房らいらっく」の製造過程
資料:「あいす工房らいらっく」のHP(http://lilac-ice.com/)より転載
活躍する急速冷凍機
清潔に保たれた工房の本体

5 製品の差別化
−経産牛へのこだわり−

 英之氏は、大手とは異なるジェラート製造を目指すために、乳脂肪分の多いジャージー牛の導入を目指す。しかし、ジャージー牛の導入は難しく、導入先を見つけるのに苦労することになる。

 例えば、香川県から、ジャージーの妊娠牛4〜5頭を、1頭当たり48〜50万円で導入したり、兵庫県加古川市から、ジャージーの経産牛4〜5頭を、1頭当たり35万円で導入している。その結果、平成14年には、ジャージー牛の経産牛13頭を確保している。

 そして、安定したジャージー牛の確保のために、兵庫県酪連からジャージーの精液を購入して、人工授精を行っている。基本的には、後継牛として雌子牛を残している。また、近年では、取引のある家畜商からの情報を得て、兵庫県小野市の株式会社共進牧場から、1カ月齢のジャージー雌子牛を導入している。

 現在、経産牛の飼養頭数は10頭である。英之氏によると、1人で余裕を持って経産牛の飼養ができるのが10頭であるので、現在は労力的に問題がないとのことであった。

 なお、育成牛の飼養頭数は2頭であるが、牛舎に隣接した放牧場に放されていて、極めて省力的になっている。また、来客者にとって、健康なジャージー育成牛の放牧は、魅力的な光景にもなっている。

 さらに、60頭牛舎に、10頭の経産牛の飼養は、風通しが良く、夏期は特に快適な空間になっている。まさしく経産牛には、贅沢で恵まれた飼養環境といえる。健康な牛の飼養が、美味しい乳製品につながることはいうまでもない。

快適な環境で飼養されているジャージー牛

 さて、当地のヘルパー制度は、兵庫丹但酪農農業協同組合が事務局になっている。月に3日〜4日間、ヘルパー1人を利用している。そのおかげで、経営主が、営業や出張に行けるのである。ちなみに、ヘルパー利用代は、朝夕セットで、1回1万円とのことであった。

6 サービスの差別化
−ハードへのこだわり−

 工房の建築では、当初、近隣の高原に魅力的な別荘風に建てたかった。来客に再度訪問したいという気持ちを起こさせることを目指した。しかし、残念ながら、当地には上下水道ができていない。工房の建築以外に、3000万円の追加投資が求められる。そこで、牧場近くの現在の場所に、建築することになった。

 なお、ここでも英之氏のこだわりがある。建物は、来客者に建物の印象が残るよう、できるだけ古めかしい感じを目指した。例えば、古い枕木を遊歩道として庭に使うが、その際、わざと不揃いに並べたり、内装の壁には、節穴のある板をわざと用いるなど、経営主の工夫が随所に活かされている。

 新築と行き届いた清掃が醸し出す清潔感と、古めかしさが調和して、来客者に強い印象と魅力を残すことになる。

ゆったりとくつろげる魅力的な店内

 ハードへの投資はおよそ下記の通りである。

 建物  3000万円

 施設  1000万円

 その他 1000万円

 合計で5000万円もの投資になるが、この融資に関しては、農協から問題なく受けることができた。この要因として、英之氏は、下記の4項目をあげている。

 第1に、父の代から、農協を中心に経済事業・信用事業・共済事業を利用してきたこと。

 第2に、返済に遅れたことはなかったこと。

 第3に、50歳までにオープンできたこと。

 第4に、加工・販売部門に、後継者が参入していたこと。

 第3の項目では、オープン時における、経営主の年齢は49歳10カ月で、50歳まで残すところ、あと2カ月であった。

 第4の項目では、平成14年に、長男が後継しているが、加工・販売部門全般において重要な役割を果たしている。また、当店の店長でもある。まだ、加工・販売部門がどうなるか不確実な段階での長男の後継は、長男にとっても大英断といえる。さらに、店舗には、常雇の女性が3名であるが、それぞれ30歳代が1名、40歳代が1名、50歳代が1名である。何れも近隣から通っており、当店は、貴重な雇用の場を提供していることが分かる。

温かみを感じさせるこだわりのある店内

 当店のピーク時は、4〜5月、7〜8月上旬であるが、連休などは17〜18人を臨時雇用して、サービスの提供に努めている。営業は、夏季は午前11時〜午後6時で、冬季は午前11時〜午後5時となっている。定休日は、毎週、水曜日である。

 さらに、ジェラートの盛りつけでは、へらにこだわりを持っている。素人が慣れるまでには時間は要するが、手作業による温かみを、消費者に伝えることを目指している。

 以上のようなサービスの差別化が、当店を訪問することによって得られる来客者の心理的ベネフィットを高めることになる。さらに、このような心理的ベネフィットと、ジェラートを食べることによって生じる機能的ベネフィットが、訪問に要するコスト(機会費用)やジェラート支払いに要するコストを上回れば、リピーターになるのである。

【リピーターの創出】
機能的ベネフィット+心理的ベネフィット > 機会費用+ジェラートのコスト

7 ネット販売・注文販売・B to Bへの対応

 当店は、平成15年3月に開店したが、平成16年度〜21年度(年度は、1月1日〜12月31日)までの総売上高の推移を見たものが、図3である。平成19年度には、総売上高が5000万円を超えている。これは、平成18年に、雑誌ブルータスで、当店のジェラートが全国1位を獲得したことと、前述の平成19年におけるテレビの全国放送によるところが大きい。しかし、その後も4000万円を超える総売上高を維持している。

 総売上高の内訳であるが、一部、兵庫県酪連へ生乳でも出荷している。その割合は、総売上高の7〜8%程度にとどまっている。従って、92〜93%が、加工販売ということになる。そのうち、40%程度が店舗販売で、60%程度がネット販売・注文販売・B to B(Business to Business:会社組織間の取引関係)での販売になっている。

 前述のように、経営主は、加工・販売部門導入の当初からネット販売に力を入れてきた。当初は、友人にHPを立ち上げてもらったが、注文が多くなった結果、HPがパンクし、多くの顧客に迷惑をかけることになった。そこで、平成20年に、ネットサービスの会社にHP作成を依頼し、200万円のコストを支払っている。なお、HPの管理料として月々2万円のコストも支払っている。その結果、ネット販売は後顧の憂い無く、順調に推移している。

 さらに、関西の大手デパートのカタログにも掲載されている。このことに関しては、著名な料理研究家の白井操氏との出会いが大きい。兵庫県の普及センターを通じて、英之氏は、白井氏と出会うことになるが、白井氏は、当店のジェラートを高く評価し、そのことが、大手デパートのカタログへの掲載ということになるのである。繰り返しになるが、このことは、偶然のように見えるが、英之氏による攻めのマーケティングの姿勢と、製品・サービスの差別化への飽くなき追求がもたらしたものなのである。

 B to Bでは、地域の酒造業者やそば屋の注文に応じて、OEM(Original Equipment Manufacturer:他社ブランドの製品を創造すること)でジェラートを納品している。また、クリスマスケーキ(ジェラート)の注文も、年々増えているとのことであった。平成21年度には、400個の販売を記録している。

図3 総売上高の推移

8 おわりに

 我が国の多くの酪農経営は、乳価が低迷する中、規模拡大によるコスト削減で経営の維持を目指してきた。本稿で取り上げた吉井氏も、当初は、その路線を追求してきた。しかし、ライフサイクルの中で、労働力4人と最も充実していた時期に、一挙に2人失うという悲劇に直面し、また、1人も病気で現場から離れるという、廃業の危機に直面していた。その危機的状況から、加工部門と販売部門を導入するという六次産業化を目指した決意に、多くの感動を頂いた。また、六次産業化へのプロセスにおいて、多くの教訓も頂いた。

 最後に、得られた教訓を、3点にまとめることにする。これらは、何れも経営主の高まいな経営理念から生み出されたものである。

 第1点に、経営主のパーソナリティである。真摯な技術習得の姿勢、美味しさを判別できる能力、および美味しさへの徹底的な追求が、製品差別化の源泉になっている。

 第2点に、大手の製品とは全く異なる製品差別化の具体的な追求である。その経営行動が、ジャージー牛の導入、こだわりのある店舗の建築、へらによるジェラートの盛りつけ方に現れている。

 また、ジャージー牛の飼養では、今までの高度な家畜飼養技術を駆使して、健康な飼養体系を構築している。

 第3点に、当店や製品を知ってもらうための攻めのマーケティングである。展示会やイベントへの積極的な参加が、テレビでの放送、大手デパートでのカタログ販売につながっているのである。これらは、決して偶然ではないのである。

 最後に、以上のような経営主の高まいな経営理念が、貴重な後継者の確保につながったものと、筆者は考えている。

参考文献

[1]『平成21年度全国優良畜産経営管理技術発表会 《第49回農林水産祭参加事業》』(主催 社団法人 中央畜産会・社団法人 全国肉用牛振興基金協会、後援 農林水産省)、2009年11月2日

[2]佐藤義典『ドリルを売るには穴を売れ』青春出版、2007年11月、東京

[3]徳重桃子「技術を活かすマーケティング」、伊丹敬之・森健一編『技術者のためのマネジメント入門』日本経済新聞出版社、2009年2月、東京

 
 

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