調査・報告 専門調査

長崎県における和牛生産の低コスト化と 品質向上への挑戦
〜離島・半島など条件不利地域の活性化〜

中村学園大学 学長 甲斐諭



【要約】

 肉用牛は、長崎県では最大の農産物産出額をもたらす地域主幹作目であり、特に離島においては他に有利な販売作目がなく、肉用牛は非常に重要な地域を支える産業になっている。高齢化社会、後継者問題を抱え、肉用牛飼養頭数は、将来、減少をはじめるものと予測される。その打開策として放牧導入による省力化やコスト節減、繁殖・肥育一貫経営化による収益性リスクの分散などの施策の展開を一層推進している長崎県下の取り組みについて報告する。

1.はじめに

 長崎県は九州の西端にあり、美しく複雑な海岸線を持つ半島や離島から形成されている。その半島や離島地域で主に和牛の子牛が生産され、大村湾・島原半島周辺などで主に肥育が行われている。長崎県は子牛生産から肥育までが行われる和牛生産地である。県内で肥育された和牛が長崎和牛であり、鮮やかな色あい、なめらかで柔らかい肉質、豊かな風味が特徴である。長崎和牛は大自然の潮風を受けた塩分やミネラルが豊富な牧草で育てられている。

壱岐島海岸沿いの放牧風景
長崎県位置図

 長崎県の和牛の歴史は古く、2,200〜2,300年前の弥生時代の遺跡から牛骨、牛歯が発掘されるなど長崎県は和牛の発祥地ではないかといわれている。また、鎌倉時代の「国牛十図」にも長崎県は歴史的銘牛の産地として記録されており、現在でも和牛は農業の重要な基幹農産物として受け継がれている。

 2012年に第10回「全国和牛能力共進会」(以下「全共」という。)が長崎県で開催される。現在、官民が一体となってその準備に取り組んでおり、長崎和牛の生産から流通に至る関係者および関係団体で組織された協議会である長崎和牛銘柄推進協議会は、一層のブランド化に邁進している〔1〕


全国和牛能力共進会マスコットキャラクター
「かさべこ」くん

 本稿では、長崎県における和牛生産の低コスト化と品質向上への取り組みについて検討する。

2.長崎県農業における肉用牛の重要性と低コス化・ブランド化への取り組み

1)全国8位の飼養頭数

 表1に長崎県の肉用牛の飼養戸数と頭数を示す(2010年)。飼養戸数は3,830戸であり、飼養頭数は91,200頭で全国8位である。長崎県は全国有数の肉用牛産地であり、九州では鹿児島県、宮崎県、熊本県に次いで第4位である〔2〕

表1 肉用牛の飼養戸数と頭数(2010年)
資料:九州農政局『九州の畜産』2011年より作成。

2)長崎県において肉用牛は最大の農業産出額

 表2に示すように長崎県の農業産出額(2009年:1,376億円)に占める肉用牛の地位は第1であり、193億(14%)を生産しており、肉用牛は重要な地域基幹産業であり、雇用創出にも大きく貢献している。米は155億円(11.3%)である。特に長崎県は中山間地域、離島等の条件不利地域が多く、肉用牛は地域資源を活用できる数少ない地域基幹産業となっている。肉用牛生産は、自然環境の保全、良好な景観の形成等の機能も有するほか飼料作物の生産や放牧による耕作放棄地の発生防止ならびに国土保全など有効活用に寄与している。


表2 長崎県の農業産出額(2009年)
(単位:億円、%)
資料:長崎県畜産課資料より作成。

3)長崎県酪農・肉用牛生産近代化計画書にみる肉用牛生産の将来

 長崎県は2011年3月に『長崎県酪農・肉用牛生産近代化計画書』を策定した〔3〕。その中で「持続可能な肉用牛生産への転換」として、①6次産業化の取組み等による所得向上、②需要に即した生産の推進と販売、③多様な経営の育成・確保、④コスト低減・省力化、⑤改良や新技術の開発・普及等による生産性の向上、⑥畜産物のブランド化、⑦畜産物の輸出の促進、⑧加工・流通の合理化、⑨アニマル・ウェルフェアへの対応が指摘されている。

 また、「自給飼料基盤に立脚した肉用牛生産への転換」として、①資源循環型社会への貢献、②自給飼料の利用拡大、③農地や未利用地の有効活用、④飼料生産支援組織の育成及び高度化、⑤国産粗飼料の広域流通、⑥エコフィードの利用拡大、⑦家畜排せつ物の利用の促進が重要とされている。

 以上への転換により、長崎県では肉用牛が県農業の基幹作目であり、特に離島・半島地域の農業振興に不可欠な作目であることから、積極的に振興を図り、地域の特性を生かした多様な生産体制を強化し、特に放牧を活用した効率的・省力的管理を図りつつ、地域の自給飼料基盤に立脚した収益性の高い肉用牛経営を推進して、2008年度(平成20年度)の91,200頭から2020年度(平成32年度)には21%増の110,000頭の増頭計画を作成している。

表3 長崎県の肉用牛の増頭計画
資料:長崎県『長崎県酪農・肉用牛生産近代化計画書』2011年より作成。

3.調査対象地の壱岐市の肉用牛生産の実態

1)壱岐市の農業と肉用牛生産の実態

 壱岐市は玄界灘に浮かぶ総人口約2.9万人の平坦な島で、2004年3月に4町が合併により市制が施行された。農業は肉用牛、水稲、葉たばこが主幹作目である。最近では、アスパラガスの生産が盛んになり、12ヘクタールになっているが、現地ではこれを20ヘクタールに拡大する計画が策定されている。

 総農家数は2005年の3,026戸から2010年には2,728戸に減少しているが、肉用牛は同期間に12,252頭(うち繁殖牛6,742頭)から12,457頭(同6,942頭)にやや増頭している〔4〕。現地では繁殖牛を8,000頭に増頭する計画を策定しているが、生産者の高齢化、後継者不足、リーマンショック以降の子牛価格の下落の影響により、飼養頭数が減少傾向にあることから、関係機関が一体となりその実現に向け鋭意取り組んでいる。

 2006年度の壱岐市の農業産出額は約61億円であり、肉用牛が約32億円(53%)で、米が約15億円(24%)、野菜が約6.2億円(10%)である。前述のように長崎県全体の農業産出額のうち肉用牛の占める割合は14%であったが、それは壱岐市においては53%であり、如何に壱岐市が肉用牛の生産に依存しているかが分かる。

 壱岐市の肉用牛は繁殖経営が大半であるが、肥育経営の規模拡大も進んでおり、繁殖・肥育の地域内一貫体制と「長崎和牛(壱岐牛)」ブランド化が推進されている。地域の肉用牛振興目標である繁殖牛8,000頭、子牛集荷5,500頭、肥育牛出荷1,300頭達成に向け、優良系統への改良と飼養管理改善、低コスト牛舎の整備、粗飼料自給率の向上等により市場性の高い子牛と1戸当たり飼養頭数の増加に取り組んでいる。


JA直売所にて販売されている長崎和牛、壱岐牛

2)壱岐市は長崎県の中で肉用牛飼養集中度が高い

 壱岐市における耕地面積(3,900ヘクタール)は長崎県のそれ(50,700ヘクタール)の7.7%に過ぎないが、肉用牛の飼養頭数は壱岐市が12,771頭であり、長崎県が91,746頭であるので、壱岐市の肉用牛の長崎県に占めるシェアは13.9%である(2010年)。

 前述のように長崎県の農業産出額(2009年:1,376億円)に占める肉用牛のそれは193億円で14%であったが、壱岐市においては農業産出額61億円のうち32億円が肉用牛の産出額であり、53%である。従って、壱岐市の肉用牛飼養集中度(壱岐市の肉用牛産出額シェア/長崎県の肉用牛産出額シェア)は3.8である。

 壱岐市において2010年に肉用牛が12,771頭飼養されており、うち繁殖牛頭数(18カ月以上)は51.9%の6,625頭であった。同年の長崎県の肉用牛飼養頭数は91,746頭で、繁殖牛頭数は31.1%の28,564頭であった。従って、壱岐市の繁殖牛飼養集中度(壱岐市の繁殖牛シェア/長崎県の繁殖牛シェア)は1.7である。

 壱岐市農業は長崎県の中で肉用牛に依存している割合が高く、特に繁殖牛が県内の平均に比較して集中的に飼養されている地域であることが分かる。

 壱岐市の肉用牛飼養の推移を図1に示すが、飼養戸数は減少しているものの飼養頭数は減少していないことが分かる。

図1 壱岐市の肉用牛飼養の推移
資料:長崎県壱岐振興局資料より作成。

 図2に壱岐家畜市場における肉用子牛の取引状況を示す。1991年の牛肉輸入自由化後、価格が下落し、子牛取引頭数も減少したが、その後、取引頭数は増加し、現在では頭打ちの状況である。

図2 壱岐家畜市場における肉用子牛の取引状況
資料:長崎県壱岐振興局資料より作成。

 壱岐家畜市場の肉用子牛価格(めすと去勢の平均価格)は、長崎県平均価格より1996年以降、1〜3万円高く推移している。2010年の壱岐市場の子牛価格は全国で7位の高値をつけ、壱岐市の子牛の品質の高さが全国から注目されている。去勢価格については全国で5位以内に入る産地であるが、繁殖素牛産地でないために、雌子牛価格が5位以内に入らず、去勢と雌の平均値が全国7位となっている。壱岐市では質量兼備の種雄牛として評価の高い「平茂晴」が現在6割程度利用され、肉質の高さが県内外の肥育牛農家から絶賛されている。今後は、「平茂晴」の息牛(「安茂晴」、「糸晴茂」)などが利用されるものと予測されている。

 壱岐市場の子牛は肥育牛産地として評価の高い佐賀県、福岡県、三重県の肥育牛農家に買い取られ、佐賀牛、博多和牛、松坂牛などの肥育素牛になっている。評価の高い肥育牛産地からの買参人の来島が、子牛価格を全国7位に押し上げている一つの要因である。出荷先は壱岐市内が約20%、九州管内が約60%、宮城や福島などの東北・関東・関西・岡山などの中国地方が約20%である。

 全体的には2008年のリーマンショック以降の不況により、肉用子牛価格も2006年の54万円から2011年には14万円ほど下落し、繁殖牛経営の生産意欲を低下させ、今後、肉用子牛の取引頭数の減少を引き起こすのではないかと懸念されている。

3)壱岐市場における子牛の出荷頭数と5年前価格との関係

 壱岐市場の子牛の出荷頭数と5年前価格との関係を図3に示す。同図には1994年以降の子牛出荷頭数と5年前の子牛価格の関係が図示されている。ただし、牛肉輸入自由化(1991年)により価格が急落した92年と93年および我が国でのBSE(牛海綿状脳症)問題で価格が急落した2001年の価格と5年後の出荷頭数は除外している。

図3 壱岐市場における子牛の出荷頭数と5年前の価格
資料:長崎県壱岐振興局資料より作成。

 子牛出荷頭数(Y:頭)と5年前の子牛価格(X:円)との関係は

 

の式として示される。ただし、()内はt値、R2は決定係数を示す。

 子牛の市場出荷頭数が5年前の価格に大きく(76.5%)影響されることを上式は示している。もちろん、子牛の市場出荷頭数は、価格要因以外に生産者の高齢化や後継者不足も影響する。しかし、今後の市場への子牛出荷頭数を予測するのに5年前の価格動向は大きな参考指標になる。

 5年前の子牛価格がなぜ現在の出荷頭数に影響するのか検討してみよう。例えば子牛価格が高いと、後継者などが子牛生産に興味を持ち繁殖牛の導入を図り、種付け後出産させ、育成して、市場に出荷するには5年程度がかかることが、上式の5年前の価格と現在の出荷頭数の関係式の背景にあるものと考えられる。

 ちなみに壱岐市場では、2007年から子牛価格が急落し始めており、今後の出荷頭数の減少が懸念されている。将来を懸念する根拠は、繁殖牛飼養頭数の減少である。壱岐市の繁殖牛頭数(壱岐市農業協同組合の毎年4月1日調査)は2006年の6,787頭から07年7,019頭、08年7,029頭に増加したが、その後は09年の6,945頭、10年6,659頭と減少し、目標の8,000頭から徐々に乖離が拡大している。強力な繁殖牛増頭対策が必要である。

4)壱岐市農業協同組合の肉質向上対策と増頭対策〜肥育センターとキャトルステーション〜

 壱岐市農業協同組合(以下、地元JA)では1992年に去勢肥育センターを約1.8億円で建設した(国庫50%、県費15%、市費15%)。飼養頭数規模は300頭である。また、2003年には同様の施設である雌肥育センターを約0.9億円で設置している。

 肥育センターが設置される以前は、壱岐市の子牛を購入した県外の肥育牛農家の肥育成績や情報が繁殖牛農家に還元されず、牛の改良に支障をきたしていた。肥育成績が良かったにも拘わらず、情報が還元されなかったために、子牛が正当に評価されなかった可能性もあった。そこで壱岐市の牛の能力を地元で確認し、改良に生かす目的で肥育センターが設置され、肥育成績が良好であることが確認されると買参人も増加し、市場の子牛価格も向上するという好循環が発生した。

 また、地元JAでは2001年3月に子牛共同育成施設(キャトルステーション)を国庫事業(畜産振興総合対策事業)を活用して設置し、繁殖牛農家で生まれた子牛を市場出荷まで預かるシステムを長崎県でははじめて取り組んだ(総事業費約1.1億円、国庫50%、県費15%、市費15%)。

 繁殖牛農家で生まれた生後4カ月の子牛を預かり、7カ月程度育成している。預託経費は1日当たり雄子牛510円、雌子牛490円である。常時飼養規模は300頭規模(年間450頭集荷)である。

 期待できる効果として次の4点が指摘できる。
①飼養管理の統一により出荷月齢や体重が揃い、市場評価が高くなる。
②委託農家の労力が軽減され、また施設に余裕が発生するので、多頭化できる。
③離乳時期が早まり、繁殖牛の繁殖率が向上する。
④子牛が集団飼養に慣れているために、肥育農家での集団飼養が容易である。

 以上の地元JAの肉質向上対策と繁殖牛増頭対策などの対策が功を奏し、いままでは全国屈指の肥育素牛産地になっていた。今後は新たな取り組みが必要になっている。

5)繁殖・肥育一貫経営で多頭化と経営安定を図っている野元牧場

(1)野元牧場の現況

 肥育牛320頭、繁殖牛57頭を夫婦2人と常時雇用者2人で飼養しているが、朝夕は人工授精師として地元JAで活動している次男が手伝っている。飼料作物を約5ヘクタール(ソルゴーとイタリアン)と水稲2.27ヘクタール栽培している。粗飼料は、自家栽培以外に地元の葉たばこ生産組合が水田で転作作物として生産した5ヘクタール分のソルゴーをほ場で刈り取って購入している。稲わらは、自家栽培の水稲以外に約10ヘクタール分をたい肥と交換で収集し、また繁殖牛用と育成牛用として麦ワラを13ヘクタール分地元から購入している。

第10回全国和牛能力共進会「肉牛の部」の出品候補牛をバックに 野元夫妻

(2)野元牧場の発展過程

 野元氏は1980年に、地元JAに人工授精師兼農家指導員として就職し、活躍していたが、94年に壱州枝肉研究会を結成し、牛舎建設後、繁殖・肥育一貫経営に取り組んだ。98年には認定農業者に指定され、99年には農協リース牛舎により肥育牛の多頭化をはかり、地元JAを退職して専業農家になった。

 2000年には放牧場を整備し、繁殖牛の省力生産にも取り組んだ。同氏が主導した壱州枝肉研究会が長崎県農業賞県知事賞と全国肉用牛経営発表会で農水省生産局長賞を受賞した。02年には同研究会メンバーと共同たい肥舎を設置している。05年には長崎県農業賞を受賞、08年には繁殖牛舎を整備し、繁殖部門を拡大している。

 11年4月には次男が県立農業大学校を卒業し、地元JAに人工授精師として就職した。同月には、12年10月長崎県で開催される第10回全国和牛能力共進会「肉牛の部」の出品候補牛4頭の肥育を開始している。

(3)繁殖・肥育一貫経営のメリット

 肥育素牛として年間145頭、2010年に導入したが、そのうち55頭が自家産であり、90頭が地元産である(価格は27万円から58万円で平均価格は44万円)。)繁殖・肥育一貫経営のメリットとして次の4点が指摘できる。
①自家産肥育素牛は、飼養者や飼料に慣れているので、生後6〜7カ月からスムースに肥育をはじめることができ、26カ月で出荷できる。一方、導入の場合、市場が2カ月に1回しか開催されないこともあり、8〜10カ月の素牛を導入し、同牧場に慣れるのに時間が必要で、生後27カ月で出荷している。結局、自家産肥育素牛は肥育期間を1カ月短縮でき、コストが節減できる。
②肥育期間が1カ月短いので、牛舎の回転率を上げることができる。
③導入肥育素牛が高い時期も自家産肥育素牛を利用できるので、肥育生産費を安定させることができ、経営収支が安定する。子牛が安い時も子牛を市場に出荷しないので、経営収支を安定させることができる。
④自家産肥育素牛の場合、育成段階で麦ワラやイタリアンの乾草を充分に給与しているので、胃が丈夫にできており、肥育効率が高い。

(4)経営を成功させる工夫

 同牧場では、経営を成功させるために4点の工夫をしている。
①繁殖部門のコストを節減するために地元の豆腐屋からオカラを貰ってエコフィードとして利用し、繁殖牛部門の飼料代を月26万円に圧縮している。しかし、地元に多い焼酎粕の利用は今後の課題になっている。
②分娩時の事故を無くし、繁殖率を高めるために、分娩カメラを分娩牛舎に100万円で3基設置し、日中はもちろん、夜中でも携帯電話やパソコンあるいはテレビで、分娩牛の状況を観察している。分娩カメラを設置してから分娩事故が皆無になっている。
③水稲用のコンバインや乾燥機、フォークリフトなどの農業機械を所有しているので、近隣の農家の2ヘクタールの水稲の刈り取り、乾燥、ライスセンターへの持ち込みを受託し、現金収入と稲わらを獲得している。
④自家産米は農協に出荷するとともに、焼肉屋に毎月50キログラム販売し、現金収入を得ている。

(5)経営の成果と受賞

 2010年の総販売額は1.25億円であり(肥育牛部門約1.1億円、繁殖牛部門0.15億円)、所得は960万円である。

 発展過程において繁殖牛牛舎と繁殖素牛のためにスーパーL資金を2千万円、飼料費高騰時に近代化資金と飼料高騰対策資金を4千万円の計6千万円の資金借り入れを行ってきたが、順調に返済しており、現在の借入残高は約4千万円である。

 肥育技術が向上した結果、各種共励会等で受賞をしている。主なものとして、2005年に第35回に日本農業賞最優秀賞、07年に九州管内系統和牛枝肉共励会銅賞、壱岐牛枝肉共励会金賞、九州産肉枝肉共進会銀賞を受賞している。

(6)第10回全国和牛能力共進会長崎大会への取り組み

 長崎県では、第10回全国和牛能力共進会長崎大会「肉牛の部」に8頭を出品するが、その8頭を選出するために、現在県内で72頭を選別し、県下の18戸の肥育牛農家で各4頭ずつを肥育している。

 同牧場は県下の18戸の優良肥育牛農家に選ばれ、現在、候補牛4頭を肥育し、出品牛の8頭に選ばれるように愛情を込めて肥育している。2011年4月26日に導入した候補牛4頭は順調に育っている。

 同牧場は、過去2回、全共出品牛の肥育牛農家に選ばれ、6頭を肥育したが、そのうち3頭がA5にランキングされるなどの実績を収めているので、来年度の全共での好成績が期待されている。

4.調査対象地の県北振興局管内の肉用牛生産の実態

1)地域農業の概況

 県北振興局管内は佐世保市、平戸市、松浦市、小値賀町、佐々町の3市2町から構成されている。管内の2006年の農業産出額は191億円で、全県の約14%である。うち畜産が67億円(県北振興局管内の35%)である。特に肉用牛の産出額は49億円であり、管内農業全体の26%を占めている〔5〕〔6〕

 長崎県の農業産出額(2006年:1,329億円)に占める肉用牛のそれは204億円で15.3%であったが、県北振興局管内においては農業産出額191億円のうち48.7億円が肉用牛の産出額であり、25.5%である。従って、県北振興局管内の肉用牛飼養集中度(県北振興局管内の肉用牛産出額シェア/長崎県の肉用牛産出額シェア)は1.7である。

 県北振興局管内において2010年に肉用牛が20,950頭飼養されており、うち繁殖牛頭数(18カ月以上)は44.7%の9,358頭であった。同年の長崎県の肉用牛飼養頭数は91,746頭で、繁殖牛頭数は31.1%の28,564頭であった。従って、県北振興局管内の繁殖牛飼養集中度(県北振興局管内の繁殖牛シェア/長崎県の繁殖牛シェア)は1.4である。

 県北振興局管内の農業は長崎県の中で肉用牛に依存している割合がやや高く、繁殖雌牛の割合は県内の平均に比較してやや高いと言えよう。

2)地域の肉用牛飼養の状況

 県北振興局管内の繁殖牛(18カ月以上)の飼養戸数は1989年の4,015戸から2010年には1,343戸に激減しているが、頭数は同期間に10,974頭から9,358頭に微減している。1戸当たり繁殖牛飼養頭数は2.7頭から7.0頭に増加しているが、まだまだ零細規模である。

 県北振興局管内の肥育牛経営は、佐世保市を中心にして分布している。

 飼養戸数は1989年の255戸から2010年には49戸に激減しているが、頭数は同期間に5,567頭から5,023頭に微減している。1戸当たり肥育牛飼養頭数は21.8頭から102.5頭に増加している。

 肥育牛経営は、枝肉価格の低迷や配合飼料価格の高騰により、収益性が低下しており、経営は困難に直面している。

3)放牧を取り入れた肉用牛飼養の取り組み

 県北振興局管内には233戸の繁殖牛農家が291ヘクタールの放牧地で895頭の繁殖牛を常時飼養している(2010年長崎県畜産課調査)。県内の常時放牧は1,841頭であるので、県北振興局管内の長崎県に占める常時放牧頭数割合は48.6%である。

 前述のように2010年の繁殖牛頭数は県北振興局管内が9,358頭で長崎県が28,564頭であるので、県北振興局管内の繁殖牛割合は32.8%であった。従って、県北振興局管内の繁殖牛放牧集中度(県北振興局管内の繁殖牛放牧シェア/長崎県の繁殖牛放牧シェア)は1.5である。県北振興局管内は熱心な放牧繁殖牛地域であることが分かる。

 佐世保市ではイタリアンライグラスを用いた水田裏放牧も行われている。近年、飼料価格の高騰や耕作放棄地の増加により、放牧が見直されている。

4)耕作放棄地などへの放牧により省力化に成功している中野牧場

(1)経営の現況

 中野氏は、現在、水田2.5ヘクタール、畑1.2ヘクタール、放牧地4ヘクタール(3名の共同利用)、野草地8ヘクタール(集落の共有地)を利用して、繁殖牛を38頭、育成牛を2頭飼養している。耕地には水稲を70アール、飼料作物(ソルゴー、イタリアン)を3ヘクタール栽培している。労働力は本人だけであり、父母の手伝いを得ている。

 人工授精師でもあり、約50戸の180〜200頭の種付けと約30頭の受精卵移植を実施している。

(2)放牧を行うに至った経緯

 労力軽減とコスト節減を目的に、集落共有の野草地を1991年に「里山等利用促進対策事業」により、集落の5戸共同で3.2ヘクタールの草地改良(改良資材の投入、牧草播種)を行い、また牧柵を4.4キロメートル設置し、水飲み場などを整備した(総事業費365万円)。

(3)放牧の実態

 その後、近隣農家の耕作放棄地(棚田や棚畑)を放牧地として借地し、放牧地を拡大している。棚田の場合、耕作放棄地でもバヒアグラスを栽培すれば転作の対象になり、奨励金を地代替わりに利用できるメリットもある。

 1992年の放牧地の造成後に寒地型牧草であるオーチャードグラス、トールフェスク、イタリアンを播種したが、現在はススキ、カルガヤ、ノシバの放牧地になり、裸地にはバヒアグラスが播種されている。最近、実験的に寒地型牧草であるトールフェスクの新系統(ウシブエ)を播種して、放牧期間の延長に挑戦している。

 給水施設は放牧地内に2カ所あり、畜舎は放牧地の近くに建設しているので、管理が便利である。

 放牧は4月上旬から11月下旬までであり、妊娠鑑定後2カ月を経過した牛を放牧し、分娩1カ月前に下牧している。哺乳中の雌牛や子牛は舎飼であり、離乳は生後4カ月である。従って、常時放牧頭数は15頭程度である。

 放牧は原則として晴天日の8時から18時まで実施している。草量に応じて放牧日数、放牧頭数を勘案している。随時、給水施設や牧柵の点検を実施し、衛生対策として放牧開始後はダニ対策として外部寄生虫駆除剤を全頭に年1回塗布している。

(4)放牧のメリット

 放牧には4つのメリットがある。①青刈り飼料の栽培や刈り取り、給与などの重労働を軽減できる。②牛舎内のふん尿搬出の重労働を軽減できる。③日光浴や運動により繁殖成績が向上する。④繁殖牛が健康で風邪などをひくことが少なく、治療費が軽減される。

 以上のメリットなどにより、子牛生産費を約40%節減でき、常時舎飼いの場合に比較して60%程度の子牛生産費になっていると中野氏は指摘している。

中野氏(左から2番目)と筆者(右端)山間の放牧地にて

(5)今後の課題

 放牧は牛の寿命を長くし、出産回数を12産までも延長させ、繁殖牛の償却費の節減に大きな効果をもたらす。しかし、繁殖牛の系統が流行から遅れ、産子の市場評価が低くなるという問題点もある。そこで、計画的な繁殖牛の更新、時代に合った系統への切り替えも必要になっている。

 そこで中野氏は今後、放牧により省力化できた労力をあと5頭程度の増頭に向けるだけはなく、繁殖牛の更新を図る計画である。

5.長崎県産肉用牛の品質の評価

 筆者も審査員の一人として参加した2011年9月2日と3日に実施された「第35回九州管内系統和牛枝肉共励会」における成績を一つの指標として、長崎県産肉用牛の品質を評価してみよう。同共励会には九州沖縄の各県から17頭の計136頭が出品された。

(1)主催者(個人賞と団体賞)

 個人賞として9頭が表彰された。その内訳をみると、長崎県からは銀賞1頭、銅賞1頭の2頭が入賞している。ちなみに福岡県は金賞1頭、佐賀県は銅賞1頭、宮崎県は銀賞2頭、銅賞1頭、鹿児島県は銅賞2頭が入賞している。

 団体賞は優秀賞が佐賀県、努力賞は沖縄県であった。

(2)枝肉の格付け結果

 表4に各県が17頭ずつ出品した牛の格付け結果を示す。長崎県はA−5が9頭であり、A−4が7頭、A−3が1頭であった。A−3が1頭含まれていたことが長崎県の獲得点数を低くしている。A県、B県、F県はA−3を含んでいない。長崎県では、A−3を出さない「底上げ対策」が必要であろう。

表4 枝肉の格付け結果
(単位:頭)
資料:九州協同食肉株式会社資料より作成。 
注:獲得点数は格付けに頭数を掛けて求めている。ただし、B等級は0.5だけ減点される。

(3)枝肉単価

 表5に枝肉等級別の単価を示す。5等級の単価に注目すると長崎県はD県の3,455円、F県の3,387円に続いて第3位の3,104円であった。全平均の枝肉単価をみると長崎県はF県の2,833円、B県の2,643円に続いて第3位の2,640円であった。

 枝肉単価に枝肉重量を掛けた枝肉価額をみると長崎県はF県の139万円に次いで第2位の138.2万円であった。F県との差は8千円弱である。その要因は長崎県の枝肉重量は523.5キログラムと最も重く、F県の490.6キログラムを遥かに凌駕していた。

 第35回九州管内系統和牛枝肉共励会において、長崎県の肉用牛は肉質と重量の両面から高く評価され、枝肉価額では九州で第2位であった。今後は、3等級を出さないための底上げを図りつつ、品質と重量の両面からの一層の改善が期待される。

表5 枝肉単価
(単位:円/kg)
資料:九州協同食肉株式会社資料より作成。

6.むすび

 地震と津波で被災した宮城県の肥育牛農家、福島原発で被災あるいは出荷延期になった肥育牛農家が、壱岐市場に子牛の購買に来られなくなり、それが子牛価格の下落の一つの要因になっていた。特に福島県からは市場開催のたび(700〜800頭程度上場)に肥育農家2名が壱岐市場に来訪し、約32頭の高価な子牛を購入していたが、福島県で肥育牛の出荷が延期されて以降は、購入に来てもらえなくなっていた。

 被災地における肥育牛農家の経営再建と風評被害の解消を長崎県の繁殖牛農家や市場関係者は強く願っていた。

 肉用牛は、長崎県では最大の農産物産出額をもたらす地域主幹作目であり、特に離島においては他に有利な販売作目がなく、肉用牛は非常に重要な地域を支える産業になっている。

 しかし、高齢化と後継者不足により肉用牛飼養頭数は、将来、減少をはじめるものと予測されているので、放牧の導入による省力化やコスト節減、繁殖・肥育一貫経営化による収益性リスクの分散などの施策の展開を一層強力に支援していく必要がある。

 長崎県では、来年度開催される第10回全国和牛能力共進会長崎大会「肉牛の部」に8頭を出品すべく、現在、県内の18戸の肥育農家において72頭の肥育が開始されている。官民挙げての懸命な努力が結実することが期待される。

 
追記

 本調査研究に際して、長崎県畜産課、同県壱岐振興局、同県県北振興局、同県肉用牛改良センター、壱岐市農業協同組合、野元牧場、中野牧場および農畜産業振興機構から熱心な御協力を頂いた。記して感謝の意を表する。

参考文献
〔1〕中川隆「長崎和牛のブランド化の分析」日本食肉消費総合センター『国産牛肉産地ブランド化に関する優良事例調査報告Ⅲ』2011年3月、PP. 58-73。
〔2〕九州農政局「九州の畜産」2011年
〔3〕長崎県『長崎県酪農・肉用牛生産近代化計画書』2011年
〔4〕長崎県壱岐振興局「壱岐の農業」2011年
〔5〕長崎県畜産課「肉用牛を巡る情勢」2011年
〔6〕長崎県県北振興局「県北振興局管内の肉用牛について」2011年

 


元のページに戻る