話題

農業の6次産業化で地域に活力を
−故郷を想い、地域農業を守る−

東京大学名誉教授、社団法人JC総研研究所長 今村奈良臣


 全国各地の農村を訪ねるたびに、耳にする言葉に「農業の6次産業化」がある。市町村でも、農協でも、いろいろな農業グループでも話題になっているし、また多様なかたちで取り組まれている先進事例がある。この背景には民主党政権になり、農業政策の大きな柱にされたこと、さらに、去る3月1日に「6次産業化法」(「地域資源を活用した農林漁業者等による新事業の創出等及び地域の農林水産物の利用促進に関する法律」)が公布・施行されたことなどがあげられる。

「農業の6次産業化」の原点を探る

 ところで、私は今から17年前に、全国の農村、とりわけ農村女性の皆さんに向けて「農業の6次産業化を進めよう」と呼びかけてきた。

 手塩にかけて作った多彩な農畜産物をそのまま農協や市場などへ、出荷するのではなく、自らの作った農畜産物・林産物を多彩な形に加工したり調理したりして、消費者に可能な限り直接届ける、あるいは直売所などを作り消費者に買ってもらうことを通して、農村地域に働く場、雇用の場も作り、付加価値を殖やし、所得を大幅に上げようではないか、という提案であった。

 それを判りやすく定式化したのが、
「第1次産業+第2次産業+第3次産業=第6次産業」
というものであった。

足し算から掛け算に

 しかし、当時のいわゆるバブル経済が横行する中で、「土地を売れば金になる」というような嘆かわしい事態を前にして、「農地がなくなり農業がなくなれば、すべて駄目になるよ」という警鐘を鳴らすとともに、農畜産物等の加工やその販売などとの有機的結合をより強くするために、先に掲げた定式を13年前に次のように改訂した。
「第1次産業×第2次産業×第3次産業=第6次産業」
というものである。つまり、足し算から掛け算に変えたのである。何故変えたのか。

 第1の理由は、いうまでもなく、もし農業がなくなれば、つまり零になれば
0×2×3=0
となって、農業の6次産業化路線は無くなる。

 第2の理由は、農林漁業(第1次産業)と食品加工や食品製造業(第2次産業)ならびに、流通・販売等あるいはグリーン・ツーリズムなど(第3次産業)との有機的結合関係をより強化し、その間のネットワークを組み立て、地域に雇用の場をさらに増やし、所得の拡大・上昇をはかろうではないか、という提案であり、そのための改訂であった。

 こうして、「農業の6次産業化」路線の定式化を完成させるとともに、ここでは詳しく触れる余裕はないので省略するが、国際的に著名な経済学者であったコーリン・クラーク(Colin G. Clark)の『経済進歩の諸条件』(“The Conditions of Economic Progress”.1940、大川一司訳が日本語訳としてある)に示された“ペティの法則”なども採用しながら、理論的裏付けも行い、「農業の6次産業化」についての理論面、実践面での課題を明らかにした。(注)

(注)今村奈良臣編著『地域に活力を生む農業の6次産業化──パワーアップする農業・農村』(地域リーダー研修テキストシリーズ、5.(財)21世紀村づくり塾、平成10年3月)

農村の女性がたちあがる

 こうして当時、21世紀村づくり塾副塾長を私はしていたが、各地の農民塾、村づくり塾に向けた「農業の6次産業化を推進しよう」という呼びかけに、まず答えてくれたのが農村女性ならびに女性たちのグループであった。 

 農村女性による多彩な起業活動数の推移を見ると、統計がとられはじめた平成9年に、4,040であったものが、平成14年には7,735、平成20年には9,641と激増という表現ができるように急速な伸びをみせてきた。最近のデータをみると詳細はここでは省略するが、圧倒的に多いのは、農・林・畜・水産物を原料とした食品加工であり、次いで多いのが朝市や直売所あるいはネット販売などの販売活動であるが、加工と販売の結びついたものが多いようにみられる。

 また、起業活動を始めた動機としては、自分の身につけた技術や能力をより発揮し、自らの収入を獲得したいといった、自己実現、経済的自立を求める要素が強いように見受けられる。もちろん女性起業の55%は売上高が年間300万円未満と多くはないが、地域活性化の起爆剤となっていることは間違いない。

1兆円産業となった農産物直売所

 ついで、農業の6次産業化のトップランナーとして躍り出てきたのが、農産物直売所で2010年には全国で17,000を超えるに至り、その売上高は一昨年1兆円を超えたと推計されている。 

 直売所についてはその経営主体、運営主体は多彩であり、農業者個人や農業者グループ等によるものが82%、農協によるもの14%、第3セクターによるもの3%等となっている。

 ついで農産物の加工、販売を一体として行う農業経営体も2010年農業センサスでは3万4千経営体と大幅に増加し、農業の6次産業化をめざす経営体が地域農業の活性化とその改革に取り組んでいる姿を見ることができる。

今年の直売所サミット開催は福島県

 農産物直売所に関しては、私が理事長を務めている(財)都市農山漁村交流活性化機構(略称 まちむら交流きこう)が毎年、全国農産物直売所サミットを開催し全国から600人を超える参加者のもとに活発な討論と改革への意見交換を行ってきたが、今年はその第10回を記念し、かつ福島県の放射能禍の支援を込めて郡山市磐梯熱海温泉で福島県、農林水産省などの後援も得て、10月27日〜28日に開催する。

 地域農業を守るために奮闘する全国の関係者の方々から深い感動を覚えるだろう。

(注)なお、農業の6次産業化の理論やその先進的取り組み事例の実態については私が毎週書き9月末で200回となった『所長の部屋』(http://www.jc-so-ken.or.jp/head.html)にアクセスして読んで欲しい。7月現在、71万人余りの方々が読んでくれている。
http://www.kouryu.or.jp/chokubai/23summit.html

 

今村 奈良臣 (いまむら ならおみ)


【略歴】
1934年  大分県に生まれる
1963年  東京大学 大学院博士課程修了 農学博士
1968年  信州大学人文学部助教授
1974年  東京大学農学部助教授
1982年  東京大学農学部教授
1983〜  米国・ウィスコンシン州立大学 マディソン校 
1985年  客員研究員
1994年  東京大学 定年退官 東京大学名誉教授
1994〜  日本女子大学(家政学部)教授
2002年   

【受賞歴】
1980年  第20回エコノミスト賞受賞(毎日新聞社)
2003年  第40回日本農学賞(読売農学賞)受賞
2004年  第12回アジア・太平洋出版連合協会賞受賞

【歴任】
初代食料・農業・農村政策審議会会長、畜産振興審議会会長、 農政審議会会長、農林水産省政策評価会座長

【現在】
(社)JC総合研究所研究所長 
東京都農林漁業振興対策審議会会長
(財)都市農産漁村交流活性化機構理事長

【主な著書】
補助金と農業・農村(第20回エコミスト賞受賞) :家の光協会
今村奈良臣著作選集(上)(下):農山漁村文化協会

 他多数

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