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アルゼンチン産トウモロコシをめぐる最近の情勢について

調査情報部 石井清栄、岡千晴


  

【要約】

 世界第2位のトウモロコシ輸出国であるアルゼンチンは、大豆生産が拡大している中で2010/11年度の生産量が過去最高であった2009/10年度に次ぐ2170万トンと見込まれ、2011/12年度は2600万トンに達するともみられている。

 今後のトウモロコシの国際需給の動向を考慮すると、米国に次ぐ単収の高さを誇る同国のトウモロコシ生産能力の高さは、注目に値する。

 日本はトウモロコシ輸入の90%以上を米国からの輸入に依存しており、リスク分散の観点からも輸入先の多様化を図る必要がある。一部業界関係者の間では、輸送コストや飼料利用上の課題はあるものの、アルゼンチン産トウモロコシの評価が高まりつつある。

 輸入先の多様化を考慮した場合、ブラジルと併せて生産・輸出の拡大が見込まれるアルゼンチン産トウモロコシの状況を、今後も注視する必要がある。

1 はじめに

 米国農務省(USDA)によると、アルゼンチンにおける2010/11年度(3月〜翌年2月)のトウモロコシ生産量が約2200万トン(暫定値)と世界第5位であるものの、大家畜を中心に牧草を利用した畜産が行われてきたことから飼料向けの需要が少ないため、輸出量は同1400万トン(暫定値:10月〜翌年9月)と米国に次ぐ。

 トウモロコシの国際価格は、バイオ燃料利用の機運の高まりなどさまざまな要因により、2007年から2008年にかけて高騰した。2008年9月以降の国際金融危機の影響などにより下落したものの、ロシアの穀物輸出禁止や米国の在庫率低下などにより、2010年後半から再度上昇し、現在も高水準で推移している。

 日本は世界最大のトウモロコシ輸入国であり、その90%以上を米国に依存している。また、日本国内で消費されるトウモロコシの約75%は家畜飼料用として利用されている。このような状況下で、今後の①米国における天候条件の悪化などによる生産量の減少や品質の悪化、②中国における畜産物消費の拡大に伴う、トウモロコシ輸入の動向−などを考慮すると、流通飼料関係者にとって輸入先の多様化が求められてくることから、アルゼンチンに注目が集まるものとみられる。

 そこで、本稿では、アルゼンチンのトウモロコシをめぐる生産、国内需要、輸出ならびに政策などの最近の情勢について、報告することとする。

表1 アルゼンチンおよび日本のトウモロコシの位置付け(2010/11年度)
(単位:千トン)
資料:米国農務省(USDA)
注1:暫定値。
2:生産量については、各国および各地域の生産年度を採用、アルゼンチンの場合は、3〜翌年2月、輸出入量については、10〜翌年9月の年度を採用
図1 トウモロコシのシカゴ相場の推移
資料:農林水産省「飼料月報」

2 生産の特徴

(1)主要生産地域などについて

 アルゼンチンのトウモロコシ生産地域は、ブエノスアイレス州、コルドバ州、サンタフェ州といった中東部に位置するバンパ地域にあり、同国の生産の80%近くを占める。これらは、年間降水量800〜1000ミリメートルと適度な降雨に恵まれ、有機物に富み、地力が高いなど、アルゼンチンで最も作物生産に適した地域とされている。このため、これらの地域は、トウモロコシ生産のほか、大豆、小麦、ヒマワリなどの穀物・油糧種子や牛の放牧肥育が行われる食料基地となっている。

 アルゼンチンのトウモロコシは約70%が不耕起栽培により生産されており、8月後半から12月前半にかけては種が行われ、翌年の2月後半から8月前半にかけて収穫される。また、同国のトウモロコシの生産、流通・加工ならびに輸出業者から構成されるアルゼンチントウモロコシ協会(MAIZAR)によると、トウモロコシ生産の中核を担っているのは、約7000戸の専業農家で、この大部分が中小規模である。

(アルゼンチン地図)
表2 トウモロコシ州別収穫面積
(単位:ヘクタール、%)
資料:アルゼンチン農牧漁業省(MINAGRI)
  注:2011年8月4日現在。

(2)品種について

 アルゼンチンでは、在来のフリント種(硬粒種)またはこれに米国産デント種(馬歯種)を交配したハイブリッド種が用いられており、現在は後者が主流となっている。

 MAIZARによると、フリント種は、1ヘクタール当たりの収量が6000キログラム程度にとどまるものの、カロテン含量が多いため黄身の色が鮮やかになることから、鶏卵生産に用いられることも多い。

 一方、現在のハイブリッド種は、高単収が期待できるものや、干ばつに対する耐性に優れたものがある。また、単収についても、天候条件が良ければバンパ地域では同11,000キログラム以上に達する。生産者は農場の特性に合わせて、品種を使い分けている。

 なお、遺伝子組み換え(GM)の利用割合については、大豆が9割以上であるのに対して、トウモロコシは8割以上とみられている。

フリント種
ハイブリッド種

3 最近の情勢

(1) 生産について

 アルゼンチン農牧漁業省(MINAGRI)は、①農家からの聞き取り、②アルゼンチン農牧技術院(INTA)など関係者による現地調査からの報告、②衛星写真の活用−により生産量を推計している。2010/11年度の生産量は、過去10年間で最高となった2009/10年度に次ぐ2170万トン(前年度に比べ4.3%減、8月第1週現在)と予測されている。

図2 トウモロコシの生産量および単収
資料:MINAGRI
注1:2010/11年度は暫定値。
  2:単収は主要生産地であるコルドバ州の平均(推定値)。

 これは、2010年後半にラ・二ーニャ現象による降雨不足から、単収が減少したものの、堅調な国際価格の影響などにより、は種面積が前年度に比べ21.5%増の435万5000ヘクタールとなったためである。

 また、2010/11年度におけるアルゼンチン(コルドバ州)の単収は、前年度に比べ19.1%減の1ヘクタール当たり約6800キログラムと見込まれる。それでも米国に次ぐ水準であり、天候に恵まれ、品種や土壌改良が進展すれば、米国により近づく可能性もある。

表3 主要国におけるトウモロコシの単収
(単位:キログラム/ヘクタール)
資料:USDA
  注:2010/11年度は暫定値、11/12年度は予測値

 このような中で、2009/10年度および10/11年度の生産動向を調査するために、現地トウモロコシ生産農家を訪問した。

 今回訪問したゴルシ市は、ブエノスアイレス市から約140キロメートル南西にある。現地生産農家のピニエロ氏は、祖父の代(1947年)から畜産を主体に行っていたが、15年前からトウモロコシや大豆などの栽培、また、ポロ用の馬の繁殖・飼養を行うようになった。所有する農地600ヘクタールのうち、半分をトウモロコシ、大豆、小麦、ヒマワリの輪作により生産している。品目ごとの作付は、価格動向を見ながら増減させている。ピニエロ氏は農作物生産に従事せず、全て臨時雇用で対応している。

(地図)

 トウモロコシは、ハイブリッド種で害虫抵抗性(BT)GM品種を栽培している。2009/10年度には降雨にも恵まれ、単収は1ヘクタール当たり1万3000キログラムと過去最高となったが、2010/11年度は、前年度に比べ約40%減の同8000キログラムであった。また、2010/11年度の収益については、トウモロコシ生産者価格が好調であったため、前年度に比べわずかな低下となった。

 なお、除草剤耐性(RR)GMトウモロコシも試験的に栽培したが、単収は1ヘクタール当たり6000キログラムとあまり振るわなかったとのことである。収穫されたトウモロコシは、袋サイロ(最大200トン、約1年の保存が可能)で保管され、自家用の馬用飼料として利用され、余剰分を飼料業者に販売している。

トウモロコシの収穫風景、当地域周辺では既に収穫は終盤であった。
収穫されたトウモロコシ
(フリント系ハイブリッド種)

大豆生産とトウモロコシ生産への影響

 アルゼンチンでは近年、中国、エジプト、アルジェリア向けなどへの大豆・大豆油・大豆油かすなどの輸出増加に伴い、1990年代後半から大豆生産が拡大している。USDAによると、同国の大豆生産は世界の約2割を占めており、国際市場に大きな影響力を持つ。同国ではトウモロコシと大豆の作付時期が重なるため、双方の価格動向がは種面積に反映する。

 MINAGRIによると、2010/11年度の大豆のは種面積は、輸出が引き続き好調であることなどにより、前年度に比べ2.8%増の1865万ヘクタールと穀物・油糧種子作物全体の55%を占めた。2000/01年度に比べると74.8%増であり、トウモロコシの同23.5%増に比べ、増加幅が著しく大きい。

図3 は種面積の推移
資料:MINAGRI
クロップカレンダー
資料:MINAGRI「Principales cultivos de la Republica Argentina」
  注:アルゼンチントウモロコシの作物年度は3月から翌2月まで、大豆は10月から翌9月まで。

 2010/11年度の生産量は、2010年後半にラ・二―ニャ現象による降雨不足で単収が低下したことから、過去最高となった前年度に比べ7.3%増の4880万トンと見込まれている。

 MAIZARは、トウモロコシの生産は大豆からの作付転換によるものではなく、農地の拡大で可能であるとし、以下のように言及している。

 「アルゼンチンの農地面積は、現在3000万ヘクタールであるが、2020年には4000万ヘクタールまで拡大することが可能である。また、①パンパとパンパ以外の地域とのローテーション生産の拡大、②パンパ地域のサラド河流域の治水対策、③降水量の少ないパンパ西部地域で効率的に生産できる品種の開発、④北部地域での耐虫性トウモロコシ(GM)の開発、⑤パタゴニア地域でのかんがい施設整備による増産−などにより、トウモロコシ生産量が伸びる可能性は十分にある。」

 また、MINAGRIは、大豆は地力を奪い、施肥の必要性があるため、土地への負荷が少ないトウモロコシ生産を拡大し、大豆生産とのバランスを取りたいとしている。

 一方、ブエノスアイレス穀物取引所は、大豆はトウモロコシに比べコストが低く、安定した生産が可能としている。ただし、利幅の良い大豆で得た資金をトウモロコシに投資するなどのケースが多いため、大豆のみが生産拡大することにはならないとしている。

 なお、現地農業専門誌によれば、2011/12年度の純利益は、大豆が1ヘクタール当たり359ドル(2万8000円)に対して、トウモロコシは、同482ドル(3万7000円)と見込まれていることから、今年度は大豆よりもトウモロコシの方がは種面積の増加率が高い可能性がある。

表4 トウモロコシおよび大豆の収益見込み(2011/12年度)
資料:「agro mercado」
注1:ブエノスアイレス州北部周辺の収益見込み。
  2:1ドル≒77円で計算。

(2)国内需要について

 USDAによると、アルゼンチンのトウモロコシ生産に対する国内需要の割合は、2004/05年度まで20%台後半であったが、フィードロット産業や鶏肉産業などの飼料向け需要の増加(注)などにより、2005/06年度以降30%前後で推移している。

(注):弊誌2010年10月号「アルゼンチンのトウモロコシをめぐる情勢〜国内家畜飼料用向け需要などを中心に〜」参照

 2010/11年度のトウモロコシの国内需要量は、正式な統計がないものの、MINAGRIや業界関係者によれば、800万トン程度(生産量の37%)と見込まれており、このうち、家畜(牛、豚、鶏)飼料用が550万トンから700万トン程度、残りは食用・工業用などととみられる。

 これに対し、MAIZARは、同年度のトウモロコシ国内需要量について、堅調な国際価格から輸出が増え、肉牛や酪農向けにソルガムや大麦などの代替需要が増加したことから、500〜600万トンと見ており、このうち、350〜400万トンが鶏・豚用飼料として利用されたとしている。なお、MAIZARによれば、トウモロコシの国内飼料向けの大まかな需要は、各部門の穀物需要量に75%に相当する。

 一方、バイオエタノール向け需要については、2010年1月から国内で販売されるディーゼル油およびガソリンのへのバイオ燃料の混合などを義務付けた「バイオエネルギー利用促進に関する法律」が施行(6月まで5%、7月以降7%以上)された。しかしながら、欧米諸国向け大豆由来のバイオディーゼル生産が拡大していることから、短期的にトウモロコシのエタノール向け需要が増加する見込みはないとされる。同国のバイオディーゼル生産量は現在約200万トンで、70%以上がスペインやイタリアなどに輸出されている。

 今後国内5カ所に5000万ドル(38億5000万円、1ドル≒77円)規模のトウモロコシ由来のバイオエタノール工場建設の計画があるとされる一方で、北部で生産されるサトウキビを利用したバイオエタノール生産に力を入れる可能性が高いと見る関係者もいる。

 なお、配合飼料については、中小規模のメーカーが鶏卵業界向けに生産する程度で、近年、発展著しいフィードロット産業や鶏肉インテグレーションは、自家配合生産が主流となっている。

図4 トウモロコシの国内需要と輸出需要
資料:USDA
  注:2010/11年度は暫定値

(3)輸出について

 アルゼンチンのトウモロコシ輸出は、政府の輸出管理政策(囲み記事参照)により、まず国内需要分が確保された上で、その年の生産状況により余剰分が輸出に回る仕組みとなっている。生産は天候条件などに左右されやすく、国際需給の動向や生育状況によっては、国内需要向けが輸出に回る可能性もある。

 近年の輸出状況を見ると、2002年〜2006年までは数量はその年度の生産量に応じて増減があったものの、金額は12億ドル(924億円)前後で推移していた。2007年から2008年前半にかけては、世界的な穀物不足の影響を受け、数量および金額ともに大幅に増加し、2008年には数量で前年比2.8%増の1540万トン、金額で同57.0%増の35億3100万ドル(2720億円)に達した。しかし、2009年は、①干ばつの影響などにより2008/09年度の生産量が大幅に減少したこと、②2008年9月以降の国際金融危機を反映して需要が減少したこと、③2008年5月から導入された輸出数量制限制度の下、国内需給動向などにより輸出が一時期停滞したこと−などにより、数量・金額ともに大幅に減少した。

 2010年は、トウモロコシの輸出数量制限などが撤廃されたこと(後述)に加え、2009/10年度の生産量の大幅な増加や一時期の米国の天候不良による品質の低下などから大幅に増加し、数量で前年比124.9%増の1776万トン、金額は同132.8%増の30億ドル(2310億円)となった。

 2011年(1〜6月)については、SENASAによると、数量では、前年同期比19.1%減の995万3000トンになったものの、金額ではひっ迫傾向であるトウモロコシの国際需給を反映して、同31.5%増の26億9000万ドル(2071億円)となった。数量が減少した理由としては、①主要輸出相手先であるイランやマレーシア向けなどが減少したこと、②農畜産物に関する輸出登録業務や補助金交付業務を行ってきた国家農牧取引監督機構(ONCCA)が2月末に突如廃止され、当該業務が経済省に移管されたこと、③主要積み出し港であるロサリオ港で1月後半から2月前半にかけて港湾ストライキが行われたこと、④エントレリオス州の収穫が一時期の干ばつの影響で遅れたこと−などが挙げられる。

 輸出先については、近年概ね一定している。2010年では、最大の輸出先であるイランが、数量で対前年比158.0%増の241万5000トン、金額で同163.8%増の1億5800万ドル(121億7000万円)となった。次いで、コロンビア、アルジェリア、マレーシアなどとなった。

図5 トウモロコシ輸出の推移
資料:国家統計局(INDEC)に基づく現地農業コンサルタント会社の集計、アルゼンチン国家動植物衛生機構(SENASA)
  注:2011年は1〜6月まで
表5 トウモロコシの国別輸出
(単位:千トン、百万ドル)
資料:SENASA

アルゼンチンの穀物・油糧種子に係る輸出管理政策

 アルゼンチンでは、国内の主要食料価格を安定させるため、政府は穀物および油糧種子について、数量制限と課徴金賦課を柱とする「輸出管理政策」を採っている。

1 輸出登録制度

 アルゼンチン政府は、1976年に公布された穀物・油糧種子に係する輸出登録に関するONCCA2008年5月28日付け決議543/2008号に基づき、輸出数量制限などを導入した。しかし、ONCCAは、2009年9月30日付け決議7552/2009号で穀物・油糧種子の輸出登録の仕組みを変更し、トウモロコシおよび小麦の輸出数量制限などを撤廃し、新たに国内の市場動向に応じた輸出許可数量制を導入した。変更後の内容は、以下の通りとなっている。

(1)輸出数量

 ONCCAは、月に一回程度各関係機関および輸出業者から構成される国内市場追跡評価委員会を開催し、国内需要量を算出・報告する。ONCCAはこの報告に基づき、生産状況なども踏まえて輸出許可数量を決定し、業者からの申請に基づき輸出許可証を発行する。

 現在、トウモロコシの国内需要量は800万トンとされている。2010/11年度の生産量は前年度に比べ大幅に回復し過去10年間で2番目に次ぐ生産量と見込まれることから、輸出許可数量は2011年5月までで1100万トンに引き上げられた。

 輸出許可書を発行を受ける業者は、以下の要件を満たさなければならない。

・生産者から政府公示価格(FAS)(注)価格で買い上げること

・トウモロコシ供給量が国内需要量を満たさないと見込まれる場合、輸出実績に応じた数量をFAS価格で国内に供給しなければならないこと

注:「FOB価格×(1−輸出課徴金(後述)の税率(20%)−所経費)」から算出される生産者販売価格の理論値となる。トウモロコシの生産者販売価格をFAS価格の水準にまで引き上げ、生産者の増産意欲を高めることが企図されている。

(2)輸出許可証の有効期間

・許可から45日以内に輸出する場合

 該当品目の輸出数量を事前に購入し、積み出し時に輸出課徴金を納付

・許可から365日以内に輸出する場合

 許可から5日以内に輸出課徴金を納付、該当品目の輸出数量を事前に購入する必要はなし

(3)申請書の記載事項

 輸出先国業者の住所、氏名、取引数量、取引決定日、輸出品目、生産年度、FOB価格、輸送方法など

 しかし、政府は2011年2月下旬にフィードロット向けなどの補助金の不透明な取扱いなどを理由に、ONCCAを突如廃止した。ONCCAの業務は経済省の管轄下に新たに設けられる国内消費補助金調整・評価ユニットに移され、国内市場追跡評価委員会は経済相、農牧相、経済省国内取引長官および連邦歳入庁(AFIP)長官により運営されることとなった。

 ONCCAの廃止に伴う同制度への影響については、廃止当初は多少の混乱があったものの、現在はほとんど問題がない。しかし、補助金交付業務に影響が出ている。

2 輸出課徴金制度

 政府は、1994年に油糧種子に対して3.5%の税率を課す輸出課徴金制度を創設した(注1)。その後政府は2002年1月の経済危機による通貨切り下げ後、同年3月に対象品目を拡大するとともに、税率を引き上げた。当時、政府は税収の大幅な減少を受け、通貨切り下げで恩恵を受ける輸出産業として農業が税収を支えるべきとの考えから、この措置に踏み切ったものとみられる。

 以降、経済の回復に伴うインフレの進行により、食料品価格が次第に上昇したため、農畜産物の国内供給の安定を目的として、品目ごとに度々、輸出課徴金の税率変更を行っている。近年では、大豆生産の拡大抑制ならびにトウモロコシなどの生産意欲向上を目的とした税率変更も行われている。穀物・油糧種子の税率は2008年12月以降、トウモロコシ20%、大豆は35%に据え置かれた状態である。

 輸出課徴金制度をめぐっては、政府と生産者団体の対立が続き、生産者団体は制度の廃止や税率の引き下げを要求している。しかし、農畜産物輸出額は全輸出額の5割強を占めていることに加え、連邦政府が独占できる税収(注2)であることから、連邦政府にとって輸出課徴金は、財源不足改善の有力な手段となっているとみられる。

 このような中で、同制度の根拠法である「行政府の農畜産物に対する輸出課徴金の決定権に関する法律」が2010年8月後半に失効し、輸出課徴金の決定権の議会への移行が議論されることとなったが、政府が現行制度の存続を求める中、税率の見直し方法などをめぐる野党や農牧団体の意見不一致などから議会で未だ決着がついておらず、現在も依然として政府が輸出課徴金の決定権を持っている。

 なお、現地報道によれば、2010/11年度の穀物の輸出課徴金収入は、76億8800万ドル(約5920億円)になるとみられている。

注1:輸出課徴金は、輸出価格に税率を乗じて算出される。

注2:アルゼンチンでは所得税や消費税などの税の多くが、目的税や地方交付金の財源となっており、輸出課徴金のように、全額が連邦政府の歳入になるものは少ない。

 また、輸出については、中国市場へのアクセスおよび大統領選挙が輸出政策に与える影響について注視したい。

〇 中国向け輸出について

 2010年に貿易取引額が120億ドル(9360億円)と過去最高に達した中国とは、同年12月に牛肉などに関する輸出基本協定を締結するなど、現在取引が活発な状況にある。トウモロコシ輸出については現在実績がないものの、2011年にはGMトウモロコシの取扱や衛生条件に関する2国間協議を実施しており、アルゼンチン側は、2012年にも輸出が開始されることを期待している。業界団体も中国向け輸出については関心が高く、価格次第では積極的に販売したいとしている。

 その一方で、中国は2010年4月から4カ月間、品質上問題があるとしてアルゼンチン産大豆油の輸入を突然禁止し(注)、一時期両国の関係が緊張した経緯があり、一部業界関係者の間では、今後中国向けのトウモロコシ輸出が開始されても順調に輸出が伸びるかどうかは疑問であるとの声もある。

注:中国は、アルゼンチンが中国産衣料品など約400品目に対するアンチダンピング措置を講じたことに対し、報復措置を採ったとされる一方で、中国国内の大豆搾油業界を救済したという見方もある。

〇 大統領選の動向

 大統領選挙は今年10月に予定されており、その結果によってはトウモロコシなどの輸出管理政策をはじめ、今後の農業政策全般に影響が及ぶ可能性がある。業界関係者は、現職の大統領が勝利する可能性が高く、現行の政策が維持されると見ており、国立穀物取引機構の設立(国による穀物取引の管理)など、管理がさらに強まるとする声もある。

 仮に、野党が勝利したとしても、輸出管理を急には緩めないとみられる。これは、農畜産物の輸出を自由化した場合、国際価格の動向が国内価格に直接影響を及ぼすことになるため、現在の安価な価格での食料供給が難しくなり、低所得者層を中心に政治的不満が高まると懸念されることによる。

(4) 価格について

 アルゼンチンのトウモロコシ価格は、シカゴ市場のトウモロコシ国際価格の影響を強く受け、同国の輸出価格および生産者価格は、国際価格に連動している。

 2008年6月の輸出価格、生産者価格は、それぞれ1トン当たり260ドル(2万円)、同524ペソ(9400円、1ペソ≒18円)と過去9年間で最高に達したものの、同年9月以降の国際金融危機の影響などにより下落した。しかし、ロシアの穀物輸出禁止や米国の在庫率低下などによる国際価格が上昇したため、2010年後半から再び上昇傾向となり、2011年4月は、それぞれ同313ドル(2万4000円)、762ペソ(1万4000円)といずれも過去最高を更新した。

 現在、トウモロコシの国際価格は、1ブッシェル当たり700セント(56円)近辺で推移しており、米国のトウモロコシ在庫率が依然として低いことなどを考慮すると、米国産トウモロコシの収穫時期までは高値圏で推移することが見込まれる。アルゼンチンの業界関係者も同様の見解を示しており、同国のトウモロコシ価格も引き続き好調に推移していく可能性が高い。

図6 輸出価格および生産者価格
資料:MINAGRIなどに基づく現地農業コンサルタント会社の集計
  注:輸出価格は主要輸出港のFOB価格、生産者価格はロサリオ市場の価格、

4 今後の生産見通しについて

 トウモロコシの国内需要は、中・長期的には鶏肉産業やフィードロット産業を中心に成長が続く可能性が高いことから、飼料向けを中心に増加が見込まれている。また、トウモロコシの国際需給についても、現状からすると今後もひっ迫傾向が続き、アルゼンチンからの輸出需要が高まる可能性が高い。

 そこで、今後のトウモロコシの生産見通しについて言及したい。

 まず、短期見通しについて、業界関係者は、現在のトウモロコシの国際価格が好調であることを考えると、2011/12年度のは種面積の拡大および単収の向上により、同年度の生産量は2600万トン程度に達する可能性があるとしている。これは、USDAの見通しと同じであり、現在の仕向け割合からすれば、輸出量は1700万トン程度と見込まれている。

 また、中期的な見通しについては、ACAによれば、大豆生産の拡大などを踏まえると2016/17年度までには3500万トン程度が現実的な数量である。この場合、輸出量は2280万トンに達するとみられる。

 長期的な見通しについては、MAIZARが算定し、MINAGRIもこれを採用している。MAIZARは、生産量は、①国内インフラ整備、②国内景気、③国際農畜産物需給−などが良好な方向に向かえば、2020/21年度には7200万トンまで増産が可能(輸出は4680万トン)としている。

 世界全体を見渡すと、米国とアルゼンチンを除き、1000万トン以上の輸出余力がある国は、アルゼンチンの隣国ブラジルのみである。ブラジルの生産量は、2020/21年度までに6550万トンに拡大し、輸出量は1430万トンと現在のアルゼンチンの実績を若干上回ると見込まれる。

 ブラジルは、中西部を中心に大規模な農畜産業を展開し、国際的なトウモロコシ、大豆、牛肉の供給国として大きな役割を担っている。現地研究機関によると、同国の農地拡大については、自然保護上の制約はあるものの、中西部のほかにこれまで開発が進められてこなかった北東部などを加えると、7080万ヘクタールの利用が可能とされている。これは、2010/11年度のトウモロコシ、大豆の作付面積の2倍弱に相当する。

 また、アルゼンチンと異なり、ブラジルには政府の輸出コントロールが行われていない。このため、増産により輸出余力が拡大すれば、国際市場に直接影響を及ぼすことになる。

 なお、USDAによると、米国については、2020/21年度までに生産量は3億8800万トン、輸出量は5970万トンと予測されている。

表6 生産量および輸出量
○ アルゼンチン
(単位:万トン)
(参考)ブラジル
(単位:万トン)
米国
(単位:万トン)
資料:USDA「Long-term Projections」に基づく、機構試算

5 対日輸出について

(1)数量および金額について

 日本市場においては、輸入シェアが90%超という米国の圧倒的な存在があまりにも大きく、2009年まではあまり実績がなかった。しかし、2010年は、米国産が一時期天候不良から品質に低下がみられたことなどから、数量で前年比358.3%増の88万トン、金額で同351.7%増の1億4500万ドル(111億7000万円)と大幅に増加し、過去最高となった。

図7 対日トウモロコシ輸出の推移
資料:INDEC(国家統計局)に基づく現地農業コンサルタント会社の集計、SENASA
  注:2011年は1月〜6月の累計。

 しかし、2011年(1〜6月)は、数量で前年同期比51.5%減の32万4000トン、金額で同21.3%減の6612万ドル(50億9000万円)となった。対日輸出の当事者を会員に有するACAは、米国産の対日供給ルートが確立されている中、アルゼンチン産が日本市場に食い込んでいくことは困難としている。しかし、今後、トウモロコシの国際需給が一層ひっ迫し、海上運賃などの輸送コストの低下が続けば、米国産と競合できる可能性が高まることから、その場合アルゼンチンからの調達増加も十分考えられると見ている。

図8 トウモロコシの輸入価格
資料:財務省「貿易統計」
  注:2011年は1〜6月まで

(2)対日輸出拡大に係る課題と最近の情勢変化について

 このように、日本市場においては、今後アルゼンチン産トウモロコシの輸入が増加する可能性も否定できないと言える。

 ここでは、ユーザー側から見た課題と最近の情勢変化について整理したい。

① 輸入コスト

 アルゼンチン産トウモロコシの輸入価格は、従来、米国産を上回っていた。

 これは、日本までの海上運賃コスト(地理的な距離は約2万5000キロメートル)に加え、アルゼンチン国内の輸送コストがかかることによる。トウモロコシは、パンパ地域のほぼ中心に位置し、パラナ川の河川港であるロサリオを経て、バイアブランカ、ネコチェア、ブエノスアイレスなどの積み出し港まで輸送されるが、パラナ川の水深が10メートル程度であるため、上記の港などでパナマックス級荷物船に積み替える必要があり、このことがコスト高の一因となっている。

(地図)

 しかしながら、最近では以前よりも価格差が縮小しており、2011年上半期においては、以下の通り米国産を下回った。

 アルゼンチン:1トン当たり26,653円

 米国:同26,766円

 ブラジル:同22,058円

 これは、海上運賃の低下や為替の影響などが考えられる。今後も海上運賃の低下などが続けば同様の傾向が続くと思われる。ブラジルについては、2009年以降、米国産との価格差はほとんどなく、2011年上半期においては、米国産、アルゼンチン産を下回った。

② 安定的な供給

 日本向けを含め、アルゼンチンからのトウモロコシ輸出は、輸出管理政策により、実際に停止したことがある。

ア 「輸出登録制度」

 2008年9月〜2009年3月

 生産の減少が、国内トウモロコシ価格などに影響を及ぼすと懸念されたことから、輸出登録が停止。

イ 「輸出課徴金制度」

 2008年3月

 主要穀物の税率を固定制から国際価格に基づく変動制に変更しようとした際、農牧団体によるデモ活動やトラック業者のストライキが全国規模で発生し、農畜産物の出荷が一時停止。

 しかしながら、2009/10年度、2010/11年度の生産量が好調であり、国内需要量は確保されるとみられることから、輸出許可は下りやすい状況にある。ただし、ラ・ニーニャが発生した場合には、降雨不足による生産の減少が予想されるだけに、その後の天候状況(降雨不足)に注意する必要がある。

 一方、輸出課徴金の税率変更などについては、これまで政治的混乱が大きかっただけに、現政権が大統領選に勝利したとしても、変動制に移行する可能性は小さいとみられる。

③ 飼料利用

 米国産と比べ、品種の違いなどにより、アルゼンチン産トウモロコシ(フリント系ハイブリッド種)は、色が赤く、粒が堅い−という特徴があり、飼料として利用するにあたっては、

ア 圧ペンした際に品質などが一様とならない(家畜の消化率の低下)。

イ 家畜のし好性が高まる香りが弱い。

といった欠点が挙げられている。

 しかしながら、逆にカロテン含量が多く、鶏卵の場合、黄身の色が濃く出るという従来から指摘されていた長所に加え、

ア たん白成分濃度が上昇している(逆に米国産は、その低下が指摘されている)。

イ 配合飼料生産時の粉じんが少ない。

といった特長が指摘されており、以前に比べ評価が改善されている。

 また、国内関係者からは、アルゼンチン産トウモロコシに対する生産者の抵抗感も、以前よりは小さいという声も聞かれた。なお、ブラジル産トウモロコシの品質については、米国産とアルゼンチン産の間に位置するとのことである。

6 終わりに

 輸入コストや輸出管理政策などの課題はあるものの、アルゼンチンのトウモロコシ生産に係る潜在能力の高さは注目に値する。

 アルゼンチンでは、パンパを中心に大豆生産が拡大しつつも、トウモロコシは一定の生産が確保されている。パンパでは、天候条件次第などでは単収が1ヘクタール当たり10,000キログラム以上と米国並みの地域もあり、①トウモロコシの国際需給の動向、②品種改良による単収の向上、③かんがい施設の整備−などによっては、今後生産をさらに拡大できる可能性がある。

 トウモロコシの国際需給は、米国のエタノールなどの需要の伸びを反映してひっ迫傾向にあり、大幅な生産量の増加がない限り、需給が大幅に緩和する可能性は低いとみられる。また、今後の中国のトウモロコシ需給は非常に関心の高いところである。

 アルゼンチン産トウモロコシは、最近の生産が好調なことに加え、輸入コストが低下していることもあり、一部日本の関係者の評価も高まっている。今後、日本は、リスク分散の観点からもトウモロコシの入手先の多様化を行う必要があり、その場合、アルゼンチンが最有力候補であると思われる。また、これまではアルゼンチンを下回る実績であったブラジルについても、今後の生産・輸出能力を考慮すれば、輸入先として目を向けることも必要であろう。引き続き、ブラジル産と併せ、生産・輸出の拡大が見込まれるアルゼンチン産トウモロコシの状況を注視していきたい。


 
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