話題  畜産の情報 2012年8月号

日常生活における熱中症予防
〜運動と乳製品摂取の効果〜

信州大学医学系研究科・スポーツ医科学講座 教授 能勢 博


はじめに

 本格的な夏の到来です。人は元来暑さに強い生物なのです。運動の後に乳製品を摂取して、元気に夏を乗り切る方法を提案します。

暑さに強い人は血液量が多い

 ヒトは二本足で運動し、大量の発汗や皮膚血流量により、運動によって発生した体熱を体外に放散する点で他の動物種より断然優れています。そのおかげで、誕生以来熱帯を含め地球上の広い範囲に棲息してきたと考えられています。

 しかし、二本足(立位)で運動するためには、ヒトは血圧の維持に大きいリスクを負っています。すなわち、立位姿勢では全血液量の70%が心臓より下に位置しているために、例えば、脱水によって血液量が少し減っただけでも心臓へ戻る血液量を維持できず、心臓から体に送り出される血液量が減少してしまいます。その結果、血圧を保てなくなって脳に十分な血流を供給できず、場合によっては失神してしまうのです。

 それを防止するために、ヒトでは心臓に還ってくる血液量を心臓にあるセンサーで絶えずモニターし、もしそれが低下した場合には、瞬時に皮膚血管拡張を抑制して皮膚血流量を低下させ、それに伴って発汗量も低下させるメカニズムが働きます。それは、血圧を維持するには都合の良いことなのですが、その半面、皮膚表面からの熱放散が減少し、うつ熱が起こり、最悪の場合、熱中症に陥ってしまうのです。

 したがって、血液量を増加させることで、心臓から全身に送り出される血液量に余裕ができ、その分、体温調節能が改善することが期待できるというわけです。

血液量を増加させるにはややきつい運動の後に乳製品を食べよう

 わたしたちは、大学生を対象に「やや暑い環境(気温30℃、相対湿度50%)」で、個人の最大体力のおおよそ60%に相当する「ややきつい運動」を、30−60分/日、5−10日間、繰り返し行ってもらいました。その結果、血液量が200ml増加すること、さらに、この運動後30分以内に糖質(30g)と蛋白質(20g)を含む牛乳やヨーグルトのような乳製品を摂取すると、その効果が倍増することを明らかにしました。また、この血液量の増加に比例して皮膚血流量・発汗能(体温調節能)が改善することも確認しました。

 一方、高齢者で60分/日、3日/週、8週間、運動のみを負荷しても血液量は増加せず、体温調節能も若年者ほど改善しませんでした。しかし、それぞれの運動後に糖質(15g)と蛋白質(10g)を含む乳製品のような食品を摂取すると、8週間後に血液量が200ml増加し、それに比例して体温調節能が改善したのです。

 以上の結果から、比較的短期間の暑熱馴化のためには、年齢を問わず、ややきつい運動のあとに糖質・蛋白質を多く含む乳製品のような食品を摂取すれば、より効率的に血液量が増加し、心臓から皮膚に送り出される血液量が増加すること、それにより、体温調節能が改善することを明らかにしました。

「ややきつい運動」には インターバル速歩がお薦め

 では、中高年者が容易に、継続してできる「ややきつい運動」とは何でしょうか。わたしたちは、平成9年から15年間、中高年者の健康増進プログラム「熟年体育大学」を運営し、その過程で、マシンなしで体力向上が期待できる「インターバル速歩トレーニング」を開発し、同トレーニングの効果について、これまで5,200人を対象に検証してきました。

 その結果、5ヶ月間同トレーニングを実施すると、筋力と持久力が最大で20%向上しました。さらに、この体力の向上に比例して高血圧、高血糖、肥満などの生活習慣病指標が低下し、医療費が20%削減されたのです。

 体力は筋力と持久力に分けられますが、筋力はその断面性に比例し、持久力は心臓に還ってくる血液量、すなわち全身の血液量と下肢筋力に比例します。

 さらに、ややきつい運動の後に糖質・蛋白質を多く含む乳製品のような食品を摂取すれば、血液量の増加は亢進することを上で述べましたが、実は、筋力の増加も亢進することが既に明らかになっているのです。

 つまり、日頃からインターバル速歩のような「ややきつい」と感じる運動を行い、その後に乳製品のような食品を摂取すれば、生活習慣病だけでなく、熱中症も予防できるということになります。

「インターバル速歩」をやってみよう

 わたしたちは、中高年で比較的体力のない方を対象に生活習慣病予防・熱中症予防にインターバル速歩を薦めています。そのやり方を説明しましょう。

1)まず、服装は軽い運動ができる程度のもので、靴は底が柔らかく曲がり易く、かかとにクッション性のあるものを選びます。

2)数分間の下半身を中心とした軽いストレッチを行った後、図に示すように、視線は25m程度前方に向け、背筋を伸ばした姿勢を保ちます。

3)足の踏み出しはできるだけ大股になるように行い、かかとから着地します。慣れないうちは、1、2、3とカウントして、3歩目を大きく踏み出すようにします。この際、腕を直角に曲げ前後に大きく振ると大股になり易いです。

4)速歩のスピードは、5分間歩いていると息が弾み、動悸がしますが、もし、友人と歩いているのなら軽い会話ができ、10分間歩いていると少し汗ばみ、15分間歩いているとすねに軽い痛みを感じる程度を目安とします。

5)速歩の時間は3分間を基準としますが、これは、大部分の人が、これ以上歩行時間が長くなると継続を困難と感じるからです。したがって、3分間の速歩のあとに3分間のゆっくり歩きを挟むと、また速歩をしよう、という気分になるのです。また、時計で正確に時間を測定しなくても、電柱などウォーキングコースの適当な目印にしたがって自分で設定してもいいです。

 このセットを5回/日以上、4日/週以上繰り返しますが、この基準量を、1日の通勤、買い物の行き帰りと分けて実施してもいいですし、週末にまとめて実施してもいいです。その毎日の運動の後、30分以内に乳製品のような食品を摂取すれば、血液量が増加して暑さに強い体になる、と考えています。

まとめ

 暑さに強くなるために、暑い環境で体に過度のストレスをかける必要はありません。朝夕の比較的すごしやすい時間帯に「ややきついと感じる運動」を15−30分行い、その後、コップ1−3杯程度の牛乳を飲む、それを1週間程度続けるだけで「今年の夏はすごしやすいなあ」と感じられる体になるはずです。お試しあれ。


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(プロフィール)
能勢 博(のせ ひろし)

1979年

京都府立医科大学医学部医学科・卒業
1995年 信州大学医学部附属加齢適応研究センター・
スポーツ医学分野・教授
2003年 信州大学大学院医学研究科・加齢適応医科学系(独立専攻)・個体機能学部門・スポーツ医科学 分野・教授
2004年 NPO法人熟年体育大学リサーチセンター・理事長
就任
2006年 厚生労働省「運動所要量・運動指針の策定検討
会」委員就任
2012年 現職
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