調査・報告 専門調査  畜産の情報 2012年1月号

地域資源と観光資源の活用による「近江牛」生産・流通の新展開
〜消費者に支持される新たなブランド化の促進〜

別府大学国際経営学部 助教 中川隆



【要約】

  滋賀県は、ブランド牛肉の先駆けとして名高く、三大和牛の一つ「近江牛」の産地であり、その牛肉の肉質や美味しさの点では全国的にも高い評価を得ているものの、昨今の経済不況による牛肉消費低迷の中にあっては、そのブランドの維持が課題となっている。「近江牛」生産・流通推進協議会等による地域資源と観光資源の活用、その取組に対する消費者の評価、生産者による販売所やレストランなど6次産業化への展開を図っている現場を調査し、ブランドの確立を既に成し遂げている近江牛のブランド存続への課題と今後の展望について報告する。

1.はじめに

 近年、牛肉のブランド化が強く促進されている〔1〕。銘柄牛肉の数は300に上るとされ〔2〕、全国各地でブランド化の促進を図る取り組みが行われている。ブランド化は差別化戦略の一手法であり、産地ブランドを推進する組織を中心に展開され、主にメディア等を通じて消費者に訴求されている現状にある。

 だが、一級の銘柄牛肉であれ、従来の枝肉格付等級や銘柄名称の認知度にのみ依存するプロモーションの手法ではなく、循環資源などの地域資源を活かした飼養管理や観光資源と結びついた生産・流通過程の特長などを打ち出し、それらを戦略的に訴求することが、今後、牛肉のブランド化の促進には、より求められよう。消費者や生活者、来訪者に共感され、支持される新たなブランド化の促進である。

 本稿では、400年以上の歴史があるとされ、三大和牛の1つとされる「近江牛」の新たなブランド化の動向を検討する。すでに確立されている全国的な暖簾の地位に安住せず、地域資源や観光資源を活かしながら、ブランド化の促進ならびに持続的展開を図る「近江牛」の生産・流通の実態解明を試みることが目的である。

2.滋賀県農業における「近江牛」生産と流通の実態

1)肉用牛生産の動向

 滋賀県は、県総面積の約1/6を占める琵琶湖を中心に、周囲を伊吹、鈴鹿、比叡、比良などの山々に取り囲まれている。これらの山々を源とする120を超える河川が近江盆地を潤し、琵琶湖に注がれている。このような豊かな自然の恵みを受けて、近江牛や近江米を主とする多様な農畜産物が生産されている〔3〕

 滋賀県の肉用牛の生産動向を検討しよう(表1)。平成21年の滋賀県における肉用牛の生産額は55億円であり、農業産出額に占める割合は9.5%である。作物別にみた産出額は全体の過半を占める米に次いで県内第2位であり、肉用牛生産は、米生産とともに滋賀県農業にとって基幹的な位置づけにあることがわかる。

表1 滋賀県における農業産出額の上位作目(平成21年)
(単位:億円、%)
原資料:農林水産省「生産農業所得統計」
資料:滋賀県農政水産部農政課「しがの農林水産業 平成23年(2011年)」2011年3月、p.4を基に作成。
図1 滋賀県における肉用牛の飼養戸数と飼養頭数の推移
原資料:農林水産省「食肉流通統計調査」、滋賀県畜産課「家畜飼養状況調査」
資料:滋賀県農政水産部農政課「しがの農林水産業 平成23年(2011年)」2011年3月、p.7を基に作成。

 図1に、滋賀県の肉用牛の飼養戸数および飼養頭数の推移を示す。肉用牛の飼養頭数は、1万7,644頭(平成21年)であり、近年1万7,000頭前後で推移している。一方、飼養戸数は、この30年間で約1/3に減少し、平成21年現在116戸である。肥育経営を中心とした肉用牛経営の大規模化が進展し、1戸当たり飼養頭数は152頭であり、北海道に次ぎ全国第2位の経営規模が実現されている。

2)近江牛の流通と輸出動向

滋賀県の位置

 素牛の主な導入先は、宮崎県、鹿児島県、熊本県、長崎県、岩手県、福島県などである。県内の繁殖牛頭数は1,322頭である。和牛の肥育農家戸数は87戸であり、飼養頭数は1万1,167頭である(平成23年2月現在)。

 和牛の年間出荷頭数約5,700頭(平成22年)のうち、系統出荷が約1,000頭、残りが系統外出荷であり、商系を主とする流通となっている。卸業者には滋賀県内や京都府内の業者、全農などが含まれる。

 輸出については、平成19年4月に操業開始した滋賀食肉センターが拠点となっている[4]。当センターでは国際的な衛生管理水準を満たすべく、HACCP手法による厳格な食肉の衛生管理が実施されている。平成21年には対マカオ・対タイ輸出施設として、平成22年には対シンガポール輸出施設として、認定を取得している。しかし、高級部位(サーロイン、ヒレ、リブロース)の輸出に偏っているのが現状である。一頭「まるごと」の輸出による「近江牛」の消費部位拡大を目指すとともに、輸出先国・地域における「近江牛」の商標登録による権利保全を図ることで、いっそうの輸出促進に努めている。

3.「近江牛」のブランド推進組織の取り組み
〜新たなブランド化の促進に向けて〜

1)ブランド推進組織の概要

  〜「近江牛」生産・流通推進協議会〜

 平成19年10月18日に「近江牛」のブランド推進組織として、「近江牛」生産・流通推進協議会(以下、協議会とする)が設立されている〔5〕。協議会は、滋賀県食肉事業協同組合、社団法人滋賀県食肉三水会、滋賀県食肉公正取引協議会、滋賀県家畜商業協同組合、滋賀県肉牛経営者協議会、「おうみ」和牛繁殖協議会、近江肉牛協会、全国農業協同組合連合会滋賀県本部、株式会社滋賀食肉市場、社団法人滋賀県畜産振興協会といった近江牛の生産・流通にかかわる関係10団体で構成される。協議会の目的は、上記の団体が連携を図り、安全・安心な近江牛の安定供給を推進するとともに、近江牛の銘柄の高揚とPRに取り組むことである。

2)ブランドの定義

 昭和26年に設立された近江肉牛協会において、すでに「近江牛」は定義づけられていた。その後、平成17年12月に、「豊かな自然環境と水に恵まれた滋賀県内で最も長く飼育された黒毛和種」と明確に定義される。平成19年5月11日に地域団体商標(文字商標)に登録されている。

 「近江牛」のなかでも、(1)枝肉格付がA4、B4等級以上のもの、(2)協議会の構成団体の会員が生産したもの、(3)滋賀食肉センターまたは東京都中央卸売市場食肉市場・芝浦と場でと畜・枝肉格付されたもの、の要件を満たす「近江牛」を認証「近江牛」としている(図2)。認証「近江牛」には認定書が発行され(図3)、より差別化されたブランド和牛肉として指定店で販売されている。

図2 認証「近江牛」の位置づけ
図3 近江牛認定書

3)ブランド推進事業の実態〜ブランドを支える指定店登録制度とモニター制度〜

 平成21年9月に当該和牛肉を取り扱う店舗を指定する認定「近江牛」指定店登録制度が制定され、その後まもなく、登録申請が開始されている。平成23年8月現在、169の指定店があり、県内145店舗、県外24店舗の内訳である。指定店の種類別にみた内訳は、小売店42.6%、飲食店23.7%、卸売店等21.9%、旅館・ホテル11.9%である(これらについては、協議会のホームページhttp://www.oumiushi.com/で閲覧することができる)。さらに5種類(東エリア、西エリア、南エリア、北エリア、県外)の認定「近江牛」指定店ガイドマップを発行しており、協議会のホームページとリンクした形で効果的なPRを図っている。指定店には著名な観光資源である雄琴温泉旅館や休暇村近江八幡が含まれていることも特筆すべき点である。指定店の店舗内には、QRコードが設置されているので、来客者は、その場で販売牛肉の履歴情報を確認することが可能である。

 指定店の登録にあたり、登録者は登録料を3万円、更新料を1年毎に1万円支払うことになっている。また、この認定「近江牛」が適正に取り扱われているかをチェックする機関としてモニター制度が設けられている。これにより、「消費者モニター服務等規程」や「認定「近江牛」指定店モニター制度実施細則」に基づいた厳正なブランド管理が行われている。消費者モニターは、食肉関連事業に直接関わらない一般消費者の中から公募し、平成22年7月に6名を採用している。

認証「近江牛」指定店の肉のげんさん

4)地域資源と観光資源を活用した「近江牛」のプロモーション活動

 指定店には、平成21年6月より幟(のぼり)や袢纏(はんてん)などの貸し出しを10日間の期限付きで行い、プロモーションが図られている。

 平成22年度には、「滋賀のうまいもんでおいしい一杯!キャンペーン」や「近江牛を買ってキリンビールを当てようキャンペーン」を行い(各々の応募総数は18,300件、10,863件)、地域資源であるキリンビール滋賀工場と連携したプロモーション活動に取り組んでいる。「羽川英樹と行く近江牛体験バスツアー」は、観光イベント企画によるプロモーションであり、バス会社と提携し、信楽焼で有名な信楽でキリンビールや信楽焼とともに「近江牛」のPRを行っている。

 NHK大河ドラマが「龍馬伝」(平成22年)から「江〜姫たちの戦国」(平成23年)に移行した際の主役のバトンタッチ式では、主役を引き継ぐ上野樹里が福山雅治に「近江牛」を贈っているが、これは、大河ドラマブームという観光資源を活用したプロモーションである。

 生産者・生産者団体や卸売業者の社用車34台に車体シールを貼付し、「走るCMカー」として当該ブランド牛のPRを図るなどの取り組みも行われている。

 また、平成23年7月よりホームページ上に、35種類の「近江牛料理レシピ」を掲載している。消費者に購買意欲を高めてもらい、アクセス数を増やすという目的がある。現在、ホームページへのアクセス数は月間2,000件前後で推移しており(平成22年4月〜平成23年7月)、4,000〜5,000件のアクセス数を当面の目標にしている。

5)今後の展望

 まずは、地域の特産物を食したい観光者をターゲットとする戦略を持つということが重要である。地場産業をどのように活かしていくか。地域ブランドを県域ブランド、全国ブランドに高めていくためには何が必要か。これは、今後の地域活性化のためのポイントでもある。もちろん、一個人一団体でできることではなく、組織間連携が不可欠であることは言うまでもない。

 修学旅行に来る子供達に地域の特産物を思い出として残すような仕掛けを積極的に作り出すことも必要であろう。琵琶湖周辺には多数のキャンプ場があり、県北を中心に幾つかのスキー場があり、県内にはレクリエーション施設をはじめとする地域産業資源が豊富である。こうした観光資源や体験を組み合わせ、「近江牛」を心に残すような工夫が今後より求められるだろう。

4.大規模畜産経営における「近江牛」生産の実態

1)宝牧場の概要

 宝牧場は、自然豊かな滋賀県北西部の高島市朽木に立地している。資本金は4,800万円であり、畜産物の生産から加工・販売に至る多角的な事業を展開している。牧場では、肉牛経営、酪農経営、養豚経営の畜産業を展開している。有限会社タカラ食品(資本金1,000万円)においては、畜産加工品の製造・販売、牧場直営レストラン(宝亭)経営を行っており、朽木村エコ堆肥有限会社(資本金400万円)では、堆肥の製造・販売等を行っている。牧場内の主な施設は、13棟の畜舎、堆肥舎、4つの倉庫、搾乳・授乳体験施設、宝牧場しぼりたて工房である。労働力は、酪農部門8名、肥育部門5名、パン工房10名、堆肥・敷料関係2名、宝亭5名、事務所2名の32名である。耕地面積は水田1.6ヘクタールであり、そこでは自家堆肥のみを給している。また、京都市や高島市内を結ぶ送迎バス2台を所有している。敷地内には、観光バス2台を収容できるスペースがあり、近くには朽木温泉がある。宝牧場は、高島市観光をめぐるグリーンツーリズムの拠点にもなっている。

600頭の和牛を飼養する宝牧場

2)経営の発展経緯〜肉牛経営の規模拡大を軸とした経営多角化と6次産業化〜

 会長の田原義裕氏は、昭和32年に就農し、水稲と炭焼きを開始している。昭和34年には、3頭の和牛繁殖牛を導入した。昭和46年には、肥育牛、繁殖牛各々の飼養頭数は240頭、30頭と経営規模を拡大させている。その後、多頭化を進展させ、平成元年には肥育牛の飼養規模は1,100頭となる。平成7年3月には認定農業者になっている。その後、平成8年には、乳用牛100頭のフリーストールによる酪農経営を開始している。同年、牛乳の加工販売事業に着手し、有限会社タカラ食品を設立している。平成9年には、観光部門へも事業を拡大させ、「くつき温泉てんくう店」を開店し、同年から翌10年にかけ、搾乳・授乳体験施設を設置している。平成11年には、宝牧場しぼりたて工房「味わい館」を開店し、ソフトクリームやバームクーヘン、ケーキ、プリン、パンなど牧場の牛乳を利用した洋菓子の販売を開始している。平成17年には、宝牧場しぼりたて工房京都店を開店している。平成22年7月には、精肉販売・牧場直営レストランを展開する宝亭を開店している。

 このような発展を経て、大規模乳肉複合経営を基幹とする現在の多角的畜産経営を確立するに至っている。

3)6次産業化の契機

 上述のように、畜産物生産から加工・販売・飲食までの6次産業化を実現しているが、その契機は、1次産業だけでは伝えることのできない農業の「魅力の創出」であった。農家自らが農産物を商品化することで「ほんまもん」(本物)を消費者に訴求できる。「ほんまもん」は生産者に満足感と自信をもたらし、農業の魅力を消費者に、とりわけ次代を担う若者に伝えることができる。また、食の安全・安心を確保するという意味においても、農家自らが加工・製造・販売までを担う6次産業化の意義に積極的な価値を見出している。

4)畜産・精肉販売部門の実態

 飼養頭数は、搾乳牛250〜280頭、乳用子牛200頭、和牛600頭、F1牛600頭、ホルス50頭である(肉用牛頭数には、哺育牛や育成牛も含まれる)。平成23年より、6ヵ月齢になった乳用子牛は、育成コスト削減のため、北海道の牧場に約1年間預託している。養豚も行っており、100頭を飼養している。1頭当たり約3リットルの牛乳を毎朝与えて育てる「ミルク豚」は、当牧場のオリジナルブランドである。養豚導入の契機は、搾乳牛の残乳処理であった。酪農由来の食品残さを見事に経営資源に転化し、肉の脂に甘みを持たせ、独特の風味を出すことに成功している。

 肉牛経営について、和牛の素牛の導入先は、主に鳥取県と宮崎県である。F1については主に自家生産である。哺育施設も持っている。出荷月齢は、ホルスが24ヵ月齢、F1が25〜27ヵ月齢、和牛が30ヵ月齢以上である。和牛の肥育期間の長さには、コストだけでなく、先人が築いてきた近江牛のブランドを守っていきたいという経営者の意思が反映されている。出荷する和牛の上物率は80%であり、枝肉重量はメス420キログラム、去勢520キログラムである。1日当たり増体重(DG)は、メス0.7〜0.8キログラム、去勢1.1キログラムである。事故率は2%である(平成22年)。

 精肉販売部門について、宝亭を平成22年7月に開店している。従業員5名、パート3名である。海外輸出も行っている。生産者と加工業者で近江牛輸出振興協同組合を組織し、前述の輸出施設として認可を受けた滋賀食肉センターを介して、輸出業者を通じて、シンガポールやタイに近江牛を輸出している。和牛と交雑牛の売上比率(海外輸出分含む)は5:5である。近江牛もさることながら値ごろ感のある交雑牛も人気がある。平均客単価は3,000〜4,000円である。全部で約100席あるが、来客の集中するお盆は満席であった。肥育部門との関係で言えば、来客者に対して安心を与えるという意味で、6次産業化の取り組みは効果的であったと考えている。取り組みの経営的なメリットは、相場に左右されないことであり、原価割れしない販売をこころがけている。

宝牧場のオリジナルブランド「ミルク豚」
宝牧場で肥育される近江牛
「近江牛」を販売する宝亭
宝亭で販売される近江牛(モモ焼き肉用)

5)地域資源活用の実態
   〜エコたい肥生産の取り組み〜

 畜産経営における敷料・たい肥部門に関わる支出は無視できないものである。この部門の合理化を図るため、平成23年に1億5,000万円の投資を行い、5基のたい肥プラントを設置した。平成23年8月現在、2基が稼働している。2週間でたい肥を無臭にするプラントである。

 聞き取りでは、オガクズなど敷料とたい肥の発酵・運搬・散布に関わるコストは、年間6,000万円であった。また、1日当たり約20トン(4トン/台×5台)のたい肥が発生するとのことであった。このコスト負担を低減させることが、たい肥プラント設置の背景にある。これにより、いっそうの耕畜連携を推進させ、耕種農家における付加価値農産物(「環境こだわり農産物」)の販売につなげ、農家の活力ひいては地域活性化につなげようという狙いもある。また、耕種農家へのたい肥の販売(10アール当たり2,000〜3,000円)だけではなく、敷料として再利用することも考えている。牧場の飼養環境をより良くすることが目的である。肉牛の枝肉重量を高めることや乳牛の乳房炎の発生を抑制することにつなげるためである。

 経営理念として「時代に即したことを行う」をモットーにしており、多頭化により悪化しがちな飼養環境を改善するため、より「クリーンな牧場」を目指す。6次産業であればなおさらのこと、原材料生産段階の牧場の衛生管理には、十分配慮する必要があると考えている。「クリーンな牧場」にすることは、来客者や消費者に安心して頂くことでもある。

 この点は、牧場を訪れる来客者や消費者に「安心」を与え、「共感」をもたらす飼養管理上の重要な特長であり、消費者に支持される近江牛の新たなブランド化の促進に大きく貢献しうるものである。

滋賀県で推進される「環境こだわり農産物」
たい肥プラントで。宝牧場会長の田原氏

6)観光資源活用の実態〜牧場の観光的利用〜

 上述のように、高島市観光をめぐる拠点になっている宝牧場では、乳搾り体験(現在、口蹄疫の影響で中止している)やバター作り体験が、大変人気である。搾乳施設を開放し、体験を通じて、来客者に「安心」を感じてもらっている。乳搾りには、作業の煩雑さや危険がともなうが、酪農の実態を知って頂きたい、とくに幼い頃の体験が重要であると考えている。

 来客者数は、乳搾り体験(料金は、大人500円、子供400円)では年間2,000人、パン工房には1日当たり平均120人、宝亭には夏期月間2,000人である。来客者は家族連れが中心であり、乳搾り体験には大阪府や福井県、京都府などからの子供会による参加が多い。潜在的なリピーターである子供を大事にすることが重要であると考えている。

 さらに、平成23年9月より営業専門の人材を招いており、観光バスとの連携などといった観光マーケティングを強化する狙いがある。このように、観光資源活用に熟知した人材を積極的に雇用しようとするところにも経営者の卓越した手腕を確認することができる。

宝牧場内にある搾乳体験施設

5.おわりに

 本稿では、「近江牛」の新たなブランド化の動向を検討した。滋賀県の持つ地域資源や観光資源と連携するかたちで、「近江牛」のブランド化を促進させ、地域活性化につなげようとする取り組みが行われていることがわかった。環境というキーワードにおいて国内でも先進的な位置づけにある滋賀県では、琵琶湖をはじめとする地域資源との共生・共存がとりわけ大きな課題になっている。いかに「琵琶湖」と「近江牛」という2つの大きな山を守り、その中で、いかに「近江牛」のブランドを展開させていくか。現場や関係者の方々の熱い思いを感じ取ることができる調査でもあった。

 また、我が国畜産の今後のあり方を展望するうえで、消費者へのアプローチという点で、宝牧場の取り組みは実に示唆に富むものであった。そこには、環境に配慮した「クリーンな牧場」、6次産業化、牧場の観光的利用といったように、消費者に望まれ、支持されうる畜産経営の姿があった。マーケティングの基本ということになろうが、顧客志向、すなわち消費者や来訪者が我が国畜産のあり方に対してどのようなことを望んでいるのか、これを的確に捉え、しっかりと対応することが重要であることは言うまでもない。

 消費者に支持される牛肉の新たなブランド化の促進には、耕種部門に加えて、観光関連団体・事業者を含めた農外部門との連携促進がこれまで以上に重要となろう。

 TPPなど畜産をめぐる情勢は依然厳しい局面にあるが、この我が国が誇るブランド和牛「近江牛」の今後の一層の躍進を期待したい。

追記:本稿を草するに際して、調査の御協力を頂いた滋賀県農政水産部畜産課、滋賀県家畜保健衛生所、有限会社宝牧場、財団法人滋賀食肉公社、「近江牛」生産・流通推進協議会および農畜産業振興機構の各関係者に対して、記して感謝の意を申し上げたい。

参考文献

〔1〕甲斐諭「わが国の産地銘柄牛肉ブランド化の現状と課題」日本食肉消費総合センター『わが国の産地銘柄牛肉ブランド化の現状と課題』2011年3月、pp.3-19.

〔2〕食肉通信社『銘柄牛肉ハンドブック2011』2011年

〔3〕滋賀県農政水産部農政課「しがの農林水産業 平成23年(2011年)」2011年3月

〔4〕滋賀県「近江牛輸出促進事業 概要」2011年

〔5〕「近江牛」生産・流通推進協議会「設立から現在までの活動について」2011年8月

 


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