海外情報  畜産の情報 2012年7月号

台湾における牛肉の需給動向

台湾・財団法人中央畜産会 企画・情報調査 部長 王佑桓

  

【要約】

 台湾は、牛を農耕に用いてきたことなどを背景として、牛肉を食する文化がなかった。このため、牛肉生産量はわずか6千トンで、国内消費の9割以上を豪州や米国等からの輸入に依存している。

 肉牛の主要品種は、政府の酪農振興政策により、乳牛(ホルスタイン)の雄又は去勢牛である。また、牛肉は鮮度が重視され、と畜後直ちに販売される。地域的に嗜好の違いがあり、北部・中部では乳牛の雄、南部では去勢牛が好まれる。

 現在、国内の牛肉消費は、都市部の若い世代を中心に伸びてはいるものの、依然として安価な輸入牛肉が市場を占めている。

 今後、政府による生産履歴(TAP)・台湾優良農産物(CAS)の認証制度や食肉業者に対する衛生管理の徹底による取組みが浸透することにより、国産牛の消費も増えていくことが見込まれる。

1.はじめに

 台湾は、ポルトガル語で「麗しい島」の意味である「フォルモサ(Formosa)」とも呼ばれれる。台湾の国土の美しさを形容する。国土の総面積は約3万6千平方キロメートル、地勢はユーラシア大陸の東南の端に位置し、沖縄とは約600kmの距離にある。台湾海峡を挟んで約200km先に中国大陸とも向かい合う。

 気候は黒潮が東岸を流れるため、温暖で湿潤である。中部には北回帰線が通っており、これを境に南部は熱帯、北部は亜熱帯に属する。年間の平均気温は20℃以上と、農作物(水稲、野菜、果物)の生産には非常に適しているものの、台湾の主要品種であるホルスタインの飼養にはあまり適さない。

 1970年頃まで台湾の肉牛生産は、水牛など役牛を食用としていたが、近年、酪農の発展に伴ってホルスタインの雄(以下「乳雄」という。)を肥育する形態に変化している。

 現在も風俗習慣などを背景に国内の牛肉消費量は多くはない。ただ最近、政府は、加工から消費までの流通時間の短縮や第3者認証制度の活用を推し進めており、その効果もあり牛肉は国民から広く支持されるようになりつつあり、徐々に好まれるようになってきた。
 本稿では、変化する台湾の肉牛生産と牛肉の消費動向などの概況を報告する。

2.農林水産業の生産構造

 農林水産業の生産構造は、農業、林業、畜産業、水産業に大別される。最近10年間では、畜産の生産額は農業に次いで多い。2010年をみると、農林水産業全体の総生産額(4263億元・1元=2.65円)のうち、畜産の生産額(1446億元)は3割強を占めた。(図1)
図1 農林水産業生産額の推移
 品目別の生産額をみると、豚肉の生産額(約707億元)が総生産額の16.6%を占めて第1位であった。第2位の米(約303億元、構成比7.1%)を大幅に上回った。その他、食用有色鶏は約207億元(同4.9%)、鶏卵は約153億元(同3.6%)、食用白色鶏は約150億元(同3.5%)、生乳は約81億元(同1.9%)等となっており、畜産物が上位を占める。ただし、牛肉だけは、約16億元(同0.4%)と著しく低い。(表1)
表1 品目別の畜産物生産(2010年)
資料:2010農業統計年報
 注:鶏卵の単位は億個で、それ以外は千トンである。
   構成比は、農林水産業の生産額に占める割合

3.肉牛産業の歴史的背景

 牛の飼養は、台湾に入植した際に田畑を耕すため、導入したのが始まりである。この当時、水牛、黄牛、交雑種が主に飼養されており、役用として役割を終ると、食用出荷されていた。

 水牛は1956年に飼養頭数が最も多く、約33万頭が飼養されていた。ただし、法律で13歳未満の水牛は食用出荷が禁止されていたため、流通は限られていた。高齢の水牛の肉質は悪く、水牛肉の消費はほとんどなかった。

 1960年以降、農業機械の普及が進み、水牛が農作業に用いられることが次第に減少したことに伴なって、年2万〜3万頭のペースで減少し、2010年はピーク時のわずか10分の1まで減少した。

 黄牛及び交雑種は、1966年に飼養頭数が最も多く、約9万9000頭が飼養されていたが、水牛と同様に飼養頭数は減少し、2010年はピーク時の9分の1まで減少した。

 台湾では昔から耕作に水牛や牛を用いており、農村部では牛に感謝する気持ちが強く、必ずしも牛肉などを食べる習慣はなかった。都市部でも牛肉を食べると「学業成績が悪くなる」、「悪運を呼ぶ」などとの考えが広くあり、これまでは牛肉の消費が伸びなかった。

 政府は1972年、純粋種の肉牛振興地域を設定し肉牛産業を奨励した。しかし、翌年の石油危機の影響と、1975年の冷凍牛肉輸入解禁に伴いオーストラリア産など安価な輸入牛肉の影響で、国内で生体牛の価格が大きく下落した。この当時、元々利幅が小さかった純粋種の肉牛生産者は大きな赤字を抱え、次々と格安で牛を手放す事態となり、純粋種の肉牛振興は一時中断せざるを得なかった。

 1981年に入って、政府は肉牛振興から酪農振興に大きく政策転換した(搾乳牛頭数の目標を4万頭と掲げた「牛乳主・肉牛副」政策)。この政策により、酪農は発展し政府が主要品種と選定したホルスタインの飼養頭数は増えていく。この結果、酪農の副産物である「乳雄」も増え、一部の生産者が乳雄を肥育し出荷し始めた。この形態が比較的収益性がよかったことから、この形態で肉牛の生産が発展していくこととなる。

 80年代以降、肉牛生産の主役は水牛、黄牛及び交雑種から、乳雄と変化していった。


4.肉牛をめぐる情勢

 政府の農業統計年報によると、2010年の肉牛の飼養頭数は33,343頭で、と畜頭数は31,701頭で、牛肉生産量は6,343トンであった。

 肉牛の品種は、ホルスタイン(19,141頭)が中心で、次いで交雑種(10,315頭)、水牛(3,452頭)、黄牛(435頭)となっている。しかしながら、最近、酪農の収益が下落しているため、乳牛全体の出生頭数が減少し肥育向け子牛の出荷頭数も減少している。

 この影響で2012年に入って、乳初生牛の取引価格が1頭4,200元という値もついた。しかし、アメリカ産牛肉のラクトパミン問題やアメリカでのBSE発生により、牛肉消費減への懸念から、現在、2,200元まで下落している。ただし、肉牛生産者の一部にはこの動きは一時的なものとみており、今後、乳雄は供給不足になると見込んでいる。

 飼料について、一部の生産者では輸入濃厚飼料を給与しているものの、一般的には、国産の牧草、青刈りしたトウモロコシの茎葉、農業副産物(落花生の茎葉、さとうきびのしぼりかすなど、ビールかす又はコーリャン酒かす)である。なお、離島の金門県では、観光客向けにコーリャン酒かすを給与して育成した牛肉を提供し、観光産業の目玉にしているところもある。

肉牛生産現場(交雑種)
肉牛生産現場(ホルスタイン)


5.牛肉をめぐる情勢

(1)国産牛肉の新たな取組み

 2006年以降、政府は牛肉の生産履歴(TAP)・台湾優良農産物(CAS)制度を積極的に推進している。現在、TAPやCASの認証マークが貼られた牛肉が大型量販店や生鮮食料品スーパーで販売されている。

TAP及びCAS認証の宣伝ポスター(台湾市内の大型量販店)
国産牛肉の陳列
 政府は食肉業者への温度管理の徹底など品質管理を重点的に指導する取組みを始めており、現在までに国産牛肉専門販売店すべてが食肉流通過程で、適切な温度管理による流通体制を構築している。  官民を挙げての取組みにより、国産牛肉の販売が新たな時代を迎えつつある。
国産牛肉専門販売店
同販売店の冷蔵ケースの陳列

(2)牛肉輸入動向

 2010年の統計によると、食肉輸入量は約35万トンであった。内訳は、家きん肉が約13万トン(シェア36.8%)、牛肉が約11万トン(同31.4%)、豚肉が約8万トン(同23.7%)、羊肉が約3万トン(同7.9%)、その他(家きん肉を加工したものなど)が約1万(同0.3%)であった。

 台湾は安価な家きんの肉(骨付きもも、外国では消費されない手羽等の部位)を中心に、輸入に依存する傾向が高まっている。(表2)

表2 台湾の食肉輸入量
資料:農業需給年報(行政院農業委員会)

 牛肉輸入解禁は1975年。政府が輸入冷凍牛肉の国内市場への販売を許可したことが始まりである。生産コストの高い国産牛肉の需要は落込み、比較的価格優位性のあった輸入牛肉はシェアを拡大していった。現在でも国産牛肉のシェアは1割も満たない。2010年の食料需給年報によると、国産牛肉の自給率は5.5%と低いものである。

 財政部関税総局の税関輸出入資料によると、2011年の牛肉輸入先国(輸入額ベースでのシェア)は、オーストラリア(39.6%)が首位で、アメリカ(31.9%)、ニュージーランド(21.7%)となり、3カ国で9割を超える。ニカラグア、パナマ、カナダなど(約6.8%)からも輸入されている。

 なお、アメリカ産はラクトパミン問題の影響で、2012年の輸入量は大きく落ち込むものとみられる。

(3)輸入牛肉の販売形態

  輸入牛肉の販売形態について、販売事例を基に紹介する。台北市内の大手デパートでは、オーストラリア産やアメリカ産牛肉は「和牛」と表示された霜降り肉が店頭に並んでいた。オーストラリア産霜降(薄切り)は100g当たり625元、アメリカ産(ロース)は同325元、アンガスの霜降(薄切り)は同290元、ショートリブは同270元と、比較的高価な牛肉が販売されていた。台北にはこれらを購入する層が存在するものとみられる。
オーストラリア産牛肉(台北市内大手デパート)
 一方、大型量販店では、販促イベントの際は安売りセール対象品にもなるオーストラリア産やニュージーランド産の冷蔵肉は同45〜78元で販売されている。
「和牛」表示された輸入牛肉(台北市内大型量販店)

(4)消費動向

 これまで、牛肉を食べる人が少なかったため、牛肉の消費量は豚肉や家きん肉と比べ非常に少なかった。また、牛肉価格は豚肉や家きん肉より高く、広く家庭で料理する頻度も少ない。これらが消費低迷の要因ともなっている。

 2010年の1人当たりの年間食肉消費量は約76kgで、豚肉が最も多く約37kgで、次いで家きん肉が約32kgとなる。一方、牛肉は約5kgと、食肉消費量全体の約6.5%にとどまっている。(表3)
表3 台湾の一人当たりの食肉消費量
資料:農業需給年報,行政院農業委員会
 注:その他の項目の0.0は百グラム以下の値
 過去に実施した調査研究などによると、若い男性は年配の人や女性よりも牛肉を好む傾向がある。牛が農作業用に用いられなくなった今、「悪運を呼ぶ」などという迷信も薄れており、若い男性を中心に牛肉は今後、緩やかに消費量が増加するものと考えられる。

 国産牛肉については、販売される牛の部位は、日本とあまり変わらないものの、地域的に嗜好の違いはある。

 地域によって好まれる牛が異なり価格にも大きな差が生じている。北部や中部は乳雄(小売価格は360〜380元/kg)で、南部は乳雄の去勢牛(同915元/kg)を主に消費する。

 北部や中部では、前足や中段(ロース・スペアリブなど)の部位の肉を牛肉麺(醤油で煮込んだ牛肉または、塩味で煮込んだ牛肉)や角煮、後足を炒め物で伝統的な屋台市場で食する。南部では、部位にこだわらず、茹でて牛肉麺やスープの具材や炒め物にして飲食店で食される。いずれも外食が中心である。

 台湾では、鮮度が重視され一般的にと畜後直ちに流通・販売ルートにのる。一部の業者は、と畜後直ちに高級な部位だけを、タクシーで飲食店まで配送するサービスもある。

 輸入牛肉は、外食の材料ではなく、もっぱら大型量販店やスーパーで販売されている。家庭で角煮又は牛肉麺として食される。霜降り肉など高級品は、日本食レストラン向けの食材として、焼肉、すき焼き、しゃぶしゃぶ等に用いられる。最近、日本料理も人気がでてきており、将来的にはその需要は伸びるものとみられる。
牛肉麺(台湾南部)
牛肉麺の拡大写真

6.今後の動向

 一般的に国民の生活水準が向上すると、食品の選択基準もそれに応じて変化する。つまり、選択基準が「量」から「質」へと変化する。台湾も同様といえよう。

 ラクトパミン問題やBSEの影響により、消費者は牛肉の安全性により一層関心を持つようになっている。

 しかし、価格も依然として、消費行動に大きく影響しているのも事実である。都市部に住む若者は牛肉に抵抗感がないが、価格の安い豚肉を選択する傾向が依然としてある。一方で、国産志向も強い。「価格を考えなければ、7割の消費者が輸入牛肉よりも国産の牛肉を買いたい。」という調査結果がある。女性の就業率が高い台湾では、今後一層の所得向上に伴い食品を選ぶ際、価格面の考慮は比較的小さくなるものとみられ、国産牛肉の消費量が増加するものと考えられる。

 一方、消費者の多くが量から質への転換する中、国産牛肉の大半は屋台市場で消費されている。輸入牛肉は冷蔵・冷凍で輸入されるため、コールド・チェーンのある大型量販店や生鮮食料品スーパーで取扱っている。前述のとおり、政府による品質管理の取組みなどにより、コールド・チェーンが広く構築されることが期待され、輸入牛肉の需要が高まるものとみられている。

 牛肉の安全性、衛生面がより確実に保証されてきており、国産牛肉の消費量は今後伸びていくものと考えられる。

参考資料及び文献:
1.行政院農業委員会農業統計年報
2.行政院農業委員会農業需給年報
3.財政部関税総局税関の輸出入資料
4.台湾省政府農林庁台湾畜産獣医事業(養牛編)
5.中央畜産会養牛産業60年の出来事実録
6.台湾肉牛産業発展協会写真提供
7.豪州食肉家畜生産者事業団写真提供
8.劉添仁、ケ意満(2011年6月) 「調理師の観点から見た国産牛肉市場の研究」、北台湾学報第34期



 
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