海外情報  畜産の情報 2012年7月号

ベトナム畜産事情
〜養豚と酪農の現状と課題について〜

調査情報部 植田 彩




【要約】

・2001年以降の10年間で、食肉消費拡大に支えられ、豚肉、牛肉、鶏肉の生産量は大幅に増加。

・豚肉生産量は、生産性向上により増加傾向で推移(2010年304万トン生体重量)しているものの、近年増加率は鈍化。さらなる需要増が見込まれるため、増産は必要であるが、政府は先ず、畜産環境問題に取り組む。

・2001年以降の9年間で、乳牛飼養頭数は2.8倍に増加した。外国産乳用種と在来種の交雑による乳用牛の品種改良の結果、2009年生産量は27万8千トン(2001年比4.3倍)と飛躍的に成長を遂げる。しかしながら、消費量は、2008年で127万5千トンと生産量(2008年26万2千トン)を大きく上回る状況。

・今後、生乳生産の拡大のためには、生産農家の大規模集約化が不可欠。また、配合飼料の供給網を整備することで、さらなる生産の効率化をはかる。

1.はじめに

 ベトナムは、2006〜2010年の5年間で実質GDPの成長率は平均7%の高い経済成長を遂げている。人口は、ASEAN10カ国の中で第3位(2010年8693万人)で大きな内需がある。堅調な経済成長を背景に、国民の所得上昇に伴って畜産物消費も伸び、畜産業は著しく発展している。中でも、主要食肉産業である豚肉は、アジア地域で中国に次ぐ生産量であるものの、今後もより一層の消費量の増加が見込まれる。また、飲用乳の消費はドイモイ政策後、飛躍的に拡大した。現在、消費される牛乳等の約7割は、ニュージーランド、米国、EU産で、輸入依存度は非常に高い。

 本稿では、消費が拡大する畜産物の中で、養豚産業と酪農の現状および今後の増産に向けての課題について報告する。

*円換算レートは、ベトナムドン0.0038円(5月25日現在TTS相場)を使用することとする。

2.農業関連主要指標

(1)経済生産額に占める農業の位置づけ

 ベトナムは、市場経済の導入と対外開放政策を打ち出したドイモイ政策を背景とした工業部門、サービス部門のけん引により、堅調な経済成長を遂げている。1人当たりGDPは、2000年の569万ドン(2万2000円)が、2010年は2279万ドン(8万9000円)まで成長した。

 2010年のGDPにおける農林水産業分野の生産が占める割合は20.6%である。10年前と比べるとやや低下しているものの、生産額は408兆ドン(1兆5500億円)と2000年の約4倍に増加しており、現在も主要な産業の一つとして位置づけられる。

表1 主要経済指標の推移
資料:Statistical Yearbook of Vietnam
 注:2010年は推定値
 2000年以降、人口は毎年1.1〜1.3%の割合で増加している。就業人口に占める農業従事者の割合は減少傾向にあるものの、依然として50%近くを占め、農業への依存度は高い。ただし、最近では、都市部と農村部における所得格差の拡大が問題となっており、今後の農業人口の減少が懸念される。
表2 就業人口と農業人口の推移
資料:Statistical Yearbook of Vietnam
 注:2010年は推定値

(2)国土利用状況

 ベトナムの国土面積は、約33万平方キロメートル、南北に約1650キロメートルと細長い。2010年の統計によると、このうち耕地面積は1390万ヘクタールと、全体の42%を占める。国土は北部山岳部、紅河デルタ、沿岸部、東南部、中部高原、メコンデルタに分けられる。

 2000年から2008年までの農地開発により、耕地面積は増加傾向を示したが、2009年以降、横ばいで推移している。

図1 地域区分と地域別主な都市の気温と雨量(2010年)
注:降水量・気温はStatistical Yearbook of Vietnamを基に機構作成

3.畜産の概況

 ベトナムは2001年に社会経済開発戦略として10年間の長期計画を定め、その実施のために5年単位の開発計画を策定している。その中で、畜産振興を重要な政策課題としている。社会経済開発戦略の後期分(2006−2010年の開発計画)の計画では、毎年8〜8.5%の畜産総生産高を増加させたものの、実際は、年平均7%の上昇に留まった。引き続き2010年以降も、開発計画は策定されており、2010−2015年は毎年6.5〜7%、2015−2020年は毎年5.5〜6%の総生産高増を目指す。

 また、食肉生産量について政府は、開発計画の中で、2010年には321万トン、2015年には431万トン、2020年には552万トンを目指すとしている。2010年の食肉生産は、目標値を上回る結果となった。なお、主要食肉である豚肉、牛肉、鶏肉の大半は、国内で消費される。
表3 畜産総生産高と主要食肉生産量の推移
資料:畜産総生産高はStatistical Yearbook of Vietnam、生産量はFAOSTAT

4.養豚

(1)概要

 2011年の枝肉ベースでの豚肉生産量(196万トン、世界の1.9%)は世界で第5番目、アジアでは中国(4950万トン、48.9%)に次ぐ。飼養頭数もアジアでは中国に次ぐもの(2737万頭)となっている。豚肉生産量は、食肉全体の生産量の約75%を占める。しかしながら、国内の豚肉生産量の約6割は零細農家で、その生産基盤はぜい弱である。国内の生産の向上や安定供給には、生産規模の拡大と企業化への転換がカギとされる。

(1)飼養品種

 在来種である「モンカイ」に外国種(ヨークシャー、ランドレース、デュロック、メイシャン、ピエトレン)を交配させ、生産効率の高い品種を造成することが進められた。現在では、モンカイの交雑種が飼養頭数の80%を占めており、その他は三元交雑された外国産交配種である。WTO加盟後の1990年以降、品種改良が重点的に行われた結果、出荷体重が50キログラムから70〜80キログラムに増加、また、肥育日数は240日から150日に短縮された。現在の品種特性(表4)をみると、生産される外国種間の交配種は、出荷体重、および育成率以外は日本の2010年全国平均と同等の能力を有する。

表4 母豚および肥育豚の能力
資料:機構作成
 注:日本の数値は全国平均で2010年のもの
(2)飼料

 今回の調査時点(2012年2月)において、飼料製造会社は263社あり、2011年の生産量は約1800万トン(うち配合飼料1100万トン)であった。年間5万トン以上生産する飼料会社は82社あり、その中で10万トン以上生産する大手の飼料会社は22社である。トウモロコシの年間国内消費は約900〜1000万トンで、うち400万トンは国内生産されるものの、不足分はインド、アルゼンチン、米国から輸入している。大豆かすの国内消費量は年間270万トンで、全て輸入となる。主要輸入国はインドである。輸入飼料原料は、南部はホーチミン近郊のサイゴン港、北部はカイラン港から荷揚げされ、陸路はコンテナトラックで飼料会社に運搬される。
図2 ベトナムの省別飼料工場数と生産能力(2007年)
資料:Atlas of Vietnam Animal Husbandry

(2)需給動向

(1)生産

 2010年の飼養頭数は、2737万頭(前年比0.9%減)で、生産量(生体重量)は前年からほぼ横ばいの304万トンであった。2006年と2007年の飼養頭数を比べると、飼養頭数は減少しているものの(2006年前年比2.1%減、2007年同1.1%減)、生産量(生体重量)は増加している(同9.5%増、同6.3%増)。これは、飼養管理技術の向上により効率的な増体が可能となったため、飼養頭数の減少分を補ったとみられる。

 地域別でみると、紅河デルタは730万頭(シェア26.7%)と最も割合が大きく、次いで北部山岳部が660万頭(同24.1%)、沿岸部が555万頭(同20.3%)となる。ここ数年、主要産地の紅河デルタと沿岸地域では、工業化の進展に伴い飼養頭数の伸びは鈍化しているものの、北部山岳地域では堅調に推移している。

図3 地域別豚飼養頭数の推移
資料: ベトナム農業農村開発省(以下、MARD)

 政府は、2020年までの増産目標として飼養頭数3475万頭、生産量(生体重量)350万トンと高い目標を掲げている。しかしながら、鶏肉の生産の増産を優先政策として掲げており、現在、豚肉増産に向けた直接的な支援はない。政府は、ベトナムの養豚の課題を経営の近代化と畜産環境対策とし、畜舎とふん尿処理施設の建設など飼養環境の整備を進める意向を示している。生産者の大半を占める零細農家は、気候や疾病などの影響を大きく受け、生産拡大を阻害されている。また、最近、ベトナムでは畜産における環境汚染に対する厳しい目が向けられている。例えば、地域住民から悪臭や地下水汚染への心配などといった苦情があると、生産者はふん尿処理施設などを整える必要があり、コストの負担が議題としてある。これは、養豚の新規参入や大規模化を困難にしている。
表5 豚肉需給の推移
資料:生産量・輸出量・消費量はFAOSTAT、人口はStatistical Yearbook of Vietnam
注1:生産量は生体重量
注2:1人当たりの消費量=消費量/人口により算出
(2)消費

 2007年の消費量は前年比2.3%増の255万トンで、1人当たり消費量は同1.0%増の30.0kgであった。しかし、2020年の1人当たり消費量は2007年と比べ62%増の48.7キログラムと予測されていることから、国内自給が難しくなることも見込まれている。

 出荷および流通形態は、次の3つに分類される。(1)農家が自らと畜し、枝肉などを小売り業者へ販売、(2)集荷業者であるミドルマンが農家から生体を買い取り、と畜場へ転売、(3)ミドルマンがと畜を委託し、自ら小売り業者へ販売、の3形態である。市場でのセリは行われておらず、枝肉価格は相対取引により決定している。その他に、大手食肉加工メーカーが農家と専属契約し、肥育からと畜、加工を全て自社の管理下で行う場合もある。

 現在、国内では豚肉の小売は、対面販売が主流であり、野菜などの食品を販売するマーケット内で行われる。これらの場所は、冷蔵施設がないため、当日と畜したものをその日に販売している。都市部では、冷蔵・冷凍設備を兼ね備えたスーパーマーケットが進出しており、コールドチェーンの確立により、毎日マーケットに買い物に行けない働く女性からも支持を得ている。
図4 マーケットの様子    (ハノイ市ホム市場 2012年3月2日撮影)

 今回調査時の聞き取りでは、生体豚の農家価格はキロ当たり3万5500ドン(139円)、卸売価格はキロ当たり6万〜7万ドン(235〜274円)、豚肉価格は表6の通りであった。
表6 豚肉の部位別小売価格(2012年3月2日現在)
注:現地調査により機構作成

5.酪農

 1985年にドイモイ政策が誕生するまでは酪農は停滞した。91年以降、市場経済への転換と対外開放政策を推し進めたことにより、ベトナム経済は高度成長を達成し、大都市を中心に飲用乳の需要が高まった。

(1)概要

 飼養地域は北部15%、南部85%。ホーチミン市の飼養頭数は、全体の69%を占める。ホーチミン市は、サイゴン政権時代に米国による酪農支援があったことや、大消費地であることから、酪農が最も盛んな地域となったと考えられる。

(1)飼養品種

 ベトナムの在来牛は黄牛で、泌乳量は少ない。フランス植民地政府は、フランス植民地時代(1920〜23年)に、インドから熱帯の気候に適応したレッドシンディ種やオンゴル種を輸入し、在来の黄牛の改良を推進した。これらの改良により造成された品種が、「ライシン」である。ライシンは、黄牛よりも体格が良く、耐暑性に優れている。

 さらに政府は、このライシンとホルスタイン種を交配し、F1(ホルスタイン血量50%)、F2(同75%)、F3(同87.5%)を造成した。これら交雑種の年間産乳量は1頭当たり3500キログラムで、ホルスタイン種は同4500キログラムとされる。近年、生乳生産量の成長率は南部よりも北部の方が伸びが大きく、冷涼な気候を利用したホルスタイン純粋種の飼養も増加している。

図5 乳用牛の品種改良の変遷
資料:Atlas of Vietnam Animal Husbandry
(2)飼料

 乳牛用飼料となる穀物飼料は、豚用と同様に、トウモロコシは国内生産と輸入されたもの、大豆かすは輸入されたものである。粗飼料は、ギニアグラス、ネピアグラスなど暖地型飼料作物を生産し、アルファルファなど寒地型マメ科牧草は輸入に依存している状況である。

(2)需給動向

(1)生産

 2001年以降、生乳生産量は堅調に推移している。乳価の低迷などにより2007年には飼養頭数が減少したものの、生乳生産量は増加した。これは、1頭当たり乳量の増加が、飼養頭数の減少分を補ったためとみられ、品種改良による生産性の向上がうかがえる。増頭の効果もあり、2009年の飼養頭数は9年間で2.8倍となり、生産量は27万8千トン(2001年比330%増)に至った。

 このような背景には、政府による国家酪農振興計画の推進がある。これは、2001年、2010年までに乳用牛20万頭(10年間で約6倍増)、生乳生産37万6千トン(10年間で約6倍増)とするというものである。しかしながら、2009年の生乳生産量は27万8千トンで、2006−2010年の開発計画の目標値を達成することは、難しいと思われる。
図6 乳牛飼養頭数と生乳生産量の推移
資料:MARD
(2)消費

 かつて牛乳を飲用する習慣はなく、1990年の国民1人当たり消費量は年間0.47リットルにとどまっていた。経済発展とともに、飲用乳の需要も高まり、2008年には1人当たり飲用乳消費量は同14.81リットルまで伸びることとなった。年間消費量は127万5千トン、自給率は2割超と推定される。なお、国内飲用消費のうち、70%は還元乳である。
表7 国民1人当たり年間飲用乳消費量の推移
資料:MARD
 政府は2020年の飲用乳消費量目標値を1人当たり年間20リットルと定め、同時に自給率の向上も計画している。そのため、2020年に飼養頭数50万頭、生乳生産量100万トンと、非常に高い目標値を設定している。今後は、生産形態を集約して大規模化することで一戸当たり飼養頭数の増加が必要となる。さらに、一頭当たり乳量を増加させるため、適正に配合設計された飼料を給与するなどといった飼養管理技術の向上も不可欠である。

 現在、生乳流通経路は2つある。主流である乳加工業者と酪農家が集乳業者を介して取引を行う経路と、もう一つは乳加工業者と酪農家が直接契約を行い、集乳業者を通さない取引である。どちらの取引においても、乳価は年間を通じて品質・成分などを設定されており、酪農家の品質向上意欲は低い 

 なお、乳質検査は、乳脂肪分、無脂乳固形分、細菌数、体細胞数について生乳ステーションに集乳業者が運び込む際に行っている。また、定期的にメラニン、南部ではダイオキシンの検査も行っている。
図7 生乳の流通
注:聞き取りにより機構作成

6.まとめ

 堅調な経済の発展を背景に、豚肉および飲用乳の消費は増加すると予測される。自給の割合を維持・向上させるためには、養豚および酪農における増産のための課題がそれぞれある。

 養豚については、畜産環境問題を解決することが求められる。飼養形態を大規模化するにあたり、ふん尿処理施設などの整備や技術向上が不可欠である。

 また、養豚および酪農については、配合飼料を給与した飼養方法に転換し、生産性の効率を向上させることである。現在、国内飼料工場は原料が荷揚げされる港を中心に、ハノイ市とホーチミン市近郊に集中して立地している。豚飼養頭数が紅河デルタに次ぎ2番目に多く、大規模酪農経営が進みつつある北部山岳部では、ハノイ市近郊の生産地よりも輸送コストが上昇するとみられる。ベトナムが豚肉の高い自給率を維持し、生乳の自給率を向上させるためには、飼料コストの低減の一環で流通も含めた配合飼料の供給網を整備することが求められる。

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