話題  畜産の情報 2012年10月号

21世紀の畜産革命
〜工場的畜産からアニマルウェルフェア畜産への転換〜

オランダ・ワーヘニンゲン大学研究センター社会科学グループ 客員研究員      
日本獣医生命科学大学 名誉教授(農業経済学) 松木 洋一


1.米国における最近の家畜飼育システムの改革

 2012年7月1日、米国カリフォルニア州政府が、世界三大珍味の一つであるフォアグラの生産及び店頭販売、レストランでの料理提供を禁止する法律を施行した(制定は2004年9月)。フォアグラは、ガチョウやカモを狭い場所に閉じ込めて運動できないようにした上に、蒸したトウモロコシを漏斗で強制的に詰め込む強制給餌を1日に3回繰り返し、1ヶ月間肥育させた脂肪肝である。今回の措置は、その飼育方法が「残虐だ」とする動物愛護団体からの批判を受けてのことである。

 米国では、このような家畜の自由を制限する工場的飼育方法の改革が全畜種で進んでおり、2011年7月には、全米鶏卵生産者組合(UEP:United Egg Producers)と動物愛護団体である全米人道協会 (HSUS:The Humane Society of United States)とが、今後15〜18年をかけて従来型ケージ飼育システムからエンリッチ飼育システム(採卵鶏1羽当たりの飼育スペースを2倍増、止まり木・巣箱・砂浴び場の設置)への改革を図る歴史的合意を結び、また、両者が協力して州政府レベルの取り組みから連邦政府レベルでの法令化を目指すことになった。すでに従来型のケージ飼育禁止の州法は、アリゾナ州、カリフォルニア州、ミシガン州、オハイオ州で制定されており、ワシントン州とオレゴン州が準備中である。

 個々の大規模農場においても、家畜福祉を重視する消費者に対応するため、積極的に家畜福祉(アニマルウェルフェア)畜産システムへの転換を開始している。すなわち、全米最大の養豚会社スミスフィールド・フーズは、2007年から10年間かけて繁殖雌豚のクレート飼育を段階的に廃止していく方針に転換した。また、米国最大規模の子牛生産農場であるストラウス子牛農場とマルコ農場は、子牛のクレート飼育を今後2〜3年で廃止すると宣言した。このクレート禁止の州法についても、フロリダ州では2002年に繁殖雌豚のクレート飼育を禁止、アリゾナ州は2006年に子牛と繁殖雌豚のクレート飼育を禁止、オレゴン州は2007年に繁殖雌豚のクレート飼育を禁止、カリフォルニア州は2008年に子牛と繁殖雌豚のクレート飼育を禁止にするなど、市民活動によって州政府の政策化が進行している。この動物愛護団体および消費者・市民の要求に対応して、畜産業界が主体的にアニマルウェルフェア畜産のガイドラインを策定しており、それに圧されて連邦政府が政策転換と法令化を開始しつつある段階である。

2.EUにおけるアニマルウェルフェア畜産の開発と進展

 フォアグラの世界生産量の80%を占めるフランスは、フォアグラは保護すべき食文化であり、料理の貴重な遺産であると宣言して、その肥育方法をいまだに保守しているが、ヨーロッパの多くの諸国(欧州評議会「農用動物保護協定」締結35カ国)では、1999年以来すでにそのような動物の「強制給餌」を禁止している。

 また、EUでは鶏卵生産用バタリーケージの使用が2012年1月から全面禁止されており(「採卵鶏保護基準指令」)、妊娠豚のストールも受胎後4週間以降、分娩予定日1週間前までの期間の使用が2013年1月1日から全面禁止される予定である(「豚の保護基準指令」)。生後8週間を過ぎた子牛を隔離するための個別のペン使用は2006年から禁止されている(「子牛の保護基準指令」)。
イギリス FAI(Farm Animal Initiative) 家畜福祉開発農場
 以上のように、ヨーロッパでは家畜福祉のための飼育基準の法令化が1990年前後から急速に進展し、EU統合の基本条約である1997年のアムステルダム条約には、動物福祉に関する特別な法的拘束力を持つ議定書が盛り込まれ、そこでは「家畜は単なる農畜産物ではなく、感受性のある生命存在(Sentient Beings)」として定義された。この議定書が現在の家畜福祉政策の基礎理念となって、EUの畜産革命といえるほどの政策転換が起きているといってよいだろう。すなわち家畜は、置かれた環境によって健康や生命に危害を与えるストレスを感受する能力を持っているということである。それ故に、特に人が飼育する家畜の生理的、行動的要求を最大限尊重し、生育環境によるストレスをできる限り軽減するための努力をEU加盟国と市民に課したのである。その後、2009年12月1日に27加盟国の批准を得て発効された、新しい欧州連合の基本条約であるリスボン改革条約第13条では「家畜福祉」が規定され、家畜福祉理念にとってアムステルダム条約に次ぐ画期的な条約となった。

 その家畜福祉理念の下で、EUの共通農業政策(CAP; Common Agricultural Policy)の改革によって食品の品質概念と安全性概念が結合され、その先駆的なコンセプトといえる「家畜福祉品質WQ(Welfare Quality)」の開発研究が2004年から始められた。2010年までにWQラベルの評価方式の確立と食品チェーン開発という大変現実的な助成事業が進められた結果、現在民間企業のWQビジネスが進展している。

3.OIEの世界家畜福祉基準の策定状況

 動物検疫関係の基準を作成する国際機関としての役割を担ってきた世界動物保健機関(World Organization for Animal Health (2003年に改名、旧称OIE:国際獣疫事務局))の最近の活動で注目されるのは、2002年第70回OIE総会で新しい目的として追加された「動物福祉」と「食品安全」についての基準作成である。

 2005年第73回総会で最初の家畜福祉基準(「陸路輸送」、「海路輸送」、「殺」、「防疫目的の殺処分」における動物福祉)が採決され、その後、「畜舎の福祉基準」と「飼育方法の福祉基準」については、時間をかけて加盟国の承諾を得て策定していく方針に転換した。しかし、加盟国の取り組みに大きな相違があり合意が取り付けない状況が続いているため、総括的な基準を作る方針から転換し、2013年までに畜種別に福祉基準を完成する努力が進められている。

4.日本の対応と課題

 OIEがBSEなどの畜産物の食品安全問題とともに、動物福祉問題を優先課題と位置づけ、国際的リーダーシップを担わなければならないと決定したことは大きな変化であり、今後、世界家畜福祉基準の策定が完了した場合に、加盟国である日本の政府と農畜産業者、食品企業、消費者の対応が問われることとなる。

 しかしながら、このような家畜福祉をめぐる急速な国際的進展に対して、日本の畜産業界、行政、消費者のみならず獣医師、畜産学、農業経済学などの研究者においても、その認識が大変低い状態と言わざるを得ない。農林水産省は、「我が国の畜産の実情を踏まえた家畜の取扱いについて、実務者、学識経験者等幅広い関係者による十分な検討を行い、国際的にも評価される家畜福祉に配慮した家畜の取扱いに関する考え方を熟成させ、国際的な動きにも対応できる今後の我が国畜産の発展に寄与することとする」ために、2005年に社団法人畜産技術協会を事務局とする「アニマルウェルフェアの考え方に対応した飼養管理に関する検討会」を設置した。2007年以降、採卵鶏、豚、ブロイラー、乳用牛、肉用牛のアニマルウェルフェア飼養管理指針が策定された。今後は、米国のように生産者団体による自主的ガイドラインの策定が期待されている。

 日本社会全体において、いまだ家畜福祉の用語は聞き慣れないものであり、畜産業界では違和感が強い現状ではあるが、行政がOIEの世界家畜福祉基準に沿ったアニマルウェルフェア畜産システムの振興政策を確立するとともに、食品企業や消費者に世界の家畜福祉の情報を知らせ、川下から畜産業界へ影響を与えていくことが重要であろう。

(プロフィール)
松木 洋一(まつき よういち)

1974年
東京大学大学院 農学系研究科 農業経済学課程 博士課程修了
1993年 日本獣医生命科学大学 応用生命科学部   動物科学科 食料自然共生経済学教室教授
2008年〜 日本獣医生命科学大学名誉教授
2011年〜 現職
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