海外情報  畜産の情報 2013年4月号


スイスおよびフィンランドの酪農を生産構造改革から

調査情報部 矢野 麻未子

【要約】

 スイスは、生乳クオータ制度廃止により政府による生乳の生産調整を市場原理に委ね、競争原理による酪農生産構造の改革を行った。しかし、乳価下落が継続し、「混迷」と評される状況にある。そこには、民間による需給調整の難しさと流通構造における交渉力格差があった。一方、フィンランドは、1995年のEU加盟時にEU共通市場下の生き残りとして、スイスと同様に酪農生産構造の改革を行ったが、8割以上の生産者が一つに集約して組織を形成し、高品質化、高付加価値製品の開発、輸出促進を進めることにより、乳価を維持している。

1.はじめに

 スイスと聞くとどのようなイメージが浮かぶだろうか?アルプスに囲まれた山岳地域でのんびりと牛が草を食んでいる牧歌的な風景と美味しいチーズを生産している、そんなイメージがあるのではないだろうか。そのスイスを象徴する酪農が近年「混迷」と評される状況にある。乳価は下落して歯止めがかからず、その一方で生乳生産は増加し更に乳価が下がるといった悪循環が生じている。乳価が低迷しているなか、国の補助金も削減され、酪農経営が困難となった生乳生産者は廃業に追い込まれている。このような状況となったのは、スイスが生乳クオータ制度を廃止し、それまでの政府の管理下にあった生乳の生産調整から乳製品を市場原理に委ねて競争原理による生産構造の再編へと政策の転換を行ったことに端を発する。この背景には、高額な補助金政策による国内予算の圧迫、手厚い保護政策に対する諸外国からの批判、安価な製品を求める消費者の近隣諸国への流出などがあった。このような状況を打開すべく、連邦政府はスイスにおける農業の最も主要な部門である酪農の改革を実施した。

 本稿では、スイスの状況を紹介するとともに、フィンランドの酪農の変遷もみていく。フィンランドは、スイスと同様に乳価が高く、また地理的制約により大規模な農業経営が難しい。1995年にEUに加盟するにあたっては、酪農の生き残り戦略とも言える施策を講じており、スイスの政策とはいわば対局を示すものとして紹介したい。


2.スイス

(1)概況

 スイスは、国土面積413万ヘクタール(日本の約10分の1)、人口780万人である。2010年の国内総生産(GDP)は5,279億米ドル、うち農林水産業は56億米ドルでGDPの1.1%を占める。スイスの経済を支えているのは、第3次産業であるサービス業(金融、観光など)によるものが最も大きく、次いで第2次産業、特に資源の乏しいスイスにおいて精密機器、製薬など加工貿易による製造部門は重要な産業となっている。第1次産業の農業は、人口の3.3%が従事している。GDP、就業人口数など農業の占める割合は低いが、農業が観光業に必要な牧歌的な風景の形成に資することや山岳地域における地域社会の構成要素として、また、歴史的に重要な産業であることなどその重要性を国民は認識している。

 国土のうち、農用地が153万ヘクタール、うち耕地が41万ヘクタール、永年作物地が2万ヘクタール、永年草地・牧草地が110万ヘクタールとなっており、永年草地・牧草地が農用地の約72%を占めている。

 スイスは、国土の4割が海抜1300mを超える山岳地帯で、穀物などの耕作は中央地域の平坦な土地でされているものの、冷涼な気候により一般に牧草以外の作物の栽培には適していない。そのため、放牧を中心とした山岳農業が主要な農業体系である。2009年の1経営当たりの平均経営面積は、17.6ヘクタール、主な農畜産物は、牛乳、豚肉、てんさい、小麦、大麦、じゃがいもなどである。

 スイスは、4つの公用語(ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語)を有し、文化や民族が異なる26のカントン(州)が集まってできた連邦国家である。国家形成の歴史的背景から、現在でもそれぞれのカントンが強い権限を持っている。また、カントンを形成する市町村などの基礎自治体数は、日本の1,742に対し、スイスは2,740あり、国土面積から比べても小規模で多数の自治体があることが分かる。スイスは、連邦政府が国全体の予算や政策は決定するものの、各政策に対する予算配分や事業実施の有無などは各カントンが権限を有し、それぞれのカントンの事情に合わせた政策がとられている。当然、農業もカントンの独自性が強く残っており、このような背景は、後述する酪農の変遷において大きく影響した。


(2)酪農の概況

 スイスの酪農は、永年草地、牧草地を利用した放牧による飼養が主である。放牧できない冬期は、サイレージおよび乾草を中心とした飼料を与えている。加えて、トウモロコシ、穀物飼料、油糧かす類およびその他の作物(ビートパルプなど)が与えられている。

 近年は、乳量を増加するため配合飼料の利用が増加しており、特に自国で栽培できないトウモロコシおよび大豆かすの輸入量が増加している。2010年は飼料のうち8.5%が輸入された。

 2011年、スイスにおける全農家戸数58千戸のうち32千戸(約55%)が酪農家であり、スイスの全農家のうちおよそ70%が牛を飼養している。労働力は夫婦2人の家族経営が主体である。2011年の牛飼養頭数は、約59万頭である。乳牛の大半は、山岳地帯で飼養されている。また、全酪農家戸数の約9%にあたる2,920戸が有機酪農家である。

 1頭当たりの年間乳量は、2011年、6,877キログラムで日本(約8,000キログラム)と比べると少ないが、EUの平均(6,669キログラム)と同レベルである。

 生乳生産は、上述のとおり牧草が主体であるため季節性を示し、生産量が高くなるのは3月から5月である。2012年の生乳生産量は、344万4000トンである。また生乳生産のうち約2割が飲用乳に利用され、残りが加工原料乳に利用されている。

 スイスはその他の欧州諸国と同様に多種多様なチーズが生産されており、乳製品において最も重要な製品となっている。チーズ生産は、生産者もしくは少数の生産者組合が地域で個々に生産、販売しているケースが多く、スイスのチーズ生産者団体は500を超えるといわれている。また、生産者組合などによる地域に根付いたチーズ生産用の生乳の乳価が最も高く、地域のチーズ用以外の加工原料用の生乳は、乳業メーカーに出荷され、乳価は相対的に低い。

 スイスでは、品質を保証する制度のAOC(Appellation d' Origine Controlee:原産地統制名称)制度があり、AOC認定のチーズ原料は生産地域が限定され、製品の名称保護とともに高品質、高付加価値製品として高値で流通している。これら産地の乳価は、高く取引される。

 乳製品の輸出入の状況をみると、2012年の輸入量は乳製品合計で46万1600トン、輸出量は98万4600トンで純輸出国となっている。輸出入ともチーズが主要製品であり、EUが最大の相手国である。チーズは、2007年6月1日、EUとの間で関税が撤廃されており、チーズの輸入量および輸出量とも増加している。近年、ユーロ安およびスイスフラン高によりEUからのチーズ輸入量は急増している。なお、スイス-EU間における更なる関税撤廃を進めるFTA交渉は2010年に停止しており、現在はEU側の金融危機などによる理由から進んでいない。

 スイスにおける乳製品の消費量をみると、飲用乳は1人当たり年間77キログラムで日本の約2倍、バターは、同5.3キログラムで日本の約3倍、チーズは同21キログラムで日本の約4倍となっている。近年の消費動向としては、EUと同様、飲用乳およびバターの消費が減少し、ヨーグルトやチーズの消費が増加する傾向がみられており、健康志向の高まりによるものである。

(3)スイスの酪農政策の変遷

1)生乳クオータ制度廃止まで

 スイスは、第1次大戦後、食糧危機にみまわれた。その経験から自給率の向上が目標に掲げられ国内農業の保護を行ってきた。この保護政策により生乳生産は過剰となり1977年に生乳クオータ制度が導入されることとなった。制度の下、乳価は固定され、生産者は安定した生乳価格の支払いを受けていた。

 1990年代に入り、市場開放が進む中で周辺諸国からスイスの高い農業保護政策に対し強い批判を受けるようになった。また、近隣諸国と比べてスイスは物価が高く、食料品のみならず国民が国境を越えて安価な製品を他国で購入しており、国内製品の損失が問題となった。このような状況を踏まえて、2003年、スイス連邦議会は「酪農乳業部門について、生乳生産と配乳をより柔軟で市場の動向に根差したものとする」ことを理由に、2009年4月30日をもって生乳クオータ制度を廃止することが決定された。

 廃止にあたっては、2006年5月1日から2009年4月30日までの3カ年を移行期間と設定し、廃止に向けたソフトランディングを図るため、スイス連邦は、(1)生産者組織(PO :Producer organization)もしくは生産者・加工業者組織(PPO:Producer processor organization)を設立し、生産者は保有していた生乳クオータを組織に移管すること、(2)各組織は、移管された生乳クオータ量を超過した場合のペナルティを設定するなどして組織による生乳生産管理および運営を図ること、(3)輸出用チーズなど新たな市場開拓のために生乳生産を当てる場合、追加的な生乳クオータを配分する、といった措置を講じた。

 この措置の結果、2009年5月の生乳クオータ制度廃止時点において、生産者組織もしくは生産者・加工業者組織に生乳クオータを譲り渡した生産者は90%に達し、また、新たに追加された生乳クオータは従前の3%相当に達することとなった。移行しなかった10%の生産者は廃業した。

 なお、国による農業支持は削減されているが2010年の直接支払などによる所得に占める補助金の割合は70%近くあり、EU加盟国と比較すると高い水準にある。
2)生乳クオータ廃止後

 2009年4月30日、生乳クオータ制度は廃止となった。廃止にあたり、スイス連邦は生産者と集乳業者間に1年間以上の取引量を決めた契約を締結することを義務付けた。また、契約締結の義務は、2015年まで義務であるがその後拘束力はなくなり、自主的な締結によるものとなる。この契約締結の義務化は、生乳クオータ制度に代り、契約による生乳生産量の管理を目的としたものである。

 しかし、契約締結による生乳生産量の管理は機能せず、移行期間中に生乳生産は大幅に増加、供給過多により乳価は大幅に下落し始めたのである。2008年は天候不良などにより乳価が上昇したものの、その後、金融危機を発端とした欧州全域で起こった乳価の大幅な下落、いわゆる「酪農危機」により2009年は再度下落に転じた。これにより、2006年5月の生乳クオータ制度廃止から2009年4月末までの3カ年に生乳生産量は5%と大幅に増加し、乳価は10%下落した。また同年に、スイス連邦は、酪農に対する予算を削減するとともに加工用バター以外の輸出補助金をはじめとする価格支持政策を全て廃止し、直接支払いに移行することが決定されており、生産者の困窮へと拍車をかけた。

 このような状況を打開すべく、2009年6月に生産、加工、流通部門全体をカバーする業種横断的な団体であるBOM(The Inter-branch Organisation Milk)が組織された。この組織は、生産者、加工業者、乳業メーカー、チーズ生産者団体、乳製品輸出業者、小売店など酪農関係者が加入し、国内生乳生産量および乳製品の95%を占め、38の乳製品販売業者の組織となった。主な目的は、市場透明性の確保、健全な契約関係、需給調整、収益支援および品質改善であった。

 BOMは乳価下落に歯止めがかからない状況を踏まえ、2010年の年次総会において、2011年1月より3段階方式による乳価決定方式を採用することを決定した。この3段階方式は、生乳の利用される製品の市場を3つに区分して、それぞれの市場価格を反映した乳価を設定するものである。つまり、算定基礎となる市場を最も市場価格が高いスイス国内市場向け(Aミルク)、次いで価格が高いEU市場向け(Bミルク)、最も低廉な取引であるEU以外の国際市場向け(Cミルク)の3つに区分した。
 この新たな生乳価格制度の下では、Aミルクの仕向け割合を最低でも60%以上と規定し、これが確保されれば最終的な仕向け割合については各々の交渉に委ねられることとなっており、乳業側が各市場の動向に柔軟に対応することを可能とした。Aミルクの仕向け割合を60%以上とすることが義務付けられたのは、生産者に妥当な乳価を保証するとともに、スイス国内市場への供給を確保するためであった。

(4)政策転換による酪農生産構造の変化と見えてきた問題点

1)生産構造の変化

 2003年の生乳クオータ制度廃止決定以降、酪農家戸数は、2001年と比べて28%減の2009年は2万8151人となった。2009年の一人当たりの生乳出荷量は同時期対比で60%増の12万8722キログラムとなっており、一戸当たりの経営規模は拡大した。

 また、スイス全体の生乳出荷量は2001年322万4000トンであったが、2011年は約7%増の344万5000トンとなった。

 乳価は、2001年は1キログラム当たり0.8CH(約72円:1CH=90円)であったものが、2012年は24%下落の0.605CHまで下落している。

 2011年の100キログラム当たりの平均生産者価格をみると、50.84ユーロ(約6,100円:1ユーロ=120円)となっており、EU25カ国の33.30ユーロ(約3,996円)と比べると依然として高水準である。しかし、この価格差はスイスフラン高による為替による影響もある。
2)見えてきた問題点

 上述のとおり、生乳クオータ制度の廃止により、乳製品は市場の需給動向に委ねられ、国による生乳クオータ制度による生乳生産管理から民間組織による生乳生産管理へと移行した。

 しかし、2003年から10年経過した現在もなお、スイスの酪農業界は「混迷」と評される状態である。このような状況となった理由として以下のような点があると思われる。

(1)生産者組合もしくは生産者・加工業者組合の数が小規模多数の形成となった。この要因として、歴史的に生産者は組織に所属しない自立した酪農経営を行っていたこと、カントンごとに行われる政策内容の違いなどから、自治体を超えた生産者の組織化が進まなったことが考えられる。

(2)BOMといった生産、流通、販売をつなげる組織を設立した統制が取れなかったこと。これは、BOMが民間組織であることに加え、罰則規定がなかったことから規則の遵守が図られなかった。つまり、3段階方式による乳価決定方式は、生産出荷量のうち60%をAミルクに配分することとなっていたが、この割合は守られていなかったのである。

(3)現在、30の生産者組織があるが、この組織を取りまとめて全体的な生産調整を行う機能がないこと。BOMは、指標価格や契約に係る規則を作成および決定は行うものの、生産調整機能を持っていない。そのため、生産者は乳価下落による収入減を生産量を増加することで補てんしようとするため、更なる下落を導くといった悪循環が生じている。

(4)スイスの流通構造は、3万2千戸の生産者、500もの小規模チーズ加工生産組織、30の生産者組織に対して、4大乳業メーカー(Emmi、HOCHDORF、Cremo、ELSA Mifroma)、小売では2企業(Migros:ミグロ、Coop:コープ)の寡占となっており、このピラミッド型の流通構造は、交渉力の不均衡を生み出している。

 連邦政府は、このような状況について「2011年、乳製品業界報告」のなかで、「農業政策の改革は、酪農生産構造再編を進めるために重要なものであった。国による価格支持および介入買入制度の廃止などにより、市場を開放したことは、乳製品の競争を促進させた。競争は、酪農産業における構造再編において重要な要因である。また、2007年6月1日に廃止された生乳クオータ制度、2009年5月1日からスイス-EU間におけるチーズ貿易の自由化は、酪農生産構造改革を加速させ、生産性の向上に大きく寄与した。」と記述しており、政策による改革の必要性と未だ不安定な状態であるものの再編が進んでいることを示し、改革に対して一定の評価を示している。一方で、生産者組織などからは、「再編の速度が速すぎる」、「生産者、集乳業者、乳業メーカー、小売業者といった関係者の力関係に偏りがある状況で公平な競争原理は働くのだろうか」といった声が出ている。


生産者および政府関係者、業界関係者の声

 2012年に現地に入り生産者、政府関係者および業界関係者のヒアリングを行った。

 この状況に対して、生産者は当然のこと「非常に困っている。スイスにおける酪農は今後継続できるのか不安である。自分たち夫婦は酪農業を続けるが、息子はやらないと思う。」、「需給調整ができない状況にあって、生産者がそれぞれで収入を補てんするために増産している。誰も統率が取れない状況である。」、「生産者と乳業メーカーの取引は力関係に差がありすぎる。最も問題なのは、生乳出荷時には自分の出荷量の何割がAミルクに割り当てられたのか分からないことである。支払時になって、ようやくその割合が分かる。生産の調整ができない。」、「スイスの美しい景観維持に農業は寄与している。山岳地帯は、特に酪農しか産業はないのだから保護が必要である。」といった声が聞こえた。

 また、AOC認定のル・グリエールチーズ農家は「我々はまだいい方である。AOC認定のチーズ用の生乳生産を行っており、乳価は維持されている。また、ル・グリエールチーズの良さはスイスのみならずEU全土に知られているので輸出も順調である。それでも、チーズ生産には限界があるので全ての生乳が乳価の高いチーズ用に利用されているわけではなく、自分の生乳出荷量に対する平均乳価がわかるのは支払時である。しかし、まだ我々のようにAOC認定のチーズを生産している者はいいが、このようなブランド力のあるチーズを生産していない地域の酪農家の存続を危ぶ。」とのことであった。

 一方、政府関係者は、「構造再編には痛みが伴う。混迷と評されているが、これは再編途中であるからであり、問題はない。これからバランスのとれた生乳生産がなされるであろう。」との淡々とした見解であった。また、スイスでも最も大きい市場規模を占有する乳業メーカーのEmmi社によると、「我々は実際に国内需要に回された生乳に対してはA価格を提供しているので問題はない。スイスの酪農にとって規模化は必要であり、現在の改革は踏むべき道だと思う。ネスレなど多国籍企業は、乳価の高いスイスでの乳製品生産を減少させていることからも、我々のような組合系列の乳業メーカーがスイス産の生乳を利用するには価格は下げる必要がある。」との見解であった。

3.フィンランド

 スイスが「混迷」と評される状況をみてきたが、ここでフィンランドの酪農を紹介する。
フィンランドを紹介するのは、フィンランドとスイスは、地理的制約により規模化が図りにくいため生産コストが高く、乳価が高い。また、近隣にオランダ、ドイツ、フランスといった酪農大国が存在しているといった共通点がある。その一方で、酪農改革の方向性は対局を示すといっていい。

 フィンランドは、欧州の北部に位置し、国土面積33.8万平方キロメートルで日本よりやや小さい。1995年にEUに加盟、2011年の人口は542万人、GDPは2,666億米ドル、うち農業は2.5%の60億米ドルを占める。農用地は国土の6.8%を占め、主な農産物は、牛乳、大麦、小麦など穀物類であり、また、豊かな森林資源を生かした製紙、パルプ、木材産業が盛んである。国土のおよそ25%が北極圏に属し、気象条件により農業は南部地域に限定されている。1経営体あたりの平均経営面積は、35.9ヘクタールである。

(1)フィンランドの酪農概況

 2011年の乳牛飼養頭数は、28万9000頭、1頭当たりの平均乳量は7,859リットルであり、EUの平均より高い。労働力は、夫婦2人で家族経営が主体であり、平均飼養頭数は27.7頭である。2011年の生乳生産量は、226万6000トンである。生乳生産は、天候などの理由により年ごとに増減はあるものの安定している。主要乳製品の生産量は、牛乳が7億リットル、ヨーグルトが1万2000トン、バターが4000トン、チーズが12万トンとなっている。近年の動向としては、牛乳、バターの生産量が減少する一方で、ヨーグルト、チーズ、ホエイなどが増加している。

 厳しい寒冷地域のため生産コストは高く、乳価もEU加盟国のなかでマルタ、キプロスに次いで高い。フィンランドは、1995年のEU加盟以降、EU共通市場における生き残りの戦略として、原料が高くとも他国と競争できる差別化された高付加価値製品の開発、有数の港湾を利用したロシアなどEU域外の市場の開拓を進めてきた。輸出量は、国内生産量のおよそ3分の1にあたり、生産量に占める輸出量の割合は、NZ、豪州に次いで高い。

(2)酪農生産構造の変遷

 フィンランドは、1995年のEU加盟に際し、EU共通市場で生き残るためにはより効率的な生産が必要とされ、構造改革がなされた。これにより、酪農家戸数は、EU加盟時1995年の2万1500戸から2011年の1万500戸とおよそ半分まで減少、生産者組合は1995年32組織から2011年は10組織となっている。

 また、1995年当時、多数存在した組合系列の乳業メーカーをValio(ヴァリオ)社1つに集約させた。これにより、32の生産者組合(生産者の85%を占める)がこの乳業メーカー傘下の生産者となった。同社は、フィンランドの生乳生産量のおよそ86%を占有するとともに、それまであった各乳業メーカーのブランド名を「Valio」に統一し、国内およびEU域内外に対して同名称を使用して販売をする戦略をとり、高品質化、差別化による高付加価値製品化および域外輸出の開拓など、生産者と乳業メーカーが一体となって進めてきたのである。

(3)乳製品の高品質化

(1)生乳の高品質化

 フィンランドの生乳の品質の高さを示す1つの指標として、検定成績がある。EUの生乳出荷認可基準は、細菌数100千/ml以下、体細胞数400千/ml以下と設定されており、さらにその中で最も厳しい基準であるカテゴリー(Eランク)として、細菌数50千/ml以下、体細胞数250千/mlと設定されている。フィンランドは、このEランクに全生乳出荷量の95%が含まれる。また、2011年のフィンランドにおける検定成績の体細胞数は1mlあたり13万4000、細菌数は同5,600となっており、その他のEU加盟国と比べて低く、生乳生産における品質の高さが分かる。
 また、同社の乳製品で使用される生乳は、全てフィンランド国内で生産された生乳であり、品質の高い生乳による安全・安心な製品であることを保証している。

 同社は、生乳の品質を維持向上させるため、提携している生産者組合に対して、各生産者と「品質契約」を締結することを義務付けている。この「品質契約」には、飼料の給餌方法から疾病対応まで記述されており、統一的な基準によって生乳生産が行われている。例えば、給餌については、牧草の適切な収穫方法が示され、疾病対応については、投薬は獣医師のみが行うことが可能であり、処置内容やその後の経過報告が定められている。

 これらの品質管理は、インターネットが活用されており、生産者は、迅速に自分が出荷した生乳の詳細な検査結果をいつでもパソコンおよび携帯電話で確認できる。また、企業側は、品質に問題が生じた場合、このサイトを使って生産者に通知し迅速な対応を可能としている。このサイトでは品質管理機能だけではなく気象情報、乳価および支払金額なども閲覧可能であり生乳生産に必要な情報が揃えられている。

 また、同社は酪農に対して高い知識を持つ専門チームを有しており、無料のアドバイザー制度を設けている。このスペシャリスト達が一軒一軒の生産者に対して生産の改善などアドバイスが可能な体制をとっている。その他、生産者に対してスキルアップのプログラムが用意されており、基礎プログラムについては全会員が受講することとなっている。このような生産者に対する手厚い技術および知識の支援が、品質の高い生乳生産を支えている。
(2)製品の高品質化

 同社は、乳製品部門に健康に資する機能性を持たせた先駆的な企業である。同社の商品開発は、国の研究機関、大学、企業が連携して行っており、同社が特許を保育しているLGG菌を利用したプロバイオティクス乳製品は日本でも目にすることができる。

 脱脂粉乳部門では、ラクトースフリー製品や特殊脱脂粉乳というカテゴリーを設けて、乳幼児用の補助食品などユーザー側のスペックに合わせることが可能な高度な加工技術を要する製品の開発と生産を行っており、輸出力を強化している。

 同社の収益のうちおよそ20%を特許による収益が占めており、独自の技術が製品に付加価値をつけている。

(4)今後の展望

 このような努力により、Vailo社製品といえば欧州のみならず世界的に有名なブランド製品として認知されている。

 国内の乳製品市場は、EU共通市場に参画していることからドイツやスウェーデンから安価な乳製品が輸入されており、市場の約30%を輸入乳製品が占めている。しかし、そのような状況でも依然として自国の乳製品の販売は好調であり「今後も現状維持は可能である」と同社は見解を述べている。また、国産乳製品が消費者に受け入れられている理由として高品質、安全、安心は基より、「フィンランドでは、資源が乏しい国であることを国民はよく理解しており、自国の酪農、乳業を守ることが雇用を創出し、社会経済を支えていることを認識している。」とのことであった。このようなフィンランド国民の理解が、フィンランドの酪農を支える一つの大きな力となっている。

 また、「安価な製品で域内および域外の市場を競争することは困難であるが、高品質・差別化製品の需要は確実にあり、それに応えていく。今後も現在の方向性を守っていく。」とのことであった。

4.終わりに

 スイスおよびフィンランドの酪農の変遷についてみてきた。「はじめに」で触れたように、両国とも自国の乳価が高く、地理的制約から生産の効率化も難しい。さらに、周辺諸国に酪農大国を有し、競合を余儀なくされるといった共通点を有している。このように似た状況であるものの、両国の選択した酪農構造改革の方向は、大きく異なるものだった。これは、農業が歴史、文化、社会と密接なつながりを持っていることを示すとともに、現在の両国の状況は、政策の方向性が生産や関係業界にいかに影響を及ぼすかを示すものとなっており、興味深い事例といえる。

 今後の動向としては、スイスは、2014年に次期農業政策が開始する予定であり、「混迷」と評される酪農業界にどのような影響を与えるのか注目するところである。また、フィンランドが加盟しているEUは、2013CAP改革および2015年生乳クオータ制度廃止と酪農業界にとっては大きな転換点となる時期に突入する。この転換期をEUがどのように乗り越えていくかも注目したい。

 
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