日本に特有の特定保健用食品(トクホ)と機能性ヨーグルト
1991年、厚生省(当時)は、一般食品と医薬品の中間に位置する特定保健用食品(トクホ、FOSHU)を新設した。1990年代の日本は、65歳以上人口が急増し、全人口の約17%を越え、高齢化社会から高齢社会へ推移する時期であり、高齢者の総医療費の高騰で国も頭を悩ましていた。時は予防医学の声が上がり始めた時代であり、病気になる前に予防しようという意識がこの制度を生んだ。トクホの許可団体は、創設した厚生省から厚生労働省を経て、現在は消費者庁となっている。トクホは8つのジャンルから構成されており、最も人気と関心の高いのは、「おなかの調子を整える食品」である。トクホ全体の総売上高は7,000億円を越えるが、その半分以上を占めるのがこのジャンル食品であり、オリゴ糖、乳酸菌、食物繊維の3種類が含まれる。特に、整腸作用を示す乳酸菌を利用したトクホヨーグルトは、75種類以上もある。
日本の牛乳消費は減少しており、その背景には、日本の特徴とも言える学童人口の減少と乳糖不耐症の問題がある。一方、発酵乳(ヨーグルト)は、食べ易い、飲み易い、牛乳の栄養成分を全て摂取できるとともに、優れた乳酸菌の菌体と発酵代謝物を摂取でき、消費傾向は常に右肩上がりの製品として、日本の乳消費を支えている。2012年度のヨーグルト全体の市場規模は、11年度の3,063億円から3,313億円に8.2%も増加した。日本では、さらに高齢化が進み骨粗しょう症防止が重要となり、ヨーグルトは、カルシウムの吸収しやすい食品として、咀嚼力の低下した高齢者にも食べやすく、冷蔵庫から取り出して調理不要ですぐに食べられる食品(ready-to-eat)としても、ますます需要が見込まれるだろう。
プロバイオティクスの定義とシンバイオティックヨーグルト
プロバイオティクスは、アンチバイオティクス(抗生物質)の対義語として作られた用語であり、1989年にイギリスのフラーによって、「腸内菌叢のバランスを改善することにより宿主動物に有益に働く生菌添加物」と定義された。現在では、国連食糧農業機関(FAO)/世界保健機構(WHO)により、「適正量を摂取することにより、宿主の健康に 有益な作用をもたらす生きた微生物」と再定義されている。
私たちの腸管には100種類・100兆個という膨大な数の細菌が存在し、良い菌と悪い菌のバランスが宿主の健康の鍵を握っている。最近の遺伝子を網羅的に解析するメタゲノム解析によると、腸内細菌は1000種類にも及び、私たちの腸内には、体細胞(60兆個)遺伝子の約150倍もの細菌遺伝子が存在するという。そのような多種多様な腸内細菌の中で、私たちに有益な菌はとても少なく、乳酸菌やビフィズス菌が、プロバイオティクスの代表として腸内健康を担う重要な菌と考えられている。乳酸菌の中でも、ラクトバチルス属の乳酸桿菌やビフィズス菌は、ヨーグルト製造に用いられている。乳酸菌は乳酸のみを、ビフィズス菌は酢酸と乳酸を3:2の割合で作るのが特徴であり、ヨーグルトに独特の酸味を与え、摂取後は腸管のpHを下げることで病原菌などを減少させることができる。牛乳には天然のオリゴ糖として乳糖(ラクトース)が含まれているが、特にプロバイオティクスの生育を助けるようなオリゴ糖を最近では、プレバイオティクスと呼ぶ。さらに、プロバイオティクス乳酸菌やビフィズス菌に加えて、これらの微生物の生育因子であるオリゴ糖などのプレバイオティクスを同時に作用させることを、シンバイオティクスと呼んでいる。わが国での最近のヨーグルトでは、乳酸菌とオリゴ糖を同時添加したタイプのシンバイオティックヨーグルトが多く製造販売されている(図1)。
図1 機能性乳酸菌研究の歴史 |
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わが国の機能性ヨーグルト
ヨーグルトの製造には、2種類の乳酸菌であるブルガリア菌(桿菌)とサーモフィルス菌(球菌)を使うことが一般的であり、電子顕微鏡観察では両菌が観察される(図2)。国際酪農連盟(IDF)では、この2種類の菌を使用して発酵させた乳のみを「ヨーグルト」と定義している。
ヨーグルトに期待されている機能には、例えば以下のようなものがある。
図2 ヨーグルトに使われる優れた2種類の乳酸菌の特徴 |
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1)整腸作用:プロバイオティクスの作り出す乳酸や酢酸が腸管の蠕動運動を盛んにするこ
とで、便秘を防ぎ腸内環境も良好に保つ
2)血清コレステロール低下作用:消化管内のコレステロールを、菌体の表層に結合あるい
は菌体内に取り込むことで減少させる
3)感染防御作用:胃でのヘリコバクター・ピロリ菌や、腸管での食中毒菌などからの感染か
ら守る
4)抗インフルエンザ作用:菌体の内外成分が腸管から吸収され免疫系を刺激することで、
ナチュラルキラー(NK)細胞を活性化し、インフルエンザウイルスを攻撃する
5)抗アレルギー作用:菌体の内外成分が腸管から吸収され、ヘルパーT細胞のバランスを
調整することで、花粉症などのアレルギー症状を緩和する
また乳酸菌の中には、私たちの健康に有効な成分である血圧を下げる作用のあるペプチドやγ-アミノ酪酸(GABA)を作り出すものもある。両成分は、光岡知足先生(東京大学名誉教授)により提唱されたバイオジェニクスに該当し(図1)、トクホ成分として認められている。本ペプチドは、アンジオテンシンT変換酵素の働きを阻害することで、GABAはノルアドレナリンの働きを抑えることで血圧の上昇を防ぐ。
将来の機能性ヨーグルト市場
わが国ではますます食の欧米化が進み、肥満によるメタボリックシンドロームが深刻化するだろう。最近では、肥満の原因となる可能性の高い腸内細菌が見出され、これらの微生物を排除することにもプロバイオティクスは活躍する。また、脂肪代謝系に働きかけることで内臓脂肪を減少させるビフィズス菌も発見され、これを使用したヨーグルトも販売されている。さらに、将来的には脂肪代謝を強く抑制する抗メタボヨーグルトが開発されることも予想される。
また、炎症性腸疾患の原因の一つである潰瘍性大腸炎(UC)は、かつては自己免疫疾患とされていたが、最近では病原性のバクテロイデス、フソバクテリウム・バリウム、硫酸基還元菌などが疾病の候補原因菌と推定されている。我々は、原因菌を排除する能力の高いプロバイオティクスを既に発見しているので、これらを用いた機能性ヨーグルトの実現も近いと考えている。
(プロフィール)
齋藤 忠夫 (さいとう ただお)
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1952年
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東京都生まれ
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1975年 |
東北大学農学部畜産学科卒業(農学士) |
1975-76年 |
協同乳業(株)
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1979年 |
東北大学大学院農学研究科博士課程修了
(農学博士) |
1979-88年 |
東北福祉大学社会福祉学部産業福祉学科助手 |
1989年 |
東北福祉大学講師、東北大学農学部助教授
(准教授) |
2001年 |
東北大学大学院農学研究科教授(現在に至る)
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研究分野: |
酪農科学、応用微生物学、糖質科学 |
著 書: |
「酵素ハンドブック」「最新畜産物利用学」「最新畜産学」「畜産食品の辞典」「ミルクの事典」「学術情報リテラシー」(朝倉書店)、「動物資源利用学」「畜産物利用学」(文永堂出版)、「ミルクの先端機能」(弘学出版)、「食料の百科事典」(丸善)、「農学大事典」(養賢堂)、「現代チーズ学」(食品資材研究会)、「医科プロバイオティクス学」(シナジー)、「食品機能性の科学」(産業技術サービスセンター)など
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受 賞: |
日本酪農科学会賞(1998)、日本畜産学会賞(2002)、日本学術振興会第1回科学研究費優秀審査員賞(2008)、国際酪農連名日本国内委員会(JIDF)第3回光岡賞(2012)など
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そ の 他: |
アジア乳酸菌学会連合(AFSLAB)会長、日本酪農科学会(JDSA)会長、東北大学総長特別補佐
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