調査・報告 専門調査  畜産の情報 2013年6月号

牛肉の輸出推進を目指した
産地の取り組みと課題

中村学園大学 学長 甲斐 諭



【要約】

 2008年以降、国産農産物の輸出が減少している中にあって、牛肉の輸出はわずかながらも増加している。2007年から輸出促進の取り組みを実施している佐賀県では、米国向け輸出の再開や、これまでの取り組みが功を奏して新規輸出が開始され、輸出量が増加している。一方、最大の輸出県である鹿児島県では、米国向けはA5・A4ランクの輸出が多いものの、香港およびシンガポール向けでは健康志向の高まりを背景にA3ランクの需要が伸びてきている。本稿では、両県の取り組みを紹介すると共に、輸出をさらに増加させるには何が課題となっているのかを考察する。

1.はじめに

 国産牛肉の輸出は、海外における日本食ブームやアジア諸国における富裕層の増加などにより、米国・香港向けを中心に増加傾向で推移してきたが、2010年4月の宮崎県における口蹄疫の発生、2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所の事故などの影響から減少に転じた。その後はやや持ち直し、輸出数量・金額共に徐々に増加している。

 本稿では、2012年9月に米国向けの牛肉輸出が再開したことを踏まえ、牛肉輸出の先進県である佐賀県と鹿児島県の事例を通して、北米・アジア向けの牛肉輸出の取り組みの現状やこれまでの経緯と問題点、今後の課題を明らかにする。

2.わが国の農林水産物・食品の輸出状況

 周知のように、少子高齢化などにより国内の農林水産物・食品市場は縮小傾向にある。しかし、海外には、今後伸びていくと考えられる有望なマーケットが存在している。そこで農林水産省は、農林水産物・食品の輸出額を2020年には1兆円に拡大すべく(1)東京電力福島第一原子力発電所事故の影響への対応、(2)国家戦略的なマーケティング、(3)ビジネスとしての輸出を支える仕組みづくり、(4)確かな安全性・品質の確保と貿易実務上のリスクなどへの適確な対応、(5)海外での日本の食文化の発信の5つの戦略を策定し、輸出拡大に取り組んでいる〔1〕。

 2004年から2012年までの農林水産物の輸出額の推移を見ると、2007年の5160億円までは増加したが、その後は2008年の米国の投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻(以下、リーマン・ショック)、2010年の宮崎県での口蹄疫の発生、2011年の東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故、ここ数年続いていた円高などの影響により、徐々に減少している(表1)。

 近年の動向を見ると、輸出は、相手先国の経済状況、為替水準、日本国内の自然災害、家畜伝染病の発生など、内外のさまざまな要因によって大きく左右されることが分かる。

表1 農林水産物の輸出額の推移

資料:農林水産省農産物輸出入統計より作成。
 2010年の農林水産物の輸出額は4920億円であったが、2011年には東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けて、多くの輸出先国が規制を強化したため、農林水産物は前年と比較して8.3ポイント減少し、特に畜産品は21.9ポイントも減少した(表2)。畜産品が減少した主因は、中国が輸入していた粉乳などの酪農品が前年度より63.4ポイント減と大きく下回ったためである。一方、牛肉については、2011年2月にOIE(国際獣疫事務局)において、わが国が口蹄疫清浄国に復帰したことを受けての官民による取り組みによって、1.9ポイントの増加となった。

 牛肉の輸出量の推移を振り返ってみると、2008年は香港向けが順調に伸びたことなどから増加した。しかし、2009年は、新たにシンガポールなど3カ国・地域が輸出を解禁したものの、リーマン・ショックの影響により減少した。

 さらに2010年は、4月に宮崎県において発生した口蹄疫の影響を受け、諸外国への輸出が停止したことから減少したが、その後、政府の働きかけもあり、香港、シンガポールなどの一部の国・地域への輸出が再開し、2011年には増加に転じた。2012年9月には米国が日本からの牛肉の輸入を再開したため、対前年比で51.4ポイントと大きく増加し、輸出額は50億6000万円に達した(表3)。

 輸出先について見ると、リーマン・ショック前までは、米国が輸出量第一位であったが、その後、2008年から2010年はベトナムとなり、2011年からはカンボジアが最大の輸出先となっている(表4)。

表2 近年の農林水産物輸出の変化

資料:農林水産省農産物輸出入統計より作成。
表3 牛肉の輸出量と輸出金額の推移

資料:農林水産省農産物輸出入統計より作成。
表4 牛肉輸出上位国/地域別の変化

資料:農林水産省農産物輸出入統計より作成。

3.佐賀県における牛肉輸出の取り組み

(1)佐賀県農林水産物等輸出促進協議会の活動

 佐賀県では2007年5月に県、市、JAグループ佐賀により農林水産物等輸出促進協議会が設立され、県内生産者に対して輸出に関する理解を深め、輸出意欲が向上するよう働きかけている。2012年度の予算は3500万円であり、そのうち約5割が牛肉輸出対策に利用されている〔2〕〔3〕。

 その活動の一環として、佐賀牛(5等級および4等級のBMS7以上)と佐賀産和牛(佐賀牛以外)の取扱店を海外で指定することにより販売を加速している。ちなみに、2012年10月現在の指定店数は香港34店、マカオ2店、シンガポール14店、米国5店(輸出停止以前の店舗数)である。

(2)牛肉輸出の実績と販売促進の取り組みおよび産地に与える効果

 佐賀県の牛肉輸出量は全国の5パーセント弱と多くはないが、最近急速に伸びてきており注目に値する(表5)。米国には2008年度から輸出(5トン)を開始し、2009年度には7.8トンまで増加したが、2010年度には国内における口蹄疫発生の影響により輸出が停止した。2012年8月17日付けのと畜分から輸出が再開されたことから、輸出停止以前の取扱店や業者を中心に輸出を拡大すべく活動を再開した。
表5 佐賀県の牛肉輸出実績

資料:佐賀県提供資料より作成。
 香港・マカオには2007年6月から輸出を開始し、指定店(36店)を通して順調に拡大し、2011年度には21.7トンになった。日本から同地域への総輸出量(175.6トン)のうち、佐賀県から輸出される割合は12.4パーセントと1割を超えている。このことから、同地域において佐賀牛のブランドは高い評価を受けていることが分かる。

 香港・マカオにおける販売促進活動について見ると、2011年5月に開催された「愛・日本料理フェア」に協賛し、2011年度には高級百貨店やスーパーでの佐賀牛、佐賀産和牛フェアを計6回開催した。また、香港コンベンションセンターで開催された「レストラン&バーショー」(2011年9月)にJA全農ミートフーズ株式会社に協力して参加し、さらに「佐賀牛取扱レストランでの佐賀牛フェア」(2011年9月をはじめ計4回)において試食などによる宣伝活動を実施した。

 香港においては現地広告代理店と契約し、食に関する雑誌、新聞、インターネットなどの香港メディアに対して定期的に広報を実施している。

 その他の地域では、シンガポールでの試食による宣伝活動や米国での輸出状況調査、シンガポール、ベトナム、タイ、ロシアにおける市場開拓調査を実施し、2012年からはタイへの輸出が開始された。

 さらに、佐賀牛の産地に香港(2011年8月、10月、2012年1月)とシンガポール(2011年10月)のバイヤーやレストランシェフ、食肉関係者を招聘し、産地PRを実施している。

 これらの取り組みが功を奏して、佐賀県の牛肉輸出は伸張しており、生産者も海外のフェアに参加することにより、自分達が生産した牛肉が海外で高く評価されていることに喜びを感じ、一層高品質の牛肉生産に意欲を燃やしている。こうした輸出先での評価は産地に活力と刺激を与えているのである。

(3)産地からの輸出経路

 現在、佐賀県内から毎月トラック1台当たり13頭の肥育牛を4台のトラックに載せて、鹿児島県曽於市末吉町に立地する対米国・香港・シンガポール輸出認定処理工場である後述の南九州畜産興業株式会社に輸送し、そこでJA全農ミートフーズ株式会社(以下、全農ミートフーズ)に販売している。

 全農ミートフーズは、アジア向けには国内の輸出会社を介さず、米国向けには輸出会社を介して、羽田空港、成田空港、関西空港から輸出先国・地域の輸入会社に販売している。その後、輸入会社がレストランなどの実需者に販売している。

4.鹿児島県における牛肉輸出の取り組み

(1)飼養頭数および牛肉輸出の全国シェア

 鹿児島県は、肉用牛飼養頭数が36万1000頭で全国第2位であるが、肉質の優れた黒毛和牛飼養頭数に限定して見ると、33万4000頭と全国第1位のシェア(18.5%)を占めている。

 また、鹿児島県は牛肉輸出の先進地であり、1990年から米国への輸出を開始した。輸出量は全国シェアの約2割から5割を占めるわが国最大の牛肉輸出県であり、米国と香港を中心に輸出を展開している(表6)。
表6 鹿児島県の牛肉輸出の推移

資料:全国数値は財務省「日本貿易統計」、鹿児島県数値は鹿児島県提供資料より作成。

 2011年について見ると、鹿児島県の牛肉輸出に占める全国シェアは4割弱で、主に香港、マカオ、シンガポールに輸出しているが、後述のように、2012年9月から米国向け輸出が再開されたことから、今後は、同国への輸出が拡大するものと予測される。

(2)南九州畜産興業株式会社の取り組み

ア.会社の概要

 鹿児島県には4カ所の輸出対応の食肉処理場があるが、そのうち日本で最初に対米輸出牛肉処理工場と認定され、最も長い歴史を持っているのが、南九州畜産興業株式会社(以下、ナンチク)である。食肉供給基地の南九州において、ナンチクはわが国で初めての大規模な産地食肉処理販売会社として、国、鹿児島・宮崎両県、両県経済連、市町村の協力により、1963年5月に設立された。

 翌1964年10月操業以来、南九州の生産者と消費者を結ぶ産地処理施設として、食肉の安定供給や生産者の経営安定に努力し、南九州の畜産振興と食肉流通の合理化に寄与してきた。

 資本金は4億9000万円で、2009年の年商は490億円、2010年末現在の従業員数は788名である。

イ.牛肉輸出の経緯と実績

 対米国輸出の認定工場の認可を取得したのは1990年8月30日で、同年9月5日にニューヨーク向け輸出第一便を発送した。これが日本で初めての米国向け輸出であった。

 米国への輸出量は1990年度の1,419キログラムから始まり、1999年度には3,263キログラムまで拡大したが、2000年3月に発生した口蹄疫の影響により輸出が中断された。2005年12月に輸出が再開され、2007年度には3万7909キログラムにまで拡大したものの、2010年4月に口蹄疫が再発したことにより再び輸出が中断されたが、2012年9月に輸出が再開され、活気を取り戻しつつある。

 香港、シンガポール向けの牛肉輸出実績を見ると、香港へは2007年5月から、シンガポールへは2009年6月から輸出が開始された。香港、シンガポール共に2010年4月に日本国内において発生した口蹄疫の影響により輸出が中断されたが、香港は同年5月から、シンガポールは同年11月から輸出が再開された。2011年度の実績をみると、香港へ4万4818キログラム、シンガポールへ1万3249キログラムが輸出されている(表7)。

表7 南九州畜産興業株式会社の牛肉輸出実績(1990年度〜2011年度)

資料:南九州畜産興業株式会社提供資料より作成。
 輸出部位はリブロース、サーロインおよびヒレの3点であり、2001年9月のBSE発生前は全て県内産であったが、その後は県内産だけでは輸出向けの需要に応ずることができないため、九州内外の近隣あるいは輸出認証を受けた処理施設を持たない他県産の牛も、と畜・処理加工している。

 2012年度には米国向けの輸出が再開され、シンガポール向けが活況を呈したことを受け、輸出総量は5万9170キログラムに増加した(表8)。

 輸出される牛肉は冷蔵であり、空輸便で輸送を行っている。輸出ルートは、ナンチク→国内輸出業者→香港・米国等である。

 輸出に係る手続きは、国内輸出業者(発注)→ナンチク(と畜・カット・箱詰め)→県食肉衛生検査所→封印シールおよび衛生証明書の発行→輸送(トラック)と、大まかには上記のような流れとなるが、県食肉衛生検査所に、事前に食肉検査申請書や日程表などを提出し、衛生証明書を作成してもらわなければならない。

 登録生産者になるためには、農場の住所、氏名(名称)、電話番号、飼料給餌内容を県食肉衛生検査所に報告・申請する必要がある。なお、飼料給餌内容は鹿児島県と国にも報告を行っている。枝肉単価はJA鹿児島県経済連が算定したもの(東京、大阪、京都の市場価格を使用)を基準枝肉単価として、相対取引を行っている。
表8 南九州畜産興業株式会社の牛肉輸出実績(2012年度)

資料:南九州畜産興業株式会社提供資料より作成。
香港向け和牛ケースの表示
ウ.牛肉輸出の今後の課題

 ナンチクにおける輸出全体の傾向は、以前はA5ランクのみの輸出であったが、現在はA5ランクが1割、A4ランクが4割、A3ランクが5割となっていることから、今後はA3ランクが輸出の主体となるだろう、とのことであった。米国ではA5・A4ランクの需要が多く、香港およびシンガポールでは健康志向の高まりを背景にA3ランクの需要が伸びてきている。世界的にも、A5ランクのような脂肪交雑の多い牛肉の需要が減退してきていることから、今後はA4・A3ランクの牛肉を中心にどのように輸出を拡大させていくかが課題である。

 また、輸出業務(検査・申請書類など)が複雑であることから、手続きなどの簡素化も課題となっている。

(3)鹿児島県経済農業協同組合連合会の取り組み

ア.JA鹿児島県経済連の概要

 鹿児島県経済農業協同組合連合会(以下、JA鹿児島県経済連)は、県下のJAや関連会社と連携し、農家の経営安定と生活向上を図るため、さまざまな事業を行っている。その内容は、農家が生産した農畜産物を市場などを通して売る販売事業、農業や生活に必要な生産資材や生活用品を供給する購買事業、県産の畜産物の付加価値を高める加工事業などである。

 2011年の販売事業の取扱高は畜産部門が1063億円、園芸農産部門が648億円、購買事業が1332億円、加工事業が119億円であった。

 JA鹿児島県経済連では、肉用牛部門として、系統肉用牛生産基盤維持・強化のための生産性向上対策、肉用牛基盤対策、肥育農家経営安定対策のほか、鹿児島黒牛の銘柄確立と牛肉販売対策の強化を行っており、これらの事業の一環として牛肉の海外輸出事業を実施している。

 また、関連会社として1973年11月に株式会社JA食肉かごしま(以下、JA食肉かごしま)を資本金4億5200万円で鹿児島県鹿児島市に設立し、肉豚・肉牛の処理加工や豚肉・牛肉・鶏肉・加工品の仕入・販売、種豚・子豚・肉豚の生産、飲食店の運営を行っている。2011年の販売実績は384億円である。

イ.牛肉輸出の経緯と実績

 JA食肉かごしまは、2007年11月に同社の南薩工場の牛処理施設の増改築に着手し、10億円を投資して1日当たり牛100頭を処理すると畜ラインなどの整備を図り(以前は80頭)、2008年3月に完成した。

 その後、厚生労働省への申請手続きを進める中で、厳格な書類審査や2回の現地査察などを経て、2011年3月11日に対米国、対香港輸出認定を取得した(ISO22000も取得)。これを受けて、4月26日に香港政府の輸出許可が下り、6月には香港に向け「KAGOSHIMA WAGYU 鹿児島黒牛」の輸出を開始し、同年度には238頭分(約14トン)を輸出した。

 また2010年4月に発生した口蹄疫の影響により中断されていた米国向け輸出が、2012年9月から再開されることとなったことから、8月31日にJA食肉かごしまからは初めてとなる米国向け第一便の「KAGOSHIMA WAGYU 鹿児島黒牛」の輸出を開始し、リブロース、サーロイン、ヒレを9月5日に羽田空港経由で輸出した。

 輸出ルートは、香港向けの場合は、JA鹿児島県経済連→全農ミートフーズ→香港で、米国向けの場合は、JA鹿児島県経済連→全農ミートフーズ→米国となっている。両ルート共に空輸便を利用している。

 輸出される牛肉は冷蔵であるが、今後は輸送コストを考慮して冷凍も扱う予定であり、船舶輸送、空輸便の両方で輸送を行っていく。品質の観点から空輸便での依頼があるが、コストが増嵩するため販売価格(キロ単価)は高くなる。

 現状では、どの部位がどこに、いくらで販売されているのか、商品に表示がないために把握できないと関係者は指摘している。生産者に対しても、出荷した牛肉がどのように売られているのか説明できないので、輸出が個々の生産者に与える効果を計ることは難しいが、少子高齢化により国内需要が減少していくと考えられることから、輸出量の増加は、生産者の安定した収益の確保に繋がると見込まれる。
全農ミートフーズの輸出表示
ウ.牛肉輸出の今後の課題

 JA鹿児島県経済連については、以下の3点が今後の課題として考えられる。

 第1は、米国だけでなく、海外ではA3ランクの牛肉を好む傾向にあり、国内で過剰感のあるA5ランクやA4ランクを海外で販売するのは、必ずしも容易ではないということである。

 第2は、多くの県が個別に海外市場で和牛肉の販売促進を行っているため、買い手が有利な状態にあり、その影響で輸出が進まないことである。

 第3は、県内にはナンチク・JA鹿児島県経済連・スターゼン社など輸出を行っている組織が複数あり、その複雑性が結果的に鹿児島県としての輸出力を分散させていることである。

 現在は全農ミートフーズが現地での販売を行っているが、今後はJA鹿児島県経済連も積極的に取り組みたいと考えている。全農ミートフーズと連携し、輸出先での販売方法や、販売法の把握に努め、「KAGOSHIMA WAGYU 鹿児島黒牛」の販売指定店の認定に取り組むことで生産者の励みとなるよう努めるとともに、現地での実演販売を積極的に行い、消費者に和牛の調理方法などを提案していく。実際、香港では「せいろ蒸し」という食べ方を実演し、女性から支持を集めた。
香港で好評だった「せいろ蒸し」

5.牛肉の輸出促進のための課題

 牛肉などの農産物輸出は、日本国内の少子高齢化による食料需要の減退により、一層重要になっているが、課題も多い〔4〕〔5〕。今後、さらに牛肉の輸出を増加させるには、以下の点が課題と考えられる。

(1)多様な部位・品質の輸出展開
 〜需要をふまえた選定と部位別バランスの重要性〜

 日本の国産農産物は高品質ではあるが高価格であるとの指摘があり、諸外国では低価格を求める声が強くなりつつある。コストの改善が必要であるが、最近では円安や輸入飼料価格の高騰により、牛肉の生産コストが増嵩する傾向にある。

 また、現在輸出されている部位は高級部位のヒレ、サーロイン、リブロース、ロースであることから、他の部位が国内に残り、販売が困難となっている。今後は、もも肉などのカット方法や調理法を海外でも普及させ、輸出における部位別のバランスを図っていくことが大切である。

 さらに、現在は各県とも格付けがA5およびA4ランクの牛肉を中心に販売量を増やそうとしているが、海外ではむしろA3ランクへの需要が多く、需給のミスマッチが発生している。ちなみに、海外の富裕層も健康志向の高まりから、脂肪過多の牛肉を回避する傾向があると指摘され始めていることを考慮しておく必要がある。

(2)産地間の連携強化
 〜買い手有利状態の解消とコストダウン〜

 諸外国の事例を見ると、MLA(豪州食肉家畜生産者事業団)が豪州産食肉の輸出を、USMEF(米国食肉輸出連合会)が米国産食肉の輸出を、カナダビーフ輸出連合会がカナダの牛肉の輸出を、それぞれ一元的に取り扱っている。これらの組織は、各国内の生産者組織を統合して、国を代表する「正規軍」として輸出を展開している。

 ところが、わが国の場合は各県が「ゲリラ的」に個別に輸出事業を展開しているため、競争力、販売力が強いとは言えない。各県の輸出担当者が、海外の同じ輸入業者に売り込みに行くため買い手が有利な状態になり、主導権を相手側に奪われている。しかも、競合品目が多く、ライバル関係になっている。これでは、国内の産地間競争を海外に場所を変えて展開しているようなもので、それは結果的に価格の引き下げに繋がる。また、各県がそれぞれに海外事務所を置くことにより、輸出にかかる事務費などのコストアップになっているので、連携してリレー方式で輸出するなどの展開を検討すべきである。

(3)行政主導型輸出の改善
 〜「官貿易」から「民貿易」への転換と民貿易の担い手育成の重要性〜

 各県の行政担当者を中心に輸出を展開し、一過性的にプロモーションしているケースが散見される。輸出の呼び水としては高く評価できるが、持続性に欠ける点では課題が残る。将来的には、「官貿易」から「民貿易」への転換が不可欠である。

 とは言え、現在は民貿易の担い手が育っておらず、その育成が必要である。その意味で、上記のMLAやUSMEF、カナダビーフ輸出連合会は参考になるであろう。

(4)Wagyuブランドの再構築
 〜地理的表示の検討を〜

 香港でもバンコクでも「豪州産和牛」が販売されており、中国でも「和牛」表示の牛肉を見かけた。和牛ブランドが海外の業者によって安易に利用されないような地理的表示などの対策が不可欠である。

6.おわりに

 近年、国産農産物輸出は減少しているが、牛肉はわずかながら増加している。今回取り上げた佐賀県や鹿児島県では、現地での販売促進活動が成果をあげており、生産者へ良い刺激も与えているので、引き続き、輸出促進対策の継続が望まれる。

 高級和牛肉については、依然として海外で強い需要があることから、今後も輸出促進の支援をすべきである。特に、諸外国の更なる規制緩和による輸出拡大には、海外メディアなどを活用した情報発信だけではなく、輸出先国・地域の一般消費者などに対しても直接働きかけることが重要である。

 加えて、ヒレ、サーロイン、リブロース、ロース以外の多様な部位やA4、A3ランクの輸出拡大のほか、各産地が協力して輸出事業を展開するなど、「日本ブランド」として競争力を高めるための取り組みを強化していくことが重要である。

 また、牛肉輸出には、最終消費地が明確でないという不透明性が指摘される。リーマン・ショック以降、ベトナムやカンボジアなどへの輸出が大幅に伸びているが、これらの国で、非常に高価な和牛肉が最終消費されているとは考えにくく、第三国への迂回輸出の可能性が高いと考えられる。第三国を明確にし、そこへの輸入解禁を直接働きかけ、輸出先を広げるべきであろう。また、ハラル認証など宗教上クリアすべき問題はあるが、インドネシアやマレーシアなど経済が拡大していて輸出拡大が見込めそうな国・地域へ直接届ける体制の整備を急ぐべきである。

 九州の産地食肉センターの一部は、施設の老朽化や立地地域の都市化、取扱量の減少などにより、産地食肉センターの再編統合が必要になっているところがある。再編統合の際は、牛と豚の処理施設を分離し、ハラル認証を取得できる施設への改善が望まれる。また、欧州への輸出を考慮すると動物福祉にも配慮した飼養法の改善も必要になる。官民を挙げた今後の取り組みに期待したい。

参考文献
〔1〕農林水産省「農林水産物・食品の輸出促進対策の概要〜食料産業局輸出促進グループ〜」
   (2012年9月)
〔2〕佐賀県農林水産商工本部資料、(2012年10月)
〔3〕甲斐諭「わが国の畜産物輸出の現状と課題」『畜産コンサルタント』第48巻11号(2012年11月)、
   11−17
〔4〕九州知事会事務局「九州地域戦略会議夏季セミナー第2分科会議事録」(2012年9月)
〔5〕九州農業成長産業化連携協議会「九州農業成長産業化連携協議会・香港ミッション」
   (2012年9月)

≪謝辞≫

 本稿を草するに際し、佐賀県農林水産商工本部、鹿児島県経済農業協同組合連合会、南九州畜産興業株式会社、独立行政法人農畜産業振興機構の方々から貴重な御教示と資料の提供を受けた。記して感謝の意を表する次第である。

 
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