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 畜産の情報 2013年9月号

デンマーク・オランダの養豚生産の状況
〜アニマルウェルフェア規制強化への対応〜

調査情報部 宅間 淳

【要約】

 2013年1月より、EUではアニマルウェルフェア規制が強化され、養豚農場において妊娠母豚をストールで飼育することが禁止された。これにより、EU域内では豚肉が不足し、価格は高騰するとの懸念もみられた。

 このため、EUのアニマルウェルフェア規制の現状について整理し、主要豚肉生産国であるデンマーク、オランダの2カ国の規制強化後の状況について、現地調査を行った。
 調査では、この規制強化を原因とした大きな混乱は現在のところ確認されなかった。また、デンマーク・オランダでは規制対応をほぼ完了しており、販売先のニーズに応え、EU基準よりも厳しい国内規制を課す動きもみられた。

 ただし、規制の中心となった繁殖母豚については、EU全体で飼養頭数が減少傾向にあり、将来的な豚肉生産は減少が見込まれている。併せて、個々の経営面では、飼料穀物価格の高騰による収益性の悪化などが課題となっており、今後の状況次第では、EUの豚肉生産に変化をもたらす可能性も見込まれる。

1.はじめに

 EUの養豚生産現場では、2013年1月から、交配期間や出産・授乳期を除き、繁殖母豚を群れで飼育すること(ストール飼いの禁止)などが完全施行された。これは、アニマルウェルフェアの概念にのっとって欧州委員会が定めた、「豚の保護のための最低基準を定める理事会指令」に基づくものである。

 本稿では、当該指令が定められるまでの経緯と、アニマルウェルフェアの概念についてEUの現状を整理するとともに、主要な豚肉生産国であるデンマークとオランダのアニマルウェルフェア規制強化後の養豚事情(生産・輸出への影響など)について、現地調査の結果を交えて報告する。

 なお、本稿では、為替レートとして1ユーロ=130円、1デンマーククローネ=18円(2013年6月末TTS)を利用した。
参考写真:デンマークの養豚農場。授乳中の母豚と、母豚に集まる子豚。

2.EUのアニマルウェルフェアの概要

(1)経緯

 EUでの、アニマルウェルフェア導入の契機は、1964年に英国で出版された「アニマルマシーン」が挙げられる。ここで記述された密飼いなど家畜に対する虐待性や、薬物投与による食品汚染などの問題が消費者の関心を高め、社会問題となった。このため英国政府は、「集約的な家畜飼育における家畜のウェルフェアに関する専門委員会」を設置し、家畜の取り扱いについて議論を進めた。同委員会が作成した報告書(通称「ブランベルレポート」)で、初めて家畜飼育方法の基準などが示されることになった。その後、1979年に設置された英国アニマルウェルフェア協議会(FAWC)によって、「5つの自由」が定義され、以後、これがEUのアニマルウェルフェアの基礎的な概念となった。

 現在EUでは、広範囲にわたってアニマルウェルフェアに関連した規制が整備されている。その基本となるのが、1978年の理事会決定で制定され、1998年に改訂された「農業目的で保持される動物の保護に関するEU理事会指令(98/58/EC)」である(表1)。この指令を基本としながら、EUでは、欧州委員会保健・消費者保護総局(DG SANCO)が中心となり、欧州食品安全機関(EFSA)が取りまとめた科学的判断に基づき、畜種別(採卵鶏、肉用鶏、養豚、子牛)の飼養方法について規制が定められている。また、生産段階に限らず、輸送・と畜段階でも順守事項が設けられている。

 なお、欧州委員会では、2012年1月に「2015年までの新たなアニマルウェルフェア政策の推進計画」を発表した。この計画の中身として、包括的なアニマルウェルフェアに関する法律の提案や、既存の行動計画の強化などの手順が示されている。また、今後強化すべき事項として、加盟国の支援、アニマルウェルフェアに関する規則を順守するためのコンプライアンス改善、国際的な協力、一般市民に対する適切な情報の提供、CAPとの相乗効果の推進などが挙げられている。

表1 アニマルウェルフェアに関連した規程などの経緯
資料:公益社団法人畜産技術協会作成の資料を更新
    欧州委員会ホームページ (http://ec.europa.eu/food/animal/welfare/references_en.htm)

(2)概念

 アニマルウェルフェアの基礎的な概念として、前述の「5つの自由」がある。「5つの自由(Five Freedoms)」とは、(1)空腹および渇きからの自由(健康と活力を維持させるための新鮮な水および餌の提供)、(2)不快からの自由(庇陰ひいん場所や快適な休息場所などの提供を含む適切な飼育環境の確保)、(3)苦痛、損傷、疾病からの自由(予防および的確な診断と迅速な処置)、(4)正常行動発現の自由(十分な空間、適切な刺激、そして仲間との同居)、(5)恐怖および苦悩からの自由(心理的苦悩を避ける状況および取扱いの確保)の5点である。

 また、2009年に発行した欧州連合の基本条約であるリスボン条約第13条では、動物について「感覚を持った生命体(sentient beings)」と認識するよう規定している。このため、EUの政策実施などに際しては、アニマルウェルフェアのルールに沿っていることが求められる。

 なお、アニマルウェルフェア(Animal Welfare)は、これまで「動物福祉」とも邦訳されていたが、英語の「ウェルフェア」と日本語の「福祉」は、欧州と日本の、宗教や文化・歴史的背景から同義とはいえず、最近の専門書などでは「アニマルウェルフェア」と訳さずに表記されている。東北大学大学院の佐藤衆介教授によれば、「ウェルフェア」の考え方とは、日本語の「福祉」とは違い、個体(動物)が置かれている環境あるいは健康状態などではなく、個体(動物)の意識に重きを置いた考え方であるとしている。言い換えれば、生命を守り長らえさせることよりも、身体的・精神的苦痛を取り除くことに重点がおかれているといえる。

(3)EUの養豚に関するアニマルウェルフェアの内容

 養豚に関するアニマルウェルフェアは、1991年に制定(EU指令91/630/EEC)され、2008年に改正(EU指令2008/120/EC)された「豚の保護のための最低基準を定める理事会指令」に基づくものである。

 この指令で規定された主な内容は、(1)豚1頭当たりの十分な飼養面積(体重別に設定)の確保、(2)豚房のスノコ床の利用面積の制限、(3)10頭以上の養豚施設での妊娠豚の群飼の実施、(4)群飼に対する十分な給餌量の確保、(5)空腹と咀嚼要求を満たすための粗飼料の給与、(6)習慣的な断尾・切歯の禁止、などである。このうち、(2)および(3)については、2001年に当該指令が改訂された際、2013年1月1日から全ての養豚経営が順守するよう定められた。(その他は2003年1月から適用、(2)、(3)についても新築、改築時に適用)

 特に問題となったのは、(3)の妊娠豚に対する群飼育の実施である。これは言い換えると、従前の「ストール」を利用した飼育方法を禁じるものであることから、養豚関係者には「母豚のストール飼い禁止」という解釈がなされた(図1)。
図1 アニマルウェルフェア規制に対応した飼養方法の変更
資料:デンマーク農業理事会作成資料を基に、ALIC作成
資料:公益社団法人畜産技術協会および欧州委員会公表資料より、ALIC試算
 指令では、規制内容に沿って加盟各国が国内法を整備するよう定めており、また、アニマルウェルフェア規制の順守は、直接払い政策のクロスコンプライアンス要件とされたことから、各国は対策を講じる必要に迫られた。

 しかし、規制に則した繁殖母豚の群飼養の実現には、群飼に適した施設の改築などが前提となるため、豚舎の更新などに必要な資金と、新たな飼養管理方法に対応した技術・人材が必要となった。これらは、養豚経営者が独自に工面・調達する必要があったことから、対応が困難な経営は、(1)繁殖母豚の飼養を取りやめ、もと畜(子豚)を外部から導入する肥育専門経営への転換、(2)廃業もしくは母豚10頭未満の規模に縮小、のどちらかの選択となり、2013年1月までに、その判断が求められた。

 また、豚肉生産の面から見れば、上述の母豚頭数規模の縮小に加え、群管理による成長のバラツキや事故の増加、農場作業員の労働時間の増加など、生産効率の低下が想定された。

 このため、養豚のアニマルウェルフェア規制の強化は、EUの豚肉生産量の減少につながるのではと危惧された。

3.主要生産国の対応状況。

(1)デンマーク・オランダの概要

 デンマークは、日本にとって第3位の豚肉輸入先であり、2012年実績で11万6742トン(輸入占有率:15.0%)を輸入している。一方、オランダからの輸入量は、同年実績で6,999トン(同:0.9%)と、対日輸出量はわずかであるが、同国はデンマークとともに、EUの主要な生体豚の輸出国となっている(表2〜5)。両国は、日本向け豚肉輸出実績のあるドイツ、ポーランド、ハンガリー、ベルギー、イタリアなどに子豚、肥育豚を輸出しており、2012年の輸出実績は、両国合計で、子豚が1549万5000頭、肥育豚が311万8000頭となっている。

 EU全体の豚飼養頭数を見ると、両国とも総飼養頭数、繁殖母豚頭数の双方で上位にある(表6)。また、EU全体の子豚飼養頭数(50キログラム未満)は7292万6000頭(2012年)であるが、うち、両国が輸出する子豚頭数がその21.2パーセントを占めるなど、重要な子豚供給地域であることがわかる。

 このため、養豚のアニマルウェルフェア規制の強化により、この2カ国で関係者が危惧するような繁殖母豚群の著しい縮小や、規制強化に伴う生産効率の低下が生じた場合、EUの養豚産業に極めて大きなダメージを及ぼす可能性がある。
表2 デンマークの子豚輸出頭数
資料:デンマーク農業理事会
  注:生体重50キログラム未満
表3 デンマークの肥育豚輸出頭数
資料:デンマーク農業理事会
  注:生体重50〜160キログラム未満
表4 オランダの子豚輸出頭数
資料:GTI社「Global Trade Atlas」
  注:HSコード:010391(生体重50キログラム未満)
表5 オランダの肥育豚輸出頭数
資料:GTI社「Global Trade Atlas」
  注:HSコード:010392(生体重50キログラム以上)
表6 国別豚飼養頭数(主要10カ国)
資料:欧州委員会
注 1:各年12月現在
注 2:ギリシャ、キプロスの2012年集計値が公表されていないため、25カ国での比較とした

(2)デンマークの状況

ア.アニマルウェルフェア規制強化の対応

 2011年12月に、欧州委員会が発表した各国のアニマルウェルフェア規制強化の対応状況をみると、デンマークを含む主要豚肉生産国の多くが母豚ストール飼い禁止に対応できていなかった(表7)。デンマーク農業の中央組織であるデンマーク農業理事会(DAFC)によれば、2012年11月、全農家を対象に実施した状況調査で把握された未対応の生産者のうち、3分の2は施設更新により対応し、残りの3分の1については、廃業したとのことであった。結果として、現地調査を行った2013年6月時点では、デンマーク国内全ての養豚経営が、このアニマルウェルフェア規制に対応済みとなっていた。
表7 アニマルウェルフェア規制強化対応の状況【2012年11月時点】
資料:欧州委員会
 デンマークでのアニマルウェルフェアへの対応は、生産者自身、獣医師、食肉企業、行政が連携して生産現場の確認を行っている(図2)。また、その規制の内容は、ほかのEU諸国よりも厳格である(表8)。
図2 デンマークのアニマルウェルフェア規制の確認体制
資料:聞き取りよりALIC作成
表8 養豚のアニマルウェルフェアに係る主な規制内容(EU、デンマーク)
資料:EU指令、デンマーク農業理事会資料よりALIC作成
 こうした取り組みは、豚肉生産量のおよそ9割を輸出に仕向ける豚肉輸出国として、主要輸出先の英国やドイツなどの消費者ニーズに応えることを目的としている。つまり、輸出先国が求める基準をクリアするために必要な措置であったことが、最も大きな動機となった。

 関係団体・業界も、これを支援するために様々な取り組みを行っている。群飼の実施に伴う新たな飼養管理技術の習得に関しては、同農業理事会が対応方策の調査研究を行った後、関連組織であるピッグリサーチセンターのアドバイザーを通じ、有料(1,000デンマーククローネ/時間:1万8000円/時間)で技術指導を行っている。また、技術導入に当たっては、施設更新も必要となることから、機器の利用方法の説明にあわせて、施設機器メーカーもその一部を担っている。

イ.生産現場の対応状況

 協同組合系列の種豚企業であるダンブレッド社の紹介により、首都コペンハーゲンから80キロメートルほど離れた、シエラン島西部に位置するフォーバイレにあるラスムセン・ポールセン氏の養豚農場を訪問した。


(ア)経営概況

 同農場は、繁殖母豚約1,200頭を飼養する繁殖専門経営であり、家畜商を通じて、年間9,000頭(750頭/月)の子豚を、国内4件の肥育経営に販売している(表9)。
表9 飼養頭数
資料:聞き取りよりALIC作成
 現在利用している施設は、経営主であるポールセン氏が、父と叔父から経営を受け継いだ2009年から運用を開始している。父と叔父の時代は、二人で200頭の母豚を飼養していたが、規模拡大とともに現在は、デンマーク人のほか、ポーランド人、ウクライナ人の計6名を雇用している。

 基本的な作業は、月曜から金曜日に済ませ、週末は交代で最低限の作業のみを行っている。平日の作業時間は朝7時〜16時、週末は朝7時〜14時とし、定期的な休みを取れるようにしている。

 給餌方法は、全てリキッドフィーディング方式を採用しており、子豚用と母豚用に飼料の粒度を変えるため、2種類のミルを利用している。飼料穀物として、自給の小麦および大麦と、南米産の大豆かすを与えている。

(イ)アニマルウェルフェアへの対応

 この農場は、2008年に設計したものである。当時のEUおよびデンマークの規制では、新たに建築する畜舎は、母豚の群飼いに対応するよう定められていたことから、同農場では2009年の運用開始時点から、これに対応していた(写真1)。
写真1:妊娠豚は群れで飼育され、自由に出入りできるストールを利用している。
 なお、現在の豚舎は、EU規制には適合しているが、年々、適用範囲と内容が厳しくなるデンマークのアニマルウェルフェア規制に照らすと、既に時代遅れとなっている。具体的には、スノコ床の利用である(写真2)。現行のデンマークの規制では、新築豚舎でのスノコ床を全面禁止としているが、同農場の建設時には義務化されていなかったため、今も一部スノコを用いた床を採用している。現在は猶予期間にあるものの、2020年までに全ての養豚経営でスノコ床を廃止することが決まっている。このため、この数年のうちに改築しなければならないことが、大きな課題となっている。
写真2:授乳期用のストール。左上は、子豚用の温室。
手前側はスノコ床を利用している。
 なお、ポールセン氏は、経営を継ぐ前に他の農場でマネージャーとして働いていた経験がある。そこでは、既に母豚を群れで飼育していたため、群飼育の導入に大きな苦労はなかったとのことである。

(ウ)技術成績

 アニマルウェルフェアに対応した飼養方法をとりつつ、ポールセン経営では、素晴らしい技術成績を残している(表10)。
表10 技術成績の比較
資料A:聞き取りによりALIC作成
資料B:デンマーク農業理事会
資料C:農林水産省 家畜改良増殖目標(平成22年7月公表値)
 同経営で生産しているのは、三元交雑のLYD豚である。雄豚は8頭飼養しているものの、発情確認にのみ供用しており、種付けは全て購入精液による人工授精を実施している。

 技術成績で注目したいのは、総産子頭数と離乳頭数である。どちらも、デンマーク全体の平均値を上回っており、日本の平均と比較すると、1.5倍以上高い能力を示している。さらに、母豚回転率も高いことから、年間離乳頭数32.8頭と極めて高い成績を収めている。

 また、繁殖母豚は、通常6産程度で更新しているが、ピークを越えた母豚群であっても、死産数は増加するものの、高い産子数を維持している(図3)。
図3 産次別産子頭数の推移
資料:聞き取りよりALIC作成
 専門家によれば、日本国内の生産者が母豚の群飼養に取り組んだ場合、ストール飼いの頃と比較して、繁殖成績の低下が3年程度続くということである。しかし、同経営では、群飼を始めた段階で既に経営主が技術を習得していたため、そうした問題は聞かれなかった。なお、経営主によれば、生産面の課題は受胎率の向上であり、発情管理の徹底により90パーセント以上のレベルまで持って行きたいとのことである。

 今後のアニマルウェルフェアの動きとして、2018年をめどに、外科的去勢の自主的廃止が求められている。生産する側としては、作業量の面から、去勢作業が軽減されることについては歓迎したいとの意向である。

(3)オランダの状況

ア.アニマルウェルフェア規制強化への対応

 オランダでは、国内生産者に養豚のアニマルウェルフェア規制(母豚ストール飼い禁止)を期限までに順守させるため、まず現状の把握から進められた。

 2011年に政府は、ワーヘニンゲン大学農業経済研究所(LEI)に調査を依頼し、国内の飼養頭数と、産業全体の規制対応の進捗状況について把握を行った。この調査から、25パーセント程度の養豚経営が、新たな規制への対応に不備があることがわかった。

 このためオランダ政府は、2012年2月に養豚の関連機関3者(オランダ家畜食肉委員会(PVV)、オランダ労働組合協会(NVV)、オランダ農業園芸組織連合会(LTO))を通じ、全養豚経営に対し調査を実施した。この調査は、新規制適合のために養豚経営がどのような手助けを必要としているかを調べ、行政当局や地方自治体とともに現状を相互に理解することを目的としていた。

 同年5月には、行政当局から養豚経営に対して、新たな規制に関する留意事項が直接送付された。これは、アニマルウェルフェア規制の達成期限(2013年1月1日)を改めて注意喚起するとともに、許可申請の手順や、2020年を期限に定められている環境規制へのアクションプログラムと混同しないよう伝達するものであった。また、同年後半には、食品・消費者製品安全庁から文書が送付され、規制が順守されない経営に対して当局からの指導が入ることも付記された。

 さらに、同年8月、前回同様に、行政当局からの要請を受けた3つの関連機関を通じ、二度目の悉皆しっかい 調査が実施され、新たな規制への適合状況が確認された。

 このように、業界団体、行政機関が連携し、規制開始期限までの手順を踏まえたが、表7のとおり、2012年11月時点では、新たな規制に対するオランダの達成状況は63パーセントにとどまっていた。関係者によれば、現時点(2013年6月)で生産現場の対応は着実に進んでいるものの、国内基準による環境規制面での確認も並行して行われており、行政機関の手続きに遅れが出ている。このため、公表される数値には、実際の進捗状況が反映されていないとのことである。

 オランダがアニマルウェルフェアへの意識を高めた要因として、豚肉輸出国であるという対外的要因も大きいが、国民自らが望んでいたことにもある。

 同国には、国政政党に動物の権利保護を標榜する「動物党」がある。この政党は、国会に議席を持っており、同党のアニマルウェルフェアの推進はオランダ国民から一定の支持を集めている。

 加えて、対外的要因として、アニマルウェルフェアの進展は、デンマーク同様に輸出先国の消費者の要望に応えたものである。オランダの豚肉は、EU域内への流通が多いため、アニマルウェルフェア推進国が設定しているEU指令より厳しい基準も考慮した国内基準を作り、これに基づく豚肉生産を行っている。

 一方、生産者は、経営として利益の確保を図る反面、これまで以上の飼養面積とワラなどの生産資材を確保する必要があり、新たな費用が発生する状況となっている。

 こうしたなか、オランダに本社を置く欧州最大のミートパッカーであるヴィオン社は、アニマルウェルフェアに取り組んだ豚肉を評価した買い取り価格を設定している。これは、EUや加盟国レベルの規制よりも厳格なアニマルウェルフェア基準に適合した豚肉をブランド化し、一般の豚肉よりもプレミアムをつけて買い取る仕組みである。

 ヴィオン社が運用している同社のアニマルウェルフェア基準をクリアした豚肉は、「Good Farming Welfare」という名称で、ロゴマークを付けて一般製品よりも高値で販売されている。この基準の特徴は、生産から流通までのフードチェーン全体、つまり豚の成長レベル、飼料内容、治療方法、輸送、と畜場および係留場など、豚肉生産の各段階を通して、英国の専門機関の監査を組み込むなど、EUでの規制よりも厳格な基準を設けている点である。ブランド化によるプレミアム分については、企業秘密とされているが、同社としては、今後ともこの取り組みを拡大していく方針をとっている。

イ.研究機関における技術開発の推進

 オランダでは、新しい農業技術の開発、普及には、公的機関だけではなく、民間企業と大学など教育・研究機関の連携が強く、アニマルウェルフェアに関する技術や施設もその例外ではない。

 オランダは、世界第2位の農産物輸出国として知られているが、農業に関する高等教育と研究を担っているのは、ワーヘニンゲン大学である。同大学は、オランダ政府に限らず欧州委員会からも委託を受け、アニマルウェルフェア基準の策定に大きくかかわっており、新技術の開発にも携わっている。

 今回訪問したワーヘニンゲン大学畜産研究所の養豚イノベーションセンターでは、メーカーなどの民間企業からスポンサー支援を受け、基礎研究の蓄積から発案された技術(あるいは施設機械)について、各種の実証試験を行っている。

(ア)昇降機能付き授乳母豚用ストール

 アニマルウェルフェア規制の強化後も、子豚の圧死を防ぐため、授乳期間中は母豚のストールでの飼養は認められている。この授乳母豚用ストールは、母豚が横臥おうが する位置の上部にセンサー(棒)を付け、母豚が立ち上がった際に、中央部がせり上がる構造となっている(写真3)。母豚を持ち上げることで、母豚の足下に子豚が入り込むことを防いでいる。
写真3:母豚の背中に触れているバーがセンサーになっている。
母豚が立ち上がると認識し、中央部がせり上がる。
(イ)ロフト付き育成豚舎

 子豚用の温室とスロープを備えた2階建ての育成豚舎(写真4,5)。限られた豚舎の面積であっても、離乳後の子豚が自由に動き回れるように設計されている。
写真4:ロフト付き育成舎。左上部がロフトに
    なっており、子豚は自由に行き来できる。
写真5:ロフト付き育成舎全景(イメージ図)
(ウ)可動式の玩具つり下げ機

 豚が自由に遊ぶことができるよう、ワラやロープなどの玩具を設置している(写真6)。また、豚が飽きないよう、一定時間ごとに玩具を上げ下げしている。
写真6:上部のバーが動き、豚を飽きさせない仕組み。
(エ)最新式豚舎

 排せつ物を自動的に固液分離し、バイオガスシステムに搬送するシステムや、床下からの換気システムを備え、豚房の一部が半開放式になっている豚舎(写真7,8)。2013年に建設されたばかりであり、現在研究が進められている。
写真7:豚舎全景。側面(緑の部分)が網戸状に
    なっており、半開放状態になっている。
写真8:豚舎内の様子。壁面のゴム製カーテン部から、
半開放の敷地へ自由に移動できる。

4.豚肉生産と輸出への影響

1)養豚生産の現状

 欧州統計局(EUROSTAT)によれば、2013年1〜4月の累計と畜頭数は8241万7000頭であり、前年同期と比較して0.7パーセントの減少と、豚肉生産の面では大きな減少は見られていない(図4)。
図4 豚と畜頭数の推移(EU27カ国)
資料:EUROSTAT
 また、価格は、2012年下半期に起きた供給不足を要因とする高騰以降も、依然として高水準を維持している(図5)。ユーロ危機が憂慮された昨年と比べ、為替相場が主要通貨に対してユーロ高となっていることを受け、域外への輸出は前年同期比(1〜4月)で4パーセント程度減少している。このため、夏の需要期においても、顕著な価格上昇は起きないと見込まれている。
図5 豚枝肉卸売価格の推移(EU平均)
資料:欧州委員会
 ただし、統計によれば、EU域内の豚飼養頭数は全般的に減少傾向にある。特に、今回のアニマルウェルフェア規制強化の影響を受け、繁殖母豚については、飼養頭数が前年から4パーセント減と明らかに縮小している。このため、今後、さらに生産頭数の減少が強まると予測されている。

 なお、母豚減少の余波は、子豚価格の上昇に現れている(図6)。2013年6月の子豚価格は、1頭当たり45.5ユーロ(5,900円)と前年同月比3.0パーセント安であるが、過去3カ年平均と比べ6.5パーセント高となっており、2011年年末から高い水準を保っている。
図6 子豚価格の推移(EU平均)
資料:欧州委員会
 一方、生産者の経営上の課題として、現在は、アニマルウェルフェアよりも飼料穀物価格の高騰を懸念する声が多く聞かれた。EUの豚用配合飼料価格をみると、2012年12月をピークに下落傾向にあるものの高止まりを続けており、2013年6月はトン当たり321.6ユーロ(4万1800円)と、前年同月比8.3パーセント高となっている(図7)。年別の単純平均価格をみると、2010年に228.5ユーロ(2万9700円)であったものが、2012年には303.8ユーロ(3万9500円)と、33パーセントも上昇した。

 欧州の養豚経営では、飼料穀物として麦類と大豆かすを中心に給与している。麦類は自給する経営も多いが、大豆かすについては全量を南米などからの輸入に依存しており、後者については国際相場の影響を受けやすい状況にある。
図7 豚用飼料価格の推移(EU)
資料:欧州委員会

2)専門機関の予測

 2013年1月のアニマルウェルフェア規制強化の適用開始を迎えるに当たり、欧州委員会をはじめEU諸国の専門機関では、その影響により一定規模の豚肉生産量の減少を予測していた。

 欧州委員会の分析によると、2012年、2013年はともに前年比2〜3パーセント程度の豚肉生産量の減少を予測している(図8)。また、生産量の減少に伴い、過去5年間の平均価格と比べ豚枝肉100キログラム当たり20ユーロ(2,600円)以上の高値を維持すると予測している(図9)。
図8 EUの豚と畜頭数予測(欧州委員会)
資料:欧州委員会
  注:2012年11月以降は推計値を含む
図9 EUの豚枝肉価格予測(欧州委員会)
資料:欧州委員会
 また同様に、デンマーク農業理事会も、ドイツ、フランス、ポーランドなどの主要生産国を中心に豚肉生産量が減少し、EU全体で2パーセント程度の減産になると見込んでいる。

 一方、アニマルウェルフェアの強力な推進国である英国では、一層厳しい状況が予測されている。同国の農業園芸開発委員会(AHDB)内の、養豚専門組織である英国養豚理事会(BPEX)が公表したレポートによると、2013年にはEU全体で5〜10パーセント程度の豚肉生産量が減少し、深刻な価格高騰と豚肉不足が起きると警告した。この予測は、前年に施行された採卵鶏のアニマルウェルフェア規制強化(バタリーケージの禁止)により、鶏卵生産量が減少し、価格が高騰した事実(囲み記事参照)を強く踏まえたものであったが、2013年7月時点では、ここまでの深刻な事態には陥っていない。

5.おわりに

(1)アニマルウェルフェア規制強化の影響

 繁殖母豚の飼養頭数と養豚経営の減少、生産性の低下などにより、EUの豚肉不足を引き起こす可能性も伝えられたアニマルウェルフェア規制の強化であったが、現在(7月時点)のところ、豚肉の価格や生産量に目立った影響はみられていない。

 しかし、規制強化の影響を直接受けた繁殖母豚の飼養頭数は、確実に減少している。大きな減少を見せているのは、スペイン、ポーランド、イタリアなど、規制強化への措置として、廃業や肥育経営への転換により対処しているとされる国々であり、今後、更なる減少が懸念されている。

 一方、今回調査を実施したデンマーク、オランダのような豚肉輸出国では、既にEUのアニマルウェルフェア基準にはほぼ対応済みと認識されており、生産ならびに輸出へ支障をきたす要因とはなり得ないことが確認された。加えて、両国では、規制への適合にとどまらず、生産性の高い豚肉生産手法を着実に発展させていることがわかった。こうした動きは、豚肉を重要な輸出品目としてとらえる行政や中央団体が、業界を主導してきた取り組みの成果と考えられる。

 両国の養豚業界では、顧客である輸出先の消費者に受け入れられるため、EU基準を上回る厳格な基準を設けて対処している。このため、EU規則は、アニマルウェルフェア規制を順守する国にとっては既に常識としてとらえられつつあり、ミートパッカー、小売店などは一層厳しい基準を設け、高付加価値販売につなげている。

 また、EU域内では、アニマルウェルフェア規制に違反した畜産物は取り扱わない方針を打ち出す大手スーパーなどが現れてきている。消費市場としても国際的に大きな位置を占めるEUのこのような趨勢は、アニマルウェルフェアを前提とした畜産物の需要増加に向かうことが見込まれ、生産面で見ても影響は大きいものと予想される。

 併せてEUでは、国際獣疫事務局(OIE)や国連食糧農業機関(FAO)などの国際機関に対し、アニマルウェルフェア基準の策定を求めており、将来的にアニマルウェルフェアへの対応状況が、国際貿易上のルールの一つとして提案されることも十分に想像できる。

(2)これからのEU豚肉産業

 アニマルウェルフェアに関しては、現状として、EU全体の豚肉市場は大きな混乱をきたしてはいないものの、個別の経営レベルでは、大豆かすをはじめとした飼料穀物価格の高騰が懸念事項となっている。飼料コストの上昇に伴う収益性と資金繰りの悪化は、デンマーク・オランダでも大きな課題となっており、養豚経営の財務状況の落ち込みが、両国の豚肉生産に打撃を与える可能性もある。

 特にデンマークでは、国内全体の景気後退もあり、養豚経営が金融機関から十分な融資を受けることは難しくなっている。資金繰りに苦しむ経営は、回転率を上げるため、子豚を販売する事例も多い。これは、母豚ストール飼い禁止への対応に手間取る周辺国の子豚不足により、子豚価格が高く保たれていることも一因である。こうした子豚の生体輸出が増加した結果、肥育豚が減少し、国内の食肉処理場の稼働率低下や、豚肉生産量の減少など、養豚産業全体にも影響を及ぼし始めている。この点は、間接的ながらも、アニマルウェルフェアの規制強化がもたらした影響ともいえる。

 また、これまでEU産豚肉の主要な輸入国であったロシア、ウクライナなどの東欧諸国が、高い遺伝能力をもつデンマーク・オランダ産の種豚の生体輸入を増やし、自国内生産を高める動きもある。これらの国々において、新たな生産体制が整う数年後には、EU域内あるいは周囲の国を巻き込んで、豚肉生産の勢力図に構造的な変化をもたらす可能性もあり、豚肉輸出国としてのEUの内部情勢が変わってくることも見込まれる。

(参考)

採卵鶏のアニマルウェルフェア(バタリーケージの禁止)の影響

 養豚の妊娠豚ストール飼い禁止に一年先駆けて実施された、採卵鶏のバタリーケージ禁止について、参考事例として紹介したい。

(ア)概要と経緯

 EUでは、2012年1月から採卵鶏をバタリーケージで飼育することが禁止された。バタリーケージとは、ワイヤーを溶接したカゴであり、1羽当たりの面積はA4〜B5サイズ程度である。これを2〜3段積み重ねて使用するのが一般的で、日本の採卵鶏経営も大半がこの方式を採用している。

 採卵鶏バタリーケージの禁止は、1999年に決定されたEU指令1999/74/ECに基づくものである。その後、およそ12年間の準備期間を経て、2012年1月より施行された。

 施行後の現在、採卵鶏の飼育には「エンリッチドケージ」と呼ばれる施設を利用する必要がある。この施設の要件として、1羽当たり750平方センチメートル以上の床面積と、止まり木や砂浴び場などの自由な行動が可能な設備などが定められている。

 長期の準備期間は用意されていたが、全ての加盟国が施行前にこの規程に対応することはできなかった。欧州委員会は、2012年1月26日付けで13の加盟国(注)に対し、バタリーケージが引き続き利用されているとして、是正勧告を行った。その後、ほとんどの国で改善されたものの、2013年4月の時点でイタリアとギリシアが未だ同規制に対応していないとして、欧州委員会は、2カ国を欧州司法裁判所にEU指令違反として同月に起訴した。今後、同裁判所にて違反が認定され、さらに是正期間を超過した場合、高額の罰金が科せられる可能性もある。

(注)ベルギー、ブルガリア、ギリシア、スペイン、フランス、イタリア、キプロス、ラトビア、
   ハンガリー、オランダ、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、の13カ国。

(イ)鶏卵市場への影響

 鶏卵生産量は、2011年から減少を続け、2012年5月には月間生産量76億6600万個(前年同月比8.5%減)まで減少した(図)。これを受ける形で、2011年の鶏卵価格は上昇を続け、2012年に入り急激な高騰を見せた。これは、小売業者などが、バタリーケージ禁止に準拠していない生産者の鶏卵を取り扱わない旨を公表した影響を受けたためであり、2012年3月には100キログラム当たり195.43ユーロ(2万5400円、同75.5%高)と、最高値を記録した。

 その後、生産量は回復に向かったが、価格は高止まりを続けた。しかし、欧州委員会より加盟国のほとんどが規制を遵守し、生産量が回復基調にあることを公表したところ、2013年1月から価格は下落に転じた。2013年5月時点の鶏卵価格は、117.41ユーロ(1万5300円、同26.1%安)と下落基調にある。価格は高い水準で推移しているが、生産量は80億7600万個(同5.3%増)と、一昨年の水準までには至らないものの、前年と比べ増加している。

図 鶏卵の生産量と平均価格の推移(EU27カ国)

 
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