調査情報部 木下 瞬
【要約】 世界の食肉需要は、各地の人口増加や経済成長に伴い年々増加している。一方で、持続的な食肉生産には、干ばつなどの気候変動への対応や口蹄疫、鳥インフルエンザなど伝染性疾病の対策も求められている。 はじめに 近年、世界各地では干ばつなどの気候変動が畜産物生産に影響を与えている。さらに、口蹄疫やBSE(牛海綿状脳症)、鳥インフルエンザ、PED(豚流行性下痢)などの伝染性家畜疾病対策も食肉産業にとって重要な問題となっている。
1.世界の食肉需給動向 オランダ金融機関ラボバンクは、開発途上国の消費行動の変化が食肉消費に影響するとしており、その要素に食生活や嗜好性の変化、食品安全への欲求を挙げている。食肉消費の伸びが期待されるのがアジアであり、特に中国は、2012年の一人当たり食肉消費量が52キログラム程度と、米国(同110キログラム)やEU(同75キログラム)と比較して少ないことから、伸びる余地が大きいとしている。中国では2011年に都市化率が50%を突破し、都市住民一人当たり可処分所得は2万5000元(41万5000円)を超えた。ラボバンクは、都市化の進展や消費者の購買力の高まりによって、中国の豚肉消費はさらに増加すると見ており、2018年の豚肉消費量を、2012年比約20%増となる5600万トン(枝肉重量ベース、調製品を含む。)と見込んでいる。なお、同社は、消費者がより高品質で手軽な食肉製品を求めつつあるため、豚肉調製品の市場シェアが拡大し、2018年には生鮮豚肉の消費量を上回るとしている。 (注1)BRICs:ブラジル、ロシア、インド、中国の4カ国、MINT:メキシコ、インドネシア、ナイジェリア、トルコの4カ国
GIRAは豚肉について、各国間で自由貿易協定締結の進展などによって貿易量が増加するとし、同1.0%増の712万トンとしている。また、飼料穀物価格が軟調なため、主要生産国の豚肉生産量は増加すると見込んでいる。一方、中国は、国内の豚肉生産が過剰傾向であることから、当面の間、供給に問題はないとしているが、豚肉と鶏肉は、アジアやサブサハラなどの市場で貿易量が増加するとしている。なお、上記の分析には、北米で発生しているPEDやリトアニアのアフリカ豚コレラ発生に伴うロシアのEU産豚肉輸入禁止の影響が加味されておらず、GIRAは2014年の国際市場は混乱するとの表現にとどめている。しかし、これら疾病の影響は一時的なものであるとし、2015年は生産の増加を見込んでいる。 家禽肉は、同3.1%増の1202万トンと、食肉の中で一番の伸びを示している。これは、飼料穀物価格の下落によって世界各地で鶏肉生産量の伸びが期待されるためである。大手インテグレーターは、増産によって市場シェアを拡大させ、短期的に利益を得ようとする傾向にあるとしている。さらに、牛肉・羊肉の供給がタイトになると見込まれるため、安価な鶏肉に需要がシフトする可能性も指摘されている。なお、中国については、鳥インフルエンザ(H7N9型)の影響で落ち込んだ国内消費が回復するとみられる。
2.各国の食肉需給動向(1)中国中国食肉協会によると、2013年の中国の食肉生産量は前年比1.8%増の8536万トン(豚肉5493万トン、牛肉673万トン、羊肉408万トン、家禽肉1798万トン、その他164万トン)となった。この数量は、第12次5カ年計画(2011〜2015年)で掲げられた目標値8500万トンを超えるもので、家禽肉以外の食肉は前年からの増産を達成している。なお、家禽肉の減産は前年に発生した鳥インフルエンザの影響で、生産・消費が低迷したことによる。中国では、都市化の進展と所得水準の向上によって食肉消費構造が変化している。牛肉と羊肉は消費が拡大し、豚肉は加熱調理品、レトルト、小型パッケージなど現代の生活スタイルに合わせたバリエーションが増加している(写真2)。また、消費者が食肉を購入する際にも、品質や安全性、栄養成分などが重視されるようになってきた。
一方、中国国務院は2014年1月、「中国食品栄養開発計画(2014〜2020年)」を公表した。これは科学的根拠に基づき食事バランスを見直したもので、国民の肥満解消の目的もある。食肉については、現在の一人当たり消費量60キログラムから、2020年までに同29キログラムまで半減させるという目標が設定された。しかしながら、現在の食肉需要の増加などを考慮すると、目標達成は困難とみられている。 (注2)ぜんそく治療薬の塩酸クレンブテロールを豚に給与し、意図的に赤身部分を増やして販売した事件。中国では脂身の少ないほうが高値で取引されるため、禁止されているにもかかわらずたびたび同薬の使用例が報告されている。なお、人間がその豚肉を摂取すると動悸や手足の震えなどの中毒症状を起こし、1998年頃から中毒事件が報じられるようになった。 (注3)2013年にキツネやネズミなどの肉を羊肉と偽り販売した事件。このほか未検疫の牛肉を流通させる事件も発生した。
しかし、中小企業の割合が80%以上を占める中、依然として、工場の大部分の工程が労働集約的に行われており(写真3、写真4)、機械の処理能力や従業員の技術の低さが指摘されている。このため、中国食肉協会は、さらなる規制強化によって、食品の安全性や品質が高まると見ている。
(2)インドインドは1969年に水牛肉の輸出を開始し、近年輸出量を急速に伸ばしている。2013年の輸出量は135万トンと、この10年間で輸出量は4倍に増加した(図3)。インド産水牛肉は、主にカラビーフ(水牛由来の脱骨した冷凍肉)として輸出され、USDA(米国農務省)によると、インドは2012年に豪州を抜き、世界第2位の牛肉輸出国となった。主要な輸出先は、アジアや中東、CIS諸国、アフリカなどのハラール市場が過半を占め、これらの国々では、ハラール処理が施されたインド産水牛肉を加工に仕向ける場合が多い。
インドでは、水牛肉輸出の取り組みを支援する重要な要素として生産者に対する獣医サービスの普及に努めている。これは、家畜の衛生管理の向上がインド産水牛肉の評価につながると見ているためである。インドは、BSEについては無視できるリスク国であり、口蹄疫の発生国であるものの、輸出向けの食肉処理場が位置する州ではここ数年間発生していない。 同様に重視されているのが、副産物の利用である。水牛一頭から取れる副産物は、皮革、医薬品、家畜飼料などさまざまな形態で利用され、関連産業を潤している。こうした水牛肉の生産振興と輸出促進は、雇用の創出や農村開発、産業発展などにつながるため、インドの国家戦略とも調和している。 インドの水牛肉輸出産業は、政府関係機関と輸出向け食肉処理場、AIMLEAの3者による緊密な連携によって発展してきた。例えば、輸出先の管理当局からの視察を積極的に受け入れ、インド産水牛肉の安全性・信頼性の高さを証明することで、販路拡大を可能にしている。輸出先国で諸問題が発生した際にも、三位一体で問題解決に取り組み、輸出先との信頼関係を構築している。 (3)ロシアMCUEA(ロシア総合経済圏食肉委員会)によると、2013年のロシアの食肉消費量は、1100万トン(牛肉248万トン、豚肉397万トン、家禽肉(鶏肉および七面鳥)435万トン、羊肉20万トン)となった(図4)。
ロシアの牛肉消費市場は近年縮小傾向にあり、牛肉生産量は2011年以降、毎年2%程度減少し、2013年は163万3000トンとなった。牛肉輸入量も同様に減少しており、2013年は70万6000トンとなった。 2013年の豚肉生産量は、2007年比47%増の282万9000トンと堅調に増加している。一方、豚肉輸入量は2007年比13%減の101万3000トンとなった。ロシアでは、ここ10年間で養豚経営の大規模化・近代化が進んでおり、小規模経営の割合は86%から15%に減少した。こうした養豚経営の生産性向上によって、今後も国内生産量は増加するとみられる。 2013年の家禽肉生産量は、2007年比約2倍の381万7000トンと、急速に増加している。一方、家禽肉輸入量は、2007年比約60%減の53万8000トンと減少傾向にあるため、自給率は90%程度と高まっている。国内では、牛肉や豚肉価格が上昇しており、比較的安価で健康的とされる鶏肉への需要が高まっている。 以上のように、ロシアでは、牛肉を除き食肉生産量は増加傾向にある。こうした状況を踏まえ、2020年の食肉輸入量は牛肉が55万トン(2013年比25%減)、家禽肉が20万トン(同63%減)、豚肉が62万5000トン(同38%減)と、軒並み減少が見込まれる(図5)。
(4)ブラジルGTPS(ブラジル持続可能な畜産の代表者会議)によると、2013年のブラジルの牛飼養頭数は2億800万頭と見込まれる(図6)。2013年のと畜頭数については、過去最高となった2012年の3109万頭を上回るペースで進んでおり、記録更新が見込まれている。こうした背景には、為替相場のレアル安や香港向け輸出の伸びなどにより、輸出が好調だったことが挙げられ、2013年の輸出量は119万トン(前年比25.4%増)となった(図7)。また、今年中に中国向け輸出の解禁が見込まれており、今後、ブラジル産牛肉の引き合いはさらに強まると予想される。
輸出が好調な一方、持続可能な生産のためには課題がある。ブラジルには、2011年現在、1億8900万ヘクタールの牧草地があり、これは国土面積8億5000万ヘクタールの22%に相当する。牧草地では牛が粗放的に飼養されており、1ヘクタール当たりの飼養頭数はわずか1.1頭である。しかしながら、近年、ブラジルでは地代が上昇しており、これが生産コスト上昇の一因となっている。また、牧草地面積は年々減少傾向にあり、環境面への配慮から既存の牧草地を自然に還元しようとする動きもある。 (注4)Good Manufacturing Practiceの略。製造段階において一定の品質が保たれるように定められた規則とシステム。 (5)ウルグアイウルグアイ国立食肉院(INAC)によると、2013年のウルグアイの牛飼養頭数は1154 万頭と、人口340万人の約3倍に相当する。近年、干ばつなどの気象条件の影響により、飼養頭数は1100万〜1200万頭の範囲で増減を繰り返しており、と畜頭数は毎年20万頭程度である(図8)。また、国内で生産された牛肉の8割が輸出向けとなり、中国、EU、ロシア、米国など世界120カ国以上に輸出される。近年の牛肉輸出量は毎年40万トン程度が維持され、牛肉生産は国内経済を支える重要な産業となっている(図9)。ウルグアイでは、国内で飼養可能な頭数は1200万頭とされ、輸出可能な数量も40万トン程度とされる。このため、牛肉生産は付加価値化と安全性を高める方向で行われている。
トレーサビリティは、生産者段階と食肉処理段階の2段階の電子システムが採用されている。生産段階は農牧水産省が所管し、食肉処理段階はINACが担当しており、それぞれが連携してトレーサビリティを実行することで、牛肉の安全性を保証している。なお、生産者は、2006年に施行された法律に基づき、全ての肉用牛にICタグと耳標の装着、データベースへの登録が義務付けられている。これにより、消費者は、店頭で販売されている牛肉から、携帯電話などの端末を使って生産農場や個体識別などの情報が入手できる。 INACは、こうした牛肉の安全性を高めることが、輸出先の市場でウルグアイ産牛肉の高評価につながり、他国産牛肉に対して優位性があるとしている。 おわりに 中国では、北京や上海などの都市部の消費市場は成熟期に達しつつあり、豚肉・鶏肉については、消費の量から質への転換が進んでいる。一方、消費構造の変化により消費増が見込まれるのが牛肉・羊肉であり、供給不足のため質より量が求められている傾向にある。さらに、地方都市では、都市部に比べて所得水準が低く、低・中所得者層の収入が向上するにつれ、中国の食肉消費は引き続き伸びていくと考えられる。
食肉トレードショー「中国国際食肉産業展2014」
毎年開かれる中国最大級の食肉トレードショー「中国国際食肉産業展2014」が、6月17〜19日の3日間、北京で開催された。本産業展の主催はIMSと中国食肉協会で、中国を含む14カ国から、最新の肉製品や食肉関連機器・資材など約1400件の出展があった。開催規模は年々拡大しており、3日間で延べ6万人以上(主催者発表)が来場した。本産業展では、より高品質で健康的な食肉を求める消費者ニーズを反映した商品の展示が目立った。以下では、主な中国企業の動向を報告する。
国内最大手の食肉加工企業、双匯集団の子会社で河南省に拠点を置く。昨年9月に米国スミスフィールド・フーズを買収し、6月にスペイン食肉大手カンポフリオを他社と共同買収した。最近では、資金調達のため香港市場への上場を試みるも、投資家の需要が得られないとの判断により、上場を4月から8月に延期した経緯がある。 また、スミスフィールド・フーズとは米国産冷蔵豚肉を、カンポフリオとは欧州産の高級ハム・ソーセージなどを、それぞれ提携して国内の富裕層向けに販売するとしている。また両社とは、共同での新製品の研究開発も進行中である。
北京で強力な物流・販売網を有し、北京の豚肉市場で最大のシェアを誇る国有企業。肥育豚の育成から、と畜、加工・販売までを行うインテグレーターでもある。同社は北京五輪公式食品のサプライヤーとして認定されたほか、「鵬程」ブランドは国内では有名。 最近では、自社工場での、ISO22000(食品安全)の取得などを進めており、国内に供給する豚肉の安全性と品質を高めることに注力している。また、新たに「小店」ブランドを立ち上げ、多様な豚肉加工品の販売を展開している。
江蘇省に拠点を置く豚肉加工大手。子会社を通じて、冷蔵豚肉のほかハムやソーセージなどを提供している。また、「雨潤」、「福潤」、「「旺潤」、「大衆肉総」の4ブランドを展開し、スーパーだけでなく、高級ホテルに進出することで、同社ブランドは高級食材として認知されている。 昨年ごろから経営状況が悪化していたが、最近では電子商取引(EC)サイトに参入し、オンラインでの食肉販売を展開する見通し。
黒龍江省に拠点を置く牛肉・羊肉生産企業。黒龍江省や内モンゴル自治区の広大な牧草資源と放牧地を利用して、牛肉・羊肉を生産している。また、NZから牛肉・羊肉を輸入しており、国内最大の羊肉輸入業者でもある。 最近では、牛肉、羊肉の生産から流通、販売までのインテグレート化を進めており、国内での生産量を増加させている。さらにトレーサビリティの確立にも注力し、国産ブランドの信頼回復に努めている。
黒龍江省を拠点とする牛肉・豚肉加工企業で、グループ牧場で牛10万頭、豚20万頭を飼養。牛肉・豚肉製品の輸出入も盛んに行っており、輸出の主力商品はハラルマーケット向けの冷凍牛肉、ビーフジャーキーなど。 最近では、国内市場への供給力を強化するため、5月に豪州ビクトリア州の牛肉生産企業を2社買収した。同社は今後も、高品質な豪州産牛肉の輸入量を増やすとしている。
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