海外情報


 畜産の情報 2014年6月号

ベトナムの牛肉需給の現状と課題

調査情報部 木下 瞬、宗政 修平

【要約】

 経済成長が著しいベトナムでは、中間所得層の増加とともに畜産物消費が増加している。特に牛肉は、WTO加盟以降の市場開放によって、外資の外食産業が進出し、今後の消費の伸びが期待される。供給面で国内生産は、飼料費などが上昇する一方で、政府の支援が薄く縮小傾向にある。そのため、輸入牛肉市場が近年拡大しているが、コールドチェーンが未発達なことにより安価で高品質な豪州産生体牛の輸入が増えている。しかし、2014年以降の生体牛の調達は、他市場からの引き合いも強まることが見込まれており、困難と予想される。このため、今後の国内需要を満たすために冷凍牛肉の輸入が増加する方向に進むものと考えられる。

はじめに

 ベトナム社会主義共和国(以下「ベトナム」という。)の人口は、8872万人(2012年、ベトナム統計局)と、ASEAN(東南アジア諸国連合)でインドネシア、フィリピンに次ぐ規模である。2007年のWTO(世界貿易機構)加盟以降、2009年に日本とEPA(経済連携協定)を、その他多くの国々と通商協定や投資協定を結び、市場開放が進んでいる。また、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)には交渉開始当初から参加を表明し、広域経済圏へのさらなる輸出拡大を図ろうとしている。

 ベトナムの2012年の1人当たり名目GDP(国内総生産)は1749米ドル(約18万2000円)と、一時期より伸び率は鈍化したものの、いまだ年5%強の高い経済成長を遂げている。こうした経済成長によって畜産物消費が増加しており、中でも牛肉は今後も消費の伸びが期待されている。特に通商協定などで外資の外食・流通業の進出が進み、市場拡大の素地が形成されつつある。しかしながら、国内の肉用牛生産は零細経営が多いため、市場開放の進展に伴い想定される補助金制度の見直しや関税削減などにより、今後の生産縮小が懸念されている。一方、近年盛況なのが輸入牛肉市場で、国内のコールドチェーンが未発達なことにより生体牛の輸入が増加している。

 本稿では、こうしたベトナムの直近の牛肉需給状況について概観するとともに、課題や今後の見通しなどについて報告する。

 なお、本稿中の為替レートは100ベトナムドン=0.5円(4月末日為替相場:0.49円)、1米ドル=104円(4月末日TTS相場:103.61円)を使用した。
(参考)ベトナムの地域区分
資料:ALIC作成

1.ベトナムの食料および牛肉消費動向

(1)食料消費動向

 ASEAN諸国では、持続的な高成長を背景に、2000年以降も国民所得が向上している。このうちベトナムでは、2013年の人口に占める中間所得層の割合が約6割の5300万人と推計され、高い成長率に寄与している(図1)。こうした購買力のある中間所得層が増加したことで、食の多様化など消費構造に変化が起きている。

 図2を見ると、ここ数年の食肉への支出額は、1世帯当たり年間5000円程度とほぼ変化していない。一方で、所得水準の向上によって増加しているのが外食への支出額で、2013年は同1万2780円と、2008年比で3倍となった。最近では、都市部のハノイやホーチミンで家族向けの焼き肉店も多く見られるようになった。また、マクドナルドがホーチミンに1号店を設置するなど外資系ファストフード店も出店攻勢を強めており、外食で牛肉が消費されるウエイトが徐々に大きくなりつつある。
図1 ベトナムの所得層比率の推移

資料:Euromonitor International
  注:中間所得層は、年間世帯可処分所得5000〜3万5000米ドル、
    富裕層は同3万5000米ドル以上と定義

図2 1世帯当たりの食料費支出の推移

資料:Euromonitor InternationalよりALIC作成
  注:支出額は、2013年を基準とした実質額で算出

(2)牛肉の消費動向

 ベトナム料理は、中華料理の影響を色濃く受けているが、さほど脂っこくなく、生野菜やハーブも多用され、あっさりした味付けが特徴である。牛肉も中華料理のように焼く、煮る、蒸す、揚げるなど基本的な調理方法に基づき、多様な形態で消費される。

 農業農村開発省(MARD)によると、食肉の1人当たり年間消費量は48.2キログラム(2013年)であり、その内訳は豚肉74.2%、家禽肉17.2%、牛肉6.6%、水牛肉2.0%と、食肉消費の太宗は豚肉が占めている。このうち牛肉は同3.2キログラムであり、ハノイ、ホーチミンではそれぞれ同3.9キログラム、3.5キログラムと都市部の消費量が比較的多い。

 国内で流通する牛肉は、その大部分が国産である(図3)。一般的にベトナムの消費者は、冷凍の輸入牛肉を購入するよりも、国内でと畜された生鮮牛肉を好む傾向にある。これは豚肉が主に温と体で流通・販売されることにより、鮮度が高いものと認識されているためである。牛肉の流通も、豚肉と同じく深夜から早朝にかけてと畜されたものが当日店頭に並び、消費者も生鮮牛肉は鮮度が高く、安全と認識している。
図3 牛肉供給量(部分肉ベース)の内訳(2012年)
資料:MARD資料およびベトナム統計局、GTI社「Global Trade Atlas」より
    ALIC推計
写真1 牛肉を使った麺料理、フォー
写真2 牛肉を使った野菜炒め

2.国内の肉用牛生産と関連政策

(1)国内生産の現状

 国内の肉用牛は、零細農家を中心に1戸当たり平均2〜5頭飼養されている。MARDによると、零細農家は肉用牛生産の9割以上を担い、キャッサバ生産など畑作との複合経営が多い。また、飼養頭数が100頭を超える大規模農場は、ハノイ(紅河デルタ)やホーチミン(東南部)などの都市部近郊に存在する。

 飼養品種は、在来種の黄牛や熱帯種との交雑種などが多く、その概要は表1に示した通りである。飼料には稲わらやキャッサバでん粉粕などの副産物が主に利用され、生後22〜24カ月齢程度で出荷される場合が多い。
表1 主な肉用牛の飼養動向
資料:聞き取りなどによりALIC作成、写真提供:国立動物科学研究所(NIAS)
 注:本表に示した以外にも国内には多様な交雑種が存在する。
写真3 道路沿いで放牧される牛(ハノイ郊外)
 肉用牛飼養頭数は、2001年以降増加傾向にあったが、2007年をピークに減少し、2013年は497万頭(前年比1.1%減)となった。これは、ピーク時から160万頭以上減少したことになる(図4)。MARDによると、工業化の進展によって年々採草地や放牧地が減少し、飼料費の上昇も相まって農家はもと牛の導入を躊躇している。その中で、肉用牛の農家販売価格が上昇し、繁殖雌牛の出荷も進んだ。こうしたことから、肉用牛の飼養頭数は減少傾向にあるという。
図4 牛飼養頭数および牛肉生産量の推移
資料:MARD資料
  注:生体重ベース
 一方、牛肉生産量は2008年以降、毎年30万トン程度を維持している。MARDによると、肉用牛の品種改良によって出荷体重や歩留まりは改善しており、生産量は維持されているという。

 水牛も肉用牛と同様の飼養・出荷形態をとっているが、総飼養頭数は2007年の300万頭をピークに減少し、2013年には256万頭となった(図5)。これは、農業近代化の進展により役牛としての需要が低下したことによる。一方、水牛肉の生産量は、2009年以降は9万トン程度を維持しており、2013年は8万5000トンとなった。
図5 水牛飼養頭数および水牛肉生産量の推移
資料:MARD資料
  注:生体重ベース
 家族経営の農家にとって肉用牛・水牛は重要な収入源の一つであったが、乾季の飼料不足や口蹄疫などの疾病の発生は、多くの農家を悩ませてきた。さらに、農家の飼養管理技術の不足、資金繰りの難しさ、販売価格の不安定さなど肉用牛経営には様々な課題があり、生産振興には適切な支援策が求められてきた。

(2)肉用牛振興政策

 社会主義体制のベトナムでは、以下の戦略と計画を基に直近の肉用牛振興政策が実施されている。

○ 畜産開発戦略2020

 増加する牛肉需要を賄うために、政府は2008年に「畜産開発戦略2020」を策定した。この戦略は2020年に向けた全畜種の増産計画であり、肉用牛については、計画策定時点で2020年の飼養頭数が1250万頭(2006年比95%増)と、高い増産目標が示された。

 しかし、施行から5年以上が経過し目標値との乖離が広がり、増頭が困難なことが明らかとなった。このため、政府は2013年ベースで目標値を見直し、2020年の飼養頭数を560万頭、牛肉生産量を32万トンと、より現実的な生産目標に下方修正した(図6)。
図6 畜産開発戦略2020における増産目標
資料:MARD資料
注1:部分肉ベース
注2:2014年以降は目標値
 具体的な生産振興については、地方自治体の予算(裁量)により委ねられており、その内容としては、外国種やゼブー種との交雑割合を高めるための人工授精(AI)の実施や、もと牛導入の補助である。このほか牧草種子の供給や、金融機関からの融資に対する利子補給(注1)などがある。主産地のビンディン省(南中部)は独自に、設備投資に対する補助やAIの実施に係る経費補助、大規模経営に対する土地税の免除、近代的なと畜場や飼料工場の新設、ビンディン産牛肉のブランド化、関係機関の統合など、様々な取り組みを実施している。

(注1)市中金利の年13%に対して、年4%の利子補給

○ 畜産業再編計画

 政府は、2014年に新方針として付加価値向上および持続可能な発展のための畜産業再編計画(以下「畜産業再編計画」という。)を打ち出した。これは、前述の畜産開発戦略を含めたこれまでの関連施策が、単に飼養頭数の増加という量的増加に焦点を当てたものであり、総合的な施策としては不十分であったとの反省から、これまでの施策を補完するものとして設定された。また、同計画の目的は、ASEAN自由貿易協定(AFTA)やTPPを見据え、付加価値の向上によって国際競争力を持つ品質の畜産物生産・輸出を奨励することにある。そのために、国全体での土地集約や効率的な生産・流通組織の形成を促す方策が盛り込まれている。

 畜産業再編計画は、2014〜2020年にかけて実施され、政府は7年間の予算総額を74兆1000億ドン(約3705億円)としている。ただし、このうち公共予算は1割未満であり、残りは民間部門からの投資を見込んでいる。さらに、予算配分に優先順位が決まっており、養豚、家禽、乳用牛、肉用牛の順と、肉用牛の予算は低水準にある。

 肉用牛部門については、中部高原と東南部などに農場(注2)を設立し、生産を集約させるとしている(図7)。これは、生産拠点を人口密度が高い平野部から密度の低い丘陵地、山岳地に徐々に移し、畜産団地を形成させるものである。畜種ごとに振興を図る地域は異なり、MARDは、当該地域は飼料の確保やもと牛の導入面で優位性があるとしている。また、これに合わせて、と畜場の改築や新設を行うこととし、生産から加工・販売までのインテグレーションも推進される予定である。

図7 畜産業再編計画で推進される肉用牛生産地域
資料:ALIC作成

(注2)ここでいう農場とは、企業経営による規模拡大化を目指したものである。

(3)政策の課題

 これまで様々な対策を講じてきたにも関わらず、計画通りに増産が進まない要因としてMARDは、畜産部門の体制の問題を挙げている。全国63の省・中央直轄市のうち、畜産・獣医の専門部署が設置されているのは13省のみである。さらに、畜産に関する専門知識を有する職員も少なく、畜産行政の実務が適切に実施されているとは言い難い。また、中央政府と地方の連携が上手く機能せず、疾病対策や農家指導に影響を与えているという。

 AIの普及についても、授精師不足や凍結精液の保存の問題などあり、農家段階での肉用牛の品種改良が進んでいない。また、支援策の中に利子補給というメニューも用意されているが、零細農家には担保とするものがないため、借入実績もわずかである。

 新たに取り組まれる畜産業再編計画も、予算について民間部門からの投資によるところが大きく、肉用牛部門への予算配分額も少ないため、政策の実現性や効果の発揮にはまだ多くの課題がある。

3.牛肉の輸入と価格動向

 国産牛肉は、前述の通り在来種や交雑種が主体であることから小ぶりな牛が中心であり、肉質は固く、食するには何らかの下ごしらえや味付けが必要である。一方で、最近人気が高まっているのが、国産と同等の価格で購入でき、かつ国産より高品質な輸入牛肉である。

(1)牛肉の輸入状況

 2011年の牛肉輸入量は前年比35.8%増の8132トンとなり、国内需要を反映して概ね増加傾向にある(図8)。主な輸入相手国は豪州、ニュージーランド(NZ)、インド、米国などである(注3)。豪州、NZ、米国産の大部分は、ホテルやレストラン、スーパーマーケットなどに仕向けられるが、インド産は加工向けとなることが多い。
図8 輸入相手先別の牛肉輸入量
資料:GTI社「Global Trade Atlas」
  注:HSコード0201、0202
 ベトナム畜産協会によると、統計には表れないが、このほかラオスやカンボジアからの冷凍牛肉や生体牛が、南西部や中部で流通しているという。

(注3)ベトナムの牛肉輸入量は、輸入先国の貿易統計と比べてかなりの乖離がある。さらに、周辺国からの密輸も横行しているため、輸入量の実体は把握しづらく留意が必要である。

(2)生体牛の輸入状況

 生体牛は、豪州、タイ、ラオス、カンボジアなどから輸入しており、輸入頭数は近年急激に増加している。特に驚異的な伸びを示したのが豪州からであり、2013年には前年の20倍となる6万7000頭を輸入した(図9)。
図9 豪州のベトナム向け生体牛の輸出頭数の推移
資料:豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)
  注:乳牛を含む
 増加の背景には、豪州産生体牛の最大の輸出先であるインドネシアが国内自給率を向上させるため、2012年から2013年前半にかけて生体牛および牛肉の輸入を規制したことがある。一方のベトナムは、インドネシアと異なり輸入頭数や出荷体重などに制限がないことから、インドネシア向けとはならない350〜650キログラムのと畜直行牛を中心に輸入が増加した。ベトナムの潜在的な需要と相まって、特に重量の大きい牛を中心に急激に輸入量を増やした。

 なお、豪州から生体牛を輸入するには、輸出サプライチェーン保証システム(ESCAS)(注4)により、隔離施設やと畜場に関して豪州側が求める基準を満たさなければならない。こうした施設整備に対する初期投資は大きいが、豪州産生体牛は歩留まりが高く利幅も大きいため、これに積極的に対応したことも輸入が急増した一因となっている。なお、生体牛は皮や骨などの副産物の利用により関連産業も潤うため、輸入業者も生体輸入を志向している。

(注4)豪州政府が家畜の保護を目的に2012年に導入したシステム。生体輸入の際に、輸入国はと畜までのアニマルウェルフェアの基準を満たす必要がある。

写真4 豪州産生体牛をと畜するために導入されたスタニング装置
(ホーチミン郊外のと畜場)

 業界関係者によると、ラオスやカンボジア、タイなどから輸入される生体牛は、供給源が限られていることに加え、品質や価格が不安定とされる。他方、豪州から輸入される生体牛は、ラオスやカンボジア、タイなどの牛肉より肉質が柔らかく、味も良いとされ、品質や販売価格も安定している。また、衛生基準の高さも消費者の信頼を得ることにつながっているという。

 豪州産生体牛は、豪州から1週間程度の船旅を経て、ベトナム南北の港に着く。その後、と畜直行牛は、2週間程度の隔離期間を経て国産牛と同様にと畜場で解体される。解体後の輸入牛肉は、大手スーパーマーケットだけでなく、伝統的な市場やレストラン、ホテルなどにも出荷される(図10)。

図10 豪州産生体牛の流通経路
資料:ALIC作成

(3)牛肉の価格動向

 牛肉価格は、国内需要の増加を反映して堅調に推移している。ヒレ肉の小売価格は、2010年頃までは1キログラム当たり15万ドン(750円)前後で変動していたが、それ以降高騰を続け、2014年4月時点のホーチミンでの価格は同28万ドン(1400円)となった(図11)。一方、ベトナム畜産協会によると、ホーチミンでの豪州産牛肉の小売価格は、同14万〜32万ドン(700〜1600円)である。高級部位のヒレ肉は国産より割高であるが、それ以外の部位は国産と同等かそれ以下で販売される。

 また、同協会によると、豪州産生体牛の現地価格は平均して1キログラム当たり1.7米ドル(約177円)で、これに船賃や保険料などを加えると同2.4米ドル(約250円)となり、ベトナムでの生体販売価格は、同5万8000〜7万5000ドン(290〜375円)となる。一方、国産牛の生体販売価格は、同6万ドン(300円)程度とされ、豪州産生体牛の販売収益は、部位によっては国産以上となる。こうしたことから、豪州産生体牛のベトナム国内での需要が高まっている。
図11 牛肉(ヒレ肉)の小売価格の推移
資料:MARD「市場価格情報」
日本の牛肉輸出とベトナム

 日本からのベトナム向け牛肉輸出は、日本国内の口蹄疫の発生を受け、2010年4月30日以降、輸出停止措置がとられた。停止前は同国向けに年間350トン程度を輸出しており、牛肉輸出量のシェアもトップであった(図12)。しかしながら、図8に示した通り、ベトナム側の貿易統計に日本からの牛肉輸入量は表れておらず、ベトナム国内で日本産牛肉が消費されたかどうかは不透明である。

図12 日本産牛肉の輸出量と輸出金額の推移
資料:財務省「貿易統計」
 ベトナムには親日家が多く、これまで日本が工業製品で培ってきた信頼の実績から、食品についても日本製というだけで品質や安全性が高いと認知されている。実際、ハノイの日系スーパーマーケットでは、富裕層が割高な日本製食品を購入する姿が数多く見受けられた。

 今般、輸出再開に向けた手続きが完了し、2014年3月20日にベトナム向け牛肉、豚肉等の輸出が再開された。ベトナムの富裕層は、図1に示した通り約204万人(2.3%、2013年)と推計され、年々着実に増加している。輸出停止となった2010年から4年が経過した現在、ベトナム向けの日本産牛肉が今後どのように消費されるのか注目されている。

4.牛肉供給の今後の見通し

(1)国内生産

 今後の国内生産についてMARDは、肉用牛飼養頭数の大幅な増加を見込んでいない。その理由は、前述の通り採草地や放牧地が減少しており、飼料費の上昇が懸念されるためである。また、飼養頭数の減少によりもと畜費も上昇しており、導入を手控える農家も増えている。表2の通り、もと畜費と飼料費とともに家族労働費が占める割合は高く、今後も非効率な生産を行う零細農家を中心に飼養農家戸数は減少していくと思われる。
表2 肉用牛農家の収益性
(1頭当たり、2010〜2012年平均)
資料:南ベトナム農業科学研究所(IAS)
  注:粗収益および生産費は1年間肥育させた際の金額
 一方、民間ベースでは豪州産生体牛の収益性の高さに着目し、それをビジネスチャンスと捉える動きもある。具体的には、豪州産生体牛を肥育もと牛として導入し、国内で2カ月程度肥育させ、出荷するというものである。南部では飼料用トウモロコシの作付を増加させる計画もあり、今後インドネシアのようなフィードロット経営がベトナムでも出現する可能性がある。
写真5 隔離施設の横で作付される飼料用トウモロコシ(ホーチミン郊外)

(2)豪州産生体牛の輸入

 豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)によると、2014年のベトナム向け生体牛輸出頭数は前年比41%減の4万頭と見込まれる(図13)。同じくマレーシア向けも同40%減の3万頭と見込まれ、これら減少の理由はインドネシアの需要増加によるものとされる。
図13 豪州産生体牛の輸出
資料:MLA
注 1:2013年は推計、2014年は予測
注 2:乳牛を含む
 インドネシア向けは、同国の輸入制度が見直されたことで、生体牛の輸入割当頭数が2013年後半から増加している。MLAは2014年も輸入が増加すると見ており、61万頭(同36%増)と見込んでいる。

 しかし、現地報道によると、2014年のベトナムの需要を満たすためには、最低10万頭の生体牛が必要とされる。さらに、豪州統計局(ABS)によると、2014年1〜3月にかけてベトナム向け生体牛の輸出は、前年を上回るペースで進められ、既に4万4217頭が輸出されている。

 他市場との競争激化によって、豪州産生体牛の供給不足が懸念され、今後の生体価格の上昇が不可避な状況となっている。豪州からの調達が困難になれば、次に考えられるのが周辺国のラオス、カンボジア、タイからの輸入増加である。しかし、最近、タイ政府は食料安全保障の観点から、生体牛の輸出を禁止しており、タイからの調達は困難となっている。インドからの水牛肉の輸入も昨年から倍増しているが、中国の引き合いも強いため、今後の調達は容易でないとみられている。

(3)冷凍牛肉の普及の可能性

 以上のように、供給面は、飼養頭数が減少傾向にある中、海外市場から生体牛の調達も今後は厳しくなると予想される。現在のベトナムの流通事情を考慮すると、今後の牛肉需要を満たすためには、冷凍牛肉の輸入増加が考えられる。ASEAN6カ国の一般家庭の冷蔵庫普及率を見ると、ベトナムは2013年に53.9%となり、インドネシアやフィリピンよりも高く、本数値は全国平均であるため、都市部の普及率はさらに高いと推察される(図14)。また、冷凍庫付のタイプも普及しており、家庭での食肉の長期保存が可能となっている。こうしたことから、ベトナムの都市部ではスーパーマーケットなどで食肉がまとめ買いされるケースも増えている。ただし、冷凍肉は家庭で調理される際、自然解凍が一般的であり、解凍に時間を要するため、生鮮肉のほうが好まれている。今後、電子レンジなどの調理器具が家庭に普及すれば、冷凍牛肉の消費市場のさらなる拡大も期待される。
図14 ASEAN6カ国の一般家庭における冷蔵庫普及率の推移
資料:Euromonitor International
  注:冷凍庫付のものを含む

おわりに

 ベトナムでは、政府が進める市場開放によって、国内の肉用牛生産は減少している。今後、大規模な予算を投入した大胆な構造改革が行われない限り、劇的な回復は困難と見込まれている。このため、多くの関係者は、今後の輸入牛肉の増加は不可避との認識を示している。

 ここで、懸念されるのは、周辺国から冷凍牛肉や生体牛の密輸が絶えないことである。MARDによると、人員配置に限りがあるためその取り締まりは困難であり、それ故、国内の疾病コントロールもなかなかできないとしている。

 こうした国境での検疫措置の強化や、食肉流通に関する統計精度の改善などの課題もあるため、国内の牛肉出回り量を正確に推計することは困難である。しかし、消費に関しては、国民が裕福になり、より高品質な牛肉が求められるようになってきたのは間違いない。

 ベトナムの牛肉消費の増加は、まだ緒に就いたばかりだが、消費市場の潜在性は大きいと思われる。ひとたび消費が急拡大し、冷凍を含めた輸入牛肉需要が高まれば、国際需給にも影響してくる可能性がある。

 
元のページに戻る