海外情報  畜産の情報 2015年6月号

豪州の生体牛輸出の現状と今後の見通し

調査情報部 伊藤 久美(現 公益社団法人中央畜産会 経営支援部(情報))


【要約】

 東南アジアの需要増加を背景として発展してきた豪州の生体牛輸出産業は、近年、インドネシアの禁輸措置などの影響を受けて、輸出業者サプライチェーン保証システム(ESCAS)を導入するなどの変化が見られた。2014年は、インドネシアや新たな市場のベトナム向けなどが強い引合いを見せ、豪州産生体牛輸出頭数は過去最高記録を更新し、今後も海外からの需要は堅調に維持するとみられる。生体輸出用の肉牛主要供給地域である豪州北部準州では、過去20年間において肉牛生産頭数を増やしてきており、今後10年も増頭は続くとの見方がある一方で、肉牛の生産性向上が課題となっている。

1 はじめに

 米国農務省(USDA)の統計によると、2013年の世界の生体牛輸出頭数は465万2000頭であり、メキシコ、カナダ、豪州の順となっている(図1)。メキシコやカナダの生体牛の仕向け先は、9割以上が従来からの牛肉消費大国の米国である一方、豪州やブラジル、EUの仕向け先は、東南アジアや中東、北アフリカなど新たな牛肉市場となっている。東南アジアなどでは、近年の経済成長や所得の向上、都市化の進展に伴って伸びる牛肉消費に国内供給が追いつかないことから、需要を満たすためには海外からの輸入で補う必要がある。輸入形態としては、牛肉と生体の二通りがあるが、都市部を除いて冷蔵や冷凍での物流が未発達で、ウェットマーケットと呼ばれる伝統的市場での流通がいまだ主流であることに加え、フィードロットやと畜施設など国内産業の保護という観点からも、生体による輸入が多く行われている。これらの地域では今後牛肉消費の拡大が見込まれることから、生体牛輸入はますます活発化していくと想定される。

図1 国別生体牛輸出頭数(2013年)
資料:USDA

 一方、豪州の牛肉産業に目を向けると、2014年には、肉牛主産地で干ばつが長期化したことによると畜の増加と、海外市場からの堅調な牛肉需要により、牛肉輸出量が3年連続で過去最高となった。また、生体牛の輸出頭数についても、アジアを中心として引き合いが強まり、2014年には過去最高を更新したのである。

 今後、豪州では、これまで干ばつによる影響により、肉牛飼養頭数の減少が見込まれている。加えて、干ばつの回復に伴って牛群再構築が開始されれば、一時的に牛肉生産量が減少し、牛肉輸出は大きく落ち込むものとみられている。こうした中、海外市場からの堅調な生体牛需要は今後も続くとみられており、生体牛輸出が牛肉生産や牛肉輸出に与える影響は大きくなるものと推察される。

 そこで本稿では、生体牛主要輸出地域である北部準州を中心に行った調査を基に、生体牛輸出の現状と今後の見通しについて報告する。

 なお、為替レートについては、1豪ドル=97円(2015年4月末日TTS相場:97.43円)を使用した。

2 生体牛輸出の概要

(1)生体牛輸出の位置付け

 近年、豪州の牛総飼養頭数は2700万頭から2900万頭程度で推移し、毎年900万頭程度が国内のと畜場に出荷され、100万頭程度が生体で輸出されている(図2)。と畜頭数は気象条件の影響を強く受けて増減するのに対し、生体輸出頭数は、輸出相手先側の事情によって変動してきた。

 生体牛輸出頭数が全出荷頭数に占める割合は2013年に7%と、肉牛産業全体から見ると大きな位置付けにはなく、クイーンズランド(QLD)州南部以南の地域においては、国内消費や牛肉輸出に次ぐ副次的な位置づけである。しかし、生体牛輸出の74%は北部準州(ノーザンテリトリー:NT)、QLD州および西オーストラリア(WA)州の北部沿岸部から内陸部にかけての地域(以下、「北部」という。)の輸出港から行われていることにもみられるように、と畜場への出荷が困難な北部地域においては、生体牛輸出は重要な位置を占めている(図3)。

図2 牛総飼養頭数および形態別牛出荷頭数の推移
資料:豪州農業資源経済科学局(ABARES)(牛総飼養頭数、と畜頭数)、豪州食肉家畜
    生産者事業団(MLA)(生体輸出頭数)
注1:牛総飼養頭数は各年6月末時点で、乳牛を含む。 
  2:国内と畜頭数には子牛含む。
図3 牛および牛肉の流通動向(2013年)
資料:ABARES
注1:生体牛輸出には乳牛を含む。また、国内と畜には子牛を含む。
  2:南部の食肉処理加工場とはNSW州およびVIC州、TAS州、SA州、WA州、北部の
    食肉処理加工場とはQLD州に位置するもの
  3:南部輸出港とはQLD州ブリスベン港以南からWA州ジェラルトン港以南にかけての
    地域に位置する港を指し、北部輸出港とはそれ以外を指す

(2)主要輸出市場

 豪州の生体牛輸出産業は、90年代にフィリピンやインドネシアなど東南アジア市場でのフィードロット産業の拡大による肥育もと牛需要の急増に伴って発展した。近年、東南アジア向けは、豪州の生体牛輸出の7〜8割を占め、豪州の生体牛輸出産業にとって重要な市場となっている。

 国別では、インドネシアが最大の輸出先であり、特に2000年以降は、同国向けの動向が生体牛輸出頭数全体に大きな影響を及ぼすようになっている。同国向け輸出の最高を記録した2009年には、全輸出頭数の8割を占めた。また、2013年以降はベトナム市場の拡大が目立っている(図4)。

図4 国別輸出頭数の長期的推移
資料:MLA
  注:乳牛を含む。

 東南アジア市場へ輸出される生体牛は、熱帯種および熱帯種と温帯種の交雑種が主体で、インドネシア向けは、肥育もと牛(350キログラム以下)、他市場向けは、と畜場直行牛(420キログラム程度)がその大半を占めている。

 また、生体牛輸出頭数の1割程度を占める乳牛の主要輸出市場は、中国やロシアであり、2009年以降は、その過半数が中国向けとなっている(図5)。

図5 乳牛の輸出頭数の推移
資料:MLA

(3)輸出向け生体牛の主要供給地域

 豪州の牛および牛肉の主産地はQLD州で、同州は国内最大の牛肉輸出地域でもある。大消費地シドニーを擁するニューサウスウェールズ(NSW)州や酪農・乳業が盛んなビクトリア(VIC)州も、牛肉の主要供給地となっている(図6)。

図6 牛飼養頭数と牛と畜頭数の州別シェア
資料:ABARES、ABSを基に機構作成
注1:牛飼養頭数は2013年6月末時点。牛と畜頭数は2014年。
  2:牛飼養頭数には乳牛を含む。牛と畜頭数には子牛含む。

 一方、生体輸出用の肉牛の主要供給地域は北部となっており、生産された肉牛は、ダーウィン(NT)やタウンズビル(QLD州)、ブルーム(WA州)の港から東南アジア市場に向けて輸出されている(図7、図8)。近年、北部では、稼働していると畜場が実質的に存在せず、生体牛輸出市場に向けた肉牛生産が主体となっており、生体牛輸出の鍵となるのは、NTを中心とする北部における肉牛の生産動向である。

図7 港別生体牛輸出頭数と輸出シェア(2014年)
資料:MLA
  注:暫定値
図8 生体輸出港と主な仕向け先
資料:機構作成

(4)生体輸出地域における肉牛生産

 北部で生体牛輸出が盛んな理由として、と畜場がないことを前段で挙げたが、その他には、飼養品種が熱帯種であることや、土地が痩せ、国内向けの肥育牛や肥育もと牛を供給するだけの牧草資源に乏しいことなども、その理由となっている。

 同地域で飼養される牛は、雨季である夏の酷暑と高い湿度に耐え、かつ熱帯地域特有のマダニへの耐性を持たなければならない。また広大な土地で飼養されるため、水や牧草にアクセスするための、足腰の強さも必要となる。従って、ブラーマンやサンタガートルーディスなどの熱帯種や、それらと温帯種との交雑が飼養されている。熱帯種は、南部で飼養される英国や欧州原産の温帯種と比べて格段に肉質が劣り、国内市場や日本など、従来からの牛肉輸出市場では好まれないため、遠く離れたと畜場に高い輸送費をかけて出荷しても、肉牛の販売価格が安く、採算がとれない。一方、生体牛の主要輸出先である東南アジアでは、現地の気候や食習慣に適した熱帯種が好まれる。

写真:ダーウィンの輸出ヤード(輸出前の衛生検査などを受けるための
施設)で待機中の熱帯種(2015年2月撮影)

 北部の熱帯地域では、雨季(春〜夏〜秋)と乾季(秋〜冬〜春)に分かれ、雨季には放牧地や道路の冠水により牛の集荷・選別作業や輸送が困難となるため、生体牛輸出に向けた出荷は、毎年、乾季に入る5月頃から年内にかけて行われる。その時期に、生体重が280〜350キログラムの牛がインドネシア向け肥育もと牛用に選別される。他市場向けは、インドネシア向けの規格(体重)に合致しなかった牛が、翌シーズンまで農場で保留され、420キログラム程度でインドネシア以外の市場向けと畜場直行牛用として輸出されている。

 牧草資源に乏しく、放牧地の利用性に劣る北部の肉牛生産者は、回転率向上による収益増加のため、早期出荷が可能なインドネシア向けを第一のターゲットとしている。また、肉牛販売価格が、他市場向けと比べて1キログラム当たり0.20〜0.30豪ドル高いことも、同国への輸出インセンティブとなっている。

北部準州(NT)の肉牛生産

肉牛生産の概要

 NTには、224のキャトルステーション(大規模農場)があり、その総面積は州の面積の46%に及び、年間50万頭の肉牛が国内および海外に出荷されている。

 北部沿岸部がモンスーン気候、内陸部が砂漠気候と、同州内でも気候が異なることから、肉牛生産は、飼養品種や仕向け先の異なる3つの地域((1)Top End・Katherine地域、(2)Barkly地域、(3)Central地域)に区分できる(図1)。
図1 NTの肉牛生産
資料:聞き取りにより機構作成

 生体輸出向けの肉牛生産が主に行われているのが(1)Top End・Katherine地域で、年間30万頭ほどが出荷されている。年間降水量1000〜1700ミリメートルと、雨季(夏)には激しい雨が降り、マダニやバッファローフライ(ハエの一種)が伝播する病気の発生も多くみられ、肉牛生産には人手を要するため、州内では比較的規模の小さいキャトルステーションで熱帯種が飼養されている。

 QLD州と接する(2)Barkly地域には、肉牛生産最大手AACo社やNAPCO社など、企業経営による大規模なキャトルステーションが多く存在する。これらの農場では熱帯種と温帯種のF1や、多元交配種(Composite;交雑種同士の交配などにより生産。1例としてセネポール×シャロレー×サンタガートルーディスなど)を中心に、肉牛が生産されている。これらの一部は生体牛輸出市場に仕向けられるものの、大半がQLD州南部にあるフィードロットに肥育もと牛として出荷され、国内でと畜されている。

 一方、内陸の砂漠地帯にある(3)Central地域は、夏は高温、冬は低温となり、牧草量は少なく飲料水の確保も課題となるが、その乾燥した気候から肉質の良い英国品種などの飼養が可能である。また、北部の他地域よりも、と畜場へのアクセスが容易であることから、国内のと畜場が出荷先となっている。

Top End・Katherine地域での肉牛生産事例

 今年2月、Top End・Katherine地域で生体輸出向けの肉牛を生産する生産者を訪問した。この生産者は、兄弟2人で3つのキャトルステーション(Finniss Riverステーション;2万ヘクタール、West Elseyステーション;7万ヘクタール、最も内陸のMurranjiステーション;43万ヘクタール)を経営している。雨季であった訪問時は、内陸のステーションへのアクセスが困難であったため、ダーウィンから130キロメートル、車で1時間半ほどの距離にあるFinnis Riverステーションを訪問した。

 3つのステーションは役割が異なっており、West ElseyとMurranjiで繁殖を行い、毎年9月頃、翌年5月以降に出荷が可能と見込まれる牛を選別し、Finniss Riverに移して仕上げを行っている(図2)。
図2 肉牛生産・出荷までの流れ
資料:聞き取りにより機構作成

 生体重350キログラムの肉牛をインドネシア向けに出荷した場合、1頭当たり販売価格は700豪ドル(7万円)程度である。一方、1頭当たり生産費(輸送費、投薬費、肉牛の販売を仲介するエージェントへの販売手数料など)が600豪ドル程度かかる上に、牛流行熱(Three day sickness)の発生、野犬や野生豚(Wild pig)への注意が必要であり、北部沿岸部での肉牛生産は決して楽なものではない。このため、生産効率を可能な限り高め、事故牛を出さずに販売頭数を増やすことが重要である。

 Finniss Riverが立地する地域の年間降雨量は1800ミリメートルで、土地の大半が雨季に冠水する氾濫原(Flood Plain)となっている。洪水により土壌水分と栄養分が補給されるため、州内では比較的肥沃な土壌を有し、改良草地と野草地での豊富な飼料により仕上げを行うことが可能である。
写真:「Strickland Finger Grass(熱帯地域原産の牧草)」の
改良草地。現在、生体輸出向けの肉牛販売価格が上昇して
いるため、草地改良のため肥料を投与。牧草の生育は良好。

 このため、Finnis Riverでは、北部の中では豊富な牧草を活かして、肉牛を定期的に牧区間に移動させる輪換放牧を行っている。昨シーズンまで1牧区10ヘクタールの牧区に600頭を飼養して、2日で移動させていたが、今シーズンは、反すう・消化に不可欠な休息時間を十分にとって10ヘクタール当たり400頭として3日ごとの移動を試験的に行っている。

 2015年の出荷予定頭数は2000頭程度であるが、2年前に経営を開始したMurranjiでの生産拡大により、今後、2016年に3200頭、2017年には4300頭まで増加させる予定である。
写真左:腹についているのがハエの一種であるバッファローフライ。
雨の後、大量に発生する。吸血によるストレス・痛みで食欲不振や
表皮の損傷が生じ、経済的損失につながってしまう。
写真右:右耳についているのがバッファローフライ除けの「フライタグ」。
1個当たり4豪ドル(388円)。

3 インドネシア向けの生体牛禁輸措置とその影響

(1)インドネシア向けの禁輸措置

 インドネシア向け生体牛輸出の動向を見ると、2009年の約77万頭を境に右肩下がりとなり、2012年には2009年の4割以下まで減少した(図4)。この背景にあったのは、インドネシア政府による牛肉自給率向上プログラムの開始に伴う輸入規制(輸入許可頭数の制限、生体重350キログラム以下の体重制限など)および、インドネシア国内のアニマルウェルフェア問題に端を発した、豪州政府による2011年の同国向け生体牛輸出の禁輸措置である。

 特に、後者は、北部の肉牛産業に大きな打撃を与えた。禁輸措置がとられたのは6月からの一カ月間であったものの、豪州政府は、輸出解禁にあたって、輸出先の施設について国際獣疫事務局(OIE)の定めるアニマルウェルフェア基準を満たしていることを条件に付したことから、輸出再開後もインドネシア向け輸出頭数は伸び悩んだ。インドネシア向けに出荷ができなくなった肉牛は翌シーズンまで保留され、と畜場直行牛として出荷されたため、2012年にはマレーシアおよびフィリピン向けの輸出頭数が大きく伸びた。

(2)輸出業者サプライチェーン保証システム(ESCAS)の導入

 インドネシアにおける豪州産生体牛のアニマルウェルフェア問題に対処するため、豪州政府は2011年7月、輸出業者サプライチェーン保証システム(Exporter Supply Chain Assurance System;ESCAS)を導入した。

 表1のとおり、ESCASは、肥育用およびと畜場直行用の生体家畜を輸出する際に、輸入国側での肥育場からと畜場に至るまでの、豪州産家畜のアニマルウェルフェアやトレーサビリティなどに係る透明性確保と説明責任を、輸出業者に対して要求するシステムであり、大きく4つの柱で構成されている(表1)。なお、豪州国内の農場から輸出相手国への到着までについては、2004年に導入された豪州生体家畜輸出基準(Australian Standards for the Export of Livestock;ASEL)によってカバーされている。

 ESCASの導入は、2011年7月のインドネシア向けを皮切りに、2012年12月までに、日本を含む肥育もと牛およびと畜場直行牛の全輸出先に対して行われた。輸出業者および輸入業者、フィードロットやと畜場は、ESCASに対応するための施設整備、従事者の訓練など、ハード・ソフト両面で莫大な投資が必要となり、豪州政府の推計によると、ESCAS導入時の輸出業者の負担は50万豪ドル(4850万円)、また、生体牛の輸出コストは、1頭当たり8〜45豪ドル(776〜4365円)上昇している。

 豪州政府は、これらを支援するために、2011/12年度(7月〜翌6月)からの2カ年で500万豪ドル(4億8500万円)の資金を投入しているが、日本や中東などの一部市場では、2012年以降にESCAS導入が要因と考えられる輸出の減少がみられた。一方、東南アジア向けはその後も頭数を伸ばしており、ESCASによる影響は特にない。

表1 ESCASによる保証内容
資料:DAFFより機構作成

(3)NTにおけると畜場の開設

 2011年にインドネシア向けの出荷が困難となった際、その代替として、国内のフィードロットに肥育もと牛として出荷するという選択肢もあった。実際、フィードロットに仕向けられたこれらの牛は、2012年以降、主にQLD州でと畜されたと見られる。国内の肉牛販売価格は、干ばつに伴うと畜頭数増加により2012年から2013年前半にかけて下落した(図9)が、2011年の禁輸措置も下落要因の一つとなったと考えられている。

 ただし、国内向けに出荷する場合、輸送費が1頭当たり150〜250豪ドル(1万4550〜2万4250円)掛かる上、国内では熱帯種が好まれないことから、生体牛輸出向けとする場合に比べて販売価格は1キログラム当たり0.50豪ドル(350キログラムで出荷した場合、1頭当たり175豪ドル(1万6975円))低かったとの報告もある。こうしたことから、国内フィードロットに出荷できたのは、企業などの大規模経営にほぼ限られていたものとみられ、北部の生産者の大半は輸出市場と国内市場のいずれにも出荷できず大きな経済損失を被った。と畜場が存在しない北部では、かねてより経産老廃牛の出荷先が問題となっていたが、禁輸措置によって受けた被害がきっかけとなり、QLD州やNTを拠点とする肉牛生産最大手AACo社は、ダーウィンから50キロメートル南に位置するLivingstone Valleyに輸出向けと畜場建設を決定した。と畜場は2014年10月より自社農場の肉牛のと畜を試験的に開始し、2015年2月に正式に開設した。AACo社は、同と畜場では、北部の経産牛を中心にと畜する一方、インドネシア向けとなる若齢去勢牛(Feeder steer)は基本的に扱わず、生体牛輸出とは競合しないとしている。と畜場開設により北部生産者の選択肢拡大とアニマルフェア向上が期待される他、雌牛の効率的な更新が可能となることで、生産性の向上につながるとの見方もある。

 なお、AACo社によると現在は1日1シフトで500頭程度をと畜し、年間では11万頭程度になるとみているが、軌道に乗れば年間22万頭のと畜頭数まで拡大するとのことである。また、地理的優位性があることから、需要が伸びるアジア市場で、インド産やブラジル産に対抗する安価な熱帯種の牛肉供給地となることが期待されている。

図9 と畜場における肉牛販売価格の推移
資料:MLA
  注:QLD州肥育牛価格はHeavy steer(枝肉重量300〜420キログラム)、NSW州
    若齢牛価格はTrade Steer(枝肉重量220〜260キログラム)

4 生体牛輸出の現状と今後の見通し

(1)生体牛輸出の現状

 2014年の生体牛輸出頭数は、これまでの記録(95万4100頭、2009年)を大きく上回る129万3700頭となった(図4)。これに貢献したのが、インドネシア向け(73万頭)、ベトナム向け(18万1000頭)、中国向け(11万8000頭)などの増加である(図10)。

図10 輸出先別輸出頭数の推移
資料:MLA
  注:暫定値

 2013年後半以降はインドネシアの輸入規制が緩和されたことから、2014年には前年を6割上回る増加を見せた。

 一方、2013年以降、急増するベトナム向けの背景にあるのは、同国内の経済発展に伴う牛肉需要の増加と、東南アジア域内からの生体牛調達の減少である。在来牛の飼養頭数が減少するベトナムでは、これまで国内供給の不足分を補うために、タイやカンボジア、ラオスから生体牛を導入してきた。しかしながら、近年の中国での牛肉需要の拡大により、中国に向けてこれら東南アジア域内の生体牛が出荷されるようになったことから、ベトナムは新たな調達先として豪州に生体牛を求めたのである。

 一方、従来、乳牛の輸出が主流であった中国向けの2014年の生体牛輸出頭数を見ると、乳牛が前年の約1.5倍に増加する一方、肉牛も前年の約6倍となり、全体の3割を占めるまでになった(図11)。現地報道では、これはアンガスやヘレフォードの繁殖雌牛とされている。

図11 中国向け生体牛輸出頭数の推移
資料:MLA
  注:肉牛は全輸出頭数から乳牛を除いたもの。

 2014年に、こうした海外市場からの強い豪州産生体牛の引合いに対応できた背景には、QLD州およびNSW州北部の干ばつや南オーストラリア(SA)州などでの高温乾燥があった。

 QLD州やNSW州北部のと畜場では、生産者が長引く干ばつによる放牧環境の悪化から牛群を維持しきれず、と畜場への出荷を急ぎ、2014年に入ってからは、と畜場の予約が6週間先まで埋まっている状況にあった。こうした中、生体牛輸出向けの肉牛取引価格は、市場からの強い引合いにより、堅調に推移していたため、QLD州では、国内への牛肉出荷から生体輸出への切り替えが多くみられたという。2014年の輸出港別の生体牛輸出頭数を見ると、QLD州東沿岸中央部に位置するタウンズビル港からの出荷が増加している(図12)。

 また、インドネシアやベトナムなど東南アジア向けは、北部由来の肉牛だけでは不足したため、NTやWA州に拠点を置く輸出業者はこれを補うために、南オーストラリア(SA)州やWA州南部から、アンガスやヘレフォードなどの温帯種を手当てしたとのことである。

図12 輸出港別生体牛輸出頭数の推移
資料:MLA
  注:暫定値

(2)豪州政府による生体牛輸出拡大への支援

 豪州政府は、生産者や業界を支援するため、市場アクセスの獲得や改善に精力的に取り組んでいる。2014年には、5カ国が生体牛の新たな市場に加わり(表2)、同年以降、エジプトやタイ向けに生体牛が輸出されている。

表2 生体牛輸出にかかる市場アクセスの改善状況
資料:DAFF

 また、中国向けの生体牛輸出については、北部に常在するブルータングウイルスへの中国側の懸念により、南部に限られているが、現在、両国政府は、肥育もと牛やと畜場直行牛について、北部からの輸出が可能となるよう衛生条件の見直しに向けた協議を行っている。

(3)今後の見通し

 豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)は今年4月、2月に公表した2015年の需給見通しの期中改訂版を公表した。これによると、生体牛輸出頭数は、2月の見通しの85万頭から99万頭に上方修正されている。2月の見通しは、(1)干ばつの収束に伴う牛群再構築により牛の供給頭数が大きく落ち込み、これが生体牛輸出にも波及すること、また、(2)インドネシアが、2014年の政権交代によって2015年第1四半期(1〜3月)から再び輸入規制を強化し、第1四半期の生体牛の輸入許可頭数を約10万頭に削減したこと、を織り込んだものであった。しかしながら、2015年の2月までの輸出頭数は、ベトナム向けが前年同期比2.3倍と好調なことから前年同期を6万頭上回る19万1000頭となった。豪州生体牛の引合いはますます強まっており、4月見通しの上方修正には、こうした状況が反映されている。

 豪州生体牛への需要の高さは、堅調な肉牛販売価格にも表れている(図13)。現在、ダーウィン港における肉牛販売価格は、1キログラム当たり270豪セント(262円)と過去最高水準で推移している。インドネシアが第2四半期に輸入許可頭数を20万頭に引き上げたこと、これから本格的な生体輸出シーズンを迎えることを考慮すると、旺盛な需要が肉牛価格を下支えする状況は当面続くとみられる。

図13 生体輸出向け肉牛販売価格の推移
資料:MLA
  注:ダーウィンにおける若齢去勢牛価格(260〜360キログラム、生体重ベース)

 長期的な視点で見ても、豪州の生体牛輸出は、インドネシアの動向に最も影響を受けるという状況には変わりはない。しかしながら、ベトナムなど東南アジアでは、近年、中国向け出荷の増加に伴い在来牛不足が生じている。中国の牛肉消費が伸び続ける限り、今後も東南アジアでは肉牛不足が生じ、豪州の生体牛に対する堅調な需要につながると考えられる。

 一方、前述の、肥育もと牛およびと畜場直行牛の輸出に係る衛生条件の見直しに向けた中国政府との交渉は、ここ1年の間に加速している。これが合意に達すれば、中国は豪州にとって生体牛の輸出市場としても重要な市場の一つになるとされている。

(4)北部における肉牛生産の可能性

 生体輸出市場への肉牛の安定供給の鍵となる北部の肉牛生産について、NT政府は、過去20年間の飼養頭数の伸びをふまえ、今後10年間でNTの牛飼養頭数が、現在の220万頭から300万頭まで増加すると見込んでいる。他州と比べて降雨の多いNTでは、過去、干ばつの影響をほとんど受けることなく、飼養頭数を順調に伸ばし、過去20年間における飼養頭数の増加率は年率3%以上となっており、この実績に基づき10年後の頭数が算出されている(図14)。

図14 州別飼養頭数の推移
資料:ABARES

 NT政府は、増頭達成を確実なものとするために必要な事項として、以下を挙げている。

(1) 野草地のより集約的な利用:水へのアクセス改善や既存のキャトルステーションの細分化により土地の効率的利用を進める他、飼養環境の異なる各々のキャトルステーションで持続的な生産が可能となる飼養頭数を生産者に対し指導

(2) 改良草地やかんがい地の戦略的利用:10〜12月の最も乾燥の厳しい時期に改良草地や州内では数少ないかんがい地を利用することで、牛の飼料環境を改善

(3) 飼養段階に合った土地利用:繁殖は条件の悪い土地、育成・肥育は条件の良い土地を利用

(4) 残さや副産物の利用促進:州内北部での農作物生産を増加させ、副産物などを補助飼料として利用

 現在、NT政府は飼養頭数拡大に向けて、水の供給施設の整備やキャトルステーションのインフラ改善、各々の環境下で持続可能な飼養頭数の調査、牧草栽培やかんがいによる飼料作物生産の研究などを進めている。

 一方、業界団体は、NTの生体牛輸出の拡大の鍵となる、農家サイドの供給力の課題として、肉牛の生産性の低さを挙げている。NTは他州と比べて放牧環境が劣ることから出生率が低く、離乳まで生き残る頭数も、経産牛100頭に対して60頭程度と、他州の80頭程度と比べると極めて少ない。肉牛の生産性向上には飼料アクセスの改善が重要であり、NT政府の対策に期待が持たれている。

5 おわりに

 豪州の生体牛輸出は、牛肉生産・輸出に比べると小さな産業であり、かつ二次的な位置づけであった。しかしながら、2011年のインドネシア向け生体牛の禁輸措置は、国内のと畜頭数増加と肉牛価格の下落につながり、牛肉生産および輸出にも間接的に影響を及ぼすことが明らかとなった。現在は、海外からの高い需要が、国内と畜向け、生体輸出向け双方の肉牛価格を押し上げている状況にある。特に、牛肉の新たな市場として存在を高める中国は、東南アジア域内での肉牛不足にも影響を及ぼしており、間接的に豪州の生体牛輸出産業にも影響を及ぼし始めている。中国での高まる牛肉需要を背景に東南アジアでの生体牛需要は当面縮小するとは思えないことから、堅調な引合いは続くと考えられる。こうした状況下で今後、豪州国内のと畜頭数が減少すれば、肉牛価格はさらに上昇し、牛肉輸出価格にも反映されるとみられる。このことは、豪州から多くの牛肉を輸入するわが国の需給にも影響を与えるものとなるであろう。

 豪州の牛肉生産・輸出に影響を与える要素の一つとして、今後も、生体牛輸出の動向に引き続き注目していくことが必要である。


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