調査レポート 

豪州の加工原料乳価格支持政策の変遷と新制度

シドニ−駐在員 鈴木 念、 石橋 隆



 豪州の酪農産業は、 世界的にみても生産コストが低く、 競争力が強いことから、 

国からの支援は皆無であるかのように感じている人が多いかも知れない。 だが、 

飲用乳に対しては州政府が乳価を行政的に設定する一方、 加工原料乳に対しては

市場支持交付金制度によって価格支持が行われるなど、 行政府の政策が深く関与

してきた。 

 しかし、 一昨年のガット・ウルグアイ・ラウンド (UR) 交渉で、 輸出向け乳製

品に係る市場支持交付金制度が実質的な輸出補助金とみなされたため、 連邦政府

は95年7月からこれを廃止し、 新制度を導入した。 

 この新制度は、 従来の市場支持交付金制度を廃止する一方、 それによって生ず

る加工原料乳生産者の収入減を所得補償制度を導入することによって補うもので

ある。 結局、 酪農産業界からの強い要請もあり、 産業の持続的発展と国際市場で

の競争力を保持する観点から、 抜本的な改革は見送られた。 

 今回は、 豪州の酪農産業の現況に触れるとともに、 豪州において実施されてき

た加工原料乳の価格支持政策とこの新制度について紹介することとしたい。 



1 最近の酪農産業の動向等

 本題の加工原料乳の価格支持政策と新制度を紹介する前に、 最近の酪農産業の 動向と豪州酪農の特徴について、 簡単に説明することとしたい。 (1) 生乳生産の概況  94/95年度の生乳生産量は、 対前年比1. 6%増の82億リットルと過去最高を記 録した。 その用途別内訳をみると、 飲用向けが全体の23%、 加工向けが残りの77 %を占めている。  生産量はここ4年間で28%も増加したが、 特に加工向け数量が36%増と大きな 伸びを示しており、 年々そのシェアが拡大する傾向にある。 また、 加工向けのう ち輸出用が約55%、 国内消費用が約45%を占めているが、 乳製品の国内消費量が ほぼ横ばい状況であることから、 加工向け数量の増加分はほとんど輸出に向けら れたと考えられる。  このように、 最近の豪州酪農は国内消費よりむしろ、 乳製品の輸出拡大によっ て生産を伸ばしているといえる。
◇グラフ:生乳生産の推移◇
 また、 州別の生産量は、 圧倒的な生産シェアを有するビクトリア州と、 これに 次ぐニューサウスウェールズ州で全生産量の75%以上を占めている。 しかし、 用 途別でみると両州の性格は、 大きく異なっている。 つまり、 ニューサウスウェー ルズ州は飲用向け生産を主体としているのに対し、 ビクトリア州は加工向け生産 を主体としている点である。 このことは、 飲用乳と加工原料乳を個別管理するこ とによって生ずる問題が、 両州の利害関係に結び付く構図であることを意味して いる。 (日本の酪農に置き換えれば、 ビクトリア州が北海道に、 ニューサウスウェ ールズ州が内地に該当する。)
◇グラフ:州別の生乳生産量◇
(2) 飲用乳価と加工原料乳価  豪州の生産者乳価は、 日本と同様、 飲用乳価と加工原料乳価の二元価格制とな っており、 それぞれ価格支持政策の恩恵を受けている。  一般に飲用乳価は加工原料乳価の1. 6〜2. 4倍程度で、 その格差は乳製品の国 際市況などによって変化する。 なお、 飲用向けは州政府が、 また、 加工原料向け は連邦政府が所管しており、 その仕組みも二元的に管理されている。  飲用乳に関しては本題の主旨でないが、 両者は密接に関連しており、 それぞれ の乳価形成のメカニズムについて簡単に説明しておきたい。  表1 生産者乳価の推移          (単位:セント/リットル)  ─────────────────────────────────   仕向先    1985/86  89/90  90/91 91/92 92/93 93/94  ───────────────────────────────── (1)飲用乳価    32.8 39.7 40.9 43.2 43.5 46.2 (2)加工乳価    14.7 24.4 21.3 24.1 22.5 21.1  ───────────────────────────────── 比率((1)/(2)) 2.23倍 1.63 1.92 1.79 1.93 2.19  ─────────────────────────────────  ────────────────────── 仕向先 94/95  95/96  99/2000  ────────────────────── (1)飲用乳価 47.8 49.6 49.3 (2)加工乳価 20.2 23.7 28.4  ────────────────────── 比率((1)/(2)) 2.37 2.09 1.74  ────────────────────── 資料:ABARE「Agriculture & Resources」95.9 (注) 94/95年度は暫定値、95/96、99/2000年度は見込値 1) 飲用乳価  飲用乳価は各州政府の酪農庁が管轄しており、 毎年度、 生産費補償方式によっ て行政的に設定され、 生産費や物価水準などに応じて確実に上昇している。 飲用 乳は年間を通して安定的に供給する必要があるので、 酪農庁は、 酪農家毎に生産 枠を割当てるとともに乳価保証や冬季生産奨励などによって必要量を確保する政 策を行っている。  このように、 飲用乳の生産に関しては、 州政府による価格支持と生産管理が大 きな役割を果たしている。  また、 これまで州間の飲用乳の移動や各流通段階における取引価格などの規制 が行われてきたが、 今後それらの規制の多くが撤廃されることとなっている。 2) 加工原料乳価  加工原料乳価は、 国内及び輸出市場の乳製品価格、 製造コストなどを基に乳業 メーカーと生産者の間で決定される。 加工原料乳価は、 輸出向け乳製品に係る市 場支持交付金制度の恩恵を受けていたとはいえ、 不安定な乳製品の国際市況を反 映し、 飲用乳価ほど安定した動きとはなっていなかった。  例えば、 昨年半ばまで、 EUから高レベルの補助金付き輸出によって国際価格が 低迷したため、 加工原料乳価は低落し、 94/ 95年度の飲用乳価との格差は2. 37 倍まで拡大した。 しかし、 昨年後半以降、 EUが再三輸出補助金を削減したことや アジア諸国を中心とした需要増大に伴って、 国際価格は回復基調に転じ、 さらに、 今後も好調な乳製品需要に支えられて、 引き続き順調に推移すると見込まれるこ とから、 99/2000年度の加工原料乳価は、 94/95年度より約40%上昇し、 飲用乳 価との格差も1. 74倍に縮小すると予想されている。

2 加工原料乳の価格支持政策の変遷 

   現行の加工原料乳の価格支持政策の基本は、 86年に制定された 「酪農品法」 (Dairy Product Act) によって体系化された。 それ以前は、 国の財源によって価 格支持が行われていたが、 80年代に乳製品の国際価格が低落し、 財政負担が増大 すると国民からの非難が高まり、 継続が困難となったため、 当時のケリン第一次 産業大臣が、 この法律に基づき政策の抜本的な改革に乗り出し、 具体化した。 こ のため、 この改革は総称して 「ケリン・プラン」 と呼ばれている。 (1) ケリン・プラン  このケリン・プランは、 業界主導の産業育成を図り、 行政府の関与を極力少な くすることを目的とした。 つまり、 酪農産業の生産性向上を図り、 国際競争力を 高めることによって価格支持水準を段階的に引き下げ、 最終的には国内価格と国 際価格を同水準にすることであった。  このプランによって、 加工原料乳の価格支持政策に対する国からの財政支援は 廃止され (後述の輸出価格下支え制度を除く。)、 新たな財源として、 酪農家自ら がその費用を負担する生乳課徴金制度が導入された。 この改革は、 価格支持の財 源を従来の国の負担から酪農家自身の負担に切り替えた点で、 画期的なものであ ったといえる。  なお、 生乳課徴金は、 輸出補助や販売促進を目的とするものなど、 4種類 (90 /91年度以降、 5種類) が定められた。  ケリン・プランによる改革は、 酪農政策全般にわたって行われたが、 特に価格 支持に関連するものは、 次の市場支持交付金制度と輸出価格下支え制度であった。 表2 生乳課徴金の種類と単価の推移                      (単位:豪セント/乳脂肪 kg) ─────────────────────────────────── 課徴金の種類 1988/89 89/90  90/91  91/92 92/93 ─────────────────────────────────── 価格支持 45.00 45.00 43.00 43.00 45.00 (収入額 百万豪ドル) (123) (122) (119) (123) (141) 販売促進 4.95 4.64 4.65 4.65 5.15 管 理 費 1.05 1.05 1.05 1.05 0.95 調査・研究 0.68 1.145 1.80 1.80 1.80 伝染病予防 − − 0.033 0.034 0.042 ─────────────────────────────────── 合 計 51.68 51.835 50.533 50.534 52.942 ─────────────────────────────────── ───────────────────── 課微金の種類 93/94   94/95 ───────────────────── 価格支持 45.00 45.00 (収入額 百万豪ドル) (NA) (NA) 販売促進 5.15 5.15 管理費 0.95 0.50 調査・研究 1.80 1.80 伝染病予防 0.047 0.047 ───────────────────── 合  計 52.947 52.497 ───────────────────── 資料;ADC「Dairy Compendium」「Annual Report」 1) 市場支持交付金制度 (Market Support Payment)  市場支持交付金制度は、 酪農家から一定の課徴金を徴収し、 それを財源として 輸出向け乳製品に係る加工原料乳価格の支持に充当するもので、 いわばケリン・ プランの中核といえる。  酪農家は、 飲用向け、 加工向けに係わらず生産した全ての生乳から、 乳脂肪1 kg当たり45セント (生乳1リットル当たり約2セント) を上限とし、 毎年、 定め られる単価に基づいて算出した課徴金を、 連邦政府に納入する。 連邦政府は、 徴 収した課徴金をADCに交付し、 ADCは、 これを原資として、 乳業メーカーに対し、 乳製品の輸出を促進するべく、 国内価格と輸出価格の差額を市場支持交付金 (Market Support Payment) として交付する。 一方、 乳業メーカーは、 加工原料 乳生産者に対し、 国内向け乳製品に相当する加工原料乳代を支払うというシステ ムである。  乳業メーカーは、 市場支持交付金を受け取ることによって、 実際の生産コスト よりも低い価格水準で乳製品を輸出することが可能となり、 国際市場での豪州産 乳製品の競争力を高めることができる。 また、 乳製品の輸出を促進することによ って、 国内の乳製品の需給を引き締め、 価格安定を図るという側面も有している。  この市場支持交付金は、 法律に基づき当該年度の推定平均輸出価格 (政府が算 定) の30%を上限とすることが定められており、 その範囲で国際市況の動向に対 応しながら補助率が設定された。 しかしながら、 86/87年度から88/89年度にか けて、 乳製品の国際相場が低迷したことから、 正規の市場支持交付金に加え、 さ らに付加市場支持交付金が交付され、 実質的に30%を超える補助が行われた。  なお、 この市場支持交付金は、 一面、 輸出補助金の性格を有しているが、 財源 が酪農家自身の負担によっている点でEUなどの輸出補助金と大きく性格を異にし ているといえる。
◇図:市場支持交付金制度(Market Support Payment)の仕組み◇
2) 輸出価格下支え制度  1) の市場支持交付金制度に加え、 乳製品の国際市況の異常な暴落が、 豪州酪 農産業に悪影響を与えないように、 ケリン・プランのもと輸出価格の最低保証制 度を設けた。 これは、 過去の輸出実績などから各乳製品の標準輸出価格を算定し、 その85%を輸出下支え価格とするもので、 仮に、 輸出価格がこれを下回った場合、 連邦政府は輸出業者に対して輸出価格と下支え価格との差額を国の財源から補填 するというものである。 この制度は、 86/87年度から89/90年度までは発動され なかったが、 90/91年度になり国際市況が急落したことから発動となり、 連邦政 府は2千2百万豪ドルの助成措置を行った。 表3 乳製品別の市場支持交付金の推移 ─────────────────────────────── 品目 年度 推定輸出価格 市場支持交付金 補助率 (FOB($/t)) ($/t) (%) ─────────────────────────────── バター 1986/87 1,290 387 30  87/88 1,333 400 30 88/89 1,536 387 25.2 89/90 2,248 417 18.55 90/91 1,866 443 23.74 91/92 1,800 439 24.39 92/93 1,900 386 20.32 ─────────────────────────────── 脱脂粉乳  1986/87 973 292 30   87/88 1,293 388 30 88/89 1,933 487 25.2 89/90 2,377 441 18.55 90/91 2,000 424 21.2 91/92 1,850 419 22.65 92/93 2,251 370 16.44 ─────────────────────────────── 全粉乳  1986/87 1,363 409 30   87/88 1,370 411 30 88/89 2,004 505 25.2 89/90 2,377 441 18.55 90/91 1,998 448 22.42 91/92 2,000 444 22.2 92/93 2,300 391 17 ─────────────────────────────── チェダーチーズ 1986/87 1,517 455 30 87/88 1,770 531 30 88/89 2,377 599 25.2 89/90 2,577 478 18.55 90/91 2,331 529 22.69 91/92 2,200 524 23.82 92/93 2,600 462 17.77 ─────────────────────────────── ─────────────────────────── 品目 年度 付加市場支持交付金 推定国内価格 ($/t) ($/t) ─────────────────────────── バター 1986/87 191 1,868   87/88 146 1,879 88/89 40 1,963 89/90 − 2,665 90/91 − 2,309 91/92 − 2,239 92/93 − 2,286 ─────────────────────────── 脱脂粉乳   1986/87 145 1,410    87/88 142 1,823 88/89 49 2,469 89/90 − 2,818 90/91 − 2,424 91/92 − 2,269 92/93 − 2,621 ─────────────────────────── 全粉乳  1986/87 202 1,974   87/88 150 1,931 88/89 49 2,558 89/90 − 2,818 90/91 − 2,446 91/92 − 2,444 92/93 − 2,691 ─────────────────────────── チェダーチーズ 1986/87 225 2,197 87/88 194 2,495 88/89 78 3,054 89/90 − 3,055 90/91 − 2,860 91/92 − 2,724 92/93 − 3,062 ─────────────────────────── 資料:ADIC「Annual Report」他 (2) クリーン・プラン  ケリン・プランは、 86年7月から92年6月までの6年間を対象期間としていた ため、 連邦政府はその後の政策運営をどのようにするかを、 諮問機関である 「産 業委員会」 に検討するよう指示した。 同委員会からの答申は、 大幅な規制撤廃を 求めるものであったが、 生産者をはじめとする乳業界から酪農産業へ与える影響 が多大すぎるとして猛反発があり、 結果的に大筋でケリン・プランを引き継ぐこ ととなった。 これは、 当時のクリーン第一次産業大臣によって実施されたことか らクリーン・プランと呼ばれている。  このクリーン・プランの概要は、 次のとおりであった。 1) 酪農家から徴収する加工原料乳価格支持のための課徴金単価の上限は、 ケリ ン・プランと同水準の乳脂肪1kg当たり45豪セントとする。 2) 輸出向け乳製品に対する市場支持交付金の補助率は、 ケリン・プランでは国 際価格の動向を勘案し年度ごとに決定したが、 クリーン・プランでは2000年ま での各年度の上限補助率を明確に打ち出した。 この点がクリーン・プランの大 きな特色で、 92/93年度の上限補助率22%を99/2000年度までの7年間に10% まで段階的に引き下げることとした。 3) 輸入価格下支え制度は、 92年6月末をもって廃止する。 これによって、 加工 原料乳に対する価格支持は、 市場支持交付金制度のみで実施されることとなっ た。  このように、 クリーン・プランは、 2000年までの市場支持交付金の上限補助率 を明確にした点と輸入価格下支え制度を廃止した以外、 価格支持政策の中核をな す市場支持交付金制度自体については、 従来のケリン・プランを継承することと なった。  なお、 このプランは、 92年7月から2000年6月までの8年間を対象期間とし、 それ以降の制度は、 その時点で再度検討することとされた。 表4 市場支持交付金の補助率               (単位:%) ────────────────────────────────────  年 度 86/87 87/88 88/89 89/90 90/91 91/92 92/93 ──────────────────────────────────── 上限補助率 30 30 30 30 30 30 22 ──────────────────────────────────── 実績補助率 30 30 21 20 19 22 16 ──────────────────────────────────── ────────────────────────────────────   年 度 93/94 94/95 95/96 96/97 97/98 98/99 99/2000 ──────────────────────────────────── 上限補助率 20.28 18.57 16.86 15.14 13.43 11.71 10 ──────────────────────────────────── 資料;ABARE (注) 86/87から91/92年度までは、ケリン・プラン下での上限補助率、92/93 年度以降は、クリーン・プラン下での上限補助率 (3) 価格支持政策下での乳製品の生産及び輸出  86年以降のケリン・プラン、 92年以降のクリーン・プランによって輸出向け乳 製品に係る加工原料乳価格支持が行われたことにより、 この間、 乳製品の生産及 び輸出は、 順調な拡大を遂げてきた。  86/87年度と94/95年度の品目別生産量を比較すると、 バターが38%、 チーズ が19%、 脱脂粉乳が54%、 全粉乳が68%、 それぞれ拡大している。 国内の乳製品 消費量がほぼ横ばい傾向であることから、 生産拡大分のほとんどは輸出に向けら れ、 結果として年々輸出シェアが増大してきた。  86/87から94/95年度にかけては、 乳製品の国際価格が、 EUからの補助金付き 輸出などにより、 全般的に厳しい環境下であったにもかかわらず、 このように生 産及び輸出量が順調に増加したことは、 ケリン・プラン、 クリーン・プラン下で の価格支持政策が一定の役割を果たしたためと考えられる。 表5 主要乳製品の生産、輸出状況                           (単位:千トン、%) ─────────────────────────────────── 製 品 名 86/87 90/91 91/92 92/93 93/94 ─────────────────────────────────── バター  生産量 104 106 108 126 143      輸出量 33 54 58 77 92      輸出シェア 31.7 50.9 53.7 61.1 64.3 ─────────────────────────────────── チーズ  生産量 177 179 198 211 234      輸出量 62 65 69 86 99       輸出シェア 35.0 36.3 34.8 40.8 42.3 ─────────────────────────────────── 脱脂粉乳 生産量   128 147 149 166 207      輸出量 79 115 105 119 165      輸出シェア 61.7 78.2 70.5 71.7 79.7 ─────────────────────────────────── 全粉乳  生産量 65 60 69 80 93      輸出量 42 39 45 50 57      輸出シェア 64.6 65.0 65.2 62.5 61.3 ─────────────────────────────────── ──────────────────── 製 品 名 94/95 95/96 (暫定値) (見込み) ──────────────────── バター  生産量 143 149      輸出量 85 96      輸出シェア 59.4 64.4 ──────────────────── チーズ  生産量 211 225      輸出量 116 112      輸出シェア 55.0 49.8 ──────────────────── 脱脂粉乳 生産量   197 210      輸出量 174 192      輸出シェア 88.3 91.4 ──────────────────── 全粉乳  生産量 109 112      輸出量 74 75      輸出シェア 67.9 67.0 ──────────────────── 資料:ABARE「Agriculture & Recources」

3 新制度の実施 (Domestic Market Support Payment)

 93年末のUR交渉の結果、 クリーン・プランにより実施されてきた市場支持交付 金制度が、 実質上の輸出補助金とみなされたことから、 連邦政府は制度改正を迫 られた。 そのため、 UR交渉決着後から合意内容が実効に移される95年7月までの 間、 連邦政府と乳業界は新制度のあり方について、 長期間検討を行った。  その検討過程においては、 新制度が他国から実質的な輸出補助金とみなされな いこと、 かつ酪農家、 乳業メーカー、 消費者の各段階に不利益を及ぼさないこと に重点が置かれた。 さらに、 92年度から実施されているクリーン・プランとの整 合性を図ることもポイントとされた。  これらの検討の結果を踏まえ、 連邦政府は、 市場支持交付金制度 (Market Sup port Payment) を廃止し、 新たに国内市場支持交付金制度 (Domestic Market Su pport Payment) を発足させた。  この国内市場支持交付金制度は、 飲用向け生乳及び国内向け乳製品に係る加工 原料乳に課徴金を賦課し (旧制度では全ての生乳に課徴金を賦課した。)、 これら を原資として、 市場支持交付金の廃止によって加工原料乳代が減額される酪農家 に対して直接交付金を交付するというもので、 特に酪農家の所得補償に配慮した ものである。  この新制度の内容は、 次のとおりである。 1) 飲用向け生乳に対して、 1リットル当たり約2. 0豪セント (厳密には、 15.75 豪セント/乳脂肪kg+38. 39豪セント/乳タンパクkg) を上限とする課徴金が 賦課され、 これは酪農家が支払う。 2) 国内向け乳製品に係る加工原料乳に対して、 1リットル当たり約4. 2豪セン ト (厳密には、 33. 25豪セント/乳脂肪kg+79. 85豪セント/乳タンパク質kg) を上限とする課徴金が賦課され、 これは乳業メーカーが支払う。 3) 課徴金は、 従来、 乳脂肪重量のみによって算定していたが、 今後は、 乳脂肪 と乳タンパク質の両者の重量によって算定する。 これは、 現行の生乳取引が両 者の重量を基礎として行われていることを考慮し、 課徴金の算定方法も生乳取 引の実態に合わせたものである。 4) 1) 及び2) の課徴金を原資として、 ADCに新たな基金を創設する。 この基金 の管理・運営は、 第一次産業エネルギー省 (DPIE) 指導の下、 ADCが行う。 また、 ADCは、 実際の酪農家からの課徴金の徴収や酪農家への交付金の交付業務を各乳 業メーカーに委託することができる。 5) すべての加工原料乳生産者に対し、 国内市場支持交付金として加工原料乳1 リットル当たり約2. 2豪セント (厳密には、 18. 25豪セント/乳脂肪kg+44. 49豪セント/乳タンパク質kg) が交付される。  なお、 この交付金は2000年までクリーン・プランによる段階的な補助率引き下 げの適用を受ける。 6) この新制度は、 クリーン・プランの対象期間である2000年6月をもって終了 し、 それ以降の制度は、 その時点で再度検討する。  つまり、 これまでの乳業メーカーに対する輸出向け乳製品に係る市場支持交付 金制度を廃止し、 加工原料乳生産者に直接交付金を交付することによって、 酪農 家の所得補償制度に切り替えたのである。 加工原料乳生産者は、 市場支持交付金 が廃止されたことにより受け取る加工原料乳代は減額させられるものの、 一方で 課徴金の支払義務の撤廃と直接交付金を受け取ることで、 現状の収入は確保され る。 仮に、 乳代収入に変化があったとしても、 それは課徴金や交付金の算定方法 が、 従来の乳脂肪重量から乳脂肪と乳タンパク質の両者の重量に変更されたこと によって生ずるものであり、 これは微々たるものとなろう。  一方、 乳業メーカーは、 加工原料乳コストの減少により、 市場支持交付金が廃 止されても国際価格で輸出することが可能となる。  結局、 新制度の導入によって仕組みは変わったものの、 飲用乳生産者、 加工原 料乳生産者、 乳業メーカー各者の実質的な負担割合は旧制度と変わりなく、 それ ぞれの既得権を尊重することによって、 大きな混乱を避けたともいえる。  この新制度は、 既に本年の7月から実施されているが、 現在に至るまで何の混 乱もなくスムーズに移行することができており、 酪農家、 乳業関係者はホッと胸 をなでおろしているというのが本音のようである。  また、 新制度の下での課徴金収入及び交付金支出の試算によれば、 95/96年度 の課徴金収入総額は約1億3千8百万豪ドル、 このうち飲用乳生産者からの収入 が3千5百万豪ドル、 乳業メーカーからの収入が1億3百万豪ドルと見込まれて いる。  これらを原資として、 加工原料乳生産者に対して交付金を交付することとなる が、 95/96年度の総交付金額は1億3千7百万豪ドルに及ぶと見込まれている。
◇図:課徴金及び交付金の流れ◇
 一方、 新制度に対し問題点を指摘するものも少なくない。 それは、 旧制度も同 様であったが、 飲用乳生産者が支払った課徴金を加工原料乳生産者のみが利益を 享受するという点である。 制度の性格から、 飲用乳生産者から加工原料乳生産者 への利益転嫁が行われることとなるが、 その金額は95/96年度において3千5百 万豪ドルに及ぶと見込まれている。 このことは、 飲用向け生産割合の高いニュー サウスウェールズ州、 クィーンズランド州と加工向け生産割合の高いビクトリア 州、 タスマニア州との間での利益配分を巡る争いが依然として続くことを意味し ている。  また、 飲用向け生乳に賦課される課徴金、 国内向け加工原料乳に賦課される課 徴金のいずれにおいても、 そのコスト増加分は製品に転嫁され、 最終的には豪州 国内の消費者が負担する結果となる。 このような消費者負担の上に成り立つ酪農 価格支持政策が、 将来においても豪州国民の合意が得られるかについては、 いさ さか疑問が残る。  さらに、 新制度の導入後においても、 2000年までクリーン・プランによって段 階的な補助率の引き下げが行われることから、 乳製品の輸出量は増加するものの、 課徴金収入が交付金支出の額を上回り、 その差額がADCの基金に累積されること が予想されている。 今後、 飲用向け生産者や乳業メーカーから課徴金の引き下げ 要求が予想されるが、 その場合、 飲用向け生乳の課徴金を引き下げるのか、 国内 向け加工原料乳の課徴金を引き下げるのかによって、 飲用乳生産者と加工原料乳 生産者のバランスを狂わす結果ともなりかねないのである。  新制度は、 今年の7月から既に実施に移され、 平穏なスタートをきったが、 一 方で多くの問題点も内在しており、 クリーン・プラン見直しの2000年の前にも酪 農産業の価格支持政策のあり方を巡り、 議論が再燃する可能性は十分考えられる。

4 おわりに

 豪州の酪農政策は、 飲用乳に対する生産管理、 流通の規制と加工原料乳に対す る価格支持政策の両者によって成り立っている。 これらによって、 生産者乳価が 飲用乳価と加工原料乳価の二元価格になっていても、 両者は共存することができ たともいえる。 すなわち、 飲用乳価と加工原料乳価の価格差が拡大すると、 加工 原料乳地帯から飲用乳地帯へ生乳の移動が起こり易くなり、 いわゆる牛乳戦争を 引き起こす。 また、 両者の価格差が縮小すると、 国内市場支持交付金のために課 徴金を徴収されている飲用向け生産者の不満が増長する結果となるのである。  最近の豪州乳業界は、 アジア諸国からの需要拡大などを反映し、 輸出環境が良 好なことから全般的な見通しは明るい。 しかしながら、 国内的にはこの新制度の 運用と飲用乳の流通規制の撤廃を巡り、 今後めまぐるしく変化することも予想さ れ、 注目していく必要があろう。
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