海外駐在員レポート 

第8次国家経済開発計画と畜産の現状 (タイ)

シンガポール駐在員 末國富雄、 山田 理



はじめに



 タイでは、 第7次国家経済開発計画が96年に終了するのに伴い、 第8次国家経
済開発計画 (1997年から2001年) が策定され、 96年7月の閣議で承認された。 同
開発計画は、 61年に第1次計画が策定されて以来、 国家開発を進める上で最も重
要な指針となっている。 タイは、 これまで豊富な天然資源と安価な労働力を武器
に外資を導入し、 高度経済成長を維持してきた。 現在、 1人当たりのGDPは、 2,7
47USドル (95年) となり、 同開発計画に沿った国家開発は、 経済開発に関しては
確実な成果を上げたといえる。 

 このレポートでは、 第8次国家経済開発計画の骨子を農業関連部分を中心に紹
介するとともに、 最近の畜産の生産、 消費動向を計画終了年である2001年の目標
値と併せて紹介する。 

第8次国家経済計画の概要



―基本方針―

 経済的発展については、 大きな成功を手にしたタイであるが、 首都圏に集中し
た経済発展は、 さまざまな問題を発生させてきた。 局地的な経済発展の急速な進
行は、 所得の地方間格差の拡大、 インフラ整備の遅れや深刻な環境破壊を招き、 
大きな社会問題となっている。 タイは今、 豊かな国土を背景にした農村中心の社
会から、 製造業やサービス業などを中心にした都市社会へと移行しており、 社会
全体が大きな転換期を迎えている。 

 教育面では、 貧困層の減少から農村部の就学率が向上し、 初等教育の就学率は
97.2% (94年) にまで高まった。 しかしながら、 全体では、 タイ人のおよそ80%
が小学校卒業程度の学歴しか持っていない状況にある。 シンガポールなど他の東
南アジア諸国と比較して、 教育については20年以上も遅れていると言われている。 
今後の国家開発は、 人材育成と新技術開発が重要であり、 将来の労働力の質的問
題が懸念されている。 

 今回の第8次計画では、 第7次計画から引き継がれた 「安定した成長」 「所得
配分の公平化 (所得の地方間格差の是正)」 「生活の質の向上、 環境保全」 のほか、 
新たに 「人を中心とした開発」 を基本方針に加え、 社会開発につながる人的資源
開発に重点が置かれている。

―第8次計画の策定―

 計画策定に当たっては、 ごく少数により計画立案されていたこれまでの反省か
ら、 全国各層の幅広い意見を集めて基本方針を決定した後、 「経済開発」、 「農村、 
資源、 環境開発」、 「人間及び社会開発」、 の3つの計画策定小委員会が設置され、 
審議が進められた。 この結果を国家経済社会開発委員会事務局が取りまとめ、 96
年1月末に、 閣議で基本方針が承認された後、 具体的な内容について、 さらに検
討が進められた。 

 計画の内容は以下の3項目に大きく区分される。 

1. 人及び社会の開発
2. 地方開発、 天然資源開発、 環境開発、 地方への繁栄の分散
3. タイの経済開発

 また、 農業協同組合省では、 第8次国家経済開発計画に基づく農業分野の開発
のため、 「農業開発ガイドライン」 を策定した。 さらに、 畜産分野については、 
畜産振興計画が策定された。 この計画は、 第8次計画期間中の畜産振興の指針と
なるものである。 この計画の内容については、 後で述べる。

―第8次計画の達成目標―

 今後も引き続き、 製造業、 サービス業を中心とした安定した経済成長を目指す
一方で、 近年、 顕在化し大きな問題となっている地域間の所得格差や環境問題に
配慮した目標が設定されている。 第8次計画の主な目標は以下のとおり

 (達成目標) 

1. 安定した経済成長を維持 (期間平均8.0%) し、 2001年の経常収支の赤字を
  GDPの3.4%の水準に抑制する。 

2. 2001年の個人貯蓄率をGDPの10%まで高める。 

3. 各水準の教育運営を改善する。 特に、 基本的な教育期間を9年間に延長し、 
  将来の12年への拡大を準備するとともに、 教員の育成、 研修を進める。 

4. 事業所内研修により労働者の職能基礎知識の向上を図る。 

5. 地方、 農村部のインフラを充実させる。 

6. 国土の25%以上の森林を保護、 復旧する。

第8次計画と農業開発



 タイの農業は、 多様な気候、 土壌を背景に多種の農畜産物を生産し、 米、 トウ
モロコシ、 鶏肉などを輸出しているが、 経済成長に伴い、 総GDPにおける農業の
シェアは、 低下を続けている。 しかしながら、 地方、 農村部の開発に当たって、 
農業及び農産物加工業は、 第8次計画の中で最も重要な産業と位置づけられてい
る。 ここでは、 第8次計画の内容を農業に関連のある項目を中心に紹介する。

―所得の地方間格差の改善と農村開発の重要性―

 地方部及び農村部には多数の国民が住み、 労働力や資源の供給源になっている。 
今まで地方農村の住民は、 経済発展の恩恵を受けることが最も少なかったのみな
らず、 社会環境の変化により打撃をもっとも多く受け、 タイの農村は依然として
遅れた状況に残されていた。 その結果、 労働力は都市部に流出し、 農村部の社会
や家庭の崩壊が進むとともに、 資源の浪費や保全措置の欠如による環境の破壊が
進行していた。 都市部を中心とした局地的な経済発展は、 所得の地方間の格差を
ますます拡大させている。 このような事態を受けて第8次計画では、 農業生産構
造を改革し農業の生産性の向上を図るとともに、 農産物加工業などのアグロイン
ダストリーを振興し、 地方農村の開発を推進することを目指している。 これによ
り、 都市部及び農村部の間の経済社会格差を是正し、 全体として国民の生活、 所
得水準を高めることが重要であるとし、 地方、 農村開発について以下の目標を設
定している。 

 (目標) 

1. 高所得層と低所得層の間の格差を是正する

2. 人間、 職業開発に必要な社会経済サービスを充実させる。 

3. 全国農地面積の20%を持続的な農業構造に変換する

4. 800万人の貧困者に十分な所得が得られる就業機会の拡大と農村部における
  安定した生活の実現

5. 農民のための非農業の職業選択の幅を広げる

―地方、 農村開発の組織体制―

 まず、 地方、 農村の開発を推し進めるに当たって、 組織体制を大幅に見直して
いる。 政府の役割を中心的な振興役から関係者の調整役へ転換するとともに、 マ
ーケッティング、 経営ノウハウ、 経験、 技術指導などにおける企業やNGOの役割
を高め、 政府との調整により農業構造改革を支援することとした。 

 また、 開発過程における地域の参加を促進し、 能動的な地方、 農村開発を推進
するために、 住民団体、 農民団体などさまざまな形態のグループの経済基盤の強
化を図り、 能力を高めることが重要であるとしている。 特に農業団体については、 
法律改正などにより農民団体の企業経営を円滑にし、 経営研修、 市場情報、 長期
融資などを通して農民団体の企業経営の機会を拡大することを目指している。 

 さらに、 県、 郡を地方、 農村開発の行政、 管理センターとし、 行政効率を高め、 
地域開発のための財源支援として、 農村開発基金の業務を拡大し、 地域レベルの
貯蓄促進と地域、 地方開発を支援することとした。 

―国際市場の変化に対応した生産基盤の確立―

 タイは、 米、 キャッサバ、 砂糖、 鶏肉など多くの農畜産物を輸出している。 し
かし、 その多くは、 生産コストの上昇により国際競争力を徐々に低下させている。 
また、 経済成長に伴うバーツの切り上げが、 タイの農畜産物の国際競争力の減退
に一層拍車をかけている。 タイは、 競争相手国の台頭や商品作物の国際価格が低
迷する中で、 一種の輸出補助金により国際競争力を何とか維持してきたが、 ウル
グアイラウンドの合意を機に95年1月から輸出補助金が禁止されてしまった現在、 
自国内の農業生産構造を改善し、 生産コストの低下を図らざるを得ない状況に追
い込まれている。 

 鶏肉やえびなどについては、 競争力回復のために生産コストの多くを占める飼
料について制度を改正することが96年末に決定された。 大豆ミールやトウモロコ
シなどの飼料原料の関税割当制度が97年から撤廃され、 自由化されることとなっ
た。 これは、 単に数量制限を廃止するだけでなく、 同時に関税率の引き下げを伴
うものである。 このため、 国内の飼料原料作物生産農家は、 この厳しい環境での
競争を強いられている。 

 さらに、 タイ国内において、 生産量拡大のための安易な農薬の大量使用が問題
となっており、 これが、 逆に生産コストを増大させるだけでなく、 農業者、 消費
者の健康や環境に大きな影響があるものと懸念されている。 このような中で、 環
境にやさしい持続性のある農業に早急に転換することが求められている。 

 第8次計画では、 農畜産物を巡る国際市場の変化に対応した生産基盤の確立の
ため次のような方策が示されている。 

1. 生産構造の改善強化のための生産基盤の確立

 (1) 持続的農業開発

ア 持続的農業で成功した農家の経験からの学習、 地域と市場需要に則した農産
 物の選択におけるマニュアルを作成し、 持続的農業への転換を促すために農民
 の生産計画策定力及び決断力を高める。 

イ 以下の分野の持続的農業を支援する。 

 (ア) 耕地内の小規模水源整備、 市場への輸送を中心とする必要な流通サービス
  の提供、 最新の生産、 流通情報の提供などを支援する。 

 (イ) 病害に強い動植物種など農業構造改革に必要な生産資材を提供する。 

 (ウ) 伝統的な知恵、 生物の種の多様性、 農薬使用量を減少させるためのバイオ
  物質開発に留意しつつ、 自然と調和した農業開発のための学術的研究を振興
  する。 

 (エ) 農業構造改革のための長期の低利融資を供給する。 

 (オ) 農産物、 家畜の品質規格の制定や鉛含有量の検査などにより農畜産物の品
  質を改善する。 

 (2) 農産物加工業の生産基盤の安定

 それぞれの地域の実情に合わせた原料農産物生産区域の設定や税制措置、 低利
融資などによりアグロインダストリー、 農産物加工業を振興する。 

2. 生産と資源、 環境の調和

 資源環境保全型の持続的開発指針に基づき農民の生産、 農産物加工を奨励し、 
長期的な農産物輸出を振興する。 

3. 世界市場の変動への対応

 (1) 規格、 品質の改善

ア 政府が農産物の品質、 衛生基準を制定し、 国際基準に則した生産を奨励する。 

イ 内外の規格審査、 保証機関 (ISO9000関連) などを認定し、 規格の普及を促す。 

ウ 政府の品質審査機構を効率化し、 国際的な容認度向上と輸出業者の負担軽減
 を図るとともに民間機関の設立を促す。 

エ 品質基準に関連する法規や衛生措置の研究と国際水準に則した改正を通じて
 国際貿易の新しいルールに関する国の態度を明確にし、 通商交渉を有利に進め
 る。 

 (2) 具体的な対応策

ア 近隣国と協力して共通の通商利益を高める。 

イ 農産物市場の変動に則して農業改革計画を策定する。 

ウ 国際貿易協定に抵触しない範囲での技術、 生産資材の支援を通して、 有望な
 輸出農産物の品質を改善する。 

エ 競争力が低下しているがその回復が期待できる品目について地理的条件に則
 した生産地見直しにより、 生産性を回復させる。 

オ 競争力が低下した品目については、 他の有望な品目への転換を推進するとと
 もに、 その生産計画及びマーケティング計画を作成する。 

カ ガットウルグアイラウンドとアセアン自由貿易圏協定 (AFTA) に基づき、 産
 業保護措置を段階的に削減し、 自由化の打撃を受ける業種の対応を促進するた
 めに基金を設立する。

畜産物の生産消費動向と計画目標値



 農業協同組合省では、 第8次国家経済開発計画及び 「農業開発ガイドライン」 
に基づき、 第8次計画期間中の畜産振興の指針となる 「畜産振興計画」 を策定す
る。 

―畜産振興の目的―

1. 畜産物の生産を拡大し、 国内自給率の向上と輸出振興を図る。 
2. 国民に高品質で衛生的な畜産物を妥当な価格で供給する。 

―主要畜産物についての目標値―

 最近の主要畜産物の生産、 消費動向と第8次計画期間中の生産予測値又は期間
最終年までの目標値を別表に示した。 すでに減少傾向が固定化している水牛を除
き、 各畜産物の生産動向では、 大幅な生産拡大が見込まれている。 特に、 近年、 
需要増加が著しい生乳及び鶏肉についての生産見込みの拡大が顕著である。 酪農
については、 5年間で国内生産を3倍以上に拡大し、 脱脂粉乳など海外からの輸
入をゼロにすることを目指している。 また、 鶏肉についても同様に3倍以上の生
産拡大を見込んでいるが、 国内の1人当たりの鶏肉消費量が10倍、 輸出量が2倍
近い拡大を前提としており、 その実現にはかなりの困難が予想され、 理想に近い
予測値であるとさえ言える。 いずれにしても、 経済成長による所得向上により、 
国内の畜産物消費が拡大することは確実で、 国内消費の伸びを期待できない他の
農産物、 商品作物とは全く状況が異なっており、 全般的に低調な農業分野の中で、 
畜産業の成長が期待されている。

表1 各畜種の飼養頭数の推移

 資料:農業協同組合省
 単位:千頭

表2 畜産物の生産量(と畜頭数)の推移

 資料:農業協同組合省
  注:各年の上段は実績値、下段は第7次計画期中の生産予測値
 単位:鶏卵百万個、生乳千トン、ブロイラー千羽、その他千頭

表3 畜産物の消費量の推移

 資料:生産頭数及び輸出乳数量から推計した。
 単位:鶏卵百万個、その他千トン

表4 1人当たりの畜産物の消費量の推移

 資料:生産頭数、輸出乳数量及び人口から推計した。
 単位:鶏卵個/人、その他kg/人、年
―その他の対策―

 第8次計画期間中、 農業協同組合省畜産振興局は、 畜産物の生産振興に関して
多くのプロジェクトの実施を予定している。 その中でも、 短期間での優秀な牛の
増頭が難しい酪農、 牛肉生産における人工受精や受精卵技術の活用や、 養豚分野
で大きな懸案となっている口蹄疫の清浄化を中心に家畜衛生対策に多額の予算が
振り向けられている。 その他の対策の概要は、 次のとおり

1. 育種

 人工受精及び受精卵移植を活用した乳牛及び肉牛の増頭

2. 家畜栄養

 (1) 牧草種子産業の育成
 (2) 150ヵ所での牧草の備蓄
 (3) 家畜の生産促進のための薬品等の使用を取り止め、 診療のみに限定
 (4) 農家の必要とする家畜栄養量の80%まで国内供給を引き上げるための良質
  飼料の生産拡大

3. 家畜衛生

 (1) 口蹄疫の清浄化
 (2) ブルセラ病などの家畜伝染病の撲滅
 (3) 家畜衛生センターの増設による衛生管理体制の強化

4. 食品衛生

 牧場、 と畜場、 食肉及び畜産物に関する衛生基準の作成

5. 普及活動など

 (1) すべての県での普及活動に関する実施計画の作成、 実証展示農場の常設化
 (2) 肥料代、 種苗代など農家へ補助の10%以下への削減

6. 試験研修

 (1) 農家の抱える問題を解決する家畜生産及び家畜衛生の試験研究プロジェク
  トの設置
 (2) 民間研究機関のための基金の設置、 民間との研究交流の推進

ま と め



 国内の畜産物消費量は、 まだまだ低い水準にあることから、 今後、 経済成長に
よる国民の所得向上に伴い、 畜産物の国内需要が拡大し、 国内の畜産物生産の拡
大を後押ししていくことは間違いない。 

 一方、 輸出に関連した状況を見ると、 鶏肉では、 今年から実施された飼料原料
の輸入自由化による生産コスト低下が競争力の回復にどの程度効果が現れるか注
目されるところである。 しかし、 CPなど大手企業の一部は、 生産拠点をベトナム
や中国などに移しており、 国内に残った企業も利幅の大きい鶏肉調整品や国内向
けにシフトしており、 競争相手国である中国の状況が変わらない限り、 現在の傾
向には変化はないものと見られる。 

 豚肉では、 輸出を拡大するためには、 口蹄疫の問題が大きなネックとなってい
る。 他の口蹄疫汚染国と長い国境で接しているタイでは、 家畜の移動を完全に管
理することは非常に難しい状況にある。 

 製造業などを中心とした経済発展を続ける中で、 タイ農畜産業を取り巻く内外
の環境は大きく変化している。 地球規模で将来の食料不足が懸念される中で、 世
界で数少ない安定した食料輸出国の一つであるタイの重要性は高まっている。 今
後の農畜産業を含めた国全体のバランスのある発展を期待したい。 

 なお、 本レポート作成にあっては、 バンコク駐在中の布野氏 (JICA専門家) の
ご助力をいただきましたことをこの場を借りて御礼申し上げます。

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