複雑な問題を抱える養豚産業 (マレーシア)



● シンガポールで消費されるマレーシア産の肉豚


 マレーシアのジョホール州は、 マレー半島の南端に位置し、 シンガポールに隣 接している。 コーズウェイ (陸橋) でシンガポールと結ばれており、 シンガポー ルで消費される生鮮食品のほとんどがこのルートを通ってマレーシアからシンガ ポールに輸出されている。  隣接するシンガポールは、 中国系国民が7割以上を占めるため、 豚肉の消費量 が非常に多い。 1人当たりの消費量は、 日本の2倍以上の高い水準になっている。 しかし、 国土が狭いため、 肉豚を含む農産物の生産は、 鶏卵と花き園芸を除き、 ほとんど行われていない。 また、 豚肉は、 マレーシアなどから生体で輸入された 肉豚を、 シンガポール国内の処理場でと畜して生産され、 流通している。 96年は、 111万頭の肉豚がマレーシアから輸入された。

● 環境問題と宗教的な摩擦を抱える養豚業


 このため、 同州は、 シンガポール向けの養豚業が盛んな地域の一つとなってお り、 現在、 83の養豚農家、 企業が肉豚生産を行っている。  さらに、 同州は、 マレーシアの安い労働力を活用し、 電気機器などを製造し、 施設の整ったシンガポール港から製品を輸出する企業にとっては、 シンガポール に近いという点において魅力的である。 このため、 近年、 同州には、 外資系の工 場が多く建設されている。 そうした中、 ジョホール州では、 経済発展が続いてい ることから人口が増加しており、 近年、 養豚業が周囲の環境に与える影響が、 問 題視されるようになってきていた。  マレーシアでは、 国民の多くがイスラム教を信仰しており、 この宗教で摂食が 禁じられている豚を忌み嫌う傾向が強い。 このため、 養豚業は主にイスラム教徒 が少ない中国系の生産者が行っていることもあって、 同国の肉豚生産は、 民族的、 宗教的な軋轢を招きやすい状況となっている。

● 養豚業の転出・廃業政策に生産者が反発


 こうした中で、 4月下旬、 同州政府は、 環境汚染を防ぐために、 州内の養豚農 家および企業を、 州外へ移転するか、 または、 廃業させる政策を打ち出した。  同州の肉豚生産者団体は、 これに反発し、 州政府にこの政策の再考を強く求め た。 また、 上部団体であるマレーシア連邦畜産生産者協会も、 連邦政府に対して 働きかけを行った。 これに対し、 マレーシア農業省獣医局は、 連邦政府としては 国内の養豚業の国外転出および転業を奨励していないこと、 また、 州内の問題は、 州政府が決定するべきことであるとの見解を明らかにした。

● 新規参入のみ不認可で決着


 これを受けて同州政府は、 5月上旬、 新規の肉豚生産の開始は認めないものの、 既存の生産者については、 現行どおり肉豚の生産を認めることを明らかにした。 これで、 一応の決着が図られたが、 今回の問題は、 イスラム教の国家であるマレ ーシアでの養豚業の抱える問題の大きさを、 改めて認識させるものとなった。
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