調査レポート 

96年農業法と米国農業・畜産政策 (その2)

デンバー駐在員 堀口 明、 藤野哲也



 今月は、 前月に引き続き、 96年農業法の内、 農産物貿易など畜産部門と関係の
深い規定を紹介するとともに、 関係団体の96年農業法に対する評価や対応、 そし
て96年農業法の制定による今後の農業生産への影響などについて報告する。 

2.90年農業法と96年農業法



(2) 農産物貿易

 農産物貿易については、 大きく分類して、 (1)開発途上国等への食糧援助、 (2)
商業輸出への支援、 (3)市場開発への支援、 の3分野についてそれぞれ事業が実
施されてきた。 

 96年農業法は、 これらのうちの多くの事業について一部内容を改訂して継続実
施されることとした。 96年農業法では特に、 高価値農産物などの輸出促進に重点
を置くことが定められている。 米国の農産物輸出は、 近年好調な伸びを示してい
るが、 輸出の伸びは、 一義的には、 世界各国の経済発展の状況や、 食生活の変化、 
農産物生産の状況によるものであり、 米国の農業政策の一環として農業法の中で
規定されている食糧援助や輸出促進対策事業の実施が、 輸出拡大に貢献してきた
ことは明らかである。 

ア. 開発途上国等への食料援助

 開発途上国等への食料援助は、 PL480条の食糧援助により行われている。 PL480
条は、 タイトル1、 タイトル2、 タイトル3に分類される。 96年農業法では、 事
業の一般的な管理事項を規定したタイトル4において、 事業の2002年までの延長
とそれぞれの事業予算の15%の流用を認めることなど、 予算支出に柔軟性を持た
せる規定が定められた。 

(ア) PL480・タイトル1

 タイトル1の事業は、 外貨不足の開発途上国に、 長期、 低利で食糧を供給する
制度で、 90年農業法では、 7年間の据え置き期間を設定し、 最長30年間の償還期
間を設定していた。 96年農業法では、 据え置き期間が5年に短縮された。 援助対
象の選定においては、 食糧援助の必要性とともに、 その国の将来の米国産の農産
物の輸出市場への発展の可能性に重点をおいて選定することとされた。 また、 援
助対象を外国政府だけでなく民間企業も対象に加えることとされた。 

(イ) PL480・タイトル2

 タイトル2の事業は、 飢餓や栄養失調の解消、 天災被災国への緊急食料援助等
を目的とした無償食料援助事業である。 原則として民間団体、 国際機関を通じて
援助が行われることとされているが、 緊急の場合には直接相手国政府に援助が行
われる。 96年農業法は、 2002年までの間のこの事業による援助規模として、 95年
の規模である年間202万5千トン以上の援助を行うことを定めた。 この内、 非緊
急援助に対しては、 最低でも155万トンの援助を行うものとされている。 また、こ
の事業では、 援助食糧の供給に要する海外における管理費補助も行われるが、 こ
の経費の限度額が1,350万ドルから2,800万ドルに引き上げられた。 

(ウ) PL480・タイトル3

 タイトル3の事業は、 開発途上国の中でも最も経済基盤の弱い国で、 貧困や飢
餓問題に悩む食料援助の必要な国に対する政府間ベースの無償食料援助事業であ
る。 96年農業法における事業内容の改訂はないが、 この事業については、 予算の
50%までについては、 タイトル2の事業への予算流用が認められた。 

イ. 商業輸出に対する支援

(ア) 輸出信用保証事業

 輸出信用保証制度は、 政府による民間ベースの農産物輸出取引に対する信用保
証制度で、 保証供与期間に応じて、 短期 (6カ月から3年まで) のGMSー102と中
期 (3年を超え10年以内) のGMSー103の事業が設けられている。 

 この事業により保証の受けられる取引は、 商業ベースの取引にある程度のリス
クはあるものの米国産農産物の輸出市場としての将来性が見込まれる国との取引
とされている。 

 96年農業法では、 2002年までの実施が決定され、 年間予算として550万ドルを
配分した。 予算は、 短期、 中期の両事業間で柔軟に配分することが認められた。 
また、 全体の販売量を減少させることにならない限り、 この事業の対象とする農
産物輸出における加工食品または高価値製品の最低割合を定めることとされた。 

(イ) 輸出促進計画

 輸出促進計画 (Export Enhancement Program、 EEP) は、 EUなどの行っている
補助金付き輸出に対抗し、 これと競合する市場への農産物輸出を実現することを
目的として85年農業法により法制化された事業である。 96年農業法においては、 
内容面での大きな変更は行われていない。 補助金の対象となっている農産物は、 
小麦が中心で、 全体の7割前後を占めてきた。 畜産物では、 鶏卵、 冷凍家きん肉、 
冷凍豚肉が対象品目となっている。 90年農業法では、 年間予算として5億ドル以
上を配分することが定められていたが、 実際の予算配分額は、 90、 91年度が9億
ドル、 92、 93年度が12億ドル、 94年度が10億ドル、 95年度が8億ドルとされてい
た。 今回の農業法では、 事業の継続実施が決定されるとともに、 7年間の予算限
度額を96年度3億5,000万ドル、 97年度2億5,000万ドル、 98年度5億ドル、 99年
度5億5,000万ドル、 2000年度5億7,900万ドル、 2001年度4億7,800万ドル、 200
2年度4億7,800万ドル、 合計32億8,500万ドルと定めた。 99年まではGATTで約束
している補助限度額を下回った予算額となっており、 2000年度から2002年度まで
は、 GATTの限度額と同額になっている。 (図−4) 

◇図−4:EEPの補助金支出額の推移と今後の予算額◇

ウ. 市場開発に対する支援

 市場開発計画 (Market Promotion Program、 MPP) は、 海外市場における米国
産農産物の販売促進活動を支援する事業である。 USDAは、 この事業が、 高価値農
産物の輸出を促進し、 これによる国内雇用の拡大を期待している。 

 96年農業法は、 MPPを市場参入計画 (Market Access Program、 MAP) と名称変
更し、 従来と同様、 米国産農産物の海外市場での販売促進活動に政府の資金援助
を行うことを定めている。 MAPも農業関係団体に予算配分された上で、 中小企業
のブランド製品の輸出促進や団体による一般販売促進などの輸出促進事業活動の
経費助成が行われる。 

 前身事業であるMPPの予算は、 90年度から92年度までは年間2億ドルとされた
が、 93年包括財政調整法により93年度以降は、 1億1,000万ドルに予算が削減さ
れた。 96年農業法においても、 2002年までの毎年の予算は、 9,000万ドルと上限
が定められた。 

 USDAは、 3月6日、 97年度のMAP予算配分を発表した。 97年度のMAP予算は、 前
年度と同額の9,000万ドルが64団体 (前年度は66団体) に配分された。 米国食肉
輸出連合会 (USMEF) の8,498千ドル、 米国家禽肉・鶏卵輸出協会 (USAPEEC) の2,
291千ドル、 米国乳製品輸出協会 (USDEC) の1,181千ドルなどが畜産関係の主な
配分団体となっている。 (表−11) 

表−11 畜産関係団体のMPP・MAP予算配分の推移

資料:USDA、FAS、ニュース・リリース
 注:1.94、95年度はMPP予算、96、97年度はMAP予算である。
   2.< >内は、配分先団体数

(3) 環境保全

ア. 土壌保全保留計画 (CRP) 

 土壌保全保留計画 (Conservation Reserve Program、 CRP) は85年農業法によ
り設立された環境保全を主目的とした農地の休耕に対する助成事業である。 90年
農業法においても、 保全対策の方向を土壌の直接的な流出対策と併せて水質保全
対策に重点を置く修正がされ、 また、 これと同時に財政支出の効率化を追求する
観点を明確にした改正が行われた上で、 継続実施された。 

 CRPは環境対策を第一義的目的とした政策ではあるが、 休耕地が再度耕地に転
換され、 農産物生産等に利用されることになれば、 環境面だけでなく、 農産物生
産量・価格等の動向にも大きな影響をもたらすと考えられる事業である。 米国の
畜産部門にとっても、 飼料穀物価格への影響や放牧・採草利用の拡大等を通じて
生産コストに大きな影響を持つ事業であると言える。 

 96年農業法は、 CRP契約対象地の上限面積を3,640万エーカーとし、 これまでの
水準を維持した。 USDAは、 CRP対象地における保全必要度を指数化し、 対象地の
保全必要度を区分しているが、 必要度の比較的低い対象地については、 5年を経
過したものについては、 60日以上の事前通告により、 契約を早期に終了すること
ができるとした。 これにより保全必要度の高い農地を契約の対象に加えることが
できることになり、 環境保全の面においてより高い事業効果をあげることが期待
されている。 また、 90年農業法では、 保全優先地域として、 チェサピーク湾流入
の河川流域 (ペンシルバニア州、 メリーランド州、 バージニア州などの一部地域)、
ロングアイランドサウンド (ニューヨーク州、 コネチカット州などの一部地域)、 
5大湖地域 (ミシガン州、 ウイスコンシン州などの一部地域) が指定され、 これ
らの地域のCRP参加率が高まった。 96年農業法においても、 中西部北域 (モンタ
ナ州、 ノースダコタ州、 サウスダコタ州、 ミネソタ州などの一部地域) を保全優
先地域に指定した。 これまでの優先地域は、 比較的狭い、 特定の地域に限定され
ていたのに対して、 96年農業法では、 広大な地域を一括して優先地域として指定
したため、 これに対し、 一部で環境保全対策事業の事業実施方法としては、 不適
切であると批判されている。 

 USDAが、 97年2月12日に発表したCRPの最終規則では、 新規則が本来の目的で
ある環境保護に則した内容となっており、 生産調整策としての要素はないとの点
が強調され、 CRP事業が生産調整を目的としたものとなっているとの一部の批判
に答えている。 

 今回の最終規則によると、 CRPへの参加資格要件は、 まず第一に、 その農地が、 
直近の5年間のうち2年間以上農作物を栽培したか、 または、 栽培したものと認
められるところであって、 現に耕作地としての能力があることとなっている。 第
二に、 その農地が、 (1)土壌の流出割合などを基準として保全必要度指数化した
土壌浸食度指数が8以上であること、 (2)耕作湿地であること、 (3)河岸の土壌流
入緩衝地や水源保護地といった環境保護地であること、 (4)連邦または州が定め
るCRP優先対象地域であること等のいずれか一つに合致すること、 となっている。 
新規則では、 これらの条件に当てはまる契約可能農地を、 野生動物保護、 水質保
全、 土壌保全、 大気保全及び費用等の要素により環境貢献度指数としてランク付
けし、 これを基に契約優先順位を決定するとしている。 大気保全については、 CR
Pの規則案に対して提出された3千件を超すコメントの中から新たに採用したも
ので、 農地から飛ぶ土ほこりを防ぎ、 大気の汚染を防ぐ趣旨となっている。 

 CRPの事業は、 85年に創設されて以来、 その本来の目的とは別に供給をコント
ロールする役割を担ってきた。 農業法の改正のたびに環境保全の側面に重点が置
かれた改正がなされているとは言え、 米国の全農作物生産農地の1割近い農地が
この事業により休耕地とされている現実から見て、 飼料穀物などの需給動向にも
影響を与えることになるこの事業の実施動向については、 今後とも注目していく
必要がある。 

イ. 環境改善奨励事業 (Environment Quality Incentive Program、 EQIP) 

 環境改善奨励計画 (EQIP) は96年農業法により新たに設けられた環境対策事業
である。 この事業では、 環境改善対策を実施する農家に対して技術・知識の面で
の支援を行ったり、 環境対策施設の建設についての経費の一部を補助することな
どを規定している。 事業予算は、 96年度に1億3,000万ドル、 97年から2002年ま
では、 毎年2億ドルが配分されることとされている。 また、 予算額の半分以上を
畜産生産に関連した環境対策に使用することも定められている。 

 米国の畜産生産において、 これまでにも糞尿処理問題、 臭気問題などの環境問
題がなかった訳ではないが、 農業法にこのような形の事業が規定されたことは、 
米国においても畜産環境問題に対処するための事業の必要性が増してきているこ
との現れであると考えられる。 

 この事業は、 USDAの自然資源保全局 (Natural Resources Conservation Servi
ce NRCS) が主管するが、 NRCSは農家サービス局 (Farm Service Agency FSA) 
の協力を得て、 政策目標、 事業優先基準、 事業採択基準などを決定する。 また、 
NRCSはFSAやその地方部局などの協力により保全必要地域の評価を行い、 事業実
施の優先順位を決定するとされている。 

 この事業で対象となる具体的事業内容等は次のとおりである。 

(ア) 事業内容

(1) 契約により5年から10年の期間を定めて環境保全に配慮した特別な農地管
  理などを実施することに対して奨励金を交付する事業

(2) (1)の契約農家が畜産糞尿処理施設の建設・設置を行う場合に、 その経費の
  一部を補助する事業 (補助率は最大75%まで) 
 ただし、 施設補助事業は、 農務長官の定義する大規模農家は対象としないとさ
  れている。 (大規模農家も技術及び知識関係の支援を受けることは可能) 従っ
  て、 大規模農家の定義が施設建設型の補助事業の採択のポイントとなるため、 
  USDAが統一的な定義を示さなかったこともあり、 「大規模」 をどのように定義
  するかについての論議が起こっている。 

(3) 生産者に対する技術及び知識等の情報提供事業

(イ) 補助金の限度額

 この事業により生産者が受給できる補助金の限度額は、 年間1万ドルまでで、 
通算した事業期間全体で5万ドルまでに制限される。 なお、 この補助金受給枠は、 
農産物計画における生産柔軟化契約に基づく7年間にわたる補助金の受給枠の別
枠とされる。 

(4) 農産物販売促進計画

 農業法の規定に基づき実施されている農産物の販売促進事業は、 一般的には、 
「チェックオフ」 の名称で呼ばれている。 畜産物についてのチェックオフ事業は、 
牛肉、 豚肉、 牛乳・乳製品 (酪農生産者の資金拠出)、 飲用牛乳 (牛乳処理業者
の拠出)、 鶏肉・鶏卵など、 畜種部門別にそれぞれの事業が実施されている。 チ
ェックオフ事業は法律に基づく事業であるが、 賦課金の徴収方法、 徴収額、 事業
支出の配分、 事業内容の決定など事業の運営管理については、 すべての面で賦課
金を拠出している生産者などが主体となって運営されている。 法律に基づくそれ
ぞれの事業についての具体的規則は、 農務長官が制定するとされているが、 この
規則も関係団体から提出される規則提案申請を基につくられることになっている。 
96年農業法では、 最初に議会の承認を受けることなく、 USDAに対して直接申請を
行いチェックオフ事業を創設できるものとされた。 また、 それぞれのチェックオ
フ事業は、 少なくとも5年に1度は全体投票を行い、 事業継続の是非などについ
て賦課金を拠出している者の判定を受けることが義務づけられた。 

 96年農業法では、 新たにカノーラ、 菜種、 キイウイ、 ポップコーンのチェック
オフ事業の創設が決められた。 

(5) 農村地域開発

 96年農業法は、 従来の事業を廃止または統合した形で新しい事業の実施を定め
ている。 主要な事業としては次のようなものがある。 

ア. 農村共同体発展計画 (Rural Community Advancement Program、 RCAP) 

 農村共同体発展計画は、 農村地域の共同体施設、 インフラ施設、 事業活動の支
援の3分野について信用保証、 補助、 資金貸付けを行う事業である。 

イ. 遠隔地教育・通信医療計画 (Distance Learning and Telemedicine Loan P
  rogram) 

 遠隔地教育・通信医療計画は、 90年農業法により実施された事業を引継ぎ、 農
村地域における情報通信機能を充実し、 教育や医療サービスを充実させる事業で
ある。 この事業では、 このために必要な資金融資や補助金の交付が行われる。 96
年農業法では、 96年度から2002年度にかけて、 毎年1億ドルの予算配分を行うこ
とが定められている。 

ウ. 米国農村地域基金

 96年農業法により新たに設けられた米国農村地域基金 (Fund for Rural Ameri
ca) は、 基金の3分の1を農村地域の住環境改善などの地域開発事業に、 別の3
分の1を米国産農産物の国際競争力の強化、 農業生産の収益性の向上、 資源保全
など各種の調査・研究に使用することとされ、 残りの3分の1を農務長官の裁量
によりこれら2つの分野に配分・支出することができるとしている。 事業基金は、 
97年度、 99年度、 2000年度の3年間にそれぞれ1億ドルずつ積み立てられること
になっている。 

 以上のような農村地域の開発事業は、 農村地域における生活基盤を充実させる
ことにより、 農村地域における生活の質を向上させるとともに、 情報化が進む中
でこれに取り残されることのないようにインフラを整備することを事業目的とし
ている。 このような事業の実施による農村地域開発の結果は、 間接的に米国の農
業生産力の向上に結びついていくものと考えられる。 

(6) 研究・普及・教育計画

 96年農業法は、 90年農業法や77年農業研究・普及・教育政策法 (Research, E
xtention, and Teaching Act of 1977) など調査研究関係法の改正などを行う
とともに、 研究・普及・教育関係事業の2年間の延長を認めた。 また、 事業の効
果的実施についての検討や見直しを継続して実施することも定められた。 

 畜産関係では次のような事業の実施が定められている。 

(1) 連邦政府と州政府の緊密な連携により実施する動物衛生・疾病研究

(2) 放牧地の有効な管理、 放牧地における水質保全対策などについて研究する
  放牧地研究事業

(3) HACCP制度のモデル研究や食肉の安全性に関する全般の研究を行う食肉安全
  センターの設置など

 以上のとおり、 96年農業法の核部門について畜産に関係する規定を中心として
これまでの農業法との比較という観点からその概要を報告をしたが、 96年農業法
は、 従来の農業法関係規定を大きく改正し、 新たな政策の枠組みを定めたという
ことができる。 事業の影響力の点から見れば、 減反政策と不足払い制度を廃止し、 
その代償的措置として、 7年間にわたり一定の補助金を支給するという生産柔軟
化契約の規定が、 最も大きいといえるが、 従来からの農業法でも規定していた環
境保全対策、 輸出競争力の強化、 農村地域開発などの事業についても、 生産者の
自由な農業生産活動を側面的に支援する様々な対策が採られているということも
見逃せない重要な事実である。 

3. 96年農業法と農業関係団体の反応



 米国の農業関係団体は、 大勢として96年農業法の成立を歓迎している。 現在と
近い将来の時刻と世界の農産物需要の動向を判断して、 米国の生産者は、 96年農
業法に示されている考え方を農業政策として受け入れる道を選んだと言える。 こ
こでは、 主要な農業団体の96年農業法に対する見方を紹介する。 

(1) 一般農業団体

ア. アメリカン・ファーム・ビューロ・フェデレーション

 アメリカン・ファーム・ビューロ・フェデレーション (American Farm Bureau 
Federation、 AFBF) は、 全米50州の400万以上の農家を会員とする最大の農業団
体であり、 数多くの農業団体の中で最も大きな政治的影響力を持つ組織であると
言える。 各種の農業分野の会員を包括していることから、 農業政策についても会
員の中に異なる考え方が存在することになるが、 今回の農業法の審議過程におい
ては、 成立した96年農業法の考え方を支持する意見が多数派となっていた。 クレ
ックナー会長は、 農業法の成立についてのコメントとして 「この農業法は、 関心
を持つすべての人々にとって考え得る最善のものである」 として、 「生産者は、 
農業生産の自由を享受しつつ、 一定の補助金を得ることができる」 と96年農業法
の利点を述べている。 同会長はまた、 これまでのように米国農産物が世界の農産
物市場への参入を制限されていた時代においては、 従来の制度が生産者を守る役
割を果たしていたが、 今日の大きく変化している農業情勢の下では、 従来の制度
を保持することは、 米国が世界の農産物需要に対応することを阻む結果につなが
るとして、 農業政策の転換を評価している。 今年1月に開催されたAFBFの年次総
会においても、 各州の代表者から 「政府の政策に頼る割合を少なくし、 長期的展
望の下で、 より市場に重点をおいた農業政策が必要である」 との考え方が表明さ
れ、 96年農業法を肯定する考え方が、 AFBF全体統一意見であることが確認されて
いる。 

 このような立場から、 AFBFは、 一部の民主党議員が主張している従来型の農業
政策への回帰の動きに警戒感を示し、 これに反対することを表明している。 AFBF
は、 今後の農業政策として、 自由な生産と取引の拡大に対応したリスク管理制度
の充実、 農家租税負担の軽減、 CRP政策の維持、 自由貿易を歪曲する補助金制度
の撤廃要求などを主張している。 

 AFBFの考えとして表明されている96年農業法に対する見方や、 今後の米国農業
政策についての方向は、 現在の米国の農業生産者の全体的な意見を反映したもの
と言える。 

イ. 全国農業者組合

 全国農業者組合 (National Farmer's Union、 NFU) は、 約30万の農家を会員と
する農業団体で、 会員は家族経営が主体となっている。 NFUは、 家族経営農家を
守ることを目的とした活動を行っている。 AFBFが共和党系の農業団体といわれる
のに対し、 NFUは民主党系の団体とされている。 96年農業法に対する見方もAFBF
とは異なり、 クリントン大統領が96年農業法の署名の際に声明した農家に対する
セイフティー・ネット対策を取り入れた改訂を行うことを求めている。 具体的要
求内容としては、 ローンレート価格の引き上げ、 農家保有保管 (FOR) 制度の復
活、 穀物保険制度や災害援助制度の充実などを挙げている。 また、 NFUは、 家族
農業保護の視点から畜産生産・流通における寡占化の問題に対する政府の積極的
な対応を強く求めている。 

 NFUの立場は、 米国全体の生産者の考えから見れば少数派であり、 96年農業法
の基本的事項に関する要求については、 実現が困難な情勢にあることは否定でき
ない。 

(2) 食肉関係団体

ア. 全国肉牛生産者・牛肉協議会

 全国肉牛生産者・牛肉協議会 (National Cattlemen's Beef Association、 NCB
A) は肉牛生産者を代表する組織である。 米国の肉牛生産部門は、 農業法との関
連からは、 耕種部門などとは異なり、 これまでも、 また、 今回の農業法の論議に
ついても、 あまり深い関心を抱いてこなかったのが現実である。 これは、 肉牛部
門が伝統的に政府による制度的な保護などを受けてこなかったことによるもので
ある。 

 しかしながら、 NCBAはこれまでの立場からも、 96年農業法に農業生産の自由化
という考え方が取り入れられたことについては歓迎する考えを示している。 

 96年農業法の中でのNCBAの主要な関心事項としては、 環境対策の中のCRP事業
とEQIP事業、 貿易関係のMAP事業を挙げることができる。 また、 肉牛生産コスト
への影響という観点からは、 耕種部門の生産柔軟化契約による穀物価格の変動に
関心がもたれている。 

イ. 全国養豚生産者協議会

 米国の養豚生産者を代表する全国養豚生産者協議会 (National Pork Producer
s Council、 NPPC) は、 肉牛部門と同様、 政府の制度的な支援や生産調整などの
生産規制を受けることのない部門である。 従って、 NPPCも、 農産物生産と価格決
定を市場メカニズムに任せるべきであるとの考えをもっており、 96年農業法の考
え方を支持している。 養豚は、 飼料給与体系などの生産体系から生産コストにお
いて肉牛生産以上に穀物価格の変動の影響を受けやすい構造になっている。 この
意味で、 NPPCは今後の飼料穀物の生産と価格動向に対する96年農業法の影響に関
心をもっている。 

 NPPCはまた、 環境問題が農業生産の拡大等にとって大きな制約要因になってい
る地域があるため、 農業法に示されている環境保全重視の方向、 特に水質保全の
問題に対する今後の具体的規制実施の動向に関心をもっている。 

(3) 酪農関係団体

 米国の農業法の中で畜産生産に直結関連する政策が実施されているのは酪農部
門のみである。 ここでは、 酪農関係団体の96年農業法に対する見方について報告
する前に、 農業法の審議過程において提案された酪農関係法案の概要について報
告し、 これらの審議の結果として生まれた96年農業法における酪農関係規定に対
する酪農関係団体の見方を紹介する。 

ア. 酪農制度をめぐる諸提案

 農業法における酪農関係規定の審議は、 ミルク・マーケティング・オーダー制
度と、 加工原料用規格生乳の価格支持制度の改革をどのようにするかという点を
中心として行われた。 審議は地域間の利害対立により難航した。 

 95年11月には、 財政調整法に本来農業法で規定すべき農業関係規定を組み込む
形で審議が行われた。 この際の酪農関係規定については、 上下両院で次のような
法案が可決された。 この上下両院案は、 難航した審議の帰結として2つに集約さ
れた改革案であったということができる。 

(ア) 上院案の主な内容

(1) 加工原料乳価格支持制度による買い上げ対象乳製品からバターと脱脂粉乳
  を除外し、 チーズのみを対象とする。 

(2) チーズの支持価格水準を96年は生乳100ポンド当たり10.00ドルとし、 2002
  年まで毎年10セントづつ引き下げる。 

(3) ミルク・マーケティング・オーダー制度は維持する。 

(4) 余乳処理の経費に充てるために徴収されている生産者賦課金を廃止する。 

(5) DEIPは維持する。 

(イ) 下院案

(1) 加工原料乳価格支持制度及びミルク・マーケティング・オーダー制度をと
  もに廃止し、 その後、 7年間にわたり、 生産者に過去の生産実績に基づく助成
  金を交付する。 

(2) 余乳処理の経費に充てるために徴収されている生産者賦課金を廃止する。 

(3) DEIPは維持する。 

 この案は、 上下両院の代表者による法案調整委員会による統一の協議において
妥協点がみいだせず、 酪農関係法案は、 財政調整法案からは除外された。 また、 
財政調整法案自体も、 福祉関係規定や農業法の内容から大統領の拒否権の発動が
あり成立に至らなかった。 

 下院案を提案した下院畜産・酪農小委員長であるガンダーソン議員 (共和党、 
ウイスコンシン州選出) は、 当初、 上院案に近い比較的緩やかな改革案を提案す
る考え方であったが、 地域間の意見の対立や乳業団体からの反対などにより、 全
体の合意が得られず、 次善の案としてミルク・マーケティング・オーダー制度と
価格支持制度を廃止し、 移行期間に生産者に対し補償金を交付するという大幅な
改革案を提唱した。 

 北東部地域や南東部地域など、 飲用乳生産地域では乳価の低落幅が大きく、 加
工原料乳生産地域である北部中西部地域では低落幅が比較的小さいと考えられて
いることから、 この点が地域対立を生む最大の要因であり、 予算調整法案におい
て上院案と下院案の統一調整が不調となった理由であった。 

 振り出しに戻った形の農業法審議は、 法律の成立には至らなかったものの耕種
部門での合意が形成されたこともあり、 これ以上農業法の成立を遅らせることは
できないという雰囲気の中で農業法独自の法案審議が再開された。 

 意見対立の大きかった酪農関係規定は、 中西部地域の加工乳地域と北東部や南
部などの飲用乳地域との利害対立の調整が困難な状態が続いた。 このため、 上院
においては、 審議日程内での調整が不可能であるとして、 酪農関係規定が盛り込
まれないこととなり、 96年12月までの現行制度の延長という形で問題が先送りさ
れた。 一方、 下院においてはガンダーソン議員が提唱した生産柔軟化契約の同様
の方法によるすべての制度の廃止と定額の補助金を交付する法案とソロモン下院
議員 (共和党、 ニューヨーク州選出) などの提案した生乳の価格支持制度の段階
的廃止という考え方の2つの法案が再び対立した。 

 結局、 最終的には後者の案が下院案として可決され、 両院議員の代表による議
案統一委員会においては、 最終的な法案が調整されることとなった。 委員会での
調整の結果、 下院で可決された法案に若干の修正が行われたものの価格支持制度
の段階的廃止とミルク・マーケティング・オーダー地域の統合の考え方が96年農
業法の酪農関係規定として採決されることになった。 

 加工乳生産地域と飲用乳生産地域の対立は、 統合するミルク・マーケティング・
オーダー地域の線引きや乳価の算定方法の改善の問題など今後の96年農業法の規
定の実施において再び意見の対立が見られることが予想され、 酪農政策に関して
は、 農業法の成立により制度改革に終止符が打たれたとはいえない状況にある。 

 乳製品の価格支持制度については、 近年、 乳製品の市場価格が支持水準を上回
って推移しているため、 価格支持制度の意義が薄れ、 この制度と一体とされてい
た余乳処理のための賦課金徴収の廃止とセットにした制度廃止提案がなされてい
たため、 比較的受け入れ易いものであった。 

 なお、 北東部地域における乳価に関する協定の規定は、 レーヒー上院議員 (民
主党、 バーモント州選出) により議案の統一委員会で最終法案に加えることが主
張され、 認められた。 この規定が農務長官の権限により実施の可否が決定される
こととなっていたため、 実現される可能性は非常に少ないとの見方がされていた
が、 96年10月に農務長官がこの協定の締結を認める決定を行ったため、 新たな論
争の種となっている。 この協定は、 乳価の設定に関して特定地域に特別優遇措置
を認める内容であるため、 他の地域の生産者、 特に中西部の生産者からの反発が
強い。 この協定が憲法違反であるとする訴訟も起こされている。 

イ. 全国生乳生産者連盟 (National Milk Producer's Federation、 NMPF) 

 米国の酪農は、 全国レベルで影響をもつ政策変更の検討にあっては、 地域間の
利害が対立し、 意思の統一が困難な状況が見られる。 96年農業法の審議もこのよ
うな事情から非常に難航した。 この結果として成立した法律の内容についてNMPF
は、 十分に満足のいくものではないが、 受け入れられるものであるとの考えが主
流になっている。 

 現在の生乳生産者は、 96年農業法の改訂の問題よりは、 意見の異なるミルク・
マーケティング・オーダー地域統合の具体的方法や拡大することが予想される世
界の乳製品貿易においていかにして米国産乳製品の輸出を拡大するかと言った問
題に関心を寄せている。 

4. 96年農業法と農業生産への影響



 USDAは、 先頃、 96年農業法の定める政策条件の下における2005年までの農業生
産等の見込みを発表した。 この見込みは、 (1)米国の経済成長が2.5%で安定して
続き、 諸外国も地域ごとに一定の割合で経済成長が続くこと、 (2)96年農業法の
規定する諸条件が継続すること、 などを前提として作成されている。 

 大方の予測のとおり、 この報告では、 多くの農業部門においての農家収入の増
加や海外の農産物需要の伸びによる輸出の拡大など、 米国の農業にとって明るい
展望が示されている。 しかしながら、 平均化されたこの結果とは別に、 個々の生
産者にとっては、 農業生産に関する意思決定に大きな選択の自由が与えられたこ
とは、 その選択の良否が農業収入に反映され、 選択に対する責任がこれまで異常
に重要になってきている点については変わりがないと言える。 

 報告に示された部門ごとの生産見込みなどの概要は次のとおりである。 

(1) 耕種部門

 耕種部門の農産物の生産量は、 作付け面積の拡大や農家の規模拡大と効率的な
生産などによりこれまで以上の伸びが示されると見られる。 国内需要は、 人口の
伸び率をやや上回る需要の伸びが予測され、 海外需要は、 ガット合意の実行によ
る貿易障壁などの低減と世界各国の経済成長にともない農産物貿易が拡大し、 米
国の農産物輸出も拡大が見込まれる。 飼料穀物輸出も、 畜産物とともに経済発展
途上国の所得上昇に伴う食生活の変化により拡大すると見込まている。 

 耕種部門の農産物価格は、 95年から96年にかけての極端な在庫水準の低下によ
る穀物価格の高騰に対する価格調整による低下があるが、 長期的には、 今後の需
給状況から、 従来を上回る価格水準になると見られている。 

(2) 畜産部門

 肉牛飼養頭数は、 現在より減少し、 2000年以降は9,700万頭程度で安定して推
移すると見られる。 一方牛肉生産量は、 出荷体重の増加などにより大きく減少す
ることはないと見られている。 

 養豚生産は、 垂直統合の傾向が進み、 市場シェアを延ばすが、 統合は家きん肉
産業ほどまでは進まず、 経営の大規模化による生産コストの低減とともに生産量
の拡大が続くものと予測している。 なお輸出が伸びる中で輸入は減少し、 豚肉の
純輸出量が増加する。 また家きん肉産業は、 飼養管理技術が更に伸展するものと
見られる。 

 以上から食肉全体の生産量は毎年記録を更新していくが、 赤身肉の生産量はわ
ずかに減少し、 全体の生産量の増加は家きん肉生産量の増加により達成されると
見られている。 

 酪農では、 乳製品の価格支持制度の廃止と96年農業法の結果による飼料穀物価
格の上昇により実質的な農家収入が減少すると見られている。 乳価の低下に対応
した低コスト生産の可能な経営のみが経営を継続できるものと考えられており、 
中西部及び西部の低コスト経営が生産規模を拡大し、 これに伴う生産地の移動が
続くものと見込まれている。 乳牛の飼養頭数は減少するが、 乳牛改良による生産
性の向上などにより生乳生産量は増加すると見込まれている。 また、 ミルク・マ
ーケティング・オーダー地域の統合によりオーダー地域が広がり、 地域によって
受取乳価が増加する生産者と減少する生産者が見られることになる。 

5. 終わりに



 米国は、 ここ数年来、 良好な経済成長を遂げている。 農業分野についても、 海
外需要の拡大による輸出の伸びなどを背景として概ね良好な情勢にある。 農業法
の審議もこのような情勢下で行われた。 

 成立した96年農業法は、 これまでの中心的政策であった農産物の価格・所得支
持制度を農業法の審議当時のパット・ロバーツ下院農業委員長が提唱した 「農業
自由法案 (Freedom to Farm)」 の考え方を取り入れ、 減反制度の廃止と作付け選
択の自由を保証し、 定額の補助金を交付するという大きな変革を行うものとなっ
た。 

 農業関係団体は、 96年農業法の審議過程で農業生産に対する政府の介入を減ら
す考えが紹介されると、 多くの団体が賛意を示した。 この背景には、 財政支出削
減要求の下で、 今後、 価格・所得補償制度を維持していくことが困難であると判
断されたことや、 今後のアジア諸国などの経済発展に伴う食料需要の伸びに対応
して行くためには、 自由な農業生産の下で食料生産を行う方が得策であるとの判
断があったことが挙げられる。 

 96年農業法の成立以来1年近くを経過した現在、 穀物価格が比較的良好な水準
にあることもあり、 ほとんどの農業団体の96年農業法に対する考えに変化はない。 
96年農業法の定める政策・制度の下での農業生産は、 生産者に作付け選択などの
大きな選択の自由を与えたが、 生産者は新しい政策環境の中で自らの責任と判断
で農業経営を行っていくことが必要となっている。 また、 政府の役割としては、 
直接的な生産管理から、 災害被害などの非常時における支援、 市場における公正
な取引の確保、 農産物の需要促進・輸出促進に対する支援、 農業関連情報の提供
などに重点がおかれていくものと思われる。


元のページに戻る