海外駐在員レポート 

EU共通農業政策(CAP)改革案




T はじめに

 EUの共通農業政策(CAP)の改革案が今年 3 月に発表された。昨年4月の「農
産物需給の長期見通し」および農産物市場の「現状と見通し」の発表、7月の非
公式改革案(アジェンダ2000)の発表を経て、いよいよ具体的な改革議論が始ま
った。改革案は、基本的には価格政策から所得政策への転換、環境保護関連政策
のテコ入れなど、前回(92年)のいわゆるマックシャーリー改革の路線をさらに
進めるものとなっている。ただし、生乳生産クオータの一部改正案、生産者への
直接支払いの一部を加盟国の裁量に委ねる提案、個々の農家への直接所得支払い
額に対するさまざまの規制案など、新たな提案も多く盛り込まれている。EUは畜
産物の主要生産地域であり、また主要輸出地域であり、その農業政策の改革は、
今後の国際農産物市場や世界貿易機関(WTO)の次期農業交渉に与える影響が大き
い。そこで、今回は、この改革案について、その概要および各界からの意見をレ
ポートすることとする。


U 改革の必要性

 EU委員会は、CAPが抱えているEU域内の問題を 3 項目、国際的な問題を2項目
掲げて、CAP改革の必要性を説明している。中でも、域内問題が重要であると述べ
ている。


1 国際競争力の強化

 域内の問題として、まず農産物の内外価格差を掲げ、現状のままではEU域内外
で、農産物だけでなく、農産加工品の市場シェアも失い、結果として、在庫や財
政負担の大幅な増加を招き、さらには失業率にも影響すると述べている。前回の
改革の直接の要因は、CAPの市場政策がもたらした過剰生産構造の是正と現実に積
み上がった膨大な在庫の解消であった。改革の成果かあるいは単に生産サイクル
が右肩下がりになった結果かは議論があるにせよ、在庫は、改革後急速に解消さ
れた。しかし、100%を越える自給率と大きな内外価格差の存在は基本的に何ら変
わっていない。さらに、現実には、牛海綿状脳症(BSE)問題の再燃に伴い、牛肉
介入在庫は再び60万トンにも積み上がっており、EUの頭痛の種となっている。ま
た、今後、このような予期せぬ事態が出現しないともいえない。このため、EUと
しては、介入在庫やこれに伴う財政負担の増加について、抜本的な対策を講じる
ことが必要となっている。


2 大衆に受け入れられる政策の実現

 次に、政策の投入対象が、比較的有利な立場にある地域や生産者に偏った結果、
一方では集約的農業により環境や家畜衛生面での弊害が出現し、他方では農村地
域の活動の衰退を招いたと分析し、農業に対してマイナスの世論が形成されてい
ると述べている。このため、大衆に受け入れられるCAPの実現をうたっている。例
えば、オランダについてみると、高度の集約的養豚が、昨年の豚コレラの急速な
伝播と大発生の大きな要因となっており、目下、この経験を踏まえ、豚の飼養頭
数の削減計画が進行中である。


3 加盟国への分権化

 3番目に、CAPは、共同体発足時の 66カ国時代に創設され、加盟国に共通の政
策を講ずるという原則のもとで、その後ほぼ当初の形を残して長期間継続されて
きたため、規則の多い複雑なものとなってしまい、農家もその仕組みがよくわか
らなくなっていると指摘している。その上で、加盟国が15に増えた現在では、加
盟国それぞれで自然資源、農法、競争力、所得および伝統が異なっているように、
EUの農政も加盟国の実状にあった多様化や分権化が必要になっていると述べてい
る。ただし、このような分権化を進めるにしても、EU本部と加盟国の役割分担は
明確にしなければならないと述べ、やみくもな加盟国への権限委譲にクギを刺し
ている。加盟国の農業を比較すると、例えば酪農の平均経営規模についても見て
も、イギリスはポルトガルの17倍(72頭/戸)と大きな開きがある。しかしなが
ら、これらの差異は、昨今急に出現したわけではなく、EUは差異を前提にして画
一的な制度の運用を行ってきたことからみると、分権化の提案は、その真意はさ
ておくとしても、画期的な転換である。


4 中・東欧諸国のEU加盟

 国際的な問題としては、まず、中・東欧諸国の加盟問題を掲げている。農産物
価格、農業構造、農家経済、家畜衛生制度などにおいて、現加盟国と大きな差の
ある国々をEUに円滑に融合させるためには、CAPをこれらの国に軟着陸させること
が重要な前提となる。したがって、EUとしては、加盟交渉を詰める上で、、CAP改
革を事前に終了させるとともに、新加盟国への適用の方向性を確立しておかなけ
ればならない。


5 次期WTO農業交渉

 次に、来年中に始まることが予定されている次期WTO農業交渉への対応を掲げて
いる。これについては、国内支持の削減や貿易の自由化について一段と突っ込ん
だ交渉が行われることを前提として、事前にCAPを改革し、交渉スタンスを確立す
べきであると述べている。

 このように、EUはCAPの問題点、すなわち克服すべき課題として、@国際競争力
の強化、A大衆に受け入れられる政策の実現、B加盟国への分権化、C中・東欧
諸国の加盟、D次期WTO農業交渉を掲げている。ここで、注目すべきことは、EUは
これら全ての課題への対応を、ヨーロッパモデルの農業の維持発展という大きな
目標の下で行おうとしていることである。すなわち、EUは、域内農業の存在価値
が他の地域とは異なると断言することで、CAPの存在意義を確立しようとしている。
ヨーロッパモデルの農業については、「畜産の情報」(海外編)98年3月号で農
業団体の考え方を紹介したが、今回の改革案に付随してEU委員会は、このモデル
は、@競争力のある農業、A環境に優しい農法、B生産性のみを追求するのでは
なく、古い伝統を有し、農村の維持や雇用の維持創出につながる多面的な農業、
CEU一律に実施する部分と加盟国に任せる部分のすみ分けをした上での、わかり
やすい農政、D農家の期待される役割に照らして、財政負担が妥当であると社会
が判断するような農政から成り立つものであると述べている。また、このモデル
と他の地域の農業との最大の相違点は、農業の多機能性、すなわち経済、環境、
社会および景観の維持に果たす役割が異なることであると述べ、このため農業を
維持し、農家の所得を維持する必要があると結論している。なかなかストレート
には理解しにくい説明ではある。EUの環境対策の担当者の一人が、米国や豪州で
環境保護といえば、人里離れた自然公園を設置あるいは維持すればよいが、EUで
は、農村と環境は共存しており、環境保護といえば農村の維持に他ならないと述
べている。極端な言い方かも知れないが、こういった見方が“ヨーロッパモデル”
の発想の根底にあるのではないだろうか。この他、ヨーロッパモデルの農業では、
競争力の追求に当たっても、市場原理に盲目的に追従せずに、市場支持政策や直
接所得補償制度を通じて、農家の所得を守り、その安定を同時に図ることが目的
であると述べている。このように、ヨーロッパモデルの“農業”の概念の説明に
も“農政”が堂々と登場してくるが、これは、モデルの主張の理由が、CAPの正当
性の説明探しにあることを、自ら述べているようにも思える。


V CAP改革案のポイント

 今回、提案されたCAP改革のポイントは、次のとおりである。
1 牛肉分野(詳細はW章参照)

(1)介入買入の廃止

 2002年6月末日で、EUによる介入買入を廃止する。2000年から廃止までの経過
期間中に、介入買入価格を20%引き下げる。

(2)市場介入措置を民間在庫補助制度に一本化

 2002年 7 月 1 日から、市場介入政策を民間が牛肉を保管した場合、EUがその
保管費用を補助する民間在庫補助制度に一本化。これにより、行政府による市場
介入の影響は緩やかとなる。なお、この制度の発動の指標価格として、新たに設
定される牛肉基本価格は、現行の介入買入価格から実質30%減。

(3)直接所得補償制度の改革

 @奨励金の単価増額および新設等

  介入価格の引き下げに伴ない、2000年から2002年の3年間で、直接所得補償
 としてEU域内一律で交付される各種奨励金単価が、増額または新設される。

 A運用の一部を加盟国の裁量に委任

  加盟国が独自の裁量で、@の奨励金単価の増額やその他の生産者の直接支払
 いを決定することができる。

2 酪農分野(詳細はX章参照)

(1)介入買入価格の15%引き下げ

 バターおよび脱脂粉乳の介入価格を2000年から2003年の4年間で、15%引き下
げる。

(2)直接所得補償制度の導入

 介入価格の引き下げに伴ない、EU域内一律で交付される直接所得補償として乳
牛奨励金を新設。牛肉分野と同様、加盟国が独自の裁量で、乳牛奨励金単価の増
額やその他の生産者への直接支払いを決定することができる。

(3)生乳生産クォータ制度の2006年までの延長とクォータの増枠。

3 新たな環境対策(詳細はY章参照)

(1)飼養密度の条件

 各加盟国の裁量に基く直接所得補償制度の運用に当たっては、飼養密度の条件
を付加。

(2)クロスコンプライアンス

 各加盟国は、直接所得補償の交付に当たっては、環境関連の条件を付加。なお、
この条件に違反した場合は、奨励金の支払いの削減や停止といった罰則が適用さ
れる。

(3)条件不利地域対策における環境関連条件の拡充

4 補助金の交付(詳細はZ章参照)

 補助金の高額受給者に対しては、受給額に応じて累進的な削減を行う。
以下の章において、牛肉および酪農分野を中心に改革の内容を詳細に紹介する。


W 牛肉分野の改革

1 介入買い入れの廃止

 牛肉の介入買い入れおよび売り渡しは、EUの牛肉市場政策の柱の一つである。
運用方法は幾多の変遷を経て、現在では、EUおよび加盟国の平均価格が22週間連
続して、それぞれEUが毎年定める介入価格の84%以下および80%以下となった場
合、当該加盟国で入札による介入買い入れが行われている。ただし、これらの条
件を満たした場合であっても発動は自動ではなく、EU委員会の決定が前提となる。
また、買い入れ上限が設定されており、98年以降はEU合計で35万トンとされてい
る。

 改革案では、この介入買い入れを2002年6月末日で廃止し、それまでの経過措
置として、介入価格を2000年度および2001年度の2年間で現在の3,475ECU(52万
8千円)/トンから2,780ECU(42万3千円)/トンに20%引き下げることとして
いる。この引き下げを、実質的な介入トリガー水準(介入価格の80%)としてみ
ると、2,780ECU/トンから2,224ECU(33万8千円)/トンへの引き下げに相当す
る。買い入れ上限量は、現行どおりの35万トン/年と提案されている。


2 市場介入措置を民間在庫補助制度に一本化

 2002年度以降(2002年 7 月 1 日以降)は、介入買い入れを廃止して、市場介
入措置を民間在庫補助に一本化することを提案している。民間在庫補助は、民間
が一定量の牛肉を一定期間保管する場合、EUがその保管費用を補助するものであ
り、EUが自らの在庫として牛肉を買い入れ、管理する介入買い上げに比べて、市
場介入の程度は格段に緩やかになる。民間在庫補助は、規則上は現在でも市場介
入措置の一つとして定められているものの、89年を最後に実施されていない。
 民間在庫補助は、市場価格が新たに定める基本価格の103%を下回った場合に発
動しようとするものである。トリガーとなる基本価格は、1,950ECU(29万6千円)
/トンと提案されており、現行の介入価格からみると実質30%の引き下げとなる
(現行の実質的な介入買い上げトリガー価格2,780ECU/トン→1,950ECU /トン)。

 こういった、支持価格の引き下げおよび市場志向的な介入措置への転換の理由
として、改革案では域内牛肉需給バランスの改革およびWTO体制下での国際競争力
の強化の2点が掲げられている。ただし、介入買い入れに関して言えば、これ以
外にも膨大な財政負担からの脱却があることは言うまでもない。最近、BSE問題再
燃以来、積み上がった介入在庫の輸出用売り渡し入札が行われているが、落札価
格は、110ECU/100kg(約1万 75 千円、骨付き)程度となっている。買い入れ時
の価格が約260ECU/100kg(約45万円)であり、売買差額は▲150ECU/100kg(約25
万3千円)となる。域内向けの売り渡し価格もおおむね同様である。したがって、
現在の買い入れ在庫60万トンが仮にこの程度の金額で全て処分できたとしても、
損失は 9 億ECU(約 1 千 4 百億円)となる。もちろん、この他に、介入買い上
げ自体の運営経費を忘れることは出来ない。大変な財政負担である。


3 直接所得補償制度の改革

 介入買い入れの廃止および民間在庫補助への一本化と並んで、改革案の柱とな
っているのが、直接所得補償制度としての農家への直接支払い(以下「直接所得
補償支払い」という。)の拡充・強化である。この制度自体は92年の改革時に、
介入価格の引き下げの代償として新設・拡充された。改革案では、介入価格の引
き下げの代償として(1)EU内で一律に交付される直接所得補償支払いである、各
種奨励金の単価増額および新設と(2)各国独自の直接所得補償支払いの運用((1)
への上乗せやその他の形での直接所得補償支払い)の2つの提案がなされている。

(1)奨励金の単価増額および新設等

 現在、直接所得補償として畜産農家に支払われている主な奨励金には、@繁殖
雌牛奨励金、A雄牛特別奨励金、B粗放化奨励金、C季節是正奨励金、D子牛の
と畜奨励金、E子牛の早期出荷奨励金があり、全て頭数単位で交付されている(詳
細は「畜産の情報」(海外編)95年5月号参照)。改革案では、繁殖雌牛奨励金、
雄牛特別奨励金および粗放化奨励金の単価の段階的な増額、季節是正奨励金単価
の据え置きが提案されている一方、子牛のと畜奨励金と子牛の早期出荷奨励金は
削除された。また、牛肉の介入価格の引き下げが、肉牛価格のみならず、肉用に
出荷される乳牛(淘汰牛など)の価格にも影響することを踏まえ、乳牛に交付す
る「乳牛奨励金」の新設が提案されている。奨励金単価に関する提案は表 11 の
とおりとなっている。

表 1 牛肉分野の支持価格、奨励金に関する提案

 *	2002年の価格を提案
 **	基本価格1950ECUは現行のトリガーレベルから▲30%となる
***	1頭の牛について10カ月齢および22カ月齢の 2 回申請可能
	なお、未経産牛に対する支払い、草地単位での支払いには奨励金という
    用語は使用されていない。
	1ECU=約152円

 表中の「基本単価」が域内一律で交付される単価であり、その積算の考え方を、
以下の太線枠で囲んだ部分に記した。

【基本価格の積算】

○繁殖雄牛奨励金については、145ECU(22,000円)/頭(現行単価)+〔215ECU
 (32,700円)/頭(EU委員会が昨年アジェンダ2000の中で提案した単価)−現
 行単価〕÷ 2

○雄牛特別奨励金の基本単価も同様に算定されているが、非去勢牛については若
 干回り道が必要である。アジェンダ2000では単価を368ECU(55,900円)と提案
 していた。ただし、この時点で打ち切ることを提案していた、いわゆるサイレ
 ージ用トウモロコシに対する助成が、今回の提案で復活したため、その恩恵を
 この奨励金で差し引くと、368ECUは310ECU(47,400円)に相当すると述べられ
 ている。したがって、出発点は310ECUとなる。(135+(310−135)/2=220)。
 EUでは、92年のCAP改革の一環として、食用たけでなく、飼料用としてのトウモ
 ロコシについても農家への直接補助を実施している。畜産農家に対する影響が
 大きいことは言うまでもない。セクター別にみると、この制度の関連耕地の65
 %が酪農家、残りの35%が若齢雄牛生産者により利用されているとされている
 (EU委員会推定)。

○未経産牛への支払いおよび草地単位の支払いは新設されたものである。

 各奨励金の交付条件をみてみたい。まず繁殖雌牛奨励金と雄牛特別奨励金につ
いては、飼養密度による交付上限頭数(現行:2家畜単位/ha/年)および雄牛
特別奨励金の交付上限頭数(現行:非去勢牛は10カ月齢、去勢牛は10カ月齢と22
カ月齢の2回申請することができ、各月齢区分別に、交付頭数は90頭/年)は、現
行どおりと提案されている。また、両奨励金の国別クオータ等に関する提案は、
表 2 、 3 のとおりである。

表 2 繁殖雌牛奨励金の国別交付上限頭数

(注)基準年(95、96年)の交付頭数の+ 3 %に設定。
    個人枠も設定されており、2000年以降は99年12月末日現在の個人枠を適
   用する。
    なお、加盟国の保留枠の設置が求められている。

表 3 雄牛特別奨励金の国別交付上限頭数

(注)98/99年度のプライスパッケージで提案中の頭数に同じ。
   スペインとポルトガルの頭数が従来より増加。

 粗放化奨励金は、現在、繁殖雌牛奨励金および雄牛特別奨励金の交付対象農家
の家畜の飼養密度が一定以下の場合、これらの奨励金に上乗せして交付されてお
り、その単価は1.4家畜飼養単位/ha以下の場合は36ECU(5,500円)/頭、11 家
畜飼養単位/ha以下の場合は52ECU(7,900円)/頭となっている。改革案では、
奨励金の交付対象農家の区分を1.4家畜飼養単位以下に一本化するとともに、単価
の増額(100ECU(15,200円)/頭)を提案している。ただし、家畜飼養単位の算
出に当たり、従来よりも厳しい条件が提案された。飼養密度の積算については、
巻末に取りまとめた。

 季節是正奨励金については、交付対象国の条件として、雄牛の年間と畜頭数の
16 割以上が去勢牛でなければならないことが追加提案されている。

(2)運用の一部を加盟国の裁量に委任

 改革案では、加盟国が、その国の畜産の実状に応じて、独自に直接支払いの一
部を運営することができるよう提案している(以下「追加支払い」という。以下
に述べる酪農分野でも同じ)。また、追加支払いの形態として以下の選択肢を掲
げるとともに、それぞれの交付上限額を提案している(上限額は表1に追加支払
い上限額として示した)。

 ○繁殖雌牛奨励金単価の増額
 ○乳牛奨励金単価の増額
 ○8カ月齢以上の雄牛への頭数単位での交付
 ○未経産牛への頭数単位での交付
 ○草地面積単位での交付

 繁殖雌牛奨励金および乳牛奨励金については、単価の増額としての運用が提案
されているが、雄牛特別奨励金については単価の増額としての提案はなされてい
ない。雄牛に対する運用は、「8 カ月齢以上の雄牛への交付」と提案されている。
したがって、雄牛奨励金の基本単価への上乗せとして運用する他、奨励金の交付
対象とならない雄牛、例えば、交付上限を越える雄牛に対して交付することも理
論上は可能である(表 1 では、表の作成上の都合から上乗せ額として記した)。

 追加支払いのためのEU予算には、奨励金単価の増額(新設)を当初案(アジェ
ンダ2000)の 2 分の 1 とすることで、当初案の実施に必要な予算の 22 分の1
を当てている。加盟国へは、このEU予算を95年の牛肉生産量に基づいて配分して
いる(表4)。加盟国は配分された予算内で、追加支払いを実施することとなる。
なお、予算の積算および配分からして、理論的には、全ての加盟国は、配分され
た予算内で23 種類の肉牛奨励金の単価を当初案まで引き上げることができる。

表 4 牛肉分野の財源からの追加交付総額

(注) 1 ECU=約152円

 現在は、繁殖雌牛奨励金だけを対象とした追加配分が、上限額30ECU(4,560円)
/頭の範囲内で認められているが、今回の提案に比べれば極めて限定的なもので
あり、奨励金の単価は域内一律といえる。地域により追加支払い対象やその単価
に相違を生みだす今回の提案は、CAPの大きな方向転換である。

 なお、乳牛奨励金および草地面積単位での交付は、表に示した牛肉分野の支持
価格の引き下げの代償として、牛肉分野の財源から交付される他、酪農分野の支
持価格の引き下げの代償として酪農分野の財源からも同一の牛、土地に交付され、
また、牛肉分野の乳牛奨励金の基本単価も国により異なることなどから、一括し
て、酪農分野の改革の項で詳しく述べることとする。


輸出補助金政策について

 輸出補助金政策の改正は提案されていない。


X 酪農分野の改革

1 介入買入価格の15%引き下げ

 バターと脱脂粉乳の介入買い入れおよび売り渡しは、EUの酪農市場政策の柱の
一つである。運用方法は牛肉の介入買い入れ同様、幾多の変遷を経て、現在では
次のとおりとなっている。

(1)バターの介入買い入れ

 市場価格が、介入価格の92%以下になった場合、当該国の介入機関が、入札に
よりバターの買い入れを行っている。買い入れの最低価格は介入価格の90%を下
回ってはならないことと定められているが、実際には90%での買い入れが行われ
ている。介入価格は、毎年EUが定めている(脱脂粉乳についても同じ)。

(2)脱脂粉乳の介入買い入れ

 毎年3月1日から8月31日までの期間、加盟国の介入機関は介入価格による買
い入れを行っており、(以下「通常買い入れ」という。)、牛肉、酪農の分野で
は、最も基本的な介入買い入れの形態を現在まで残している。ただし、毎年、期
間内の介入買い上げ在庫が、10万9千トンを越えた場合は、通常介入買い入れを
停止することができるとされており、この場合は、今度は入札による脱脂粉乳の
買い入れを行うことができることとされている。入札による買い入れは、制度が
誕生してから 1 度だけの発動にとどまっている(91年)。96年8月末には、BSE
の影響による飼料用の供給が低下したことなどから、介入買い上げ在庫は12万ト
ンに達したが、買い入れ期間終了間際であったこともあり、EU委員会は通常買い
入れの停止は行っていない。

(3)介入買入価格の引き下げ

 改革案では、このバターおよび脱脂粉乳の介入価格を、2000年度から2003年度
までの4年間でバターでは現行の328.2ECU(49,900円)/100kgから278.97ECU(42,
400円)/100kgに、脱脂粉乳では現行の205.52ECU(31,200円)/kgから174.69E
CU(26,600円)/kgに、15%引き下げることを提案している。バターの介入価格
の引き下げを、実質的な介入トリガー水準(介入価格の92%)としてみると、30
1.94ECU(45,900円)/100kgから256.65ECU(39,000円)/100kgへの引き下げに
相当する。(表5)。アジェンダ2000では10%の引き下げが提案されていたが、
今般の提案はそれを上回るものとなっている。これについて、EU委員会は、飼料
用トウモロコシに対する助成の廃止を取りやめ、また、後に述べるように生乳生
産クオータを増枠することとしたため、引き下げ幅を大きくしたと説明している。

表 5 酪農分野の支持価格、奨励金に関する提案

 *:財源は牛肉分野と酪農分野にまたがる
   1ECU=約152円

(4)介入価格の引き下げによる影響

 生産者から見れば、乳製品価格の引き下げは生乳価格の低下を意味する。バタ
ーおよび脱脂粉乳を介入価格で販売する場合に、製造経費などを差し引いて、原
料乳の代金として支払える金額(表5のIMPE:介入価格の生乳相当価格)を試算
してみると、現行の28.41ECU(4,320円)/100kgから2003年には23.66ECU(3,60
0円)/100kgに約17%低下する。

 酪農分野では、牛肉分野で提案されている介入買い上げから民間在庫補助への
市場介入措置の一本化は提案されていない。参考までに、酪農分野の民間在庫補
助について触れてみると、バターについては、域内のバタ−需給の季節性を踏ま
え、毎年 3 月15日から 88月15日の間に限定して毎年発動されている。一方、脱
脂粉乳であるが、介入買い入れが停止している期間に限って発動することができ
るとされているが、最近では発動されていない。


2 直接所得補償制度の導入

(1)乳牛奨励金の新設

 現在、乳牛を対象とする直接所得補償支払いは実施されていない。改革案では、
先に述べた牛肉介入価格の引き下げの代償措置として、牛肉市場予算を財源とす
る乳牛奨励金(以下「牛肉分野の乳牛奨励金」という。)を新設するとともに、
乳製品の介入価格の引き下げの代償措置として、酪農市場予算を財源とする乳牛
奨励金(以下「酪農分野の乳牛奨励金」という。)の新設も提案されている。こ
れらの奨励金はさらに、EU一律で交付される基本単価と、追加支払いに区分され
ているため、いわゆる「乳牛奨励金」は4つの要素に区分され、これらは同一の
乳牛に支払われることとなる。以下、乳牛奨励金の交付対象頭数の積算と各要素
の概要についてみてみたい。

@交付対象頭数の積算についての提案

 昨年のアジェンダ2000では、乳牛奨励金の基本単価は、酪農分野も牛肉分野も、
EU一律として乳牛一頭当たりで提案されていた。しかしながら、乳牛一頭当たり
の泌乳量は加盟国により異なることから、新たな交付単位の検討が求められてい
た。改革案では、頭数単位で交付することとはしているものの、頭数のカウント
は実際の牛の頭数としては行わず、EU平均泌乳量の牛を1頭とみなすこととした。
平均泌乳量は5.8トン/頭と提案されている。したがって、生産者への交付頭数は、
「生乳生産個人クオータ÷5.8トン」で算出されることとなる。

A乳牛奨励金の各要素について

ア 酪農分野の乳牛奨励金 

(ア)基本単価

 段階的に増額し、2003年には100ECU(15,200円)/頭とする。基本単価はEU一
律である。

(イ)乳牛奨励金への追加支払い  

 改革案では、酪農分野の基本単価を、アジェンダ2000での提案よりも45ECU(6,
800円)低く設定することで生じた財源を加盟国に配分し(表 6 )、乳牛奨励金
に上乗せする形で追加支払いができるように提案している。配分額の積算は、イ
ギリスへの2003年の配分を例としてみると、次のとおりである。

   i アジェンダ2000で提案した乳牛奨励金(酪農予算)145ECU(22,000円)/頭
  −今回提案100ECU(15,200円)/頭

 ii イギリスの生乳生産クオータ14,590千トン÷EUの1頭当たり平均乳量5.8ト
  ン/頭

  iii イギリスの割り当て= i × ii

  iv なお、i の要素は、2000年の割り当てでは11.25ECU(1,710円)、2001年は
  22.5ECU(3,420円)、2002年は33.75ECU(5,130円)で計算されている。

 この積算からもわかるように、酪農分野の追加割り当て財源をすべて追加交付
すれば、酪農分野の財源から1頭当たり145ECU(22,000円)の単価を実現すること
が可能となる。

表 6 酪農分野の財源からの追加交付総額

 (注) 1 ECU=約152円

イ 牛肉分野の乳牛奨励金

(ア)基本単価

 牛肉介入価格の引き下げの影響は、廃用牛や乳用子牛などの1頭 11 頭につい
て生じるもので、乳量とは関連しない。一方、乳牛奨励金の交付単位は乳量に応
じた見かけの頭数と定められている。このため、牛肉分野の基本単価は、加盟国
別に、乳牛 1 頭当たりの泌乳量に反比例する形で提案されている(表 7 )。

表 7 牛肉分野の予算から支出される乳牛奨励金の国別単価

 (注) 1 ECU=約152円

(イ)乳牛奨励金への追加支払い  

 乳牛奨励金単価には、先に述べた加盟国に配分された牛肉分野の予算からも、
加盟国の判断で上乗せして追加支払いができることとされている。

ウ 乳牛奨励金単価の上限

 乳牛奨励金単価には、上限が提案されている。したがって基本単価+追加支払
額は、この上限以下でなければならないこととなる。上限は、2000年が90ECU(13,
700円)/頭、2001年が180ECU(27,400円)/頭、2002年が270ECU(41,000円)/
頭、2003年以降は330ECU(50,200円)/頭と提案されている。たとえば、イギリ
スを例にとると、2002年には一頭の乳牛に対して、酪農分野の基本単価100ECU(15,
200円)/頭と牛肉分野の基本単価の32.3ECU(4,900円)/頭の合計132.3ECU(20,
100円)/頭が基本単価として支払われ、この基本単価に137.7ECU(20,900円)/
頭の範囲内で上乗せして、追加支払いを行うことができることとなる。

(2)草地面積単位での交付の導入

 改革案では、追加支払いとして、乳牛奨励金への上乗せの他、草地面積単位で
の支払いを提案している。この奨励金は、財源から見ると、乳牛奨励金と同様に、
牛肉分野および酪農分野の両方に関連している。酪農分野の財源は、(1)のAの
アの(イ)で述べた加盟国への配分予算である。財源のいかんを問わず、奨励金
には上限が提案されており、2000年が210ECU(31,900円)/ha、2001年が280ECU
(42,600円)/ha、2002年以降が350ECU(53,200円)/haとされている。この奨
励金の対象となる草地は、輪作を行っておらず、5年以上草の生産(播種でも自
然でも可)に使用されている土地と定義されている。


3 生産クオータ制度の2006年までの延長とクオータの増枠

 EUの生乳生産クオータ制度は、2000年までの実施が決定されている。改革案で
は、これを2006年まで延長すると提案している。また、介入価格の引き下げが域
内消費および輸出に及ぼす効果を勘案して、クオータを2%増枠すると提案して
いる(表 8 )。

表 8 生乳生産クオータの増加

 *:クオータは2001年以降、毎年、増加分の 4 分の 1 づつ加算される。

 増枠分の加盟国への配分は、二つの考え方に基づいている。一つは、全ての加
盟国について、そのクオータ(出荷クオータと直接販売クオータの総合計)の11
1%を出荷クオータとして増枠し、新規参入か事業の拡大かを問わず、「若年酪農
家」への配分を提案している。若年酪農家とは、構造政策では40歳以下の酪農家
を示すこともあるが、今回の提案では定義されていない。配分に当たっては、本
来の目的から逸脱しないように、対策を講じることとされている。

 もう一つは、EUのクオータ(出荷クオータと直接販売クオータの総合計)の11 
%を、山岳地域を抱える加盟国に割り振り、同地域の生産者への配分を提案して
いる。条件不利地域の一つとして指定されている山岳地域を抱えるドイツ、ギリ
シア、スペイン、フランス、イタリア、ポルトガル、オーストリア、フィンラン
ドおよびスウエーデンの 9 カ国が配分の対象となり、残りの 6 カ国は対象から
除外されている。山岳地域へ配分されたクオータが、取引により同地域から安易
に流出することを防ぐため、当該地域外とのリースの禁止、当該地域以外の酪農
家に農場の一部とともにクオータを売却する場合は、農場の売却割合に応じて配
分したクオータを返却することなどが提案されているが、これらの対策の実施期
間は配分後 2 年間に限定されている。


4 輸出補助金政策について

 現在、輸入乳製品の再輸出に当たっては、原則として輸出補助金の適用を禁止
しているものの、例外規定が設けられている。改革案では、これが削除された。 
この他、輸出補助金政策についての改正は提案されていない。


Y 改革案に見られる新たな環境対策

 CAP改革では、環境対策の強化・拡充が一つのテーマとされている。そこで、今
回の改革案にみられる、主な環境関連の提案について取りまとめてみることにし
たい。


1 市場関連政策

 市場関連政策では、飼養密度条件およびクロスコンプライアンスが提示されて
いる。ただし、これらは、直接所得補償支払いに当たって、環境面の条件を強化
するものではあるが、制度そのものを環境対策に昇華させるまでには至っていな
い。

(1)飼養密度の条件

 改革案では、加盟国は、頭数単位での追加支払いに当たっては、飼養密度に基
づく交付条件を付すこととされている。加盟国は、飼養密度条件の決定に当たり、
それぞれの追加支払いの対象となる生産形態が環境に与える影響、使用される土
地の環境面での脆弱性などを踏まえることとされている。飼養密度の積算につい
ては、巻末に示した。

(2)クロスコンプライアンス

 改革案では、加盟国は、直接所得補償支払いについて(農村開発に関する制度
は除く)、環境関連の条件を定めることとされている。具体的な条件の内容は、
加盟国が独自に定めることとされているが、条件に違反した際には、支払いの削
減や停止といった罰則を適用することを定めることとしている。従来、雄牛奨励
金と繁殖雌牛奨励金の交付条件には、加盟国が任意で環境関連の条件を付すこと
ができるとされていたが、改革案では、これが義務化されたこととなる。


2 条件不利地域対策

 現在、EUで行われている条件不利地域対策は、農業を営む上で自然のハンディ
キャップがある地域で、農業を維持することにより、最低限の人口を維持し、ま
た農村地域を保全することを目的としている。主な対策は、条件不利地域として
加盟国が指定した地域内の生産者への、自然のハンディキャップに対する補償金
の交付である。補償金の交付対象者の条件は、条件不利地域内に3ha以上の農地
を有し、補償金の交付後5年間以上農業を続けることと定められているが、環境
関連の条件は付されていない。ただし、補償金単価の決定に当たり、加盟国は対
象となる生産者の経済状況や環境保護への貢献度を踏まえることができると定め
られている。

 改革案では、この対策は、環境関連対策事業としての性格が色濃くなった。ま
ず、対策の目的に、「持続的な農業システムの維持および振興」と「環境面の必
要性の達成」の2点が加わった。次に、補償金の交付対象者の条件として、農業
環境の保護および農村地域の保全と両立する活動を行っていることが追加された。
すなわち、化学肥料などの投入量が少ない、粗放的な農業の実践が求められてい
る。また、従来は家畜単位で設定することができた補償金の交付単価を、土地面
積単位に限定して定めるよう提案している。さらに、補償金の単価を設定する際
には、従来どおり自然のハンディキャップを踏まえることに変わりはないが、さ
らに、環境保護への貢献度、生産の形態、農家の経済状況などを踏まえ、段階的
に設定しなければならないこととしている。この他、条件不利地域の一つである、
環境面での規制等の特別のハンディキャップを抱えているが、環境保護、農村維
持、環境資源の維持などのために農業が必要な地域に関しては、現在はその指定
面積を加盟国の面積の4%以内と制限しているのを10%以内に引き上げることと
している。

 これまでの条件不利地域対策の結果、加盟国ごとに見れば条件不利地域とそれ
以外の地域の所得格差はほとんどなくなっている。ただし、加盟国によっては、
条件不利地域の所得がEU平均の農家所得を大幅に上回っている。また、対象地域
が拡大を続けた結果、事業の対象が極めて広範囲にわたることとなっている(EU
の耕地面積の56%が対象地域に指定)。さらに財政負担の増加など、この対策の
抱える問題点も多い。今回の改革では、こういった問題点の解消を、環境との関
連で解消しようとする狙いがうかがわれる。

 なお、条件不利地域対策の一つとして実施されている地域内の共同事業への補
助は、改革案では削除されている。


3 農業と環境保護制度

 前回のCAP改革で拡充された農業と環境保護制度(「畜産の情報」(海外編)98
年5月号参照)についても改正が提案されている。奨励金の交付額については、
絶滅の恐れのある動物、牛およびめん山羊など、生産形態別に10種類の上限額が
設定されていたが、改革案では一年生作物(上限額600ECU(91,200円)/ha)、特
定の多年生作物(同900ECU(136,800円)/ha)、その他の土地利用(450ECU(68,
400円)/ha)の 3 区分への簡素化が提案されている。また、2と同様、家畜単
位での奨励金の交付は削除され、面積単位のみの交付が提案されている。


Z 補助金の交付に関する提案

 改革案では、直接所得補償支払い(農村開発に分類されるものを除く)につい
て、さまざまな制限を提案している。前回のCAPの改革以来指摘されてきた、特定
農家に対する過大な補助金交付や、法の目をすり抜けた非農業者の受給などへの
対策である。


1 労働単位の条件

 補助金の交付を受けた農家の労働力を年間労働単位に換算し、加盟国が定める
基準を満たさない場合、暦年1年間の補助金交付総額について、20%以下の範囲
で減額することができると提案されている。年間労働単位は、加盟国あるいは地
域における、専業農業従事者の年間平均労働時間とされている。


2 減額して執行された残りの予算の使途

 上記 1 およびYの1の(2)のクロスコンプライアンス措置により、通常の交
付額を減額した結果生じる予算残額は、Yの3で述べた農業と環境保護制度の予
算に追加することが提案されている。


3 直接所得支払いの高額受給者への交付額の削減

 暦年一年間の受給額に応じて、次のような累進的な支払額の削減が提案されて
いる。

 (1)10万ECU(1,520万円)までの場合:全額支給
 (2)10万ECU〜20万ECU(3,040万円):10万ECU+10万ECUを越える金額×80%
 (3)20万ECU以上:(2)+20万ECUを越える金額×75%


4 農業者以外への交付の制限

 法的、経済的、社会的あるいは農業面から、交付対象者が営んでいる全ての活
動を見た場合、交付の対象となる活動を主としていない場合は、補助金の交付を
制限することができると提案されている。


[ 改革の影響見通しについて

 EU委員会は、改革案の提出と同時に、改革がもたらす影響の見通しについて、
次のように述べている。


1 牛肉分野の改革の影響

 改革案では、介入価格の引き下げにより、市場価格が低下するため、牛肉の消
費量は、年間20万トン増にまで達すると見込んでいる。また輸出補助金を伴わな
い輸出も年間20万トンにまで増加すると見込み、これらの結果、介入在庫が2006
年までに消失すると予測している。現状のままでは、在庫は160万トンに積み上が
るとみている。

 財政面では、主として直接所得補償関連予算の増加により、最終的には現状を
維持した場合よりも 19億 9 千万ECU(23 千億円)増加し、79億3千万ECU(約
1兆 2 千 1 百億円)に達するものとみている。


2 酪農分野の改革の影響

 介入価格の引き下げにより、市場価格が低下するため、輸出補助金を伴わない
チーズ輸出の増加(+10万トン、2003年、以下同じ)、乳製品の域内消費量の増
加(バタ−:+ 4 万 8 千トン、チーズ:+30万トン)、バターおよび脱脂粉乳
の生産量の低下が実現すると予測している。バターおよび脱脂粉乳の介入在庫は、
それぞれ2001年および2005年に消失すると予測している。現状のままでは、脱脂
粉乳の在庫は2006年には20万トンに積み上がるものとみている。

 予算面では、乳牛奨励金等の直接所得補償制度の導入に要する経費が2006年ま
でに45億 5 千万ECU(約 6 千 9 百億円)に達するとしている。ただし、2006年
における酪農分野全体の予算への影響を見ると、19億ECU(約2千 9 百億円)の
増加にとどまるとみている。


\ 改革案に対する反響

 改革案には、有識者、関連団体、加盟国などからさまざまな意見が出されてい
る。ここでは、そのいくつかを紹介してみたい。


1 レディング大学スウインバンク教授の意見

 レディング大学のスウインバンク教授は、3月末ブラッセルで、昨年発表され
たアジェンダ2000および今般提出された改革案が、現行および次期WTOの農業分野
での約束をどの程度まで満足するかについて講演している(「Will agenda 2000 
meet current and prospective WTO commitments」)。次期WTO交渉をにらんだ改
革案の分析は明解で興味深いものがある。以下いくつかのポイントに分けて、概
要を紹介したい。

(1)改革の必要性について

 教授は、EU委員会が、次期WTO農業交渉での交渉スタンスを固めるために、事前
に改革を成立させる必要があると述べる一方、改革は、EUが次期WTO交渉で合意で
きるギリギリの線を固めるものでもあると述べていることを取り上げ、改革の目
的の矛盾点を次のように指摘している。

 「これらは、かたくななEUが、アジェンダ2000で示された一定限度のCAP改革を
越え、一層の農産物市場の自由化をもたらすような交渉に着手することに消極的
であることを強く示唆している。」

(2)輸入保護について

 EU委員会は、CAP改革をにらんで昨年発表した「農業をめぐる現状と見通し」の
中で、国境保護措置の削減、輸出補助金の削減および生産と結びつかない制度へ
のシフトが実現できれば、次期WTO交渉で有利な交渉ポジションを得ることができ
ると述べている。この点について、教授は、「牛肉、乳製品等については、関税
引き下げには触れていない。域内価格が引き下げられるとすれば、実質的な保護
水準が高くなることになる。」と述べている。ただし、「関税の引き下げが、交
渉相手国への譲歩の手段となり得ることからみれば、国境保護措置の削減を独自
に行うことを期待するのは政治的に見ても馬鹿正直といえよう。」ともコメント
している。

(3)ブルーボックスと頭数および面積当たりの直接支払い

 ガット・ウルグアイラウンド農業合意では、生産制限プログラム下の直接所得
補償支払いは、固定した頭数に対して支払うことなどを条件に、国内支持の削減
約束から除外されることとされ(ブレアハウス合意)、前回のCAP改革で導入・拡
充された直接所得補償支払いは削減の対象外となった。これらはいわゆる「ブル
ーボックス」の政策といわれており、2003年までは、WTOの紛争処理の対象とされ
ないことが定められている(いわゆる「平和条項」)。教授は、改革案とブルー
ボックスについて次のように分析している。

 「牛肉やめん羊肉分野における、追加支払いは、ブルーボックスの政策として
の分類を損なう可能性がある。乳牛奨励金も、生乳生産クオータ制度がまさに生
産制限的なプログラムなので、固定した頭数に対して支払われれば、ブルーボッ
クスに分類されることになろう。ただし、見かけの乳牛頭数を使用したとしても、
実際にはクオータに基づいていることは明らかである。制度の単純化をうたって
いる反面、この複雑な仕組みは、固定した頭数に対する支払いというブルーボッ
クスの条件に適合させる必要から生まれているものであると考える。

 こうしてみると、EU委員会は、92年の改革で導入され、今回の改革案で強化・
拡充された耕地面積当たりや頭数当たりの支払いの数々が、ブルーボックスに分
類されることを狙っているのは明らかだが、これには以下の2点から見て欠陥が
ある。

 まず、交渉相手がブルーボックスの延長に乗り気ではない。延長されなければ、
この規定は2004年の平和条項の期限切れに伴い失効する。豪州などは、ブルーボ
ックスの支払いは、ガットの規律から恒久的に除外するためにはデカップリング
が不十分であるとしており、また、米国は新農業法の下でデカップリングした補
償支払いを取り入れた結果、EUとは一線を画している。したがって、EUは、次期
交渉で他の項目で相当の譲歩をしない限りはブルーボックスの規定の維持を勝ち
取ることは明らかに困難である。

 次に、EUの提案内容も、ブルーボックスの支払いにはそぐわない。農業経済の
専門家は、価格支持が削減あるいは撤廃された際に、明らかに生産から切り離さ
れ、政策の転換により影響を受けた生産者のみを対象とし、さらに、一定期間で
終了するような直接所得補償支払いには、明らな支持を寄せている。しかしなが
ら、EU委員会はこれらの支払いを無制限に継続すべきであるとしている。EU委員
会はヨーロッパモデルの農業は、主要な競争相手の農業とは異なるため、自然の
ハンデに対する適切な補償を行うべきであるとしているが、保護貿易主義者のた
わ言で、WTOでは味方は得られない。貿易の恩恵は、世界各地域の異なるコスト構
造の利点を活かすことから生まれるものであり、もしも政府が組織的に自然のハ
ンデに補償をしようとすれば、これらの恩恵は否定される。もしもヨーロッパの
輸出業者が、外国の政府による自然のハンデのための補償が生み出した閉鎖的な
市場に直面したら、当然抗議するであろう。したがって、EUが行おうとしてる自
然のハンデを理由とした恒久的な支持は認められるものではない。

 もっと堀り下げて言えば、ヨーロッパモデルの農業が現EU加盟国にのみ当ては
まり、加盟予定国に当てはまらない理由、また、加盟予定国は西側と同様の自然
のハンデに直面していないとする理由を見つけるのは困難である。したがって、
耕地面積当たりや頭数当たりの支払いが西側で必要というなら、東側の生産者に
適用しない理屈はない。ただ唯一、西側と東側の区別を理屈付けようとすれば西
側の生産者には、改革による破産の危険性を防止するために財政的な補償が必要
であるが、東側では必要ないとする以外にない。したがって、明らかにデカップ
リングされた補償支払いは、政策の転換により直接影響を受けた生産者に支払わ
れるものでなければならない。

 農業は、明らかに、直接支払いを受けることなく食糧生産以外に多くの分野で
社会に貢献をしており、農家の損益計算に計上されない環境への追加コストを伴
っている。この際、個人的および社会的な費用と便益の間に大きな隔たりがある
場合には、こういった外因を踏まえた農家−農村−環境政策の策定の強力な論拠
となる。これには、例えば、環境面での社会の必要性に応える農家への直接支払
いを含むこともできる。実際、農業合意においても、こういった措置は、次期交
渉でも継続されることが明らかなグリーンボックスに分類されており、正真正銘
の環境関連の支払いは引き続き削減対象外となるであろう。こういった環境関連
の支払いは、明らかに環境面での社会の必要性に応えるものでなければならない
が、WTOで反対もあり得る。というのは、農産物と環境面での貢献は、多くの場合、
農業活動がもたらす表裏一体のものであり、時として、環境関連の支払いが、農
産物生産に対する間接的な補助との疑いを問われることもあるからである。

 一方、改革案でのクロスコンプライアンスの提案をみると、これが実施された
場合、相当の費用負担を伴う行政(および監査)機構を生み出すだけでなく、こ
のような煙に巻いたような措置ではEUの交渉相手をうならせることは到底出来な
い。環境関連措置に基づいてデカップリングされた支払いは、明確に定義された
政府の環境あるいは保全プログラムの一部であり、かつ、特定の条件を満たすも
のでなければならない。地域の状況に無関係に耕地面積当たりで一定金額を支払
うことが、この要件に沿うものとは言い難い。EUが強力かつ財政面で充実した環
境および農村対策を目指そうとしているのであれば、財政支援の対象を平地の大
規模な農業から周辺の破壊されやすい地域へと方向転換することが必須である。
現在の面積単位や頭数単位での支払いの地理的な分布を、環境や農村政策として
正当化するように装うことは陰険である。」


(4)輸出補助金

 教授は、輸出補助金についての約束が、現行の農業合意の中でCAPに課せられた
最も大きな束縛となっている中で、改革案は、現在の15の加盟国がこれに対処す
る手助けとはなるが、2つの理由から不十分であると述べている。まず、中・東
欧諸国の加盟を挙げ、これらの国の基準年の輸出量が限定されていることから、
加盟により膨れ上がる輸出補助金をカバーすることは出来ないとしている。次に、
EUは、次期交渉では輸出補助金の量と総額が削減されることはあっても、なくな
ることはないと見込んでいる点を挙げ、これは決まった訳ではなく、速やかな廃
止を求める交渉相手国は多いと指摘している。さらに、この件が、ガットの第16
条の再交渉を伴うことになるとしても、平和条項が失効する2004年以降の規定の
阻止は容易であると述べている。


2 COPA/COGECAの分析

 ヨーロッパ最大の農業団体であるCOPA/COGECAは、改革案全般にわたって意見
を発表している。その中で、改革がEU全体としての財政および農家収入に与える
影響を表 9 、10のとおり分析している。

表 9 改革案が及ぼす影響(牛肉分野)

 (注) 1 ECU=約152円

表10 改革案が及ぼす影響(酪農分野)

 (注)*:ターゲットプライス(309.8ECU/トン)の約93%で積算
      **:推定生産者価格×85%
    1ECU=約152円


3 イギリスのNational Farmers Unionの分析

 イギリスの農民団体であるNational Farmers Unionは、改革案への批判および
改革がイギリスの生産者に与える経済的影響を発表している。

(1)酪農分野の改革について

 生乳生産クオータの改革案について、 2 %の増加(230万トン)は、価格の引
き下げ効果をもたらすとしている。また、増加の半分は高コストの山岳地帯に配
分することとしているが、これはEU委員会の提唱する国際競争力の強化に逆行す
るものであると指摘している。(なお、イギリスには山岳地帯向けの配分はされ
ていない)

 介入価格の引き下げについては、価格引き下げは15%であるが、IMPEの引き下
げは18%(ミルクマーク方式)になることを挙げ、これは、IMPEの試算において、
乳業のコストを固定しているためであり、これらのコストの引き下げも並行して
実現することが重要であると述べている。また、昨年のアジェンダ2000よりも、
介入価格の引き下げ幅が5%大きい理由の一つには、飼料用トウモロコシに対す
る補助金支払いの廃止を見直したことによるとされているが、イギリスでは、こ
の制度はあまり適用されておらず、引き下げ幅の拡大を埋め合わせることにはな
らないと指摘している。

 追加支払いについては、加盟国間で差が生じ、共通市場に歪みを生み出しかね
ないと懸念を表明している。なお、この点については、牛肉分野についても同様
の意見が述べられている。

(2)牛肉分野

 EU委員会が、改革後も市場価格が介入価格を上回ると予想している点に触れ、
@輸出補助金の制限、A域内外の大きな価格差および、B穀物価格の低下による
養豚養鶏のコスト低下から、介入価格の低下に伴って市場価格も低下すると予想
している。

 粗放化奨励金については、予算面から見れば、単価の増額は、交付条件を厳し
くしたことで相殺されると述べている。

(3)収益分析

 CAP改革がイギリスの生産農家に与える経済的影響について、表11〜14のとおり
収益分析を行っている。牛肉分野については、イギリスの代表的な経営形態を掲
げて分析している。この分析では、固定経費(労働費や借入地代)は要素とされ
ていない。このため、この収益分析は将来の収益の指標となるものではなく、固
定経費が今後の収益のカギになると述べられている。分析はポンドベースとなっ
ており、牛肉分野には凍結グリーンレート(0.775745ポンド/ECUで99年 1 月ま
で固定。4月3日現在のグリーンレートは0.695735)を使用し、酪農分野には、
98年のグリーンレートが使用されている。

表11 改革案が酪農家の粗利益に与える影響試算

 (注) 1 ポンド=約225円

表12 改革案が肉牛農家に与える影響試算 1:高地の繁殖雌牛群

 (注) 1 ポンド=約225円

表13 CAP改革案が肉牛農家に与える影響試算 2:濃厚飼料による肥育経営

 (注) 1 ポンド=約225円

表14 改革案が肉牛農家に与える影響試算 3:サイレージによる肥育経営

 (注) 1 ポンド=約225円


] 終わりに

 改革案は、3月末に農相理事会に提出された。その後、加盟国の農業担当高官
などから成る同理事会の特別農業委員会(SAC)で検討された。主要な改革につい
てのSACの意見は、牛肉分野では、介入価格の引き下げ幅についてはドイツのみが
過大な引き下げであるとして反対、介入買上制度から民間在庫補助への移行につ
いてはフランスおよびアイルランドが同措置は牛肉分野にはそぐわないとして反
対、追加支払いについては明確な反対は無しとの結果となっていると報じられて
おり、おおむね改革案に好意的な結果となっている。酪農分野では、介入価格の
引き下げ幅についてはドイツ、フランスなど6カ国が反対、生乳生産クオータの
2006年までの延長にはスウェーデンが反対、同クオータの2%の増加については
イタリア、スペインなど5カ国以外は何らかの形で反対していると報じられ、先
行きは微妙である。その他の措置については、クロスコンプライアンスについて
はベルギー、デンマーク、スペイン、ポルトガルが反対、労働単位に基づく直接
支払いの減額オプションについてはイギリス、オランダ、デンマークなど6カ国
が反対、直接交付額の上限設定についてはイギリスおよびポルトガルが反対して
おり、酪農分野同様、先行きが微妙である。

 農相理事会は、SACの意見を踏まえて、 6月の欧州理事会の定例会議に意見を
提出することとなる。ただし、農相理事会の意見は大枠に関するものにとどまる
見通しであり、改革案の議論が活発化するのは、本年10月に予定されているドイ
ツの総選挙後とみられている。


(参考)飼養密度の積算

1 現状

(1)対象となる面積:牛およびめん山羊用の飼料地。EUの補助対象となる作物畑、
 EUあるいは加盟国が実施している休耕制度の対象地、建物、森林、池および道
 などを含まない。

(2)対象となる家畜:@繁殖雌牛、A雄牛、Bめん山羊奨励金を申請しためん山羊、
 C農家に配分された生乳生産クオータを生産するために必要な乳牛

(3)家畜単位への換算係数
 
 @雄牛、乳牛およびその他の牛であって、 2 歳以上のもの:1(繁殖雌牛およ
  び搾乳牛は 1 とカウント)。
 A 6 カ月齢〜 2 歳の牛:0.6
 Bめん山羊:0.15

(4)繁殖雌牛奨励金および雄牛特別奨励金の交付可能頭数の積算方法

 @(1)の飼料地面積(ha)×飼養密度条件(2LU/ha)で、家畜単位を算出。

 A@で求めた家畜単位から、以下の頭数の家畜単位を差し引いたものが、両奨
  励金の交付可能頭数の総計。

  ア 農家に配分された生乳生産クオータを生産するために必要な乳牛頭数:
   生乳生産クオータ(kg)÷国別に定められた乳牛11頭当たりの基準泌乳量
   で求める(表15参照)。ただし、農家個別に平均乳量を定めることもでき
   ることとされている。 

  イ めん山羊奨励金を申請しためん山羊の頭数

(5)粗放化奨励金の交付の可否の算定

 (2)の家畜の合計頭数の家畜単位と(1)の面積から算出した飼養密度から判
 断する。

2 改革案

 現行の積算方法と異なる点は、以下のとおり。

(1)繁殖雌牛奨励金および雄牛特別奨励金の交付可能頭数の積算

 ・対象となる面積:面積から除外されるEUの補助対象となる作物畑には、新設
  される草地奨励金の対象となる畑を含まない。
 ・対象となる家畜:新設される未経産牛へ交付金を申請した未経産牛が加わる。

(2)粗放化奨励金の交付の可否の算定

 ・対象となる面積:草地に限定
 ・対象となる家畜:奨励金を申請したか否かにかかわらず、農場に使用されて
  いる雄牛、繁殖雌牛、乳牛、未経産牛、めん山羊が対象となる。

表15 加盟国の基準泌乳量

 EU規則3886/92


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