河南省の肉牛事情 (中国)
目覚ましい経済発展を遂げる中国で、 牛肉の消費は着実に増加しており、 その
結果、 牛肉生産の主要地域では商業的な肉牛肥育が興りつつある。
ここでは、 食生活の変化の中で牛肉需要が増大する中国の肉牛生産事例 (河南
省・南陽市) を紹介する。
河南省は銘柄牛 「南陽牛」
の産地
中国には48系統の在来牛 (水牛、 ヤクを含む) が存在すると言われるが、 肉
専用種の概念はなく、 従来、 老齢になった役牛がと畜されて肉になるのが通常で
ある。 従って、 肉専用種の確立はこれからの重要な課題とされている。 地域に根
ざした銘柄的な系統として名高いのは南陽牛、 魯西黄牛、 晋南牛および秦川牛の
四系統であり、 これらは全国的な品種認定への過程にあるようである。
典型的な農業省である河南省でも、 牛は従来から役畜として重要な役割を果た
しており、 およそ8割の農家が何らかの形で牛を飼養している。 同省南部の南陽
市周辺は南陽牛の一大産地となっており、 同省で飼養されている牛の8〜9割が
南陽牛の血統である。
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【純粋な南陽牛の種雄牛】 |
河南省の肉牛飼養の歴史
河南省の肉牛飼養の歴史は80年代に始まる。 80年代初頭、 農村改革の一環
として農地を農家に請け負わせる戸別経営が行われるようになり、 役牛が増加し
た。 中頃には 「肉用」 および 「乳用」 の概念が生まれ、 政策的に牛の飼養頭数が
増やされることになった。
87〜88年頃からは 「肉牛」 を専門的に 「肥育」 する農家が生まれ、 これら
は専門農家と呼ばれている。 専門農家は必ずしも肉牛飼養を専業とするのではな
く (専業は極めてまれと思われる) 、 農耕作業の傍らで役牛としてではなく 「肉
専用牛」 を飼養する農家を指す。
90年代に入ると、 牛肉を市場流通させることを目的として、 と畜・加工場の
充実を含む流通システムの整備が進んでいる。
肉牛産業の現況
河南省政府および南陽市畜牧局担当者から聞き取った肉牛産業の現況は次のと
おりである。
・省全体の牛飼養頭数の目標は2010年までに1,650万頭。 これは現在の
1. 2倍に当たる。
・河南省の96年の肉牛出荷頭数は525万頭で、 牛肉生産量は73万トン (枝
肉ベース) 。 牛肉は主として国内で消費されるが、 一部はロシア、 パキスタン
等20数ヵ国に輸出される。 また、 生体牛は年約1万頭が香港に輸出される。
・南陽牛の産肉性を高めるため、 79年から外国種雄牛 (シャロレー、 シンメン
タール、 リムジン) を積極的に導入して F1を作出。 ただし、 現段階ではこれ
らの外国種雄牛の改良目的での利用は考えられていないようである。
・南陽市には肉牛専門農家が10万戸存在する。 1戸当たりの平均飼養頭数は2
〜3頭で、 郷鎮企業 (*) の大規模肥育場では300〜600頭を肥育する。
農家収入の約1/3が牛によるもの。
・農家で350kgまで飼育した素牛を大規模肥育が買い取り、 国内と畜向けは4
00kg、 香港生体輸出向けは4ヶ月まで肥育して500kgで出荷する。 従って、
農家が繁殖部門、 大規模肥育場が肥育部門を担う分業体制が大まかには成立し
ていると言える。 素牛価格は6.5元/kg前後、 肥育牛価格は8.4〜9.0
元/kg (1元=15円) 。
・最近では、 県・郷鎮レベルでの共進会が定期的に行われており、 牛の売買や技
術指導も同時に行われるなど肉牛産業の振興も盛んになってきている。
(注*) 「郷」 、 「鎮」 とは県以下の行政単位を表す述語で、 基本的には 「村」
を示す。 中央政府の地域産業振興策により、 郷鎮組織が企業経営を数多く行って
いる。
行政との関わり
・安定した肉牛生産のためには農家への精液供給が不可欠であることから、 河南
省政府は省内5ヶ所に種雄牛センターを設け、 年間400万本の精液ストロー
を供給している。 なお、 ストローは充分普及しているとは言えず、 「粒」 と呼
ばれる精液を少量凍結しただけのものも多く流通している。
・人工授精の普及率は45〜50%。 県・郷に畜牧獣医センターが置かれており、
技術職員が農家に赴いて実施する。 費用は1回当たり10元で、 受胎するまで
面倒をみることになっている。
・獣医センターの他、 動物検疫センター、 薬品センター、 飼料監視センターを置
き、 きめ細かなサービスを行ない、 各農家にハンドブックを配布して肉牛飼養
の啓蒙に努めている。
肥育部門を持つ食肉加工場の事例
南陽市肉類企業集団 (*) は88年に郷鎮企業として20人で操業を開始し、
現在では985人の従業員を抱える河南省の食肉加工企業では最大の輸出企業で
ある。 傘下に12企業、 8加工場を持ち、 冷凍庫能力はグループ全体で5千トン
ということであった。
と畜・加工部門は視察できなかったが、 聞き取りによると10部位フルセット
を基準スペックとし、 生産の85%がロシアを中心とした輸出向けである。 部位
ごとに25kg定貫となっており、 このスペックで輸出先の信頼を勝ち得てきたと
のことである。
肥育部門は800頭の収容能力を持つが、 視察時には南陽牛と外国種 (品種名
は前述) との F1が400頭飼養されていた。 8人の作業員が50頭ずつの世話
をする体制となっており、 全肥育期間を通じて舎飼いされる。 去勢はされていな
かった。 農家1万5千戸と提携し、 素牛を確保している。 なお、 素牛は村営の家
畜市場から相対で調達することもある。 1日当たり粗飼料 (麦藁) 5kg、 濃厚飼
料 (トウモロコシ、 ふすま、 棉実粕) 3kgを2回に分けて給餌する。 増体重は1.
5kg/日。
(注*) 企業集団とは、 一つの産業の各部門を統合することで規模のメリットを
追求した比較的新しい企業の組織形態。 改革・開放政策によって急拡大した。
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【南陽市肉類企業集団の肥育場】 |
種雄牛センターの事例
95年に河南省政府によって、 主に省東部に冷凍精液を供給するため、 1千万
元の資金を投入して設立された。 肉牛の繁殖センターとしては中国一の規模を誇
る。 当センターでは南陽牛とのF1を造るための外国種のみが飼育されており、内
訳はシャロレー、 シンメンタール、 リムジンの雄60頭、 これら種雄牛繁殖のた
めの雌90頭となっている。
1年で60万の精液 「粒」 とストローを製造しており、 比率は1:1とのこと。
しかしながら、 「粒」 は使い難いため、 早急にストローに統一する予定である。
小売りでの販売形態は 「煮沸肉」
南陽市のある自由市場で牛肉価格を調査したところ、 豚肉 (生鮮) が14元/
kgだったのに対し、 牛肉 (煮沸) は20元/kgであった。 内臓は第一胃のみが売
られており10元/kgであった。 牛肉は生鮮品が売られていなかったが、 北京な
どの大都市では牛肉の生鮮品がポピュラーであることを考慮すると、 当地は生産
地であるものの牛肉の料理法がかなり限定されているものと思われる。 したがっ
て、 豚肉並みの多様な食べ方が普及すれば、 牛肉の消費はさらに増加するものと
思われる。
重要度を増す肉牛産業
中国において、 牛肉は重要な食肉ではあるものの圧倒的なシェアを占める豚肉
と比較すると影の薄い存在である。 しかしながら、 中央政府は肉畜用飼料として
作物茎など未利用資源をより有効活用する政策を推し進めており、 肉牛産業の振
興に力が注がれることは確実と考えられることから、 今後、 養豚に次ぐ基幹部門
として注視していく必要があろう。
(参考)
河南省の農畜産物生産量
資料:中国統計年鑑(データはすべて96年)
注:○内数値は全国順位、( )内は全国生産量
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