海外駐在員レポート 

豪州の環境問題の現状と対策について

シドニー駐在員事務所  野村俊夫、藤島博康




1 はじめに

 現在、環境問題は、世界各国で多くの国民の注目を集めており、農業・畜産の
分野においても、産業全体の動向を左右するほどの重要な課題となっている。

 わが国において農業・畜産に係る環境問題といえば、限られた土地条件と集約
的な生産から、臭気、騒音、ふん尿処理などに関する事項が中心になっている。

 しかし、国土面積が遥かに広く、人口が少ない豪州の農業・畜産においては、
わが国と同種の環境問題が占める比重は少ない。ここでは大規模で粗放的な生産
における土地保全や、限られた水資源の利用が環境問題の中心的な課題となって
いる。一方、大規模な肉牛フィードロットや、と畜処理施設、乳業工場などでは、
我が国と同種の環境問題も注目されている。

 今回は、わが国とは自然条件が大きく異なる豪州において、どのような環境問
題が課題となり、また、どのような取り組みがなされているか、その概要を紹介
することとしたい。


2 行政府の役割分担

 豪州の法律は、基本的に旧宗主国であるイギリスの法律(The Common Law of 
England)を基礎としている。しかし、18世紀後半に植民地建設が開始されたころ
は、環境問題についてはほとんど注意が払われず、従って関係する法律の整備も
なされなかった。この影響は1890年代に制定された憲法にも色濃く現れており、
環境保護や資源管理に関する連邦政府の権限については、ほとんど言及されてい
ない。

 その後、牧羊業が飛躍的に発展し、開拓地の規模が大幅に拡大するにつれて、
水資源の配分や水質管理、土地・土壌保全などをめぐる問題が頻繁に発生するよ
うになった。しかし、当時の政府は、拡大する開拓地を統治するだけの政治・軍
事力を有していなかったため、これらの問題の解決は、各地方の行政機関に委ね
られた。このため、その後、時代を経るにつれて、それらの事例や判例が規範と
なり、慣習法的に各州や地方自治体の環境関連規則が形成されていくこととなっ
た。

 このような歴史的背景から、豪州では、1960年代に至るまで、環境行政は専ら
各州政府・地方自治体の直接の管轄下にあり、連邦政府はこれらにほとんど関与
していなかった。現在においても、憲法上、連邦政府が環境問題に関して有して
いる行政権限は、全国的な水資源の枯渇に係る緊急措置、天文・気象観測など特
殊な分野に限られており、土地、水利、廃棄物処理などの重要な環境政策に関す
る行政権限の大部分は、州政府または地方自治体に付与されたままとなっている。

 なお、連邦および各州政府による農業関連の環境法規は、それぞれ、相互に複
雑に関係しているため、その一部を本文末に表として整理したので参照されたい。


3 州政府・地方自治体の役割

( 1 )州政府

 豪州では、大部分の環境政策は、州政府または地方自治体の管轄下に置かれて
いる。従って、連邦政府による一律のガイドラインが定められた場合を除き、基
本的に各州政府・地方自治体が独自の規制・基準を定めている。

 豪州は、国土が広大であり、それぞれの地域の自然条件が大幅に異なるため、
環境政策の管轄が分かれていることは、きめの細かい対応を可能にしているとも
言えるが、逆に連邦全体からみると、それぞれ整合性に欠けた政策が施行される
可能性をはらんでいる。

 このため、各州・地方自治体の間の環境政策の擦り合わせが重要な課題として
位置付けられており、後で述べる豪州政府協議会(COAG)を中心として、実際に
その作業が進められつつある。


( 2 )地方自治体

 一方、地方自治体においては、州政府よりもさらに地域に根ざした環境政策や
規制が施行されており、近年、その重要性がさらに増している。その代表的な例
が南オーストラリア州の水利計画事業であり、従来、州の水資源公社が行ってい
た事業が、各地方自治体に移管された。

 このように、豪州では、連邦政府の主導で、各行政単位ごとの環境政策の擦り
合わせが進められる一方、中央から地方への権限委譲が並行的に推進されている。


4 連邦政府による環境政策の主導

 近年、環境問題が国際的な課題となるにつれて、連邦政府も、より統一的な環
境政策を推進する必要性に迫られるようになった。ただし、実際の政策施行権限
は州政府および地方自治体に委ねられているため、連邦政府は、第一次産業・エ
ネルギー省(DPIE)および環境・スポーツ・地方省(DEST)が中心となって、次
に挙げるようなさまざまな手段を講じて、各州政府等の環境政策を効果的に主導
するよう努力している。


( 1 )財源負担に伴う政策誘導

 連邦政府は、州政府および地方自治体の環境政策を財政的にバックアップする
ことにより、その政策を誘導している。最近の例では土壌保全法(85年)があり、
この施行財源の大部分は、連邦政府が負担した。


( 2 )調査研究機関への補助

 連邦政府は、環境問題に関する調査研究機関に資金補助を行うことにより、こ
れらの調査研究を促進している。これらの調査研究機関の例としては、土壌・水
資源研究開発公社(LWRRDC)、全国土壌保全計画(NLP)、豪州自然保護公社(AN
CA)、連邦科学産業研究機構(CSIRO)などが挙げられる。


( 3 )州政府との協同政策

 また、連邦政府は、州政府と協力して、いくつかの重要な環境政策を推進して
いる。これらの例としては、土壌保全10カ年計画(91年)、全国生態系保護計画
(92年)およびマレー・ダーリング川流域管理委員会(89年)などがある。


( 4 )輸出許可の運用による規制

 連邦政府は、輸出許可の運用を通じて、各州の環境政策に影響を及ぼしている。
豪州の農業・畜産の主要な分野は輸出依存型であるため、輸出許可の発行権限は
産業政策を推進する上で強い影響力を有する。環境保護法(74年)の規定による
と、連邦政府は、産業活動が環境に及ぼす影響に関する報告書を求め、基準に合
致しない場合には輸出許可を停止することができるとされている。過去の例では、
環境保護に関する充分な調査が行われなかったため、大規模な木材輸出の許可が
停止されたことがある。


( 5 )国際協定に基づく調整

 連邦政府は、国際的な協定を締結した場合には、憲法の規定により、これに関
連する各州・地方自治体の政策を変更させることができる。豪州は、92年にブラ
ジルで開催された国連環境開発会議の行動計画に調印したことから、その後、連
邦政府の主導の下で各州および地方自治体の関連政策の見直しがなされた。


( 6 )所得税控除による主導

 連邦政府は、財政政策を通じて、環境政策の推進を行っている。所得税法(36
年)には、土地所有者が土壌保全に係る事業(表土流失防止、塩化防止、有害動
植物の撲滅など)を実施した場合には、当該工事に係る費用は免税とされる規定
がある。連邦政府は、実際、こうした政策を通じて土地所有者にその保全を推進
するよう促している。


( 7 )豪州政府協議会

 連邦政府は、各行政レベルの政策の擦り合わせや協議をスムーズに行うため、
豪州政府協議会(COAG)を組織している。COAGの環境政策部会の下には、豪州NZ
農業資源利用委員会(ARMCANZ)、農業資源開発暫定委員会(SCARM)、豪州NZ環
境保全委員会(ANZECC)などが組み込まれており、さらに、多くの連邦政府・州
政府・地方自治体による共同作業委員会が置かれている。


( 8 )連邦環境保護庁

 連邦環境保護庁(CEPA)は、環境政策に関する連邦レベルのガイドラインを策
定するための機関として設置された。同庁は、大別して5つの部門に分かれて業
務を行っている。それらは、環境保護状況の評価、環境保護のための各レベルの
協力促進、環境保護基準の策定、科学的調査研究の管理、そして産業廃棄物の管
理である。CEPAとは別に、各州には州環境保護庁(EPA)があり、連邦のCEPAが主
に種々の調査研究事業に重点を置いているのに対し、各州のEPAは、これらの調査
結果に基づく具体的な対策の実施を担当している。


5 環境問題の現状

 豪州においても環境問題は極めて多くの分野にまたがっているが、ここでは、
農業・畜産と関係の深い土地保全、水資源保護、森林保護および畜産環境問題を
取り上げ、各々の問題の現状と連邦レベルの対策を中心に紹介する。


( 1 )土地の保全に関する環境問題

 豪州では、18世紀後半に植民地建設が開始された当時、この大陸の自然環境に
ついてほとんど知識が得られていなかった。従って、入植者は環境保護にまった
く留意することなく、水利条件などの良好な地域から精力的に原生林の開墾を進
めていった。

 この結果、乾燥気候の下で生育していた根の深い原生植物が根こそぎ伐採され、
根の浅い穀物や牧草の栽培に大規模に転換された。これにより、それまでは低く
抑えられていた地下水の水位が上昇し、さらに、その後のかんがい利用による人
工的な水分散布とその蒸発による影響も加わって、広範な土壌に塩害などの被害
を招く結果となった。

@ 科学技術協議会による報告

 95年、首相の諮問機関である科学技術協議会(SEC)は、豪州全体の農地の土壌
が、過去および現在における農業生産活動によって、かなりの割合で深刻に劣化
しているとの報告書を提出した。

 この土壌劣化は、主に乾燥した地域における大規模で粗放的な農業生産(一般
にブロードエーカーと呼ばれる)によって引き起こされている。

 上記の報告書では、これらの土壌劣化の例として、塩害、土壌の酸性化、表土
流失、除草・殺虫剤による汚染などが挙げられ、また、これらが農業生産に及ぼ
す被害として、農産物の単位面積当たり収穫量の低下、長期にわたる水質劣化、
有害物質の残留に伴う人体への危険性などが挙げられた。
  
(A)塩害

 土壌劣化の問題の中でも、塩害は最も深刻な問題となっている。先に述べたよ
うに、塩害の発生は、過去における原生林の大規模な開拓に伴い、従来の植生が
大幅に転換させられたことに起因している。

 このため、連邦および州政府によってさまざまな対策が講じられているが、主
なものとしては、原生植物の復活、塩害に強い植物の利用、かんがいシステムの
見直しなどがある。

(B)酸性土壌化

 豪州では、約3千5百万ヘクタールの土壌が強度の酸性土壌(pH4.8未満)、 15
千5百万ヘクタールがそれよりも程度の軽い酸性土壌(pH4.9〜6.0)であるとさ
れており、土壌酸性化の問題は深刻である。

 土壌の酸性化は、生産性の限度を超えた集約的な農業生産が原因であり、アル
カリ性の養分が作物とともに搾取され、窒素肥料の投入によって加速される。

 土壌の中和は、石灰や白雲石を利用することで可能であるが、経費がかさむう
え、効果が得られるまでに長期間を要する。

(C)表土流失

 豪州の大規模農業生産においては、乾燥気候の下で長年にわたって耕起耕作を
続けたことにより、深刻な表土流失問題が発生している。近年、表土流失に悩む
農業生産者の間では、不耕起直播などの方法に転換する者も現れている。この方
法は、風や水流による表土流失を防げるほか、土壌の質的の改善にも役立つとい
われる。さらに、収穫後の耕地を麦わら等で覆う方法も採用されているが、播種
前にこれらを燃やす場合には、別の面から種々の規制が設けられている。

(D)農薬残留

 大規模農業における除草・殺虫剤の使用については、全国登録機関(NRA)によ
って登録・管理されている。

 一方、各州政府は、市場に出回る農産物の安全性について監視する義務を負っ
ており、出荷されるすべての穀物について残留農薬のサンプル検査を実施してい
る。

 ただし、NRAの承認範囲で農薬を使用したとしても、残留農薬の土壌への累積、
空中散布による近隣の農地や原生林への影響、排水による河川の水質への影響な
どから新たな問題が生じるケースも多くなっている。

A 連邦政府の対策

 以上のような土地保全問題について、連邦政府はいくつかの関連する対策を定
めている。これらの第1は、「環境保護的で持続可能な開発のための国家計画(E
SD:92年)」である。この対策は、文字どおり、持続可能な開発を目指した総合
計画であり、COAGによって推進され、農林水産業のみならず、製造業、鉱業、通
信輸送、観光業まで含めた広範な分野における土地の開発利用を対象としている。

 第2は、「地球温暖化ガス抑制戦略(NGRS:92年)」であり、地球温暖化ガス
の発生を抑制するための総合戦略であるが、上記のESDとも密接に関連しており、
各州・地方自治体レベルの環境政策の指針となっている。

 第3は、「粗放放牧地管理国家戦略(NSRM:96年)」である。豪州の国土の75
%は、レンジランドと呼ばれる粗放放牧地であり、その管理は重要な課題となっ
ている。また、これらの土地のほとんどは英王領地(クラウンランド)であり、
各州の所有権の下で牧畜業者が借用する形となっているため、連邦政府が土地利
用に関する指針を定めている。

 第 4 は、「絶滅危険生物保護法(ESP:94年)」であり、この分野は、各州・
地方自治体の法規が充分に整備されていなかったため、連邦レベルの法規が制定
された。


( 2 )水資源の維持に関する環境問題

 豪州は、常時どこかの地域で干ばつが発生しているといわれるほど、水の絶対
量が不足しているため、水資源の確保は農業・畜産を営むうえで大きな課題とな
っている。また、過去長年にわたって、原生林の伐採と開墾、かんがい、農薬等
の使用を続けてきたため、その貴重な水の水質が劣化しており、富栄養化や水中
残留農薬の問題も発生するようになった。

 このため、特に飲用水については、豪州水資源協議会(AWRC)が87年に連邦レ
ベルの水質基準案を提起し、90年には、これを基に豪州/NZ環境保護協議会(AN
ZECC)が全国水質基準を策定した。

 さらに、94年には、COGCが水利および水質に関連する統一的な連邦政策を策定
するための準備委員会を発足させた。この準備委員会では、水資源の利用価格、
用水の割当て方法を含めた水利政策と水質保持のための規制が討議された。

 また、これとは別に、89年には豪州の中心的な農業地帯と言えるマレー・ダー
リング川流域を対象に、総合的な水利・水質管理政策が連邦政府の主導の下に策
定された。


( 3 )森林保護に関する環境問題

 豪州で現在、中心的な農業地帯となっているところは、もともと、ユーカリを
主体とする原生林を開墾した地域である。このため、森林保護は、重要な環境保
護課題として位置付けられており、原生林を伐採して農地に開墾することは、個
人の所有地であっても規制されている。各州によって、その基準は異なるものの、
基本的には農地または所有地内に一定の割合の原生林を保存することが義務付け
られており、農地に転用しようとする場合には、関連当局の許可を得なければな
らないこととされている。

 連邦政府による森林保護関連の対策としては、「国家森林政策(NFPS:92年)」
が挙げられる。当該政策は、豪州森林協議会(AFC)と豪州NZ環境保護協議会が中
心となって策定し、原生林の保護のみならず、木材生産から観光業、雇用問題に
至るまでの広い範囲における開発利用に言及している。


( 4 )畜産に関する環境問題

 豪州においても、畜産に関する環境問題の重要性が増加している。と畜処理な
どに伴う廃棄物処理の問題が中心となっているが、肉牛フィードロットや養豚、
養鶏などでは、臭気、騒音などの問題も発生している。一般に、5万頭規模の肉
牛フィードロットは、人口50万人の都市に匹敵する排泄物を発生させるといわれ
ており、周囲に及ぼす影響も大きい。ここでは、それらの問題を、それぞれの家
畜部門別にみてみたい。

@ 肉牛・羊と畜処理部門

 豪州では、年間 8 百万頭を超える牛、33 千万頭を超える羊・子羊がと畜され
ており、と畜処理場の数は多い。この部門に係る環境問題は、と畜処理の過程で
発生する廃棄物や排水の処理が中心となっている。次に、ミート・ライブストッ
ク・オーストラリア(MLA)の研究部門(旧食肉研究公社(MRC)の事業の大部分
を継承)が研究している環境対策の一部を掲げた。これらは、この部門が現在抱
えている環境課題を浮き彫りにしているといえよう。

(A)温暖化ガス抑制に関する研究

 食肉処理加工部門に限らず、家畜生産を含めた畜産全体を対象として、地球温
暖化ガスの発生を抑制するための研究がなされている。

(B)廃棄栄養物に関する研究

 と畜処理場から出される高栄養価廃棄物の処理に関する研究がなされている。

(C)低温レンダリング工場の廃棄物に関する研究

 一般に、低温レンダリング工場は、高濃度の汚水(生化学的酸素要求量(BOD) 
30,000 mg/ l 以上、窒素量 400mg/1以上)を排出するため、その処理につい
て研究がなされている。

(D)廃棄物低減マニュアルの作成

 と畜処理場からの排水発生量を最低限に止めるための総合マニュアルを作成し
ている。

(E)排水潅漑利用マニュアルの作成
 
と畜処理場からの排水をかんがい用水として利用するための研究がなされている。

(F)クロム処理に関する研究

 皮革工場などから廃棄されるクロム化合物の環境に対する影響が研究されてい
る。

(G)羊皮処理に関する研究

 数多くの羊皮は、羊毛および羊肉利用後の無価値廃棄物(NCV)として、地中に
廃棄されているが、この処理法の環境への影響が研究されている。

(H)パッケージ素材の処理に関する研究

 食肉包装用パッケージの素材が大量に廃棄されているが、この廃棄物の環境へ
の影響が研究されている。

(I)環境保護関連法規・規則に関する研究

 多くの州や地方自治体で環境保護関連法規・規則の改訂が頻繁に行われている
ため、これらを総合的にモニターする事業が行われている。

(J)密閉ふん尿タンクに関する研究

 従来の開放的ふん尿タンクを密閉することにより、臭気を抑制するとともに、
メタンガスを利用するための研究が行われている。

(K)排水ろ過に関する研究

 と畜処理場からの排水をろ過することにより、BODを減らすとともに、高栄養価
の廃棄物を分離処分するための研究がなされている。

A 肉牛フィードロット部門

 豪州の肉牛フィードロット部門は、肉牛産業全体からみれば比較的マイナーな
部門といえる。フィードロットの飼養頭数は50万頭前後であり、豪州全体の肉牛
飼養頭数の2%程度に過ぎない。しかし、品質の高い牛肉を中心に輸入している
わが国にとっては、その存在意義は極めて大きい。

 肉牛フィードロット部門は、廃棄物や排水処理の問題の他、臭気、景観などを
含めた環境問題を抱えている。

 肉牛フィードロットの建設および管理に関しては、連邦政府および各州政府の
両者が、それぞれ環境関連の法律・規制を設けている。ただし、それら法律・規
則は、いずれも複雑に絡み合っており、州によって規制の範囲や基準値が大幅に
異なるなど、一律の体系とはなっていない。

 こうした中で、肉牛フィードロットを建設および管理するに当たって、環境問
題の観点から一般的に要求される項目を掲げると次のようになっている。

(A)土壌侵食、表土流失、環境汚染、動物愛護、住民の健康、景観保持などの
   面で、周辺の環境に悪影響を及ぼさないこと
(B)臭気の発散を最大限に抑制するべく、設計、管理すること
(C)将来的な周辺の住民環境に最大限の配慮を行うこと
(D)排水の水質について充分に管理すること
(E)廃棄物が周辺の土壌に及ぼす影響について充分に配慮すること
(F)周辺住民の所有地に廃棄物、排水を散布しないこと
(G)害虫を発生させて周囲に影響を及ぼさないように管理すること
(H)建造物、係留場などの施設は、周囲から目立たないように設計すること
(I)家畜をフェンス等で隔離し、周囲の景観に影響を及ぼさないようにするこ
   と
(J)樹木等によって施設を周囲の道路等から隔離すること
(K)動物愛護の面に充分に配慮すること

 以上のように、肉牛フィードロットの建設・管理に当たっては、排水・廃棄物
の管理のみならず、周囲の景観や、動物愛護の面を含めた配慮を行うことが求め
られている。

B 酪農乳業部門

 豪州の酪農乳業は、肉牛・羊産業と並んで畜産部門の基幹を成しているため、
環境対策が経済面に及ぼす影響は無視できないものとなっている。

 現在、酪農乳業部門が抱えている環境問題は、もっぱら廃棄物・排水の問題で
あり、特に排水処理の問題である。酪農家の搾乳施設あるいは乳業工場から出さ
れる排水については、州ごとに基準が設けられているが、特に、大規模な乳業工
場は大量の水を使用するため、厳しい監視下に置かれている。

 連邦政府は、環境面からみた酪農乳業の計画・運営に係るガイドラインを定め
ているが、その重点項目は、次のとおりとなっている。

(A)環境保護の面で望ましい立地条件を選択すること

 環境対策コストが経営を圧迫することを回避するため、立地条件の良好なとこ
ろを選択することを推奨している。例えば、農場跡地で既に地下水位が上昇して
いるところや、臭気などの問題を周囲に及ぼしているところなどは避けるべきと
されている。

(B)適切な排水設備の設計を行うこと

 排水を水質別に分離することにより、有効に処理または再利用できるようなシ
ステムを完備させることが求められている。

(C)適切な排水管理を実施すること

 排水の栄養価、残留固形物、臭気などの管理は、再利用する際の前提条件とな
るため、これらの厳しい管理が求められている。

(D)適切な排水再利用を実施すること

 適切に処理された排水を再利用することは環境保護的な経営の基本となる。こ
のため、できるだけ再利用の割合を高めることが求められている。

(E)適切な固形廃棄物処理を実施すること

 固形廃棄物は、種類によって処理の方法が異なる。砂や砂利はパドックで再利
用できるし、貯留槽に堆積した固形物は地下水への浸透を防止できる。ただし、
適切な処理により、悪臭の発生源とならないようにすることが求められている。

(F)充分な監視体制を配すること

 排水が周囲の環境に影響を及ぼさないように、常に監視を行うことが求められ
ている。具体的には、周囲の土壌・地下水等の成分分析を行うこととされている。

(G)緊急事態への対応を考慮すること

 いかなる高度な排水処理設備を装備していても、設備の故障などの緊急事態に
対処できなくては意義が半減する。特に酪農乳業などの継続的な操業が必須の分
野では、この対応策が重要な課題として位置付けられている。

C 養豚部門

 豪州の養豚産業は、肉牛・羊・酪農産業に比べると、ややマイナーな産業であ
る。前三者が輸出志向型であるのに比べ、国内市場への供給が大部分であり、一
部の生鮮・加工品は輸入も行われている。

 しかし、いかにマイナーであるとはいえ、豪州の養豚産業も環境問題を抱えて
いることに変わりはない。その課題は、廃棄物・廃水処理が中心であり、酪農乳
業の場合と同様に次の重点項目が掲げられている。

(A)環境保護の面で望ましい立地条件を選択すること
(B)適切な排水設備の設計を行うこと
(C)適切な排水管理を実施すること
(D)適切な排水再利用を実施すること
(E)適切な固形廃棄物処理を実施すること
(F)充分な監視体制を配すること
(G)緊急事態への対応を考慮すること

D 養鶏部門

 豪州の養鶏産業も、養豚産業と同様に、大部分が国内需要を対象としている。
環境政策は、他の畜種部門と同様に各州の政府によって管理されており、それぞ
れに気候風土や環境汚染許容度に応じた基準が定められている。

(A)飼養関係

 飼養部門は、育種、繁殖、ブロイラー生産の各分野に分けられるが、いずれも、
粉じんの拡散、臭気、騒音、水資源の消費、水質汚染、へい死した鳥や卵などの
廃棄物の廃棄、周囲の景観に及ぼす影響などの問題を抱えている。

(B)食鳥処理関係

 食鳥処理部門も、鶏飼養部門と同様に、粉じんの拡散、臭気、騒音、水資源の
消費、水質汚染などの問題を抱えているが、その他にも、羽毛処理、廃棄物処理
等に係るエネルギー消費効率の改善などの問題も抱えている。現在、排水の水質
管理や臭気の抑制に関する研究は精力的に進められているが、エネルギー・水資
源の節約に関する技術の向上がさらに求められている。


6 環境保護政策の見直し

 以上、見てきたように、豪州の環境政策は、基本的に州政府・地方自治体の管
轄下にあり、連邦政府は、必要に応じて全体に適用する各種ガイドライン等を制
定してきた。しかし、環境問題に対する国際的な関心が高まるにつれて、主に70
年代に制定されたこれらのガイドラインの内容が、国際的な要求に合致していな
いことが明らかになった。このため、連邦政府は、現在、これらの見直し作業を
進めている。
 
 この見直しの基本的な内容は、環境全般から見て持続可能な開発を可能にする
ような規制の枠組みを構築することにある。このことは、近年、国際社会で強く
要求されていることであり、豪州政府の環境政策もこの方向に進みつつある。

 今回の見直しのもう一つの特徴的な内容は、各行政レベルの役割分担をさらに
明確にしようとしていることにある。これにより、連邦レベルの環境行政は、国
際的な取り決め等に基づく国全体の環境政策の枠組み設定に限定し、少しでも各
地域にかかわる政策課題は、州政府または地方自治体に移管することがもくろま
れている。


( 1 )行政による直接介入が増加

 近年、豪州の環境政策は、その実行面でも、従来とは異なる手法を採用する傾
向にある。従来、各州や地方自治体レベルの環境問題対策は、個々の問題が発生
するたびにそれに対する対処という形で実施され、その際も、土地所有者などの
有権者と解決策を協議する方法によることが一般的であった。しかし、近年の環
境対策をみると、州政府による原生林伐採の規制、連邦政府による原生植物保護
の規制、さらには水資源のかんがい利用に対する規制などに見られるように、政
府が直接的な指令や規制を制定する方式が一般化している。今後においても、環
境政策の面から行政が農業などの産業に直接的に介入するケースは増加するもの
と思われる。


( 2 )土地収奪型生産から持続可能な生産へ

 豪州の環境対策の基本的な方向は、他の先進諸国と同様に、土地の生産能力を
最大限に利用する収奪型の生産方式から、より粗放的で持続可能な生産方式への
転換へと向かっている。たとえこのように広大な土地資源に恵まれたとしても、
その限界を超えた農業生産を持続することはできないということは、国内におい
ても幅広く認識されている。この生産方式の転換は、長期的に見た場合には、こ
の国の農業生産の行方に大きな影響を及ぼすと思われる。


7 おわりに

 豪州とわが国を比較すると、その自然条件の違いから中心となる環境問題の分
野と農業の生産規模が異なり、また、歴史的な政治環境の違いから環境対策の行
政的手段も異なっている。しかし、それらの違いを除けば、環境問題が農業・畜
産を営むうえでますます重要な課題となりつつある状況は同じであり、環境保護
と産業発展のバランスを維持する政策が模索されていることも同様である。
 
 豪州が、いかに広大な国土を有していようとも、土地の生産性の限界を超えた
農業を継続することは環境を疲弊させることにつながる。また、水資源に恵まれ
ない豪州の自然環境は基本的に脆弱であるため、集約的な産業活動によってもた
らされる大量の廃棄物・排水は、そのバランスを容易に崩しかねない。

 近年、豪州でも、環境問題の現状に照らした対策の見直しが急がれているが、
環境問題の拡大とそれに対する対策いかんによっては、今後の農業・畜産の行方
に大きな影響を及ぼす可能性が高い。このため、環境問題に関する動向には、今
後も大いに注目していきたいと思う。


元のページに戻る