海外駐在員レポート
ブラッセル駐在員事務所 井田俊二、池田一樹
96年 3 月にイギリスで発生した牛海綿状脳症(BSE)問題は、EU域内ばかりで なく世界中に大きな影響を及ぼしたが、この問題を契機として、牛肉を含めた食 品の安全性に関する消費者の意識がより一層高まったと言える。このため、EU では消費者の牛肉に対する信頼を回復することを目的として、97年、牛の個体識 別、登録および牛肉の表示に関する規則を制定した。その結果、加盟国では99年 12月31日までに牛の生産から牛肉の消費に至るまでその由来を追跡することが可 能となるシステムの構築を義務付けられることとなった。加盟国では、現在この 規則に基づいたシステムの導入を図っているが、 1 つの方法として、バーコード を使用して牛のと畜から牛肉の消費に至るまでの情報を統一的に管理するモデル 作りが進められている。一般的に普及し、かつ、はん用性のあるバーコード標準 を使用することにより、EU加盟国がこのモデルに基づいた統一システムを導入す ることを目的としている。今回は、このモデルの概要とともに、ドイツの事例に ついて紹介する。
EUにおける牛の個体識別、登録および牛肉の表示に関する規則は、農相理事会 (以下「理事会」という。)規則(820/97, 97年 4 月21日)およびこの理事会規 則の細則として、委員会規則(1141/97, 97年 6 月27日)により規定されている。 その概要は次の通りである。 (1) 牛の個体識別と登録 ア 耳標装着 98年 1 月 1 日以降出生した牛または同日以降EU域内で流通する牛については、 個体識別が可能な耳標を両耳に装着しなければならない。 イ 牛データベースの構築 加盟国の所管官庁は、99年12月31日までにコンピュータによる牛のデータベー スを整備しなければならない。 ウ 個体登録およびパスポートの発行・携帯 98年1月1日以降出生した牛については生後14日以内、また、EU域外から輸入 された生体牛については個体識別後14日以内にパスポートを発行しなければなら ない。また、当該パスポートは個体の移動に際して添付しなければならない。 ただし、2000年1月1日以前であって、既にコンピュータによるデータベース が整備されている場合には、加盟国間で流通する牛だけにパスポートを発行し、 移動の際に携帯することとしてもよい。 また、牛の由来(生産場所等)およびその移動先が同一である場合には、加盟 国で流通する牛群(バッチ)ごとにパスポートを発行できる。その際には、獣医 師による証明を添付する必要がある。 エ 個体登録データの更新・報告 すべての牛の所有者は、パスポートに記されている牛の個体登録データを更新 することが義務付けられている。コンピュータによる牛データベース構築後には、 牛の出生、死亡および所有権の移転について、それぞれ発生の日から15日以内 (2000年1月 1 日以降は 7 日以内)に所管官庁に報告しなければならない。 表1 EUの牛飼養頭数(97年12月現在) 資料:欧州統計局「STATISTICS IN FORCUS 1998/4」 ◇図1:生体牛輸入頭数(97年)◇ ◇図2:生体牛輸出頭数(97年)◇ (2)牛肉の表示 ア 牛肉の表示システムの構築および承認 牛のと畜業者、牛肉の加工業者および販売業者など(以下「牛肉業者」という。) は、牛肉の表示システムを99年12月31日までに導入しなければならない。ただし、 このシステムの対象はEU域内で販売される牛肉に限定して適用することができる。 また、すべての牛肉業者は、98年7月 1 日以降、この規則(97年7月 1 日から実 施)に基づく牛肉表示を義務付けられている。 牛肉業者は、99年12月31までに所管官庁に対して、牛肉の表示システムに関す る申請を行い承認を得なければならない。表示内容は牛肉の販売時に消費者に対 して牛肉に関する情報を提供するものであることから、すべての牛肉処理・加工 段階において正確な情報を維持し、管理できるシステムを構築する必要がある。 なお、牛肉の生産または販売を複数の国にまたがって行う場合には、それぞれ の所管官庁の承認を得なければならない。 イ 牛肉の表示内容(小売段階) 次の事項以外を表示してはならない。 ・牛の生まれた国または生産者 ・牛を肥育した国または生産者(一時的な肥育を含む) ・牛をと畜した国またはと畜業者 ・牛の個体識別番号(またはバッチ番号)および性別 ・牛の肥育方法および飼養に関するその他の情報 ・と畜に関する情報(と畜月齢、と畜年月日および牛肉の熟成期間など) ・その他牛肉業者が必要な情報で、かつ、所管官庁から承認を受けた事項 上述の表示内容のうち、異なった条件の牛肉が混在する場合には、すべてに共 通する事項だけしか表示できない。 すべての牛肉表示には、牛の個体(またはバッチ)とその個体から生産された 牛肉を追跡することが可能となる参照番号(記号)を表示しなければならない。 万一、牛肉の適正な表示方法に合致しない牛肉、または牛肉の表示に関する承 認を受けていない牛肉が発見された場合には、正当な手続きを踏んだ牛肉の表示 を行うまで市場から排除される。 ウ 加盟国の報告 各加盟国は、99年 5 月 1 日までにEU委員会に対して牛肉の表示システムの実 施状況に関する報告をしなければならない。理事会は、2000年1月 1 日までに、 それ以降導入が必須となるシステムに関する一般規則を決定する。 表2 EUの牛肉生産量(97年) 資料:欧州統計局「ANIMAL PRODUCTION 1998/4」 ◇図3:牛肉輸入数量(97年)◇ ◇図4:牛肉輸出数量(97年)◇
(1)モデル構築の背景および目的 EUの牛肉業者は、前述したように、EU規則の決定により99年12月31日までに牛 肉の表示システムを構築することが義務付けられることとなった。このシステム は、消費者に対して牛肉に関する的確な情報を提供するとともに、牛の生産から 牛肉の消費に至るまでその由来を追跡できるものでなければならない。 各加盟国では、現在このEU規則に基づき体制整備を図っているが、加盟国間で 統一した牛肉の表示システムはない。したがって、このような状況で今後牛肉の 表示システムが義務化された場合、複数の加盟国間を流通する牛肉(または牛) については、異なった情報システム間における伝達が必要となるため、システム 維持の複雑化、流通コストの増加などの問題の発生が懸念されている。 バーコードを使用した牛肉の表示および管理モデルは、こうした問題に配慮し、 すべての加盟国において統一的な牛肉の表示および管理を行うために構築されて いる。このため情報伝達の媒体として、一般的に普及率が高くはん用性の高いバ ーコード標準を採用している。このように加盟国共通の牛肉の表示システムを導 入することにより、システムそのものの効率的運営を図ることとしている。 (2)バーコード(EAN/UCC基準)システム この管理モデルは、バーコードを使用した商品コードの管理機関である国際EA N協会(European Article Numbering Association)が、欧州家畜食肉取引業者連合 (UECBV)、欧州消費者協会(BEUC)などの組織と連携し構築を進めている。 これによると、牛がと畜場に搬入されてから小売店で消費者に販売されるまで の流通過程を、EAN/UCC基準という統一的なバーコードシステムを使って管理 するとともに、各流通段階間の情報伝達を同協会が開発したEANCOMィという 専用システムを通じて行うものである。 国際EAN協会は、92年(母体は72年欧州で創設)に創設された非営利組織で、 商品コードシステム(EAN/UCC基準)を構築し管理する機関で、88カ国にこの 商品コードシステムを管理する機関を配している。現在、約80万の企業がこのシ ステムを導入している。なお、UCCは、米国を中心に普及しているバーコードを 使った商品コードシステムであり、EUを中心に普及しているEANシステムはUCC システムと互換性が保持されているためはん用性が高い。 バーコードを使用した管理システムは、小売業界において初めて導入されたが、 その後、トラック輸送業界における荷口管理などで急速に普及し、現在では商業 および工業分野を中心に広範な分野で利用されている。なお、この管理システム 導入のメリットとして、ペーパーレス化の推進、製品の発注から搬出までの時間 短縮、すべての流通段階における製品管理の精度の向上およびこれに伴うコスト の削減が挙げられている。 (3) モデルの概要 このモデルは、と畜業者が牛を搬入する時点から小売業者が牛肉を消費者に販 売する時点までを包括しており、統一的なバーコードシステム(EAN/UCC基準) を使って情報を管理し、情報伝達についてはEANCOMィという専用システムを通じ て行っている。 ア と畜業者 と畜場に搬入された牛の個体識別は、牛搬入時に、牛に装着されている耳標を 読み取るか、またはバーコード付き耳標、マイクロチップをスキャナー等で自動 的に読み取る。なお、と畜場に搬入された牛には、その個体の経歴が記載された パスポートが携帯されるが、このパスポート上にもバーコードが添付されている ことが望ましい。 と畜場では、搬入時に読み取った牛の個体識別番号についてコンピュータ回線 を通じて国またはEUで管理している家畜データベースと照合する。その結果、確 認のとれた個体データが自動的にと畜場コンピュータに取り込まれ、と畜場にお けるデータベースとして管理される。 と畜後、解体された個々の枝肉または四分体にはバーコード(UCC/EAN128) の付いたシールが貼付される。このバーコードには、製品番号、耳標番号または バッチ番号、場合によってと畜体重の情報が付される。この際、耳標番号または バッチ番号がと畜された家畜の生産記録等を追跡できる手段となる。 と畜場では、枝肉等に関するデータを搬出先である加工業者に専用システム (EANCOMィ)を通じて事前に提供する。この情報の伝達は、主にVAN回線を通じ て行われ、情報の機密性が確保される。 イ 加工業者 加工業場に搬入された枝肉等の識別は、搬入時に枝肉等に貼付されているバー コード表示をスキャナーで読み取ると同時に、事前にと畜業者から送られてきて いる枝肉等に関するデータと照合し、現物との確認が取れたものだけを搬入する。 加工場で小分けされた個々の製品には、すべてバーコー(UCC/EAN128)の付 いたシールが貼付される。このバーコードには、加工場製品番号および加工場バ ッチ番号のほか、重量、出生国および購入場所の情報が付される。この際、加工 場バッチ番号が、加工され枝肉等およびその由来となった家畜の生産記録等を追 跡できる手段となる。 ウ 小売業者 加工業者から小売業者への製品の搬入時には、加工場における製品搬入時と同 様の製品の確認が行われる。 小売用に整形・包装された個々の牛肉には、バーコード(UCC/EAN128)のつ いたシールが貼付される。このバーコードには、小売販売用バッチ番号および生 産国の情報が付される。この際、小売販売用バッチ番号が、製品となった加工場 バッチ番号、枝肉等および家畜の生産記録等を追跡できる手段となる。 なお、消費者向けの販売においては、次の項目を表示しなければならない。 ・牛の生産国(出生、肥育およびと畜場所) ・識別番号(耳標番号またはバッチ番号) エ モデルの特長 このモデルでは、以上のようにと畜業者による牛の搬入から小売業者による牛 肉の販売まで、統一したバーコード標準を使用したシステムを管理している。さ らに各流通段階において統一的なデータベースを保有しているため、小売段階に おける牛肉製品からその製品の由来となる牛個体(またはバッチ)を追跡し特定 することが容易である。 また、製品の受け入れ時には、機械的な情報の入力および照合が行われるため 人為的な情報伝達の誤りは極力排除できる。さらに、各流通段階におけるコスト の削減が期待できる。 したがって、各加盟国がこのモデルに基づく統一的な牛肉の表示システムを導 入すれば、牛肉(または牛)が複数の加盟国間を流通した場合であっても、シス テムの機能維持(表示および牛肉の由来追跡等)が容易になるとともに流通コス トの削減が図られる。
ドイツにおける牛肉の表示および管理システムは、EU規則および98年に制定さ れたドイツ法令により規定されている。 ドイツでは、既に一部機関においてEAN/UCC基準バーコード(UCC/EAN128) を使用した牛肉の表示および管理システムが導入されている。 (1)システムの承認および管理体制 システムの所有者は、99年12月31日までにそれを所管する国家機関、ドイツ農 業・食品連邦施設(BLE)から承認を得なければならない。また、同システムの運 営については、BLEによって認可された中立的なシステムの監視機関が担い、バー コードの抽出検査等を実施することによりシステムの適合性を監視している。 図5 システムの承認および管理体制 (2) 牛肉表示 ドイツでは、95年から自主的に牛肉の表示が実施され、その後98年に制定され た法律により表示が義務化された。 表3 牛肉の表示の比較 注:○印が表示義務のある事項 (3)オルガインベント社のバーコードを使用した牛肉の表示および管理システム ア オルガインベント社の概要 ドイツのオルガインベント社は、牛肉の表示に関する規則に即した牛肉の表示 システムの開発および国内における統一した牛肉の表示システムの普及を目的と して、家畜および食肉の団体であるドイツ農業中央調査会(CMA)と食肉の販売 に関する団体であるユーロ販売協会(EHI)の共同出資により設立された民間組織 である。 業務内容は、牛肉の表示システムの開発をはじめとして、牛肉業者に対するシ ステムの提供および管理を行っている。 ドイツでは、牛肉の表示システムを所管するBLEから約180のシステムが承認さ れているが、と畜場から最終製品に至るまで統一されたシステムは同社だけであ る。 イ 運営状況 同社のシステムは、EAN/UCC基準のバーコード(UCC/EAN128)を使って開 発された。現在、このシステムを利用している契約相手先は、牛と畜業者、牛肉 加工業者および小売店を中心に200社であり、ドイツ国内の牛肉流通量の約 6 割 を占めている。同国における牛肉の小売流通形態は、量販店(65%)および専門 店(35%)に分類されるが、このうち同社では量販店流通量の約90%を占める量 販店と契約している。 同社は契約者に対してシステムのノウハウを提供し、契約者からライセンス料 を徴収している。ただし、契約者に対する機器の提供や表示ラベルの提供等は行 っていない。 ウ システムの普及に関する課題 牛肉業者は、同社のシステムの導入に当たりかなりの初期投資を必要とする。 この投資額は、製品に転嫁せざるを得ないが消費者の理解がなかなか得られず難 しい状況にある。したがって、牛肉業者はこの投資負担を内部努力により吸収し なければならず、システムの導入に対してあまり前向きな状況にはない。
EUでは、99年 1 月から統一通貨ユーロが導入された。また、現在、中・東欧6 カ国(ポーランド、ハンガリー、チェコ、エストニア、スロベニアおよびキプロ ス)との間でEU加盟に向けた交渉が行われており、今後、ますます単一経済圏の 拡大およびボーダレス化が進展していくことが予想される。このため、生体牛お よび牛肉の流通に関しても、これまで以上に流通の広域化が進展するものとみら れる。 他方、このような食品流通の広域化の進展は、ひとたびBSE等の問題が発生した 場合、影響の拡大化および原因究明の複雑化をもたらし問題の長期化を招くこと が予想される。 2000年から導入が義務化される牛肉の表示システムは、十分に機能すれば家畜 防疫対策だけでなく多面的な効果が期待できるはずである。 加盟国共通のシステムの導入は、円滑にシステムを機能させる上においてその 意義は大きい。加盟国のシステムは、今後集約される方向に進むとみられるが、 バーコードを使用した牛肉表示システムもその選択肢の 1 つとして普及していく ことが予想される。
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