海外駐在員レポート
米国における家畜・畜産物の価格形成および格付け
デンバー駐在員事務所 本郷秀毅、藤野哲也
世界の農業生産者、とりわけ畜産農家にとって、古くて新しく、かつ、議論さ
れ尽くされることのないホットな話題は、広い意味で格付けを含めた家畜および
畜産物の価格形成の問題であろう。市場経済のリーダーを標榜する米国も、この
点においては世界の例外ではない。畜種別、産品別、それぞれに課題が次々と発
生し、いまもなお試行錯誤が繰り返されている。
米国政府は、WTO(世界貿易機関)協定の下で、96年農業法により市場志向型政
策への転換を図った。農業生産に対する政府の関与を縮小し、価格形成をできる
限り市場原理に委ねることとしたのである。畜産物関連では、加工原料乳価格支
持制度を2000年以降撤廃することが決定されている。
しかしながら、最近の穀物価格や畜産物価格の下落により、いまや政治の関心
は、96年農業法の精神とは反対に、農家の救済策に向かっていると言っていい。
98年11月の中間選挙前に決定された99年一括歳出法をみれば明らかである。
本報告では、このように揺れ動く実態面を追うよりは、むしろ現状の価格形成
の類型化を図り、格付けなどの実態の概要を報告することに重点を置くこととし
た。併せて、簡単にではあるが、畜種別、産品別の課題を報告する。また、本報
告は、価格形成と格付けという2つの課題を、畜種別の縦割りではなく、価格形
成と格付けそれぞれの節を設けて横割りとし、 2 部構成で報告する。
本節では、家畜および畜産物の価格形成を、価格形成の類型、畜種別・産品別
価格形成の特徴および価格形成上の争点に分けて、その概要を報告する。
( 1 )価格形成の類型
家畜・畜産物の生産者価格の形成方法をごく大雑把に分類すれば、@政府管理
型、A競り、B交渉による相対取引、C契約に基づく市況公式型に分けられる。
さらに、Cの公式型は、現物取引価格や先物取引価格などの市況を反映するもの
と、コストの動向を反映するものとに細分類される。
以上は、説明を容易にするため便宜的に分類したものであり、いくつかの方法
の組み合わせや分類しきれない方法などがあることは言うまでもない。
@ 政府管理型
政府が直接、価格に関与するケースである。米国の畜産物価格の中では、加工
原料乳価格支持制度と連邦ミルク・マーケティング・オーダー制度により価格を
支持されている生乳が、この項目に含まれよう。広義には、政府の介入による価
格操作も含まれると言っていいかもしれない。間接的に畜産物価格を支持してい
る学校給食向けなどの国内食料援助事業、輸出促進事業、海外への食料援助事業
などによる買い入れがそれである。
A 競り
公開市場における競り取引である。家畜の公正な価格形成手段として最も伝統
的な方法であるが、シェアの観点からみれば、このような方法による価格形成は
もはや主流ではなく、今後とも縮小していくものと見込まれる。また、まだ点的
な存在ではあるが、衛星通信やインターネットを通じた遠隔電子取引が誕生・普
及しつつある。
なお、日本の自主流通米価格形成センターにおける米の価格形成や農畜産業振
興事業団保有の乳製品売り渡しの際などに用いられる、一定のルールに基づく入
札という取引方法は、現在、米国では用いられておらず、今後、導入される可能
性もほとんどないものと思われる
B 相対取引
個人や組織を通じた相対交渉による価格形成である。買い手との情報量や交渉
力の差に加え、腐敗しやすいという商品特性から、生乳取引の場合のように、協
同組合などの組織が代表して交渉に当たる場合もある。相対取引においては、交
渉の基礎となる信頼性の高い指標価格の存在が重要であり、これに需給事情の変
化や品質などを加味した交渉が行われる。
C 市況公式型
USDAの報告する公的な取引価格や商品取引市場における取引価格などを指標価
格とし、これを基礎に品質などの要因を加味した一定の公式(販売契約)に従っ
て価格が決定される方式である。
この変形がコスト要因を加味したコスト公式型である。この方法では、一般に、
まず家畜や産品の生産コストが計算され、それに一定の上乗せ価格が加えられて
取引価格が決定される。この取引方法は、主に肉豚の取引に用いられている。市
況公式の算定要素の中に、あらかじめ主要飼料穀物の価格がコストとして組み込
まれており、それらの上限および下限価格を定めることなどにより、極端な価格
の変動によるリスクを肉豚の売り手・買い手双方で分散しようとする取引方法で
ある。
( 2 )畜種別・産品別価格形成の特徴
・USDAが種々の指標価格を公表
米農務省(USDA)は、家畜や畜産物の公正な価格形成を促進するため、取引方
法などを絶えず監視・点検している。その一環として、全国農業統計局(NASS)
が毎月の全国統計を公表しているほか、農業マーケティング局(AMS)が日々の取
引価格、取引数量、加重平均価格などのデータを収集・加工し、インターネット
や印刷媒体などを通じて、日報または週報ベースで公表している。
・公表価格の基礎は民間企業による自主報告
このため、USDAは、主に大口の売り手、買い手双方から取引価格および取引数
量を聞き取り、これが一致しない場合は公表値算定用のサンプルから除外してい
る。また、異常値なども計算の対象から除外している。
報告自体は自主的なものとされているが、大手パッカーや大手スーパーなどを
含め調査対象となる民間企業は概して協力的であることから、加重平均される公
表価格は、日々の取引価格を十分に代表したものとなっている。(注:サンプル
は、一般に全体の35〜40%程度をカバーしているとされている。また、米国の食
肉処理・加工業者を代表する全国団体である米国食肉協議会(AMI)によれば、肉
用牛については 3 分の 2 以上、部分肉については75%以上の取引が、自主的に
USDAに報告されているとしている。)
なお、個々の取引情報は、法律に基づき、一切公表されないよう厳重に管理さ
れていることは言うまでもない。
@ 肉用牛:相対取引が主体
肉用牛の取引は、交渉による相対取引が主体である。ややデータは古いが、92
年から93年にかかる12カ月間を対象として実施されたUSDAの調査(96年公表)に
よれば、調達方法別では、相対取引と家畜市場取引を合計したスポットでの取引
割合が取引ロットベースで82%を占め、販売契約(≒市況公式)に基づく取引が
8%、パッカーの自己所有または先物契約が10%であった。(注:最近のデータ
がないため、調査機関を通じて専門家に推定してもらったところ、現在では、ス
ポット取引が60%、市況公式が30%、パッカー自己所有または先物契約が10%程
度になっているのではないかとのことであった。)
USDAの96年パッカー・ストックヤード統計報告(98年公表)によれば、肉用牛
の家畜市場における取引割合は近年減少傾向にあるとはいえ、92年以降14〜15%
程度で推移していることから推測すれば、相対取引の割合は、現在でも50%弱の
シェアを占めるものと推定される。
また、92/93年実施の上記調査に基づき、これを価格形成の方法別にみると、
生体重量ベースでの取引が46%と最も多く、次いで枝肉評価によるものが37%、
市況公式によるものが17%となっている。(注:枝肉評価による取引割合は、96
年には47%とシェアを拡大しつつある(表10参照)。)
表1 肉用牛の調達方法別・価格形成方法別ロット数
資料:USDA「Concentration in the Red Meat Packing Industry」(1996)
注:方法が不明なものはデータから除外されているため、
合計は必ずしも一致しない。
表2 肉用牛の家畜市場取引割合の推移
資料:USDA「Packers and Stockyards Statistical Report」(1996)
・主要指標価格はカットアウト・バリュー
従来、USDAの公表する枝肉価格が肉用牛や牛肉取引の指標価格としての役割を
担ってきたが、パッカーによる生体買い付け・部分肉販売が一般化するにつれ、
枝肉での取引割合が低下し、指標価格としての信頼性も低下してきた。そこで、
USDAによって考案されたのが、 カットアウト・バリューという概念である。
カットアウト・バリューとは、単純化して言えば、部分肉の取引価格・重量比
から推計した枝肉の仮想価格といえる。USDAでは、毎日、主要パッカーから小売
規格の部分肉の販売価格および数量を聞き取り、それが正しいかどうか販売先に
確認した上で、カットアウト・バリューを算定・公表している。牛肉のカットア
ウト・バリューは、輸送コストなどの補正を行い、主要産地であるネブラスカ州
オマハにおける積み荷渡し条件の仮想枝肉価格として公表されている。
◇図1:生体牛価格とカットアウト・バリューの比較◇
A 肉豚:契約販売に急速に移行
肉豚の取引は、企業的養豚経営体によるインテグレーションの急速な進展を反
映して、契約販売が主体となっている。アイオワ州立大学およびミズーリ大学に
よって実施された97年の養豚の産業構造に関する調査によると、販売契約に基づ
く取引の割合は、94年には約30%にしか過ぎなかったものが、97年には57%とな
っており、さらに98年には65%になるものとみられる。したがって、残りが相対
取引や家畜市場取引などのスポット取引またはパッカーによる自己所有等という
ことになる。また、全国豚肉生産者協議会(NPPC)が最近行った年間5万頭以上
出荷する大規模養豚経営体の調査結果によれば、販売契約に基づくものが77%、
11%が交渉による相対取引、残りの12%がパッカーの自己所有またはその他の契
約となっている。
USDAの96年パッカー・ストックヤード統計報告(98年公表)によれば、豚の家
畜市場における取引割合は、近年急速に減少してきており、96年にはわずか4.3%
に過ぎなくなっている。
また、これを価格形成の方法別にみると、公式統計がないため調査機関の推計
によれば、枝肉評価による取引が約60%(96年は51.7%:表13参照)、生体ベー
スでの取引が約30%、残りの約10%がパッカーの自己所有等となっている。実際
の価格形成に当たっては、さらに、背脂肪厚と赤身率による価格の調整がなされ
る。基本的に、脂肪分が少なく赤身分が多いほど加算額が高くなる仕組みとなっ
ている。
表3 豚の契約販売割合
資料:アイオワ州立大学、ミズーリ大学
「Pork'98, Industry Structure Study」
注:ウインドウとは、価格があらかじめパッカーが定めたウインドウ
(価格帯)の範囲を超えた場合に、売り手と買い手によりその差額
を折半する方式。
表4 豚の家畜市場取引割合の推移
資料:USDA「Packers and Stockyards Statistical Report」(1996)
・主要指標価格はカットアウト・バリュー
肉豚および豚肉の場合も、牛肉の場合と同様、USDAによって考案されたカット
アウト・バリューがその主要指標価格となっている。
豚肉のカットアウト・バリューも、算定・公表の仕方は、基本的に牛肉の場合
と全く同様である。ただし、部分肉の部位数が少ない分だけ、豚肉のカットアウ
ト・バリューの方が算定は容易である。豚肉のカットアウト・バリューも、牛肉
の場合と同様、輸送コストなどの補正を行い、主要産地であるネブラスカ州オマ
ハにおける積み荷渡し条件の仮想枝肉価格として公表されている。
B 家きん製品:約95%が処理・加工業者所有
生体の家きんについては、インテグレーションにより約95%が大手処理・加工
業者の所有となっているため、客観的に示される指標価格は存在しない。大手処
理・加工業者は、生産された家きんのほとんどを最終小売製品段階まで加工し、
交渉の結果合意された価格で小売業者に販売している。
C 生乳:実質は交渉による相対取引
生乳価格については、加工原料規格(グレードB)生乳は加工原料乳価格支持
制度により、飲用規格(グレードA)生乳は連邦ミルク・マーケティング・オー
ダー制度により、それぞれ支持されている。
加工原料乳価格は、加工原料乳生産地帯であるミネソタ、ウイスコンシン両州
において、生産者と乳業者間の交渉に基づく相対取引により決定される加工原料
乳の市場価格(M-W価格:乳脂率3.5%)が支持価格水準を下回った場合、バター、
脱脂粉乳またはチーズの買い上げ措置により、間接的に支持される仕組みとなっ
ている。しかしながら、最近では、支持価格水準が実勢取引価格に比べて相当低
水準に設定されていることから、実質的に加工原料乳価格支持制度は機能してい
ないと言える。言い換えれば、加工原料乳価格は、政府の関与なしに、生産者と
乳業者間の自由な交渉により決定されていると言えよう。
また、飲用規格生乳は、上記加工原料乳価格(前月)を基礎に乳製品の価格変
動(今月/前月)を加味し、毎月、その翌月に公表される基礎公式価格(BFP)を
ベースとして、生乳の仕向先別に最低取引価格が定められることとなっている。
この場合、@加工原料乳(クラスV)に仕向けられた場合はBFPが適用され、Aク
リームやヨーグルトなどのソフト乳製品(クラスU)に仕向られた場合はBFP
に30セント/100ポンド上乗せされ、B飲用乳(クラスT)に仕向けられた場合は、
加工原料乳地域からの輸送コストなどを勘案して各オーダー毎に定められるクラ
ス・差額が加算される。この飲用乳価格はあくまで最低取引価格であり、酪農協
同組合による乳業者との交渉に基づき、さらにオーバー・オーダー・プレミアム
が上乗せされる。このような交渉は、原則として毎月行われ、生乳の需給状況な
どを勘案してオーバー・オーダー・プレミアムが決定される。(注:酪農協同組
合に問い合わせたところ、生乳取引は一般に数年間にわたる長期契約が基本であ
るため、実際には、生乳需給事情などに激変が生じた場合に改定交渉を行うとの
ことであった。)
したがって、生乳の取引価格は2つの連邦制度により支持されているとはいえ、
実質的には、生産者団体と乳業者間の交渉による相対取引により定められている
と言えよう。
◇図2:加工原料乳支持価格とBFP(=加工原料乳取引価格)の推移◇
・主要指標価格はBFP
生乳については、加工原料乳価格そのものであり、かつ、飲用規格生乳の最低
取引価格算定の基礎としても用いられているBFPが、その主要指標価格になってい
ると言える。ただし、そのBFPも、算定の基礎としてミネソタ、ウイスコンシン両
州における加工原料乳取引価格(M−W価格)を基礎として、乳製品の価格変動を
加味して算定されることからすれば、このM−W価格や乳製品価格が実質的な指標
価格になっていると言い換えてもよいかもしれない。なお、ここで言う乳製品の
価格変動の95%以上は、圧倒的に生産量の多いチーズ価格の変動によるものとさ
れている。
D 商品取引所における価格形成:その基本はUSDA公表価格
家畜や畜産物価格の主要指標として、商品取引所における現物取引や先物取引
で形成される価格は無視できない。そこで、ここでは、産品横断的に、商品取引
所における価格形成について簡単に説明する。
米国には、家畜または畜産物を取り扱う商品取引所は2つある。一つはシカゴ
・マーカンタイル取引所(CME)であり、もう一つはニューヨークにあるコーヒー
・シュガー・ココア取引所(CSCE)である。取り扱い品目数および取引数量とも
に、CMEの方が圧倒的に多いため、当該取引所で形成される日々の価格が、広く業
界の指標価格として用いられている。
商品取引所における取引は、先物取引および先物取引の一種であるオプション
取引が圧倒的に多い。例えば、CMEでは、家畜・畜産物に係る先物取引は10品目、
オプション取引は11品目に及んでいる。商品取引所の機能は、基本的に価格変動
のリスクをヘッジすることであり、したがって、先物が主に取り引きされること
になる。言い換えれば、価格変動の少ない商品は商品取引にはなじまないという
ことである。このため、政府の価格支持などにより価格変動の少なかった乳製品
は、バターを除きつい最近まで上場されることはなかった。
このようにして取り引きされる先物商品も、期日が近くになるにつれ、最終的
には現物取引価格に収束していく。その現物取引価格は、USDAの公表する代表的
な価格が基本となっていることからすれば、商品取引所において形成される価格
は、あくまで 2 次的な指標価格と言えよう。
それでは、一体誰がこのような取引を利用しているのであろうか。実は、生産
者はほとんど利用していない。利用しているのは大規模生産者、特に肉用牛肥育
経営体くらいのものであり、生産者全体の5 %にも満たないとみられている。し
かも、大規模生産者は、家畜の取引よりも、むしろ穀物価格のリスクをヘッジす
るため、穀物の先物取引を主に利用している。家畜や畜産物の先物取引は、リス
クをヘッジするためパッカーなどの実需者が利用しているほか、スペキュレータ
ーと言われる投機家が取引の参加主体となっている。
( 3 )価格形成上の争点
@ 肉用牛・牛肉:契約販売の透明性確保
従来、肉用牛の価格形成は、交渉に基づく相対取引が主体であったが、大手パ
ッカーによる寡占化の進展により、市況公式などに基づく契約販売が増加しつつ
ある。このため、大手パッカー支配による肉用牛の契約販売が、価格形成上の争
点となっている。
具体的な争点は、販売契約の中に挿入されていることのある、USDAに対する取
引価格の報告を禁止するという規定である。USDAには、高価格で取り引きされた
肉用牛の情報が報告されず、結果的に、USDAの報告する価格が市場実勢よりも低
くなり、この価格を基礎に取引を行う肉用牛生産者が、買い手に対して極めて不
利な条件の下に置かれているというものである。このため、USDAは、このような
取引はパッカー・ストックヤード法に違反しているかもしれないとして、このよ
うな取引を禁止する規則の制定を検討している。
・パイロット調査の実施
また、98年10月21日に成立した99年一括歳出法においては、争点の1つとなっ
ていた価格の報告を強制的に義務づけるという案は却下されたものの、USDAは、
品質規格別などに、生体牛(および羊)、枝肉および部分肉の取引価格・数量に
ついて、自主的な報告を増やすための措置を講じるよう求められた。具体的には、
12カ月間のパイロット調査として、特定の売り手と買い手に対して、上記取引情
報を強制的に報告させようとするものである。
A 肉豚・豚肉:公表価格算定方法の改善
養豚産業の構造は、肉用牛産業にもまして急速に変化している。インテグレー
ションの進展により、市況公式などに基づく契約販売が過半を占めるようになる
とともに、消費者の需要に合わせて、赤身率が高く、斉一性の高い豚肉が生産さ
れるようになっている。
USDAは、現在、スポット取引における赤身率47〜49%の肉豚の価格を基礎価格
として公表している。しかしながら、USDAが96年1月に実施した西部コーンベル
ト地域の肉豚取引調査によれば、肉豚の取引で主流となりつつある販売契約にお
いては、スポットでの取引よりも高い価格で取引がなされており、赤身率もより
高いものとなっているため、USDAの公表する価格は現実の取引の変化を反映して
いないことがわかった。
このため、USDAは、パッカーにより用いられている現実の調達方法に沿うよう
価格算定方法の見直しを行い、生産者に対して支払われている価格をより正確に
反映するよう改善を図るとしている。
・自主的な取引価格公表
他方、NPPCと全国豚肉ボードは、正確で信頼できる市場情報を提供してほしい
との肉豚生産者からの要望に応え、10月1日より、生産者協同組合所有のパッカ
ーであるファームランド・ナショナルビーフ・パッキング社の取引価格を、イン
ターネットを通じて自主的に公表している。同社が前日に取り引きした契約販売
以外の肉豚価格に加え、赤身率や枝肉重量などに基づくプレミアムに関する情報
も併せて公表されており、売り手である生産者の取引情報の強化につながるもの
と期待されている。
・豚価、26年ぶりの低水準
取引価格の形成や公表の仕方が議論の対象となっている背景には、98年に入り、
肉豚価格が前年の6割程度の水準にまで急落しているという事情がある。これは、
72年以来、実に26年ぶりの低水準である。このため、USDAは、国内食料援助向け
の買い入れやロシアへの5万トンの豚肉の援助などの価格支援対策の決定を行っ
ているものの、NPPCは、さらなる緊急支援対策を要請している。
B 生乳・乳製品:価格の乱高下に対するリスク管理対策
生乳の取引価格については、96年農業法に基づく加工原料乳価格支持制度の廃
止と、現在検討中の連邦ミルク・マーケティング・オーダー制度、特に飲用規格
生乳の最低価格制度の見直しが最大の争点であろう。
もう1つの争点は、乳製品価格の乱高下に伴う生乳価格の乱高下の問題である。
・商品取引所価格からUSDA調査へ
飲用規格生乳価格の基礎となるBFPの算定に当たっては、従来、ウイスコンシン
州にあった全国チーズ取引所(NCE)におけるチーズの取引価格が重要な役割を果
たしてきた。しかしながら、NCEにおいては、取引への参加者数が少ないことに加
え、取引価格が乱高下しやすいことなどから、一部の企業が価格操作を行ってい
るのではないかとの疑惑がもたれ、97年 4 月、NCEは閉鎖されることとなった。
これに代わり、USDAのNASSは、毎週、全国のチーズ工場におけるチーズ販売価格
の調査を行い、これを公表することとし、価格の恣意的な乱高下の疑念は払拭さ
れることとなった。全国調査に代えた背景には、1つだけの市場取引価格に依存
することにより生ずる偏りを避けるという意図もあった。
・北東部諸州酪農協定による飲用乳価の支持
96年農業法において、市場志向型政策への改革とは矛盾する政策が導入された。
ニューイングランド地区の6州を対象とする北東部諸州酪農協定による飲用乳価
の支持がそれである。本協定により、対象となる6州の飲用乳価(クラス・)は、
99年10月まで(99年度一括歳出法により、99年 4 月から6ヵ月間延長)100ポン
ド当たり16.94ドル(45.6円/kg: 1ドル=122円で換算)が最低価格となる。周
辺諸州に加え、南東部諸州が同様な酪農協定の構築に向けて動き出しており、既
に多くの州で法案が成立している。南東部諸州酪農協定成立のネックの一つは、
ジョージア州の前知事が拒否権を発動したことにあったが、同氏が11月の知事選
で落選したことから、関係者は新知事の判断を見守っている。ただし、関係各州
段階の法案が全て成立したとしても、同協定が実施されるためには、さらに連邦
議会における審議・承認が必要とされている。
・オプション事業の導入
USDAは、99年をもって加工原料乳の価格支持制度が撤廃されることから、酪農
家のリスク管理対策として、酪農オプション・パイロット事業を導入した。本事
業は、USDAの助成により生産者がBFPのオプション(先物市場で売る権利)を一定
の行使価格で購入し、先物取引価格が行使価格以下に低落した場合に、オプショ
ンの行使より価格の低落を相殺するものであり、一種の保険制度的な事業と言え
よう。しかしながら、先に触れたように、肉畜の生産者ですら先物取引に取り組
んでいる例は極めてまれである中で、家族経営の多い酪農家がオプション取引を
自由に使いこなせるようになるとは考え難い。
・バター価格が 3 倍弱にまで急騰後、半額以下に急落
一方、本年に入り、バターの需給がひっ迫したため、9月にはバター価格が前
年に比べ 3 倍近い水準にまで買い上げられたものの、その後わずか 2 カ月余り
の間に半額以下に急落するという荒っぽい展開となっている。併せて、チーズの
需給もひっ迫基調となっていることから、96年末に急落して以来低迷していたBF
Pが急上昇を示しており、業界内ではジェットコースター価格とまで言われる事態
となっている。市場からのシグナルの発信があっても、生産が反応するまでの時
間的なギャップが大きいことが、価格の乱高下を生み出す一因になっていると言
えよう。
・飲用乳価の安定化も検討
以上のように、USDAは、加工原料乳価格の支持機能の低下・将来的な廃止によ
り生乳取引価格が乱高下しやすくなったことに対処し、生乳価格・収入の安定化
を図るため、@チーズ取引価格について、商品取引市場における取引価格の利用
から全国工場調査への変更、A北東部諸州酪農協定による飲用乳価の支持、B酪
農オプション・パイロット事業の導入のほか、C連邦ミルク・マーケティング・
オーダー制度の改革案において、飲用乳最低取引価格の算定の基礎に加工原料乳
価格の6カ月間の移動加重平均価格を用いる案を提案している。これが実施され
れば、飲用乳価の月々の変動が平準化されるため、生乳価格の安定化に資するも
のとみられる。
なお、99年一括歳出法により、USDAはBFPを公表する際、併せていくつかの地域
における生乳生産コストの推定値を公表するよう求められている。
◇図3:乳製品の卸売価格◇
( 1 )格付けの現状:USDAによる格付けは牛肉が主体
家畜・畜産物の公的機関による格付けは、USDA/AMSが実施しており、ほとんど
の畜種で利用可能となっている。格付けは任意であり、格付け費用は受益者負担
である。また、畜産物の格付けは、その前提として、USDA食品安全検査局(FSIS)
が実施する食肉検査および食鳥検査などに合格している必要がある。
米国における家畜・畜産物の格付け制度を、その実態から区分すると下表のと
おりであり、その意義は家畜、畜産物間で大きく異なっている。
表 5 USDAの行っている格付けの実態
米国において、価格形成上の観点から格付け制度が機能しているのは、事実上、
牛肉のみと言える。ただし、その格付けも、パッカーと卸売り・スーパー・外食
産業間の取引上の評価要素という意味合いが強く、生産者とパッカー間の取引上
の評価要素として用いられることはそれほど多くない。これは、米国における歴
史的な家畜取引形態を反映している。
すなわち、米国における肉用牛や肉豚の販売は、従来、生体取引が主体であり、
生体販売時に家畜の所有権が生産者からパッカーに移ることになるため、日本の
ように肉質などを基準とした合理的な価値評価を行うことができなかった。この
ため、USDAは家畜段階における経済的価値の評価方法として、生体段階における
格付けの基準を確立した。しかし、生体格付けは、事実上USDAが市況を報告する
際の分類・規格の目安として利用しているに過ぎず、生産者やパッカーが、この
格付けを実際上の取引で利用することはほとんどない。
一方、枝肉評価に基づく取引は、近年、特に肉豚で拡大しているが、これもパ
ッカー独自の枝肉評価方法によるものが主体で、公的な格付けが利用されること
はほとんどないのが現状である。
( 2 )畜種別・産品別格付けの概要
@ 牛肉・肉用牛
(ア) 牛肉:格付けは肉質と歩留まりの組み合わせで 3 種類
牛肉の格付けは、「肉質等級(Quality Grade)」と「歩留まり等級(Yield Grade)」
に分類される。なお、当初、格付けは肉質等級のみであったが、その後、歩留ま
り等級の概念が導入された。
また、日本と違い、去勢牛、未経産牛、経産牛および若齢雄牛由来の牛肉につ
いては、@肉質等級のみ、A歩留等級のみ、B肉質等級および歩留等級の3種類
の格付けを行うことができる。ただし、雄牛由来の牛肉については、歩留等級の
みの格付けとなっている。
97年の格付け状況をみると、と畜頭数(連邦検査ベース)に対する格付け率は、
去勢牛および未経産牛では95.4%、また、これに経産牛を加えた場合では82%と
なっている。
格付け状況をその方法別にみると、@肉質等級のみが13%、A歩留まり等級の
みが7%、B肉質等級および歩留まり等級が80%となっており、Bの方法が主体
となっている。@およびAについては、それぞれの用途に合わせて需要者の必要
な格付けだけを選択できるという利点がある(例:レストラン向けには肉質等級
のみ、ひき肉用には歩留まり等級のみといった選択が可能である。)。
なお、格付け料金は、日本の場合のように肉用牛1頭当たりで定められている
わけではなく、検査員の労賃をパッカーが負担する仕組みとなっている。料金は、
98年現在、平日の定時8時間以内(週40時間)で1時間当たり39.80ドル(約4,9
00円)であり、これ以外の時間外労働や祝日などの場合もそれぞれ料金が定めら
れている。
・肉質等級
肉質等級は、成熟度(肉色、きめ、締まり)および脂肪交雑等によって決定さ
れる。
去勢牛、未経産牛は、肉質の良い順に@プライム、Aチョイス、Bセレクト、
Cスタンダード、Dコマーシャル、Eユーティリティ、Fカッター、Gキャナー
の8種類。経産牛は、@プライムを除く7 種類。若齢雄牛は、@プライム、Aチ
ョイス、Bセレクト、Cスタンダード、Dユーティリティの5種類にそれぞれ分
類される。実際には、ほとんど(約98%)がチョイスとセレクトに格付けされて
いる。
成熟度は、A〜Eの5段階で判定され、また、脂肪交雑は、12−13肋骨間のリブ
芯の断面により7段階に分類される。なお、格付け以外に用いられる枝肉評価で
は、脂肪交雑「やや多い」以上がさらに3 段階に分類され、合計では10段階とな
っている。
表6 肉質等級における脂肪交雑と成熟度の関係
注:成熟度は、月齢に直すと、A-9〜30ヵ月、B-30〜42ヵ月、C-42〜72ヵ月、
D-72〜96ヵ月、E-96ヵ月超となる。
表7 牛枝肉の肉質格付け状況(生産数量ベース)
資料:USDA/AMS
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・歩留等級
歩留まり等級は、皮下脂肪、腎臓・骨盤・心臓への脂肪付着度、リブ芯面積お
よびと体重量によって決定され、歩留まりの良いものから順に歩留まり1〜5ま
での5段階となっている。実際には、ほとんど(約85%)が歩留まり2と3に格
付けされている。
表8 歩留まり等級と精肉への歩留まり率の関係
資料:USDA
(イ)肉用牛:格付けは市況報告上の目安
肉用牛の格付けは、牛肉と同様の基準が定められているが、これは、USDAが市
況を公表する上での規格の目安に過ぎない。実際には、肉用牛の価値は、生産者
と購入者が生体取引の段階で評価しており、格付け結果が取引に反映されている
わけではない。
・ 肥育牛:牛肉格付けと同様
肥育牛の格付けは、肉質等級と歩留まり等級の組み合わせにより行われること
となっている。その内容は、牛肉の場合と同様であり、生体を外観から判断して
肉質等級および歩留り等級を判断するという趣旨となっている。
・ 肥育素牛:骨格などから 9 種類
肥育素牛(月齢が36ヵ月未満)の格付けは、@骨格(体高や体長)、A体幅(体
積)B健康状態の3つの評価要素のうち、骨格(ラージ(大)、ミディアム(中)、
スモール(小))と体幅(No. 1 、 2 、 3 )の組み合わせにより9種類に分類
される。
A 豚肉・肉豚:枝肉評価は民間ベース
(ア)豚肉:USDA格付けの利用はゼロ
豚肉の格付けは、肉質および歩留まりを勘案して行われるが、中でも、背脂肪
厚(歩留まり)とばらの肉付きに重点が置かれている。USDAの格付けは、去勢豚、
未経産豚がU.S. 1 〜U.S. 4 およびユーティリティの 5 段階、経産豚がU.S. 10
〜U.S. 3 、ミディアムおよびカルの 5段階となっている。
しかし、豚肉については、パッカーと生産者との間における枝肉の自主的取引
基準(一般的に枝肉体重および背脂肪厚で価格を決定する。)が確立しているこ
とから、USDAの行う枝肉格付けは利用されていない。
表9 格付け等級と部分肉への歩留まり率の関係
資料:USDA
(イ)肉豚:格付けは市況報告上の目安
肥育豚の格付けの内容は、豚肉の場合と同様であり、これを生体で行うという
趣旨となっている。また、子豚の格付けは、U.S. 1 〜U.S. 4 、ユーティリティ
およびカルの6段階となっている。肉豚の格付けも豚肉の場合と同様、USDAが市
況を公表する上での目安に過ぎない。
表10 肉用牛および肉豚の枝肉評価の実施状況の推移
資料:USDA「Packers and Stockyards Statistical Report」(1996)
注:枝肉評価とは、各付け、枝肉重量、歩留まりなどの要素により
取引されたものであり、USDAによる格付けとは限らない。
B 食鳥:グレードAのみが流通、実質的に安全性と同義
食鳥の格付けは、鶏、七面鳥、鴨、ガチョウなどで利用可能となっている。鶏
肉などの格付けは、グレードA、B、Cの3 段階となっているが、実質的には、グ
レードAのみがスーパーなどで流通している。グレードAの条件は、骨や皮の破損、
変色がないことなどであり、一般的な水準の品質と歩留まりを保証するものとな
っている。格付け率は、七面鳥で生産量の約69%、鶏肉ほかで約45%となってい
る。
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【USDAの認定マーク】
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・ 殻付き卵:格付け率は生産量の約 3割
殻付き鶏卵の格付け内容は、品質基準(食用向け)が3段階(AA、A、B)とサ
イズ基準が6種類(ジャンボ、 エクストララージ、 ラージ、ミディアム、スモ
ール、ピーウィー)となっている。
格付け率は、生産量の約30%となっている。
表11 鶏卵のサイズ別重量
資料:USDA
D 乳製品:政府買い上げに格付けは必須
乳製品の格付けは、ほとんどの製品で利用可能であるが、一般的に利用されて
いるのは、バター、チェダーチーズ、脱脂粉乳である。また、政府の行う加工原
料乳価格支持制度や乳製品輸出奨励計画(DEIP)に基づく乳製品の買い上げに当
たっては、USDAの検査が必要条件となっている。
他方、生乳については、衛生基準に基づき、飲用規格生乳である「グレードA」
と衛生基準のやや低い加工規格生乳である「グレードB」に区分される。グレー
ドA生乳は、飲用牛乳はもとより、乳製品の製造にも利用される。また、加工規
格であるグレードB生乳は、バター、脱脂粉乳、チーズなどのハード乳製品の製
造にのみ仕向けられる。
主な格付け例
(ア)バター
風味、形、色からグレードAA、AおよびBの3段階に格付けされる。格付け率は
生産量の約95%となっている。
(イ)チェダーチーズ
主に風味に基づき、グレードAA、A、BおよびCの 4 段階に格付けされる。
( 3 )格付けの課題
・生産者にフィードバックされない格付け結果
USDAの牛肉の格付けは、実質上、パッカーから川下の卸・小売り段階への価格
形成のためといった意味合いが強く、一番の川上である生産者にとっては、肉用
牛の正しい経済評価の手段とはなり得ていないのが現状である。これは、依然と
してスポット市場(相対取引および家畜市場取引)におけるロットベースでの生
体取引が半数以上を占めていることが主な要因となっている。肉用牛には、品種
や月齢による肉質などのバラツキがあるにもかかわらず、生体取引では個体ごと
の経済評価が生産者にわからないことが、パッカーの寡占化による価格操作が行
われているのではないかとの不満を生み出す原因ともなっている。
97年末に、肉用牛生産者協同組合であるUSプレミアム・ビーフは、同じく農業
協同組合系のパッカーであるファームランド・ナショナル・ビーフパッキング社
の株式の50%を取得し、生産された肉用牛をブランド化して販売するという事業
を開始した。これにより、販売された肉用牛を枝肉で正当に評価するという試み
が既に始まっている。また、サーティファイド・アンガス・ビーフ・プログラム
(CAB)やパッカーの個別ブランド化などの差別化の動きの中で、繁殖農家、肥育
農家、パッカーとの連携が深まりつつある。
USDAの牛肉の格付けは、歴史も長く、海外でもその信頼性には定評がある一方
で、格付けの民営化も議論されている。生産者を含めた格付けデータの共有が可
能かどうかが、今後の公的格付けの存在価値を問うことになると考えられる。現
に、肉豚取引におけるパッカー独自の枝肉評価は、契約販売という方式により生
まれたものであるが、契約生産者に大きなメリットとなっており、これにより品
種改良などが促進されているというプラスの意味は大きい。
96年農業法により市場志向型の農業政策を目指した米国農業は、いま、生乳な
どの一部の品目を例外として、生産物価格の低迷に悩まされている。日本に比べ
れば、はるかに多くの価格関連情報が公表されているにもかかわらず、取引価格
低迷の下で、米国はより一層の公正な指標価格を探し求めているかのように見受
けられる。
しかしながら、米国における農畜産物価格の問題は、透明性や指標価格に問題
があるのではなく、市場機能が万能ではないことを、誰も言い出せないでいるこ
とに原因があるのではなかろうか。
市場機能は、農畜産業のもつ正負の環境要素を反映することができない。価格
のシグナルと生産がそれを追うタイムラグを埋めることは不可能に近い。市場で
は、投機があり、思惑による仮需要が発生し需給ひっ迫に拍車をかけることもあ
れば、その全く逆に動く場合もある。したがって、価格が極めて不安定になるこ
とを避けることもほぼ不可能に近い。
だからと言って、米国農業政策の方向が一気に逆戻りするとは考え難い。一定
の後ずさりがあったとしても、それは価格への直接介入ではなく、輸出促進、食
料援助のための買い上げ、環境政策に関連づけた減反措置の強化、保険制度の充
実など、USDAが今まさに検討している対策が中心になるものと思われる。
これまで、日本にとってはよそ事に過ぎなかった米国の農畜産物価格政策が、
今後は、国際貿易の増加やWTO協定による国際的な政策の統一化を通じて、間接的
ではあるにせよ、日本の政策選択に与える影響は次第に強まっていくものと思わ
れる。こうした観点からも、米国の価格政策の動向には、引き続き注視が必要で
あろう。
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