海外駐在員レポート 

豪州肉牛・牛肉産業の最近の動向について

シドニー駐在員事務所 野村俊夫、藤島博康




1.はじめに

 現在、豪州の肉牛生産部門が久々に活況を呈している。昨年後半以降、豪州の
多くの肉牛生産地域に待望の降雨があり、牧草の生育状態が近年にないほど良好
となっていることに加え、牛肉および肉牛輸出の見通しが全般に明るく、かつ、
豪ドル安で生産者の手取りが増加したことなどがこの背景となっている。5月4
日にキャンベラで開催された豪州肉牛生産者協議会(CCA)の年次総会でも、牛
肉の供給が世界的に減少に向かう中で、豪州の肉牛・牛肉産業の見通しは極めて
明るいとの楽観的な基調報告がなされた。一方、と畜・処理・加工業者(パッカ
ー)は、従来から過当競争気味であるところに加えて、肉牛価格の高騰という追
い討ちをかけられた形となり、極めて苦しい経営を強いられている。今回は、こ
うした豪州の肉牛・牛肉産業の最近の状況について報告したい。

◇図1:豪州の降雨量平年比(99年4月末までの過去1年間)◇
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資料:豪州気象局


2.肉牛生産の動向

(1)干ばつが終えん

 世界各地で異常気象の影響が取りざたされているが、豪州でも、昨年後半以来、
一部を除くほぼ全土で、平年並みか、もしくは平年を大幅に上回る降雨が記録さ
れた。これにより、豪州最大の肉牛生産州であるクイーンズランド(QLD)州で
は、豪州気象局による干ばつ宣言地域面積割合が約20年ぶりに低い水準になった
ほか、ニューサウスウェールズ(NSW)州でも、肉牛生産地帯の北部内陸地方な
どで平年を大幅に上回る降雨が記録された(図1)。


(2)肉牛の生産環境が好転

 一般に乾燥地域の多い豪州の肉牛生産は、気象条件、特に降雨量の影響を強く
受ける。降雨量が植生維持の下限に近いところで粗放的な放牧経営を行っている
QLD州内陸部などでは、まとまった降雨によって放牧可能地域が大幅に拡大する
ほか、より雨量に恵まれた地域でも、牧草の品質が向上し、一定面積当たりの飼
養可能密度が大幅に増加する。牧草の品質向上が、肉牛の増体および肉質の向上
に貢献することは言うまでもない。さらに、肉牛の増体を維持するための購入補
助飼料(乾草など)が不要となることから、経営面にもプラスとなる。昨年来の
全般的な降雨量の増加は、一部地域には洪水などの局地災害をもたらしたものの、
総じて見ると肉牛生産に極めて好ましい環境を生み出すこととなった。


(3)と畜頭数が一時的に減少へ

 豪州の肉牛と畜頭数は、昨年までの干ばつの余波、アジア諸国の経済不振に由
来する輸出の先行き不安などを背景に、97/98年度(7月〜6月、以下同じ)には
記録的な高水準を記録した。しかし、気象の好転と、輸出をめぐる為替環境の好
転、アジア経済が底を打ったとの認識などから、98/99年度になると状況が一変
し、特に、99年に入ってからは生産者の肉牛保留意欲が極めて高くなっている。
こうしたことから、ミート・アンド・ライブストック・オーストラリア(MLA)
は、4月末、99年のと畜頭数が前年比6.2%減の875万頭に落ち込むとの見通しを
公表した。ただし、と畜頭数の減少が一時的な現象であり、牛群の拡大が一段落
する2000年を境に、再び増加に向かうと予測している(図2)。

◇図2:豪州の肉牛と畜頭数の実績と見通し◇


(4)平均枝肉重量の向上が牛肉生産を増加

 99年の牛肉生産は、と畜頭数の減少による影響を避けられないものの、飼養環
境の改善で平均枝肉重量が大幅に向上していることから、その影響はかなり軽減
されるとみられている(図3)。実際、99年第1四半期にはと畜頭数が前年比1.5%
減少したにもかかわらず、平均枝肉重量が前年同期より6%向上したため、牛肉
生産量は4.4%の増加を記録した。平均枝肉重量の増加は、今後、と畜頭数の減少
が一段落するに従って、牛肉生産量をさらに押し上げる重要な要因になると見込
まれている。

◇図3:豪州の肉牛平均枝肉重量の推移◇


(5)雌牛のと畜割合が増加

 97/98年度の肉牛と畜の内訳を見ると、雌牛のと畜割合が極めて高かったことが
特徴として指摘されている(図4)。この現象は大部分の州で見られたが、特にN
SW州では雌牛と畜割合が全体の58%に達し、過去のすべての記録を更新したほど
であった。

 雌牛のと畜が増加した要因としては、まず、対米輸出向け経産牛(ハンバーガ
ー原料用)の価格が上昇したことが挙げられる。為替の影響で対米輸出が好調で
あったため、各州ともに経産牛に対する需要が高まった。特に、QLD州では、自
州のみならず、他州からも多くの経産牛を集荷してと畜したと報告されている。

 また、東南アジア(特にインドネシア)向けの生体牛輸出が減少したことも大
きな要因として挙げられている。95年から97年にかけて急増した同輸出は、ほと
んどが肥育素牛であったため、その供給基地となったQLD州北部や北部準州では、
子牛生産に供する雌牛の飼養割合が大幅に高まった。97年後半からは経済危機の
影響で生体牛輸出が激減したため、過剰となった母牛(経産牛)が大量にと畜に
回されたとみられている。

◇図4:豪州の雌牛と畜割合の推移◇


(6)繁殖率の改善が経産牛と畜増の影響を軽減

 豪州では、牛群を維持するには雌牛のと畜割合を46.5%以下にとどめる必要が
あるとされているため、雌牛と畜割合の増加が飼養頭数全体に影響することが懸
念されたが、98年3月末現在の飼養頭数はわずかな減少にとどまり、その懸念は
ほぼ払しょくされた。この理由としては、雌牛の繁殖率が近年大幅に向上したこ
とが最大の要因と見なされている。豪州の雌牛繁殖率は、80年代の平均では68%
程度であったが、90〜97年の平均では約75%と大幅に改善されている。

 また、QLD州などで生体牛輸出の減少に伴って経産牛がとう汰されたケースで
は、当該経産牛を若齢去勢牛などに置き換える形で徐々に牛群が再編成されたた
め、全体の飼養頭数には当初懸念されたほどの影響が表れなかったとみられてい
る。


(7)フィードロット飼養頭数も増加

 豪州フィードロット協会(ALFA)は、先般、99年3月末時点の総飼養頭数が前
年同期比で3%増、前回調査時(98年12月)より9%増の55万1千頭となったとの
調査結果を公表した(図5)。これは、今後、日本向け輸出の拡大が期待できる
ことや、国内向けの需要が堅調であることを反映した動きであるとみられている。
ちなみに、豪州の肉牛生産は放牧による飼養形態が太宗を占めるため、フィード
ロットで穀物肥育される肉牛の割合は極めて低い(飼養頭数で全体の約2%)。
しかし、日本向け輸出においては穀物肥育牛肉が輸出量全体の30%以上を占める
重要な品目となっているほか、国内における需要も増加しており、現在ではフィ
ードロットから出荷される肉牛の約40%は国内市場向けとされている。

◇図5:豪州のフィードロット飼養動向◇


3.牛肉輸出および国内消費の動向

(1)対米輸出が大幅増加

 以上のように生産部門が好調であることに加え、輸出の見通しが明るいことが、
全体の雰囲気を一層沸き立たせている。特に、米国向け牛肉輸出は、98年を通じ
て大幅に伸長し、12月初旬までの船積み実績で、前年比39%増の25万1千トンを
記録した。99年に入ってからも引き続き伸びており、3月初旬までに4万1千トン
(前年比18%増)を船積みしている。この間、米国内の牛肉生産が潤沢であった
にもかかわらず、大幅に輸出を拡大できた背景としては、為替環境が極めて輸出
に有利であったことが挙げられる。豪ドルは、97年から98年を通じて一貫して安
値基調で推移し、米国市場における豪州産牛肉の価格競争力を大いに高めること
に貢献した(図6)。

◇図6:豪ドルの為替相場の推移◇


(2)米国の生産減少見通しが追い風

 対米牛肉輸出が順調に推移していることに加え、米国内の牛肉生産が、本年後
半から下降に転じるとの見通しが追い風として作用している。本年3月にキャン
ベラで開催された豪州農業資源経済局(ABARE)の農業観測会議でも、99年後半
から米国では肥育素牛出荷頭数が減少し、1頭当たりの価格が上昇するとの見通
しが公表された。肥育素牛価格の上昇は、米国内の生産者に経産牛の保留を促す
結果、豪州産牛肉と競合する経産牛の出荷頭数が減少すると見込まれている。A
BAREは、米国の生産減少が2003年まで続くと予測しており、この結果、対米牛肉
輸出が29万5千トンまで増加すると見込んでいる(図7)。

◇図7:豪州の牛肉輸出の実績と見通し◇


(3)対日輸出も健闘

 日本経済の深刻な不振という状況にもかかわらず、対日牛肉輸出も健闘してい
る。98年の輸出量は前年比3%増の32万1千トンに達し、99年に入ってからも3月
までは引き続き前年を上回る輸出が続いている。グレインフェッドとチルドビー
フの割合が低下し、単価の低いグラスフェッドとフローズンビーフの割合が高ま
るなど、日本国内の消極的な消費傾向を反映しているものの、輸出量が全体で増
加したことは評価されている。この背景としては、対米輸出の場合と同様に、為
替相場が輸出に有利に作用したことが挙げられる。今後は、米国の牛肉生産が下
降局面に向うことから、豪州は日本市場における輸入牛肉のシェア争いで一層有
利になると見込まれている。


(4)韓国が輸入を再開

 豪州にとって第3の牛肉輸出相手先である韓国は、ガット・ウルグアイラウン
ド貿易交渉の結果、一定の輸入を行う旨を約束した上で、当面、輸入割当を実施
している。ところが、97年後半からの深刻な経済危機により、98年前半には畜産
物流通事業団(LPMO)が輸入買入れを一方的に停止して豪州側を慌てさせた。
その後、LPMOは、引き渡しを翌年に先送りする条件で輸入買入れを再開し、98年
の約束数量(74,800トン)を何とか達成したが、SBS輸入(民間輸入枠)は同年
の約束数量(112,000トン)を達成できなかった。こうしたことから、99年の輸入
約束数量の遂行が危ぶまれているが、LPMO(約束数量61,800トン)は引き続き輸
入買入れを行っているほか、経済も底を脱する気配を見せていることから、少な
くとも昨年よりは状況が上向くと見込まれている。豪州にとっては、米国産牛肉
が約7割を占めるSBS輸入(同144,200トン)にどこまで食い込むかが課題となっ
ている。


(5)国内消費が堅調

 豪州国内の牛肉需要も比較的堅調に推移している。経済不振にあえぐアジア諸
国に囲まれながら、豪州経済はこれまでのところうまくその影響を回避してきて
おり、牛肉などの食品に限らず国内消費が全般に好調となっている。また、MLA
は、現在、消費者に牛肉の食味を保証する新しいグレーディング・システム(ミ
ート・スタンダード・オーストラリア:MSA)の普及に実験的に着手しているが、
これに対する国内消費者の反応がおおむね良好であることから、この試みが国内
の牛肉消費の伸び悩みに一石を投じるのではないかと期待されている。


(6)生体牛輸出が回復の兆し

 豪州からの生体牛輸出は、インドネシア向けの肥育素牛輸出を中心に、96/97
年度には約86万頭に達したものの、97年後半からのアジア経済危機の影響により
輸出頭数が激減した。しかし、かつてはイギリスやアイルランドの輸出市場であ
った中近東諸国からの需要が伸びていること、インドネシアへの輸出が下げ止ま
りの気配となっていること、フィリピンによるインドからの生体牛輸入禁止をめ
ぐる動き(検疫問題に由来)が豪州にとっては願ってもない市場拡大の機会とな
る可能性があること、中国、ベトナムなどの新たな輸出市場の開拓が進められて
いることなどから、生体牛輸出は、今後、急激に回復すると見込まれている。AB
AREは、2001/2002年度には生体牛輸出が過去の最盛期に匹敵する水準に達すると
予測している(図8)。

◇図8:豪州の生体牛輸出の実績と見通し◇


4.肉牛価格とパッカーの経営動向

(1)肉牛価格が大幅に上昇

 干ばつが終えんし、生産者の牛群拡大意欲が高進して肉牛出荷頭数が減少しつ
つある一方、輸出の見通しが極めて明るいことから、パッカーやフィードロット
の肉牛需要が強まっており、肉牛価格が大幅に上昇している。良質の牧草に恵ま
れて肉牛の品質が全般に向上していることも、この価格上昇に貢献している。各
地で開催されている家畜市場(セールヤード)では、いずれも前年を大幅に上回
る価格水準で取引が行われているほか、4月上旬にシドニーで開催された家畜農
業祭(ロイヤル・イースター・ショー)でも、優秀な種雄牛に記録的な高値が付
けられて話題となるなど、肉牛生産者にとっては久々に嬉しいニュースが飛びか
う秋の季節となっている(図9)。

◇図9:豪州の肉牛価格の推移◇


(2)パッカーの経営難が深刻化

 肉牛生産部門が久々に活況を呈している一方で、パッカー業界は、過去数ヵ月
間にいくつもの主要な工場が閉鎖されるなど、総じて苦しい経営を余儀なくされ
ている。これは、主にNSW州やVIC州などで、食肉工場のと畜処理能力が肉牛頭
数に比して慢性的に過剰となっていることに起因している。従前からパッカーが
工場の操業率を維持するべく肉牛確保に苦労していたところ、最近の肉牛取引頭
数の減少と肉牛価格の高騰が追い討ちをかけた形となった。肉牛生産者が自らの
経営計画に基づいて肉牛を出荷できるのに対し、過当競争状態にあるパッカー各
社は、工場操業率の維持・向上という重い課題を抱えているため、牛肉輸出が増
加する中にあっても、一部の優良企業を除いては、一般に利幅の薄い取引を余儀
なくされているものと思われる。


(3)労働生産性の向上が急務

 最近、NSW州の工場を閉鎖したニュージーランド(NZ)資本の大手パッカーは、
豪州からの撤退を決定した理由として、と畜処理工場の労働生産性が、米国やNZ
などの諸外国と比べて極めて低いことを掲げた。豪州は、すべての産業分野で労
働組合の影響力が強く、従来から労働争議が多発することで知られている。中で
も、食肉処理加工業者の全国組合は、港湾労働者のそれと並んで最も先鋭的と言
われており、過去の度重なる労働争議によって、傘下の労働者の賃金を他産業と
比べて高い水準に押し上げている。

 また、多くの食肉工場で採用されている「タリー」と呼ばれる独特の賃金シス
テムは、通常の時間給ではなく、食肉処理作業工程ごとの賃金を個々に積み上げ
る複雑なものとなっている。当該システムの下では、労使協定で定めた作業量を
超過する際の割増賃金が極めて高いため、1日2交代シフト体制や週末臨時稼動な
どの柔軟な対応を行い難い。さらに、協定に定められた頭数を処理しなかった
(と畜牛が集まらなかった)場合には、経営側が賃金の不足分をペナルティとし
て支払わなければならないなど、経営側には極めて不利な条件となっている。現
在、一部の先進的な工場では労使協定を改定して時間給に基づく柔軟な賃金契約
を締結しているが、まだ旧来のタリーを採用している工場も多く、労働生産性の
向上は豪州食肉業界の大きな課題となっている。


5.今後の不確定要素

 以上で見てきたように、最近の豪州の肉牛・牛肉業界は、過当競争に悩むパッ
カーを除いて、全般に楽観的な雰囲気が支配的となっている。しかし、冷静に考
えてみれば、この状況は極めて不安定な条件の上に成り立っていると言えるので
はなかろうか。

 まず、現在、生産者に潤いを与えている穏やかな気象状況が、今後も続くとい
う保証は何もない。豪州気象局は、当面、QLD州南部などで平年を上回る降雨が
あると予報しているが、豪州は広大な上に気象変動が激しく、地域による極端な
干ばつや突然の降霜による被害などは予測できないので、決して楽観はできない
と思われる。

 次に、好調な牛肉輸出と高い肉牛価格を支えてきた好ましい為替環境が、この
ままの基調で推移するという保証がない。昨年までは、豪州経済がアジア経済危
機の影響を避けられないとの見方によって、豪ドルが日本円をしのぐ勢いで下げ
られた。しかし、最近は、鉄鉱石などの一次産品の国際市況が全般に好転し、豪
州の国内経済指標の好調さも認められつつあるため、豪ドルの評価が上昇してい
る。実際、5月初旬には、13ヵ月ぶりの高値(1豪ドル=67.3米セント、同81円)
を記録した。このため、MLAは、先般、当該為替動向が豪州の牛肉輸出にマイナ
スの影響を及ぼすとの懸念を発表したほどである。


6.おわりに

 豪州の肉牛・牛肉業界では、我が国の牛肉輸入自由化が決定した80年代末頃から、
牛肉輸出が大幅に増加するとの予測の下に膨大な設備投資が行われた。現在の食
肉処理設備の過剰問題は、その時期の負の遺産であると言える。同業界は、その
後も、96年の世界的な牛肉の安全性に関する問題や、翌年からのアジア経済危機
など、多くの困難を乗り越えてきた。昨年は、MLAの設立を中心とする食肉業界
の再編成がなされ、ようやく業界全体が落ち着いてきたとの感じが強い。輸入国
としての我が国の立場から、今後は、これまでに築かれた同業界の秩序が保たれ
ることを望みたい。

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