海外駐在員レポート 

女性酪農家の地位向上を目指して

シドニー駐在員事務所 藤島博康、野村俊夫




はじめに

 豪州酪農乳業界では、家族経営内から政策にかかわるまでの広範にわたって、
それぞれの意思決定過程における女性の参画を戦略的に推進している。

 今年4月に、改正男女雇用機会均等法が施行されたばかりのわが国との比較で
は、豪州の全般的な女性の社会進出ははるかに進んでおり、企業における女性管
理職などもごく普通に見られる。しかしながら、地方農村地域における雇用機会
の減少や、病院や教育など社会サービスの都市部との格差拡大を背景に、若者、
特に女性の都市部への人口流出が続いており、程度の違いはあっても、わが国と
同様の問題を抱えている。

 このような状況下、多くの作業を分担する女性の役割を正当に評価し、その潜
在能力を最大限に引き出そうという酪農業界の試みは大きな成果を上げており、
他の農業部門や、農村社会全体に同様の取り組みが広がりつつある。今回は、豪
州酪農乳業界での女性地位向上のための取り組みを紹介する。


1 地方農村社会における女性の地位

(1)酪農現場の女性の役割

 後述する全国酪農女性(NWD)プロジェクトがスタートした95年当時、連邦や
州レベルで、酪農協、業界団体や政府酪農管理部局などの計画や政策を立案、決
定するような場で活躍する女性の姿はほとんど見られなかった。この当時、女性
のポジションと言えば、州生産者団体の地方事務所の秘書業務などしかなかった
とされる。

 酪農に限らず地方農村社会における女性は、妻、母、労働者、ボランティアな
どその役割の多様性と重要性が明確であるにもかかわらず、家族から政策までい
かなるレベルの意思決定においても女性の参画は皆無に近かった。

 酪農現場における女性は、搾乳や育成牛の哺育、帳簿の整理など多くの作業を
分担しながらも、その役割を評価されることなく、常に受動的な立場を強いられ
てきた。特に、2世代にわたる共同経営においては、家父長的な男権主義により
第1世代の男性が伝統的に意思決定権を持っていることから、第2世代の女性(ほ
とんど多くの場合は嫁)に至っては、妻や母親という側面を除けば、経営内では
1雇用労働者と同程度としてしか認識されていなかった。

 このような環境を反映し、女性の側にも業界に貢献できるという意識は低く、
女性の意思決定参画は、周囲から期待もされていなければ、自らに自信も持てな
いという状態が長く続いていた。

 妻や母親としての役割ばかりが尊重、または強調されることによって、女性が
生産現場でもある家庭に縛り付けられる一方、組合活動など経営における対外的
な役割や意思決定は男性のものとする因習的なジェンダー(gender:性)区分は
わが国と同様の状況だったと言える。


(2)豪州における女性運動

 豪州の地方農村社会における女性運動は100年以上の歴史を持つ。しかしなが
ら、従来の運動は文化事業的な側面が強かった。

 料理や手芸品などの普及、またこれらを通じた女性によるネットワーク作りと
いったものにとどまっていた。現在、豪州で最も伝統的な(あるいは最も古めか
しい)料理レシピ本といえば、地方婦人協会(CWA)発行のものを指すほどに、
女性運動は文化的に少なからぬ役割を担ってきたと言える。しかし、女性による
主体的な意思決定という問題には、ほとんど関与してこなかった。

 現在のような経営や政策における女性問題に、積極的に取り組むような運動が
見られたのは90年代に入ってからである。

 94年には豪州の女性農業者の積極的な支援によって、第1回世界女性農業者会
議がメルボルンで開催された。翌95年には第1次産業省に、地方在住の女性の地
位向上を目的とした担当部局が設置されるなど、運動の必要性は広く認知されて
いく。

 酪農業界では、当初、サウスオーストラリア州、ニューサウスウェールズ州や
クインズランド州などで、女性によるディスカッション・グループの結成や、酪
農協が各種会合に夫婦での参加を求めるなどの活動が展開されていた。こうした
潮流の発展形として、NWDプロジェクトは95年にスタートすることになる。


(3)酪農業界での運動が先行した背景

 代表的な豪州の農業経営は、肉牛や羊に、麦類を中心とした穀物を組み合わせ
た複合経営であるが、酪農に比べ、経営はかなり粗放的である。穀物肥育を行う
わが国では毎日の飼料給与が大きな負担となる肉牛や羊に関しては、ほとんどが
放牧飼養であることから、フェンスなど施設の保守点検、もしくは群の移動や出
荷など季節的、周期的な作業が大半で、毎日定時に行わなければならない作業は
少ない。高価な種畜を保有する繁殖農家など一部を除けば、肉牛や羊の飼養頭数
でさえ正確に把握している者はごくまれにしかいない。

 これに対し、酪農は、搾乳およびその付帯作業や後継牛の哺育など日々ルーチ
ン化された作業が大半を占め、豪州の主な農作目の中では極めて労働集約度が高
い。草地での放牧飼養による季節搾乳がほとんどを占め、年間を通じた搾乳がむ
しろ例外的である点は、わが国の酪農とは大きく異なるが、飼料給与を除き日々
の基本作業はほぼ同様である。

 このため、豪州の酪農は、とりわけ日々の作業における女性の負担が他の作目
に比べはるかに大きい。

 わが国であれば、生き物相手の畜産業は基本的にはすべての畜種で1年365日の
作業が求められるが、豪州では、肉牛および羊飼養が極めて粗放的であり、経営
への女性の関与は低い。また、養鶏や養豚は産業としての規模が比較的小さいこ
となどから、女性問題は酪農部門で取り組みが先行、クローズアップされたと言
える。

 また、酪農部内は運動を進める上で、作業内容や経営内における女性の役割分
担、位置付けも同様なケースが多く、お互いに抱える悩みや問題が似通っている
ことから、グループとして課題を普遍化しやすく、業界として相互の支援や協力
態勢が作りやすいという環境にあった。

 さらに、他の農業部門に比べ、関連団体や企業などの酪農乳業界上層部の協調
性が高いことも、NWDプロジェクトを推進する上で、有利な環境を作り出した。
女性酪農家の地位向上に関しては、ほぼ皆積極的に捉えており、特に生産現場に
近い酪農協による支援は大きな効果をもたらした。これまで男性に限定される傾
向が強かった会議や技術研修などへの参加を、夫婦で出席するよう仕向け、女性
の意識向上に大きな効果をもたらしたとされる。


2 全国酪農女性プロジェクト

(1)人材資源の掘り起こしと投資

 これまでの女性は、家族、農家経営や地域社会に大きな役割を果たしながらも、
意思決定は男性の役割との因習から開放されず、その存在価値すら正当に評価さ
れていなかった。このような反省を出発点に、全国酪農女性(National Women 
Dairy:NWD)プロジェクトはスタートした。

 同プロジェクトの目的は、家族内から連邦による酪農乳業の政策レベルに至る
まで意思決定への女性参画を促進することにより、業界全体の利益を底上げし、
将来にわたって持続可能な酪農乳業を創造することにある。

 生産現場を知り尽くした女性は高い潜在能力を秘めながらも、これまでは路傍
の石に等しかった。NWDプロジェクトは、これまで業界に埋もれていた全体の半
数にも上る人材資源を掘り起こし、役割とその価値を正しく評価した上で、自己
啓発の機会を与えることによって業界への利益還元を狙った、酪農乳業界におけ
る人材倍増計画とも言える。

 また、社会的な側面から見ると、女性酪農家の地位と、生涯の質を向上するこ
とによって、酪農への女性の新規参入を呼び込む、後継者対策としての効果も持
つ。

 NWDプロジェクトは、生乳生産者からの課徴金によって運営されている業界団
体である酪農乳業研究開発公社(DRDC)の主導の下、連邦や州政府の援助を受
けて実施されている。


NWDプロジェクトの概要

1 将来展望

 ・質の高い個々のライフスタイルと、高収益で持続可能な酪農乳業界を創造

2 プロジェクトの狙い

 ・高収益で持続可能な酪農乳業界の創造に向け、女性が参加貢献できるような
  環境づくりおよび各方策の支援

3 目標

 ・発展、改革の促進者としての女性酪農家の能力向上

 ・業界内の意思決定過程への女性酪農家の参画を拡大

 ・将来に向けて、女性酪農家に必要なすべての技術や知識の取得するための機
  会の創設

4 重要留意点

 ・女性は酪農乳業界へ積極に参画できることを望んでいる

 ・業界はさらに多くの女性が参画できるよう支援し、奨励する

 ・現在の業界資金は、これらを実行するために支出できる

 ・女性によって明示された障害を取り除き、女性の参画を促進することによっ
  て、豪州酪農乳業界は、より競争力の高く、持続性のある生産的で収益の高
  い産業となる

5 これまでの活動実績

 ・女性参画に向けて農場以外に存在する障害を明示

 ・リーダーシップ研修会(3日間)を14回開催し、300人の女性が受講

 ・女性酪農家のための全国E−メール・ディスカッション・グループの創設、
  約80人が参加

 ・地域、州、連邦、国際レベルでの会議の開催。会議主催を通じて、女性酪農
  家の準備や運営への参加や、会議でのプレゼンテーション機会を提供

 ・昨年米国ワシントンDCで開催された国際女性農業者会議に豪州女性酪農家
  20人を派遣(資金援助)

 ・DRDC奨学金で女性酪農家2人が修士や博士コースを履修中

 ・家族経営内や業界全般における女性酪農家の多種多様な役割が認知され、特
  に報道媒体によって好意的に取り上げられたことにより、女性酪農家に対す
  るイメージは著しく向上

 ・リーダーシップ研修会参加者による多様な課題への取り組みが、課題に応じ
  個人から業界レベルまで問題解決に大きく貢献


(2)女性指導者層の育成

 NWDプロジェクトがスタートした時点で、以下の事項が女性参画に当たっての
課題として取り上げられた。

 @生産現場から酪農乳業界全体まで広範な分野にわたる女性の自信欠如と自己
  の過小評価

 A業界の構造や、優先課題および時事問題に関する詳細な知識の欠如

 B業界リーダーたちとの効果的な関係の欠如

 C知識吸収に必要な素養や、社会的組織的な経験や訓練などに必要な論理構成
  の欠如

 これらの課題克服を原点に、97年よりリーダーシップ研修が実施された。指導
的立場の女性を育成することによって、参加者自身が意思決定の場に参画するだ
けではなく、女性参画のための新たなモデルの創造や意識改革を促進するなど運
動自体に貢献することにより、長期的な底辺からの改革を目指す。

 研修では、研究開発、政府や企業などの指導者を、講演者や夕食会のゲストと
して招き、業界指導者層とのネットワーク構築を図っている。研修終了後も、業
界指導層と密接な意思疎通や、問題の意識統一などを目的に会合が設定される。

 リーダーシップ研修会は3日間集中的に開催されるが、その後に研修参加者は
個別またはグループごとに課題を選択し、取り組まなければならない。これによ
って、参加者には、計画や立案など指導的な立場から、業界内の課題解決に積極
的に参画する義務が生じることになる。

 課題は、受講者の多様性を反映し、運転免許の取得から、付加価値商品の研究
や政策に至るまで多岐にわたる。課題に取り組む個人やグループは、ニュースレ
ターや非公式会合により有機的に結びつくことによって、成果は参加者すべてと
業界に還元されることになる。受講者による課題達成は、各種の女性ネットワー
クの創設や、女性参画推進のためのモデル造りなど、NWDプロジェクトとして既
に実績を上げているものもある。

 6カ月後には課題達成状況をフォローアップするための講習会が開かれる。講
習会の場では、運動推進チームによって次段階に必要な研修が提示されるほか、
受講者が指導者として、それぞれの地域でどのような方策を実践していくべきか
を企画する。


リーダーシップ研修参加者によって取り組まれている課題

・地方事務所を始点とした州の酪農庁への積極的な参加

・生乳価格支持に関する規制緩和問題の具体的内容について理解を深めることを
 目的とした公開討論会の開催

・規制緩和問題、経営目標の設定、計画的な世代交代や農家経営管理などに関す
 るセッションを取り入れた州レベルでの女性酪農者会議の開催

・女性酪農者のためのE−メール・ディスカッション・グループの創設

・家族経営の譲渡に関する交渉

・オーガニック生乳、ナチュラルチーズ、アイスクリームなど付加価値商品の研
 究

・経営データおよび牛群管理のコンピューター化

・利益向上を目的とした経営管理の計画作成と実践

・酪農協への役員としての参加

・女性酪農者によるディスカッション・グループの創設

・州酪農庁への視察と、酪農庁職員とのミーティングの設定

・ホルスタイン・フリージアン・ブリーダー協会主催による世界会議(2000年5
 月シドニー開催予定)における共同での国際女性酪農者会議の設営

・運転免許の取得

・生産効率向上と利益拡大のための経営管理チームの創設

・地域経済に対する酪農業界の貢献

・定期的な家族会議の開催

・修士や博士課程など高等教育の受講

・地域の酪農関係団体の活性化


(3)資質向上を目指し多岐にわたる研修テーマ

 リーダーシップ研修のほかに、より幅広い層を対象とした研修会も開催されて
いる。受講内容は、草地や牛群管理など技術的なものから、自己啓発など内面的
な意識向上を目的としたものまで、多岐にわたる。特に、コミュニケーション問
題、労務管理や自己目標の設定など、酪農経営の中でも人的な側面に関して拡充
されていることが注目される。

 なお、会合や研修会開催に当たっては、専業酪農家が集中する地域であれば午
前9時から午後3時までに実施するなど、参加者の日々の作業時間に配慮している。
また、豪州では、女性が雇用労働者として農外所得をもたらしているケースも多
いため、地域によっては、夕食会を兼ねた会合や電話会議を開くなど工夫してい
る。


99年5月に開催された女性酪農家会議の概要

1日目

  ● 開催の辞   :「生乳価格支持の行方」(NSW州酪農家協会会長)

  ● 家族     :「自己啓発、目標の設定」、
           「家族内コミュニケーションの改善」、「時間管理」

  ● 雇用労働   :「労務管理」、「最低労働条件」、「作業の安全」
            または「自己目標設定に関するワークショップ」
            を選択

  ● 経営管理   :「収益か規模拡大か」、「コスト管理」、
           「経営コンサルタントは必要か」

  ● 乳製品事情  :「生乳販売」または「家族内コミュニケーションに関す
            るワークショップ」を選択
2日目

  ● 計画     :「経営継承計画」

  ● 新たな選択肢 :「政府支援への利用」、「多様化」、「時間管理ワーク
            ショップ」または「コンピューターによる牛群管理」
            を選択

  ● 牛群と草地  :「実践的な子牛飼養」、「効果的な肥料投入」


3 政府による支援

(1)地方農村社会の復興

 95年に発表された政府諮問委員会による調査結果では、豪州の国全体として経
営能力を向上させるためには、女性を含む多様な人材への投資がカギとなると指
摘している。これは、公的な意思決定の過程において、英語を母国語としない者、
および女性という人口構成要素が正しく反映されていないという反省による。

 調査では、さまざまな意思決定の過程に、多様な人物の参画を促すことは、単
に公平性を確保するにとどまらず、豪州産業全体の競争力を高めることにつなが
るとして、その必要性が指摘されている。

 連邦政府は、95年7月に、第1次産業エネルギー省(現農林漁業省)に女性の地
位を高めることを目的に、第1次産業大臣の諮問機関として地方女性部局(RWU)
を設置した。RWUは、第1次産業における女性の役割を評価し、政策決定過程へ
の女性参画を高め、女性や家族、地域社会などに関連する課題を提示し、女性と
のより密接な連携を通じて政策に反映していくことを目指す。また、地方社会に
おける保健や子弟教育、福祉問題などに関して、他の省庁に改善を働きかけてい
く。

 主要農産物である羊毛や牛肉輸出の近年の不振、また行政の合理化に伴う病院
や学校の統廃合など社会サービスの低下、規制緩和を背景とした企業の不採算分
野の切り捨てなどにより、地方農村部と都市部の社会的なインフラ格差が近年急
速に拡大していることに対して、地方在住者の不満は高まっている。

 現在の連邦政府は自由党と国民党による連合政権であるが、地方農村部を支持
基盤とする国民党にとって、その復興は大きな政策課題になっており、このよう
な背景からも、現政権は農業分野での女性地位向上を積極的に支援している。


(2)財政的な支援

 政府は、女性の地位向上のための研究開発や、高等教育を受講する女性に対す
る奨学金支給など直接的な援助のほかに、間接的なものとして、DRDCなどの業
界団体の事業に対して事業費の半額補助を行っている。

 DRDCの財源は、生乳生産者からの課徴金で賄われていることから、基本的に
は、各事業は生産者との折半で実施されていることになる。しかしながら、具体
的な事業内容はDRDCにより決定されており、あくまでも事業の主導権は当事者
である酪農業界にある。

 連邦、州政府ともに政策的な関与は、女性を中心とした業界の提案や活動を側
面から支援するにとどまっている。NWDプロジェクトは、個々の女性たちの問題
認識から出発し、女性たちの自らの手によって展開されている。


4 参加者の声、関係者の評価

(1)ジェンダー限定による会合の意義

 これまで生産現場でもある家庭に縛り付けられていたことによって、社会的な
疎外感を抱いている女性が多く、NWDプロジェクトによる女性の相互支援やネッ
トワーク作りは、特に精神面での効果が高いという。

 また、女性のみの単一ジェンダーによる会議は、農場外に踏み出したばかりの
女性にとって、非常に意義があるとしている。男性同席の会議では、意見や質問
を述べる前に、「あまりに基礎的」、「場にそぐわない」、「恥ずかしい」など
ちゅうちょされてしまうが、女性単一の会合であれば安心して議論、参加できる
と評価は高い。

 男女混合の会議では、現在のような成果は得られないとする意見が多い。研修
参加前、単一ジェンダーによる効果に懐疑的にだった参加者も、受講後は、知識
取得ということを最優先に考えた場合、環境づくりなど観点から大きな意味があ
ると、考えを改めるという。

 これまでのところ、NWDプロジェクトへの参加者は、生産現場だけでなく地域
社会における役割をも認識し、家庭内から政策まで女性の活躍機会を増加させ、
業界の活性化に貢献しているとして、酪農乳業界内ばかりでなく、他の業界など
からも高い評価を得ている。


(2)変革期にこそ必要なテーマ

 豪州の酪農は、ガット・ウルグアイラウンド合意の実施などを背景に、好調な
輸出に支えられ、90年代に入ってから生乳生産量は一貫して拡大、乳製品も生産
量、輸出量ともに増加を続けている。一方で、生乳価格支持制度の見直しと各種
の規制緩和、生産者組合や乳業会社の統合再編など、酪農乳業界全体が変革期の
中にある。

 これに応じて、酪農家レベルでも、企業経営か家族経営、規模拡大か廃業かな
ど、将来に向けた決断を迫られている。

 NWDプロジェクトを始めるに当たっては、このような時期に、女性だけに焦点
を絞った運動は、無用な混乱をもたらすだけとする意見もあったという。また、
女性問題よりも変革期に必要とされる優先課題があるとして、DRDCが主導すべ
きテーマかどうか、大きな議論となったとされる。

 しかし、現在では、業界全体を取り巻く因習的なジェンダー区分を改善し、す
べての人的資源を最大限に生かすということは、農家経営から政策に至るまで広
範にわたる意思決定に必要不可欠であり、変革期にこそ率先すべき課題という認
識で統一されている。


(3)今後の課題

 これまでのリーダーシップ研修会による反省点として、生涯教育のような形で、
さらにもう1つ上を目指した能力開発の必要性が指摘されている。

 研修では、グループ学習、経理や政策など広範な分野を集中的に学習するが、
期間は3日間と短い。これに対応すべく、12週間にわたる研修モデルが研修参加
者によって、既に提案されているが、受講者の資質に応じて、研修終了後に、特
定のテーマをより深く学習する機会が求められている。

 NWDプロジェクトをモデルに他の農作目にも広げ、地方社会全体の活性化を目
指すことも課題として挙げられている。酪農業界には、パイオニアとして、これ
までの成果を広く農村社会に還元し、運動のさらなる発展が期待されている。既
に、穀物や肉牛など作目別の業界団体や州政府により、酪農業界での取り組みを
モデルにした取り組みが始まっている。

 NWDプロジェクトを始めるに当たっての最初の壁は、@参加のための時間、距
離、コスト、A女性参画の実践モデルの欠如、B業界全般における家父長主義的
な因習だった。@に関しては開催時間の設定や政府や業界自身よる資金援助によ
って、Aに関してはリーダーシップ研修とその出席者の課題達成により、いくつ
もの成功例を示すことができたと言える。

 しかしながら、Bに関しては、古くからの因習を打破することはやはり容易で
はなく、研修終了後、自宅に戻った女性が、研修での成果を生かすことができず
に、理想と現実のギャップに苦しむ例もあるという。

 多くのケースでは、平等性を尊重することによって克服し、男女のパートナー
シップはより強固になっているとされるが、なかには、女性が研修会で得た知識、
自信、ネットワークなどに、あからさまに嫉妬や敵意を抱く男性も存在するいう。
この解決手段としては、男性側の理解と強力を得ることを目的に、特に両親世代
の男性を対象とした、同種の研修会の必要性が指摘されている。

 NWDプロジェクトは、95年から続く形態のものとしては、今年が最後の事業年
度となるが、その必要性と成果は誰しもが認めるところであり、運動のさらなる
発展が期待されている。


おわりに

 女性の社会進出や家庭内での家事分担など、豪州の男女の平等意識は、豪州の
中でも比較的保守的な地方農村社会と比較したとしても、わが国よりはるかに高
い。個人的な経験であり、必ずしも実情を反映したものとは言えないかもしれな
いが、過去に筆者が訪問した農家で、男性が3度の食事の一切を手伝わないとい
う家庭は皆無だった。ある人は食器の配膳、またある人は片付けや洗浄など何か
しらを負担していた。

 今年4月に改正男女雇用機会均等法が施行されたわが国とでは、男女の役割や
公平感などについては、社会全体の基礎的なレベルでの認識が異なるため、豪州
の例をそのまま当てはめることは難しいと思われる。

 しかしながら、農家経営における女性の役割の過小評価、家父長的なジェンダ
ー支配、業界各レベルにおける女性参画の少なさなど、問題の根幹は同様である。

 わが国の酪農現場で働く女性たちは、飼料給与や周年搾乳など生産構造上、多
くの場合、豪州以上に過酷な立場で重要な役割を担い経営に貢献している。基本
的に1年365日作業が必要なわが国の畜産業に従事する女性は、畜種にかかわらず、
ほとんどが同様の状況にある思われる。にもかかわらず、農家経営から政策レベ
ルまでの意思決定にどれほど女性の声が反映されているであろうか。

 このような現状を打ち破るためには、女性自らの手で創造し、変革を促す豪州
酪農界の手法は有効な手段であると思われる。

 また、女性に、家族と経営に対して隷属的な関係を強いる畜産生産現場の現状
を改善することは、後継者問題という観点からも、大きな課題の1つと言える。
これは、古くから因習を改めることでもあり、一朝一夕に解決できる問題ではな
い。それだけに、問題解決に向けては、長期的な展望に立ち、女性の視点からア
プローチすることが重要であろうし、男性や地域社会が一体となって変革を支援
する必要がある。

 今はマイナス面だけが強調されているが、家族とともに過ごせる時間の多さ、
生き物を育てる喜び、また経営参画による達成感など、生業として畜産業に潜在
するメリットは、ライフスタイルが多様化している現在、十分に都市部の若い女
性をも魅了するはずである。

(参考文献)「のびゆく農業885号−カナダ、ニュージーランド及びオーストラ
リアの女性農業者によるルーラリティの再定義」(農政調査委員会発行)

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