特別レポート 

第45回国際食肉科学技術会議から

企画情報部 粂川俊一、谷口 清




T はじめに 〜国際食肉科学技術会議とは〜

 45回目となる国際食肉科学技術会議が、本年8月1日から6日までの6日間、横浜
市で開催された。

 この会議は、1955年にヨーロッパ食肉研究者会議(European Meeting of Meat 
Research Workers)が設立され、フィンランドのヘメンリンナにおいて第1回が開
催されて以来、毎年、主にヨーロッパ各地で開催されるようになった。当初は文
字通りヨーロッパを中心とする地域性の強いものであったが、次第にヨーロッパ
以外の国々からの参加者も増加し、世界的規模へ拡大するに及び、第33回の87年
から会議名が国際食肉科学技術会議(International Congress of Meat Science and 
Technology)と改称された。現在では、食肉に関わる世界の研究者および技術者
が一堂に会し、食肉および食肉製品の全般にわたる諸問題について広く国際的な
視野で学術連絡交流を行うことができる数少ない活動の場となっている。

 会議へのわが国からの出席者も次第に増加し、諸外国の食肉研究者や関連団体
との交流が一段と深まるに伴い、日本での開催が内外から要望されるようになり、
今回、わが国の食肉研究者・技術者の集まりである日本食肉研究会(会長:高橋
興威北海道大学名誉教授)が主催して日本で開催された。
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【開会あいさつをする高橋日本食肉研究会会長】
 アジアでは初めての開催となる今回の会議は、「食肉は世界の国々をつなぐ」
をスローガンに、出席者が内外合わせ458名と大規模なものとなった。

 本編では、多くのセッションの中から、「世界の食肉生産と消費」、「食肉の
安全性」(関連して「食肉と健康」)の一部を紹介する。


U 「世界の食肉生産と消費」(セッション1)

 このセッションにおいては、まず本会議の導入部として、国連食糧農業機関
(FAO)の予測モデルによる世界の食肉需給の中期見通しと、アジア諸国におけ
る食肉の生産・消費について講演(レクチャー)が行われた。

 各国でも食肉関係の見通しは行われているが、このセッションからは、世界需
給を先進国と途上国の対比によって予測した「食肉分野における2005年までの中
期見通し」について紹介する。


○「食肉分野における2005年までの中期見通し」(レクチャー1)
	(A.A.Gurkan,FAO)

 世界の食肉経済は、生産、消費、そして貿易の面で80年代半ば頃からダイナミ
ックな成長を遂げている。今回、93〜95年までを基準期間とし、それから10年後
の2005年における食肉のトレンドを見通してみた。

 このトレンドは、人口増加率を現在の年1.6%からやや鈍化して年1.3%、国内
総生産(GDP)の成長率を2.9%(先進国だけでは4.7%)とみており、予測モデ
ルには、ガット・ウルグアイラウンド農業合意の内容は織り込んでいるが、バイ
オテクノロジーの発達については考慮に入れていない。

世界の食肉需給の見通し
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 資料:国連食糧農業機関(FAO)
  注:牛肉、豚肉、家きん肉、羊肉・山羊肉の計(枝肉換算ベース)。
    なお、計欄はラウンドの関係で必ずしも整合しない。

 この予測モデルによると、食肉経済はここ10年間ダイナミックな成長を続け、
2005年における食肉生産量は、基準期間に比較して35.6%増の約2億6千6百万ト
ンとなる見込みである。この伸びは、年率約2.8%の増加に相当し、83〜85年/
93〜95年が年率約3.0%の増であったのに対し、やや伸びが鈍化している。畜種
別には、牛肉はそれほど大きく変化しないが、家きん肉と豚肉は今後も成長を続
け、とりわけ家きん肉の生産は、2005年までに年率5.1%弱と最もダイナミック
な伸びを示すだろうと予測している。こうした背景には、@飼料価格が全体に低
下傾向であること、A豚や家きんの飼養やそれらの肉の生産管理が集約的になる
など産業構造が変化してきていること、B家畜伝染病が存在するような国でも、
特定の清浄地域からの輸出が認められるようになったこと、C旧ソ連諸国(CIS)
等の市場開放や、北米自由貿易協定(NAFTA)等に見られる地域的な協約が行わ
れるなど、制度改革が進展していることなどがある。また、地域的には、アジア
の生産量が2005年には1億1千2百万トンと最大で、消費の多い北米の生産量は4千
3百万トン、同じく西欧(EU非加盟国を含む。)は3千6百万トンとなっている。

◇図:食肉生産量の品目別見通し◇

 次に消費を見ると、いわゆる発展途上国での食肉消費が、基準期間には全世界
の消費量の49.6%であるのに対し、2005年においては58.8%を占めると予測され
る。地域的には、アジアが34.5%から43.1%、南米が11.4%から11.6%と伸びる
のに対し、他の地域の全世界に対する食肉消費の割合は横ばいないし低下すると
予測される。また、1人当たりの年間食肉消費量は、北米が121kg、西欧が93kgと
予測されるが、アジアは生産量は大きいものの、食肉の消費は36kgと少なく、日
本などいわゆる先進国を除いた数量は31kgの低水準である。

 一方、貿易面では、世界の食肉流通量に占める輸出量は基準期間の51%から20
05年には61%、同じく輸入量は55%から66%となり、アジアでは2005年までに貿
易赤字が2倍になる。

 今回の予測モデルからは、今後アジアとCISで輸入が伸びると結論されるが、
EUのCAP改革の実行がまだ明確でないことから、このモデルにはCAP改革の影響
を織り込んではいないため、CAP改革が実施されれば、この予測モデルの内容は
変わってくる。また、世界の牛肉の50%、豚肉の62%、羊肉・山羊肉の72%、家
きん肉の50%強が発展途上国で生産されるようになる。そして飼料コストが今後
世界的に上昇すると見込まれることから、飼料価格が上昇し、結果的に食肉の価
格が押し上げられることになると考えられる。しかし、豚肉については、輸出国
間での競争が激化し、他のものとは異なり価格は下落すると予測される。


V 「食肉の安全性」(セッション7)

 このセッションにおいては、現在、わが国においてはもちろんのこと、世界的
に関心が高い食肉の安全性について、ドイツおよび米国の研究者からレクチャー
が行われた。

 現在、米国では食肉工場における危害分析重要管理点監視方式(HACCP)が規
模別に導入されているが、このセッションからは、その導入の必要性にもつなが
る米国の研究者の「食肉の病原微生物による汚染の防止法」について紹介する。

 また、このセッションに引き続き行われたセッション8「食肉と健康」におい
て、安全性の問題を含めた食肉と健康問題について包括的かつハンディーなレク
チャーが行われたので、併せて紹介する。

1「食肉の病原微生物による汚染の防止法」(セッション7・レクチャー2)
   (J.N.Sofos,コロラド州立大学(USA))

 食肉を汚染する病原微生物は、病原性大腸菌、カンピロバクター、サルモネラ、
リステリア、赤痢菌、ブドウ球菌、エルシニアなど多様であるが、それらは、消
化管に由来するものと外部環境に由来するものとに分けることができる。つまり、
と体から食肉への病原微生物の汚染は、はく皮のときと内臓を摘出するときに起
こりやすい。

 表皮が汚れている場合には、と畜後も食肉を汚染する可能性があることは言う
までもない。サルモネラについて調べてみると、新鮮便からの検出率は若い個体
ほど高く、逆に表皮の泥からの検出率は、加齢に従って高くなる。これは、長く
生きているためサルモネラが表皮にたくさん付着していることや、そのほか、い
ろいろな複合的な要素も考えられる。また、リステリアは枝肉よりも部分肉にな
ると非常に増える傾向がある。リステリアは環境に由来するものであるが、自然
環境に長く生残し、低温でも発育・増殖するため、流通ルートで菌数を抑える努
力が必要になってくる。しかし、全般に環境からの食肉の汚染は減少傾向にある。

 汚染された動物を、清浄なものと分けてと畜すると、汚染の度合いを抑えるこ
とができるのは言うまでもない。また、環境由来の病原微生物による食肉汚染の
防止法としては、動物やと体を洗浄すること、と畜後の薬品による除毛、ナイフ
トリミング、蒸気暴露などの方法がある。

 動物の洗浄は、非常な手間と時間を費やすものであり、また洗浄によって必ず
しも微生物を除去できるものではない。と体洗浄については、薬剤の種類や濃度、
処理時間、処理方法やどの段階で行うのかなどの検討が必要になってくる。と体
洗浄は、はく皮からの暴露時間が長いほど効果が低下するため、はく皮直後に行
うのがよい。洗浄は、と体に高圧水を噴射後、1.5〜2.5%の酢酸または乳酸でリ
ンスを行うのが一般的で、豚レバーは酸によるサルモネラ除菌が非常に有効であ
るとの報告もある。また、舌に腸管出血性大腸菌O157を播種して洗浄効果を見
ると、O157に関しては、酢酸よりも乳酸の効果の方が高かった。さらに、内臓
摘出前の洗浄などとナイフトリミングを組み合わせると、相乗効果が得られるこ
とが分かっている。一方、酸に抵抗性の細菌を生み出す可能性、機械の腐食、耐
酸性の細菌の増殖や、酢酸を使用した場合には食肉に臭気がつくなどのデメリッ
トもある。

 薬品による除毛には過酸化水素、硫酸ナトリウムが用いられ、バクテリアレベ
ルが非常に小さくなり、かなりの効果がある。しかし反面、廃棄物の処理の問題
も生じ、また殺滅されず、損傷しただけで生残する病原微生物がどのような作用
を及ぼすのかも不明である。

 このように、病原微生物の汚染防止に当たっては、新たな薬物残留や耐性菌出
現の問題なども考える必要がある。また、リステリアなど冷蔵時に増殖する微生
物もあり、食肉製品の冷蔵方法、冷蔵時間、冷蔵温度やカット後のパッケージに
も注意するとともに、加工処理場の汚染防止にも十分注意する必要がある。この
ため、微生物コントロールやHACCP等の導入、適切な食肉の加工・調理などに心
がけることが重要である。


2「健康に対する食肉の寄与」
  (セッション8・レクチャー2)
  (R.G.Cassens,ウィスコンシン大学(USA))

 健康と動物性たん白質との関係について見ると、20世紀前半は栄養学的なポジ
ティブな研究が行われていたが、後半になると動物性たん白質と疾病との関係な
ど、どちらかというとネガティブな研究が行われるようになっていった。1980年
代には、卵や食肉などを題材に、コレステロールについての悪いニュースがクロ
ーズアップされたが、今日では、むしろリノール酸の摂りすぎの方が問題で、コ
レステロールが悪いということでもなくなってきた。また塩分についても、かつ
ては摂りすぎると血中浸透圧の上昇によって高血圧を起こすといわれていたが、
最近の研究では、必ずしもそうではないということがいわれている。さらに食肉
についても、鶏肉などのホワイトミートの方が、牛肉などのレッドミートに比べ
て健康的だといわれていたが、これもそうでもないようである。

 従来、たん白質を摂取しないと成長が悪く、炭水化物や脂肪は体のエネルギー
源になるものであるといわれてきた。食肉にはたん白質や脂肪、ミネラル、ビタ
ミンなどが豊富に含まれている。かつては十分な量の食料を確保することがメイ
ンであったが、20世紀初め頃からは量より質が求められるようになり、さらに19
60年代からは、食の安全性がクローズアップされるようになっている。

 1906年、“The Jungle”という食肉の不衛生に関する暴露本が出版されてセン
セーションを巻き起こしたが、これが契機となって、米国では食肉検査法が制定
されることになった。1950年代になると、食肉関係の技術の進展により包装など
の自動化が図られた。1960年代には安全性への関心がクローズアップされ、ベト
ナム戦争や「沈黙の春」などの時期を経て1970年代になると、ライフスタイルの
変化によって食肉全体の消費、中でもレッドミートの消費が落ち込みを見せた。

 食肉と健康問題を考えるとき、かつては脂肪、塩分および亜硝酸塩が話題のビ
ッグ3といわれていた。脂肪はエネルギー源であり、食味性、つまり味を決める
ものでもあるが、さまざまな疾病の原因にもなるという指摘から、低脂肪現象を
生み出すこととなった。だが最近では、研究の成果により、脂肪についての知見
は変化してきている。塩分については、食物の保存性や機能性を高める反面、血
圧の上昇を来すということから、減塩という現象を生み出した。しかし、最近は
これについての論調が変わってきている。また亜硝酸塩については、香りや肉の
発色、抗酸化、ボツリヌス菌など病原細菌の増殖抑制などのメリットの反面、亜
硝酸塩が体内の微生物の作用、あるいは摂取後の化学変化により発がん性を持つ
ニトロソアミンに変化する可能性というデメリットもあるが、話題がクローズア
ップされて10年くらいで終息してしまった。

 食肉は栄養源として大変有用な食品である。量の時代、質の時代、安全性の時
代を経て、現在は第4の時代に入ったと考えられる。ここ30年間、食肉業界は常
にたたかれ続けてきたが、最近はポジティブな方向に向かっている。


W おわりに

 会議では、8つのセッションと、セッションに付帯した数多くのポスター発表
が行われた。研究者、技術者の講演によるものがほとんであることから、専門分
野に特化した感もあり、一般的には難解な面も否めなかったものの、今日的な
「安全性」や「健康」をテーマにしたものは興味深いものであった。
poster.gif (36236 バイト)
【ポスター発表風景】
 また、開催国である日本からの講演者以外には、ヨーロッパと米国の研究者が
ほとんどであり、特に昨今のホルモン牛肉紛争に見られる、安全性に対するアプ
ローチの違いが研究・技術分野でも垣間見られるかとの期待もあった。この点に
関しては、病原微生物の基準値に関連して、「政府の基準値は個人的には緩いと
考える」という米国の研究者の発言や、安全性と科学面での問題に関連して、
「ヨーロッパにおいて、この問題がどうしてもうまくいかないのは、EUレベルの
米保健社会福祉省・食品医薬局(FDA)のような組織がないからである」(EUに
も科学委員会があるが、政策決定権がないことを意図した発言か。)というヨー
ロッパの研究者の発言が印象的である。あくまでも、一部の研究者の個人的な発
言ではあるが、米国では、より厳しい基準に基づく施策への要望を、ヨーロッパ
では、科学的根拠を直接的に反映した施策への要望を、それぞれの研究者が本音
として持っている様子がうかがえた。

 会議を通じて、食肉についての安全性や健康の問題だけでなく、それぞれの分
野において研究や技術開発が進められていることを知り得たが、これらの成果を
いかに実現可能な施策として取り込んでいくかが、われわれにとってこれからの
課題となるのではないかと考えられる。


(参考)

第45回国際食肉科学技術会議 学術プログラム

セッション1 世界の食肉生産と消費

 レクチャー1 食肉分野における2005年までの中期見通し
          A.A.Gurkan(FAO)
 レクチャー2 アジア・太平洋地域の発展途上国における食肉の生産と消費
          G.Heinz 他(FAO)

セッション2 食肉生産

 レクチャー1 牛肉の脂質構成と飼養技術との関係
          D.Demeyer(ヘント大学:ベルギー)
 レクチャー2 と畜方法と動物福祉
          K.Troeger(ドイツ連邦食肉リサーチセンター)
 レクチャー3 全自動豚モモ脱骨機「HAMDAS」の開発
          K.Toyoshima(前川製作所)

セッション3 食肉の流通および加工

 レクチャー1 食肉の保存−現状と将来の技術
          D.Zbigniew(ブロツラフ大学:ポーランド)
 レクチャー2 新たな食肉加工技術の見通し
          K.B.Madsen 他(デンマーク食肉リサーチ協会)
 レクチャー3 調理食肉製品
          E.Puolanne(ヘルシンキ大学:フィンランド)

セッション4 筋肉生物学および食肉生化学

 レクチャー1 食肉の固さと筋肉内結合組織および細胞間質との関係
          P.P.Purslow(デンマーク王立獣医農業大学)
 レクチャー2 食肉の柔らかさ−μ-カルパイン仮説
          E.Dransfield(食肉リサーチステーション:フランス)
 レクチャー3 熟成中の食肉の軟化機構−カルシウム説
          K.Takahashi(北海道大学)

セッション5 肉 質

 レクチャー1 プローブとロボットによる肉質評価の自動化
          H.Swatland(グウェルフ大学:カナダ)
 レクチャー2 食肉の色調に関する生化学的基礎
          M.Renerre(食肉リサーチステーション:フランス)
 レクチャー3 和牛肉の優れた味を醸し出す因子について
          A.Okitani(日本獣医畜産大学)

セッション6 食肉中の微生物コントロール

 レクチャー1 食肉加工中の微生物コントロール法としての計量微生物学
          F.J.M.Smulders 他(ウィーン獣医大学)
 レクチャー2 食肉の加工・保存のための微生物利用
          F.-K.Lucke(応用科学大学:ドイツ)

セッション7 食肉の安全性

 レクチャー1 食肉中の残留物質および環境汚染物質
          K.O.Honikel(ドイツ連邦食肉リサーチセンター)
 レクチャー2 食肉の病原微生物による汚染の防止法
          J.N.Sofos 他(コロラド州立大学:USA)

セッション8 食肉と健康

 レクチャー1 食肉中の脂肪酸組成の改変の必要性について
          H.Okuyama 他(名古屋市立大学)
 レクチャー2 健康に対する食肉の寄与
          R.G.Cassens(ウィスコンシン大学:USA)

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