海外駐在員レポート 

イギリスにおけるミルクマークの分割について

ブラッセル駐在員事務所 島森宏夫、井田俊二




1 はじめに

 ミルクマーク(Milk Marque)は、イングランドおよびウェールズにおいて生乳
を販売する生産者出資による協同組合で、イギリスの生乳の3割強を取り扱って
いる。規制緩和による前身のミルクマーケティングボードの解体に伴い、94年11
月に設立された。

 昨年7月、独占・合併委員会が「グレートブリテンにおける生乳供給に関する
報告書」を公表した。その中で、ミルクマークの独占的な生乳供給体制が適正な
価格での生乳供給を妨げているとし、同組織の分割等を勧告した。これに対し、
ミルクマークは、同報告書の指摘に反論する一方、並行して9月に組織改革とし
ての分割計画を発表、11月の臨時総会で2000年4月からの分割が決定された。本
稿では、ミルクマークの設立から今回の動きまでを紹介する。


2 イギリスにおける生乳流通

 イギリスの生乳生産量(98年)は、14.2百万トンでEU全体(120.5百万トン)の
12%を占め、ドイツ(28.5百万トン)、フランス(24.8百万トン)に次ぎ、EUに
おいて第3位の生産量となっている。

 乳業会社数は、ごく小規模の乳業を除き375社以上(イングランド・ウェールズ
に250社以上、スコットランドに100社、北アイルランドに25社)あるが、上位3
社で全体の約4割、上位10社で約6割、上位19社で約3分の2の生乳を処理している。
また海外資本の企業が約2割の生乳を処理している。

表1 イギリスの乳業会社上位10社と97/98年度の年間処理量
re-eut01.gif (19407 バイト)
 資料:Dairy Indutry Newsletter Publication
         「UK  MILK REPORT 1999/2000」

 生乳の用途別仕向け量の割合は、飲用牛乳47%、チーズ24%、バターおよび粉
乳16%、その他13%となっている。

 このうち、飲用牛乳は消費量が減少してきており、また、94年までは宅配販売
が大半であったが、スーパーマーケットの販売量の増加等から95年以降は小売り
販売が宅配を上回っている。販売の内訳では、全脂乳が減少し部分脱脂乳が漸増
している。

 飲用乳については、生鮮食品でかさばるとともにイギリスが島国であることも
あり、国内消費のほとんどは国内生産でまかなわれている。そのほかの乳製品の
需給状況(98年)は次表の通りである。ニュージーランド、アイルランド等から
のバターおよびアイルランド、フランス等からのチーズの輸入量が多く、自給率
はそれぞれ81%、63%となっている。

表2 主要乳製品の需給状況(98年)
re-eut02.gif (19727 バイト)
 資料:NATIONAL DAIRY COUNCIL
         「Dairy Facts and Figures 1999 EDITION」
 注1:輸入量には輸入品の再輸出を含む。
  2:在庫増減の▲は減少を示す。


3 ミルクマークの現状

 ミルクマークは、ヨーロッパ最大の生乳販売組織で生乳販売量は500万キロリ
ットル、グレートブリテン(イングランド、ウェールズ、スコットランド)の4
割、EU市場の4%の生乳を販売している。会員数は1万3千、スタッフは300人で、
250の販売先を持っている。売上高は10億ポンド(1,790億円:1ポンド=179円)
である。

 なお、生乳販売のほか、生乳の検査、乳製品の販売促進、クオータの移動仲介、
チーズの加工も行っている。

 設立以降、酪農家減少の影響や、後述する乳業者の直接購入の増加により、参
加農家数、集乳量は減少している。

 99年のグレートブリテンにおける生乳販売内訳(割合)は、乳業メーカーの農
家からの直接購入46%、ミルクマーク39%、スコティッシュミルク6%、その他
のクォータを所有する7農家グループ6%、農家の直接販売3%となっている。

表3 ミルクマーク参加酪農家数と集乳量の推移
re-eut03.gif (9735 バイト)
 資料:ミルクマークからの聞き取りによる。


4 ミルクマークの設立経緯

 前身は1931年および1933年の農産物取引売法(Agricultural Marketing Acts)に
基づく生乳取引規則(Milk Marketing Schemes)により設立されたミルクマーケテ
ィングボード(MMB)である。その目的は、農業者(酪農家)が、合併・規模拡
大により力をつけていく乳業者と対等な立場で価格交渉することを可能にするこ
とであった。国内に地域別に5つのMMBが存在した。すなわち、33年にはイング
ランド・ウェールズとスコットランドのMMB、34年にはアバディーン地区とスコ
ットランド北部のMMBがそれぞれ設立され、北アイルランドのMMBは55年に設立
された。これらのボードは各地域の生乳販売を一元的に集荷・販売し、その収入
を全農家で販売量に応じて分配するというものであった。供給サイドに対抗する
ため、乳業サイドも、乳業取引連合(DTF)を組織し、価格交渉に臨んだ。価格
の決定方法は、用途別に定められており、ボードの飲用向け生乳について優先的
プレミアム価格を設定のうえ通年供給を保証し、余った生乳をバター、チーズな
どの乳製品加工用として販売するものであった。

 イギリスが73年にECに加盟し、78年に加盟国としての移行を完了する際に、ボ
ードの存続を認める理事会規則(1422/78)が導入された。84年の生乳生産枠
(クオータ)の導入に伴い供給が削減されることとなり、乳業は自己への供給を
維持する方法を模索することとなり、ボード(イングランド・ウェールズ)の生
乳供給が飲用乳を優先している点とEC規則との整合性が問題にされた。ボード規
則は欧州裁判にかけられるなどしたため、ボードの力が弱まった。もう1つの問
題は、乳価と生乳の分配をボードと乳業取引連合との間での合同会議で決定する
という点で、89年には供給を価格で決める入札の導入等が提案されたが、認めら
れなかった。

 91年、保守党の農業大臣は、業界と消費者のためには、ボードの根本改革が必
要と訴え、ボードの独占的な状況を終了させるよう業界に働きかけた。ボード改
革は業界の効率化の推進、付加価値の高い乳製品生産に資すると考えられた。そ
の背景には、民営化の推進という保守党の基本路線があった。

 92年4月、ボード(イングランド・ウェールズ)は、組織を自主的な酪農家の
協同組合とするという提案を発表した。その他のボードも同様な提案を行った。
同年11月グレートブリテンの4つのボードを廃止する農業法案が上院に提出され
た。93年初めに法案は下院に移され、同年7月に発効した。なお、この内容はEU
にも承認された。北アイルランドでも同様な法的な手続きを経て、11月に北アイ
ルランド農業規則が発効した。各ボードはそれぞれの再編計画を作成し、イング
ランド・ウェールズの計画は94年6月に承認され、94年11月1日に生乳取引規則が
廃止された。スコットランドでも、同日、生乳取引規則が廃止された。北アイル
ランドの生乳取引規則は95年3月1日に廃止された。

 この規制緩和により、生乳販売組織としての多くの農家グループが形成される
こととなった。なお、ボードを引き継ぐ組織としては、イングランド・ウェール
ズではミルクマークが設立され、スコットランドでは、スコティシュミルク
(Scottish Milk)、アバディーンミルク(Aberdeen Milk Company)、北スコット
ランドミルクコープ(North of Scotland Milk Co-operative)が設立された。北ア
イルランドでは、ユナイテッドディリーファーマーズ(United Dairy Farmers)が
設立された。

 イングランド・ウェールズのボード会員の大半はミルクマークに参加すること
となり、発足当初のミルクマークの生乳取扱量はイングランド・ウェールズの生
乳生産量の約7割を占めた。イングランド・ウェールズのボードが有していた加工
事業を行うDairy Crest社はミルクマークと切り離されて民営化された。


5 ミルクマークの生乳販売方法と乳業者の不満

(生乳販売方法)

 ミルクマークによる生乳販売は、6カ月またはそれ以上の長期契約が基本で、
年2回、入札が行われた。入札は、用途別ではなく、サービスタイプ別に行われ
た。

 サービスタイプ別にミルクマークが販売指標価格を設定し、買い手(乳業者)
が数量を応札するという方式である。応札量の合計が供給可能量を上回る場合は
価格を引き上げて再入札を行い、数量の調整を行った。下回る場合は残量につい
て価格を引き下げて再入札を行った。いずれの場合も最終的な販売価格・数量の
決定はミルクマークが行った。

 サービスタイプについては、約10種類あるが、大きく「市場優先契約」と「供
給優先契約」に区分される。「市場優先契約」では、購入量を買い手が優先的に
決められる一方、「供給優先契約」ではミルクマークが季節的要因や、毎日の集
乳量に応じて生乳の供給調整を行うというものである。したがって、「市場優先
契約」は「供給優先契約」に比べ高価格となっている。

 この生乳販売方法は、酪農家の利益確保のために高価格で生乳を販売すること
を目指すものである。その結果、ミルクマーク発足当初は価格がつり上がったが、
その後、入札方法に慣れてきた乳業者がミルクマークの価格設定を高すぎると反
発し、応札を控えたことなどから価格は低下している。98年の夏の入札では、全
量不落となった。また、ユーロ安、ポンド高も価格低下の要因となっている。

 こうした動きに対し、ミルクマークは、97年からは委託加工を実施するように
なった。さらに、97年10月、98年10月にチーズ工場を買収し、余乳を自ら処理す
ることができるようにした。また、98年9月には、100万キロリットルの年間処理
能力を持つ大規模なバターおよび粉乳加工工場の建設計画を発表した。

(乳業者の対応)

 乳業者の一番の関心は、小売業者との契約に基づき、製品供給が可能なように
十分な生乳供給を受けることで、年2回のミルクマークの入札では供給の不確実
性に対する不安があるため、農家との直接契約に力を入れだした。この背景とし
て、宅配による牛乳販売がスーパー販売に移行するという流通形態の変化も見逃
せない。すなわち、乳業者は小売業界の要求によりよくこたえる必要が出てきた。
乳業者は供給の大半を農家から直接購入し、不足分をミルクマークに頼ろうとし
た。加工場近くの農家と契約ができれば、輸送経費が低減されるので効率的でも
あった。乳業者は、ミルクマークの販売価格より高価格で生乳を購入するなどの
方法で直接購入のシェアを伸ばした。この結果、現在では乳業者が農家から直接
購入する生乳の割合は46%となっている。

(公正取引委員会の対応)

 一方、乳業者は、ミルクマークの独占的な販売方式が不当だとして、設立当初
から乳業取引連合を通じ公正取引委員会に申し立てた。ミルクマークはその規模
を利用し、価格操作、供給管理が可能で割高な生乳供給を行うことができるとの
批判である。生乳価格が用途別でなくなった一方、飲用牛乳需要の低下により加
工向け生乳が増え、より低価格で生乳を
確保したいという乳業側の事情もあった。

 公正取引委員会は、96年末に、ミルクマークの販売方法に一定のルールを設け
るように勧告した。すなわち、もしも、応札合計量が入札量の90%未満の場合は、
販売指標価格を引き下げた(ただし、EU規則におけるバター、脱脂粉乳の介入買
い上げ制度の生乳指標価格を基礎に算定された価格を下限価格(指値)とする。)
上で再入札を実施するというものである。これにより、取引きの透明性が増し、
乳業者も納得すると考えたのである。


6 独占・合併委員会の指摘および勧告

 公正取引委員会は、上記の対応でも乳業者の不満が消えなかったため、98年1
月、独占・合併委員会(現在の競争委員会)に、公正取引法(1973年)の独占規
定に基づく調査を要請した。その後9ヵ月間にわたり調査が実施され、99年7月調
査報告書が公表された。指摘および勧告の概要は、以下の通りである。

(指摘事項)

 独占・合併委員会は、ミルクマークが97/98年度においてグレートブリテンに
おいて49.6%のシェアを有するという大規模な独占状態を利用して、価格操作を
行い、供給を不当に管理していると認定した。

 個別には次のような点が指摘された。

・ミルクマークだけでグレートブリテンにおける生乳供給シェアの半分を占める
 一方で、乳業側は上位7社で3分の2のシェアとなっており加工分野の寡占化の
 程度は生乳供給に比べて小さいこと

・「供給優先契約」においてその裁量範囲が必要以上に大きかったこと

・小規模乳業に対して大規模乳業に比べ不当に高価格で取引したこと 

・最低価格サービス区分で使用制限を設けたこと

・大規模乳業の一部と差別的な契約を行ったこと

・乳業者間の生乳の2次取引を禁止したこと

・グレートブリテン外の乳業と委託契約を結び地域の供給量を調整したこと

・加工事業のさらなる拡大計画はミルクマークの力を増大させ公衆の利益に反す
 る恐れがあること

・契約方式を頻繁に変更したこと

・指値(最低価格)の設定により価格を不当につり上げたこと

・この結果、乳業の投資が減り、消費者は高い飲用乳を買わなければならなかっ
 たこと

(勧告) 

 独占・合併委員会は調査結果について、規制緩和後、競争状態が生まれたとは
言えず、ミルクマークと乳業の対立はより深まり、業界全体として損害を受けて
いるとした。その原因の多くは、ミルクマークの規模が大きく力が強かったこと
に起因すると考えられるとし、以下のように勧告した。

 ミルクマークは分割すべきである。分割方法としては、地域に基づく分割が考
えられる。それぞれの機関は、独立した運営をすべきである。その目的は、ミル
クマークの市場における力を弱め、生産者と乳業者の関係を改善し、双方の利益
および消費者の利益になるようにすることである。新たな分割後の組織は、競争
を侵害する恐れがないため、加工事業に進出できる。競争環境が整えば、新組織
の販売方法を規定する必要はない。

 ミルクマークの分割が最善の方策であると考えられるが、この勧告が実行され
なければ、すなわちミルクマークが分割するまでは、加工事業への進出を認める
べきでない。また、現行の販売体制についても多くの中間改善策を講ずる必要が
ある。

(ミルクマークおよび農業団体の反論)

 ミルクマークは、報告書に関し、次のような点を指摘し反論した。

・調査内容が古く、結論の根拠とされるミルクマークのグレートブリテンにおけ
 るシェア49%は現在では39%まで低下している。

・大きな市場シェアを持つ協同組合はヨーロッパの他の国では一般的で、スウェ
 ーデン、デンマーク、オランダにはいずれも市場シェア50%を超える(生産か
 ら加工までの)垂直統合された協同組合がある。

・最近2年間の生乳の価格低下は25%以上と著しく、生産の維持・継続が危ぶま
 れる一方、飲用乳の小売価格は低下していない。生産者の利益を優先した結果、
 消費者利益を害しているとの指摘は当たらない。

 ミルクマークは、この調査報告について、EU規則に反した決定だとして、欧州
裁判所へ提訴した。

 また、イングランド・ウェールズの全国農業者組合(NFU)も、報告書は農業
者の組合活動を否定するものとして強く反発し、欧州裁判所へ提訴した。すなわ
ち、酪農家がその利益を守るために、十分な規模の組織に所属するとともに、加
工分野に進出し付加価値を追求する必要性を理解していないとした。また、報告
書が出された時点でイギリスの乳価がEU加盟国で最低であった点も指摘した。


7 ミルクマークの分割計画

 上記の勧告に対し、欧州裁判所への提訴の方向は固まったものの、判決までに
は約2年もの長期間を要することから、ミルクマークはこのままの規模を維持し
加工事業への進出を断念するか、勧告に従った分割を行うかの早急な選択を迫ら
れた。

 9月17日、ミルクマーク本部は後者を選択した組織の分割計画提案を発表した。
地域ごとに北部、中部、南部の3組織に分割し、それぞれ独立した形で運営され
るというものである。

 この分割計画に対しては、貿易産業大臣は、競争の強化により業界が若返ると
ともに、顧客への反応が敏感になり国際競争力も強化されると歓迎した。また、
農業大臣、全国農業者組合、乳業連合(DIF、前身は乳業取引連合)も歓迎の意
を表した。

 11月4日、ミルクマークの臨時総会で同提案は了承された。

 3組織の名称は南から、ミルクリンク(Milklink)、アクシス(Axis)、ジーナス
(Zenith)と名付けられた。各組織ではそれぞれ、3,000〜4,000組合員、生乳取扱
量は140〜160万キロリットルで、売上高は2.5〜3億ポンド(448億〜537億円)程
度を見込んでいる。

 なお、今後約1年間の移行措置として、現在のミルクマークは規模を大幅に縮
小し、生乳検査業務など後継組織の完全自立までの支援事業を継続することとし
ている。
◇図:ミルクマークの後継組織の配置図◇

re-eug01.gif (36696 バイト)


8 おわりに

 ミルクマークは3分割され、本年4月1日から新しい組織で生乳販売活動が開始
されることとなった。独占禁止という大義名分とはいえ、規模を縮小しての新組
織の前途は多難である。

 イギリスの乳業界は、世界的な傾向と同様に、乳業会社の合併、買収が急速に
進んでいる。このほど、業界2位のデイリークレスト(Dairy Crest)が3位のユニ
ゲート(Unigate)の乳業事業を買収するとの計画が発表された。乳業の合理化・
巨大化は、酪農家にとって脅威である一方、ポンド高、ユーロ安の現在、他国と
の競争も考慮すれば必要な方向である。

 このような状況の下、新組織はミルクマークがかなわなかった加工部門へ進出
できるのか、乳業者との関係がどの程度改善されるのかが注目される。また、各
組織がいかに組合員をつなぎ止め、増やすことができるかも興味深い。中部のア
クシスは、オーガニックミルク契約に対するプレミアムの増額を表明しオーガニ
ック農家の取り込みに力を入れていると言う。

(参考文献)

・MONOPOLIES AND MERGERS COMMISSION"Milk (A report on the supply in  
 Great Britain of raw cows'milk)"

・NATIONAL DAIRY COUNCIL"Dairy Facts and Figures 1999 EDITION"

・Dairy Industry Newsletter"UK MILK REPORT − 1999/2000"

 このほか、ミルクマークから提供された資料を活用させていただいた。

元のページに戻る