海外駐在員レポート 

アルゼンチンの肉牛生産について

ブエノスアイレス駐在員事務所 浅木仁志、玉井明雄




1.はじめに

 アルゼンチンの農牧業は、国内総生産の約7%、その加工品も含め輸出総額の
約60%を占める非常に重要な産業として位置付けられている。

 20世紀初頭には、豊かな自然条件に加え、欧州各国からの移民による労働力の
増加、イギリス資本を中心とする外国からの資本の流入に支えられ、アルゼンチ
ンはヨーロッパの穀倉と位置付けられ、穀物と牛肉の輸出拡大で資本が蓄積され、
世界でも有数の富裕国となった。

 アルゼンチンは資源大国として大きな潜在力を持っていることは、この国の大
きな強みである。農牧業分野では、後述するパンパ地域は世界の穀倉地帯の1つ
で、同国は世界市場に影響力を有している(大豆輸出3位、トウモロコシ輸出3
位、小麦輸出5位など)。しかも、これまで粗放的な経営で大規模な資本投資は
行われておらず、今後、さらなる発展の潜在力を秘めている。

 アルゼンチンの肉牛生産などについては、今年の4月以来、適宜、日本の関係
者に紹介してきたが、今回と次回の2回にわたりさらに詳しく内容を紹介するこ
ととしたい。また、今回は現場に出る機会もあったので、事例紹介を通して少し
でもアルゼンチンの牧畜の具体的なイメージが紹介できればと思っている。


2.アルゼンチンの肉牛生産の概要

(1)肉牛生産の概況

 同国の牛の飼養頭数は、ここ10年間において、94年が約5,300万頭と最も多い。
95年と96年の2度の干ばつは、出生率に大きな影響をもたらし、また、農家は肥
よくな土地を換金作物栽培に回し、かつ、栽培面積を広げたため、肉用牛の飼養
は、不毛な辺境地帯に追いやられるとともにその多くがと畜された結果、97年は
約5千万頭という過去最低の水準となった。98年は、エルニーニョ現象で特に東
北地域において今世紀最大の洪水が発生したことにより、数百万haの飼料穀物生
産地帯が水没し、推定約50万頭の牛が失われた。そのため、98年は、約4,970万
頭とさらに落ち込んだ。

 同国の牛肉輸出量は、98年、過去12年間で93年以来の低い水準となった。過去
のすう勢を見ると、牛肉の輸出量は国際価格ではなく、国内価格の影響を受けて
おり、98年の輸出量の激減は国内価格の高騰に起因している。98年の国別シェア
(重量ベース)は、EUが41%、米国が20%、チリが17%、メルコスル域内が4%、
その他18%となっている。特に、EUでの牛海綿状脳症(BSE)問題の発生後はア
ルゼンチンビーフへの信頼が高まったと言える。EU向けの中では、ドイツが最も
多く、全体の17%を占めている。

表1 アルゼンチンの牛肉需給
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 資料:アルゼンチン農牧水産食糧庁
  注1:重量は枝肉ベース
   2:生体価格は、リニエルス家畜市場の去勢牛平均取引価格


(2)牛と畜頭数および去勢牛指標価格

 牛と畜頭数と去勢牛指標価格の推移を図1に示した。図1の牛と畜頭数は、格付
上の分類が行われた牛を対象としており、去勢牛指標価格は、1960年の生体取引
価格を100としたものである。50年から70年代の終わりころまでは周期がはっき
りとうかがえ、50年から70年代半ばころまでは、おおよそ6年周期である。70年
代後半から80年の間は、4年ないし5年周期であり、80年代終わりころから97年こ
ろまで、価格に変動は見られるものの、牛と畜頭数に変動は見られない。牛と畜
頭数が一定している要因としては、

・繁殖技術の向上による繁殖時期の同期化や牧草肥育条件の進歩などにより、計
 画生産が可能となったこと

・穀物肥育が増加し、周年出荷傾向が強まったこと

・91年のドル兌換法導入により、インフレが急速に終息し、経済が安定化したこ
 とで、国内牛肉消費が安定する一方、と畜業者は、計画的なと畜を行えるよう
 になったこと

などが挙げられる。

◇図1:牛と畜頭数と去勢牛指標価格の推移◇

 97年前半から去勢牛価格が上昇したのは、飼料生産の不作が原因で、肉牛肥育
生産者が必要な素牛確保ができないなど、去勢牛の供給不足があったためである。
98年に入っても、高値を期待した農家の保留傾向の強まりなどから、価格は上昇
した。なお、99年は、98年半ばから安値を恐れた農家が競って市場に出荷したこ
とに見られるように、農家が家畜を保留する傾向が弱まり、98年に比べ市場への
供給が増えている。

 なお、去勢牛の平均枝肉重量は、95年が248kgと底であったが、その後、農家
が家畜を保留する傾向が強まり、98年は257kgと90年の水準に戻った。


3.肉牛の地理的分布について

 アルゼンチンは、2億7,800万haの広大な国土を有している(世界第8位、日本
の国土面積の7.5倍)。そのうち52%は牧草地帯、9%は耕作地、22%が森林地帯
で、地味は全般的に肥よくである。

 アルゼンチンの肉牛の飼養地域は、一般に次の5地域に分類される。

@パンパ地域、A北東地域(NEA)、B北西地域(NOA)、C中部半乾燥地域
(クジョ地域)、Dパタゴニア地域の5地域である(図2参照)。
◇図2:アルゼンチンの地域区分◇
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 パンパ地域と北東地域のみで牛の総飼養頭数(98年は約5千万頭)の約85%を
占め(パンパ地域62%、北東地域23%)、アルゼンチンの子牛生産と肥育生産を
含めた肉牛の一大生産地となっている。大まかに言うと、パンパ地域は南東部の
子牛生産地帯を除き肉牛肥育地帯(一貫経営を含む)、北東地域は子牛生産地帯
として知られている(図3参照)。
◇図3:子牛生産と肥育地帯の分布◇
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 総飼養頭数の6割以上を占めるパンパ地域は、約6千万haの広さの世界で最も恵
まれた農牧地帯の1つである(国土の4分の1に当たり、日本の国土面積の1.6倍)。
一般に「パンパ」としてサッカーとアルゼンチンタンゴ以外に唯一日本人にも馴
染みがあり、通称“パンペアーナ”と呼ばれる地域である。州で言うと、首都の
あるブエノスアイレス州全域、コルドバ州、サンタフェ州、エントレリオス州の
南部とラパンパ州の東部を含めた一帯である(図4参照)。この地域は、多雨温
帯気候地に属しており、土地が平坦かつ肥よくで、穀物作と牧畜の大生産地であ
る。トウモロコシは全国生産の85%、大豆が95%、小麦99%、その他ソルガム、
ヒマワリなどが生産され、牧畜についても、と畜仕向け牛の約80%が生産されて
いる。
◇図4:パンパ地域◇
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 資料:Argentina agropecuaria, agroindustrial y pesquera, 
        Secretaria de Agricultura, Ganederia, 
        Pesca y Alimentacion
   (農牧水産食糧庁)
 この地域で肉牛肥育が盛んなのは、肥よくな土壌から良質の牧草が豊富に生産
され、この国で一般的な牧草肥育に利用されるからである。ここでの農牧業は広
大な経営面積のうち半分から3分の1程度を穀物栽培にあて、残りを放牧地として
利用する輪作が基本に行われている。

 次に、総飼養頭数の23%を占める北東地域は、コリエンテス州およびイグアス
の瀑布で有名なミシオネス州全域、エントレリオス州、サンタフェ州の北部、そ
してチャコ州とフォルモッサ州の東部を含めた一帯である。気候的には秋に多雨
の亜熱帯気候で、明確にわかる乾燥した季節はない。土壌の肥よく度はパンパに
劣り、高地を除き低湿地帯が広がっているために基本的に肉牛肥育には向いてお
らず、コリエンテス州を中心に子牛生産が盛んである。その他、さとうきびや米
作、果樹栽培(かんきつ類)などが知られている。

 その他の3つの地域の飼養頭数比率は低く、北西地域と中部半乾燥地域でそれ
ぞれ約7%、パタゴニア地域では1〜2%を占めるにすぎない。これらの地域では
牧畜よりもむしろ、北西地域のタバコ栽培、中部半乾燥地域の果樹やワイン用の
ブドウ栽培(メンドーサ州のワイン生産は有名)、パタゴニア地域のりんご、ブ
ドウ、ナシなどの果樹栽培や最近頭数が減少気味の羊の飼育などが知られている。


4.農・畜産業生産組織−EAP

 この項については、国家統計局(INDEC)の資料を基にした。ただし、この国
の農業統計の整備上の問題もあり、農・畜産業生産組織の数などについては、88
年の統計が求められる最新のものであった。

 ここで農・畜産業生産組織と便宜上訳しているものは、おおむね0.05ha(500
m2)以上の生産面積を有する農畜産業の生産組織で、この国の統計上の生産組織
単位で、EAP(Explotacion Agropecuaria)と呼ばれる。

 この国の、とりわけ畜産経営はまさに牧畜業と言われるもので、いわゆる家族
経営的農家は一般的でなく、農・畜産業生産組織(以下「EAP」という)といっ
た場合、農業または畜産業の、あるいはこれらの複合の家族経営から法人経営ま
で、その間に存在するあらゆる形態の経営を含めた生産組織を指すものである。

 アルゼンチンは1億7,700万haの生産面積があり、約40万のEAPがその生産面積
を有しているが、規模は非常にばらついている。 

 パンパ地域では、EAP全体の50%を占め、全生産面積の40%を占める。北東地
域では、EAP全体の20%、全生産面積の11%を占める。北西地域では、EAP全体の
13%、全生産面積の11%を占める。パタゴニア地域では、EAP全体の4%を占める
にすぎないが、生産面積は全体の31%を占めている。

 アルゼンチンでは、生産面積50ha未満のEAPが全EAPの約50%を占めており(生
産面積は全体の1.7%を占めるにすぎない)、大土地所有制の名残が強いアルゼ
ンチンにしては、思いのほか「小」規模経営が多いことが分かる。しかし、一方
で1,000ha以上のEAPは、数でこそ約7%を占めるにすぎないが、全生産面積の75%
以上を占めている(表2参照)。

表2 地域別・規模別の農・畜産業生産組織(EAP)数と占有生産面積−1988年
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 資料:アルゼンチン国家統計局
  注:アルゼンチンではいわゆる家族経営的農家は一般的ではないので、
    家族経営から法人経営までを含めて「農・畜産業生産組織」と記載した。

 この国の税制や土地所有制が前近代的で複雑な上、農業基本統計の整備上の問
題などもあるが、EAPを分類したのが表3である。

表3 農・畜産業生産組織(EAP)の分類
税法上による分類
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土地所有形態による分類
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 注:ownership:自ら所有している土地で生産活動をする者
   Lease:土地を借りて生産活動をする者
   Partnership:利潤を分け合う、土地所有者と投資家との契約で
        成立する組織形態
   Other agreements:土地利用契約の他の形態の経営
   Occupation:税法上未登録の土地で生産活動を行う者


 約40万のEAPのうち牧畜を主体に営む22万2,641のEAPが約5千万頭の牛を飼育し
ている。そのうち96%が飼養頭数1千頭未満のEAPであり、頭数として全体の約60
%を占めている。飼養頭数千頭以上のEAPは全EAPの3.7%を占めるにすぎないが、
頭数的には約40%を占めている。

 牛の総飼養頭数の90%は、ブエノスアイレス州、コルドバ州、ラパンパ州、エ
ントレリオス州、サンタフェ州、コリエンテス州、サンルイス州、そしてサンチ
ャゴデルエステ州に集中している(表4参照)。

表4 主要畜産州の牛飼養頭数と畜産業生産組織数の割合
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 国立農牧技術院(INTA)は土地所有形態、資本および労働力のあり方の3要素
を基にEAPを分類し、報告しているが、この手法を用いて牧畜業を主体に営むEAP
を分類すると以下のようである。

1 土地所有者であり、かつ、家畜の所有者であるもの
2 家畜所有者または家畜を購入する資本家に投資させる土地所有者であるもの
3 土地を第3者に貸す土地所有者であるものの3つである。

(1の特徴)

 同一人物が土地と家畜の所有者である形態で、その者は一般にEAPの経営管理
を担っている。規模はさまざまで、家族所有とそうでないものがある。

(2の特徴)

 土地所有者が土地、労働力(多くの場合)を提供し、家畜所有者または資本家
が投資目的で牛、その他を提供するもので、利益配分割合は契約の種類、地域に
よりさまざまである。

(3の特徴)

 土地を買う余裕はないが、生産規模を拡大しなければならない生産者が一般的
に採用する形態である。家畜の所有者である生産者はha当たり飼養している牛の
重量(土地の良否に左右される)によって地代を2ヵ月に1回支払う場合が多い。
別にPastajeと呼ばれる形式では、家畜の所有者は1頭の放牧牛に対して決められ
た額を地代として支払う。

 上記3つの形態の構成割合を知ることはできないが、1の形態が最も一般的だと
考えられる。多くの場合、上記2と3の形態については、それぞれのケースごとに
文書によらない取り決めが交わされている。

 流通機構が細分化されているため、肉牛産業のインテグレーションはまれであ
る。いくつかの食肉処理加工業者は輸出向けに生産者と供給契約を結ぶ動きがあ
るが、量的には少ない。同じように大手スーパーマーケットのいくつかはフィー
ドロットと契約する動きがある。


5.肉牛生産システム

(1)肉牛子牛生産

@生産地帯

 子牛生産地帯は北東地域およびパンパ地域の海沿いの南東部に広がっている
(図3参照)。一般にこの地域は降水量が多く、また水はけが悪いので高地を除
き湿地帯を形成することが多く、アルファルファなど栄養分に富んだ牧草の栽培
には適さない。土地が肥よくで年間を通して良質な牧草が豊富に生産される地域
が肥育適地とすれば、子牛生産は肥育経営に向かない条件の悪いところで行われ
る経営と言える。ただし、牧草の品質と収穫量にばらつきがあるところでも子牛
生産に利用できるという意味では、経営上の利点がある。

A生産の担い手

 この国の子牛生産はEstancia(エスタンシア:牧場、農園)と呼ばれる昔なが
らの家畜管理技術を尊重した、伝統的なまさに農家と呼ぶにふさわしいEAPが担
っている場合が多い。こうしたEAPは新しい管理技術の導入に消極的で、このこ
とが子牛生産の効率の悪さに起因し、この改善が今後の肉牛生産の課題と言える。
表5に地域別の肉牛生産指標を示した。

表5 地域別肉牛生産指標
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B子牛生産を構成する家畜

 子牛生産は種雄牛、母牛、生まれた子牛の各群で構成されるが、この国ではこ
れらの家畜をganadoまたはhasienda(アシエンダ)と呼ぶ。後述するが、この国
の肉牛生産で人工授精(以下「AI」という)はほとんど普及しておらず、一般に
EAPは“Cabana”(カバーニャ)と呼ばれる育種家(AIサービスも行う)から種
雄牛を購入するか、自家産の優良雄牛を利用する(一般的に種雄牛頭数は飼養頭
数の2〜7%)。具体的には事例で紹介するが、管理の行き届いたEAPでは、以下
の家畜群が飼養される。

・1〜2群の母牛(時期により子牛に哺乳)
・種雄牛の1群
・妊娠中または交配されていない若雌牛(未経産牛)の1群
・哺乳、離乳、あるいは肥育中の子牛の1群(時期により状態は違う)

C牧草地―Potrero(ポトレロ)

 子牛生産は必要最小限の施設でできるが、一番重要なのは経営基盤の牧草地で
ある。Potreroとは柵で区切られた1つの牧区を指す。牧区の柵は一般に固定され
ているが、Potreroをさらに区切る場合は、電牧を利用する場合がある。生産者は
牧草の生育状態、家畜の種類とその生育段階、栄養状態などを考えて、Potreroを
ローテーションして利用している。家畜管理上、Potreroは地域ごとに適正な数と
広さが必要で、たとえばパンパ地域なら12〜18のPotreroで1つ100ha以下が適正と
され、北東部では1つのPotreroの面積は大きくなる。いずれにせよ、地域、家畜、
牧草のさまざまな条件を加味し、適正なPotreroの数と広さを決め、効率的な生産
ができるよう家畜をうまくローテーションするのは生産者の熱意と技術による。

D交配システム

 この国の子牛生産は、巻牛が一般的で、周年繁殖と季節繁殖の2つがある。季
節繁殖では年間約3ヵ月が交配に当てられる。秋と春の2シーズンを交配に当てる
経営もある。一般に季節繁殖を採用する経営は家畜管理が良好で、その技術水準
は高い。

 妊娠の確認は、獣医師または畜産技術者によって交配後2〜3ヵ月して直腸検査
で確認される。巻牛の状況が良ければ90%以上の受胎率が得られる。繁殖用から
外された母牛は仕上げ肥育され肉用に出荷される。

 季節繁殖の場合、7〜8月の冬期間に出産を迎えるのが一般的である。パンパ地
域の適切に管理された経営では出産率は85%を下らないと考えられているが、実
際は70%前後のようである。出産率に大きな影響を及ぼすのはブルセラ病の発生
で、農畜産品衛生事業団(SENASA)は国の撲滅プログラムを作成し、口蹄疫に
次いでこの撲滅に真剣に取り組んでいる。

 一般に離乳は自然にまかせており、パンパ地域では冬(7〜8月)に生まれた子
牛は8〜10ヵ月齢まで(翌年の3〜6月まで)哺乳され、その後は肥育用として出
荷または一貫経営では肥育用に回されるのが一般的である。このころはおおむね
晩秋に当たっていて牧草は成長をやめるころで、離乳後の子牛の成長に影響が出
る。この影響を回避する手段が、早期離乳である。早期離乳により子牛に余分の
ストレスを与えることを嫌う生産者もいるが、子牛や母牛が十分な牧草を利用で
き、また母牛が次の出産に備える期間が長く取れるので評価は高い。早期離乳の
場合は、生まれてから5〜7ヵ月で離乳するので、離乳時は12月から翌年の3月に
かけて、季節は初夏から初秋となる。適切に管理された経営では、離乳率は80%
を下らないとされている。

 なお、繁殖サイクルを図5に示した。

◇図5:繁殖サイクル◇

E繁殖技術の概要

 この国のAIは、酪農経営では一般的であるが、肉牛子牛生産経営では普及率は
5%以下と推計されている。しかし、子牛生産者では初回交配はAIを利用する場
合が多く、初産の出産率やその後の哺乳能力などを判断して母牛を選抜する。凍
結精液ストローは、1本3〜5ペソ(=ドル)で1頭につき平均2ストロー使用する。

 種雄牛、精液、受精卵などを販売する家畜改良などを専業とした組織のみが輸
入精液を利用し、こうした組織をCabanaと呼び、子牛生産者は彼らからAI用の精
液や種雄牛を購入する。いわば、彼らは育種家である。彼らは所有している種雄
牛などをアルゼンチン農牧協会(SRA)に正式に登録しなければならない。SRA
は登録された種雄牛が純血を保持しているかどうか検査し、これらの血統登録を
取る。

 180万本の輸入精液ストローのうち、約93%は乳牛に利用され(ホルスタイン
種は88%)、残りの7%を肉牛が利用しているにすぎない(98年)。精液の主な
輸出国は、米国、カナダ、スペイン、ニュージーランドである。なお、肉牛品種
別の輸入精液の使用状況については、表6に示した。

 受精卵移植技術は、大学や試験場で試験研究的に行われており、実際Cabanaは
この技術を広く利用しているようだが、一般の生産ではほとんど利用されていな
い。

表6 肉牛品種別輸入精液使用状況
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(2)肉牛肥育生産

@生産地域

 肉牛の肥育は、1815年、輸出用の塩蔵肉を作る最初の工場がブエノスアイレス
州キルメスにできたのに端を発している。それまでは牛皮や乾燥肉が主な輸出品
であり、肉質が重視されることはなかった。これらの工場はブエノスアイレス市
の周辺に立地し、地方から運ばれ消耗した肉牛をと畜前に工場周辺の牧草地で飼
い直した。現在も食肉処理加工業者の80%は、ブエノスアイレス州に集中してい
る。

 肥よくな土壌と豊富で良質な牧草が生産されるパンパ地域が肉牛肥育の一大生
産地である(図3参照)。去勢牛(肥育牛)の64%はパンパ地域で生産され、北
東地域、北西地域、中部乾燥地域、パタゴニア地域はそれぞれ、19%、7%、8
%、2%となっている。

A肥育素牛

 肥育生産は、離乳子牛の購入、一貫経営ではその時期の子牛の選択(経営内で
の移動)で始まる。肥育生産者は子牛生産地帯でのオークションまたは子牛生産
者から直接子牛を購入する。子牛の出荷は、4〜5月、10〜11月の2つのピーク
がある。

 便宜上(肥育)素牛と呼ぶが、去勢牛(雄子牛)が一般的で、未経産牛、廃用
母牛の肥育もある。一般に離乳したての8ヵ月齢の子牛を素牛とするが、平均雄
子牛で180kg、雌子牛で160kgである(表7参照)。

表7 品種別肥育素牛の生体重(kg)
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 近年の素牛価格(生体kg当たり)は、93〜96年までは、0.7ドルから1ドル弱で
推移し、4〜5月にかけて子牛の出荷が集中し価格が低落する1つの周期を描いて
いた。その後、97年から98年の8月にかけて価格が急騰し、約1.6ドルになり、以
後急落した。

 素牛の品種は、アンガス、ヘレフォード、これらの交雑種(顔だけが白毛で面
をかぶったようなのでcareta(カレッタ:面)と呼ばれる)が一般的である(表8
参照)。

表8 主な肥育素牛の品種割合
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B肥育と飼料の給与

 この国の肥育は牧草肥育である。牧草生産は秋と春、特に春にピークを迎え、
冬には生産が停止する。一般的なイネ科とマメ科の混播の場合、牧草の品種は以
下のようである。

イネ科:野生の大麦、フェスク類、ペレニアルライグラス、オーチャードグラス、
  ファラリス

マメ科:白・赤クローバ、ロータス(フェスク類と相性が良い)、アルファルフ
  ァ

 近年、アルファルファを利用し、土地をうまくローテーションすることが推奨
されている。

 夏と冬の低い牧草生産を補うために、ソルガム、トウモロコシ、オート麦、1
年性ライグラス、大麦などの1年性作物が利用される。特にトウモロコシとソル
ガムはその高いエネルギー価値と消化の良さのため、肥育が計画通り進まないと
きなどに補助的に使用される。

 こうした穀物給与とその期間は、穀物価格と牛肉価格をにらんで決められるが、
一般に1日1頭当たり4kg、仕上げ前の60日間の給与が効果が高い。穀物給与は増
体量を増すので、2つの価格を比較し、穀物給与とその期間の決定、牧草地のロ
ーテーション、夏場と冬場の飼料確保などが肥育経営の成否を決める。

 年間牧草地1ha当たりの牛肉の生産量は肥育技術によってばらつくが、一般に
150〜450kgである(中位の技術で300kg)。

 肥育期間はDG(1日当たり増体量)によって変わるが、15ヵ月を中心とし、
それ以下が短期肥育(DGが0.5kg以上)、それ以上が長期肥育(DGが0.5kg以下)
となる。一般の短期肥育で肥育期間12ヵ月、去勢牛の仕上げ体重380〜400kgであ
る。一般に20ヵ月を超える肥育は、家畜が2冬を経験するので肥育効率が悪くな
る。

C仕上げ

 肥育生産者は仕上げた牛を、直接庭先で食肉処理加工業者に売るか、リニエル
ス家畜市場に出荷する。時に地方のオークションに出したりする。

 仕上げ体重は素牛の品種や仕向け用途によって、いろいろである(表9)。ち
なみに去勢牛の枝肉歩留まりは52〜58%である。

 この国の肥育生産者は効率的に牛を太らせることだけに意識を集中しがちで、
市場の価格動向、需給動向、消費者の要求に対して無頓着(むとんちゃく)であ
り、今後この国の持てる潜在力を十二分に発揮させるには彼らの意識改革が必要
かと思われる。

表9 品種・仕向け用途別仕上げ生体重(kg)
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(3)フィードロット経営

 アルゼンチンのフィードロットは大きく次の3つに分類される。

○商業的フィードロット

 経営者(土地所有者)自ら所有の、あるいは借地人所有の牛を使って恒常的に
経営するもの。普通5千〜7千頭の収容力がある。大量の子牛を導入する必要から
子牛生産者と供給契約を結び、食肉処理加工業者、スーパーマーケットと契約し
インテグレーションを形成する場合が多い。また自社ブランドの開発に積極的で
ある。


○一時的なフィードロット
 穀物と牛肉の価格がフィードロット経営に有利な時だけ経営するもの。

○季節的囲い込み

 特にパタゴニア地域の冬に見られるが、冬場に家畜を囲い込んで補助飼料を与
えるもの。

 一時的なフィードロット経営が存在する理由は、この経営の利益が穀物価格と
牛肉価格の関係に強く影響されるためである。しかし、近年、もうかる経営とし
てフィードロット経営全体の数が増加している。例えば、子牛生産者は3月に離
乳し子牛を得、しかもその時期がトウモロコシの収穫時期に当たっているので、
有利とみれば経営内部にフィードロットを導入する。商業フィードロットは100
〜150のEAPがあり、一時的なフィードロット経営も含めると約350のEAPが存在す
る。年間のフードロット由来のと畜頭数は、100〜150万頭である。最近2つの海
外投資家が大規模な商業フィードロットをサンルイス州に建設した(事例参照)。

 一般にフィードロットでは、1つのペンに200頭以下で、180〜220kgの素牛が
70〜110日(DGは1〜1.5kg)肥育され、300〜320kgに仕上げられる。肥育期間中
はトウモロコシ、ソルガム、大麦などの穀類、アルファルファやトウモロコシホ
ールクロップサイレージが給与される。多くのEAPでアグバッグサイロの利用が
見られる。

 フィードロット由来の牛肉の大半が国内向けに仕向けられ、一般の牧草肥育牛
より、高くてもより柔らかい肉を好む都市の中流階級以上の層をターゲットにし
ており、それゆえに全消費シェアの10〜12%以上を占めることはないとされてい
る。


(4)ブエノスアイレス市近郊の子牛生産事例

@農場の概況

 オーナーであるピニェイロ氏は、ブエノスアイレス市から南方約150kmに位置
するラスフローレス近郊に、ラチキータ牧場(約250ha)とロスオリ−ボス牧場
(560ha)の2つの牧場を所有している。約5kmしか離れていない2牧場それぞれの
牧草の性質などをうまく利用しながら、子牛生産を行っている。

 ラチキータ農場は、土地は肥よくで、牧養力は1.5頭/haと高い。89年に土地
を購入し、現在の土地価格は約2千ドル/ha強とのことである。牧場内を13牧区
のそれぞれを電牧で区分けし、ストリップ放牧を行っている。草種は、マメ科の
ロータスと白クローバ(3年に1回草地更新)、イネ科はライグラス類、フェスク
類やアグロピロである。肥料は2年に1回、主に尿素を50kg/ha投入する。アルフ
ァルファ、トウモロコシ、ヒマワリの生産も行っている。降雨量は、年間約900
〜1,000mmである。

 一方、ロスオリ−ボス農場は、土地の半分は高地で肥よくであるが、残り半分
は牧場に接する川が2〜3年に1度氾濫(はんらん)するという当地域の典型とも
言える土地で、牧養力は0.8頭/haである。オーナーの父が、1947年に土地を購入
し、現在の土地価格は1千5百ドル/haとのことである。また、35haの農地を利用
し、ヒマワリと小麦、アグロピロ、ロータスとの組み合わせによる輪作を行って
いる。
◇図6:事例紹介◇
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【ラチキータ牧場の事務所兼住居】
A牧場の運営管理

 2牧場の労働力は、オーナーのピニュイロ氏が経理を担当し、息子とその助手、
管理人2人の計4人で牧場の管理を行う。繁忙期には臨時雇用も行う。
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【ロスオリーボス牧場のオーナーの
ピニェイロ氏と息子】
 品種は、ヘレフォードが主体で、昨年は、ショートホーンとの交雑を試みた。
アンガス牛もいるが自家消費の牛乳生産用である。現在の2牧場を合わせた繁殖
用雌牛の飼養規模は、経産牛(3〜4歳)430頭、未経産牛(12〜16ヵ月齢)100頭
である。種雄牛は20頭である。

 交配方法は、基本的に巻牛のみである。種雄牛の割合は、群の約3%を目安と
している。種雄牛は、主にブリーダーから購入するが、優良雌を選び、一部自家
生産もしている。母牛の更新率は約15%。平均供用年数は、6〜7産である。

 生産サイクルは、ラチキータ牧場にて、約16ヵ月齢の未経産牛を10月ごろ交配
し、6〜8月ごろ子牛を得る(出産率:92〜95%)。2牧場の管理事務所のあるラ
チキータ牧場は、出産などの管理がしやすいこと、また、ロスオリ−ボス牧場よ
り牧養力が高いことから、未経産牛への交配、初産は、当牧場にて管理される。
ここで生産された子牛は、5〜6ヵ月齢まで母牛とともに哺育され、11月、12月ご
ろ、夏草の成長が良いロスオリ−ボス牧場へ移される。その後、雄子牛は約8ヵ
月齢(約180kg)まで哺育され、すべて肥育素牛として出荷(一部の候補種雄牛
を除く。)される。雌子牛は、約10ヵ月齢に達する4月ごろに、再び、ラチキー
タ牧場に戻され、半分を約16ヵ月齢で交配に供し、残り半分を肥育素牛(約280
kg)として出荷する。基本的に濃厚飼料は使用していないが、冬期(6〜8月)
にヘイロールを給与している。

 子牛の出荷については、ブローカーによる庭先取引が主流であるが、月に1回
行われるRemate Feria(レマテフェリア)と呼ばれるオークションにも出荷され
る。
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【ラチキータ牧場の母牛と子牛】
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【ラチキータ牧場の母牛】

(5)サンルイス州のフィードロット事例

@セル・アルヘンティーナ社

 セル・アルヘンティーナ社は、繊維業を主体とするイタリアのラディシグルー
プのセル・イタリア社がほぼ100%を出資し、97年8月に設立された。セル・アル
ヘンティーナ社では、ジョバニ・カッページョ支配人と弟のドメニコ・カッペー
ジョ副支配人の兄弟による指揮のもと、約100名の従業員が当地での活動に従事
している。組織は、大別して、農業、畜産、総務、経理、保守、販売の6部門に
分かれる。農業、土木、電気、畜産など、学士号や修士号を持つ技術者が約30名
ほどいる。
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【セル・アルヘンティーナ社にて、
写真右から支配人、副支配人、秘書】
Aセル・アルヘンティーナ社の農場

 同社は、ブエノスアイレス市から約840km西方に位置するサンルイス州サンル
イス市近郊にパソデラスカレタス農場とサンベルナルド農場の2農場を持つ。と
もに、ブエノスアイレスやチリのサンチアゴに通じる国道に面しており、電力や
水の供給面での心配が少ない。

 パソデラスカレタス農場は、面積23,000ha(うち、かんがい用地8,000ha)で、
用地を160ha(半径713m)の円形状の区画に分けて、主に飼料用穀物を生産して
いる。フィードロット用地は、約200haである。いくつかの区画には、全長560
mの米国製のピボット(散水機)が設置され、牧場の周りを走る州政府の建設し
た水路から水を供給している。同社は、州政府に対し、水代として年間約30ドル
/haを支払っている。水路から水をくみ上げるポンプ(11ヵ所)や高圧線などは
自社で建設した。当時の土地の購入価格は、300〜400ドル/haで、開墾経費を加
味すると、現在では700ドル/haとなる。かんがい用地では、飼料用とうもろこ
し(ホールクロップサイレージ用、夏作)、小麦、えん麦を、非かんがい用地で、
アルファルファを生産している。
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【セル・アルヘンティーナ社の
フィードロット
(パソデラスカレタス農場)】
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【セル・アルヘンティーナ社の
フィードロット
(パソデラスカレタス農場)】
 サンベルナルド牧場は、面積23,000haで、こちらの水源は地下水である。円形
の1区画は250haで、ピボットの長さは1km近くある。飼料用穀物の生産、ヒマワ
リの種子生産、オリ−ブの栽培をしている。
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【セル・アルヘンティーナ社の穀物
生産用のピボット
(サンベルナルド農場)】
B候補地の選定

 同社は、97年10月にサンルイス州の当地に土地を購入した。98年3月ごろから、
野生の雑木林であった土地を開墾し始めた。当地を選択した理由として、@水源
が豊富であること、A半乾燥地帯で降雨(年間500mm)が少なく、大規模フィー
ドロット生産に適すること、B朝夕の寒暖差が大きいので、穀物生産に適するこ
と、Cサンルイス州が地理的にアルゼンチンのほぼ中心に位置すること、D大西
洋と太平洋への港までの距離がほぼ同じこと、E土地価格が安く、かつ、広範囲
の土地を利用した集約的開発が可能であること、Fサンルイス州が、外国資本に
対し税制の優遇措置をとっていることなどを挙げている。

Cフィードロット経営管理

 パソデラスカレタス農場におけるフィードロットの規模は、用地面積200ha、
飼養頭数約6,000頭である。品種は、アンガス種(30%)、ヘレフォード種(30
%)、アンガス種やヘレフォード種の交雑種(30%)、ゼブー牛(10%)である。
契約を結んだ近隣の子牛生産者から、150〜250kg(平均180kg)の肥育素牛を導
入、約4〜6ヵ月肥育させ、おおむね400kgで出荷する予定である。現在の課題は、
同月齢のまとまった頭数の素牛導入が困難であることである。

 飼料の配合割合(乾物ベース)は、グルテン20%、ホールクロップサイレージ
50%(うち、穀実は15%)、補助用ミネラル類10%、トウモロコシの乾燥穀実20
%である。乾燥穀実は、前年、トウモロコシの生産を試験的にしか行っておらず、
ホールクロップサイレージの量が不足したことから、暫定的に使用しているとの
ことである。給与量は、約8kg/頭/日(乾物ベース)。1日当たり増体量は1
〜1.2kgで、コストは北米の半分と言う。

 来年は、150kg〜180kgの子牛を導入し、前半2〜3ヵ月はミネラルを補助飼料と
し、小麦やアルファルファ、グルテンなどタンパク質主体の飼料で210〜230kgま
で肥育し、後半3〜5ヵ月はホールクロップサイレージ主体に約400kgまで肥育し、
出荷する予定である。

 99年12月に初めて、出荷を予定しているが、近郊に位置するクイックフード社
の工場で部分肉に整形した後、真空パックにして大手スーパーに出荷する予定で
ある。

D将来展望

 将来的には、サンベルナルド農場に2ヵ所のフィードロット用地を確保し、既
存のパソデラスカレタス農場を合わせ計3ヵ所の用地で、約60万頭(10万頭×年
2回転×3ヵ所)の肥育を行うことを計画している。豊富な資金力と綿密な計画
により事業を進める同社は、将来的には、フィードロットから2km圏内に自社の
食肉処理加工施設の建築を予定するなど、生産から処理加工まで一体化させた大
規模な経営体系の構築を目指している。


7.おわりに

 今回は、アルゼンチンの肉牛生産に焦点を当てた。この国の肉牛生産の現場に
数回足を運び感じたことは、言い古された言葉通り、「パンパの恵みは深く、こ
の国を一大農業国として支え、富をもたらす源である」ということである。

 放牧中心の畜産、まさにLive stockとしての家畜の利用、家畜の繁殖生理に合
った自然で無理のない家畜生産は畜産国にふさわしいものだと感じられる。

 パンパ、放牧という以外にこの国の畜産に馴染みの少ない読者に肉牛生産を紹
介するつもりで取り上げましたが、興味をもっていただければ望外の喜びであり
ます。

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