海外駐在員レポート 

牛海綿状脳症(BSE)の現状と対策

ブラッセル駐在員事務所 島森 宏夫、山田 理




1 はじめに

 牛海綿状脳症(BSE:Bovine Spongiform Encephalopathy)は、85年にイギリ
スで初発し、86年に公式に確認された牛の疾病である。96年に人のクロイツフェ
ルト・ヤコブ病(CJD:Creutzfeldt- Jakob disease)との関連が指摘されて以来、
食品衛生上の大問題の1つとなった。その後4年が経過したBSEの現状と対策を紹
介する。

2 BSEの現状

(1)BSEとは

 感染性因子である異常プリオンタンパク質が脳に沈着することにより生ずる疾
病(プリオン病)で、牛の行動異常、運動失調を引き起こす。り患牛の脳組織が
海綿状に変性することから、本病名が名付けられている。俗称として、狂牛病と
も言われる。

 原因としては、汚染された牛の枝肉の飼料としての再利用、すなわちBSEにり
患した牛から生産された肉・骨粉飼料から感染するものがほとんどであるが、こ
のほかに、潜伏期の母牛から子牛への垂直感染もあり得ると考えられている。
BSEは羊にも感染するので、BSEにり患した羊から生産される肉・骨粉飼料からも
感染する。なお、BSEが牛乳を介して感染するとは考えられていない。

 BSE発生の一般的科学的説明としては、81〜82年に実施された肉・骨粉飼料の
処理条件の変更(乾燥温度を低減するとともに脂肪抽出の適正化のため溶剤によ
る脂肪除去を中止)により、飼料の感染力が残存することになったことが、未確
認、かつ、まれであったBSEの増加要因となったとされている。また、現在では
根拠に乏しいとされるが、250年以上前から知られ、羊および山羊に認められる
海綿状脳症であるスクレーピーが起源との説がある。すなわち、スクレーピーに
り患した羊の肉・骨粉飼料によりスクレーピーに牛が感染し、何らかの要因でBSE
に変異した可能性があるとも言われている。肉・骨粉飼料の反すう動物への給与
禁止後のBSE発生原因としては、汚染された豚や鶏用飼料の偶発的な給与などが
考えられている。

 96年3月に、イギリスの海綿状脳症諮問委員会(SEAC)が、人の新しいタイプ
のクロイツフェルト・ヤコブ病(new variant CJD)の感染ルートとしてBSEにり
患した牛の肉等の摂取が考えられると指摘した。その後、97年9月、SEACは、
BSEが人へ感染する人畜共通伝染病であると結論付けた。ただし、一般に知られ
ている古典的な羊および山羊のスクレーピーは、これまでの疫学的データから見
て、人には感染しないものと考えられている。


(2)発生状況

 最近(95〜99年)の国別BSE発生状況は、次の通りである。

【イギリス】

 国別では、イギリスの発生数が格段に多いが、近年減少傾向にある。グレート
ブリテンにおいて、2歳を超える成牛1百万頭当たりのBSE発生頭数は、95年には
2,955頭であったが、99年には482頭に減少している(EU委員による試算)。

イギリスにおけるBSE発生頭数の推移
re-eut01.gif (3421 バイト)
 出典:国際獣疫事務局(OIE)資料

【その他の国】

 イギリス以外の状況を見ると、ポルトガル、アイルランドおよびフランスでは、
BSEの統計上の発生数は増加してきている。その理由の1つとして、診断技術の向
上によりBSEの的確な診断が可能になったことが挙げられている。(すなわち、
従来はBSEであってもBSEと診断されないケースが多かった可能性が高いと考えら
れている。)

 また、99年5月16日〜2000年5月15日の1年間における2歳を超える成牛1百万頭
当たりのBSE発生頭数は、EU委員会の試算によれば、ベルギー:3.4頭、デンマー
ク:1.1頭、フランス:3.4頭、アイルランド:29.8頭、ルクセンブルク:0頭、オ
ランダ:0頭、ポルトガル:210.2頭となっている。

イギリス以外の国におけるBSE発生頭数の推移
re-eut02.gif (3471 バイト)
 出典:国際獣疫事務局(OIE)資料
 注1:デンマークでは2000年2月に1頭発生
  2:フランスの99年には輸入牛1頭を含む
  3:アイルランドの95年には輸入牛1頭を含む
  4:95〜99年におけるその他の発生国としては、リヒテンシュタイン
   (98年に2頭発生)、ルクセンブルク(97年に1頭発生)


 EUの科学運営委員会は、2000年5月25日、EU諸国およびその他の主要国、計25
ヵ国におけるBSEの危険度を4区分にした報告書案を公表した。

 危険度1(BSEに汚染されていないと考えられる国)
  アルゼンチン、ノルウェー、ニュージーランド、パラグアイ

 危険度2(汚染の可能性は低いと考えられる国)
  オーストリア、フィンランド、スウェーデン、オーストラリア、カナダ、
  チリ、チェコ、スロバキア、米国

 危険度3(汚染の可能性があるが、確認されていない国)
  ドイツ、イタリア、スペイン
  (BSEが確認されているが、発生率が低い国(成牛当たり1万分の1未満))
  ベルギー、デンマーク、フランス、アイルランド、ルクセンブルク、
  オランダ、スイス

 危険度4(BSEが確認され、発生率も高い国)
  イギリス、ポルトガル


3 対策

(1)これまでの対策

@飼料の安全性確保

・94年6月、反すう動物に対するほ乳類由来たんぱく質給与の禁止(EU委員会決
 定94/381/EC)

 BSEの感染源と考えられた肉・骨粉飼料の反すう動物への給与は、イギリスで
88年7月に禁止され、EU全加盟国では94年6月に禁止された。

A食品としての牛肉の安全性確保

・96年3月、イギリス産牛・牛肉等の輸出禁止(EU委員会決定96/239/EC)

・98年11月、ポルトガル産牛・牛肉等の輸出禁止(EU委員会決定98/653/EC)
 ただし、99年から廃棄処分のための輸出、食用に供さない闘牛(生体)の輸出
 は特例として認められた(EU委員会決定99/517/ECおよび99/713/EC)

・99年8月、イギリスにおける「生年月日に基づく輸出措置」(DBES)の下で一
 定の要件を満たすイギリス産牛肉および牛肉製品の輸出禁止措置の解除

 DBESは98年11月にEUに承認されたもの(EU委員会決定98/692/EC)で、そ
の運営が満足いくものであったことから、牛肉等の輸出解禁が決定された。DB
ESの下で輸出が解禁されたのは、と畜時に6ヵ月齢を超え30ヵ月齢未満の牛から
生産された骨を除去した牛肉および牛肉製品である。生体牛には適用されず、牛
肉を生産するための牛は96年8月1日以降に生まれたもので、その母牛は子牛が6
ヵ月齢になるまで生存しBSEを発症しなかったことが要件である。また、BSEを発
症した牛から生まれた子牛は、と畜・とう汰されることとなっている。なお、EU
加盟国のうちフランスは、現在もまだイギリス産牛肉の輸出禁止を独自の判断で
継続している。EU委員会は、イギリス産牛肉の安全性に問題はないとして、フラ
ンスの輸入禁止継続について欧州裁判所へ提訴する手続きを開始している。

 イギリスのうち北アイルランドでは、DBESと同様な「輸出保証牛群措置」(E
CHS)が98年3月に承認され、同年6月から牛肉輸出が解禁された。(EU委員会
決定98/256/EC)


(2)新たな対策

@検査体制の強化

 EU常設獣医委員会は、2000年4月4日、EU域内におけるBSEの発生状況および感
染パターンをより的確に把握することを目的とする新たなBSE検査計画を採択し
た。この検査計画は、2001年1月1日から実施される予定である。

 計画では、すべての加盟国においてBSEに感染している可能性のある牛のうち
10%以上のと体に対する検査が義務付けられる。すべての加盟国を対象にBSE検
査を徹底することにより、EUにおけるBSEの発生状況、および感染パターンをよ
り的確に把握することを目的としている。牛のと体に対するBSE検査はスイスで
先行して実施され、大きな成果を上げていることから、スイスをモデルとして検
査計画が作成された。

 EUでは、約4千1百万頭の2歳を超える成牛が飼養されている。監視の対象はこ
のうちBSE感染の可能性のある牛(農家において原因不明で死亡した牛、病気で
緊急にと畜された牛、行動面または神経学的に異常の見られた牛など)で、約1
%の約40万頭に上ると推定される。加盟国は感染の可能性のある牛の10%以上の
検査を要求される。EU委員会が期待する目標は、EU全体で6万5千頭である。

 検査は、スイス、フランス、アイルランドで開発され、99年7月にEUで有効と
認められた3つの方法のいずれかで実施される。なお、検査結果は、検査後4〜
24時間で判明し、現行の1件当たり検査費用は30〜40ユーロ(3千〜4千円:
1ユーロ=100円)である。EU委員会では、検査費用を加盟国と相互負担する見
込みであるが、実際の検査費用総額が未定であり、負担の配分については決まっ
ていない。

 なお、EUの決定とは別に各国独自の取り組みとして、フランスでは2000年5月
から4万頭の牛を対象に、また、イギリスでは同4月から30ヵ月齢を超える牛1万
頭の検査を開始すると発表した。
  
A特定危険部位の除去を提案

 EU委員会は、2000年5月3日、すべての加盟国に対し、感染源となる可能性の
高い特定危険部位(SRM:Specified Risk Material)の除去を義務化する提案を行
った。2000年6月5日現在、常設獣医委員会で本提案が審議されており、結果が待
たれている。


― EU委員会の提案概要 ―

すべての加盟国で除去が義務付けられるSRM 

 ・12ヵ月齢を超える牛、羊および山羊の頭がい(脳および眼球を含む)、扁桃
  およびせき髄
 ・12ヵ月齢を超える牛の回腸
 ・すべての月齢の羊および山羊の脾臓

BSE発生率の高いイギリスおよびポルトガルで除去が義務付けられるSRM

 ・6ヵ月齢を超える牛のすべての頭部(舌を除く)、胸腺、脾臓、腸およびせ
  き髄
 ・30ヵ月齢を超える牛のせき柱

 SRM除去をすべての加盟国に義務付ける同様の提案は、97年以降審議が繰り返
されているが、BSE非発生国では生産コストの増加などを理由に実施に消極的で
合意に至らず廃案となっていた。

 なお、自国原産の牛からBSEが発生したことのある8加盟国(ベルギー、デンマ
ーク、フランス、アイルランド、ルクセンブルク、オランダ、ポルトガル、イギ
リス)では、既にSRM除去を導入・実施している。このうち、デンマークでは、
2000年2月に初めて自国原産の牛で発生が確認された。感染源は汚染飼料とみら
れているが、同国政府はSRM除去を含むと畜方法の改善およびSRMを含むすべて
の製品の回収を指示した。

B牛肉表示の義務化

 牛肉の由来を明らかにするとともに、消費者にも的確な情報を提供する目的で、
牛肉の由来等に関する表示を義務付ける提案が、2000年4月17日、農相理事会で
承認された。今後、欧州議会における共同審議を経て、牛肉表示の義務化が決定
される予定である。なお、表示の義務化は2段階に分けて実施される予定であり、
農相理事会案は次の通り。

 第1段階:と畜された国、解体処理された国および牛または牛群を特定できる
     コード番号などの表示を2000年9月から実施

 第2段階:牛の出生国、肥育国などの追加表示を2002年1月から実施

 EUの科学運営委員会は2000年4月19日、BSEに関し、いくつかの見解を公表
した。その概要は以下の通りである。

1 骨付き牛肉について

 99年12月にイギリスでTボーンステーキなど骨付き牛肉の販売が再開されたこ
とに関し、安全性を検討した。現在では、BSE対策がしっかりと実施されていれ
ばイギリスにおける骨付き牛肉の危険性は低いと考えられる。

2 羊および山羊におけるBSEの危険性

 EU諸国での羊および山羊におけるBSEの危険性については、肉・骨粉飼料の使
用禁止により、98年以降減少している。ただし、12ヵ月齢を超える羊および山羊
の頭がいとせき髄、すべての月齢における羊および山羊の脾臓は、食品として使
用しないよう勧告する。腸およびリンパ節の安全性については研究中である。

3 ゼラチンおよび獣脂の生産について

 イギリスのようにBSE発生率の高い国では牛のせき柱を使って、食用および飼
料用にゼラチンや獣脂を生産することは安全とは考えられない。したがって、例
えばDBESで厳格に管理された牛等を除き、引き続きせき柱の使用は控えるべきで
ある。BSEの危険性の低い国では、そうした必要性は少ないと考えられる。

4 血液の安全性について

 動物の血液は食品、飼料、医薬品、肥料に使われているため、牛、羊および山
羊の血液によりBSEが伝播するかが検討された。その結果、ある種のと畜法、例
えば圧縮空気による家畜銃の使用により、BSEに感染した脳組織が血流に入る危
険性が心配された。血液それ自体の感染の可能性はずっと低いと考えられる。B
SEやスクレーピーの危険性が存在する状況においては、牛、羊および山羊の血
液をそれらの飼料として使用することは避けるよう勧告する。

5 BSEとクロイツフェルト・ヤコブ病について

 BSEに汚染された食品を人間がどれだけ摂取したら新タイプのクロイツフェル
ト・ヤコブ病に感染するかが検討された。現在のところ、その最低量を決めるこ
とはできなかった。信頼に足るデータが得られない限り、非常に少量で感染が成
立するとの仮説に基づきリスク管理を行わなければならない。


4 おわりに

 このように、EUでは、BSE撲滅のため精力的に調査研究を実施するとともに対
策の強化を推進している。各国のBSE発生率などに差があるため、必ずしも国ご
との足並みはそろっていないが、これらの対策が功を奏し、BSEの発生が名実と
もに抑えられる日が一刻も早く訪れることを期待したい。


参考資料

・EU委員会「BSE, Information for consumers 3rd edition(98年10月16日)」、
 プレスリリースその他
・日立デジタル平凡社「世界大百科事典(第2版)」
・国際獣疫事務局(OIE)のインターネットホームページ
・イギリス食肉家畜委員会(MLC)「European Market Survey」

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