海外駐在員レポート 

米国農業法をめぐる最新事情

ワシントン駐在員事務所 渡辺 裕一郎、樋口 英俊




1 はじめに

 米国は、96年農業法により、生産調整を廃止し、作付けを自由化するとともに、
不足払い制度に代わる新たな直接支払い制度(農家直接固定支払い制度)を導入
するという、農業政策の抜本的な改革を行った。

 しかし、その後の穀物価格の低迷に対処するため、同法の欠点を補うような形
で、98年から3年連続で農家への追加的な所得補てん措置が実施されるなど、制
定時には想定されていなかった問題点が浮き彫りにされてきており、一部の関係
者の間では、早くも次の農業法の制定に向けた議論が活発化し始めている。

 こうした状況下、米国内では、この11月に行われる大統領および連邦議会の選
挙を控え、今後の農業政策のあり方についての議論が一層活発化することも想定
されるところとなっている。

 そこで、今回は、このような最近の米国内におけるポスト96年農業法をめぐる
状況について、主要な論点を中心に報告する。


2 96年農業法の概要

 米国の農業政策は、一定の有効期間を有した時限立法である農業法に基づいて
実施されている。現行の農業法は、96年4月に制定された「1996年連邦農業改善
改革法」(The Federal Agriculture Improvement and 
Reform Act of 1996:通称「96年農業法」)であり、96年から2002年
までの7年間を有効期間としている。
 
 この96年農業法は、いわば、「政府管理型」の農業政策を、農家自身の責任と
判断とに委ねる「市場指向型」へと大きく転換させるものである。まずは、こう
した米国農政の改革が行われた経緯とその主な内容を振り返ってみたい。


(1)96年農業法の制定経緯

ア 共和党議会による財政的な制限の設定

 2年ごとに行われる米国の連邦議会選挙には、4年に1度の大統領選挙との同
日選挙と、その中間年に行われる中間選挙とがあり、毎回、上院(100議席、任
期6年)では3分の1が、下院(435議席、任期2年)では全員が、それぞれ改選さ
れる。民主党のクリントン政権の誕生から2年後に行われた94年11月の中間選挙
においては、与野党逆転によって上下両院とも共和党多数の議会となり、これが、
今日まで続く大統領と議会とのねじれた構図の始まりとなった。

 95年6月、当時の共和党議会は、同党の中間選挙における選挙公約に沿って、
70年から続く単年度の財政赤字を7年間で解消させるため、大幅な減税と支出削
減を行うという「予算決議」を可決し、農業関係についても、価格・所得支持政
策、輸出補助金などに関する支出を、7年間で約2割(約134億ドル:約1兆4,600
億円:1ドル=109円)削減することが決議された。

 「90年農業法」に代わる新たな農業法の制定に向けた議論は、こうした大幅な
支出削減目標を、どのような政策手法によって達成していくべきかという前提で
スタートしたものであり、従来の制度の維持を基本としていた民主党・クリント
ン政権(米農務省:USDA)の意向とも、当初から大きな隔たりを有していた。

イ 大統領が拒否権を発動

 このような枠組みの下、生産調整と不足払い制度の廃止、過去の政府支払い実
績に基づく農家直接固定支払い制度の導入などを柱とした、現行の「96年農業法」
の骨格とも言える「95年農場自由化法案」が、95年8月、ロバーツ下院農業委員
長(共和党)によって議会に提出された。これは、両院協議会での調整を経て、
「95年農業法案」となり、連邦支出の削減を実行するための「財政均衡法案」に
盛り込まれた後、同年11月末にクリントン大統領に送付された。しかし、同法案
に対し、大統領が拒否権を発動したため、「95年農業法案」も棚上げされる形と
なった。

ウ 政治的妥協により成立

 こうした中で、95年12月末をもって「90年農業法」も期限切れとなった。そう
なると、新たな農業法不在のまま、96年春の作付け時期を迎えるという事態とな
るため、「95年農業法案」は「財政均衡法案」から切り離され、結果的には、両
党の協議の末、いくつかの修正が加えられた後、「96年農業法案」として上下両
院を通過した。そして、96年4月4日の大統領の署名をもって、現在の「96年農業
法」がようやく成立したのである。

 後述するように民主党・クリントン政権が96年農業法をあからさまに批判する
のは、同法の成立過程が、以上のような共和党議会主導によるものであったため
であり、不本意ながらも、最終的には、政治的妥協によって成立させざるを得な
かったというのが実情であった。


(2)96年農業法の主な内容

 ここでは、96年農業法によって大きな変更が加えられた所得支持政策を中心に、
その概要について説明する。

ア 生産調整の廃止

 96年農業法によって、1933年から60年以上も続いた減反計画に基づく生産調整
が廃止された。

 減反計画は、農産物の供給過剰による価格低下という事態を回避するための措
置であり、農家の参加は任意であったが、不足払い制度と、価格支持融資(短期
融資)制度(注)の受給要件ともされていたため、参加率は高水準なものであっ
た。

 対象作物は、小麦、飼料穀物(トウモロコシなど)、米および綿花であり、90
年農業法においては、従来までの減反面積と作付け許容面積(不足払い対象面積)
という2本立て(ダブル・ベース)に代わって、不足払いの対象とはならないが、
野菜・果実以外の自由な作付けが許容される弾力化面積を加えた3本立て(トリ
プル・ベース)の減反計画が実施されていた。

 96年農業法では、これをさらに推し進め、野菜・果実を除くすべての作物につ
いての作付けが完全に自由化されることとなった。

(注)価格支持融資制度とは、農家が農産物を担保にして、商品金融公社(CCC)
  から過去の市場価格を基準に算定したローンレート(融資単価)水準で融資
  を 受ける制度であり、不足払いの対象でもある小麦、飼料穀物、米、綿花
  のほか、 大豆、落花生なども対象としている。市場価格がローンレート水
  準を下回る場合には、農家が担保商品をCCCに引き渡すことにより、債務が
  相殺されるため、農家においては、ローンレート水準での価格支持効果があ
  り、また、担保商品はCCCの在庫となって市場から隔離されるため、流通量
  の減少、市場価格の上昇という需給調整効果も有している。96年農業法でも、
  本制度は維持されている。

イ 不足払い制度の廃止と農家直接固定支払い制度の導入

 農産物が世界的に過剰基調となる中で、米国産農産物の国際競争力を確保する
ための価格支持融資制度におけるローンレート(融資単価)の引き下げが行われ
るとともに、目標価格(農家のコスト・所得保証のための最低水準)と市場価格
またはローンレートのいずれか高い方との差額を農家に対して直接支払う不足払
い制度が、73年農業法において確立された。

◇図1 不足払い制度と価格支持融資制度の仕組み◇

 96年農業法では、このような市況の変動によって支払額が増減する不足払い制
度を廃止し、あらかじめ設定された一定額が農家に対して支払われる農家直接固
定支払い制度が導入された。

 その対象は、過去5年間(91〜95作物年度)のうち1年以上、小麦、飼料穀物、
米および綿花に関する減反計画に参加したことがあり、新たに政府(USDA)と
生産弾力化契約を結んだ農家とされており、96〜2002年までの7年間で、総額約
356億ドル(約3兆8,832億円)の直接支払いが行われることとなった。

 生産弾力化契約の締結は、96年の制度発足時の1回限りであり、96年8月のUS
DAの発表によると、契約参加農家は、全体の約89%に相当する168万戸に上り、
契約面積で見ても、約99%という高水準に達している。

 支払額は、この契約面積の85%の面積に計画単収(農家ごとの過去の平均単収)
と支払単価を乗じて算定されるが、支払単価は、96年農業法で定められた毎年の
作物ごとの支払い総額(表1)を全米の支払対象生産量(7年間固定)で除して算
出される。このため、毎年の各農家への支払額は、毎年同額が支払われるわけで
はなく、支払総額に応じて漸減していくということに留意する必要がある。

表1 農家直接固定支払い総額の推移
re-ust01.gif (16031 バイト)
 資料:USDA"Provisions of the Federal Agriculture 
    Improvement and Reform Act of 1996"
 注1:95年度の不足払いに係る調整額などは含まれていない。
  2:( )内は配分割合(%)である。

 このような直接支払い制度についての大きな変更が加えられたにもかかわらず、
ほとんどの農業・生産者団体はこれを支持した。これは、生産調整の廃止で、自
らの判断によって収益性の高い作物を選択し、自由に作付けができることに加え
て、市場価格が不足払い制度の目標価格を上回るような場合でも、新制度の下で
は、一定額の直接支払いが行われるという点が評価されたためである。

 実際に、穀物価格が高水準にあった96および97年度においては、従来ではあり
得なかった直接支払いが支給されており、穀物農家の懐は大いに潤ったとみられ
ている。しかし、その後の需給の緩和により、穀物価格はどんどん下落していく
のである。


3 96年農業法成立以降の情勢の変化

(1)穀物価格の下落

 95年度における生産減により、穀物需給が世界的にひっ迫し、96年春から
夏にかけて、穀物価格は過去最高水準を記録した。しかし、96および97年度
の世界の穀物生産が豊作となったため、国際需給が緩和し、穀物価格も96年秋
をピークとして、急速に下落していった。

 96年農業法で導入された農家直接固定支払制度は、こうした市場動向の変化
に対抗し、農家における作付けを、生産過剰となった作物から、より高い販売金
額が期待される他の作物へと転換させることにより、おのずと需給を均衡させて
いくという効果が期待されていた。

 しかし、98年に政治的駆け引きの下に決定された、価格低迷に伴う農家の収
入減をカバーするための緊急支援措置が、皮肉にも、こうした需給調整メカニズ
ムの作用を阻害し、以後3年連続で同様の措置を実施せざるを得ないという結果
をもたらすことになったのである。

◇図2 小麦およびトウモロコシの農家販売価格の推移(全米平均)◇


(2)緊急支援措置の実施

ア 98年における状況

 96年11月の大統領・連邦議会選挙においては、クリントン大統領が再選される
とともに、下院では、民主党が、共和党との差を38議席から22議席にまで縮める
という健闘を見せた。

 中間選挙の年に当たる98年においては、穀物価格の低迷に加えて、穀倉地帯で
ある中西部における天候不順や、中南部における干ばつの発生が伝えられていた。
このため、11月の投票を控え、農業分野、特に、共和党主導で制定された96年農
業法の問題点がクローズアップされることは、過半数奪回を目指す民主党にとっ
ての好機とも言えるものであった。

 民主党は、穀物価格の低落を、30年代の世界大恐慌におけるそれに例え、96年
農業法に基づく固定額の支給では、農家所得の減少をカバーし得ないとして、農
家直接固定支払いの追加交付と、災害支援金の交付とを柱とする農家への緊急対
策パッケージを提案した。共和党も、こうした動きに対して非協力的な態度をと
るわけにはいかず、議会では、99年度の予算法案(一括歳出法案)の中に40億ド
ル余りの緊急支援措置が盛り込まれ、クリントン大統領に送付された。しかし、
民主党サイドからの働きかけにより、大統領は、予算額が十分ではないとして、
拒否権を発動。最終的に同法案は、議会において約20億ドルが上乗せされ、総額
約60億ドル(約6,507億円)の緊急支援措置をもって、選挙直前の10月21日によ
うやく成立した。

 これによって、農家直接固定支払いについては、約30億ドル(約3,270億円)
が追加交付されることとなり、また、この中には、本来対象とされていない酪農
家に対する最高2億ドル(約218億円)の直接支払いが含まれることとなった。

 なお、中間選挙の結果は、共和党の223議席に対して、民主党が211議席(ほか
無所属1議席)と小差に迫ったが、上下両院とも共和党多数という状況が変わる
ことはなかった。

イ 99年における状況

 穀物農家に対して直接固定支払いが増額されたことにより、99年春の作付時期
において、逆に、本来なら抑制されるべき作物の作付けが拡大されることとなっ
た。このため、年間を通じて、供給過剰や価格の低迷といった状況が改善される
ことはなかった。

 同時に、このことは、96年農業法に対する非難の口実を、民主党サイドに与え
続けることにもなり、99年10月に成立した2000年度農業関連予算法においては、
前年度に次いで、約87億ドル(約9,490億円)の緊急支援措置が導入され、約55
億ドル(約6,043億円)が農家直接固定支払いに上乗せされて支給されることと
なった。

表2 主要作物の作付面積の推移
re-ust02.gif (11618 バイト)
 資料:Sparks Companies, Inc.
  注:2000、2001年度は、推定値である。

ウ 本年における状況

 本年春の主要な作物の作付け構成が、前年と同様の傾向を示す一方で、春先か
ら心配されていた産地における高温・乾燥天候による作柄への懸念も少なくなっ
たため、穀物価格は、弱含みで推移している。

 こうした状況に加えて、本年は、11月7日の大統領・議会の同日選挙を控え、
政治的な一挙手一投足が注目を集める年でもあるためか、6月20日には早々と、
3年連続となる追加的な緊急支援措置が決定された。総額約71億ドル(約7,777億
円)のうち、前年度と同規模の約55億ドル(約5,958億円)が農家直接固定支払
いの上乗せ分であり、2000年度内(本年9月中)に支払われることとされている。
また、対象外とされている大豆などの油糧種子、野菜・果実といった作物にも、
別途、約13億ドル(約1,377億円)の直接支払いが行われることとされている。
これらは、作物保険の保険料に対する政府補助率の引き上げなどを柱とする作物
保険制度改革関連措置(82億ドル:8,938億円)について定めた農業リスク保護
法案に付加されて決定されたものである。

 なお、98年度以降、過去28年にも及ぶ財政赤字が黒字に転じていることも、以
上のような追加的措置の導入を容易にする要因となっている。


4 最近における96年農業法の見直し議論

 以上のように、96年農業法の欠点を補うようにして、追加的な緊急支援措置が
相次いで決定される中で、現在、議会や関係団体の間では、2002年までの96年農
業法の期限を前に、早くも、次の農業法の制定に向けた議論が活発化し始めてい
る。

(1)議論における主要なポイント

 まず、ここでは、ポスト96年農業法の議論において、既に提起されているポイ
ントまたは今後主要な論点になるとみられる事項について紹介することとする。

ア カウンターサイクリカリティ(countercyclicality)

 価格や所得の変動に対応し、これらの下落時には生産者への助成金を増加させ
る一方、逆に上昇時には助成金を減額させる(価格や所得の動きに助成金を反動
(counter)させる)方式による所得補てん措置を指す用語として、最近用いら
れるようになっている。

 96年農業法以前には、この方式による不足払い制度が実施されていたが、農家に
対して市場の動向が伝わらず、農業経済にもわい曲的な影響を与えるなどの問題
点が指摘されていた。一方、96年農業法で導入された農家直接固定支払い制度の
支持者は、生産者が将来の補助金の額を確実に見通せることから、その終了後に
備えた対応も可能になると主張していた。

 こうした状況の下、農産物市況の低迷が続き、農家への緊急対策が3年連続で
実施されるに至り、このような対策をそのつど実施するのではなく、あらかじめ
制度化しておくことの必要性が、議会その他で強く唱えられている。その中の1
つが、このカウンターサイクリカリティの概念を導入した所得補てん措置である。
これは、例えば生産者の単位面積当たりの総所得が、一定期間における平均所得
の一定割合の額を下回った時に、その差額を補てんするというものである。

 ここで注意すべきは、こうした概念に基づく措置が、既に存在しているという
ことである。96年農業法以前から実施されている価格支持融資制度がこれに該当
する。このため、次期農業法では、新たに別の措置を導入するのではなく、直接
固定支払い制度を廃止して、その財源を価格支持融資制度の拡充(ローンレート
の引き上げなど)のために活用するという案も浮上しているようだ。

イ 生産の柔軟化

 96年農業法の重要な特徴の1つは、作付けの自由化を果たしたことである。こ
れにより、生産者は市場やそれぞれの経営環境に応じて、作付けを自由に決定す
ることが可能となり、小麦の作付けが、より利益の高いと考えられるトウモロコ
シや大豆などの作物にシフトするなどの変化がもたらされた(注:前にも述べた
ように、緊急支援措置の実施もこれを後押ししたと言え、また、特に大豆につい
ては、96年以降、ローンレートが比較的高い水準に維持されていたこともあり、
作付面積が大きく増加した)。
 この政策変更は、生産者にかなり好意的に受け止められており、生産調整への
逆行は、生産者の強い反対を招くことが必至であるものと考えられる。

ウ セーフティー・ネット

 この用語も農業法をめぐる論議でしばしば取り上げられているが、経済的とい
うよりもむしろ政治的な意味合いが強くなっている。民主党・クリントン政権は、
現行の96年農業法について、セーフティー・ネットが欠落しており、農家直接固
定支払い制度も生産者の苦境に対処するには不十分であるとして、批判を繰り返
している。

 しかし、この議論においても、現行農業法が、価格支持融資制度などのカウン
ターサイクリカリティに基づくセーフティー・ネットを有しているとは認識され
ていないようであり、しばしば議論されている割には、現状の把握に正確さが欠
けているとの指摘もあるようだ。

 また、セーフティー・ネットの概念には、自然災害などによる減産の影響を緩
和させるための作物保険制度も含まれる。この保険制度に関しては、前にも述べ
たとおり、本年6月に保険制度の改革を行う法律が成立し、作物保険料に対する
政府の補助率の引き上げ、複数年をカバーする保険の研究助成などに82億ドル
(8,938億円)の補助金が拠出されることとなった。

エ 農業政策の受益者

 誰が農業政策の受益者となるべきかという問題もある。これも今後の農業法を
めぐって、議論を呼ぶものと思われる。

 1933年の農業調整法の時代から、伝統的に、穀物、油糧種子、綿花などの「主
要作物」の生産者が、価格支持などの農業政策の主な受益者とされてきた。これ
は「主要作物」の生産者を支援すれば、農業部門全体としての安定、発展も図ら
れると考えられていたためである。

 こうした考え方は、農産物販売金額全体に占める「主要作物」の割合が低下し、
それ以外の作物の経済的な重要性が増しているにもかかわらず、長年にわたって
受け継がれてきた。しかし、98年に始まった緊急支援措置において、多くの助成
が行われる現実を目の当たりにした他の作物などの生産者が、そうした恩恵に浴
するべく、議員などに対して支援を要望し始め、その後の緊急支援措置において
は、野菜・果実などの生産者も、直接支払いの対象とされた。

 これらの実績により、次期農業法の議論が本格化した際には、「主要作物」以
外の生産者も、補助金の受益者としての指定席を獲得すべく、各方面に働きかけ
をして行くのではないかとみられている。

 また、ひとくくりに生産者といっても、品目の違いだけでなく、大規模から小
規模、企業的経営から家族経営まで、経済的な面でも大きな広がりを有している。
こうした生産者のうち、誰をターゲットにすべきかという問題も重要なポイント
の1つである。

 議会関係者などの間では、比較的少数にもかかわらず、市場の相当部分のシェ
アを占め、経済的にも裕福な大規模経営が助成の受益者となっている事実が問題
視されている。大規模経営に対する助成金が、その財務面のさらなる強化に結び
つき、結果としてより厳しい競争を小規模の家族経営に強いており、助成金給付
の目的の1つであった家族経営の救済が、逆に家族経営を苦しめるという皮肉な
結果を招いているとの見方である。ただし、大規模経営の側からすれば、助成金
を受け取ることは半ば既得権化しており、これを見直すということになれば、強
い抵抗を招くものと予想されている。

オ 助成金額の水準

 新農業法に関する議論の中では、助成金額の大きさという問題も、重要な論点
の1つになるものと考えられる。現行の農業法制定時には、悪化していた財政事
情が、支出額を拘束する条件となっていたが、その後、好景気による税収増から
財政状況が改善され、ここ数年の農業支出はかなりの高水準となっている。ただ
し、農業関係以外の議員や団体が、緊急支援措置に代表される農業関連への多額
の支出に反発していることなどから、現在のような高水準の支出を維持すること
は難しいとの見方もされている。


(2)関係団体のスタンス

 下院の農業委員会では、今年3月から全米10都市で生産者を対象とした農業政
策に関する公聴会を開催したほか、7月にも主な農業団体を対象とした公聴会を
行った。同委員会の民主党のリーダーであるステンホルム議員は、この公聴会に
ついて、「生産者の現状を把握するとともに、われわれが議員として現在の危機
に対してどのような取り組みが可能であるかを見極める上で、必要不可欠なもの」
と語るとともに、「次期農業法のことを考慮すると、農業政策の方向性を模索す
るのに早過ぎることはない」と、次期農業法の制定に向けた議論の参考にするこ
とを示唆している。

 以下では、この一連の公聴会における、主要な3団体からの農業法に関連する
発言の概要を紹介したい。

ア アメリカン・ファーム・ビューロー・フェデレーション
 (AFBF:ボブ・ストールマン会長)

 会員数約490万世帯。家族農場を中心として生産性の高い農業および市場指向
型の農政を理念とする全米最大の農業団体

 96年農業法において意図された、生産者へのより効率的な資源配分や、経済要
因等に対応した作付面積の調整を可能にするという目的は、引き続き機能してい
くと考える。したがって、今後、議会は作付けの自由化など、同農業法の市場原
理に基づく政策を放棄してはならない。また、ローンレートの引き上げも避ける
べきである。なぜなら、80年代初めに、ローンレートの引き上げで米国の穀物や
油糧種子が国際競争力を失った経緯があるからだ。

 そもそもローンレート・プログラム(価格支持融資制度)は、作物を収穫時に
販売する圧力を減少させ、販売時期を年度全体に広げるための手段として導入さ
れたものである。これは生産者のマーケティングの手段であり、所得を支持する
プログラムではない。

 一方、AFBFでは、今年初めに開催した年次総会において、農家直接固定支払い
制度を補完するものとして、カウンターサイクリカリティに基づく支払いという
セーフティ・ネットの実施を支持していくことを決議した。こうした政策によっ
て、価格の下落時に、そのつど議会の大規模な財政支援に頼ることなく、対処が
可能となるためである。この支払いを実現するに当たって、多くの議論が交わさ
れることが予想される。そのアプローチとして、全国レベルの発動水準を設定す
べきとの意見もあれば、地方それぞれの事情を反映させるべく、単独ないし複数
の郡単位の発動水準を設けるべきとの主張もある。

 農家直接支払いは契約通り、(96年農業法が終了する)2002年まで履行されな
ければならないが、カウンターサイクリカリティに基づく支払いについては、そ
の終了を待たずにこれを補うものとして、2001年にも導入することを議会に求め
る。

イ ナショナル・ファーマーズ・ユニオン
 (NFU:レランド・スウェンソン会長)

 会員数約30万世帯。合理的な生産コストなどを反映する価格での中小規模の家
族農場の維持を目標とする。

 96年農業法の制定時において、同法の支持者は輸出市場の拡大を約束したが、
楽観的な輸出拡大予測は誤りであったと言わざるを得ない。96年から2000年にか
けて、米国の主要な作物である小麦、トウモロコシ、大豆の輸出量は合計で約10
%の減少となった。この時期の輸出不振の理由については、アジア地域での経済
危機を挙げる者が多いが、過去30年間を振り返ると、最低でも10年間に1度は、
必ず世界のどこかで大きな経済危機が発生している。今後もこうした問題が発生
しないとの保証はない。

 また、農業生産は先進国、開発途上国を問わずに、それぞれの国で経済的、社
会的、政治的な重要性を有している。こうしたことから、農産物貿易交渉につい
ても、合意や合意事項の実施に長期間を要するため、農産物貿易が直ちに自由貿
易のモデルになるとは考えられない。

 ここ数年、生産者への緊急支援対策が行われているが、その支払い水準は96年
農業法に盛り込まれていた金額を大きく上回っており、同法の生産者への経済的
な支持レベルが全く不十分であったことを示している。

 また、作付け品目についても、96年農業法で定められているローンレートや農
家直接固定支払いの作物間の不均衡により、ゆがみが生じている。さらに同法は、
補助を受ける必要性の最も少ない大規模生産者や、現在は農業を行っていない生
産者も補助を受けることを可能にするなど、現在の農業の状況を反映したものと
なっていない。

 NFUは、生産者の不可抗力による経済的損失に対して、均衡が取れ、かつ、補
助対象を絞った、農産物別のカウンターサイクリカリティの機能を盛り込んだ補
助の導入を支持する。その時期については、次の農業法の制定を待つまでもなく、
速やかに取りかかるべきである。

 また、ローンレートについても、農産物価格が需給のより良いバランスで決定
されていた94‐98年ベースで調整するべきであると考える。

 ここで提案している方策の利益の享受者としては、現在の(または予測される)
生産量に基づく家族経営サイズの生産者をターゲットとすべきである。

 畜産物や特産品(specialty crop)についても、伝統的な作物へのセーフティ・
ネットと同様のものを用意し、市場リスクを減らす枠組みを作らなければならな
い。

 なお、96年農業法で導入された作付け自由化については、政策による生産への
わい曲効果を減らすものであり、今後とも支持していく。

ウ 全米肉牛生産者・牛肉協会
 (NCBA:ジム・ペレット農業政策委員会担当副会長)

 会員数23万人。米国最大の肉牛生産者団体

【農業政策】

 肉用牛価格は市場原理によって決定されるべきであり、直接支払い、供給管理
などの連邦政府による政策は、生産者への需給に関するシグナルをわい曲するも
の。したがって、NCBAは、生産者に生産に関する柔軟な選択の機会を与えるな
ど、市場指向性が高まった96年農業法を評価する。

 NCBAは、他の農産物に関する政策であっても、肉牛産業に対してマイナスの
影響を及ぼすと思われるものについては、慎重に検討し、必要に応じては反対し
ていく方針。既に次期農業法に関する議論で話題に上っている、減反計画の復活、
土壌保全留保計画(CRP)(注1)の拡充などについては、飼料コストの増加に
つながることから反対する。

 一方、干ばつ、洪水、ハリケーンその他の自然災害による被害に対する救済措
置については支持する。また、こうした被害から生産者を守る手段の1つと考え
られる牧草に対する作物保険の改革法(農業リスク保護法)の制定も支持した。

【環境保全土地留保計画】

 次期農業法では、これまで以上に包括的な環境保全計画が盛り込まれると見て
いる。肉用牛生産者は、この計画に深く関わっているため、議論にも大きく関与
していくこと
になる。さまざまな議論の中でも、特に次の2点に注目している。

 第1に、環境改善奨励計画(EQIP)(注2)についてであり、NCBAとしては、生
産規模により対象となる生産者を恣意的に特定することは、環境保全のメリット
を費用対効果の面で最大化するというこの計画の目的を制限すると考える。環境
問題に関しては、生産規模の大小ではなく、すべての生産者が責任を負うものであ
って、EQIPの下では、すべての生産者が同じように政府の補助の対象となるよう
にすべきであると考える。

 第2に、多くの肉用牛生産者は、USDAのCRPなどの環境保全計画への参加を希
望している。しかし、これらの計画に参加するためには、対象となる土地での生
産経済活動を停止することが義務付けられる。NCBAは、経済活動と保全は同時に
進めることが可能と考える。NCBAは、次期農業法の議論において、管理をした上
での放牧を行いつつ、CRPなどへも参加できる条項を求めていくだろう。
  
(注1)土壌保全留保計画(CRP)
 最優先課題である土壌浸食の防止のほか、水質の保全、野生動植物の生息地の
改善を目的とした事業で、対象農地を休耕する補償として、政府から借地料相当
の補助が与えられるほか、土壌保全経費にも一定割合の補助が行われるもの。

(注2)環境改善奨励計画(EQIP)
 土壌、水質、その他の自然資源を保全するため、農家に対し、技術支援、財政
支援(ハード事業である一部補助事業と、ソフト事業である奨励事業に分かれる)
および教育支援を行うもの。全国レベルでの予算総額のうち、5割が畜産関連の
環境対策に用いられることとなっている。


(3)酪農分野に関する動き

 ここで、最近の乳価の低迷にあえぐ酪農家に対する支援措置の導入に関する議
論についても触れておく。

 米国における主要な酪農関連施策としては、@加工原料乳の価格支持制度(乳
製品の買い上げによる間接的支持)とA連邦ミルク・マーケティング・オーダー
制度(飲用規格生乳に関する最低価格制度)が挙げられる。96年農業法では、こ
うした酪農制度の改革がうたわれ、Aについては、オーダーの統合などが実施に
移されているが、@については、同法に規定されていた2000年1月1日以降の廃止
が、99年10月に可決された2000年度農業関連予算法により、本年12月31日まで1
年間延長されている(これらの詳細については、本誌2000年3月号「特別レポー
ト」を参照)。

 このような状況下、生乳の農家販売価格(全米平均)は、98年の記録的な高水
準を反映した生産量の増大により、99年4月以降、前年を下回って推移しており、
各年7月の水準(百ポンド当たり)だけを比べてみても、98年が14.7ドル(約35
円/kg)、99年が13.6ドル(約33円/kg)、そして本年が12.6ドル(約30円/kg)
と大きく低下している。こうしたことから、議会においては、乳価低迷に伴う酪
農家の所得確保を図るための法案が複数提出され、審議が行われている状況にあ
る。

ア 2001年度農業関連予算法案における緊急対策

 2001年度農業関連予算法案の上院での審議過程において、約4億ドル(約483億
円)規模の、酪農家に対する短期的な所得補てん措置が盛り込まれた。その対象
は、乳用牛の飼養頭数が150頭未満の比較的小規模な農家に限られる模様であり、
今後行われる予定の両院協議会でも承認される可能性が高いとみられている。

イ カウンターサイクリカリティについての提案

@ 酪農分野では、先に述べたようなカ ウンターサイクリカリティに基づく措
 置を実施するための2つの法案が、酪農地帯であるウィスコンシン州などから
 選出された超党派の議員によって、上下両院それぞれに提出されている。これ
 らはいずれも、生乳の価格が発動価格の12.50ドル/百ポンド(約30円/kg)
 を下回った場合、酪農家に対する直接支払いを実施するというものであるが、
 その実施方法には次のような違いがある。

【上院案】

 全米の平均乳価の低下度合いに応じて、以下のように支払額を変動させるとい
う方式。

re-ustex.gif (9784 バイト)
 注:クラス・価格とは、チーズ向け生乳価格

【下院案】

 各地域における毎月の平均農家販売価格が、12.50ドル/百ポンドを下回った場
合、その差額に基づく直接支払いを、地域ごとに実施。支払いの上限については、
対象数量を21万6,666ポンド(約98トン)/月(乳用牛150頭規模の農家の平均生
産量に相当)、支払額を5万ドル(545万円)/年と設定。

A 今後の見通し

 これら2つの法案は、酪農家への短期的な所得補てん対策という意味では上記
アの措置と同じであり、また、2001年度農業関連予算法案には、加工原料乳価格
支持制度の再延長(2001年12月31日までの1年間)も盛り込まれているため、閉
会(10月6日)を目前に控える今次議会会期中に可決される可能性はほとんどな
いという見方が強い。また、それ以降の審議においても、酪農関係州以外からの
大勢の支持が得られる可能性は少ないとの見方もある。


5 大統領選挙における今後の農業政策をめぐる動向

 本年11月7日には、大統領選挙と上下両院議員選挙が同日に実施される。その
結果を予測することは不可能であるが、これが次期農業法の行方にも影響を与え
ていくことは間違いない。ここでは、選挙戦における両大統領候補の農業政策に
関する動きと、今後の米国農業政策の方向を占う上での重要な手がかりになると
考えられる提案内容について紹介する。


(1)大統領候補の農業政策に関する動き

 現在のところ、これまでの大統領選と同様に、農業政策は選挙の主要な争点に
は上っていない。しかし、今回の選挙は接戦とも言われており、浮動票が多く選
挙戦略上重要なイリノイ、オハイオ、ミシガンなどの農業州では、今後の農業政
策に関するゴア、ブッシュ両候補のスタンスが重要な争点になるとの見方もされ
ている。

ア ゴア副大統領(民主党)

 ゴア候補のキャンペーンでは、96年農業法に対する一般的な批判と、来年これ
を改正するとの約束が繰り返されるものとみられている。なお、本年8月にUS
DAが公表した穀物の需給見通しによると、トウモロコシの収穫高が過去最高の
水準になると予測されるなど、全般的に作柄は良好であると見込まれていること
から、一部の観測筋からは、生産者が収穫時の低価格を認識することになるであ
ろう9月から10月初旬にかけて、ゴア陣営が、価格低迷や過剰在庫の解消に即効
性のある2年間の有償休耕計画などを含む大胆な緊急対策を発表するのではない
かとの見方も流れている。

イ ブッシュ・テキサス州知事(共和党)

 ブッシュ候補は、ゴア候補とは対照的に、農業部門への政府の直接的な介入に
ついての提案は行わず、貿易交渉を通じた輸出拡大や、米国産農産物の新たな市
場開拓への取り組みを強調していくものとみられている。また、資産税やキャピ
タルゲイン税などの減免措置、健康保険掛け金の100%控除、環境その他の規制
の緩和など、農家への側面的支援措置を支持する姿勢も見せていくものと予想さ
れている。


(2)大統領候補の農業政策に関する提案

 限られた資料からではあるが、これまでに明らかにされている両大統領候補の
提案の中から、農業法などに関連するポイントをまとめてみた。

ア 96年農業法

【ゴア候補】

 過去数年において多額の緊急支援策を必要とするなど、深刻な欠陥を有してお
り、改正が必要。

【ブッシュ候補】

 長期間行われてきた政府による供給管理(生産調整)を廃止し、市場の需要に
応じて生産者が作付けを決定できるようにしたものであり、こうした努力を支持。

イ セーフティ・ネット

【ゴア候補】

 セーフティー・ネットの強化が必要。具体的には、作物保険の対象農産物の拡
大などによる保険制度の充実、所得の変動幅に応じた「カウンターサイクリカリ
ティ」に基づく所得補てんの実施や、価格支持融資制度におけるローンレートの
上限撤廃を提言。さらに、USDAによる生産者への直接融資や債務保証の拡大も
支持。

【ブッシュ候補】

 市場指向型の政策を展開する上で、現在のような価格低迷の局面に対処するに
は、より強力なセーフティー・ネットを用意する必要性がある。作物保険の対象
農産物の拡大、保険の種類の多様化、料率の引き下げなどのほか、生産者が純所得の
うち、一定割合を留保し(所得税の控除対象となる)、所得減少時に引き出しを
可能とする農家および牧場リスク管理(FARRM)口座(注)の導入も提唱。

(注)農家および牧場リスク管理(FARRM)  口座の創設は、議会に提出され
 ている法案の中に盛り込まれている施策で、下院版(H.R.4885)では、税の控
 除を受ける当該口座に収入の2割までの留保が可能と規定されている。
 
ウ 農産物貿易

【ゴア候補】

 関税その他の輸入障壁の削減、輸出補助金の撤廃を求めていく。食料を「武器」
として使用することには反対。食料を特定の国に対する米国産品の輸出禁止措置
などの貿易制裁の対象にはすべきではない。

【ブッシュ候補】

 関税や輸出補助金などの米国産農産物の障壁を除去していくことを約束。この
ために必要なファストトラック権限の更新に尽力する。なお、今後の貿易制裁に
ついては、食料を除外すべきである。


6 WTOとの関係

 本年6月、米国は、国内支持に関する新たな削減方式の導入などを含む交渉提
案を世界貿易機関(WTO)に提出した。そこで最後に、以上のような米国におけ
る農業政策をめぐる動きと、WTOとの関係について述べることとする。


(1)緊急支援措置のWTO協定上の政策区分

 国内支持に関する現行規律の下では、表3にあるように、「緑」、「青」、
「黄」という3つの政策区分のうち、削減対象である「黄」の政策については、
助成合計量(AMS)として表される国内支持総額を、基準期間(86〜88年度)に
おける水準から、実施期間(95〜2000年度)中に20%削減することとされている。

 米国において、従来までの生産調整を前提とした不足払い制度は、「青」の政
策に該当するものであったが、これに代わって96年農業法で導入された農家直接
固定支払い制度は、「生産に関連しない収入支持」(注)として、「緑」の政策
に位置付けられている。こうしたことから、97年における米国のAMSの削減実績
(約62億ドル:約6,799億円)は、2000年の約束水準(約191億ドル:約2兆822億
円)の約3割の水準にまで減少している。

表3 国内支持の区分
re-ust03.gif (31401 バイト)
(注1)米国の不足払い制度(96年農業法で廃止)は、Aに該当する。
(注2)助成額が生産額の5%以下の国内助成については、最小限の政策
  (デミニミス)として削減対象外とされている。
 資料:農林水産省「WTO農業交渉の課題と論点」(平成12年)を一部変更

(注)「生産に関連しない収入支持」の要件は、@一定の基準期間における収入、
  生産水準等明確に定められた基準に基づくものであり、A基準期間後のいず
  れの年における生産の形態または量、国内価格または国際価格、生産要素に
  関連しまたは基づくものであってはならないとされている。

 98年から3年連続で導入された緊急支援措置(直接支払い)が、上記3つの政策
区分のどれに該当するかについては、国内支持の約束の実施状況についての米国
政府によるWTOへの通報の中で明らかにされるものと考えられるため、98年分に
関しても通報がまだ行われていない現段階において、これを予断することは適当
ではない。

 あえて誤解を恐れずに言うならば、@仮に、「緑」の政策の直接支払いの要件
には該当しないとして、「黄」の政策とされた場合、議会サイドからの強い反発
が予想されるだけでなく、AMSの約束水準を超えてしまうのではないかとの見方
もある一方で、A逆に、これを「緑」とした場合、措置の導入自体を問題視して
いるEUやケアンズ・グループなどからの激しい非難も想定されるなど、どちらに
転んでも大きな反響を巻き起こすこととなるため、WTOへの通報は、11月の選挙
以降に持ち越されるとの見方が強い。


(2)交渉提案との関係

 今回の米国提案の中では、国内支持に関し、@国内支持の区分を、貿易わい曲
性または生産に対する影響が全くないか最小の「削減対象外の政策」と、それ以
外の「削減対象となる政策」の2つに単純化し、A固定された基準期間における
農業総生産額の一定の率(各国共通)を、AMS(削減対象となる政策)の最終約
束水準とするという提案が示されている。これは、農業総生産額の割にはAMSの
水準が高い国ほど、削減幅が大きくなるという仕組みであり、米国にとっての有
利な削減方式であることは明らかであろう。

 また、本提案では、「青」の政策の廃止も示唆されている。この「青」の政策
は、ウルグァイ・ラウンド農業交渉における米国・EU間のブレアハウス合意(92
年11月)に基づき設けられた規律であるが、米国は既に、EUを差し置いて、「青」
(不足払い制度)から「緑」(農家直接固定支払い制度)への脱却を図っており、
それに固執し続ける必要性がなくなっている。

 しかし、それだけではなく、提案の中では、「削減対象外の政策」の例として、
「農家収入セーフティ・ネットおよびリスク・マネージメント手段」(注)など
が列挙されており、前述のような緊急支援措置(直接支払い)の位置付けや、こ
れからの新たな農業政策に関する議論に備えた布石も忘れずに打っているという
受け止め方もできるのではなかろうか。

(注)本提案に付属する注釈においては、「支持の水準が低下し、生産者はます
  ます市場のシグナルに影響を受ける(expose)ことから、加盟国においては、
  生産者が新たな市場条件に順応できるよう、セーフティ・ネットやリスク・
  マネージメント手段を提供できるようにしておく必要がある」とされている。


7 おわりに

 米国の財政赤字は、92年度の約2千9百億ドル(約31兆6千億円)をピークに減
少し、98年度の黒字への転換後、99年度には約1千2百億ドル(約13兆6千億円)
の財政黒字を計上するに至っており、今後数年間は、その拡大局面が続くものと
みられている。

 大統領・連邦議会選挙では、このような増収部分を、今後何のために活用すべ
きかという点も大きな争点の1つとなっているが、少なくとも、96年農業法制定
時のような財政面での制約が、これからの農業政策に関する議論の大きな足かせ
となるような状況にはない。

 しかし、このことと、同法の制定後に3年連続で緊急支援措置が導入されてい
ることだけをもって、世界の流れに先駆けて「市場指向型」に足を踏み出した米
国の農業政策が、今後、これに逆らって大きく後戻りすると判断するのは早計で
ある。むしろ、米国においては、国際市場における米国産農産物の一層のシェア
拡大を図っていくという方向に沿って、国内農業がこれに対応していくための過
程において必要な激変緩和措置を、国際規律の中でも正当化させながら模索して
いくものと見るべきであろう。

 その答えを導くためのキーワードは、前述のような、国内で提起されている議
論や、WTOの交渉提案の中に見いだすことができるのかもしれないが、これらの
動きは、まだ始まったばかりであり、現時点において限定的にとらえるべきでは
ない。

 いずれにしても、今後の米国農業政策の基礎となる新たな農業法の制定は、来
年誕生する新しい政権と議会に委ねられるわけであり、これから終盤を迎える選
挙戦の行方には、目が離せない状況となっている。


主要参考文献

○ USDA"Provisions of the Federal Agriculture Improvement 
  and Reform Act of 1996"(96年9月)
○ 米下院農業委員会のホームページ
○ AFBF、NFU、NCBAの各ホームページ
○ ゴア副大統領、ブッシュ・テキサス州知事の各選挙キャンペーンのホームペ
  ージ
○ 服部信司「アメリカ農業」輸入食糧協議会(平成10年6月)
○ 日本貿易振興会「通商弘報」(2000年8月28日)

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