海外駐在員レポート 

メキシコの豚肉産業の概要

ワシントン駐在員事務所 渡辺 裕一郎、樋口 英俊




1 はじめに

 メキシコにおける豚の飼養頭数は、1,078万頭と日本(980万頭)とほぼ同程
度である。一方、飼養戸数は、日本の約1万戸に比べ、メキシコでは約130万戸
にも上っており、飼養規模や飼養管理技術面での格差は大きく、豚肉生産量は、
103万トン(枝肉換算)と日本を約2割も下回っている。

 しかしながら、国内での度重なる経済危機や、北米自由貿易協定(NAFTA)加
盟による国際競争の激化などをくぐって生き残った大規模で効率的な経営体が、
国内生産の約半分を担い、また、こうした経営体と、国際的な基準にもかなう衛
生的なと畜処理施設とが垂直的に結びつき、豚肉輸出量も2000年には約5万9千
トン(枝肉換算)と、この5年間で5倍以上も増加している。

 こうした輸出の大半が日本向けであり、97年以降台湾からの輸入が口蹄疫の発
生でストップする中、安い労賃ときめ細かな規格(スペック)への対応によって
実績を重ね、日本にとってメキシコは、デンマーク、米国、カナダに次ぐ第4番
目の豚肉輸入先となっている。また、豚肉は、メキシコ産農産物の対日輸出額で
も第1位を誇っている。

 今回は、こうしたメキシコの豚肉産業について、本年9月後半から10月初めに
かけての同国の関連施設の訪問や関係者との面談などで得た知見を交えながら、
国内における生産、流通、消費の動向や問題点に加えて、今後の生産、輸出拡大
の潜在的な可能性についても考察を加えたい。


2 メキシコの一般概況と豚肉の需給動向

(1)メキシコの国情

 本誌特別レポートにおいてメキシコの畜産分野を取り上げるのは今回が初めて
であるため、まず、簡単にメキシコの国情について触れる。

 メキシコは、人口約9千700万人で、人種はヨーロッパ系(スペイン系中心)
と先住民の混血が6割を占めるとされる。国土面積は約200万kuで、米国の約2
割、日本の約5倍に相当する。メキシコ合衆国という正式な国名が表すとおり、
米国と同様の連邦共和制であり、連邦特別区(首都のメキシコ市)と31州からな
る。

 地域区分には幾とおりもの方法があるとされるが、本稿では、(社)国際農林
業協力協会による報告書「メキシコの農林業(1998年版)」にならい、次の3地
域に区分する(図1参照)。

◇図1:メキシコの各州と地域区分◇

1.Baja California(バハ・カリフォルニア州)
2.Baja California Sur(バハ・カリフォルニア・スル州)
3.Sonora(ソノラ州)
4.Chihuahua(チワワ州)
5.Sinaloa(シナロア州)
6.Nayarit(ナヤリ州)
7.Durango(ドゥランゴ州)
8.Coahuila(コアウィラ州)
9.Zacatecas(サカテカス州)
10.San Luis Potosi(サン・ルイス・ポトシ州)
11.Nuevo Leon(ヌエボ・レオン州)
12.Tamaulipas(タマウリパス州)
13.Aguascalientes(アグアスカリエンテス州)
14.Jalisco(ハリスコ州)
15.Colima(コリマ州)
16.Guanajuato(グアナファト州)
17.Michoacan(ミチョアカン州)
18.Queretaro(ケレタロ州)
19.Mexico(メキシコ州)
20.Hidalgo(イダルゴ州)
21.Distrito Federal(連邦区:メキシコ市)
22.Morelos(モレロス州)
23.Tlaxcala(トラスカラ州)
24.Puebla(プエブラ州)
25.Veracruz(ベラクルス州)
26.Tabasco(タバスコ州)
27.Campeche(カンペチェ州)
28.Yucaten(ユカタン州)
29.Quintana Roo(キンタナロー州)
30.Guerrero(ゲレロ州)
31.Oaxaca(オアハカ州)
32.Chiapas(チアパス州)

@ 北部地域(12州)

 米国と国境を接する乾燥・半乾燥地域で太平洋側にはカリフォルニア半島が伸
び、本土には、チワワ、ソノラ両州に広がる砂漠と、東西のシェラマドレ山脈に
挟まれた標高1,000〜2,000mのメキシコ高原が広がる。かんがい農業が主体とな
っている。

A 中央地域(11州およびメキシコ市)

 温暖・半乾燥地帯で、雨期(6〜11月)と乾期が存在する。メキシコ市のある
標高2,000mを超えるメキシコ盆地の北西部、ケレタロ州、グアナファト州、さら
には太平洋側のハリスコ州に至る一帯は、バヒオ地域と呼ばれる大穀倉地帯であ
る。

B 南部地域(8州)

 熱帯湿潤地帯で、北はメキシコ湾岸とユカタン半島、南は太平洋側に南シェラ
マドレ山脈が伸び、南東部でグアテマラとベリーズに接する。国内で最も社会資
本整備の遅れた貧困地域が含まれ、農地のかんがい率も低い。

 2000年におけるメキシコの国内総生産(GDP)は5,745億ドル(約71兆円:1
ドル=123円)と日本の約12%に相当し、うち農業部門の占める割合は約5%
(対GNP比:99年)と高い。また、製造業に占める食肉産業の生産額の割合は約
6%、食品製造業(飲料、タバコを含む)の中では約21%を食肉産業が占めてい
る。

表1 メキシコの社会・経済指標(2000年)

 資料:世界銀行
  注:「農業」、「製造業」および「サービス業」の欄は、
    1999年におけるGNPに占める各部門の割合である


(2)メキシコ経済の変動と養豚経営の構造変化
  
 メキシコは、この20年の間で3回もの経済危機に直面した。70年代は、工業化
による高度成長が続いたが、82年にはインフレに伴う債務危機が発生し、82、83
年と経済成長率はマイナスとなった。84年にいったんは上向いた経済は、85年9
月のメキシコ大地震に続いて、翌86年には、ドル箱であった原油の国際価格が下
落し、再び経済成長率がマイナスを記録。その後、88年に発足したサリーナス政
権によって経済自由化が進められ、経済は回復に向かったが、94年12月のセディ
ージョ政権発足直後に発生した通貨危機によって為替価値が半減し、95年の経済
成長率はマイナス6.9%を記録した。

 こうした度重なる経済の混乱は、養豚経営をも大きくほんろうした。

 70年代においては、技術の導入などによる近代化が進み、養豚経営の生産性は
飛躍的に向上し、83年には約114万トン(枝肉換算)の生産量を記録した。この
急速な生産拡大は、養豚農家における飼料(ソルガム)購入に対する連邦政府の
補助と、豚肉の輸入許可制度による輸入制限という国産豚肉の保護政策によって
もたらされたものである。

 しかし、経済危機による財政引締めに伴い、84年に飼料購入補助金が打ち切ら
れ、これを境に豚肉生産量は減少し、90年には約79万トン(同)にまで低下した。
その間、インフレの進展に伴う消費者の購買力の低下によって豚肉消費が減退し
たことや、88年に豚肉の輸入許可制が廃止され、関税が一時的にゼロに設定され
たことも、国内生産の減少に拍車をかけた。その後、経済の回復によって消費者
の購買力が高まり(注:輸入豚肉に対する関税も92年には20%に引き上げられた)、
豚肉生産も拡大基調となったが、94年の通貨危機やソルガム価格の上昇の影響か
ら、96年には再び生産量が前年を下回った。

◇図2:メキシコにおける食肉生産の推移◇

 ただし、このような変動の波は、養豚農家戸数の減少というマイナス面だけを
残したのではない。経営基盤がぜい弱な中小規模の農家が脱落する一方で、後述
するように、経営力のある農家による飼養規模の拡大や、農家同士の組織化によ
る水平的な統合が図られるとともに、こうした農家組織が任意の組合を組織し、
生産からと畜・処理までも行う垂直的な統合も進展した。

 特に、90年代は、一時的な生産の減退はあったにせよ、こうした合理化された
養豚経営体が生産力を培ってきた時期ともいえ、97年には台湾での口蹄疫の発生
により国際価格が上昇したことで多くの輸出企業が成長し、投資も可能となった
ことなどから、生産は増加に転じ、近年では、年間約4%の割合で拡大している。

 加えて、94年のNAFTAの発効もメキシコ養豚の構造変化を後押している。すな
わち、米国やカナダにおける生体豚や豚肉の需給動向が、メキシコの国内需給に
も大きな影響を及ぼすようになり、特に、98〜99年に米国内での生産の増大で豚
肉相場が大暴落した際には、メキシコ国内の食肉業者が低価格な米国産生体豚
(肥育豚)の輸入を増やし、これが国内の中小養豚農家の脱落を加速したとされ
る。


(3)豚肉需給の動向

 経済の変動は、所得水準の増減を通じ、食肉の消費量にも影響を及ぼす。

 90年代は、長期的に見ると、経済の回復に伴う所得の増大によって、食肉の需
要が回復・増加した時期でもある。特に、やはりメキシコでも牛肉や豚肉と比べ
て安価な家きん肉の伸びは目覚しく、2000年には牛肉と同程度の22.7kg/人に
まで増加している。豚肉についても、96年には一旦落ち込んだ消費量が、97年以
降は安定的に増加しており、2000年には11.6kg/人に達している。

◇図3:メキシコにおける1人当たり食肉消費量の推移◇
   
 これに対し、生産量は、近年拡大傾向にあるとはいえ、まだまだ国内需要の伸
びには追いついていない状況であり、その差を埋める形で輸入量が急増し、豚肉
の自給率(重量ベース)は、96年の約96%から、2000年には83%にまで低下し
ている。こうした輸入の増加は、NAFTAによる低税率の適用が反映されたもので
あると言え、その内訳(2000年)は、米国産が約87%、カナダ産が約8%、ほか
スウェーデン産、デンマーク産となっている。なお、米国産の約80%は冷蔵肉で
あり、約8%が冷凍肉、約7%が燻製のモモ・カタ肉、約5%がベーコンである。

表2 メキシコにおける豚肉需給の推移

 資料:USDA「Livestock and Poultry : World Markets and Trade」
      (2001年10月)
  注:2001年は暫定値、2002年は推定値である

 一方、後述するが、輸出量は、2000年においては約5万9千トン(枝肉換算:
実量ベースでは約4万2千トン)と、生産量に占める割合は約5.7%に過ぎない
が、96年に比べ倍増するなど、近年急速な伸びを示している。


○NAFTAの下でのメキシコにおける豚および豚肉の国境措置の状況

(特別セーフガード)

 94年1月に発効した北米自由貿易協定(NAFTA)により、米国およびカナダか
ら輸入される繁殖用の豚については関税がゼロに設定された(純粋種はすでにゼ
ロ)。一方、これら以外の生体豚、豚肉および豚肉加工品(発効前は基本的に20
%の従価税が適用)については、発効後10年間は一定の輸入数量まで低税率を適
用し、この数量を超える輸入については20%(一部を除く)の関税を賦課すると
いう特別セーフガード(関税割当)を導入した。この数量(関税割当枠)は毎年
3%拡大され、また、枠内の税率も10年間で撤廃されることとなっている(2
001年は4%)。おう盛な国内需要を反映し、本年は、早くも4月に冷蔵豚肉
が割当数量(計約3万トン)を突破し、以降の輸入については、20%の関税率が
適用されている。

(米国産生体豚に対するダンピング防止税)

 98年6月、メキシコ養豚協議会(CMP)は、米国産生体豚が不当な安値でメキ
シコに輸出されているとして、メキシコ商工振興(SECOFI)に対しダンピング
調査を要請。SECOFIはこれを認め、99年2月から暫定的に、99年10月からは正
式にダンピング防止税の賦課を実施した。対象は米国産のと場直行豚で、賦課額
は生体1kg当たり35.1セント(約43円)。98〜99年の米国内での生産増による
記録的な価格の低落に伴う輸出増(99年は約19万6千頭)が背景にあるが、本措
置は現在も継続されているため、米国側の不満も強くなってきている。他方、C
MPの見方は、NAFTAの下での正当な措置であり、生体輸入が減っても実際には
豚肉としての輸出が増えているとの認識を示しており、双方の今後の動きが注目
される(2000年は約5万5千頭と99年の3割弱にまで減少)。


3 生産構造

(1)豚の主要飼養地域

 養豚経営は、メキシコ全土に広がっているが、中でも飼養頭数が100万頭を超
える州は、ハリスコ州を筆頭に、ソノラ州、プエブラ州、ユカタン州、ベラクル
ス州、ゲレロ州、グアナファト州の7州であり、これらの州の合計頭数は全体の
約6割を占めている(99年)。

◇図4:豚の主要飼養州(99年)◇


(2)飼料穀物生産との関係

 メキシコにおける養豚経営の立地は、飼料穀物の生産地域と密接に関係してい
る。メキシコでは、畜産経営において給与される飼料用穀物の約68%がソルガム、
約27%がトウモロコシ、残りが大麦、小麦、えん麦であり(98年)、また、養豚
経営における飼料用穀物のソルガムの約95%は国産であるが、トウモロコシはほ
とんどが米国からの輸入であるとされる(このほか、大豆粕(約90%は米国産)
も主に給与される)。

 国内におけるソルガム(穀物)の主産地は、北部のタマウリパス州や中央地域
の穀倉地帯であるグアナファト州、ミチョアカン州、ハリスコ州、シナロア州な
どが挙げられ、上位7州で全体の約9割を占めている。

◇図5:ソルガム(穀物)の主要生産州(99年)◇

 一方、小麦の主産地は、ソノラ州が全体の約4割を占め、次いで、グアナファ
ト州、バハ・カリフォルニア州、ミチョアカン州、シナロア州、ハリスコ州の順
となっている。特に、北部のソノラ州やバハ・カリフォルニア州などの養豚経営
においては、ソルガムやトウモロコシよりも地元産の小麦を主体に給与している
とされる。

◇図6:小麦(穀物)の主要生産州(99年)◇

 以上のように、図4の主要な豚飼養地域は、図5および図6の飼料穀物の生産
地域とおおむね一致または近接していることがわかるが、ここで目を引くのは、
飼料生産地域から離れた、豚飼養頭数第4位のユカタン州である。同州の養豚は、
伝統的な地域であるハリスコ州などの穀倉地帯周辺や北部のソノラ州に比べると
歴史は浅いが、半島の北側にはプログレソという良好な港があり、米国産トウモ
ロコシを船便で調達できるという有利性を生かした新興地域として著しく成長し
ている。同州では、半径約60km以内にある約100戸の農家(繁殖雌豚合計約7万
頭)が飼料の共同購入を行っている例もある。

◇図7:豚の飼養頭数と豚肉生産量の州別割合◇
 ・豚の飼養頭数(99年)
 ・豚肉生産量(2000年)


(3)豚肉生産地域

 上記(1)においては、豚の飼養頭数の地域的な分布を見たが、ここでは、こ
れと豚肉生産量の状況とを比較してみる。

 図7によると、プエブラ州、ベラクルス州およびゲレロ州については、豚の飼
養頭数に比べると豚肉生産量は少なく、逆に、ハリスコ州、ソノラ州、グアナフ
ァト州、ユカタン州及びミチョアカン州については多くなっている。つまり、豚
の主産地の中でも、比較的前3州の生産性は低い(後の5州の生産性は高い)と
いうことが言える。


(4)豚肉生産システムの類型

 米農務省(USDA)とメキシコ農牧漁業省(SAGAR。以下現行組織名の「SAGAR
PA」を用いる)とが共同で取りまとめたレポート(巻末参考文献4(2))では、
技術水準や生産性などの違いにより、メキシコの豚肉生産システムを次の3つの
タイプに分類している。

ア 高度技術生産型

 垂直的・水平的な統合・調整、すなわち、自家配合飼料の製造施設を有し、繁
殖・育成・肥育を一貫して行うことにより、斉一性のとれた肉豚を生産する大規
模な生産システムであり、と畜・解体分野をも取り込んだケースもある。こうし
た経営体は、国内生産の50%程度を占めており、北部地域のソノラ州やシナロア
州に集中しているが、メキシコ、ヌエボ・レオン、ケレタロ、プエブラ、タマウ
リパス、ユカタンなどの州にも拡大してきている。

 このような大規模経営体が組織する団体としては、メキシコ養豚協議会(CMP)
がある。会員は、約1,200社(単独のパッカーや中小規模の組合組織も含まれる)
であり、農場から、飼料工場、と畜・解体施設までも有し、資材の購入から豚肉
の販売まで手がける経営体が多いという。会員の繁殖雌豚飼養頭数の合計は約35
万頭で、国内全体の約65%を占めるとされる。なお、品種はランドレース、大ヨ
ークシャー、デュロックとの三元交雑が最も一般的であり(ハンプシャーとの雑
種もある)、遺伝子(種畜、精液)は欧州(英国、デンマーク)や米国、カナダ
から導入しているとされる。CMPとしては、今後、年間3万頭ずつ母豚を増やし
ていく計画を立てているとのことである。

 我々が訪れたソノラ州とハリスコ州の農場も、この高度技術生産型に該当する
ものであるが、前者は、パッキング施設を有し対日輸出も行う垂直的統合企業で
あり、また、後者は、国内市場向けの家族経営体であった。いずれも繁殖、育成、
肥育の各豚舎を分離させた3サイト方式で、バイオ・セキュリティの徹底を図る
とともに、欧米からの遺伝子導入などによって斉一化された肉豚の生産を今後も
拡大していく意向を有していた(コラム参照)。

イ 小規模商業的生産型

 アに比べると小規模で技術レベルも低いため、生産性も劣る。また、飼料は外
部からの購入に頼る場合が多いため飼料コストが割高であり、肉豚の斉一性にも
難がある。こうした経営体は、メキシコ全土に存在するが、特に、中央地域や南
部地域に多い。生産シェアは20%程度とされるが、徐々に減少している。

ウ 伝統的裏庭生産型

 養豚は、あくまでも副収入源または自家消費のために行う経営体。種豚の遺伝
的能力が低く、また、栄養不足から肥育期間も長く、衛生状況も悪い。生産シェ
アは30%程度で、全国に分布している。

 こうした類型ごとの養豚農家戸数についてのデータはないが、90年代初めには、
養豚農家の99%は飼養頭数20頭未満の小規模農家であり、残りの1%程度の20頭
以上層とで全飼養頭数をほぼ二分していたともされている。

 近年においては、前述のような経済変動などの影響もあって、特定の地域に集
中する大規模で効率的な経営体と、全国的に分布する小規模で非効率的な経営体
との二極分化の傾向が強まってきており、今後もその傾向が継続するものと考え
られる。


(5)肉豚の生産コスト

 上記のような類型に厳密に当てはまるものではないが、SAGARPAは、技術化さ
れた経営と半技術化された経営という区分で、肉豚の生産コストに関するデータ
を公表しており、その中から98〜99年における推移を見たのが図8である。

◇図8:肉豚の生産コストの推移◇
 ・技術化経営
 ・半技術化経営

◇図9:メキシコにおける肥育豚と豚枝肉の価格の推移◇

 これによると、技術化経営の肉豚1kg当たりの生産コストがほぼ10ペソ(約13
0円:1ペソ=13円)未満で推移しているのに対し、半技術化経営は12ペソ(約
156円)前後であり、収益もコスト割れしているのがわかる。

 一般的に、現在、メキシコの市中銀行における一般貸出金利は、20%前後と極
めて高水準にあり、農業金融としてはメキシコ銀行(中央銀行)の農村信託基金
(FIRA)が挙げられるが、それでも年利15%(実質6〜7%)と高い。また、イ
ンフレによる物財費の増加も指摘される。反面、メキシコの最低賃金は1時間当
たりわずか2ドル程度とされ、労働コストの面では有利性がある。このため、合
計コストでみると、メキシコの技術化経営のコストは、日本の平均水準(約250
円/kg)の半分程度にとどまっている。

 なお、それぞれのコストの内訳をみると、技術化経営においては飼料費の占め
る割合が約4〜5割程度であるのに対し、自家配合を行っていないとみられる半
技術化経営では約7割にも達している。逆に、高度な施設・装備に対する投資を
要する技術化経営においては、資本利子の割合が約2割を占めるが、半技術化経
営では5%未満にとどまっている。

 同期間中、これらの経営体間のコスト格差は徐々に拡大しており(98年3月:
1.75ペソ(約23円)/kg→99年12月:2.67ペソ(約35円)/kg)、技術化経営
の効率性、有利性が高まっていることがうかがえる。


○メキシコにおける養豚関連施策

(農家支援プログラム)

 メキシコ農牧漁業省(現SAGARPA)は96年、国内農業の競争力を高めるため、
中〜大規模農家を対象にしたアリアンサ(農家支援)プログラムをスタートさせ
た。養豚部門については、次の2つの事業が対象となる。

@ インフラ整備プログラム

 機械・設備や環境保全施設などの整備に対する補助を行うものであり、予算規
模は、総額2千万ペソ(約2億6千万円)とされている(養鶏を含む)。1事業
当たり15万ペソ(約195万円)が最高限度額であり、連邦政府の補助率は常に25
%以内に設定され、残りを州政府と生産者が負担する仕組み。2001年は、ソノラ、
ハリスコ、コリマ、ヌエブレオン、ヴァナファトの5州を対象に実施され、ハリ
スコ州では繁殖関連、ヴァナファト州ではバイオ・セキュリティ関連(殺菌シャ
ワー、薬槽、柵、網戸)が予定されている。1事業の対象期間は3年以内とされ
ている。

A 家畜購入プログラム

 豚のほか、乳牛、羊および山羊を対象とした、種畜および精子の導入費補助事
業であり、連邦政府が畜種ごとの最高限度額(1頭当たり単価)を設定し、官報
で公表する。負担割合は、連邦25%、州25%、生産者50%。例えば、種豚の最高
限度額は2万1千ペソ(約27万3千円)に設定されており、この場合の連邦の最
高負担額は5千ペソ(約6万5千円)、州5千ペソ(約6万5千円)、生産者1
万1千ペソ(約14万3千円)となる。1農家(実際には共同の人工授精所)につ
き、5頭を上限とする。

(規格・規準)

 メキシコには、食品についての公定の取引規格は存在しないが、現在、自主的
な規格(ノルマ・メヒカーナ)に対する認定プログラムの創設に向け、現在、SA
GARPAが農家や業界と検討を行っている。品質規格については、枝肉の格付けが
挙げられ、歩留率やロース芯面積などを元にした米国との類似規格が想定されて
いる。また、メキシコ産農産物共通の「メキシコ・セレクト」というスタンプ制
度も検討されている(食肉については、TIF施設で処理された産品についてのホ
ルモン剤や抗生物質の残留基準などをクリアーすることが条件となる模様)。

(その他)

 現在、メキシコでは、養豚農家に対する価格安定や所得補償に関する政策は実
施されておらず、SAGARPAによれば、そもそも補助金交付のための資金がないこ
とから、次期世界貿易機関(WTO)交渉でも、補助金の撤廃を目指すとしている。
また、2000年12月に発足したフォックス政権は、自由貿易協定(FTA)の締結な
どを通じた市場アクセスの拡大を目指している。こうした対外政策は、輸出拡大
をねらう養豚団体の意向とも一致している。


4 流通構造

(1)食肉処理施設の特徴

 次に、肉豚や豚肉の流通状況に目を移してみる。まず、と畜や食肉カット加工
を行う食肉処理施設についてであるが、メキシコには、大きく分けると次の2つ
のタイプがある。

ア 連邦検査型(TIF)施設

 連邦政府(SAGARPA)による施設・機械基準、衛生管理・検査基準に適合した
施設であり、本年10月現在では全国で205施設が承認されている。うち、豚を扱
う施設は126ヵ所で、その中でも、と畜・解体を行う施設は33ヵ所(と畜・解体
のみが24ヵ所、脱骨・カットまでを行う施設が8ヵ所、加工までも行う施設が1
ヵ所)となっている(ほか93ヵ所はカットや加工などを単独で行う施設)。

 食肉製品の輸出が認められている施設はTIFのみであり、と畜・解体を行う輸
出用施設には連邦の獣医検査官が常駐している。今回、ソノラ州の対日輸出施設
とメキシコ市の国内市場向け施設を訪問したが、衛生面では日本や北米のと畜施
設とほとんど遜色ないとの印象を受けた(コラム参照)。

 99年においては、メキシコの年間豚と畜頭数約1,358万頭のうち、TIFにおい
ては約421万頭(約31%)がと畜されており、これを単純に豚のと畜・解体を行
う施設の数(33ヵ所)で割ると、1ヵ所当たりの年間と畜頭数は約12万8千
頭と推計される(規模的には平均的な日本の食肉センターと同程度と考えてよい)。
上記3の(4)で述べた豚肉の高度技術生産型に該当する経営体が、垂直的統合
によりと畜・解体部門をも有している場合、これらはTIF施設である場合が多く、
また、単純計算によれば、高度技術生産型によって出荷される豚の約6割がTIF
施設で処理されているという見方もできる。

 こうした豚のと畜・解体を行うTIF施設の分布状況は図11(55ページ)のとお
りであり、主要な州としては、ソノラ8、グアナファト5、ヌエボ・レオン5、
メキシコ市3、ハリスコ2、チワワ2の順となっている。

イ その他の施設

 SAGARPAによれば、TIF以外のと畜場は1,090ヵ所存在し(本年10月現在)、う
ち、@40ヵ所が将来のTIF候補とされる登録と畜場、Aこれ以外の1,050ヵ所は
地方公共団体(市町村)が開設する公営と畜場や地域の小規模と畜場であるとさ
れる。特に、Bにおいては、衛生面での問題を有しているところが多く、ほとん
どが冷蔵施設を持たず、温と体(枝肉)のまま搬出される。

 こうした施設では、年間約936万頭(全体の約69%)の豚がと畜され、うち公
営と畜場では約690万頭(同約51%)に上っており(99年)、単純計算では、上
記3の(4)の高度技術生産型に該当する経営体から出荷される豚が約3割で、
残りの7割は小規模商業的生産型や伝統的裏庭生産型(これは農場内と畜が多い)
によるものと考えられる。

 今回訪問した、メキシコ第2の都市ハリスコ州のグアダラハラの市営と畜場に
おいては、冷蔵庫がなく、豚肉はすべて市内消費向けに常温の枝肉で出荷されて
おり、また、と畜・解体ラインも前述のTIF施設に比べると衛生面ではかなり難
があると感じた(コラム参照)。


(2)国内における豚肉の小売・消費状況

 以上のような豚および豚肉の生産・流通ルートを単純化すると図10のようにな
る。

◇図10:メキシコにおける
      国産の豚・豚肉のフロー◇


 輸出向け(全生産量の約5%、TIFと畜施設での約16%に相当)を除く国内消
費仕向け豚肉(全生産量の約95%)は、と畜場で豚肉を仕入れる食肉卸売業者
(オブラドルと呼ばれる)や加工業者を通じ、小売段階で生鮮肉や加工品として
販売されるほか、飲食店やホテルなどに調理用原料として仕向けられる。

 これら製品に関する小売店の形態別の販売シェアは明らかではないが、近年、
都市部を中心としてスーパーマーケットの店舗数が増加しており、小売全体の売
上高の2割強を占めるというデータもある。こうしたスーパーマーケットは、欧
米のスーパー・チェーンの進出による大規模なものから、国内資本の中小規模の
ものまでさまざまであるが、生鮮肉の販売形態としては、日本などと同様に、基
本的に、ブロック肉または冷蔵の枝肉の状態で搬入し、店内でカット、スライス
を行い、冷蔵の陳列棚でパック売りされており、こうした豚肉のほとんどがTIF
施設から供給される。

 このように、豚肉については、価格競争も手伝い、スーパーを中心に冷蔵肉の
販売シェアが徐々に増加してきていると考えられるが、メキシコでは常温肉の方
が新鮮であるとの評価も根強く存在する。このため、伝統的なメルカド(merca
do)と呼ばれる公設市場や、ティアンギス(tianguis)と呼ばれる道端の仮設
市場などの食肉店での豚肉の常温販売が、依然として大きなシェアを占めており、
豚肉および豚肉加工品全体の約75%に相当するといわれている。これらの食肉店
では、主として公営のと畜場から卸売業者を通じて枝肉を搬入し、常温のブロッ
ク肉の状態で陳列・販売するケースが多いが、都市部の小売店の中には、ブロッ
ク肉を冷蔵のショーケースに陳列したり、注文に応じてカット、スライスを行う
ところもある。

 一方、チョリソ(チリで味付けしたもの)のようなソーセージ類やスペイン由
来のハモンセラノといったハム類などの食肉加工品の需要も根強く、冷蔵肉と合
わせると全体の約15%を占める(残りの約10%はラード類)とされている。

 国内最大の豚肉消費市場は、約850万の人口を誇る首都メキシコ市であり、96
年には約230万頭の豚が州を越えて移動し、メキシコ市及びその周辺地域のと畜
場で処理され、市民の胃袋に入ったとされる。同年におけるこうした越境と畜豚
は、飼養頭数第1位のハリスコ州産が約160万頭、これにソノラ、グアナファト、
ミチョアカン州産がそれぞれ60万頭弱と続いている。


5 輸出構造

(1)輸出概況

 メキシコの豚肉輸出は1970年にスタートしたが、国内市場優先であったため、
その量は低水準で推移し、95年においては約8千トン(実量ベース)に過ぎなか
った。しかし、97年の台湾における口蹄疫の発生を契機にさらに輸出量を伸ばし、
2000年には約4万2千トン(同)に達している。

 輸出先の約95%は日本向けであり、また、95年にはそのほとんどが冷凍肉であ
ったが、冷蔵肉の割合は急速に増加し、2000年においては約32%にまで拡大して
いる。

表3 メキシコの豚肉輸出量の推移

 資料:メキシコ通関統計、財務省「貿易統計」


(2)家畜衛生との関係

 輸出量に関する州別の内訳は明らかではないが、日本向けの生鮮肉(冷蔵・冷
凍)については、豚コレラの清浄地域と認定された北部のソノラ、チワワおよび
南部のユカタンの3州だけが認められており、豚肉産品全体としては、約85%が
ソノラ州、約13%がユカタン州からの輸出である(2001年1〜6月)。

 メキシコは豚コレラの発生国とされている。しかし、1973年以来、連邦・州政
府による発生防止・撲滅のための措置が実施されており、各州を地域単位として
検疫が実施されている(州間を移動するハイウェイには検疫所が設けられ、家畜
の移動制限措置がとられている)。こうした取り組みの甲斐あって、現在では、
32州(メキシコ市を含む)の中の13州が豚コレラの清浄地域(ワクチン不接種)、
11州が同ワクチン接種清浄地域となっている。

 対日輸出が認められている45ヵ所のTIF施設のうち、豚を扱う施設は17ヵ所
(ソノラ11、チワワ4、ユカタン1、ハリスコ1)あり、その中でもと畜・解体
を行う施設は9ヵ所(ソノラ7、チワワ1、ユカタン1)とされている(本年10
月現在)。なお、ハリスコ州の1ヵ所は加熱加工品の製造施設である。


◇図11:豚のと畜・解体を行うTIF施設の州別分布と豚コレラの清浄化の状況
   (2001年10月現在)◇

 SAGARPAによれば、フォックス政権および生産者は、2006年までに豚コレラと
オーエスキー病の清浄国にすることを目標としており、特に豚コレラについては、
必要な予算を投じて今後2〜3年で撲滅させることを目指しているとのことであ
る。


(3)対日輸出の特徴

 ソノラ州は、近接した大消費地も有していないため、従来から輸出が念頭にあ
ったとされ、対日輸出施設も18年前に初めて認定されている。現在、14社の養豚
企業のうち11社が対日輸出を行っており、うち7社が、元々は養豚経営体の任意
の組合(生産者同盟)からスタートし、農場、飼料工場、パッキングプラントを
有する垂直的統合企業であると見られる。SAGARPAによれば、こうしたメキシコ
における垂直的統合の動きは、米国のようなパッカー主導ではなく、デンマーク
のような協同組合的な生産者主導で進展しているとのことである。なお、中小規
模の養豚農家が組織するコナポール(CONAPOR)などは、直接プラントを所有す
るのではなく、契約によるいわば垂直的調整という手法も今後想定しているとさ
れる。

 CMPや輸出促進のための支援措置を行うメキシコ国立貿易銀行(BANCOMEXT)
などによれば、プライマル・カットだけではコスト的にもデンマークや米国に及
ばないが、安い労賃を武器に、冷蔵のカット肉を主体にニーズに応じたきめ細か
い商品形態(スペック)への対応を行うことで付加価値を高め、さらに、今後、
日本以外の韓国や中国などのアジア市場や米国向けの輸出も視野に入れていると
している。

 また、BANCOMEXTは、@新興のユカタン州については、組合組織を中心とした
ポテンシャルが高く、価格次第ではあるが、統合による規模拡大を通じて輸出拡
大を図ることは可能である、Aチワワ州については、牛肉がメインであり、豚肉
の対日輸出への関心は少ない、との見方をしている。

 対日輸出ルートとしては、ソノラ州の対日輸出企業によれば、同州エルモシー
ジョからトラックで国境の街ノガレスを越えて一旦米国アリゾナ州に入り、ロス
アンゼルスのロングビーチまで陸送すること約12時間。さらにそこから船便で日
本(東京、大阪)まで14日間で到着するという(CMPの話では、ロングビーチま
で2日間、船便で18〜20日としていたが、これは長く見積もってもということな
のだろう)。

 一方、ユカタン州からは、現在のところ、太平洋岸のコリマ州マンサニージョ
までの約2,000kmの距離をトラックで陸送し、そこから船便を使っているが、将
来は、プログレソ港から直接船便でパナマ運河を経由して日本まで運ぶというア
イデアもあるそうだ。

◇図12:ソノラ州とユカタン州からの豚肉製品の対日輸出ルート◇


○豚および豚肉の生産・流通事例

(ソノラ州の対日輸出企業:NORSON社)

・ソノラ州エルモシージョを拠点とする、豚肉の対日輸出実績としては最大規模
 を誇る垂直的統合企業。前身のALPRO社は、1972年に養豚農家の任意の組合組
 織としてスタート。99年9月には、世界最大の豚肉企業であるスミスフィール
 ド・フーズ社(米国)の出資(50%)を受けた合弁会社となる。

・農場は、飼料工場を備えた繁殖、育成、肥育の3元サイト方式であり、繁殖雌
 豚1万5千頭を飼養し、肉豚を年間25万頭出荷。5年後にはこれを4倍の規模
 に拡大させる計画を有する。給与飼料は、ソノラ産の小麦主体であり、脂肪の
 色が白く、赤身(lean)で発色が良いのが特徴であるとしている。

・パッキング・プラント(TIF施設)は、工業団地内のフォードの自動車工場の
 隣にあり、と畜能力2,000頭/日(稼働率85%)、カット能力1,400頭。規模
 的には米国の大手パッカーに比べると小さいが、施設や衛生管理状況は、北米
 の先進システムに比肩するとの印象を受けた。製品は国内向けが8割、輸出向
 けが2割(重量ベース)。

・対日輸出は、91年から開始。スペック対応によるカット肉に加え、各種一次加
 工品の生産にも取り組み、付加価値化を追求(内訳は、冷蔵35%、冷凍40%、
 加工品25%)。今後5年以内に、米国、香港、中国、南アジア、欧州の市場参
 入を図ることが目標。
【繁殖サイトにおける分娩舎。子豚は19
日齢・体重6sで離乳し、育成サイトに移
動(育成は70日齢・体重30sまで)】

    
【ここでは、母豚850頭を7名の従業員
で管理する】

    
【従業員160名が働くカットフロアー】

    
【大きさのそろった枝肉が冷やし込まれる
冷蔵庫(室温0℃(心温3〜4℃)で約1
8時間】
(ハリスコ州の家族養豚経営)

・ハリスコ州には約1,800戸の養豚農家で約22万頭の繁殖雌豚が飼養されている。
 うち、母豚5千頭以上の農家は100戸以上存在するという。同州では、養豚経
 営のグループ化が進展し、46の地域的な組合組織がある。現在、同州は、豚コ
 レラのワクチン接種清浄地域であり、州政府としては2003年までの撲滅が目標。

・訪問したサン・イシドロ農場は、グアダラハラ市の西側のアランダ町にあり、
 経営主は地域養豚協会(会員1,600戸)の会長。母豚2,500頭の繁殖・育成・
 肥育の一貫経営(3元サイト)で、将来は3,500頭への増頭を計画するととも
 に、対日輸出への意欲も有している。交配はすべて人工受精であり、母豚1頭
 当たりの年間子豚生産頭数は22頭。肥育豚舎は8棟(1ペン16頭単位)、合計
 1万頭を飼養(舎内は極めて清潔に管理)し、生体重量105kgで出荷。肉豚生
 体1kg当たりの生産コストは8.8ペソ(約114円)であり、うち飼料費が7割
 を占めるとのこと。
【広大な敷地内で、各サイトは完全に隔
離されている。これは育成舎】

    
【育成サイトに向かう前に噴霧消毒され
る車両】

    
【肥育豚舎。舎内にはシャワーを浴び、
衣服を完全に着替えて入る】

    
【ハリスコ州は、テキーラの産地。沿道
には原料となる竜舌蘭の畑が広がる(サ
ン・イシドロ農場でも栽培)】
(メキシコ首都圏のTIFと畜場)

・メキシコ首都圏(メキシコ州)にある1978年に開設された豚専用の民間と畜場
 であり、1995年にTIF施設に認定される(全国で194番目)。と畜頭数(実績)
 は約5万5千頭/月(約2,500頭/日)であり、メキシコ国内では最大級規模。
 操業は週6日で、1日2〜3シフト(1シフト8時間・作業員70名)。

・処理される肉豚は、ソノラ州やハリスコ州などの国産主体だが、米国(ネブラ
 スカ州など)からの輸入豚もある。生体の搬入は、一般的に30トン車(最大約
 250頭積載)で、と畜の12〜24時間前に行われる。生体の段階ですでに販売先
 (卸売業者:40社)が決まっており、と畜場への搬入はその業者が行う。

・と畜場としての収入は、と畜手数料(28ペソ(約364円)/頭)、トラックの
 洗浄代、内臓販売。

・施設内には、同族経営のカット業者が一角を占めており、全体の5%がここで
 分割・カットされる(残りの95%は枝肉搬出)。このカット業者のところには、
 市内のスーパーや周辺の住民が買い手として集まって来る。
【30トントラックで搬入される豚】

    
【と室に追い込まれる豚。待機場では噴
霧シャワーを浴びる】

    

【メキシコも、米国、カナダと同様、湯
はぎであり、60℃の温湯に約3分間湯
漬けした後、脱毛機でブラッシングされ
る】

    
【開腹後、内蔵は別ラインで懸垂されて
運ばれる】
(ハリスコ州グアダラハラ市営と畜場)

・1964年にグアダラハラ市が開設した牛・豚のと畜場であり、豚のと畜頭数
 は約2万4千頭/月(約1,000頭/日)。職員は433名。

・施設は老朽化しており、一部で施設の更新・整備を実施。

・と畜手数料は、30ペソ(約390円)/頭。冷蔵施設はなく、枝肉(湯はぎして、
 内臓を摘出した状態)で搬出され、約100社の卸売業者の手で分割され、市内
 の約1,500店の食肉小売店に販売される。


6 今後の輸出拡大の可能性(課題と見通し)

(1)衛生問題

 日本向けを含む今後の輸出拡大の可能性を左右する大きな要素の1つに、家畜
衛生の問題(特に、豚コレラ)があるというのは論をまたない。同じく、科学的
根拠に基づく条件をクリアする必要があるのが、食肉処理施設における食品衛生
問題である。前述のとおり、たとえ当該地域が豚コレラの清浄地域となり、輸入
国との間で衛生条件に関する取り決めが取り交わされたとしても、処理施設がT
IFでなければ、輸出を行うことはできない。

 ただし、SAGARPAの衛生当局によれば、こうした衛生問題に関する省としての
優先順位は、国内需要への対応、すなわち国産品と輸入品の国内向け供給のため
の条件整備が第一であり、輸出については、関心グループの要請次第であるとし
ている(現在これに該当するのは、バハ・カリフォルニア州のグループであると
いう)。

 こうしたことからも、今後のメキシコにおける豚肉製品の輸出拡大の可能性を
占うには、当面、現行の輸出可能州における農場やTIF施設でどの程度の生産拡
大が可能であるかについて着目するのが、最も実際的かつ有効であると言える。


(2)環境問題

 各国において養豚経営の維持・拡大の制約要因ともなっている環境問題に関し、
現在、メキシコでは、96年に制定された水源の水質汚染に対する規制に基づき、
連邦政府当局による特定の事業所からの排水の水質検査が行われ、環境基準(最
高排出限度)の順守状況が監視される。

 しかしながら、現在のところ、概して大きな問題にはなっておらず、また、生
産者団体のCONAPORをしても、環境問題が将来の養豚経営にマイナスの影響をも
たらすことは想定されないとしている。これは、気候条件や立地条件に負うとこ
ろ大であり、SAGARPAによれば、特に、乾燥し、人口も少ないソノラ州などの北
部地域においては、農地としての土地利用に適さない場所での養豚の拡大可能性
は今後もあるとしている。

 ただし、中央地域での都市化や工業化が進む州では、規制違反で農場が閉鎖に
なった例もあるほか、環境問題だけでなく、地価の上昇によって養豚を追い出す
ような動きもあるとSAGARPAは指摘している。


(3)海外資本の流入

 これまでに行われてきた豚舎やパッキング・プラントなどの新設・整備は、基
本的に国内資本、それも自己資金での対応が主体であったとされる。特に、国内
の金利が極めて高水準であるため、資金の借り入れによる設備投資を抑制してお
り、こうした意味では、海外の銀行からの低利な融資を仰ぐ機会がなければ、規
模拡大を行うにも一定の制約があるという見方もできる。

 こうした中で、米国のスミスフィールド・フーズ社による直接投資が、ここメ
キシコでも拡大している。コラム欄でも紹介したソノラ州のNORSON社だけでなく、
2000年1月に買収したキャロル・フーズ社(米国)を通じて、ベラクルス州にメ
キシコ資本との合弁会社Granjas Carroll's de Mexico社を設立し、現在、1
万4,500頭の母豚を擁しており、さらにここでも5年以内に5万6千頭にまで増
頭する計画があるとされる。ただし、同州は現在、豚コレラのワクチン接種清浄
地域であるため、ターゲットは国内市場である。

 こうしたスミスフィールド・フーズ社による両州での母豚飼養規模(計3万2,
500頭)は、ユカタン州にあるGrupo Porcicola Mexicano社(母豚6万5千頭)、
ハリスコ州の家族経営企業Proan社(同3万3千頭)に次いで第3位となってお
り、仮に上記の増頭計画が達成された場合には、スミスフィールド・フーズ社が、
米国、メキシコ2カ国における最大の肉豚生産者となる可能性がある。なお、ユ
カタン州のGrupo Porcicola Mexicano社に供給される飼料穀物は、すべてカー
ギル社(米国)が同州に建てた飼料工場からの米国産によるものであるとされて
いる。


(4)付加価値商品

 BANCOMEXTによれば、@ソノラ州では、3〜4社程度の新規企業参入は可能で、
また、主要な既存輸出企業(NORSON社やKOWI社など)においても農場の規模拡
大は容易に拡大できる条件にある、Aユカタン州においても、統合による規模拡
大を通じて輸出拡大を図ることは可能である、Bしかし、数量そのものの増加と
いうよりも、より付加価値の高い製品の輸出量が増えていくものと見込んでいる。

 これは、垂直的統合による高品質・高規格化と、安価な労賃を背景としたユー
ザー・ニーズへのきめ細かな対応や低コスト化の進展によるものであり、製品と
しては、冷蔵のカット肉に加え、野菜巻き肉や味付け肉などの一次加工品、さら
には、家畜衛生面(豚コレラ)の問題からも、加熱済みの高度加工製品などが挙
げられる。

 なお、あらためて強調したいのは、メキシコの豚肉産業の強みは、安い労働力
を発揮できる環境にあるという点である。低水準の労賃を生かした製品コストの
引き下げは、東南アジアや南米などの国々においても可能であるが、これらの国
々の多くが口蹄疫の汚染国であるのに対して、メキシコは、口蹄疫清浄国(ワク
チン不接種)のステータスを保持している。このため、特に、非加熱(冷凍・冷
蔵)の付加価値商品の分野において、メキシコは、欧米の先進国も東南アジアな
どの途上国も追従できない輸出競争力を有していると言えるのである。


7 おわりに

 今回初めてメキシコを訪問して受けた印象は、陽と陰、秩序と混沌という二面
性の並存である。これは、開発途上国に共通した特徴として片付けてしまうこと
もできるかもしれない。しかし、メキシコは、NAFTAが発効した94年の5月に経
済協力開発機構(OECD)への加盟により、先進国の仲間入りを果たしている。こ
うした矢先の同年12月、突如として通貨危機に見舞われ、翌95年には再び経済が
大きく落ち込むなど、わずか2年間における明暗の落差は激しいものであった。
これまでにも度々このような激変を経験せざるを得なかったメキシコの経済は、
結果的に、貧富の格差をもたらし、持てる者と持たざる者が同居するという社会
の二極構造を生んだ(首都メキシコ市にたむろするストリート・チルドレンや、
中心部から少し外れた斜面一帯を不法占拠する、おびただしい数の簡素なブロッ
ク造りの住宅を目の当たりにして、これを実感した)。

 繰り返しになるが、メキシコの豚肉産業にも同様のことが言える。大規模で生
産性の高い養豚企業体と小規模で非生産的な庭先養豚、衛生的で効率的なTIF施
設と非衛生的・非効率的な地域のと畜場、という二極構造であり、輸出実績を伸
ばす一方で、国内需要も大きく賄うことができない、という二面性である。

 こと豚肉産業に限って言えば、現在のところ、前者である陽の部分の方が際立
っており、総体的にも生産拡大による発展可能性は大きいと言えるだろう。ただ
し、これは、需要の伸びと投資意欲によって裏打ちされるものであるため、結局
は今後の内外の経済状況に負うところが大きい。96年にプラスに転じたメキシコ
経済は、2000年には6.9%もの伸びを記録した。しかし、メキシコにとって依存
度の高い米国経済が、本年9月11日に発生した同時多発テロの影響もあって、減
速から後退局面へと向かっており、好調だったメキシコ経済にもその影響が見え
始めている。今は、こうした動きを注視していくべきであろう。

 最後に、今回のレポートを執筆するに当たり、現地調査への同行や貴重な資料
の提供など多大な御協力をいただいた、在メキシコ日本大使館の河内野書記官と、
コーディネーターの伊藤泰正氏に、この場を借りて心より感謝の意を表します。
参考文献:

1. BANCOMEXT, SAGAR, ANETIF "MEXICO, 
  EXCELLENCE IN MEAT PRODUCTS FOR THE WORLD"

2. SAGARPA "Situacion actual y perspectiva 
  de la produccion de carne de porcino 
  en Mexico 2000"(2001年5月)

3. SAGARPA "Informacion relativa al 
  Sistema Tipo Inspeccion Federal, 
  Elegible para exportar carnicos a Japon"
  (2001年9月)

4. USDA/Economic Research Service 
  "Agricultural Outlook"

 (1)Mexican Supermarkets Spur New 
   Produce Distribution System (August 1998)

 (2)Mexico's Pork Industry Structure Shifting to 
   Large Operations in the 1990's(September 1999)

 (3)Transportation Bottlenecks Shape U.S.‐Mexico 
   Food & Agricultural Trade(September 2000)

5. USDA/Foreign Agricultural Service(FAS)
  "International Agricultural Trade Report, 
  Weekly Market Report:Dairy, 
  Livestock, & Poultry"(July 21,2000)

6. USDA/FAS "GAIN Report"
 (#MX0165, 1045, 1104, 1120, 8147, 9019, 9144)

7. (社)国際農林業協力協会
  「メキシコの農林業−現状と開発の課題−1998年版」(98年3月)

8. (社)国際農林業協力協会
  「平成3年度海外畜産事情調査研究報告書−メキシコ−」(92年3月)

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