海外駐在員レポート 

豪州カンガルー産業の概要

シドニ駐在員事務所 野村 俊夫、幸田 太




はじめに

 世界中で愛用されているスポーツシューズや高級紳士靴の素材として、軽くて
丈夫なカンガルーの皮革が大量に使われていることはあまり知られていない。ま
た、脂肪含有率が極めて少ないカンガルーミートは、ペットフードの原料として
利用されているだけではなく、ナチュラル&ヘルシーなステーキ用食肉として、
また、食物アレルギーに悩む人に適した特殊な食材としても注目されている。豪
州のカンガルー産業は、こうした優れた皮革・肉製品の生産により、年間約2億
豪ドル(約130億円:1豪ドル=65円)を稼ぎ出し、全国で約4千人の雇用を創
出していると言われる。しかし、ここに至るまでの道程は決して平坦なものでは
なく、現在もなお課題を抱えている。今回は、この豪州カンガルー産業の概要に
ついてレポートする。
【写真1:シドニー市内の食肉専門店で 
販売されているカンガルーミート】


主要3品種だけで約2,800万頭が生息

 政府環境省が行った最近の調査によると、豪州には希少品種を含めて47品種、
3千万頭以上のカンガルーが生息するとされているが、中でも「大型カンガルー
主要3品種」と言われるレッドカンガルー、イースタン・グレーカンガルー、ウ
ェスタン・グレーカンガルーは、合計約2,800万頭と圧倒的多数を占めている。 

 しかし、豪州には商業生産を目的としてカンガルーを飼養している牧場はまっ
たく存在していないため、これらは基本的にすべて野生のカンガルーである。た
だし、野生とはいっても、大型カンガルー主要3品種は、未開の原野や国立公園
などの特別な自然保護地域だけでなく、一般の羊・肉牛牧場の中にも数多く入り
込んで生息しているのが大きな特徴である。豪州内陸部の牧場では、夕方、周囲
が薄暗くなると、羊や牛に混ざって多数の大型カンガルーが群れをなして出没す
るのを見ることができる。


気象条件により総頭数が大幅に増減

 大型カンガルーは夜行性の草食獣であり、乾燥した草原地域の水場の周辺(半
径10〜15km圏内)で20〜30頭程度の群を作って生息している。長年にわたり厳
しい干ばつに耐えて生き伸びてきたため、季節を問わない繁殖性、短い妊娠期間
(平均33日間)、生育ステージが異なる複数の仔を同時に育てる能力、水や草が
不足すると胎児の発育を一時的に停止する機能など、優れた繁殖能力を身につけ
ており、水と草さえ潤沢に与えられれば、その頭数は5年間で約4倍にも増加す
ると言われている。しかし、厳しい干ばつに象徴される豪州の不安定な気象条件
は、この優れた繁殖能力を持つ大型カンガルーの頭数さえも、年によって大幅に
増減させる。最近では、80年代の初めと90年代の初めの大干ばつによって頭数が
激減し、その後の気象回復に伴って反対に急増したことが記録されている(図1)。

◇図1:大型カンガルー主要3品種の総頭数の推移◇
【写真2:野生のカンガルー】 


開拓により特定品種のカンガルーが急増

 ところで、多くのカンガルー品種のうち、大型カンガルー主要3品種を含む特
定品種のカンガルー頭数は、現在、豪州の長い歴史からみて著しく多い水準にあ
ることが分かっている。これは、約200年前に開始されたヨーロッパ人による豪
州への入植が、これらのカンガルーの生息環境をまさしく劇的に変化させてしま
ったからである。
 入植者の大規模なユーカリ樹林の伐採により、樹上で生息していたツリーカン
ガルーなどの頭数は減少したが、反対に、水の乏しい小川(クリーク)や水たま
り(ビラボン)の付近で細々と生息していた大型カンガルー主要3品種などの特
定品種は、広大な放牧地の開拓、水飲み場(家畜用井戸)の設置、草地の改良な
どによって、期せずしてそれまでの数十倍もの広さの生息地域を提供される結果
となった。また、羊を保護するために設けられた全長数千kmにおよぶ野犬進入防
止柵(ディンゴ・フェンス)は彼らに安全な繁殖環境を提供し、水飲み場の設置
は干ばつの影響まで緩和した。その結果、これらのカンガルーの頭数は、1800年
代に爆発的に増加する結果となった(以下、これらの特定品種を単に「カンガル
ー」と総称する)。


害獣として大量にと畜処分

 こうして1800年代に急増したカンガルーは、家畜用の牧柵を破壊し、牧場内の
牧草を食い荒らす害獣(ペスト)として家畜生産者から目の敵にされることにな
った。一般にカンガルーは草や低木の新芽を主食とする。水や草が潤沢にあると
きにはそれらをめぐって羊や牛と競合することは少ない。しかし、ひとたび干ば
つとなって水や草が乏しくなれば、生き延びるためにその奪い合いが激化するの
は当然である。このため、牧場内に入り込んだカンガルーは、家畜生産者や彼ら
に雇われたハンターによって、大量にと畜処分された。ただし、当初はカンガル
ーを資源とみなすことはほとんどなかったので、一部の皮革が利用された以外、
と体は牧場内にそのまま放置されるのが普通であった。  
【写真3:野生のカンガルー】



カンガルー産業の興隆と試練

 1950年代に入ると、移動式の冷蔵保管庫や保冷トラックの開発などによってカ
ンガルーの皮革や肉の利用が以前よりもはるかに容易となり、同時にこれらを貴
重な資源としてとらえる見方も広まった。そして、それまでに主要な産業となっ
ていたカンガルー原皮の輸出に加え、カンガルーミートも主にペットフード用原
料として国内で大量に利用されるようになり、さらには少量ながら食用のゲーム
ミートとしてヨーロッパへの輸出も開始された。

 しかし、皮肉なことに、この頃から世界の先進諸国で自然保護団体による野生
動物保護運動が盛んになり、特に、輸出先のヨーロッパや米国では、動物愛護団
体がカンガルーをと畜することに対する強力な反対運動を組織し始めた。さらに、
ヨーロッパの一部でカンガルーミートが他の食肉に混入して流通するという事件
が起きたことが契機となり、豪州は1970年代の約10年間、カンガルー製品の全面
輸出停止を余儀なくされたのである。各州の政府は、この間、カンガルーのと畜
制限(と畜ライセンス制度や同クォータ制度など)を導入したが、これらは外部
からの批判の矛先をかわすための消極的な施策に過ぎなかった。 


積極的な頭数コントロール政策に転換

 ところが、その後、各方面の研究が進むにつれて、カンガルーの頭数を適正な
水準にコントロールすることが、自然保護や動物愛護の面からも重要な意味を持
つことが明らかとなった。人為的な生息環境を提供されたカンガルーは、そのま
ま放置すると土地の許容能力をはるかに超えて増殖してしまう。そして、ただで
さえ不安定な乾燥地域の植物生態系を破壊して土地の生産力を低下させ、他の野
生動植物にまで多大な影響を及ぼすことになる。また、増え過ぎたカンガルーは、
干ばつによる食料不足によって定期的に大量餓死していることも明らかになった。 

 このため、まず、自然保護団体がカンガルーのと畜に対する姿勢を転換し、そ
の頭数を適正な水準にコントロールするという新たな施策に取り組み始めた。一
方、動物愛護団体はと畜に最後まで反対したが、無策のままで大量餓死を繰り返
させるよりも、「最も人道的な方法によると畜(後述)」によって頭数を適正水
準にコントロールする方がカンガルーにとっても望ましいという意見に傾いた。

 こうして、70年代に各州の政府が導入したカンガルーのと畜制限は、80年代以
降、家畜生産、カンガルー産業、環境保護、動物愛護の各セクターのバランスを
取る現実的な施策として再評価されるに至ったのである。 

法律に基づき「と畜クォータ」を設定

 現在、連邦政府は、「野生動物保護・輸出・輸入規制法(1982年)」に基づき、
各州政府に対し、と畜クォータの設定を含むカンガルー管理計画(マネージメン
ト・プラン)を定めることを義務付けている。クインズランド(QLD)、ニュー
サウスウェールズ(NSW)、サウスオーストラリア(SA)、西オーストラリア
(WA)、タスマニア(TAS)の各州がこれに従って計画を定めているが、これら
に共通する内容は次のとおりである。

(1)州の管理機関(国立公園・野生動物管理局など)が毎年、カンガルーの頭
  数調査を行い、その結果に基づいて品種ごとに年間と畜クォータを設定する。 

(2)カンガルーをと畜する者は、州の管理機関からあらかじめと畜ライセンス
  を取得しなければならない。

(3)と畜ライセンス取得者はと畜前に州の管理機関から「タグ(識別標)」を
  購入し、と畜後はと体にタグを付すとともに、詳細なデータを記録しなけれ
  ばならない。 

(4)州の管理機関は、毎年、と畜クォータの範囲内でタグを販売する。 

(5)カンガルーの加工処理・流通業者も州の管理機関からライセンスを取得し、
  かつ、タグ付きのと体のみを取扱わなければならない。 

(6)カンガルーのと畜・加工処理・流通に関わるすべての者は、その取扱実績
  を州の管理機関に報告しなければならない。 

と畜クォータは総頭数の10〜20% 

 現在、各州のカンガルー管理計画に基づいてと畜クォータが設定されているの
は、大型カンガルー主要3品種に、ワラルー、むち尾ワラビー、それにTAS州特
定の2品種を加えた7品種のみである。このうち、大型カンガルー主要3品種が
95%以上という圧倒的なシェアを占めている。と畜クォータの設定に当たっては、
まず、州の管理機関が、毎年同時期に定められた地域で小型飛行機やヘリコプタ
ーを使った空中計測と地上計測でカンガルーの品種別生息頭数を実測し、これに
基づいて州内の総頭数を推定する。その後、カンガルー管理委員会を開催し、総
頭数の10〜20%に当たると畜クォータを決定するが、その際、前年のと畜動向や、
その年の気象予測なども考慮に入れる。一般に、と畜クォータの設定により、カ
ンガルーの頭数を、無策で放置する場合より30〜40%低い水準に抑制できると言
われている。近年、豪州全体のと畜クォータは200〜600万頭の範囲で推移してお
り、2000年は約550万頭に設定された。各州のカンガルー品種別管理状況と、と
畜クォータの推移は次のとおりである。

表1 各州のカンガルー品種別管理状況
 A:多数生息しており、商業と畜を実施
 B:一般的に見られるが、非商業と畜のみ実施
 C:限定された地域のみでと畜
 D:生息していない

 資料:RIRDC
  注:TAS州特定の2品種を除く   

◇図2:カンガルーの品種別と畜クオータの推移◇

各州のと畜クォータ割当て方法

 カンガルーのと畜クォータの割当て方法は、各州によって異なっている。NSW
州は、州内を複数の地域に分割しておのおのにクォータ設定した上で、各地域の
牧場所有者に対しクォータを割当てているが、QLD州は州全体のクォータ管理し
か行っていない。この点についてQLD州の関係者によると、地域分割方式の方が
カンガルーの頭数を的確にコントロールできることは分かっているが、州の管理
運営コストがかさむことや、加工処理業者が工場への輸送に適した地域でと畜す
ることを望む事情もあって、その実施はなかなか難しいとのことであった。


カンガルーのと畜

 既に述べたように、豪州には商業生産を目的としてカンガルーを飼養している
牧場はまったく存在しておらず、また、野生のカンガルーを捕獲してと畜場に輸
送することも禁止されているため、カンガルーのと畜はすべてフィールド(牧場)
におけるシューティング(狩猟)によって行われる。 

 カンガルーのと畜は、ライセンスを持つ「と畜業者」(シューターまたはハー
ベスターと呼ばれる)が牧場所有者から許可を得て行う場合と、逆に牧場所有者
がと畜業者に委託して行う場合がある。と畜業者はあらかじめ必要な数量のタグ
を州の管理機関から購入し、カンガルーが出没する夜間に強力なサーチライトを
装備した車両(写真4)で目的の牧場に入る。そして、カンガルーに気付かれな
いうちに、200〜300メートルもの遠距離からライフルの一撃で瞬時に(つまり
「最も人道的な方法」で)と畜する。カンガルーにほとんど苦痛を与えないこの
と畜方法は、連邦政府の行動規範(コード・オブ・プラクティス)によって厳密
に規定されており、違反者は高額の罰金やライセンス取消しなどの厳しい処分を
受けることになる。 

 と畜業者は、1晩に平均50〜100頭のカンガルーをと畜するが、と体には用意
したタグを付して、その番号、時刻、場所、品種、性別、体重などを詳細に記録
し、後で州の管理機関に報告しなければならない。なお、と畜業者と牧場所有者
はカンガルーのと畜によって双方が恩恵を受けるので(と体販売と害獣駆除)、
普段から連絡を取り合ってスケジュールを調整し、実施後はと畜業者が牧場所有
者に簡単な謝礼を渡すのが通例とのことであった。
【写真4:カンガルーのと畜用車両】

    
【写真5:カンガルーシューターと
はく皮した毛皮】
 




と畜ライセンスおよびタグ

 各州の管理機関は、カンガルーのと畜業者に、商業用と個人用の2種類のと畜
ライセンスを発行している。このうち、商業用ライセンスを取得するには、正確
なライフル射撃技術やと体の衛生的な取扱方法などについて州の管理機関の講習
を受け、厳しい審査に合格しなければならない。一方、個人用ライセンスは、牧
場内でカンガルーが急増した場合に家畜保護のため牧場所有者に緊急に発行され
るもので、発行の条件は緩いものの、と体の商業利用などが制限される。 

 タグは、と畜ライセンス取得者のみが州の管理機関からを購入することができ
る。現在、タグの販売価格は1個57豪セント(約37円)であり、商業用ライセン
スでは1回500個、個人用ライセンスでは同50個まで購入できる。タグの販売収
入は、各州のカンガルー管理計画の運営コストなどに充てられている。


と体の簡易処理と輸送 

 と畜業者は、と畜したフィールドで直ちにカンガルーのと体の簡易処理を行う。
簡易処理の方法は、(1)放血・内臓除去(皮革と肉の両方を利用する場合)と、
(2)不要部位除去・はく皮(皮革のみを利用する場合)の2種類に大別される。 

 QLD州を除く各州は、資源の有効利用の観点から、と畜したカンガルーの皮革
と肉の両方の利用を義務付けているが、QLD州は皮革のみの利用も許可している。
これは、同州の面積が広い上にと畜頭数も最も多く、輸送体制・コストや加工処
理能力の面から全部の肉利用が困難なためである。また、SA州では歩留まりの多
い後肢のみを利用し、と体の前肢は廃棄している。現在、QLD州では皮革のみの
利用が全体の約40%を占め、SA州ではと体の肉資源の約20%がフィールドに廃棄
されている。 

 と畜業者は、と畜を実施した翌朝、簡易処理を施したと体をフィールド付近に
設置されている冷蔵保管施設(冷蔵コンテナを改造したもの:写真6)に搬入す
る。冷蔵保管施設は加工処理業者の委託を受けた責任者が管理しており、加工処
理業者の大型トラックがと体を回収にくるまでの臨時保管施設として機能してい
る。大型トラックは冷蔵保管施設を巡回してと体を回収し、加工処理工場まで輸
送するが、保管施設が広い範囲に点在しているため、1回の巡回に平均3,500km
もの距離を走行するとのことであった(図3)。 
【写真6:カンガルーと体の冷蔵保管施設】
◇図3:豪州のカンガルーと畜地域◇

 資料:Evrironment Australia


クォータを下回ると畜頭数 

 豪州におけるカンガルーの年間と畜頭数は、近年、150〜300万頭の範囲で推移
しているが、設定されたクォータをかなり下回る年が多い(図4)。99年の全国
と畜頭数は約260万頭であり、クォータの約47%にとどまった。これは、第1に
加工処理業者が工場の稼働率低下を回避するべく処理能力をクォータ限度よりも
低めに設定しているためであり、第2にと畜業者もそれに応じた水準でと畜を行
っているためである。

 各州の管理機関は、毎年、カンガルー頭数調査の実施後、カンガルー管理委員
会を開催し、家畜生産者団体、カンガルー産業界、自然保護団体、動物愛護団体、
学識経験者などによる討議を行ってと畜クォータを決定するが、その基本的な目
的はあくまでもカンガルーの頭数を維持することであり、加工処理業者の需要に
合わせてと畜クォータを決めるわけでは決してない。従って、干ばつなどにより
総頭数が減少した場合には、どれほど需要があってもと畜クォータは大幅に削減
される。このことは、加工処理業者にとって長期的な見通しに基づく設備投資の
実施が極めて難しいことを意味している。 

◇図4:カンガルーと畜クォータ・と畜頭数の推移◇


最近のカンガルー産業の動向

 豪州のカンガルー産業は、皮革部門とミート部門に大別される。最近の動向を
部門別に見ると、まず、皮革部門においてはその中心が原皮の輸出から加工度を
高めた皮革素材の輸出へとシフトしつつある。99/2000年度には、皮革素材の輸
出額が原皮のそれを上回った。一方、ミート部門では、かつて国内におけるペッ
トフードの製造が圧倒的な比重を占めていたが、90年代後半から食用ミートの輸
出が急激に増加し、その輸出額も原皮や皮革素材と比肩するほどになりつつある
(図5)。

◇図5:カンガルー製品の輸出額の推移◇ 


カンガルー皮革は優れた加工素材 

 国内でと畜されるカンガルーの大半は皮革加工に利用されている。カンガルー
の皮革は軽量であるのみならず、薄く加工しても極めて丈夫であるため、スポー
ツシューズや高級紳士靴などの素材として珍重され、世界中で広く利用されてい
る。

 スポーツシューズ用は、豪州国内でなめした皮革素材が主にインドネシア、香
港、日本などに輸出され、現地で最終製品化される。一方、高級紳士靴用の場合
は、イタリアや日本などに塩漬/浸酸(ピックリング)処理した原皮の状態で輸
出され、なめし加工から最終製品化まで現地で一貫して行われるケースが多い。
皮革部門は、ミート部門に比べて輸出割合が高いのが特徴である。


◇図6:カンガルー原皮の輸出◇

◇図7:カンガルー皮革の輸出◇


パッカー・タンニング社 

 QLD州ナラングバ市(ブリスベン北方)にあるパッカー・タンニング社は、従
業員160名、年間販売額2,500万豪ドル(約16億2,500万円)という、豪州最大の
カンガルー皮革製造輸出企業である。かつては牛皮革を中心に操業していたが、
現在はカンガルー皮革の製造が全体の80%を占め、そのうち80%を世界各国のス
ポーツシューズメーカーなどに素材として輸出している。工場への原皮搬入は、
肉の加工処理工場から搬入するルートと、と畜業者から直接購入するルートの2
種類がある。搬入された原皮は、塩漬、浸酸、水漬、石灰漬などの後、なめし加
工が施されて柔らかくなり、裏削り、着色、加脂、乾燥、プレスなどの複雑な工
程を経て製品になる。工場に搬入された原皮が製品に仕上がるまで、最低2週間、
時には3週間を要するとのことであった。かつては同社もピックリング原皮を主
体に扱っていたが、品質の良いカンガルー皮革素材を求める日本企業のアドバイ
スを受けて新技術導入に努め、現在の製造販売体制を築いたという。
【パッカー・タンニング社の皮革工場】

    
【輸出用のカンガルー皮革素材】
  


カンガルーミート生産量は年間2万トン以上 

 99年には豪州全体で約260万頭のカンガルーがと畜されたが、皮革のみが利用
されたケース(QLD州)などを除くと、実際に肉資源が利用されたのは約210万頭
であったと推定される。カンガルーの1頭当たり平均枝肉重量が約20kg、正肉重
量は約12kgであり(表2)、SA州における前肢の廃棄なども併せて考慮すると、
全部で約2万4千トン(正肉ベース)のカンガルーミートが生産されたと推定さ
れる。 

 また、99年の輸出量は約4,400トン(船積み重量ベース)であったが、このう
ち食用カンガルーミートが約85%を占めたと推定されている。食用カンガルーミ
ートには、ステーキ用などの部分肉だけでなく、ソーセージなどの加工品も多く
含まれている。輸出において食用向け割合が高い理由は、輸出ライセンス取得に
係る豪州検疫検査局(AQIS)や各州食品衛生監視機関の審査が極めて厳しく、多
額の設備投資を要するので、輸出企業はこれに特化する傾向にあるためである。 

 カンガルーミートは脂肪含有率が低いヘルシーな赤身肉で、食物アレルギーに
悩む人にも適した特殊な食材としても注目されている(表3)。また、近年はBS
E問題の再燃などを背景に輸出需要も高まりつつある。2000年の輸出量は前年比
30%増の5,700トンに達し、輸出先は、ロシア、南アフリカ、オランダなどが多
かった(図8)。 

◇図8:カンガルーミートの輸出◇

表2 カンガルーの平均枝肉構成

 資料:RIRDC

表3 カンガルーミートの栄養価の比較

 資料:KIAA


オーバーシーズ・ゲームミート・エクスポート社 

 QLD州ネラング市(ゴールドコースト郊外)にあるオーバーシーズ・ゲームミ
ート・エクスポート(OGME)社は、1981年の創業で、カンガルー、イノシシ、エ
ミュー、シカ、ロバ、クロコダイルなどの食用ゲームミートを主体に扱っている。
このうち、カンガルーミートは全販売額の約55%を占めており、イノシシ肉(ワ
イルド・ボア・ミート)とともに、同社の主力製品となっている。

 同社は、創業当初から輸出に目標を定めて食用ゲームミートの加工・輸出ライ
センスを取得した。2000/01年度の販売額は800万豪ドル(約5億2千万円)に
達したが、製品の95%以上は世界各国に向けて輸出されている。工場では、約70
人の従業員が2交代制で1日約800頭のカンガルーを解体処理している。同社の
カンガルーミートは、ロインやモモだけでなく、すべての部位が無駄なく食用に
利用されている。同社の特徴は、97年にHACCPを取得した近代的で衛生的な加工
処理工場を持つことと、QLD州中部からNSW州北部にかけての広い範囲に約50ヵ所
の冷蔵保存施設を設置して食用ゲームミートの効率的かつ迅速な輸送体制を整え
ていることである。
【カンガルーと体輸送用の大型トラック】

    
【OGME社の加工処理工場】
  
 


国内需要はペットフード原料が大部分

 一方、カンガルーミートの国内需要を見ると、食用向けは約20トンと1%未満
に過ぎず、残りの大部分(約1万9千トン)は主にペットフードなどの加工原料
として利用された。ペットフード製造ライセンスは食肉輸出ライセンスに比べる
と衛生基準などがはるかに緩く、企業の設備投資も少なくて済むため、製造原料
としてカンガルーミートへの需要も多いとのことであった。 

 連邦政府は95年、連邦食品衛生基準を改訂し、カンガルーミートを含むゲーム
ミートを初めて正式に食品として定義した。これを受けて96年には獣医・公衆衛
生常任委員会(SCVPH)が設置され、各州の衛生基準を統一するなど、食肉利用
の拡大に向けた環境が整いつつあるが、その割合はまだ低い。


カンガルー産業発展の課題

(1)国内食肉需要の拡大 

 カンガルー産業のうち、皮革部門はスポーツシューズという有望な市場を開拓
したが、ミート部門にとっては付加価値の高い食肉需要の拡大がカギとなってい
る。食用カンガルーミートの輸出は堅調に推移しているが、伸び悩む国内市場の
拡大が重要なポイントになっている。 

 農業研究開発公社(RIRDC)が96年、豪州国内で18〜60歳の約500名の男女を
対象に実施した調査によると、食肉として何をイメージするかという質問に対し、
93%が牛肉や羊肉と併せてカンガルーミートを思い浮かべると回答した。また、
25%は過去1年以内にカンガルーミートを食べており、過去に1度でも食べたこ
とのある者は51%に達した。逆に、食べたことのない者にその理由を質問すると、
実際に販売されているところを見たことがないという回答が多かった。

 連邦政府が95年に食品衛生基準を改訂し、ゲームミート全般を正式に食品とし
て定義している中で、食肉としての認知度が既に高いことから、今後は実際にカ
ンガルーミートを購入できる機会を数多く提供することが需要拡大のポイントに
なると思われる。 


(2)未利用肉資源の有効活用 

 現在、カンガルーのと畜頭数が最も多いQLD州では、と体の皮革のみを利用す
るケースが40%を占め、これらの肉資源は未だに廃棄されている。また、SA州で
はと体の前肢が破棄されていることも既に述べた。数量変動の大きいと畜クォー
タ制度によりと畜頭数の大幅な拡大は望めないことを考慮すると、未利用肉資源
の有効活用は産業全体の発展に欠かせない課題であると言えよう。現状ではペッ
トフード原料用になる割合が高いとはいえ、と体の輸送体制の整備や加工処理施
設の拡充を進め、未利用肉資源を活用する基盤を整えることが求められている。 


(3)自然保護・動物愛護問題の解決

 自然保護・動物愛護問題の解決は、カンガルー産業発展のために避けられない
重要課題である。奇しくも7月にはイギリスの有名な動物愛護・菜食主義者団体
(VIVA!)のリーダーが豪州を訪れ、大々的にカンガルーと畜の全面禁止キャン
ペーンを行った。動物愛護団体の中にはカンガルーの「最も人道的な方法による
と畜」を容認する団体もあるが、中には絶対にと畜を許さない強硬団体も依然と
して存在している。これらの強硬団体と家畜生産者・カンガルー産業関係者との
対立は、話し合いの糸口すら見えないほど深刻な状況となっている。しかし、こ
れらの団体の活動が各国の消費者に無視できない影響を及ぼすことを考慮すれば、
家畜生産者やカンガルー産業は何としても話し合いの糸口を探らねばならない。
彼らが自然保護団体などと一緒に話し合いのテーブルにつかない限り、家畜生産
者やカンガルー産業は常に批判と攻撃にさらされ続けることになる。  


(4)メジャーな産業イメージの確立 

 カンガルー産業は当初、家畜保護と害獣駆除の副産物を扱う産業として登場し、
次に、自然保護政策を進める上で結果的に得られる余剰資源を扱うに至った。し
かし、いずれにせよ、主たる目的の遂行に伴って生じた二次的な副産物を取り扱
うマイナーな産業というイメージは払拭されていない。今後、カンガルー産業が
一層の発展を遂げるには、このマイナーなイメージを早期に払拭し、消費者にと
って有意義な皮革・肉製品を積極的に供給するメジャーな産業としてのイメージ
を確立することが必要なのではないか。カンガルーのと畜クォータ制度は、裏を
返せばカンガルー資源の持続的な供給を可能にする体制が確立されたことを意味
する。この視点に立った積極的かつ総合的な産業振興策が求められている。
【写真7:野生のカンガルー】


おわりに

 特定品種の野生動物が急激に増えた場合、生態系に影響を及ぼさない範囲で、
または積極的に生態系を維持するために、適度な頭数にコントロールするという
方法は、カンガルーに限らず他の多く品種にも適用されている。

 それにも関わらず、ことあるごとにカンガルーのと畜が議論されるのは何故で
あろうか。それは、第1にカンガルーが家畜生産者にとっては紛れもない害獣で
あり、第2にカンガルー自体が有望な畜産資源であり、第3に豪州独特の貴重な
動物品種であり、そして第4に豪州のシンボルになるほど愛らしい動物だからで
ある。このため、家畜生産者、カンガルー産業界、自然保護派および動物愛護派
が、おのおのの異なった立場から強い関心を持ち続けており、ことあるごとにあ
つれきを繰り返している。

 人間が変えた環境下で急増したカンガルーが家畜を脅かす害獣になったからと
いって、大量のと畜や一方的な撲滅を要求しても、幅広い支持を得るのは難しい
と思われる。また、カンガルー産業がいくら優れた皮革・肉製品を供給しても、
社会や消費者の反発を買ってしまっては絶対に成功は望めない。各者のバランス
を保って初めて消費も販売も伸びるのである。今回、各者の意見を見聞きする中
で、その舵取りがいかに難しいか考えさせられた。


参考資料 

1.Commercial Harvesting of Kangaroos in Australia 
  Tony Pople & Gordon Grigg, Environment Australia 
2.Kangaroo Industry Commercial Practices    
  Rural Industry Research and Development Corporation 
3.Improving Consumer Perceptions of Kangaroo Products    
  Rural Industry Research and Development Corporation 
4.Profitable Marketing of Kangaroo Products    
  Rural Industry Research and Development Corporation 
5.Current state of scientific knowledge on kangaroos 
  in the environment, including ecological and 
  economic impact and effect of culling    
  NSW Kangaroo Management Advisory Committee 
6.The NSW Kangaroo Management Program    
  NSW National Parks & Wildlife Service 
7.Nature Conservation(Macropod Harvesting)
  Conservation Plan 1994    
  Queensland Department of Environment and Heritage 
8.Environment Australia Home Page 
9.Kangaroo Industry Association of Australia Home Page 
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  (その他、雑誌、新聞など)

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