海外駐在員レポート 

共通農業政策(CAP)の中間見直しについて

ブラッセル駐在員事務所 山田 理、関 将弘



1. はじめに

 共通農業政策(CAP)は、EUにおける農業の生産性向上や農畜産物市場の安定化
を目的に、加盟国に対し共通に適用される農業政策として60年代に導入されたも
のである。現在まで、域内の農畜産物需給の変動や世界貿易機関(WTO)交渉など
に対処するため、CAPに関しての改革が数度行われてきた。現行のCAPは、アジェ
ンダ2000と呼ばれる2000年から2006年を対象にしたEU委員会の政策パッケージ案
を基に、99年3月にベルリンで開催された欧州理事会(ベルリンサミット)で合意
されたものである。ベルリンサミットではこのほか、2000年から2006年における
分野ごとのEU予算の枠組みも決められた。この中で、EU委員会は、EU予算の約半
分を占めるCAP予算について、その予算執行見込みに関する報告書を2002年に提出
すること、また、必要な場合には、CAP改革に関する中間見直し案を併せて提出す
ることを求められた。

今回のレポートでは、こうした要請に基づき、EU委員会が2002年7月に公表したC
APの中間見直しに関する報告書の概要およびCAP改革案に対する各国の現時点での
反応などについて紹介する。


2.アジェンダ2000による99年のCAP改革

 中間見直しに関する報告書の内容に触れる前に、アジェンダ2000による99年の
CAP改革について簡単に整理しておきたい。

 99年のCAP改革の主な目的は、ウルグアイ・ラウンド後のWTO交渉および中東欧
諸国のEU加盟を控えて、EU産農畜産物の域内価格を引き下げ、国際的な競争力を
強化することにあった。このため、介入価格の引き下げおよびこの代償措置とし
ての直接支払いの単価引き上げや新たな直接支払いの導入が行われた。99年のCA
P改革は、従来の介入買い上げを通じた農畜産物に対する価格支持から直接支払い
の導入による農業者に対する所得補償への転換を進めた92年のCAP改革の方向性
を踏襲し、さらに深化させたものであると言える。 

 具体的には、WTO農業協定において、削減を免除された青の政策に属する直接支
払いが拡充・新設されたことに加え、直接支払いの交付条件(クロス・コンプラ
イアンス)として、環境保全上の必要な措置を盛り込むこととし、これに違反す
る不適格な生産者への支払いを減額・停止するなど、環境対策が強化された。ま
た、一定の条件を満たす場合、各加盟国は、年間の直接支払い総額の20%を上回
らない範囲で減額(モジュレーション)することができることになった。モジュ
レーションおよびクロス・コンプライアンスに関する措置の結果生じた差額は、
自国内の条件不利地域対策などの農村開発政策に流用できることとされた。持続
可能な農村地域の支援のための農村開発政策は、市場政策と並ぶCAPの第2の柱と
して位置付けられ、大幅に拡充された。さらに、これまで原則としてEU全域で一
律だった直接支払い単価について、加盟国の実情に合わせ、各国の裁量で上乗せ
支払いを可能とするなど、加盟国への分権化も併せて進められた。

 なお、CAP予算(農村開発および家畜衛生対策を除く。)について、2000年から
2006年までの期間中、年平均で405億ユーロ(約4兆9,410億円:1ユーロ=122円)
の上限が設定されている。

※「青の政策」…92年11月の米国−EU間の合意(ブレアハウス合意)を受けて、
  削減対象から除外されないものの削減を免除されたもの。対象となるのは、EU
  の穀物などに対する直接支払いと米国の穀物に対する不足払い。
99年のCAP改革のポイント

−穀物分野−
・穀物の介入買い入れ制度の介入価格を2000年度から2年間で段階的に15%引き下げ
・介入価格の引き下げの代償措置として、直接支払いの単価引き上げ(ただし、油量種子の単価は小麦などと同水準まで引き下げ)
・義務的休耕の基本率を引き下げ
 99年度17.5%→2000年度10.0%
−牛肉分野−
・牛肉の介入買い入れ制度の介入価格を2000年度から2年間で段階的に引き下げ
  99年度枝肉1トン当たり3,475ユーロ(約42万円)→2001年度3,013ユーロ(約36万8千円)
・2002年7月に通常買い上げを廃止し、民間在庫補助に移行(価格低落時のセーフティーネットとしての買い上げは継続)
  実質的価格水準は、2000年から3年間で20%引き下げ
・介入価格の引き下げの代償措置として、既存の直接支払いの単価引き上げと新たな直接支払いの新設(と畜奨励金)
−酪農分野−
・バターおよび脱脂粉乳の介入価格を2005年度から3年間で段階的に15%引き下げ
 バター :2004年度100キログラム当たり328.20ユーロ(約4万円)→2007年度278.97ユーロ(約3万4千円)
  脱脂粉乳:2004年度100キログラム当たり205.52ユーロ(約2万5千円)→2007年度174.69ユーロ(約2万1千円)
・介入価格の引き下げの代償措置として、新たな直接支払いの新設(酪農奨励金)
・生乳生産クオータの増枠
 イタリアなど5カ国に対し、2000年度および2001年度に増枠、その他の国は2005年度から2007年度にかけて増枠
 なお、2006年以降のクオータ制度については、その廃止も視野に入れて、2003年に再度協議
※ 介入買い上げに係る年度は7月〜翌年6月、生乳生産クオータに係る年度は4月〜翌年3月である。

3.EU委員会の中間見直し案

 EU委員会は2002年7月10日、CAPの中間見直しに関する報告書を公表した。今回
の報告書の主な目的は、ベルリンサミットで要請された通り、アジェンダ2000に
基づく改革の進行状況の確認およびその改善である。EU委員会は、@穀物および
油糧種子に関する市場改革の検証および需給状況、A牛肉に関する市場状況、B
2006年以降の制度廃止も視野に入れた生乳生産クオータ制度の将来、C農業関係
支出に関する状況について報告することになっていた。また、EU委員会は、先に
述べた通り、アジェンダ2000によるCAP改革の目的の完全な実現を図るため、市場
政策の調整に関する提案作成を要請されていた。さらに、2001年6月にスウェーデ
ンのヨーテボリで開催された欧州理事会(ヨーテボリサミット)は、中間見直し
において、環境および持続可能な発展に対する効果にも配慮するよう求めていた。

 実際には、今回の報告書の内容はかなり大胆な改革案を含んでおり、中間見直
しとして欧州理事会から要請された域を超えるものであると言える。この点に関
してEU委員会は、今回の見直し案はベルリンおよびヨーテボリで示された目的を
達成することに加え、農業および農業政策に対する欧州市民の強い期待に応える
ためのものであると説明しており、昨年から今年にかけて、消費者を含む関係者
を集めて実施された農業・食品政策に関する意見交換会の結果なども考慮したも
のとみられる。

 また、2004年の欧州議会の次期選挙までには中東欧諸国10カ国のEU加盟が見込
まれており、現加盟国だけでCAP改革を協議できるのは、今回の中間見直しが最後
の機会になることも、提案の内容に影響したものとみられる。

 報告書では、穀物や牛肉などの主要農畜産物の需給見込みについて、ライ麦な
ど一部の品目を除き、おおむね良好な需給バランスが維持されているとしている。
また、アジェンダ2000によるCAP改革による現行制度を継続した場合の財政支出の
見込みについても、ベルリンサミットで設定された上限額を下回るとの予測を公
表しており、従前のCAP改革の契機となることが多かった財政および需給状況の2
つについて、現状では特に問題がないとしている。

 今回提示されたEU委員会のCAP改革案の概要は、次の通りである。
中間見直し案のポイント

・直接支払いの簡略化およびデカップリング−農家収入支払いの創設
・直接支払いの交付条件について、環境保全、食品安全、動物福祉などに関した条件(クロス・コンプライアンス)の強化および農場検査制度の創設
・モジュレーション(直接支払いの段階的引き下げ)の義務付け−ダイナミック・モジュレーションの創設および農村開発政策のさらなる拡充
・穀物介入価格のさらなる引き下げによる国際競争力の強化等

(1)直接支払いの簡略化およびデカップリング−農家収入支払いの創設

 農村地域の適正な生活水準の維持および農家の収入安定への寄与は、CAPの重要
な目的の1つである。このため、92年および99年のCAP改革においては、農畜産物
の介入価格が引き下げられた代償措置として、品目別の直接支払いが導入・拡充
されたことは先に述べた。現在では、農畜産物の販売だけで十分な生活水準を確
保できない農家も多く、直接支払いの果たす役割は重要なものとなっている。

 直接支払いは、品目ごとに1つだけではなく、品目によっては多種の直接支払い
が存在する。例えば、肉牛を対象とした直接支払いには、雄牛および去勢牛を対
象とした特別奨励金、繁殖雌牛を対象とした繁殖雌牛奨励金のほか、と畜奨励金、
粗放化奨励金などがある。肉牛経営に限らず複合経営の場合には、1軒の農家で複
数の直接支払いを受給することも珍しくない。

 こうした直接支払いは、品目ごとの個別の要件を満たした農家に対し、耕作面
積または飼養頭数に応じて交付される。このため、現行の直接支払いは農業生産
に結びついた所得補償と見なされている。

 今回の報告書の中で、EU委員会は、従来の品目別の直接支払いに代わるものと
して、農家ごとに支給される農業生産と切り離(デカップル)した単一の直接支
払い(農家収入支払い:Farm Income Payment)の創設を提案した。この農家収入
支払いは、農家ごとに各種の直接支払いの過去の受給実績総額を基に算定され、
実際に生産(飼養)する品目を拘束するものではない(ただし、生産クオータな
どは引き続き適用される)。

 第一段階として、穀物、でんぷん用ジャガイモ、牛、羊のほか、今回修正が提
案された米、デュラム小麦、乾燥飼料(dried fodder)や2005年度から開始され
る酪農(酪農奨励金)などに関する直接支払いが農家収入支払いに結合される。
今後、制度改革が予定されている砂糖、オリーブ油、野菜や果物は、その後、順
次対象とされる。将来的には一部の例外を除き、すべての品目に関する直接支払
いを網羅することが見込まれている。

 リースや売却などにより農場の一部を他者へ引き渡す場合には、一定の条件を
満たせば、農地の移転と共に農家収入支払いの受給権の一部が移転可能とされて
いる。

 このような農家収入支払い創設の利点として、@直接支払いを農業生産から切
り離すことで、農業者は今までの品目にこだわらずに、市場状況を勘案しながら、
最大の収益を獲得できる品目に生産を集中することが可能となり、結果として、
政策的な刺激ではなく消費者の需要に応じた品目が供給されることで、消費者の
利益にもつながること、A農家収入支払いの創設による直接支払い制度の簡略化
は、直接支払いの交付事務に係る行政コストの低減につながり、特に、新規加盟
国にとって、加盟後のCAP運営が容易になること、B直接支払い制度が、WTO協定
において、削減が免除された「青の政策」から、削減対象とならない「緑の政策
」に切り替わることになり、この制度の将来的な維持がより確実となることなど
が挙げられている。


(2)直接支払いの交付条件について、環境保全、食品安全、
     動物福祉などに関した条件(クロス・コンプライアンス)の強化
     および農場検査制度(Farm auditing)の創設

 農家収入支払いおよびその他の直接支払いには、一層厳しい条件を満たすこと
が義務付けられる(クロス・コンプライアンス)。この条件を満たせない場合に
は、直接支払いが減額されることになる。このクロス・コンプライアンスの概念
は、アジェンダ2000による99年のCAP改革で既に導入されていたが、従前の環境
保全に関する条件に加え、食品安全性、家畜衛生、動物福祉や農業者に対する労
働安全などに関する事項を含むようさらに強化された。加盟国は、地域の特殊性
を勘案しながら条件の設定を行うが、公正な競争がゆがめられないよう、共通の
枠組みに従う必要がある。

 具体的には、農業者は、直接支払いを受けるために、法定基準として定められ
た「優良農業規範(Good Farming Practices:GFP)」を順守することを求められ
る。GFPは、耕作地だけでなく休耕地や耕作可能地も含め農場全体が対象となる。
また、加盟国が必要と認める場合には、草地から荒廃地への変化を防ぐ条件も含
めることができる。 

 クロス・コンプライアンスの強化に伴い、農場検査制度が導入される。年間の
直接支払い受給額が5,000ユーロ(約61万円)を超える農家に対しては、農家検査
制度が適用される。環境保全、食品安全性、家畜衛生、動物福祉や労働安全に関
する事項を直接支払いの交付条件に含め、農場検査制度の枠組みの中で定期的に
監視することで、農業生産の透明性が向上し、農畜産物に対する消費者のより大
きな信頼を勝ち取ることができると考えられている。


(3)モジュレーション(直接支払いの段階的引き下げ)の義務付け−
     ダイナミック・モジュレーションの創設および農村開発政策のさらなる拡充

 生産から切り離された直接支払いである農家収入支払いへの移行とクロス・コ
ンプライアンスの強化により、環境にダメージを与えるような生産に結びつく政
策的な刺激は減少するとみられる。しかし一方で、直接支払いのデカップリング
は、辺境地域においては、離農や耕作放棄地を増加させる圧力となりうる。この
ため、環境に配慮した農業や条件不利地域対策をはじめとしたCAPの第2の柱であ
る農村開発政策の重要性がさらに高まると見られている。財政支出を増加させず
に、農村開発政策の財源を確保し、実行するため、モジュレーションを全加盟国
に義務付けるダイナミック・モジュレーションが提案された。

 直接支払いを減額し農村開発政策に流用するというモジュレーションの考え方
は、クロスコンプライアンスと同様に、アジェンダ2000による99年のCAP改革で既
に導入されていたものである。しかし、その実施は加盟国の任意とされたため、
フランスやイギリスなど少数の加盟国でのみ導入されていた。

 今回の提案では、2004年から毎年3%ずつ減額幅を拡大させ、2010年には20%の
減額を行うとしている。既にモジュレーションを導入している加盟国に対しては、
移行措置が認められる。ダイナミック・モジュレーションの適用に当たっては、
直接支払いの受給額が一般的に少ない小規模農家等に配慮するため、雇用労働力
を基準とした控除額(フランチャイズ)が設定される。雇用労働力が2AWU(1AWU
は成人1人の年間のフルタイム労働に相当)以内の場合、直接支払いのうち、5,0
00ユーロ以下の部分は、ダイナミック・モジュレーションの対象から除外される。
この措置によって、EUの4分の3の農家は直接支払いの減額をまぬがれることがで
きる。ダイナミック・モジュレーションの導入により直接支払いを3%減額するこ
とによって、生み出される財源は、年間5〜6億ユーロ(約610〜732億円)に上り、
その後は減額幅の拡大に伴いさらに増加するものと推計されている。これらは、
農地面積などに応じて、農村開発政策の財源として加盟国に再配分される。

 また、直接支払いの1農家当たりの限度額が設定され、年間30万ユーロ(約3,6
60万円)を超える金額については各加盟国内の農村開発政策の財源に充当される。

 現在、農村開発政策の枠組みの中では、92年のCAP改革に付随する対策として、
環境に配慮した農業、条件不利地域および植林などに対する補助が実施されてい
る。EU委員会は、農村開発政策のさらなる強化を図るため、従前の事業に加え、
食品安全性、食品品質、動物福祉、農業者の環境保全等に関する基準などへの対
応に対して支援することを新たに提案した。


(4)穀物介入価格等のさらなる引き下げによる国際競争力の強化

 EU産穀物の競争力の強化および域内需給バランスの改善のため、いくつかの市
場政策の修正に関する提案も併せて行われた。穀物に関しては、2004年度から介
入価格をさらに約5%引き下げ(2003年度:1トン当たり101.03ユーロ(約1万2,3
26円)→2004年度:95.35ユーロ(約1万1,633円))、その代償措置として直接支
払いの単価を引き上げる。介入在庫の増加が懸念されるライ麦に関しては、介入
買い上げ制度を廃止する。内外価格差の大きい米に関しては、介入価格を50%引
き下げ、民間在庫補助およびセーフティーネット買い上げを導入するとともに、
直接支払いの単価を引き上げることなどが提案された。


(5)生乳生産クオータ見直しの4つの政策オプション

 酪農はEU農業において最も重要な部門の1つで、EUの農業生産額の約15%(99
年)を占めている。また、間接的な生産を含めるとEU産牛肉の3分の2は乳用牛群
から得られるものであり、実質的には、EU農業に与える酪農の経済的影響力はさ
らに大きいと言える。こうしたことから、酪農分野の改革は加盟国間の利害調整
が難しく、最終的には政治的な判断にゆだねられる場合が多い。99年のCAP改革で
も、ベルリン・サミットにおいて、介入価格の引き下げなど酪農分野の改革は、
実質的に2005年度に先送りされている。生乳生産クオータについても、制度の存
続といった根本的な問題で調整がつかず、2007年度までの国別クオータが一応定
められたものの、2006年以降の廃止も視野に入れ、2003年に見直すとされた。

 中間見直しの報告書では、生乳生産クオータの将来の取り扱いに関連する4つの
政策オプションの概要が提示され、この問題に関するレポートが別途公表された。
4つのオプションの概要は以下の通りである。

@アジェンダ2000の単純な継続

   2005年度からの段階的な介入価格の引き下げ、直接支払いの導入の後、生乳生
 産クオータも含めて、現行制度を単純に延長・継続する。

Aアジェンダ2000によるアプローチの繰り返し

  アジェンダ2000による改革と同様に、2008年度から3年間で生乳生産クオータを
 3%増加させる一方、介入価格を平均10%(バター:▲15%、SMP:▲5%)引き下
 げる。また、介入価格引き下げの代償措置として直接支払いの単価を引き上げる。

B2段階クオータ制度の導入

  生乳生産クオータを輸出向けおよび域内消費向けに分割し、それぞれの需給状
 況に応じてコントロールする。また、介入制度は継続するものの、輸出補助およ
 び域内の消費促進に対する補助は廃止される。

C生乳生産クオータの撤廃 

  生乳生産クオータを2008年度に撤廃する。介入買い上げについては、介入価格
 を大幅に引き下げ、価格低落時のセーフティーネットとして存続させる。

  なお、EU委員会は、各政策オプションの有効点および問題点について、表1のよ
 うに整理している。

 表1 生乳生産クオータに関する各政策オプションの利点および問題点
  利 点 問 題 点
@アジェンダ2000の単純な継続 ・長期的な需給バランスの安定
・介入在庫の発生なし
・輸出補助、消費促進に対する補助の必要額の減少
・牛肉需給バランスの改善
・バター輸出の実質的な消滅およびチーズ輸出の減少
・経済的な安定の疲弊および酪農分野におけるクオータ制度による閉塞
Aアジェンダ2000によるアプローチの繰り返し ・長期的な需給バランスの安定
・介入在庫の発生なし
・補助なし輸出のわずかな増加:特にチーズ
・政策的な支持ではなく市場動向への反応の改善
・直接支払いの増加によるEU財政支出の増加
・経済的な非効率性を伴うクオータ制度の継続(@よりは軽度)
・加盟国間のクオータ取引により、限定された短期の経済的有効性のみ発生
B2段階クオータ制度の導入 ・制限的な域内クオータ政策による域内需給バランスの安定
・輸出能力の回復
・輸出補助、消費促進に対する補助の廃止
・介入買い上げおよび保管に係る経費の大幅削減
・WTO協定への適合性に課題
・より徹底したクオータ管理の必要性
・クオータ管理に関する負担の増加
C生乳生産クオータの撤廃 ・潜在的な生産効率性を有する農家に対する制限の排除
・人工的な市場支持政策の廃止
・最も有効な手段によって消費者価格がEUの生乳生産コストを反映
・自立した補助なし輸出能力の達成
・透明性の向上と酪農分野の制度の単純化
・安価な生乳に対する市場機会の拡大による大幅な価格と農家収入の低下
 資料:EU委員会


4.EU委員会提案に対する加盟国等の反応

(1)加盟国の反応

 EU委員会の中間見直しに関する報告書は、7月15日に開催された農相理事会で取
り上げられたが、EU委員会提案への反対意見が大勢を占めた。直接支払いのデカ
ップリングについては、ドイツ、イギリスなど5カ国が賛意を示したものの、フラ
ンス、イタリアなどの10カ国は反対した。クロスコンプライアンスの強化には、
積極的な反対も少なかったが、賛成したのはイギリス、アイルランドの2カ国と条
件付で賛成したフィンランドの3カ国のみである。ダイナミック・モジュレーショ
ンには、オランダ、デンマーク、フィンランドのみ賛成、穀物分野の改革にいた
ってはEU委員会の提案に賛意を示した国はないというように、EU委員会にとって
は非常に厳しい状況となっている。

 とりわけ、フランスは、EU委員会の提案はベルリンサミットで求められた中間
見直しの範囲を超えるもので、アジェンダ2000によるCAP改革の内容は、期間終了
(2006年)まで大幅に変更すべきではないと主張している。また、デカップリン
グについては、直接支払いのいかなる変更も望んでいないと自らの立場を明確に
した上で、検討を行うに当たっては、まずEU委員会がデカップリングの社会的お
よび経済的影響を分析することが必要であるとしている。さらに、農村開発政策
の拡充については正しい方向であると認めたものの、ダイナミック・モジュレー
ションのコンセプトには明確に反対した。

 一方、ドイツとイギリスは、EU委員会提案におおむね賛成した。しかし、ドイ
ツは、ダイナミック・モジュレーションについて、直接支払いを一律に削減する
よりも、支給額に応じて累減させるべきであると主張している。また、旧東ドイ
ツの大規模農場を念頭に置いて、直接支払いの上限額の設定に難色を示した。イ
ギリスも同様に、ダイナミック・モジュレーションについては反対した。さらに、
両国は、中東欧諸国のEU加盟を控え、財政的な余裕の創出が必要であると主張し
ている。EU委員会の中間見直し案に対する各加盟国の反応(7月時点)は表2の通
りである。

表2 EU委員会の中間見直し案に対する加盟国の反応
  直接支払いのデカップリング クロス・コンプライアンスの強化 ダイナミック・モジュレーション 穀物分野の改革
ベルギー(5) ×   × ×
デンマーク(3)    
ドイツ(10)   ×  
ギリシャ(5) ×   ×  
スペイン(8) × × × ×
フランス(10) ×   × ×
アイルランド(3) × ×  
イタリア(10) ×   ×  
ルクセンブルグ(2) × × ×  
オランダ(5)    
オーストリア(4) × ×(条件付) ×  
ポルトガル(5) ×   ×  
フィンランド(3) × ×
スウェーデン(4)   × ×
イギリス(10) ×  
 資料:コンサルタントレポートから作成
 注 1:○は賛成、×は反対、空欄は態度保留(7月時点における反応)
 注 2:加盟国欄の( )内の数値は、農相理事会の採決における各国の投票数


(2)生産者団体、消費者団体等の反応

 農業団体のEUレベルの連合組織であるCAPA/COGECAは、EU委員会の中間見直し案
について、アジェンダ2000に基づくCAP改革を決定したベルリンサミットの合意を
ないがしろにするものであるとのプレスリリースを公表した。

 この中で、「欧州理事会は、財政または農畜産物の需給状況からCAPの修正が必
要な場合に、EU委員会に中間見直し案の作成を要請したのであり、現在の財政お
よび需給状況が特に問題を抱えていないことは、EU委員会自身が認めているとお
りである」と指摘した。

 また、「中東欧諸国のEUとの数年間にわたる加盟交渉は現行CAPを基にして行わ
れており、現時点で加盟後の農業状況を一変させてしまうような抜本的なCAP改革
を提案することは、EUの東方拡大自体を危機に陥れるものである」としている。

 さらに、「米国において、大規模な国内農業補助を含む新農業法が成立したに
もかかわらず、EU委員会は失敗に終わった米国の96年農業法に類似する提案を行
っている」として強く非難している。

 一方、消費者団体や環境保護団体などは、EU委員会の提案を好意的に受け止め
ている。消費者団体のEUレベルの組織であるBEUCやEurocoopは、「農業への補助
の形態が納税者や消費者にとって正しい方向に向かっている」と評価し、特に環
境保全、動物福祉や食品品質に対する新たな提案を歓迎している。


5.おわりに

 7月に開催された農相理事会は、理事会内の特別農業委員会(SCA)に対し、中
間見直し案の効果等を検討し報告書を理事会に提出することを指示した。今後は、
SCAおよび農相理事会の場で、中間見直し案の協議が行われていくことになる。し
かし、フランス、イギリスと並ぶEUの最有力国であるドイツにおいて、同国の総
選挙が9月に予定されていたため、それまでの間、理事会における中間見直し案に
関する実質的な協議は進展しなかった。EU委員会では、今秋中に中間見直しに関
する規則案(生乳生産クオータ、砂糖、オリーブ油等に関する改革を除く。)を
公表し、来春にも合意にこぎつけたい意向である。しかし、EU委員会の提案が単
なる現行制度の調整にとどまらず、抜本的な改革とも言える内容になっているこ
とや、同提案に対する加盟国の反応が総じて芳しくないことから、スケジュール
の遅れや改革内容の大幅な後退を余儀なくされる恐れもあり、最終的な合意まで
には紆余曲折が予想される。CAP改革の方向性は、EUのWTO農業交渉におけるスタ
ンスにも強い影響を与えるだけに、今後の動きについても引き続き注目していき
たい。

参考資料
「Mid-Term Review of the Common Agricultural Policy」(EU委員会:2002年)
「Report on Milk Quotas」(EU委員会:2002年)
「Prospect for Agricultural Markets 2002-2009」(EU委員会:2002年)
「The Common Agricultural Policy-Continuity and Change」(Rosemary Fennell:1997年)
「EUの共通農業政策改革について(畜産の情報-海外編99年11月号)」(島森宏夫、井田俊二:1999年)
 EU委員会、欧州理事会、農相理事会、加盟国政府、農業団体、消費者団体等のプレスリリース



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