海外駐在員レポート

豪州のオーガニックの概要

シドニー駐在員事務所 幸田 太、粂川 俊一


 

1. はじめに

 人体に影響を及ぼす家畜疾病の存在や、人体に悪影響を与えるとされる食肉に
残留する農薬、動物用医薬品、家畜の成長促進ホルモン等が問題視される中、食
肉の安全性は近年、消費者ニーズの代表的なものとなっている。大草原での放牧
を主体に行われている豪州の肉牛産業においても、草地へは化学肥料や農薬の使
用を極力抑制し、家畜には成長ホルモンを与えない等、オーガニック志向が高ま
っている。今回は、豪州のオーガニック農業その中でも肉牛生産に着目し、その
概要を報告する。
チャネルカントリーに自生する飼料となるハーブ(薬草):バーレー・ミッチェルグラス


2. 豪州におけるオーガニック基準

 豪州のオーガニック農業は、1980年代にオーガニック農業グループが形成され
たことにより、その姿を現し始めた。このオーガニックという言葉が豪州で最初
に用いられたのは、現在、豪州で法的に定められたオーガニック基準「National
Standard for Organic and Bio-Dynamic Produce(Second Edition April 1998)
」(以下「基準」という)であるが、92年の初版の策定にさかのぼる。


(1)基準の策定の経緯

 基準の策定に当たって、92年、豪州第一次産業エネルギー省(豪州農林水産省
(AFFA)の前身)によりオーガニックの全国統一基準を策定するためのオーガニ
ック生産諮問委員会(OPAC:The Organic Produce Advisory Committee)を組織
した。

 策定は、国際的なオーガニックの民間組織であるオーガニック農業運動国際連
盟 (IFOAM: International Federation of Organic Agricultural Movements)
の基準や、EUのオーガニック農産物の基準(生産基準のほか、表示、検査等の基
準を含む)に関する規則(理事会規則EEC/2092/91)を参考に、国際食品規格委
員会(CODEX:国際農業食糧機関(FAO)と世界保健機関(WHO)の合同機関)が定
めたオーガニック基準に準拠して行われた。

 OPACに付託されたのは、全国統一基準の策定、国内外市場のためのオーガニッ
ク生産における認定農家制度の確立についてであった。OPACは、豪州検疫検査局
(AQIS)とオーガニック業界をはじめとして、そのほか農業資源管理局(ARM:A
griculture and Resource Management)、 豪州NZ食品局(ANZFA:The Australi
an New Zealand Food Authority)、全国農民連合(NFF: The National Farmers
’Federation)、豪州消費者協会(ACA:The Australian Consumers’ Associat
ion)の代表によって構成された。


(2)基準の概要

 本レポートでは肉牛生産にスポットを当て、基準の概要を説明する。
 
 @ 目的

  a)欺まんや詐欺、商品の不正表示などから消費者を保護すること

  b)不当表示された偽オーガニック産品を排除し、オーガニック生産者を保
      護すること
      
  c)生産、認定、オーガニックの表示に関する規定を調整すること

  d)生産、加工、販売のすべての段階が検査の対象となり、本基準の最低条
      件を満たしていることを確実にすること
      
  e)オーガニック農業への転換を図る生産者に対して指針を示すこと

  f)自然と農場環境に配慮した、環境上の必要条件について意識を高めるこ
      と

 A 豪州におけるオーガニック農業とは

   豪州におけるオーガニック農業は、「後世のために、土地をはぐくみ引き
    継いでゆく」を基本的な原則として、人工的な肥料と化学薬品を使用せず、
    最適な生産量と生産物の栄養価を得ることにある。また、別のポイントは、
    再利用可能な資源の確保であり、エネルギー、土壌、水資源、環境の保全を
    行うことである。オーガニックの生産体系は閉鎖システムであり、この基準
    は外部から投入されるものを制限し、禁止し、持続可能なシステムを目指し
    ている。

 B 機能、対象範囲

   この基準は、オーガニック農産物とその他の農産物を証明と表示により明
    確に区分し、生産、加工、運搬、表示、検査をカバーする。

 C オーガニック検査の目的

   検査によって次のことが可能になる。

  a)すべての段階においてオーガニック生産物を明確に区分していることを
      立証すること
      
  b)産業の信頼性を守ること

  c)オーガニック生産物の不変性を確実に高めること
  
 D 基準が保証できないもの

   本質的にこの基準は、オーガニック生産物への農薬等の残留やその他の汚
    染を全くなくすことはできない。しかしながら、農薬等の残留や汚染の危険
    性を最小限にすることは確実である。
    

○基準における家畜と飼養管理のポイント
(1)放牧草地

   3 年以上化学肥料および農薬の投入を行っていないこと

(2)家畜の導入、繁殖

  導入:3週間の隔離検疫、基準に基づく12ヵ月の飼養
  繁殖:自然交配を推奨

(3)飼料

 ・オーガニックの放牧草地における放牧とオーガニック飼料の給与
 ・オーガニック以外のサプリメントは5%を超えて給与してはならない。
 ・極度の気象条件の変化もしくは、予想できない災害(例:山火事)が起こった場合、外部      からの導入飼料制限を乾物重量ベースで40%まで緩和する。まず(i)転換期間中の オ 
   ーガニック農場から供給された飼料を優先的に使用すること。(ii )iの入手が困難な場合
   は一般的な農法の飼料を使用する。 i を給与した場合、認定上の変更はない。 ii を給与
   した場合6ヵ月間経た後にオーガニックの資格が戻る。生産品については残留検査が必 
   須条件となる。

(4)治療

  動物用医薬品治療を受けた家畜はオーガニックとならない。
○家畜の飼養管理等における豪州基準とコーデックス基準(ガイドライン)の概要比較
項目 豪州基準  Codexガイドライン
家畜の導入
 オーガニック以外から導入された家畜およびオーガニック認定を受けていない家畜については、オーガニック家畜とその生産システムから最低3週間隔離しなければならない。また、12ヵ月間はオーガニックと呼んではならない。当然導入家畜もオーガニックとして販売することはできない。
(参考 3.21参照)
 有機生産のために飼養される、誕生または孵化したときから。本ガイドラインに合致した生産農場に由来するものでなければならない。ただし、新たに畜産を開始する等の場合には、非有機農場由来の家畜を導入することができる。
飼料 ・家畜への飼料給与についてもこの基準に従い給与しなければならない。家畜は完全なオーガニック飼料を給与しなければ、オーガニック生産物と表示できない。オーガニック転換中の飼料を給与した場合は、生産物の表示もオーガニック転換中生産物としなければならない。
・しかしながら、全飼料の5%までであれば以下のものを補助飼料として供給できる。ミネラル、珪藻(けいそう)、糖蜜、魚油および魚粉等、貝殻、コウイカの骨、ミートミール(鶏、豚、魚の含有量が2%以下のもの)。
・哺乳動物には生乳と乳製品を除く反すう動物由来の飼料の使用は禁止。
・極度の気象条件の変化もしくは、予想できない災害(例:山火事)が起こった場合、外部からの導入飼料制限を乾物重量ベースで40%まで緩和する。まず( i )転換中のオーガニック農場から供給された飼料を優先的に使用すること。( ii ) i の入手が困難な場合は一般的な農法の飼料を使用する。 ii を給与した場合、認定上の変更はない。 ii を給与した場合は、後に6ヵ月間経た後にオーガニックの資格が戻る。生産品については残留物質検査が必須条件となる。
・給与される飼料は原則としてすべて本ガイドラインに沿って生産された有機飼料(無農薬、無化学肥料での栽培)であるべきである。
・ただし、各国が定めた経過期間中においては、乾物重量ベースで最低85%(反すう家畜の場合)または80%以上(非反すう家畜の場合)の有機飼料を給与すれば、有機畜産物とすることができる。
衛生管理  動物用医薬品を疾病の家畜に使用してはならない。特定の疾病もしくは健康上の問題が発生した場合、そして選択肢がなく許可されたこの基準もしくは法律による場合の治療は、次のとおり。
・治療に用いる獣医用薬品または抗生物質は許可されている。それらの治療の後、家畜はオーガニックとして販売はできない。それらの生産物および子孫は最低管理期間を経た後オーガニックとして販売できる。
・家畜は個体識別を行い法律で定められている期間の
3 倍以上の期間、他の家畜から隔離する。農場の隔離地はオーガニック生産に隔離期間終了から12ヵ月間使用してはならない。
 (参考 3.34参照)
 動物用医薬品の使用は、以下の原則に合致しなければならない。
・特定の疾病または健康上の問題が発生、または発生の可能性があり、他に認められた治療法や管理方法がない場合、または法律で義務付けられている場合には、ワクチン接種、駆虫薬の利用または、動物用医薬品の治療目的での使用が認められている。
・動物用医薬品や抗生物質の利用による休薬期間は、法律で義務付けられている期間の約2倍とすべきである。
・予防目的での動物用医薬品や抗生物質の使用は、認められない。
記録  生産者は、認定機関によって、すべての原材料の起源、特性、量およびそれらの材料の使用状況が追跡調査できるようにそれらの記録を保管しなければならない。また、すべての認定農産物の特性、量、荷受人の記録も残さなければならない。
 全ての家畜は、個体別に(ただし、小型のほ乳類および家きんは群別に)識別されるべきである。また、家畜に施された治療および薬品、給与した飼料、と畜、販売等の事項について、詳細かつ最新の記録が保存されるべきである。


3. オーガニック検査および認定

(1)オーガニック認定の全体像

 認定機関は、生産者、処理加工業者、流通業者の各段階について、基準を満た
しているかどうか、検査を実施し、それぞれオーガニック認定するとともに、供
給ラインの川上から川下まで監視する。

○オーガニック基準に基づく認定の流れ



(1)認定機関

 認定機関となるためには、AQISに申請しなければならない。その後、OPACによ
る審査を受けることとなる。審査は、申請者が全国的に展開できるか、基準に沿
った認定を行えるか、違反を発見した場合の処罰、検査員の適格性、検査能力の
信頼度などを判断した後、承認される。

 現在、豪州では、7団体がオーガニック認定機関として登録されている。このう
ち豪州バイオロジカル農業生産者(BFA:Biological Farmers of Australia)と
豪州全国持続可能農業団体(NASAA:National Association for Sustainable Ag
riculture,Australia)は、EUや日本においても登録認定機関となっており、先駆
的な展開を行なっている。同2団体によってオーガニック認定された食肉加工処理
施設は、10施設となっている。

○豪州の認定機関一覧
名称(設立年) 本拠地、コンタクト先 備考 JAS法に基づく認定
Bio-Dynamic Research Institute(BDRI)
1967年
ビクトリア州ポーウエルタウン Tel: +61-3-5966-7333
米国有機農産物の認定機関であるデメターの提携機関でもある。 有機農産物および有機農産加工食品登録外国認定機関
Biological Farmers of Australia(BFA)
1987年
クインズランド州ツンバ
Tel:+61-7-4639-3299
www.bfa.com.au
生産者、加工業者、オーガニックおよび有機農業に賛同する者からなる。
有機農産物および有機農産加工食品登録外国認定機関
National Association for Sustainable Agriculture, Australia(NASAA)
1986年
南オーストラリア州
Tel: +61-8-8370-8455 
Web: www.nasaa.com.au
豪州のみならず東南アジアの小規模から大規模生産者を対象に活動展開。メンバーも野菜、果樹、家畜生産、混合農家と多岐にわたる。豪州で初めてIFOMAの認定団体となる。
有機農産物および有機農産加工食品登録外国認定機関
Organic Food Chain(OFC)
1998年
クインズランド州バイア Tel:+61-7-7637-2600  5 戸の生産者により設立。生産のみならず加工、流通、販売まで幅広くカバー。
有機農産物および有機農産加工食品登録外国認定機関
Organic Herb Growers of Australia(OHGA)
1986年
ニューサウスウェールズ州リズモア
Tel:+61-2-6622-0100 Web:organicherbs.org
オーガニックハーブが主体。現在は、果樹、野菜分野へも進出。
有機農産物および有機農産加工食品登録外国認定機関
Tasmanian Organic-Dynamic Producers(TOP)
1990年
タスマニア州
Tel:+61-3-6383-4039
タスマニア州の酪農、穀物、野菜、ハーブ野菜、果樹、ワインなどの生産者からなる。
 
○認定食肉処理加工場一覧
BFAによる認定
○ Bones Knob Local Trade Processing Tolga, QLD
○Cudgegong CCTA Mudgee Regional Abattor Mudgee, NSW
○DA Holdings, Moruya, NSW
○Organic Plus Australia Cooparoo, QLD
○ Pittsworth Abattor Pittsworth, QLD
○Q Meat Morningside, QLD 
 
 NASAAによる認定
○ Aj Bush & Sons (Yanco) Yanco, NSW
○ Loxton Abattoirs Loxton, SA
○Thomas Borthwick and Sons Mackay, QLD
○ Valley Beef Company Gatton, QLD
○基準におけるオーガニック加工・処理業者認定のポイント
(1)認定申請
   加工・処理業者は、認定を受ける場合、認定機関への認定申請
(2)検査
   認定機関は熟練の検査員による実際の踏査により加工・処理業者が基準に準拠しているか以下の点を確認
   ・ 施設の詳細な説明を受ける
   ・ 家畜管理状況、機械管理状況
   ・加工処理工程・製品保管状況(オーガニック由来以外のものの混入防止体制)
   ・すべての原料・製品・荷受者に関する記録(素性、由来、量の記録)
(3)調査報告書の作成・評価
   検査院は検査後、報告書を作成し認定機関内で基準に準拠している加工・処理業者か判定
(4)認定
   認定団体は、加工・処理業者が基準に基づくものと判断された場合、その製品にオーガニックとしての表示を許可


(3)認定の手続き

 豪州のオーガニック農産物の認定の手続きは、生産者が認定機関に申請を行い、
認定機関による基準に基づいた検査を受け、オーガニック生産者として認定を受
ける。

 一般的農法からオーガニックに転換する場合、まず、基準に従った農法で12ヵ
月が経過した後、検査を受け承認が得られれば、その生産物に「オーガニック転
換中」の表示ができる。さらに3ヵ年経過し、検査を受けて承認が得られれば、よ
うやく「オーガニック」の表示が許される。もちろん人工肥料、農薬の使用、家
畜への抗生物質やホルモンの投与、遺伝子組み換え作物の投与、作物への放射線
照射処理などを行わないことが前提である。

BFAの例



(4)オーガニック表示

@ 表示、違反

  3により、認定機関により認定された生産者等はその生産物に「Organic」の
  表示を行うことができる。その場合は以下の内容を表示しなければならない。
  
 ・認定機関の名前、登録されているマーク
 ・生産者または加工業者の識別
 ・オーガニック認定ラベル

  この他、「Bio-dynamic」、「Biological」表示を行うことができる。

  認定機関は、基準に違反している事を確認した場合、違反製品からのオーガ
  ニック認定ラベルの剥奪、明らかな違反や長期における違反が発見された場合、
  生産者等の期間の認定の取り消しを行うこととなっている。

A オーガニック加工品

  オーガニック由来以外の内容物が5%以内の場合、その加工品はオーガニック
  と表示できる。


4. オーガニック農産物の需給

 豪州では、需要が毎年20〜25%順調に伸び続けており、認定を受けている生産
者数は約1,800、推計出荷額約1億8,000万豪ドル(約126億円:1豪ドル=70円)と
なっている。認定を受けた生産者数は、豪州全体の生産者数の1〜1.5%となる。
地方産業調査開発研究所 (RIDC: Rural Industries Research and Development 
Corporation)によれば、現在の傾向から推計した場合、今後5年以内に認定生産
者数は2,500、出荷額は約2億6,000万豪ドル(約182億円)となり、出荷額ベース
40%以上の急成長を遂げるといわれている。


5. ケーススタディ(日本への輸出)

 豪州の先駆的なオーガニック認定機関NASAAによる認定を受けた肉牛生産を行う
OBE社、豪州で10ヵ所のオーガニック認定食肉処理加工場の1つであるValley Beef
社と日本での供給者である鎌倉ハム村井商会のオーガニックビーフの生産・加工
・流通についての取り組みを紹介したい。


(1)オーガニックビーフの生産・供給

 豪州は、日本の面積の約21倍と広大な大陸である。その大陸の中心に近い、ク
インズランド(QLD)州の州都ブリスベン市から西へ約1,600キロメートル、北部
準州、ニューサウスウェールズ州、南オーストラリア州の境界にチャネルカント
リーといわれる草原地帯が広がっている。気候条件は乾燥帯気候となるが、雨季
と乾季がある北部準州、QLD州の北部から雨季の後に低地であるこの地域に水が流
れ込み、半年間、豊富な水をたたえ、世界で一番大きい淡水の湖が現れることも
あると言われ、それが「Channel:水路」の語源になっている。
【チャネルカントリーの眺望】
 この地域の主要な産業は、放牧を主体とする牧畜である。95年に31の生産者が
共同で肉牛の生産出荷を行なうOBE社が設立された。全生産者の所有する牧場の総
面積は700万ヘクタール(70,000平方キロメートル:北海道とほぼ同等の面積)、
総飼養頭数は、95,000頭となっている。OBE社は、豪州の先駆的なオーガニック認
定機関であるNASAAからオーガニック生産者の認定を受け、オーガニックビーフ生
産を開始した。

 飼養品種は、ヘレフォード種が主体。えさとなる植生は豊富で250種を超える。
化学肥料や農薬を一切使用しない自然の野草やハーブ(薬草)を飼料として育成
されている。また、肉牛は1頭ごとにテールタグによる個体管理がされており、要
求の厳しいEUへの輸出も認可されている。
【OBE社の生産者の集合写真】
 
【OBE社で飼養されている肉牛(ヘレフォード種)】
(2)食肉処理・加工

 OBE社で生産された肉牛は、基準の家畜の運搬に係る規定に基づき運搬され、ブ
リスベン市から西へ約100キロメートルのグランサムにあるValleyBeef社に搬入さ
れ食肉処理される。ValleyBeef社は、日本への牛肉輸出では老舗ブランドのStoc
kyard社と、QLD州に本拠地を置く豪州で最大手の家畜生産者であるStanbroke社と
の合弁事業により設立された。と畜処理能力は1日当たり550頭、年間約12万頭の
処理実績を誇る。

 また、特筆すべきはそのユニークな脱骨ラインにある。通常日本向け牛肉を主
体にしているパッカーは一般的にテーブル脱骨と呼ばれる脱骨ラインであるのに
対して、ValleyBeef社では、上下2段のライン構成によって上段で枝肉の大分割を
行い、下段において上段でカットした部分肉の原型を整形する「二段脱骨」とで
も呼べばいいのか、枝肉の一頭ごとの判別も容易に行なえるラインである。推測
であるが、さまざまなユーザーに対する部分肉規格のきめ細かい対応を効率的に
行なうために開発されたラインであろう。
ValleyBeef社の加工処理ライン、オーガニックビーフの解体の様子
 HACCPに基づく豪州の食肉安全品質保証(MSQA)に基づき搬入、と畜処理された
オーガニックビーフは、枝肉の状態で冷蔵され、後に脱骨、部分肉加工される。
基準に基づき、一般の食肉との混入を確実に防ぐため、毎朝、最初に処理される。
脱骨が開始されてから部分肉として真空包装されその後、箱詰めされるまでは約
15分程度と極めて短時間である。
【オーガニックビーフから生産された部分肉(ストリップロイン)】
 ValleyBeef社では、他に先駆けた独自のシステムとして、枝肉からDNAサンプル
を採取し、バーコードによる管理を行い、部分肉から枝肉へと追跡可能なトレー
サビリティーにも対応している。

 ValleyBeef社の母体の1つであるStockyard社も独自で1万頭規模のフィードロッ
トを73年から経営しているが、早くからホルモンや抗生物質不使用の肉牛生産に
取り組んでいる。
【ValleyBeef社ではDNAサンプリングによる牛肉のトレースバックを実施している】
(3)日本をターゲットとして

 生産はOBE社、処理加工はValleyBeef社、輸出はStockyard社、そして日本の輸
入・販売者として鎌倉ハム村井商会がある。日本向けのオーガニックビーフの輸
出は、2001年から試験的に実施し、現在、軌道に乗せるべく奮闘中であるとのこ
と。このプロジェクトが始まったのは、日本でのBSE発生前のことであり、豪州か
らの輸出も右上がりで史上最高を更新していた時期であった。現在は、BSEのみな
らず相次ぐ食肉偽装事件が発覚し、日本の消費者がその表示や履歴を厳しく評価
して購入するなど、輸入食肉を取り巻く環境が激変している。

 ValleyBeef(Stockyard)社のハート氏は、「食品の安全性を追求してゆくとオ
ーガニックになる。今は、商売としては非常にコスト高で難しく、国内外の消費
者の認知度も低いが、消費者にとって食品の安全性は消費に重要な位置を占めて
いることから、将来的には有望な市場である」と述べ、食肉の安全性が不可欠で
あると強調していた。

 鎌倉ハム村井商会の蘭(あららぎ)氏は、「日本にはオーガニック製品に対し
ニーズがあることは分かっているが、国産し好が強い日本の消費者に豪州産のオ
ーガニック牛肉をどう広めてゆくかが今後の販売のカギになる」と述べ、日本で
のマーケティング戦略を構築中であるとのこと。
【ValleyBeef社のハート氏(左)と鎌倉ハム村井商会の蘭(あららぎ)氏】

(4)日本へのアプローチフロー



(5)所感

 一般的に、オーガニック農法に転換した場合、家畜の飼養効率や飼料の生産性
は落ち、その結果生産コストも上がるといわれているが、OBE社の生産は、もとも
と外的な要因を受けにくい地理的条件を巧みに利用した、無転換に近いオーガニ
ック畜産であるため、多くのオーガニック農業が抱えるコスト増の影響は無く、
生産力は高い。ValleyBeef社は、オーガニック牛肉に限らず非GMO飼料給与、抗生
物質不使用の牛肉も販売しておりその安全性に対する認識は深く、また古くから
日本のユーザーのニーズを熟知している。生産から流通まで徹底した基準に基づ
いた認定システムの中で生産されているこのオーガニックビーフを日本において、
責任を持ち消費者に明確に説明することができれば、日本の消費者の求める産直
のように生産者の顔は見えないが、その顔は見えなくても豪州の認定ラベルが別
の意味での安心の顔となることができると確信した。
 
 

6. おわりに

 豪州は、家畜の飼養について草地放牧を主体とする形態をとっており、EUや米
国と比較してもより自然な部分が、多く残っている。しかしながら、日本をはじ
め諸外国と同じように農業の近代化はそうした中にも着実に入り込んでいるのが
実態である。農地や放牧草地には安価で手間のかからない化学肥料を投入してい
る。近年、深刻化している塩害や土壌・水質汚染はその弊害の一つといっても過
言ではない。

 EUや米国に比べれば豪州のオーガニックは、始まったばかりである。国内での
認知も低く、マーケットもまだまだニッチであり、BSEなどの発生を背景に、「よ
り自然に近いものを」との消費者の求めに応じて、生産が本格的に始まったとい
っても良いぐらいである。都市部のスーパーではオーガニック農産物や食肉を見
かけるようになったが、通常商品の倍以上の価格となっており、残念ながらあま
り購買者を見かけない。

 しかしながら、輸出国であるこの国の対応は迅速で、EUにおいて91年にオーガ
ニック規則が制定された翌年には豪州の基準が策定された。その内容も国際的な
水準となっている。

 それから約10年、オーガニック農業は、農業の持つ有機的な循環系を柱に確実
に豪州国内で浸透してきた。もともと豪州では自然に近い農業が行われていたた
め、ニーズがあれば潜在能力も高い。国内外のユーザーが、豪州のオーガニック
に対する取り組みやオーガニックが健康面だけでなく、環境保全とも深い関わり
を持つことを認識することができれば、新たな需要が期待でき、より発展する可
能性もあろう。

 最後に、今回取材にご協力いただいたValleyBeef(Stockyard)社ならびに鎌倉
ハム村井商会にこの場を借りてお礼申し上げたい。


参考資料
 「Organic and Biodynamic Produce」(RIRDC:2001年)
 「The Organic Alternative」(Kondinin Group:2000年)
 「オーガニック食品実務ハンドブック」(足立純夫:1998年)
 畜産の情報 国内編「有機畜産物についてのコーディックス・ガイドラインの制
  定」(藁田 純:2001年11月号)
 その他AFFA、RIRDC、OBEホームページ

(参考)
基準の概要
「National Standard for Organic and Bio-Dynamic Produce(Second Edition April 1998)」からの抜粋(仮訳)

Section・
生産条件
 A イントロダクション
   オーガニック農業の主要な目的は、
   ・栄養価の高い食料の生産
   ・農場における有機的サイクルの増進
   ・地力の維持、強化
   ・閉鎖されたシステムの中での実行可能な農業の実践
   ・農業による公害の回避
   ・再生不可能な資源の最小化
   ・共存のための環境保護

    生産者は、生産物を収穫する農地を申請してから、3ヵ年間経過している場合において、その生産物にオーガニック表示できる。また、申請から12ヵ月以上経過した農地から収穫される農産物はオーガニック転換中と表示できる。

 B 土壌および土壌管理(省略)
 C 植物および植物生産(省略)
 
 D 家畜−家畜管理

 3.17 家畜はオーガニック農業において重要な供給源となる。
     ・土壌の改良と地力の維持
     ・放牧による雑草の撲滅
     ・農場における生態系間の影響の多様化
 
 3.18 オーガニック農業では反すう家畜の飼養が推奨される。一般的な農業では任意の選択になる。

 3.19 この基準では家畜を飼養することが義務となっている。また、オーガニック転換中農家でも同様となる。

  3.20 オーガニック以外から導入された家畜およびオーガニック認定を受けていない家畜については、オーガニック家畜とその生産システムから最低3週間隔離しなければならない。また、12ヵ月間はオーガニックと呼んではならない。当然導入家畜もオーガニックとして販売することはできない。

  3.21 畜産物について、オーガニックとして販売する場合は、一定期間、家畜をオーガニック生産システムで 管理しなければならない。最低期間は次のとおり定められている。



  3.22 農場の家畜の適正飼養頭羽数は、牧草の生産能力、家畜衛生、土壌と家畜双方の栄養状態、環境への影響を勘案し決定する。

  3.23 家畜の繁殖もオーガニック農業の原則に従って行わなければならない。自然交配を行うこと。人工授精は推奨しない。授精卵移植、人工的な授精措置で行う場合、または一般的な治療でも生殖ホルモン等を使用してはならない。

  3.24 家畜への飼料給与についても、この基準に従い給与しなければならない。家畜はオーガニック飼料を給与しなければ、オーガニックと表示できない。オーガニック転換中の飼料を給与した場合は、生産物の表示もオーガニック転換中としなければならない。

  3.25 しかしながら、全飼料の5%までであれば、以下のものを補助飼料として供給できる。ミネラル、珪藻(けいそう)、糖蜜、魚油および魚粉等、貝殻、コウイカの骨、ミートミール(鶏、豚、魚の含有量が2%以下のもの) 

  3.26 ほ乳動物には生乳と乳製品を除く反すう動物由来の飼料の使用は禁止

  3.27 家畜の放牧草地への自由な出入り、放食により家畜は自由に自然で豊富な種類のえさを食することができる。家畜の食性として好ましい方法である。

  3.28 極度の気象条件の変化もしくは、予想できない災害(例:山火事)が起こった場合。外部からの導入飼料制限を乾物重量ベースで40%までに緩和する。まず( i )転換期間中のオーガニック農場から供給された飼料を優先的に使用すること。( ii ) i の入手が困難な場合は、一般的な農法で生産された飼料を使用する。 i を給与した場合は認定上の変更はない。 ii を給与した場合は、6ヵ月間経た後にオーガニックの資格が戻る。生産品については農薬等の残留検査が必須条件となる。

 3.29 放牧の場合、オーガニック生産の体系は次のとおり。
     ・放牧草地は認定機関による認定を受けること
     ・放牧草地は放牧の3年前から本基準により化学肥料や農薬の投入を行っていないこと
     ・放牧は草地の地力回復を妨げないよう行うこと
     ・自然植生の再生調査、修復をしなければならないこと
     ・家畜の管理は本基準の下に行うこと

  3.30 家畜の治療は生物が本来あるべき自然な状態を重んじること。去勢など痛みを伴う治療は最小限にすること。麻酔薬の使用はオーガニックの資格を失う。ストレスも最小限にすること。飼養の状態は、家畜への飼料、水、隠れ場、日陰の提供など家畜の生理的な欲求を満たすものとする。

 3.31 人工授精は、生産性を向上させるような人工物を用いる診療は禁止 

 3.32 継続的に疾病、寄生虫から家畜を管理するため、家畜衛生の観点から以下の措置をとる。
     ・地域にあった品種特性を持った家畜の導入
     ・輪換放牧管理 
     ・十分な飼料の随時供給
     ・充分なミネラル養分の供給

  3.33 薬品等による病虫や疾病の管理は、オーガニック原則ではない。附則に掲げている物の使用は認められている。

  3.34 原則として、動物用薬品を疾病の家畜に使用してはならない。特定の疾病もしくは外科的問題が発生した場合、この基準もしくは法律による治療をする場合は、次のとおりとする。
     a 治療に用いる動物用薬品または抗生物質は許可されている。それらの治療を行った場合は、家畜はオーガニックとして販売はできない。また、それらの生産物および子孫は次の最低管理期間を経た後にオーガニックとして販売できる。



     b 家畜は個体識別を行い、法律で定められている期間の3倍以上の期間、他の家畜から隔離する。農場の隔離地は、オーガニック生産に隔離期間終了から12ヵ月間使用してはならない。

  3.35 動物の福祉は連邦、州で定められた法律の規定を順守し、家畜の監視をしなければならない。




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