海外駐在員レポート
ベトナムの酪農・乳業事情
シンガポール駐在員事務所 小林 誠、宮本 敏行
ベトナムは、現在では世界でも数少ない社会主義体制を維持しているが、ベト
ナム戦争終結11年後の86年には、市場経済を取り入れた社会主義へ移行するドイ
モイ(刷新)政策を施行し、90年代には急速な経済成長を遂げた。97年にタイか
ら始まった通貨危機により、同国の経済も停滞したが、実質国内総生産(GDP)
も2001年には6%近い成長率に回復しており、再び急成長の期待が高まっている。
一方、年間1人当たりの総所得(GNI)を見ると、370ドル(1999年)ときわめ
て低い水準にとどまっている。このように所得水準が低いのは、近年のグローバ
リゼーションの進展により、米やコーヒーなど、同国の主力輸出品である農産物
の国際価格が低迷しており、主たる収入を農業に依存する農村部の所得水準が低
迷していることも要因の1つになっているとみられる。都市と農村では、年間所
得に数倍の開きがあり、近年、ますます格差が拡大傾向にあるということも伝え
られている。このような状況の下、都市部では、近代的なスーパーマーケットも
進出し、所得の向上にともなって食習慣の変化も見られ、牛乳・乳製品の消費も
一般化しつつある。
今回は、今後、急速な変化が予測されるベトナムの酪農・乳業の現状を報告し、
参考に供したい。
表1 国内の社会経済地域帯別分類
注1:カッコ内は、本文中で用いたカタカナ表記。
2:太字は、国家酪農振興計画における重点開発地域。
ベトナムは、人口が7,994万人(2,001年推計値)、国土面積が約32万9,600平方
キロメートルであり、南北に3千キロメートルを超える長い海岸線を有する。国土
の利用状況は、耕地17%、永年性作物4%、野草地1%、森林30%、その他48%と
なっており、低地の水田地帯では植民地時代から整備されたかんがい用水路が網
の目のように張り巡らされている。
国内は、58県、3特別市(ハノイ、ホーチミン、ハイフォン)に分けられており、
ほとんどの統計は、国内を8つに区分した社会経済地域帯ごとにまとめられている。
図1 ベトナム全図
資料:「CIA World Fact Book」
3. 畜産概要
(1)ベトナムにおける農業の重要性
ベトナムの人口は、約8千万人であるが、このうち約80%は農村部に住み、農
村部人口のうち約70%は農業を唯一の収入源としている。北部ハノイを中心とす
る紅河デルタ、南部のメコンデルタといった低地における主要作物は米であり、
稲作農家は、ほとんどの場合、庭先で数頭の豚を飼い、同時にアヒルや鶏を飼養
している。やや標高が高い地帯や山岳地帯では、コーヒー、茶、果樹が中心とな
り、農園の下草や野草地を利用しての牛や山羊などの家畜を飼養すると同時に、
ほとんどの農家は、残飯処理用の庭先養鶏を行い、一部を市場へ出荷している。
ベトナムには、国土全体で37,600ヘクタールの野草地しかないため、家畜を飼養
する場合でも放牧主体で行うことはほとんどできず、ベビーコーンの収穫残さや
廃糖蜜(モラセス)などの農業副産物の利用が不可欠なほか、路側帯やほ場けい
畔などの野草の刈取り・運搬給与が不可欠となっている。
(2)農業における畜産の位置付け
農業がGDPに占める割合は、約24%であり、農業GDPのうち約50%が米などの食
用作物、これに次いで約23%を畜産が占めている。
現在、ベトナムの農業では、米、コーヒー、コショウなどが国内需要を上回っ
て生産され、輸出に回されている。しかし、近年のグローバリゼーションの影響
もあって、これらの作物の国際価格は著しく低下しており、さらに低下する可能
性もある。ベトナムの2001年の米輸出量は、356万トンで前年を60万トン程度上
回っているが、金額で見ると5億4,600万ドル(約632億円)となり、逆に前年を5,
400万ドル(約63億円)下回っている。このようなことから、政府は、農業部門
における総産出額の増加、国民の栄養水準の向上、農家の所得向上を目的として、
畜産振興を図っている。
(3)畜産の概要
2000年のベトナムの主要畜産物生産量は、豚肉151万3,297トン、鶏肉32万2,6
02トン、牛肉10万30トン、水牛肉5万1,380トン、鶏卵41億6,184万個、牛乳4万
8,866トンとなっている。これを年間1人当たりに換算すると、食肉総生産量23.5kg
のうち豚肉が18.0kgと約76.6%を占め、以下、鶏肉3.5kg(14.9%)、牛肉・
水牛肉1.7kg(7.2%)、その他0.3kg(1.3%)となっており、豚肉の重要度が
極めて高い。同じく牛乳は年間1人当たり0.56kgと非常に低い水準であり、消費
量の10%程度を生産しているにすぎない。
家畜頭羽数は、表に示したように豚と鶏の頭羽数が順調に増加している。牛は、
2000年まで増加傾向で推移してきたが、2001年には前年から20万頭以上減少して
いる。豚と鶏の増加が続いているのは、国内需要の伸びに支えられたものであり、
輸出需要の影響は少ない。ベトナムの豚肉は、赤肉割合が低い傾向にあり、脂身
の割合が高くても支障のないロシアへのベトナムの対外債務返済の一環として行
われており、現物返済輸出以外の輸出需要は少ない。豚肉と鶏肉の国内需要が伸
びているが、供給量も増加していることから、生産者価格は低く、農家の手取収
入は増えていない。また、このところ急速に進んできた農業の機械化のため、役
用家畜の価格も低下しており、農家の収入を高める手段は少なくなっている。前
述のように、米の国際価格も低調なため、政府は、水田など作物耕作地の一部を
草地に転換し、農場副産物の有効利用を行って、酪農や肉牛飼養を始めるよう奨
励している。
表2 最近5年間の家畜頭羽数の推移
4. 酪農事情
(1)酪農の歴史
他の東南アジア諸国同様、ベトナムにおいても酪農は伝統的に行われてきたも
のではない。ベトナムにおける牛の役割は、役畜が主体であり、副次的に生産さ
れるふんを肥料に用いてきた。牛肉は、廃用牛のものが主体であった。牛乳の飲
用習慣もなかったが、豆乳は一般的に飲用されており、富裕層では山羊乳の飲用
が行われていた。
フランスの植民地時代には、85%が山岳地帯である北部を避け、南部を中心に
農業開発が行われた。宗主国サイドは、南東部および中央高原地帯にゴム、コー
ヒー、お茶を生産する多くのプランテーションを設置した。このプランテーショ
ンの耕作、収穫などのため、多くの役畜が必要とされたが、ベトナム在来の黄牛
は、成牛でも200キログラム程度と小格であり、役畜としては不十分であった。
1926年、フランス植民地政府は、インドからレッド・シンディー種を導入し、交
雑による在来黄牛の改良に着手した。この後、同じくインドからオンゴル種が導
入され、交雑による在来黄牛の改良が試みられた。雑種の中では、レッド・シン
ディー種とのものの方が適応性に優れている。交雑種は、成熟時の体重が雌で350
キログラム程度、雄で450キログラム程度となり、役牛として必要なけん引力が改
善された。ベトナムの農民は、体色の濃い牛を好む傾向があるため、オンゴル種
との交雑種よりもレッド・シンディー種との交雑種がより広く普及していると言
われている。このように、植民地時代の改良の素地があり、牛の飼養が比較的一
般化していたため、酪農の浸透も南部での方が容易に行われることとなった。
プランテーションが成立してフランス人が定住するようになると、これらフラ
ンス人向けの牛乳・乳製品が必要とされるようになり、一部の都市やプランテー
ション周辺でフランス人向けの酪農が開始された。1930年代には、ホルスタイン
種やエアシャー種の乳牛がフランスから輸入された。当初、乳牛は高原地帯であ
るラムドン県を中心とした比較的冷涼な地域での飼養に限定されたが、その後、
サイゴン市(現在のホーチミン市)や同市に隣接するドンナイ県、ビンドゥオン
県にも広がった。このように酪農が高温多湿の低地へ拡大される段階で、エアシ
ャー種などは気候条件に適応できず、乳量の低下は著しかったものの、ホルスタ
イン種だけが残ることとなった。
このように欧州から輸入された乳牛以外にも、この当時はプランテーション労
働者として移住してきたインド人も多数おり、本来乳役兼用種であるレッド・シ
ンディー種やオンゴル種の在来黄牛との交雑種を用いて生乳を生産し、自家消費
用とするほか、フランス人への販売も行っていた。このようにして、交雑種を用
いた酪農が大都市近郊に浸透していった。
1954年、ベトナムはフランスから完全に独立したが、ウィーン条約により南北
に分割された。このころから、南ベトナム(当時)では豪州の援助により、サイ
ゴン市から約60キロメートルに位置するビンドゥオン県ベンカットにジャージー
種288頭を飼養する牧場が設立された。この時期、米国、フランス、日本からホル
スタイン種も輸入されたが、頭数などは明らかでない。このように、独立後の早
い時期に酪農の端緒は切られたものの、当時は米国から安価な粉乳が輸入された
ことや、ほどなくしてベトナム戦争が始まったことから、酪農が発展するには至
らなかった。
一方、北ベトナム(当時)には、中国からホルスタイン交雑種(ホルスタイン
種と中国の在来種との交雑種で、ホルスタイン種の血量はおおむね75%。農業・
農村開発省は、Pekinese Black & Whiteと称するよう指導している。)が輸入さ
れたほか、ホルスタイン種の純粋種がソンラ県モクチョーとハタイ県バービーの
国営牧場に導入され、バービーのモンカダ人工授精センターではペレット方式に
よる凍結精液の生産も行われたが、やはり戦争などの影響により、酪農が発展す
るには至らなかった。
75年〜80年の間、ベトナムでは飼料用穀物が不足し、さらに、それまで細々な
がら同国の酪農を担ってきたインド人やパキスタン人が帰国してしまったため、
酪農は壊滅的な状況となった。このような状況にありながら、78年には、ラムド
ン県にキューバの援助によるホルスタイン純粋種300頭を飼養する牧場が設立さ
れた。この後、政府は、農家の現金収入確保の道として酪農を奨励したが、一部
観光地における外国人用ホテルへの供給用に小規模な生産が行われただけで、85
年にドイモイ(刷新)政策が開始されるまで、酪農は停滞した。91年以降は、経
済が急速に成長し、大都市を中心に牛乳の需要が急速に高まったことや、各地に
国営公社のビナミルク社や多国籍企業であるフォアモスト社(本社:オランダ)、
ネスレ社(本社:スイス)の集乳所が設置されたことから、酪農が急速に発展し、
現在に至っている。
(2)酪農振興国家計画
国民経済の農業への依存度が高いベトナムでは、米などの作物に比べて高い収
益が得られ、雇用の増大にも寄与する酪農の開発は、国家計画上の最重要課題の
1つとして位置付けられている。また、酪農の場合、養鶏や養豚に比べて穀物の
消費量が低く、農場副産物の有効活用もしやすいことから、政府は、穀物の輸入
による外貨の支出が抑えられるとともに、結果として、環境に対する好影響も期
待している。
ベトナム人の年間1人当たりの牛乳・乳製品消費量(全乳換算)は、96年に4.4
キログラムであったものが2000年には6.0キログラムとなっており、5年間で36%
の伸びを示している。この間、生乳生産量も順調に伸びており、自給率は96年の
8.6%から2000年には10.5%となっている。政府は、2001年から2010年までの10ヵ
年間に、これまでの生乳生産の増加率を高めることを計画しており、年間1人当た
りの消費量を2005年に8キログラム、2010年には10キログラムと見込んで、自給率
をそれぞれ21.3%と38.2%にまで引き上げる計画である。この計画は、2001年10
月26日付け政府決定167/2001/QD-TTgにより首相の承認を受けている。
表3 牛乳・乳製品消費量(全乳換算)と自給率の目標
資料:「Milk Production Plan in Viet Nam−Period 1998−2000−2005−2010」、
「Dairy Cattle Production Development Plan in Ho Chi Minh City, Period
2001−2005」
注1 :2005年と2010年の数値は目標値。
2 :生乳換算には、国連食料農業機関(FAO)の換算係数(LME)を用いた(以下同じ)。
換算係数は:脱脂粉乳(7.6)、全粉乳(7.6)、ホエイパウダー(7.6)、バター
(6.6)、バターオイル(8.2)、加糖れん乳(2.1)、チーズ(4.4)。
乳牛頭数は、96年の2万3千頭から年率10%以上の伸びを示しており、2000年に
は4万1千頭となった。国家計画では、2001年〜2005年の5年間の平均増加率を22.0
%に置き、2005年の目標頭数を13万5千頭、以後5年間の平均増加率を15.8%として
2010年の目標頭数を28万1千頭としている。2005年の目標頭数である13万5千頭のう
ち、約3/4に相当する10万頭はホーチミン市での飼養が見込まれている。このよう
な増頭にともなう生乳生産量の目標値は、2005年が14万5千トン、2010年が34万4千
トンとなっている。乳牛1頭当たりの生乳生産量は、ホルスタイン純粋種について、
96年に3,600キログラムであったものを2010年には6,000キログラム、ホルスタイン
交雑種については、96年の2,700kgを2010年に3,600キログラムにまで増やすことを
目標としている。
表4 乳牛頭数等の推移と国家計画における目標値
資料:「Milk Production Plan in Viet Nam−Period 1998−2000−2005−2010」、
「Dairy Cattle Production Development Plan in Ho Chi Minh City,
Period 2001−2005」
注1 :2005年と2010年の数値は目標値。
2 :乳牛頭数の下段カッコ内は、97〜2000年については対前年増加率(%)。
2005年と2010年については、それぞれ過去5ヵ年間の平均増加率(%)を示す。
このような目標を達成するため、前述の政府決定では以下のような対策を講じて
酪農家を支援することとしている。
@ 「シンディー化計画」の名の下、在来黄牛(♀)とレッド・シンディー種
(♂)との交雑を進め、ベトナムの牛群の大型化を推進する。このように
して作出されたレッド・シンディー交雑種にホルスタイン種の精液を人工
授精し、ホルスタイン種の血量50%の乳牛頭数増加を加速化する。
A レッド・シンディー種やホルスタイン交雑種の血量50%の雌牛を保有する
農家に対し、ホルスタイン種の精液による人工授精を無償で実施する。国
の酪農振興計画に参加している農家に対し、雄子牛1頭当たり20万ドン
(約1,560円:1,000ドン=7.8円)を支給し、乳牛飼養を奨励する。(これ
により生まれた雄子牛に補助するのは、ホルスタイン系の雄子牛の価格が
レッド・シンディー系の雄子牛よりも安いため、農家に対する価格補てん、
あるいは、最低価格保証の意味がある。)
B 返済期間3年の低利ローンを供与する。
C 草地造成用の種苗・種子を無償で提供するとともに、造成・維持技術を提
供する。
D 新たに酪農を始めた農家に対し、優良酪農家訪問や研修会の開催を通じて
技術普及を行う。優良酪農家や酪農協同組合長に対し、タイの酪農家や酪
農協同組合を視察するための資金援助を行う。
E ワクチン接種などの獣医診療・治療業務や乳質検査を無料化する。
F 酪農へ転換した農家の農業税の3〜5年間免除や3ヘクタール以上の大規模な
農地の借地権を10〜20年間無償供与することによって、水田、作物畑や生
産性の低いプランテーションの酪農への転換を推進する。国家計画では、
2005年までに米の作付面積を43万ヘクタール削減し、養魚、トウモロコシ、
綿花、大豆、落花生、草地へ転換することも計画されている。これにより、
米の生産量は年間300万トン減少することになり、他の作物や牧草の作付け
が増えることにより、乳牛の飼料として利用可能な資源が増加することに
なる。
G 酪農開発重点地域を次のように定め、高地では、中規模〜大規模酪農の開
始を推進する:
・北部:Ha Tay、Bac Ninh、Vinh Phuc、Phu Tho、Bac Giang、Thai Nguyen、
Ninh Binh、Thanh Hoa、Nghe An、Son Laの各県およびハノイ市周辺
・中央海岸:Binh Dinh、Quang Nam(ダナン市を含む)、Quang Ngai、Khanh
Hoa、Phu Yenの各県
・中央高原:Lam Dong、Dak Lak、Gia Lai、Kontumの各県
・南部:Binh Duong、Binh Phuoc、Dong Nai、Tay Ninh、Long An、Can Tho、
An Giangの各県およびホーチミン市周辺
H 外国企業を含む民間企業に対し、酪農経営、生乳の保管・処理機材の供給、
酪農・獣医技術、後継牛の供給などへの投資を促進する。
I 生乳の販売、濃厚飼料の購買および農業銀行からのローンの窓口業務を中
心とする酪農協同組合の設立を促進する。政府は、酪農協は、以上の業務
の他に技術普及など、酪農家にとって必要な活動を強化し、加入を促進す
べきであるとしている。(現在、ホーチミン市に6組合、ハノイ市に5組合
の酪農協同組合があるが、生乳販売の中継ぎ業務しか行っていない。)
J 乳業会社に対し、牛乳・乳製品の消費が増えるよう、製品の幅を広げるこ
とを指導する。
K 農業・農村開発省は、商務省と共同して、乳業工場による国産生乳全量買
い上げを維持する。国産生乳の全量買い上げを確実に行うため、集乳所と
乳業工場の新設・整備を行う。
L 乳牛の能力向上のための研究費を増額する。
M 乳牛の牛群検定と後代検定を確立する。
このように急速な酪農開発を達成するため、酪農振興計画が政府決定されて以
降、乳用牛の輸入が活発化している。2002年8月末現在、輸入が終わっているのは
以下のとおりである。
・2001年12月末:米国からホルスタイン種とジャージー種の初妊牛192頭
・2002年3月中旬:豪州からホルスタイン種の初妊牛778頭。配布先は、ホー
チミン市酪農公社、アンザン県、カントー県、ラムソン砂糖公社。
・2002年5月中旬:豪州からホルスタイン種の初妊牛714頭。配布先は、トゥ
ユェンクアン県。
・2002年8月下旬:豪州からホルスタイン種の初妊牛500頭。配布先は、ホー
チミン市酪農公社。
政府は、これら輸入牛の適応性や生産性が良好であれば、さらに1万頭のホルス
タイン種初妊牛を輸入する予定である。また、北部ハタイ県にあるモンカダ人工
授精センターで実施中の日本の協力によるプロジェクトでは、米国から種雄牛を
導入する予定であり、同センターで凍結精液を配布できるようになるまでの間、
豪州から輸入した凍結精液を農家に配布している。政府は、このプロジェクトと
は別に、受精卵の輸入も計画しており、牛群改良に本腰を入れている。
(3)酪農の現状
ア.農地面積
ベトナムでは、農村人口が多いため、農民1人当たりの耕地面積は10.8アール
ときわめて狭い。従って、酪農家の所有面積も平均で60アールしかなく、3〜5
ヘクタールを所有する大規模なものはごくわずかである。一方、各種公社の牧
場は、国内に15ヵ所あり、200〜800ヘクタール程度の土地を所有している。
イ.乳牛の分布
国内の乳牛4万1千頭のうち、75%はホーチミン市で飼養されており、同市に
隣接するドンナイ、ビンドゥオン、ロンアンの3県における飼養頭数を合わせ
ると、実に乳牛の85%はホーチミン市周辺で飼養されていることになる。残り
の15%のうち、10%はハノイを中心とする北部、5%が中央高原と中央海岸で飼
養されている。ホーチミン市周辺に乳牛が集中しているのは、フランス植民地
時代から交配が進められたレッド・シンディー交雑種が多く飼われていたこと
や同じく植民地時代の酪農の名残があったためであるとみられる。
なお、ビナミルク社の乳業工場が建設されたことから、昨年来、南部メコン
デルタ地帯のカントー県とアンザン県、中部海岸のビンディン県、北部ハノイ
市周辺の各県では、豪州やホーチミン市から初妊牛を購入しており、乳牛頭数
が急増している。
ウ.酪農家戸数
ベトナムの乳牛の95.5%は一般酪農家が、残りの4.5%を公社の牧場が飼養
している。公社の牧場は、乳牛の繁殖を行い、後継牛を農家に提供する責任を
負っている。
2002年8月現在の県・地域別一般酪農家の戸数は、北部ハノイ市周辺の紅河
デルタ地帯に約780戸、南部ではホーチミン市に5,584戸、同市周辺のビンドゥ
オン県に395戸、同じくドンナイ県に283戸、カントー県を中心とするメコンデ
ルタ地帯に45戸となっており、その他各地に散在している分を含め、総戸数は
約7,100戸となっている。
一般酪農家の飼養頭数に基づく規模別戸数は、5頭以下が67.93%、6〜10頭
が23.88%、11〜15頭が5.49%、16〜20頭が1.46%、21頭以上が1.00%となっ
ており、国内最大の一般酪農家でも飼養頭数は95頭である。ホーチミン市の調
査では、ベトナムで酪農を営む場合、搾乳頭数が20〜40頭の規模で収益が最大
になるということで、政府も規模拡大と集約的酪農を奨励している。
エ.牛群の構成
牛群構成は個々の酪農家の経営状況により異なるが、農業・農村開発省が南
部で調査したところによれば、30ヵ月齢以上の成雌牛の割合が54.2%(搾乳牛
35.0%、乾乳牛19.2%)、未経産牛が13.4%、雌子牛が24.2%、雄子牛が8.1%、
成雄牛が0.2%であった。
ベトナムでは、乳牛の初回授精は16〜20ヵ月齢で行い、初回分娩は25〜29ヵ
月齢で行われる。したがって、酪農家は、初回分娩があって不妊でなく、かつ
妊娠障害が起こらず、泌乳も正常に行われることを確認した時点で成雌牛と認
めることが慣例化している。
オ.品種構成
3.(1)で示したように、ベトナムでは、レッド・シンディー種または在来
黄牛とレッド・シンディー種との交雑種にホルスタイン種を人工授精して、ホ
ルスタイン種の血量を高め、乳量を上げる方法がとられている。酪農家は、白
黒の体毛の牛を好む傾向が強く、酪農を始めてからの経験が長いほどホルスタ
イン種の血量が高いもの(乳量が多いもの)を志向する。しかし、ホーチミン
市の酪農家の多くは、過去に市当局を通じて配布された豪州産ホルスタイン種
の凍結精液による産仔の泌乳能力が低かったことから、同国産のホルスタイン
種の凍結精液は無償でも受け取らない場合が多い。
農業・農村開発省(ハノイ)は、長い間、ベトナムの気候条件に適応して生
乳生産を行えるホルスタイン交雑種のホルスタイン種の血量は、1/2〜3/4で
あると考え、農家にも指導してきた。しかし、ホーチミン市を中心とする南部
の専門家は、この意見に同意しておらず、同市を中心に酪農が発展したため、
結果としてホルスタイン種の血量がますます高まることになった。一定の飼養
管理技術を有していれば、ホルスタイン種の血量が高いほど乳量が高くなる傾
向が同市の酪農家の間で明らかとなっており、現在では、より純粋種に近いも
のが求められている。
図2 ベトナムの乳牛の品種構成
※( )中は構成比
カ.乳牛の価格と後継牛の確保
酪農家は、通常、自場で生産した雌子牛を外部に売り渡すことはない。何ら
かの理由でお金が必要になった場合、9〜14ヵ月齢の未経産牛を販売すること
があり、このような未経産牛は1頭当たり1,000万〜1,400万ドン(約7万8,000
千〜10万9,200円)で取引される。通常、酪農家が取引するのは、成雌牛であ
り、産次や泌乳成績によって価格が異なるが、おおむね1頭当たり1,600万〜2,
400万ドン(約12万4,000〜18万7,200円)で取引されている。
乳牛の取引は、ほとんどの場合、ミドルマンと呼ばれる仲買業者、人工授
精師や獣医師を通じて行われている。数年前、ホーチミン市は、酪農市場と
共進会を設立し、農家が乳牛の写真を泌乳成績、希望価格などとともに展示
できる場を提供している。年1回開催される共進会には、販売を希望する乳
牛を持ち込み、直接販売も可能となっている。このような、民間酪農家同士
の売買の他、酪農家が直接、県など公立の牧場へ初妊牛や成牛の譲渡を申し
込むこともできる。この場合、公立牧場の販売価格は、生体重1キログラム当
たり5万〜6万ドン(約390〜468円)となっている。外国からの輸入牛の場合、
ホーチミン市酪農公社などが豪州から輸入した初妊牛を例にとると、農家へ
の販売価格は1頭当たり1,440米ドル(約17万円)であった。
キ.生乳生産コスト
ホーチミン市の酪農家の場合、生乳1キログラム当たりの生産コストは、
2,100〜2,300ドン(約16.4〜17.9円)である。コストの構成比は、飼料費
53.14%、労賃31.32%、衛生費0.86%、人工授精費1.03%、光熱水費1.43%、
減価償却分12.22%(家畜6.73%、牛舎4.41%、機材1.08%)となっている。
人工授精に係る費用は、使用する凍結精液の価格によるところが大きいが、
公社であるモンカダ人工授精センターのものは1ドース当たり1万5,000ドン
(約117円)、ホーチミン市の酪農家が好む米国およびカナダのものは同4万
5,000〜6万ドン(約351〜468円)である。また、人工授精師への謝礼は、
技術料、シース管、ビニール手袋、液体窒素の費用を含め、2万〜3万ドン
(約156〜234円)である。
ク.生乳の農家販売価格
南部では、次の2つの方法での生乳販売が行われている。
@ ビナミルク社の方法:農家が生乳を自分で集乳所へ持ち込み、集乳
所が乳業工場へ搬入した場合、生乳価格は、1キログラム当たり3,550
ドン(約27.7円)だが、ここから同300〜400ドン(約2.3〜3.1円)を
冷蔵・輸送経費として差し引かれる。農家が集乳者に生乳の農家渡し
を依頼した場合には、さらに同400ドン(約3.1円)が必要となる。し
たがって、農家の手取収入は、生乳1キログラム当たり2,750〜3,150
ドン(約21.5〜24.6円)である。
A フォアモスト社の方法:工場から酪農家へ出向き、直接生乳を買い
入れる。農家の手取収入は、生乳1キログラム当たり3,200〜3,550ドン
(約25〜27.7円)とビナミルク社より高いが、買い入れ時間帯が工場
により決められていることと、ビナミルク社のように数量無制限買い
入れではない点が農家にとって不利となっている。
(4)酪農の事例
本節では、酪農の中心であるベトナム南部ホーチミン市周辺と酪農振興
に大きな期待がかかっているメコンデルタ地帯の公営牧場と一般酪農家に
ついて、それぞれ数例を紹介する。
ア.公営牧場
(ア)ドンナイ県立アン・フォック牧場
ドンナイ県の飼育頭数は、約1,500頭であり、県立牧場に300頭、大
規模農家(1戸)に70頭、残りは3〜10頭規模の小規模酪農家が飼養し
ている。同県の生乳生産量は、日量8トンで、このうち5トンを県立牧
場が集乳し、残りは各農家が自家処理している。
同牧場の役割は、@ホルスタイン種とレッド・シンディー種の交雑
種を生産し、これにホルスタイン種の凍結精液を人工授精して、初妊
牛として農家に配布すること、A農家で生産した生乳の買い入れおよ
び処理の2つである。さらに、同牧場では、飼料配合施設も有しており、
自場で使用するほか、農家へも販売している。また、人工授精サービ
スや獣医業務のサービスも行っている。
現在、初妊牛の価格は高い水準にあり、生体重1キログラム当たり
4,000ドン(約31.2円)、1頭当たりにして1,200万ドン(約93,600円)
程度である。雄が生まれた場合には、生後1週間程度で自家と畜され、
子牛肉専門の業者に販売される。
同地域では、人工草地の造成が進んでおり、草種としてはパニカム
類(Panicum maximum)のうち、亜種名は不明ながら、現地で広葉パニ
ックと細葉パニックと通称されている2種類が使われている。これらの
パニカム属牧草は、セネガル原産の系統で、ホーチミン農林大学におけ
る適応性検定試験により奨励品種とされたものである。
同牧場の面積は、生乳処理施設等も含め、300ヘクタールで、このう
ち、100ヘクタールが草地となっている。敷地内には、ふん尿の処理施
設もあり、尿とふんを沈殿槽で分別した後、尿は草地へ散布、ふんは
ホテイアオイなどの水草と混合し、微量要素を添加した後、3カ月かけ
て醗酵させ、コンポストとして農家に販売している。職員は、牧場部
分について、技術職員が11名、労務職員が31名である。ベトナムでは、
土地の制約のため放牧は行われておらず、刈り取り給与が基本となって
おり、多くの職員が必要となる。
乳量は、1乳期(約300日)当たり3,600キログラムである。分娩間隔
は、14〜15ヶ月であり、ホルスタインの血量が増すにつれて、乳量は
上がるものの、受胎率が低下するため短縮は困難である。
乳価は、同牧場の生乳処理施設(台湾とのジョイントベンチャーに
よるロタミルク)が買い入れる場合には、乳脂肪3.5%、乳固形分12%、
メチレンブルー還元試験(注1)における保持時間4時間を基本として、
1キログラム当たり3,200ドン(約25円)となっている。同牧場が、ビナ
ミルク社に販売する場合には、政府の公定価格である3,500ドン
(約27.3円)で販売しており、差額の300ドン(約2.3円)が同牧場のハ
ンドリング・チャージとなる。
同牧場の生乳処理施設は、テトラパック社の機械によるもので、紙容
器を輸入に頼らざるを得ず、生産コストを押し上げる要因となっている。
同牧場の集荷した生乳は、60%が牛乳、15%が加糖れん乳を経てあめ
へ加工され、残りは他の乳業者へ販売される。
(イ)アンザン県農産物輸出入公社バンコン牧場(ホルスタイン純粋種)
バンコン牧場は、県の公社であるアンザン県農産物輸出入公社の付属
牧場である。以前は種豚場だったが、近年、豚肉の価格が不安定であり、
農家の安定収入源となりにくいため、県が酪農場に変更を指示したもの
で、今年から乳牛の種畜牧場兼生乳生産場となった。畜舎は、豚舎を改
造したもので、現在も改造畜舎を増設中である。同公社は、同県では酪
農の歴史が浅く、農家の技術水準も低いとしながらも、米の生産量が全
国1位であることから米ぬかなどの、農業副産物の生産量が多く、牛の飼
料には困らないはずなので、種畜の供給と技術移転が進めば酪農は成功
するとみている。
繋養牛は、2002年5月に豪州から輸入されたホルスタイン純粋種200頭
であり、このうち21頭が同年6月末現在搾乳中である。牛の購入資金は、
公社が支出しており、頭数が増えれば農家へ販売することになるが、同
県で既に酪農を営んでいる農家は3戸のみであり、国の計画に基づき、供
給体制のみが先行している。
同場は、もともとは豚の牧場であったため、牧草地はなく、牛舎に付
属して若干のパドックがあるだけで、総面積は4ヘクタール、従業員は
20名である。
生乳は、ほとんどをカントー市のビナミルク社工場へ売却しているが、
一部を直接販売しているほか、少量ながら自家製ヨーグルトの製造・販
売も行っている。生乳の出荷価格は直販の場合には、1キログラム当た
り4,000ドン(約31.2円)だが、ビナミルク社への出荷する場合は3,200
ドン(約25円)である。ビナミルク社は、ホーチミン市内ではフォアモ
スト社などとの競争があるため、政府の公定価格である3,500ドン
(約27.3円)での買い上げを行っているが、メコンデルタでは独占的に
買い上げるため安値となっている。現在の生乳出荷量は、1日当たり500
キログラム(1頭当たり23キログラム)である。同場では、将来的には、
ロタミルクのように自場で殺菌・製品化して自社ブランドで出荷するこ
とを希望している。
飼料は、公社の配合飼料、ベビーコーンの収穫残さを給与するほか、
ネピアグラス(Pennisetum purpureum)を刈り取り給与している。
(ウ)アンザン県農産物輸出入公社チャウタニ牧場:ホルスタイン交雑種
バンコン牧場から20キロメートル程度離れた場所にあり、レッド・シ
ンディー種とホルスタイン種との1/2交雑種を飼養している。同場も、
もとは種豚場であり、面積は3ヘクタール、職員数30人で運営している。
飼養頭数は100頭で、このうち40頭が搾乳牛である。生乳生産量は、1日
当たり400キログラムで、ビニール袋に入れて近隣住民に直接販売して
いる。
飼料は、周辺の運河沿いの野草地からの刈り取り給与、ベビーコーン
の収穫残さをチョッパーにかけたもの(一部は細断後、1日程度放置さ
れていたため、発酵臭がする)、豆腐かすである。豆腐かすは、乳量
を上げるために給与しているもので、1キログラム当たり400ドン
(約3.1円)で購入している。
(エ)カントー県ソハ農場輸出入公社
同農場は、酪農場や穀物畑を含む総面積6,000ヘクタールで、これを1
農家当たり2.5ヘクタールに細分し、貸付・耕作させ、収穫した米を物納
する形式で農場を運営している。この他、農産物の輸出や酪農分野を運
営する人間は職員として雇用しており、常雇いの職員数が100名、輸出用
出荷時期などの繁忙期の臨時雇い職員が400名程度となっている。
カントー県には、2000年現在、酪農家が10戸おり、搾乳牛60頭を飼っ
ている。国と県の計画では、乳牛頭数を2005年までに1,500頭にまで増頭
することになっており、公社の果たすべき役割が大きい。
2002年現在、公社には2ヵ所の酪農場があり、ホルスタイン純粋種と同
交雑種が合わせて220頭、レッド・シンディー種が150頭の合計370頭の成
雌牛がおり、子牛と育成牛が80頭飼養されている。レッド・シンディー種
については、国際協力事業団(JICA)が北部ハタイ県モンカダ人工授精セ
ンターで行っているプロジェクトから供給される、豪州産ホルスタイン種
の凍結精液を人工授精して、ホルスタイン交雑種を生産し、一般農家へ販
売する目的で飼養されている。なお、雄子牛は、去勢せず1年程度肥育して
肉用として出荷している。
現在の搾乳頭数は100頭であり、1日当たり1トン程度をビナミルク社カ
ントー工場へ出荷し、30キログラム程度を直接販売している。ビナミルク
社の工場の生乳処理能力は、1日当たり100トン程度なので、現在は能力の
30%程度の操業となっている。したがって、今後、メコンデルタで生乳生
産が増えても、当分は全量受け入れに支障がないとみられる。
同公社の酪農は、2年前にホーチミン市から乳牛を導入して以来のこと
で、今年、豪州からホルスタイン初妊牛を輸入して拡大を始めたばかりの
ため、技術の蓄積が乏しいことが問題である。人工授精や獣医関係につい
ては、技術者をホーチミンに派遣して研修を受けさせているが、人工授精
をいかに効果的に行うかが最大の問題となっている。
飼料は、パラグラス(Brachiaria mutica)5ヘクタールとネピアグラス
も少々あり、年間9回刈り取りが可能(ホーチミン市周辺では年間12回だが、
同県では、約3カ月間の冠水期間があるため9回となっている)である。1
回当たりの収穫量は、生草で1ヘクタール当たり25〜30トンとなっているた
め、年間で225〜270トンの収量となり、量的には十分であると考えている
が、利用技術が十分でないという問題がある。飼料給与は、特に乳量によ
る変化はつけておらず、飽食方式で行っている。冠水地用の草種としては、
パラグラスの他に、ハイマネチ(Hymananche acutiglume:クサヨシに似た
草種で、豪州ではクインズランド州の一部で利用されているものの、ほと
んどの場合、水路をふさぐ有害雑草とみなされている)もある。
豪州からのホルスタイン種は、現在、新設のコンクリート製の畜舎で飼
養しており、近い将来、同様のものを4棟追加・新築して、搾乳牛1,000頭
規模の牧場にする予定である。ホルスタイン純粋種の飼養は、まだ始めた
ばかりなので、生産した子牛はすべて残し、基礎牛群の充実に努めるが、
公社では、今後、@気候への適応性、A生乳生産量、B体型で選抜したい
と考えている。
新築の畜舎は、内部を乾乳牛、搾乳初期(分娩〜2ヵ月)、搾乳中期
(3〜4カ月)、搾乳後期(5カ月以降)の4つに分画し、乳量に合わせた飼養
管理、搾乳管理を行う予定である。ボディーコンディション・スコア(注2)
は、乾乳までに3.5〜3.7程度とするのが目標である。現在の1頭当たり乳量
は、1日当たり13キログラムだが、15キログラムを目標にしている。あまり
高い乳量水準を設定すると乳房炎などの問題や、牛の寿命や飼料の問題もあ
るため、同場では15キログラムで十分と考えている。現在新築中の畜舎の建
設費は、牛1頭当たり500万ドン(約39,000円)に相当している。
搾乳前後は300ppmの塩素水で乳頭をディッピングして消毒している。搾乳
は、搾乳房へ牛を移動し、機械搾乳している。
畜舎周辺の環境対策として、白さぎを10羽買い入れ、風切り羽を切除し飛
べなくして、畜舎の周りに放し飼いにしている。これで畜舎の周りに発生す
るハエの幼虫や蚊の駆除には十分であるという。ベトナム南部では、牛の衛
生害虫として蚊が最も深刻であり、たいていの畜舎には夜間用のカヤが設置
されている。
同牧場では、1万5,000米ドル(約176万円)を投じて、2,400リットル入り
のバルククーラーを設置する予定である。
注1)メチレンブルー還元試験:乳中の細菌の代謝によって生ずる還元物の増加
に対応して、メチレンブルーが退色する程度を時間単位で観察する方法。還元物
の増加割合(酸素の消費量に比例)は、細菌の種類によって異なるが、一般には、
総細菌数が多いほど早くなり、メチレンブルーの退色が早くなる。ただし、@好
冷菌や耐熱性菌では、標準試験条件(36℃)における代謝量が著しく低いため、
これらの細菌類が多い場合には、正しい結果が得られ難い、A搾乳後の生乳の取
り扱いにより見かけの酸素量を増加させることができる、などの理由により、先
進国ではあまり使われなくなった方法だが、簡便かつ低コストなため、開発途上
国では多く使われている。なお、評価基準は種々あるが、米国の例では、
@Excellent(8時間以上)、AGood(6時間〜8時間)、BFair(2時間〜6時間)
、CPoor(2時間未満)の4段階のものがある。
(注2)ボディコンディション・スコア:牛の肥満状態を肉眼と手で触れて測定し、
栄養管理に役立てる。スコアは、1〜5段階に分かれており、生育段階や搾乳期に
より最適なスコアは異なる。
|
図 3 搾乳後の生乳を職員が布でろ過し、小売用に小分け
|
|
|
図 4 レッド・シンディー種の牛舎。
|
|
|
図 5 新築の牛舎。牛は豪州産のホルスタイン純粋種。
|
イ.一般酪農家
(ア)ホーチミン市クチ地区
ホーチミン市の中心部から北西方向に70キロメートルのところにあるクチ
地区は、市当局が同市の人口増加に伴って、それまで市内に散在していた酪
農家を移転させた場所であり、現在では、同市の酪農の中心となっている。
現在、72頭を繋養しており、このうち、20頭が搾乳牛である。生乳生産量
は、1日当たり300キログラムで、近接するフォアモスト社の集乳センターへ
1キログラム当たり3,450ドン(約26.9円)で販売している。同社の標準買い
入れ乳価は、3,350ドン(約26.1円)だが、同牧場の生乳は、乳脂率が3.5〜
3.6%あり、標準より1%以上高いため、プレミアがついている。
牛舎は、成牛用と育成牛用の2棟あり、成牛用のものは1,900万ドン(約14
万8,200円)で建設した。牛舎は、フリーストール方式で、牛床に樹脂製マッ
トを敷いて、牛の肢蹄が傷まないよう注意しているという。搾乳は、搾乳房
(木製のものが2房)で、エンジン式バケットミルカーで1日2回(朝夕)行っ
ている。
この酪農家は、3年前に酪農を始め、現在では草地3ヘクタールを所有して
いる。農場建設のために銀行から3億5,000万ドン(約273万円)を借り入れ
ており、これまでに2億ドン(約156万円)の返済を終わっている。残りの1
億5,000万ドン(約117万円)については、毎月700万ドン(約5万4,600円)
返済している。今後、隣接地2.5ヘクタールを買い増しして、総頭数200頭ま
で増頭することを希望している。現在の収入は、月当たり2,200〜2,500万ド
ン(約17万1,600〜19万5,000円)であり、これは主に生乳の販売による収益
である。草地にはかんがい(バケツで水を運ぶ手動式)を行っているので、
10月〜3月の乾期でも飼料が不足することはなく、むしろ、湿度が低い分、牛
の体調も良好で乳量も多く、収入が多くなる。労力は、夫婦2人と雇用労働者
4人の体制である。
牛の品種は、ホルスタインとレッド・シンディーの交雑種であり、3/4ホ
ルスタイン交雑種が主体である。交雑種の平均乳量は、3/4ホルスタイン交
雑種で1日当たり20キログラム、7/8ホルスタイン交雑種で同23キログラム
程度である。
搾乳期間は10〜11ヵ月間で、2〜3カ月の乾乳期間をとっている。2000年の
分娩頭数は32頭でこのうち60%が雄であった。雄子牛は、1週間のほ乳後、自
家と畜し、肉にしてから販売する。ただし、2000年には、初めての試みとし
て、1頭の雄子牛を1年間肥育してみたところ、250万ドン(約1万9,500円)で
売れたという。経営者は、まだ、この方法を増やすかどうかは決めていない
が、可能性はあると感じている。
|
図 6 フリーストール牛舎の内部
|
(イ)ドンナイ県小規模酪農家1
牛舎は、800万ドン(約6万2,400円)で建設したものが1棟のみで、成牛26
頭(搾乳牛頭数は10頭程度)を飼養している。
草地は3ヘクタールで、広葉パニカムと細葉パニカムが混在している。土
地面積が少ないため、草地にはマンゴーを植え、副収入としている。なお、
牧草の収量は、年間収穫回数10〜12回で、広葉パニカムの場合、年間1ヘク
タール当たり400トン程度、細葉パニカムの場合、同200トン程度である。
濃厚飼料は、搾乳牛に対しては乳量1キログラム当たり0.5キログラム、
乾乳牛と未経産牛に対しては、1頭当たり1〜2キログラムを給与している。
この酪農家では、繁殖状況、生乳生産量をきちんと記帳している。
(ウ)ドンナイ県小規模酪農家2
牛舎は現在使用中のものが深井戸(2,500万ドン(約19万5,000円))を
含め、3,500万ドン(約27万3,000円)で建設し、さらに10頭規模の牛舎を
建設中で1,500万ドン(約11万7,000円)の建設費がかかる。飼養頭数は28
頭であり、このうち12頭が搾乳牛である。これまで最高成績の乳牛は1日
当たり30キログラムだが、通常は、同22キログラム程度である。
草地は、パニカム類の他に、ネピアグラスのものを所有しており、深井
戸から配管し、かんがいができるようにしてある。草地の周辺には、豪州
から導入したという、マメ科のアカシアが植えられている。
この農家では、数年前に日本の家畜改良事業団(LIAJ)が行った乳牛の
耐暑性試験のために提供された凍結精液で生まれた乳牛が好成績を収めて
いるとして、日本産凍結精液のさらなる供給を希望している。
(エ)カントー市内酪農家
この酪農家は、10年以上前から酪農を始めており、現在、成牛8頭を飼
養しており、このうち4頭が搾乳牛である。牛舎はかなり古く、修理もさ
れていないが、敷地内には家屋が3棟あり、かつてはかなりもうかってい
たことがうかがわれる。牛舎には、蚊防除のための網が設置されているが
、屋根が傷んでおり、上方にかなりの隙間があるため、効果には疑問があ
る。牛舎の周囲は、大木で囲まれており、涼しいものの、空気の循環は悪
く、内部は常にじめじめしている。
搾乳は、午前5時と午後5時の2回行っている。現在の生乳生産量は、1日
当たり50キログラム(4頭の合計)程度である。乳量は、4産目のもので1
日当たり18〜24キログラム。平均7産程度まで搾る。
飼養している乳牛は、キューバから導入したホルスタイン純粋種が2頭、
由来不明のジャージー交雑種が1頭の他は、ホルスタイン種とレッド・シ
ンディー種との交雑種である。
飼料は、牧草(1日1頭当たり20キログラムで、外部から1キログラム当た
り200ドン(約1.6円)で購入した野草)、ベビーコーンの収穫残さ、マン
グビーンもやしのくずが中心であり、さらに米ぬか主体の濃厚飼料とビタ
ミンなどのサプリメントを購入して給与している。
生産した牛乳は、主に、1キログラム当たり4,500ドン(約35.1円)で近
隣住民に直売しているが、一部は自家製ヨーグルトとしても販売している。
直売分が売れ残ったり、搾乳牛が増えた場合にはビナミルク社に販売する
が、このときの乳価は、1キログラム当たり3,200ドン(約25円)である。
|
図 7 生乳をビナミルク社カントー工場に運ぶ酪農家。
|
(1)牛乳・乳製品市場
ベトナムでは、生乳生産量の5%程度が酪農家から消費者へ直接販売されてお
り、この販売分には、酪農家がヨーグルトへ加工して販売している分が含まれ
ている。乳業工場で処理して販売される牛乳のうち、95%程度は各メーカーの
代理店を通じての販売となっている。これらの代理店は、小売業者に対し、冷
蔵庫、看板、ビニール袋などを提供している。同国では、スーパーマーケット
は、まだ、数年前に展開を始めたばかりであり、立地もハノイ市とホーチミン
市に限られている。
ホーチミン農林大学の推計によれば、飲用乳の市場シェアは、ビナミルク社
86%、フォアモスト社9%、ネスレ社3%、ロタミルク2%となっており、国営
のビナミルク社が圧倒的なシェアを誇っている。
乳製品の市場シェアは明らかではないが、全乳換算した牛乳・乳製品消費量
の90%を輸入に依存しており、最大の輸入者がビナミルク社であることを考慮
すると、同社のシェアが最大であると考えられる。しかし、市中のスーパーマ
ーケットや小売店の商品棚を観察したところによると、ビナミルク社、ネスレ
社、フォアモスト社(マレーシアのダッチ・レディー社のものを含む)の3社が
拮抗している。
|
図 8 ホーチミン市内スーパーの冷蔵陳列棚。
青パックがロタミルク
|
(2)加糖れん乳
加糖れん乳は、フランス植民地時代からの伝統ある乳製品であり、他の東南
アジア諸国と同様、ベトナムでも最も重要かつ一般的な乳製品である。加糖れ
ん乳は、熱帯の気候の下でも輸送・貯蔵が容易で、電気のない地域でも利用・
貯蔵が可能なため、現在でも同国の乳製品消費の中心となっている。
ベトナムの加糖れん乳には、輸入脱脂粉乳と輸入バターオイルを原料とした
全脂加糖れん乳とバターオイルの代わりに国産のココヤシ油を使用したフィル
ド加糖れん乳(これについては、食品の国際規格であるコーデックスにより
「乳(milk)」の表示が認められていない)の2種類がある。同国には長い海岸
線があり、ココヤシの栽培に適しているため、ココヤシ油は安価に生産できる。
このため、全脂加糖れん乳に比べ、フィルド加糖れん乳の方が安価に生産でき
るため、国内消費用はもっぱらフィルド製品となっている。フィルド加糖れん
乳の年間生産量は、同国の加糖れん乳生産量である約10万トンの90%程度と推
計されている。国内メーカーでは、ビナミルク社がコーヒー、チョコレートな
どフレーバー付のフィルド加糖れん乳9種類、フォアモスト社が1種類を製造し
ている。ロタミルクは、生乳からの全脂加糖れん乳であり、全量を自社であめ
に加工している。
(3)学乳制度
99年からホーチミン市の予算により、学校給食用牛乳(学乳)制度が開始さ
れた。ベトナムの学乳制度は、先進諸国におけるような牛乳の消費促進・拡大
を目的としたものではなく、タイの学乳制度の発足当時と同様、貧困家庭の児
童の栄養状態改善を目的としたものである。
99年に同制度が適用されたのは、ホーチミン市の35小学校の5万2,000人、
2000年は64小学校の6万2,111人、2001年は80小学校の6万4,000人となっている。
対象児童には、250ミリリットルビニール袋入りロングライフ(LL)牛乳が1年
間に100袋、無料で提供される。
(4)牛乳・乳製品の小売価格
2002年6月、ホーチミン市のスーパー4店、一般小売店3店で牛乳・乳製品の
価格を調査した。ベトナムでは、低脂肪乳を製造していないため、低脂肪乳は
すべて輸入品である。また、同国は産油国のため、ペットボトルは国産原料で
製造しており、安価である。これに対し、ロタミルクのように、生乳処理・充
てん機を特定メーカーから入れている場合、包装用紙容器も充てん機と同じ会
社のものを使わざるをえず、輸入に頼らざるをえない。このため、ロタミルク
の製品は、ネスレ社のようにハノイで製造したものを輸送して販売しているも
のと同価格か、より高価なものとなっている。
ア.パスチャライズ(低温殺菌)牛乳
@ ネスレ社: 1万3,000ドン(約101.4円;1リットルペットボトル)
A ロタミルク: 1万3,000〜1万3,600ドン(約101.4〜106.1円;1リット
ル紙容器)、4,000ドン(約31.2円;250ml紙容器)
B ベンタン酪農協:1万3,900〜1万4,500ドン(約108.4〜113.1円;1.5
リットルペットボトル)、5,100ドン(約39.8円;500mlペットボトル)、
1,700ドン(約13.3円;165ml紙容器)。
イ.LL牛乳
@ ビナミルク社: 1万100ドン(約78.8円;1リットル紙容器(無糖))、
1万400ドン(約81.1円;同(加糖))
A フォアモスト(ベトナム)社: 1万400ドン(約109.2円;1リットル紙容器)
B ツトゥアン社:3,900ドン(約30.4円;500mlペットボトル)
C F&N社(ベトナム): 3,200ドン(約25円;220mlペットボトル)
D パーラマット社(ロンアン県の業者によるライセンス生産):
1万2,400ドン(約96.7円;1リットル紙容器)
E タスマニア・ミルク(豪州産): 1万6,000ドン(約124.8円;
1リットル紙容器)
F ポールズ(豪州クインズランド州産): 1万8,000ドン(約140.4円;
1リットル紙容器)
G ファームハウス(NZ産):1万3,700ドン(約106.9円;1リットル紙容器)
H ブライデル(フランス産):1万5,500ドン(約120.9円;1リットルペッ
トボトル)
ウ.低脂肪乳(すべて輸入品)
@ ダッチ・レディー(マレーシア産):1万4,800ドン(約115.4円;1リッ
トル紙容器)
A デイリー・ファーマーズ(フィリピン産):1万4,800ドン(約115.4円;
1リットル紙容器)
エ.ヨーグルト
Vinamilk社:1,700ドン(約13.3円;110mlプラカップ、加糖)
オ.参考品価格
@ ミネラル・ウォーター(ベトナム産):6,600ドン(約51.5円;
1リットルペットボトル)
A コカコーラ(ベトナム産):1万ドン(約78円;1.5リットルペットボトル)
B 牛肉(1キログラム当たり):7万ドン(約546円)
C 豚肉(1キログラム当たり):バラ2万6,000〜3万3,000ドン
(約202.8〜257.4円)、モモ2万8,000〜4万ドン(約218.4〜312円)、
ヒレ2万6,000〜3万8,000ドン(約202.8〜296.4円)。
D ファーストフード(KFC):1万1,500ドン(約89.7円;フライドチキン
1ピース)、チキンバーガー1万7,500ドン(約136.5円)。
(5)輸出入状況および関税率
輸出入統計が入手困難なため、関係方面に対する聞き取りの結果をまとめる
と、ベトナムは、全乳換算で牛乳・乳製品需要量の90%に相当する粉乳類を輸
入し、国内消費用に加工しているほか、主に、加糖れん乳に加工して輸出して
いる。輸出入の大半はビナミルク社によって行われている。輸入先は、約90%
がニュージーランドと豪州で占められており、残りがオランダ、ポーランドな
どとなっている。輸出先は、サウジアラビア、イラク、イラン、米国となって
いる。
関税率は、表のとおりとなっており、輸入先が最恵国リストに載っていない
場合の関税率は、表の数値を1.5倍した税率が適用される。豪州、ニュージーラ
ンド、EUなど主要な乳製品輸出国は、すべて最恵国にリストアップされている。
また、日本も99年に最恵国となった。ベトナムには、関税に加え輸入付加価値
税の制度があり、輸入者に納付義務が課せられている。
ただし、ビナミルク社が輸出用乳製品を製造するために輸入する乳製品につ
いては、日本の保税措置と同様、関税などの支払が免除されている。
表5 乳製品の関税率および付加価値税率(%)
資料:「Tax 2002: Export-Import Tariff and VAT on Imports」
(6)乳業工場と生産能力
現在、ベトナムの乳業は、非常に収益性が高い分野であるとみられており、
銀行融資や市場での資金調達も容易であるといわれている。その一方で、国内
の生乳生産量がまだまだ少ないため、特に、ビナミルク社の乳業工場は、処理
能力の30〜60%の生乳処理しか行っていない。主な乳業工場は、表のとおりだ
が、この表の他にも中部ダナン市への豪州からの投資見込みなど、乳業分野に
は多くの投資が見込まれている。
表6 ベトナムの乳業会社・工場と生産能力
(7)ビナミルク社について
ビナミルク社は、76年8月20日に国営企業として設立され、87年にはドイモ
イ政策の下、公社に移行し、社会主義の計画経済の枠組みからは切り離された。
政府は、それまでの酪農・乳業分野の保護政策を放棄し、市場を開放したた
め、同社は急に国際競争の波にさらされることとなった。しかし、政府の外国
投資承認手続きは依然として煩雑で、制度も頻繁に変わるため、多国籍乳業会
社も容易に本格進出を図れなかった。このような状況が続いているうちに、国
内の牛乳・乳製品需要は堅調に伸び続け、同社のマーケット・リーダーとして
の地位は容易に揺るがないものとなった。現在、同社は、南部を中心に国内に
8工場を有しており、代理店数は1,400者にのぼる。
90年以前は、国内の酪農家が各地に散在しており、生乳の確保が難しかった
ため、同社は、すべての原料を輸入に頼っていた。91年以降は、同社が酪農家
を育成したこともあって、特にホーチミン市周辺では急速に生乳生産量が増え
てきた。現在では、同社の原料の約20%は国産生乳で賄われている。2002年現
在の同社の国産生乳買い入れは、1日当たり180トン程度であり、多国籍乳業各
社の合計の10倍程度となっている。同社は、国産生乳使用割合を2005年までに
30%、2010年までに50%まで引き上げたいとしているが、成否は国家酪農振興
計画の進捗にかかっている。同社が最も重要であると考えているのは、同社が
すべての国産生乳を一定価格で買い上げることを保証していることであり、こ
れにより酪農家は安心して増産できる。
同社の2001年の売上高は、3兆9,400億ドン(約307億円)であり、前年比150
%の大幅増となっている。売上高の約58%に相当する約2兆3,000億ドン
(約179億円)は、輸出による収入であり、この部門は前年比200%の大幅増と
なっている。このような増収傾向は、2002年になっても継続しており、2002年
の上半期の売上高は既に3兆ドン(約234億円)を超え、年間売り上げ目標の68
%を達成済みである。輸出はさらに好調であり、上半期ですでに2兆400億ドン
(約159億円)と、年間目標の85%を達成している。
同社の主張によると、同社の製品の品質は国際的に見ても高い水準にあり、
価格はほとんどの国の製品よりも安いため、広く支持されているという。この
ように高い品質を維持するため、同社は91年以来、毎年10〜20名の職員を期間
6年でロシアに留学させ、生乳処理技術を研修させている。
ベトナムの酪農は歴史が浅く、国内の生乳生産量が少ないため、需要量の9割
は輸入に頼っている。同国は、約205億ドル(約2兆4千億円)というGDPの72%
に相当する膨大な対外長期債務を抱えており、脱脂粉乳などの原料乳製品の輸
入は極力抑制したいところである。このような状況の下、政府は、乳製品の輸
入を抑えて外貨を節約し、農家の確実な収入源を確保し、さらには、労働集約
型の酪農を増やして農村の余剰労働力の吸収を図り、あわせて国民の栄養水準
向上にも貢献するという、一石四鳥をねらって今回の酪農振興計画となった。
しかし、計画の中の目標頭数は、2005年までは年増加率20%超、以後2010年
までは15%超という大幅な増加を見込んでおり、2010年の乳牛頭数は2000年の
約7倍になる計算である。これまでも毎年15%以上の増加率を示してきたので、
今回の目標値にも無理はないというのが農業・農村開発省の見解だが、過大
な数字を割り当てられた重点各県の責任者は対応に苦慮している。筆者は、96
年に同国で調査を行ったが、そのときにはベトナム語で「乳牛」に相当する言
葉すら広く知られていなかったことを考慮すると、酪農振興を国家計画で行う
ということ自体、隔世の感がある。
仮に、計画どおりに増頭できたとした場合には、次のような問題が出てくる
可能性がある。第1には、飼料の確保であり、第2には生乳の処理と製品の販売
である。飼料については、南部では当面不足する事態は考えにくいが、北部に
南部のパニカム類に匹敵する高収量草種があるかどうかが鍵になろう。次に、
生乳の処理と製品の販売についてだが、2010年の搾乳牛は2000年の6.6倍が目
標とされており、1頭当たりの乳量も増加が見込まれているため、生乳生産量
は2000年の7倍以上に達する。現状は、各乳業工場とも十分余裕があるとして
いるが、それでも処理能力の30〜60%は使っている。したがって、今後、これ
まで以上に急速に乳業工場の新設・増設を行わなければ、処理できない余乳が
発生するおそれがある。製品の販売については、アセアン自由貿易圏(AFTA)
の発効に伴う外国製品との競合や流通経路の未整備が問題となる上、何といっ
ても、フォー(ベトナムうどん)やその他の物価に比べて牛乳が高いことが、
消費拡大のネックになるのではないかと考えられる。
ベトナムには国営を始め公営の公社が多数存在し、国際通貨基金(IMF)か
ら早期民営化の勧告がなされている。多くの公社が採算性の観点から民営化を
なし得ない中、ビナミルク社は採算性の高い、民営化の可能な数少ない公社と
みられている。しかし、現在でも実処理量を大幅に上回る過剰な生乳処理能力
を抱えており、酪農振興に関する国家計画の中で公社として、さらなる処理能
力の増強を求められており、将来に不安は残る。同国は、AFTAにおいても、タ
イなどASEAN先発加盟国が2003年に共通実効特恵関税(CEPT)を完全実施する
のに対して、後発加盟国として1年間の猶予が与えられている。LL牛乳につい
てみると、現在でも輸入品で最も安いニュージーランド産のものは1リットル
当たり1万3,700ドン(約106.9円)であり、ビナミルク社の同1万100ドン
(約78.8円)とは3,600ドン(約28.1円)の差となっている。ニュージーラン
ドのものの輸入価格は、輸入業者のマージンなどの国内経費と関税、輸入付
加価値税を差し引くと1リットル当たり9,500ドン(約74.1円)程度かこれを
下回る水準と推定される。これは、小売用容器のものを少量輸入した場合の
価格なので、AFTA完全発効後、仮に、バルクでシンガポールへ輸入されたも
のが小分け包装され、ベトナムへ再輸出された場合には、ビナミルク社の価
格を下回ることが可能であろう。
また、このような迂回措置をとらなくても、余乳の問題を抱えているタイ
からの輸入が増えることが考えられる。タイでは、学校給食用牛乳(学乳)
に国産生乳を100%使用する義務があり、これにより学校期間中には国産生
乳の92%が学乳として消費されている。しかし、2002年9月現在、1部の県で
の学乳の供給業者選定をめぐる汚職発覚を端緒に、制度全体が大きく揺れて
おり、現在の制度をそのまま維持できるかどうかは不透明である。仮に、学
乳による国産生乳消費量が減少すれば、タイは再び恒常的な余乳問題を抱え
る可能性があり、同国からASEAN加盟国への輸出圧力が高まる可能性がある。
以上みてきたように、ベトナムの酪農は、現在のところは、ビナミルク社
の全量買い上げもあって収益性が高いが、2004年にAFTAが発効して域内競争
が高まり、また、順調に増頭して生乳生産量が急速に伸びてきたとき、同社
が全量買い上げを続ける体力なり市場シェアを有しているかが焦点であると
考えられ、今後の推移が注目される。
参考資料
1.CIA WORLD FACTBOOK 2001: http://www.odci.gov/cia/publications/factbook/geos/vm.html
2.COHEN, M (2002)“Beyond the Pail”, Far Eastern Economic Review, p.36, Dow Jones & Co, Hong Kong.
3.DEPARTMENT OF AGRICULTURE AND RURAL DEVELOPMENT OF HO CHI MINH CITY (2000)
“Dairy Cattle Production Development Plan in Ho Chi Minh City, Period 2001−2005”.(ベトナム語)
4.GENRAL STATISTICAL OFFICE (2000)“Statistical Yearbook 2000”,
Statistical Publishing House, Ha Noi.
5.GENRAL STATISTICAL OFFICE (2001)“Statistical Yearbook 2001”,
Statistical Publishing House, Ha Noi.
6.MINISTRY OF AGRICULTURE AND RURAL DEVELOPMENT (1998)
“Milk Production Plan in Viet Nam−Period 1998−2000−2005−2010”.(ベトナム語)
7.MINISTRY OF FINANCE (2002)“Tax 2002 Export−Import Tariff and VAT on Imports”,
Hochiminh City Publishing House, Ho Chi Minh.
8.THE SIGON TIMES DAILY (2001) 7月18日付、8月14日付
9.THE SIGON TIMES DAILY (2002) 6月19日付
10.VIET NAM NEWS(2001年) 3月10日付、5月2日付、5月11日付、
7月18日付、8月11日付、8月20日付、8月29日付、9月4日付、9月14日付、
10月2日付、11月13日付、11月17日付、11月29日付、12月11日付、12月12日付、
(2002年)1月4日付、1月12日付、1月17日付、3月9日付、3月18日付、
6月11日付、8月21日付、8月28日付
11.WESTLAKE, M (2001)“Asia 2002 Yearbook”, Review Publishing Co., Hong Kong.
12.小林 誠(1998)“ヴィエトナムの畜産事情”、畜産技術 3 月号、p.33〜39、畜産技術協会。
元のページに戻る