特別レポート 

カナダにおけるBSEの発生とその後の対策

ワシントン駐在員事務所 犬飼 史郎、道免 昭仁



1.はじめに


 2003年5月20日、カナダのアルバータ州において6歳のアンガス種の雌牛でのBSEの発生が確認された。その後、わが国を含め各国は直ちにカナダからの牛肉等の輸入を禁止した。発生の前年に公表されたカナダによる自国のBSEに関するリスクアセスメントでは、カナダでBSEが発生する確率は無視し得る程度に低く、サーベイランスによる高いレベルでの監視がなされ、発生した場合であっても必要なまん延防止策が講じられているとされていた。しかし、今回の発生では、発生牛はと畜後3カ月半BSE検査が行われず、発生が確認された時点では、発生牛から生産された肉骨粉(MBM)は既に飼料連鎖に入り、牛への給与が否定できない状況にあった。

 今回のレポートでは、発生前の状況、発生からこれまでの流れを振り返るとともに、今回のBSEの発生に対しカナダで講じられた対策や消費者の反応等を整理する。

2.発生以前の状況


 今回の発生以前の状況については、カナダが2002年12月に公表した自国のリスクアセスメントであるRisk Assessment on Bovine Spongiform Encephalopathy in Cattle in Canada
http://www.inspection.gc.ca/english/sci/ahra/bseris/bserisbe.shtml#toc)に整理されているのでここではその概要を紹介する。

(1)イギリスからの導入牛でのBSE発生

 カナダでは、1993年に英国から1987年に導入した肉用繁殖雌牛1頭でBSEの発生が確認されており、この時点で英国およびアイルランドから導入された牛は全頭殺処分された。その後のEU等での発生に鑑み、発生国由来の牛は獣医当局の監視下に置かれ、食品連鎖および飼料連鎖には入れられていない。また、カナダは自ら実施したリスクアセスメントにおいてBSE未発生国とする国以外からの牛肉や牛生体等の輸入を禁止してきた。特にMBM(血粉、フェザーミールを含む)については、2000年12月よりBSE未発生国以外からの輸入を禁止している。

(2)反すう家畜由来の肉骨粉の反すう家畜への給与禁止

 BSEのまん延防止策で最も効果的であるとされるMBM等の反すう家畜のたんぱくを含む飼料の反すう家畜への給与禁止は、1997年8月4日から「家畜衛生規則(Health of Animals Regulations)」により実施された。農家は、豚、馬、鶏または魚由来の動物性たんぱく以外の反すう家畜への給与は禁じられている(乳、血液、ゼラチン、獣脂は可)。カナダでは、植物性のたんぱく飼料の価格(特に大豆たんぱく)が安いため、そもそもMBMの反すう家畜の飼料への使用の割合は高くなかったとされる。牛の総頭数の75%を占める肉用牛ではMBMの飼料給与は一般的ではなく、乳用牛のうち特に高泌乳牛に対し、MBMを含む鉱塩(feed concentrate)や高エネルギー飼料(high energy feed block)を給与された可能性があるものの、97年の飼料給与の禁止に伴いMBMから主として菜種油への原材料の切り替えが行われた。

 家畜の飼料については、レンダリング工場、飼料工場、農家の間で川下に行くにつれ数が増加するいわゆるピラミッド構造が形成されている。また、レンダリング施設は国内に32施設が存在するのみであり、規制を最も効果的に行うためには、レンダリング業界を監視することが適当であった。レンダリング工場は操業許可制とされ、交差汚染防止のための洗浄、反すう家畜由来製品への「牛・羊その他反すう獣には与えないこと(Do not feed to cattle, sheep, deer or other ruminants)」との表示、製品の製造や出荷の記録の保持が義務付けられていた。1997年および2002年に包括的な立ち入り検査が実施されたが、高いレベルで法令が遵守されていたとされる。また、600ある飼料工場においても十分な交差汚染防止措置が講じられていた。農家においても、反すう家畜由来製品を使用した養豚農家や養鶏農家等は、飼料のラベル又は入荷伝票を2年間保存することが義務付けられていた。農家の任意抽出検査でも反すう家畜由来の飼料給与の禁止は十分に理解されており、教育プログラムも実施されていた。

 特定危険部位(SRM)については、MBMの飼料給与禁止および発生国からのMBMの輸入禁止が実施され、かつ、国内でのBSEの発生がないことからレンダリングに回すことは禁止されていなかった。

(3)サーベイランス

 BSEは1990年11月から家畜衛生規則による届出伝染病に指定された。サーベイランスについては、連邦政府の食肉検査官のいると畜場で神経症状の確認された牛、起立不能牛等について1992年から開始された。その後、サーベイランスは科学的知見や国際基準の改正に伴い逐次強化された。1997年には州政府の食肉検査官のいると畜場も対象とされ、2001年からは特定のと畜場においては健康牛のターゲットサーベイランスが、2002年には切迫と殺、起立不能も検査の対象に追加された。2002年の検査頭数は1,887頭であり、OIEの国際家畜衛生コード(2001)に要求される336頭を上回るサーベイランスが実施された。サーベイランスが開始された1992年から2002年1月までの対象頭数は7,214頭であった。

3.今回の発生


 カナダ食品検査庁(CFIA)は2003年7月2日に今回の発生に関する調査報告書を公表している
http://www.inspection.gc.ca/english/anima/heasan/disemala/bseesb/evale.shtml)。

 これに当事務所によるCFIAからの聞き取りも含め、今回の発生に関するCFIAの調査結果を以下に概説する。

(1)発生

 発生牛は、6歳のアンガス種の雌牛であった。当初、BSEに特有な神経症状がみられたが、このような症状が見られなくなった後に起立不能となったため、畜主は、自家消費を目的としてアルバータ州内のと畜場(連邦政府ではなく州政府の検査官のいると畜場のため州外への食肉の移送は不可)に搬入し、2003年1月31日にと畜した。

 と畜検査において肺炎等の症状が認められたことから食肉とする事が禁じられるとともに、起立不能であったことからサーベイランスのために頭部が採材された後、残りはレンダリングに回された。その後、アルバータ州政府の検査施設にて5月16日にBSE陽性と診断したため、被検材料を同月18日にCFIAの検査施設において再度検査したが陽性であった。初発であることから、イギリスにある国際獣疫事務局(OIE)が指定するBSEの同定施設に診断を依頼し、5月20日に同施設よりBSEであるとの確定診断がなされた。

 関係者は1月にと畜されたものが、5月まで検査されなかったことについて、と畜場段階ではBSE特有の症状を示しておらず、BSE検査の緊急性が低かったとし、他方で、当該牛が食品連鎖には入らなかったことを強調している。

(2)CFIAによる調査

@発生牛の特定と同居群の処分

 発生原因の究明と同居牛の処分のために、発生牛の特定のための調査が実施された。畜主の証言をDNA鑑定により確認したところ、父方のDNAが一致しなかったこともあり、発生牛の特定は難航した。このため、発生牛の特定を待たず、客観的な調査から可能性が否定できない同居牛(7月8日現在で2,729頭)を全頭殺処分した。発生牛の特定が短期間でできなかったのは、カナダ政府があいまいな畜主の証言をうのみにせず客観的なアプローチを試みたためであるが、その後CFIAは再度DNA鑑定を実施(最終的にDNA鑑定で用いるマーカーの数を21まで増加させた)した結果、10月3日に発生牛は、当初から有力な候補とされていたサスカチュワン州の農家で生産されたと断定した。

A発生牛から生産されたMBMの処分

 カナダの調査では、飼料給与禁止の評価を原因の究明の観点からではなく、むしろ、発生牛がレンダリングに回され、飼料連鎖に入ってしまったことへの対応を検討する観点から行われている。これは、2002年12月に出された自国のリスクアセスメントにおいて飼料給与の禁止の効果について既に評価済みであった為であると考えられる。

 発生牛から生産されたMBMはペットフードと家畜飼料に加工され、最大で1,800の農家にこれが受領された可能性があった。レンダリング工場および飼料工場には立ち入り検査の結果、飼料給与禁止が遵守されていたことを示す記録が保存されていた。反すう家畜由来のMBMの反すう家畜への給与は禁止されているが、CFIAは170の農家を任意抽出し立ち入り検査を実施した。偶発的な可能性のある3%の農家を含む99%の農家については問題がないと考えられたが、1%の農家については高い確立で発生牛により汚染されたMBMが反すう家畜に給与されていた可能性があった。3農家が検疫の対象とされ、63頭の牛が殺処分された。また、このMBMが混入した可能性があるとされたペットフードの回収等が行われた。なお、立ち入り検査の対象とならなかった農家についてはごく低い暴露の可能性しかないため、特別なリスク低減措置は講じられなかった。

B想定される感染経路

 想定される感染経路としては@垂直感染、A英国または他のBSE発生国から導入された生体により、BSEの原因物質による汚染を受けたMBMの給与、B慢性消耗性疾患(CWD)やスクレーピーといった他の伝達性脳症、C自然的発生が考えられているが、CFIAによると他の発生国と同様に汚染されたMBMの給与による可能性が最も高いと考えられている。

 このようなMBMの給与としては、MBMの反すう家畜への給与禁止がなされる前に製造されたMBMを含む鉱塩(feed concentrate)や高エネルギー飼料(high energy feed block)の給与が疑われている。輸入したMBMについては、1978年から口蹄疫等の理由から英国からの輸入が禁止されており、かつ、BSE発生国からのMBMの輸入は禁止されていること、家畜の飼料として使用されるMBMは豪州、ニュージーランド(NZ)、米国に限られていることからその可能性はないと考えられている。しかし、1980年代に英国から輸入された牛がレンダリングに回され、飼料連鎖に入ったことにより、牛の間での循環の可能性が飼料給与禁止までの間についてはあることから、このルートが最も可能性が高いとされている。

(3)国際的な学識者による提言

 国際的にBSEの権威とされる4名の科学者によるアドバイスをCFIAは要請している。この科学者については、特定の国を代表するという事ではなくBSEに関する専門的知識から選定された。特に2名は2002年12月に公表されたカナダによる自国のリスクアセスメントの執筆者でもある。また、OIEのBSE特別会合のメンバーも含まれている。このような取り組みは調査の客観性と透明性を高める試みとして評価できるものである。

 このパネルは6月26日、BSEは非接触伝染性の疾病であることから、連邦レベルでの飼料の汚染を通じた暴露を防止するための措置を講ずることが重要であり、原因の調査よりも対策の検討に重きを置くべきとし、@SRMの食品および飼料への混入の防止、A農場死亡牛を対象としたターゲットサーベイランスの強化、B交差汚染の防止や農家段階での実効性のある措置等のMBMの飼料給与禁止の強化、C公衆衛生部局や消費者も含めたリスクコミュニケーションの継続等を求める報告書を公表した。

(http://www.inspection.gc.ca/english/anima/heasan/disemala/bseesb/internate.shtml)

4.カナダ政府の講じた対策


(1)BSEまん延防止策

@サーベイランスの強化

 BSEの発生に伴い、サーベイランス頭数の増加や検査施設の強化といった対策が講じられた。食品衛生の観点からは、SRMの除去により実質的な対策が講じられたので、現在、まん延防止策が十分に機能しているかを検証するために専ら家畜衛生の観点からサーベイランスの強化について議論がなされている。具体的には、死亡畜のうち、特に農場で死亡し食品連鎖に入ることのないものに対するターゲットサーベイランスの実施や健康な牛についてと畜段階でのサーベイランスの強化が議論されている。

A特定危険部位の除去(7月18日公表8月23日施行)

 食品医薬品規則(Food and Drug Regulations)および家畜衛生規則(Health of Animals Reguration)の改正により、SRMを食品として使用することおよび輸出することを禁止した。SRMについては、月齢に関係なく小腸(回腸遠位部)を指定するとともに、30カ月齢以上(月齢の判別には切歯の有無を用いる)については、脳、脊髄(背根神経節を含む)、扁桃、目、三叉神経節もSRMとして指定した。SRMの除去に際しては、交差汚染の防止のために@30カ月齢以上の牛枝肉からのSRMの除去には専用のナイフ等を用いること、ASRMは除去後直ちに非可食用のコンテナに入れること等とされた。また、国際的な専門家から指摘のあった機械的除骨についても30カ月齢以上については禁止した。

 ただし、SRMをレンダリング処理して非反すう家畜の飼料や肥料として用いることは禁止されておらず、死亡畜、病畜、起立不能の取り扱いも含め、SRMの飼料としての使用禁止が検討されている。

 また、生産者に対する飼料給与禁止の徹底のためのリーフレットが配布された。

B体識別システムの改善

 カナダでは、2001年1月1日から全国レベルでの牛の個体識別(ID)制度が開始された(畜産の情報海外編2002年12月参照)。このプログラムは家畜衛生規則によって、牛が出生した牛群から移動する場合又は他の飼養者の牛群と混在して同一の牛群とされる場合には、定められた耳標を装着することとされていた(一時的な公共牧場への放牧、種畜検査場および共進会に伴う移動、輸送時の脱落は例外)。

 しかし、発生牛は飼養者によりID用の耳標を装着されておらず、同居牛もID用の耳標を装着していなかったことから、この個体識別システムは発生牛の特定に際し必ずしも十分な威力を発揮しなかった。

 このような反省にたち、罰則の強化、例外規定の廃止等の規則の強化が2003年末より実施されることとされ、記録保持等の課題について現在検討が行われている。また、2003年9月22日に開催されたカナダ牛個体識別エージェンシー(CCIA)の評議委員会では、現在のバーコード形式の耳標から無線読み取り(Radio Frequency)形式に2005年1月から移行することが決定された。

カナダ食品検査庁による生産者向けリーフレット



(2)産業支援策

@生産者対策

・National BSE Recovery Program 第1次(6月18日公表)

 参考価格と肥育牛価格の差額を肥育牛価格により別途定められた補てん率に基づき補てんする。費用は連邦政府が6割、州政府が4割を負担する。連邦政府の予算額は2億7600万カナダドル(約232億円(1カナダドル=約84円))で、州政府負担分も含めた総予算額は4億6千万カナダドル(約386億円)。プログラムの実施期間は米国への輸出が再開するまで又は5月20日の時点で肥育されていた牛が90万頭と畜されるかいずれか早い方までとする。ただし、それ以前に予算額を消化した場合にはプログラムを終了する。

・National BSE Recovery Program 第2次(8月12日公表)

 連邦政府負担分として3600万カナダドル(約30億円)の追加予算を決定(州政府負担分を含めると6千万カナダドル(約50億円))。8月17日までに契約され、8月31日までにと畜されたものはこのプログラムの対象とされた。

・新たな農業所得安定プログラムが開始されるまでのつなぎ資金の災害支援の実施(8月4日公表)

 既に農業政策枠組(Agriculture Policy Framework)の下での融資に同意している州にあっては、商業上生ずる危害のマネージメント(Business risk manegement)について州政府と連邦政府との間で合意に至っていない場合であっても、その他の5項目(食品安全・品質、環境、更新、科学・技術革新)について連邦政府から州政府に支出された予算を用いて今回のBSE発生に伴う輸出停止に伴う資金的困難を抱えている申請者に対して前払いを行うことを認める。支払額はこれまでの純所得安定口座(NISA)およびカナダ農家所得プログラム(CFIP)を統合した新たな農業所得安定プログラム(Canadian Agriculture Income Stabilization Program)が実施される際に見込まれている額と同額とする。

A食肉加工業者対策

・非北米自由貿易協定(NAFTA)地域からの牛肉・子牛肉に対する関税割当(TRQ)の枠外税率の免除(6月4日公表、7月18日一部改正)

 豪州やNZ等からもっぱら加工原料として輸入される牛肉・子牛肉について、国内牛肉加工業の保護の観点から、TRQの枠内税率適用数量(枠外税率は26.5%、NZ枠:2万9,600トン、豪州枠:3万5,000トン、その他枠:1万1,809トン)を超過する輸入が行われた場合であっても個別の申請に基づき枠外税率ではなく枠内税率(無税)を適用する。ただし、輸入価格が米国産の同等品よりも安価であってはならない等の要件は変更されない。

Bその他

 消費者対策として、CFIAによる調査の進展状況に関する頻繁なプレスリリースの実施やインターネットによる情報公開による透明性の確保が図られた。

(参考)National BSE Recovery Programによる補てんの仕組み
1 (A)は当該週の米国における生体の平均取引価格
2 (B)は当該週のカナダおける生体の平均取引価格
3 (C)は(A)と(B)の差額に対する政府の補てん割合
4 *は(A)を100とした場合の指数値


5.州政府の講じた対策(アルバータ州の例)


 今回の発生のあったアルバータ州はカナダでも最大の肉用牛生産地帯であり、2002年の牛肉輸出金額は16億4,634万カナダドル(約1,383億円)とカナダの牛肉輸出額全体の74%を占める。肉用牛の主産地である同州において講じられた主要な対策は以下のとおり。

(1)農家支援策

@損失補てん(Fed cattle Competitive Bid Program)

 損失補てん措置は連邦政府が実施したNational BSE Recovery Programをベースとしているが、市況や米国への輸出再開の順延等により数次に亘り改定された。BSEの発生が確認された5月20日の時点では、アルバータ州内のフィードロットで約65万頭が肥育されており、最終的には約80万頭が損失補てんを受けたとされる。

・The Canada-Alberta BSE Recovery Program(6月18日開始)

 売買の成立から14日以内にと畜することを条件に、米国の肥育牛の平均売買価格とアルバータ州での実販売価格の平均との差に基づき週毎に算出される価格を補てん(補てん額は差額の90%相当を上限。連邦政府及び州政府による補てん率は差額の額により段階的に定められる比率による(4(2)@参照)。ただし、1農家当たりの支払の上限はない。)。事業実施期間は、@5月20日の時点で肥育されていた牛が90万頭と畜されるか、A米国への輸出が再開される、B補てん額の総額が予算額である1億カナダドルに達するまでのいずれか早い時期までとしている。(8月17日よりバッファロー、エルク、シカ、羊も事業の対象に追加 8月31日終了)

・Fed cattle Competitive Bid Program(7月25日開始)

 市況の低落分の補てんを保証することにより、肥育牛および経産牛のフィードロット等への一時的な保留を促進し、と畜頭数を減らすことにより市況回復を助長する。購入者(フィードロットが自ら一部保留するケースも含む)はプログラム参加後8週以上牛を保留することを条件に、米国の肥育牛の平均売買価格とアルバータ州での実販売価格の平均との差から週毎に算出される価格の補てんを受ける。参加資格者は飼養頭数が450頭以下(飼養頭数の20%(90頭)を限度)。対象牛は5月20日の時点で既に肥育されており、肥育牛については1,250ポンド(約567Kg)、雌牛については1,200ポンド(約544Kg)以上の体重に達していることが要件。対象頭数は10万頭。費用は連邦政府が6割アルバータ州政府が4割を負担。予算額は6,500万カナダドル(約54億6千万円)。なお、本プログラムの参加者に対し牛を販売した者は、The Canada-Alberta BSE Recovery Programによる支給を受けることが可能。

・Alberta Fed Cattle Competitive Market Adjustment Program(8月25日開始)

 輸出再開の目途が立たず、フィードロットへの肥育牛の滞留が深刻となったことから、8月25日に新たにと畜を促進するためのプログラムを開始した。米国が生体の輸入再開のアナウンスをするまでの間、The Canada-Alberta BSE Recovery Programと同額の補てんがなされる。ただし、枝肉の格付けがAまたはPrimeに限定される等要件は厳格化された(9月13日で終了)。

A経営資金対策(Loan Guarantees/ Disaster Assistance Loans)

 アルバータ州の生産者の直面している資金問題に対応するため、すべての一次生産者(Primary Producers)を対象として、アルバータ州農業開発資金プログラム(AFDL)およびアルバータ州災害支援資金プログラム(ADALP)の限度額をともに100万カナダドル(約8,400万円)に引き上げる条件改定が行われた(必要額は年間1000万カナダドル(約8億4,000万円))。

BSEリカバリープログラムによる補てん(アルバータ政府)
資料:アルバータ州政府


(2)海外市場対策(Stranded Export Container Initiative)

 海外市場で停滞しているアルバータ産牛肉について、輸入再開後の海外市場との良好な関係の維持のために保管料、滞船料および既に輸出した製品からのSRMの除去に要する費用を支払う(予算額は400万カナダドル(約3億3600万円))。

(3)労働者対策

 アルバータ人材雇用省(Alberta Human Resources and Employment)は、BSEの発生に伴い失業した労働者に対し、雇用保険の給付が開始される2週間後までの短期的な救済措置として、将来牛肉産業に復帰した場合に有効となる労働安全等の職業訓練を実施し、当該訓練に参加した者に1日当たり66カナダドル(約5544円)(週当たり330カナダドル(約2万7,720円)を限度)を給付する短期救済措置の実施を6月12日に公表した。

6.価格動向および消費動向


(1)肥育牛の飼養動向

 カナダ統計局(Statistics Canada)が2003年8月19日に公表した同年7月1日現在の肉用牛(去勢)の飼養頭数は、前年比5.0%増の15,728千頭となった。同年1月1日現在の飼養頭数は干ばつの影響もあって対前年比3.6%減であったことや、カナダでは肉用牛生産の6割が輸出向けであり、7月1日の時点では輸出停止から約1カ月半が経過していることを考慮すると、実際には1割近い頭数の増加が肥育牛の出荷停滞のために発生したと考えられる。

(2)価格動向

@肥育牛価格

 このような肥育牛頭数の出荷停滞による増加を反映し、発生前に100ポンド当たり110カナダドル(キログラム当たり約204円)前後で推移していた肉用牛(去勢)の生体価格は、BSEの発生直後から急落となった。特に8月17日の週には100ポンド当たり35カナダドル(キログラム当たり約59円)と前年同期比62.7%安となった。その後、米国によるカナダ産骨なし部分肉の輸入再開もあり、直近(10月末)には100ポンド当たり90カナダドル(キログラム当たり約167円)まで回復してきている。

 また、肥育素牛の取引価格に関する統計データは公表されていないが、肥育牛価格が低い水準にありフィードロットの収益性が極端に低下するとともに、肥育牛の滞留によりフィードロット側の受け入れが困難なことから、その価格は肥育牛価格の回復よりも遅いとのことである。

 なお、卸売価格や小売価格に関する統計は公表されていないが、BSE発生直後には消費を喚起するために小売価格の引き下げが実施されたが、消費者に不要な猜疑心を招くことのないようにむしろBSE発生以前の水準が維持されているとのことである。

A乳用種廃用牛価格

 乳用種廃用牛(D1,D2)については、2001年の平均価格は100ポンド当たり57カナダドル(キログラム当たり約105円)であったが、BSEの発生後急落し、8月には前年比78.4%安の100ポンド当たり11.8カナダドル(キログラム当たり約22円)となり、このような廃用牛価格ではと畜場への輸送コストに程度にしかならないとされる。

カナダ西部における乳用種廃用牛価格(D1,D2)
資料:CanFax


 加えて、輸出されていた初妊牛の約8割は米国向けであったが、5月20日以降カナダからの生体の輸入は米国をはじめとする多くの国で禁止されたことから、現在酪農家がこれを保留している。これから冬を迎えるにあたり、牛舎に十分なスペースがないため舎飼いが始まる前に大量の淘汰が必要な状況にある。一部の農家は初妊牛の保留による増頭を希望しているが、このためには新たなクォーターを購入する必要があり、クォーターの価格は上昇傾向にあることから、大量の資金を要するという事情がある。

アルバータ州肥育去勢牛価格(週別)
資料:CanFax
@はBSEの発生(5/20)
AはUSDAによる30カ月齢未満の骨なし部分肉の輸入再開の方針の公表(8/8)
Bは30カ月齢未満の骨なし部分肉の輸入再開(9/1)
カナダ西部における乳用種廃用牛価格(D1、D2)

(3)消費動向

@消費動向

 発生から2カ月目までは国内消費は減少したものの、カナダにおいて牛肉産業は基幹産業の一つであるため、国民は重要な産業を支えるために、積極的な購買による農家支援を行っている。このために、発生から3カ月目以降は前年の同月の水準を上回って推移しており、発生から4カ月目の時点では前年同月比170%となった。

A消費者の反応

 発生後の6月にメディアが実施した消費者に対するアンケート調査によれば、CFIAを支持するとの回答が88%から、カナダの肉用牛生産者を支持するとの回答が84%の回答者からそれぞれ得られている。また、同月にインターネット上で実施されたアンケート調査では86.5%の回答者がカナダ産牛肉は安全であるとし、8%の回答者が安全ではないとした。

 6月30日にバンクリフ農業大臣は、トロントで行われた「牛肉に国境なし(beef with out borders)」と称された牛肉産業支援バーベキューロックコンサートにおいて、国内のマクドナルド、バーガーキング、A&W、デイリー・クイーン等のファーストフード企業がカナダ産牛肉の使用の再開をアナウンスしたとしている。

 この背景には、カナダ政府が発生直後から情報の公開に努めたことが挙げられるとされるが、カナダでは1993年に既にBSEの発生を経験しており、消費者はBSEについての知見を持ち合わせていたことも併せて考慮する必要があろう。

BSE発生後の国内消費の推移(対前年比)
資料:CCA
注:2002年と2003年の対比

7.まとめ


 今回のレポートは、あくまでカナダ政府が行った調査等を紹介したものであり、カナダ産牛肉の安全性はあくまで輸入国がリスクアセスメントによりこれを評価した上で輸入の是非を決定することとなる。

 カナダは1993年に英国からの輸入牛でBSEの発生を経験しており、かつ、発生以前に自国のアセスメントを実施済みであった。このため、BSEに対する国民の理解が高く、行政も実態の把握がある程度できていた状況にあったとされる。発生牛のと畜からBSE検査の結果が出るまでに5カ月を要し、この間に発生牛がレンダリングに回ってしまったが、消費者が発生後も落ち着いた対応を取っていることについては、既にBSEの発生を経験していることや、日本の表示問題のような消費者の不信を助長するような事件が発生しなかったこと、牛肉産業は重要な産業であり国民経済上もこれを支える必要があることも考慮する必要があろう。

 発生後の調査および対策については、国際的な疫学者のアドバイスも受け、OIEコードや最新の科学的知見を用いるなどの科学的に本件を解決しようとする姿勢が見受けられる。しかし、いくつかの指摘については検討の途上にあるが、既に10月31日に主要な牛肉および牛生体の輸出先である米国の農務省(USDA)が30カ月齢未満の牛の生体の輸入を解禁するための規則案を公表したところであり、残された課題がこれまでのように短期間で解決されていくかについては疑問がある。

 なお、最後にこのレポートをまとめるに際してご協力をいただいたカナダ食品検査庁(CFIA)、カナダ牛個体識別エージェンシー(CCIA)、カナダ肉用牛生産者協会(CCA)、カナダビーフ輸出連合会、アルバータ州政府の関係者の方々ならびに在カナダ日本国大使館川野豊一等書記官および在エドモントン総領事館渡邉孝美領事にこの場を借りてお礼申し上げる。


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