特別レポート 

欧州食品安全機関について

ブラッセル駐在員事務所 関 将弘、山田 理




1. はじめに

 EU委員会が2000年1月に発表した「食品の安全性に関する白書」は、
EUの食品に関する法律の根本的な見直しを求めるものであった。これは科学
と規則の両方において複雑さが増し、また、食品供給の多様性も増しているこ
とから、EUの既存の食品安全に係る手法が、将来はもちろんのこと、今日にお
ける各般の要求に十分応えていないことが明らかなためである。この白書では、
EUの系統的な助言能力等の権限強化と、「農場から食卓まで」の管理の強化を
図るように、規則を見直し、透明性と一貫性を持たせることを求めており、具
体的には、19の食品安全に関する分野で、多くの規則提案を含む84のアクショ
ン・プランを提示した。

 この白書の最も重要な要素の1つが、科学的かつ技術的な権限を持つ「欧州
食品安全機関(European Food Safety Authority (EFSA))」の創設を提案
したことである。EFSAの創設は、科学に基づく政策の策定・実施の必要性の高
まりと消費者の信頼を高めることに対する最も有効な手段であると考えられた。

 このレポートでは、2003年春に本格的に活動を開始するEFSAについて、その
組織機構を中心に報告したい。


食品安全に関するアクション・ポイント

1 優先措置;欧州食品安全機関の設立、総合的な食品に関する
  指令の提案など
2 飼料
3 人畜共通伝染病
4 家畜衛生
5 畜産副産物
6 牛海綿状脳症(BSE)/伝達性海綿状脳症(TSE)
7 衛生
8 汚染物質
9 食品添加物および香料
10 包装資材
11 新規食品/GMO
12 放射線照射食品
13 特定栄養食品(dietic food)/栄養補助剤/
  栄養強化食品
14 食品の表示
15 農薬
16 栄養
17 種子
18 支援措置
19 第三国政策/国際関係


2. EFSAの目的

 EFSAは、「食品法の一般原則と欧州食品安全機関の設立、および食品安
全性に係る手続きに関する欧州議会および理事会規則(ECNo178/2002)」に
基づき設立された。その主な目的は、「食品および飼料の安全に関して、直接
または間接的に影響を与えるすべての分野において、EUの規則と政策に対する
科学的な助言および支援を行うこと」と規定されている。


3. EFSAの役割

 EFSAの役割は、政策および規則に対して、EUにおける食品の生産・加
工・流通および消費全般(フード・チェーン)の総合的な考察と、明確な科学
的根拠を提供するというかなり範囲の広いものである。EFSAは、家畜衛生をは
じめ、動物福祉(animal welfare)、植物衛生、栄養など、直接または間接的
に食品の安全性に対して影響のあるすべての事柄をカバーするものであり、さ
らに、遺伝子組み換え(GMO)についても、科学的な意見を提供することとな
っている。

 EFSAは、第一義的には、科学的なリスク評価機関である。一方、リスク管理
・対策などの政策決定の権限・責任については、EUの政策担当機関であるEU委
員会、閣僚理事会、欧州議会が今後も担っていくこととなっている。

 このように、EFSAは、フードチェーンにおける食品の安全性に影響を与える
広範囲な事柄について、科学的・技術的に検討し、情報を提供するとともに、
新たなリスク(emerging risk)の特定も行うこととなっている。さらに、科
学的かつ技術的な情報を、一般消費者に対して、一貫して継続的に直接伝える
ことについても広範な責任を持つこととなっている。

 EFSAの主な活動は、以下のとおりである。

・科学的リスク評価の実施(EU委員会、EU加盟国、加盟国の国立機関または欧
 州議会からの要請に基づく)
・食品安全性の監視のため、リスクなどに関する科学的なデータの収集・分析
・新たなリスクの特定
・薬品や加工物のEU域内における認可のために各企業がEU委員会に提出した書
 類の評価
・食品安全性に関する危機が生じた際の、食品および飼料についての「緊急警
 戒システム」を通じたEU委員会への科学的な支援
・EFSAの責任範囲での、一般消費者やその他の関心を持つグループに対する情
 報の直接的な提供


4. EFSAの組織機構

 EFSAは、法的な根拠を持つEUの組織である。予算は、EUからのものであるが、
EUの他の機関からは独立した運営が行われる。管理・運営は、EU委員会が行う
のではなく、EFSAの運営理事会(Management Board)に対する説明責任を有す
る長官(Executive Director)が行う。長官とEFSAの職員は諮問フォーラム
(Advisory Forum)および科学委員会(Scientific Committee)および8つの
科学パネル(Scientific Panel)から科学的な意見等を受ける。
EFSAの組織機構
(1)運営理事会(Management Board)  

  運営理事会は、EU委員会が選考した候補の中から閣僚理事会、欧州議会か  
ら指名された14名の代表と、EU委員会の代表者の合計15名から構成される。ま  
た、この理事会のメンバーのうち4名は、消費者やその他の産業に関心・知見  
を有するものが就くこととなっている。消費者問題等に知見を有する者が理事  
となることにより、科学的な判断を行うEFSAの運営について、消費者等の意見  
も反映されることが期待されているものと考えられる。 

 また、この理事は、何らかの団体等を代表するものではなく、あくまでも個  
人的な資格で、見識等を基礎として任命されることとなっている。 

 運営理事会の主な任務は、EFSAが効果的かつ効率的に機能することを確実に  
することであり、この観点から、運営理事会の任務には以下の事項を含む。  

・ EFSAの予算案と活動計画の承認  
・ 活動の監視  
・ 内部規則の採択 

 運営理事会は、長官、科学委員会および科学パネルのメンバーの指名につい  
ても権限・責任を有する。

 第1回の運営理事会が2002年9月18、19日にブラッセルで開催され、議長およ  
び副議長の選任と運営理事会の活動方法が承認された。 

 なお、この運営理事会メンバーの任期は4年と定められている(1回だけは再  
任可能。)が、最初(つまり現在)の理事のうち半数は、6年間となっている。  
また、理事会の議長はメンバーの互選により選ばれ、任期は2年間(再選可能)  
となっている。  


運営理事会のメンバー

(科学者)  

・Giorgio Calabrese(イタリア)(任期6年間)

 栄養学、特に児童栄養学専門の大学教授。プロサッカーチーム・ユベントス  
の栄養アドバイザーも務める。  

・Stuart Slorach(スウェーデン) 

 国家食品庁副局長。国際的に著名な科学者。CODEX副議長、イギリス食品基  
準庁のアドバイザー等多数の要職を務める。  

(加盟国行政経験者)  

・Catherine Geslain-Laneelle(フランス)(任期6年間)

 農漁業省局長。食品化学を専攻。EU委員会で食品添加物を担当後、フランス  
政府へ移る。  

・Pirkko Raumenaa(フィンランド)(任期6年間)

 前国立食品庁局長。科学者であり、かつ行政経験あり。国際的に著名。  

・Angeliki Assimakopoulou(ギリシャ)

 前国立科学研究所局長。科学者であり、かつ行政経験あり。  

・Ernst Bobek(オーストリア) 

 連邦社会安全省局長。科学者であり、かつ行政経験あり。  

・Patrick Wall(アイルランド)(任期6年間) 

 アイルランド食品安全機関長官。医師・獣医師。伝染病の分野で国際的に著  
名。  

・Carlos Escribano Mora(スペイン) 

 農業省畜産局長。獣医師。  

(消費者)  

・Deirde Hutton(イギリス)(任期6年間) 

 全国消費者協議会会長  

(農業)  

・Joao Pedro Machado(ポルトガル)(任期6年間) 

 農業者連盟会長  

・Peter Gaemelke(デンマーク)  農業評議会最高幹部会員  

(食品産業)  

・Mathias Horst(ドイツ)(任期6年間) 

 連邦食品産業協会会長  

・Bart Sangster(オランダ) 

 ユニリバー社副社長。オランダ政府局長を経て、ユニリバー入社。  

(小売業)  

・Roland Vaxelaire(ベルギー) 

 カルフール・ベルギー社取締役。  

(EU委員会代表)  

・Robert Coleman 

 保健・消費者保護総局総局長 
 注:任期が記述されていない理事の任期は本則どおり4年間。  


(2)長官および職員

  EFSAの日々の運営は長官の責任であり、長官は運営理事会への説明責任  
を有する。長官は、官報等によって公募され、EU委員会によって提案された候  
補者の中から運営理事会により指名されることとなっている。任期は5年間で  
あるが、再選も可能となっている。また、運営理事会の過半の同意があれば解  
任されることとなっている。 

 長官は、EFSAを代表し、  

・EFSAの活動計画案の作成  
・運営理事会の承認を得た活動計画の実施と予算の執行  
・科学委員会および科学パネルへの科学的、技術的、行政的支援の実施  
・欧州議会、関係機関との関係維持・発展等について責任を負う。また、技術、
 科学、管理および情報提供に関する全職員の任命についても責任を有する。 

 なお、初代の長官には、応募者(約200〜300名であるとのこと)の中からEU  
委員会が15名程度を選んで面接し、5名程度に絞り込んだ上、2002年12月2日の  
運営理事会によりイギリスのMr. Podger氏が指名された。彼は、現在イギリス  
食品基準庁(Food Standard Agency(FSA))の事務局長(Chief Executive)  
であり、FSAの設立の責任者でもある人物である。  


(3)諮問フォーラム(Advisory Forum)

  諮問フォーラムは、EU加盟国においてEFSAと同様の任務を担っている  
組織の代表者各国1名、計15名で構成される。このフォーラムの構成員は、運  
営理事会の理事になることができない。 

 このフォーラムは、長官に対して、活動計画などに対する助言、科学的意見  
を求める要望についての順位付けについての長官からの質問への回答などを行  
うこととなっている。 

 各加盟国で同様の任務を担っている機関は、おそらく食品業界においてリス  
ク評価を行っている国の機関であると考えられる。このように、これらの機関  
を包括することは、リスクの可能性についての情報交換や知識の共有化の1つ  
のメカニズムとなり、EFSAと加盟国の機関における同様な実験の重複実施を避  
けるためにも協力関係を確保することは不可欠と言える。 

 また、この仕組みが、加盟国においてEFSAの科学的意見の理解を促進し、受  
け入れを容易にすることにつながり、EFSAの最も優れた仕組みと考えられる。  

(4)科学委員会および科学パネル(Scientific Committee、Scientific Panel)

  EFSAには、リスク評価に関して、科学委員会と8つの科学パネルが設置され  
ることとなっている。これらが、フードチェーンの安全性に関する科学的な意  
見を提言している現行の6つの科学委員会の任務を引き継ぐとともに、科学的  
意見の提出について責任を負うこととなっている。現行の科学委員会とは「食  
品」、「家畜栄養」、「公衆衛生に関連する獣医学的措置」、「植物」ならび  
に「家畜衛生および動物福祉」に関する科学委員会と、牛海綿状脳症(BSE)・  
伝達性海綿状脳症(TSE)を含む複数の専門分野にわたる問題に関して議論す  
る科学運営委員会である。 

 科学委員会のメンバーおよび科学パネルのメンバーについては、EU官報や科  
学専門誌、EFSAの公式ウェブサイトなどを通じた一般公募の後に、長官の提案  
を受けて、運営理事会から任命される。任期は3年間であり、再任も可能であ  
る。 

 なお、科学委員会および科学パネルのメンバーは、EFSAの職員ではなく独立  
した科学者であり、その選定は、長官の就任後、2003年初めに行われることが  
予定されている。  

@科学委員会 

 科学委員会は、異なる科学パネルにおける科学的意見の整合性を図ることが  
必要な場合の総合的な調整に対して責任を負うこととなる。この委員会は、8  
つの科学パネルのそれぞれの議長と、どのパネルにも属していない6人の専門  
家で構成される。  

A科学パネル 

 科学パネルは独立した科学者で構成される。公募者の中から、知識、経験、  
資格、独立性を基準に選出され、運営理事会によって任命される。以下の8つ  
の科学パネルが設置されることとなっている。  

・ 食品添加物、香料などに関するパネル  
・ 飼料添加物、飼料成分に関するパネル  
・ 植物衛生、農薬およびその残留に関するパネル  
・ GMOに関するパネル  
・ 栄養、食品栄養およびアレルギーに関るパネル  
・ 生物学的危険(TSE/BSEを含む。)に関するパネル  
・ フード・チェーンにおける汚染に関するパネル  
・ 家畜衛生および動物福祉に関するパネル 

 なお、EU規則に拠れば、上記の委員会やパネルが設立されるまでの間は、  
EFSAが行うべき科学的な助言は、現行の科学委員会が、EU委員会の職員  
の支援を受けながら、提供することとなっている。


5. 独立性および透明性

 運営理事会および諮問フォーラムのメンバー、長官は、各々に独立して、公
のために職務を行うこととされている。また、科学委員会および科学パネルの
メンバーは、外部からの影響を受けることなく、独立して職務を行うこととさ
れている。このために、これらの人々は、職務について、自身の独立性を損な
う恐れのある利害関係がないことを、毎年、書面にて宣誓するとともに、会合
ごとに宣誓することとなっている。

 一方、EFSAはその活動について高い透明性を確保することが求められており、
以下について、遅滞なく公表することとされている。

・ 科学委員会および科学パネルの議事次第および議事録
・ 科学委員会および科学パネルの意見およびその委員会またはパネルにおけ
  る少数意見
・ 意見の基礎となった情報
・ 毎年および会議ごとに行われる理事、長官等の宣誓文
・ 欧州議会等からの科学的な意見を求める要求が、拒否または修正された場
  合に、その理由など

 さらに、運営理事会は基本的には公開の場で開催されることとなっている。

 上記に加え、EFSAの透明性を確保等のため、一般市民に対し理解しやすい形
で情報提供を行うこととなっている。


6. EFSAと国際機関との連携

 EFSAの設置に関する規定においては、第三国の政策や国際機関との関係
についての具体的な記述はないが、一方、「食品の安全性に関する白書」は、
EUが世界最大の輸出入地域であり、EU産の食品がこれを輸入する国に影響を及
ぼすことや第三国で生産された食品がEU域内の食品の安全に影響を及ぼすこと
から、食品の安全が単なるEU内部だけの政策課題ではなく、国際的に協調する
ことが必要な課題であるとしている。

 また、白書では、食品の安全に関する国際的な枠組みが、世界貿易機関(WT
O)の衛生・植物検疫措置に関する協定(SPS協定)や、世界保健機関(WHO)
および国連食糧農業機構(FAO)の食品規格委員会(CODEX)、国際獣疫事務局
(OIE)のような国際機関の役割を通じて大きく進展してきたこと述べている。
こうしたことを踏まえ、白書においては以下の提案を行っている。

・ 第三国との協定:第三国との獣医学的および(または)植物衛生に関する
  更なる協定の締結
・ CODEX食品規格委員会:国際的な食品基準の作成におけるEUの関与の強化
・ OIE:国際的な家畜衛生基準の作成についてのEUの関与の強化

 また、「食品法の一般原則と、欧州食品安全機関の設立、食品安全性に係る
手続きに関する欧州議会および理事会規則(ECNo178/2002)」において、EU
および加盟国が食料、飼料および衛生に関する国際的な技術的基準の進展等に
寄与すべきである旨の規定がなされている。

 これは、EUが、これまで以上にCODEX食品規格委員会等の議論に積極的に参
画することにより、EU内で流通・消費される食品および飼料の安全性を可能な
限り高いレベルで維持するとともに、EUに輸入される食料・飼料についてもEU
と同等の水準を確保させる努力を輸出国に対して求めようとしていることが伺
える。


7. その他

(1)EFSAの予算

 EFSAの予算は、EU委員会の提案、閣僚理事会および欧州議会の承認を
受け、EU予算から支出される。

 完全なかたちで業務を行うようになれば、EFSAは、3年後には250名の職員を
雇用し、年間の予算規模は約4千万ユーロ(約49億2千万円:1ユーロ=123円)
となる。

(2)所在地

 EU理事会では、EFSAの発足当初における着実な進展のため、ベルギー国ブラ
ッセルに暫定的な所在地を定めている。しかしながら、恒久的な所在地をどこ
にするかについて、合意に至っていない。 

 イタリア政府はパルマ、フィンランド政府はヘルシンキ、カタロニア自治政
府等はバルセロナ、さらにフランス政府はリールを、EFSAの所在地とすること
をそれぞれ提案している。

 EFSAの第1回目の運営理事会において、恒久的な所在地の早期決定を促した。
運営理事会は、今期のEU議長国であるデンマークに対し、EFSAの恒久的な所在
地を決めるよう要請文を送ったが、12月にデンマークのコペンハーゲンで開催
されたEUサミットにおいて所在地は決定されなかった。


8. おわりに

 これまで、EUにおける食品安全対策の要となるEFSAについて、その組織機構
を中心に報告した。この組織の特徴は、「食品の安全性に関する白書」で述べ
られているとおり「透明性」の高い「科学的根拠」に基づく「独立」したリス
ク評価を提出することであると言える。BSE、ダイオキシンなどの苦い経験を
踏まえ、食品およびその安全性に対する一般消費者の信頼性の確保、施策に対
する理解の促進、EU全体として調和した施策の実施を確実なものとするために
は、この3点が必要不可欠な要素であるということだろう。

 一方、わが国においても、昨年のBSEの確認や、また、その後の畜産物など
食品に係るさまざまな事件の発生等を踏まえ、食品に関するリスク評価を独立
して担当する食品安全委員会設立の準備が進められている。今後、EUにおける
EFSAや各国において同様の任務を担っている機関を参考に、具体的な手続き等
の詰めの作業が行われ、活動が開始されようとしているところである。この食
品安全委員会の活動により、わが国の畜産物などの食品に関する安全対策がさ
らに進展するものと考えられるが、それだけに、EFSAの活動がEUにおける畜産
物の生産、流通などにどのような変化をもたらすのか、注目される。


参考文献

「White Paper Food Safety」(EU委員会 2000年)
「Regulation(EC)No.178/2002」
「EU新食品法と機構改革」中嶋康博(「農業と経済」2002年12月臨時増刊号)
 EU委員会ホームページ
 EFSAホームページ

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