東南アジアにおける鳥インフルエンザの継続とタイの鶏肉輸出への影響


 2004年1月に発生が確認された東南アジアでの高病原性鳥インフルエンザ(鳥インフルエンザ)は、国際獣疫事務局(OIE)への報告順で、ベトナム、タイ、カンボジア、ラオスそしてインドネシアと感染地域を拡大し、一時はベトナムやタイで終息結宣言が出されたものの、その後再発が確認されるとともに、新たにマレーシアで発生が確認され、事態は長期化の様相を呈している。

 今後、この事態が継続した場合、東南アジアの中でも日本への鶏肉製品の主要輸出国であるタイは、ワクチンの使用を行わないことによって事態の収拾後早期に生鮮鶏肉を再び日本とEUに輸出したいとしているが、ほかの鶏肉主要輸出国との競争上、加熱調製品の輸出の拡大は避けがたい状態となっている。

1 発生長期化の懸念

(1) 再発と拡大

  東南アジアでの鳥インフルエンザ発生に関する各国からOIEへの報告を報告された月別にまとめると表1のとおりである。

  それをみると、1月〜3月にかけては大量の死亡または処分羽数が報告されたが、その後は報告羽数が減少している。これは、各国において防疫体制が採られことと、これまでの死亡および殺処分により、羽数の減少や養鶏経営の中止による発生源の縮小によるものと考えられる。

  なお、この表の死亡および殺処分羽数は各国のOIEへの報告に限られたものであり、政府公表では、ベトナムでは発生後3カ月間で3千8百万羽の家きんが死亡および殺処分され、タイでも5月初めの時点で4千4百万羽が死亡および殺処分されている。

(2) 困難な防疫策の実施

  鳥インフルエンザウイルスの感染の主な経路として、水鳥や海鳥がウイルスを運ぶとされているが、これらの鳥の飛来を防止する効果的な防疫対策は現在のところなく、外部との接触を絶つウィンドレス鶏舎が有効とされている。しかし、この施設の導入には設備費用がかかり、小規模養鶏場や少羽数を飼養する一般農家の導入は容易でない。

(3) 密貿易の存在

  東南アジア地域では国々が長い国境を共有している場合が多く、その管理のすきを狙っての密貿易が行われており、多くの国では病原となる可能性を持つ家きんの国境での遮断が十分ではない状況にある。特にタイは、4カ国に国境を接しており、密貿易の完全な取り締まりは困難となっている。最近の例では、マレーシアで鳥インフルエンザが確認された8月下旬にマレーシアからタイに密輸されようとした3万羽の鶏が摘発されている。これは氷山の一角とも考えられ、国境管理の難しさの例といえる。

(4) 近隣諸国のワクチン使用の懸念

  東南アジアの中ではインドネシアがワクチンを使用しており、近隣ではベトナム、ラオスそしてミャンマーと国境を接する中国においてワクチンが使用されている。このため、これらワクチン使用国での使用方法が適正でない場合、病原を保有したままの家きんが流通し、場合によっては密貿易により輸入される危険が存在する。

2 タイ国内外の状況

(1) EUの輸入一時停止措置の延長

  EUは9月中旬に鳥インフルエンザの発生が確認されているアジア諸国からの家きんの肉および製品などに関して輸入一時停止措置の再々延長を決定した。この停止措置の当初の1月時点で設定された期限は8月15日とされ、7月の終わりに12月15日に延長し、今回これを来年の3月31日まで再々延長するとしたものである。なお、加熱処理された調製品に関しては、対象外となっている。

  このEUの措置はアジア地域でまだ発生がみられることと、この地域の状況が不明であることを理由にしているが、危険性を既発地域共通のものとしてとらえており、単独国家の衛生環境の改善がその国からのEUへの鶏肉製品などの輸入再開にならないことを意味している。

  すなわち、鶏肉製品の主要輸出国であるタイ一国の衛生環境が鳥インフルエンザ発生以前と同様の状態に改善したとしても、EUの判断次第ではアジア全域での安全が確保されなければ加熱処理を行わない鶏肉製品の輸出は望めない可能性がある。

(2) 継続する死者の発生

  ベトナムおよびタイでは鳥インフルエンザ再発に伴って死者が発生しており、世界保健機関(WHO)によれば、ベトナムでは7月から8月初めにかけて3名が死亡し、タイでも9月に3名、10月に入っても1名が死亡し、これまでの東南アジアでの犠牲者は31人となっている(10月4日時点)。中でも、タイで9月に死亡した母親の場合は、患者であった子供と濃密に接触していたための感染であり、人から人に感染した疑い例とタイ政府から報告されている。WHOは、ウイルスの遺伝子変異による人と人との間での感染に対しての危険性を繰り返し指摘している。

(3) ワクチンの使用方針

  タイ国内では輸出向けのブロイラー生産者が輸入国からの輸入停止措置の長期化を避けるため、ワクチンの使用を望まない一方、闘鶏飼養者は使用を希望しており、意見が対立していた。9月半ばに政府の決めたワクチンの接種方針は、当面は家きんに対しての使用は認めないとした。また、この決定は公衆衛生と経済性の観点から行ったとしている。

(4) 10月末までの撲滅指示

  タクシン首相は、9月の末に閣僚に対して10月末までに鳥インフルエンザを撲滅するよう指示した。タイは乾期を控えており、乾燥した気候が感染を助長することを恐れての指示と考えられている。具体的には、これまで羽数の少ない養鶏施設が検査から漏れたとし、改めて飼養羽数にかかわらずすべての養鶏施設を調査するというものである。期限内での完了は無理とWHOの専門家は見ているが、首相の危機感を反映している。

3 鶏肉調製品輸出を加速

(1) 鶏肉輸出業界の意向

  以上のように、早期に東南アジア地域での鳥インフルエンザの清浄化が実現するにはいまだ障害があり、EUのアジアの鳥インフルエンザ発生国からの輸入一時停止の措置も長期化するものと懸念される。

  タイの鶏肉輸出業界は、これまでの非加熱製品に加えて加熱調製品を増加させているものの、今回のワクチン使用反対の行動は、鳥インフルエンザ清浄化の早期の実現を期待するとともに、依然として輸出の軸足が非加熱製品を中心とした鶏肉輸出に置いているためと思われる。ちなみに、1月から7月の鶏肉および鶏肉加工品の輸出状況をタイのブロイラー加工輸出協会のデータで見ると、鶏肉輸出が激減しているものの、調製品の輸出の伸びは全体で3%の伸びにとどまっている。(「畜産の情報」海外編10月号参照)

(2) 調製品の競争力の向上

  同国鶏肉製品の主要輸入国である日本が2003年に輸入した鶏肉及び鶏肉調製品の数量および単価は表2の通りであり、鶏肉の単価比較では、中国、米国そしてブラジルの主要輸出国のいずれの国のものに比べても2割から6割近く高くなっている。一般に、タイと中国の鶏肉に関しては、米国やブラジルのものと比較して、人手をかけて歩留まりを高めるなどにより製品の価値を高めているが、なかでもタイ産鶏肉は中国の価格も上回り、競争上、追われる立場にあったといえる。

  一方、調製品は鶏肉に比べて素材と工程そして最終製品に大きな差があり、単純な比較はできないものの、価格は米国と中国との間となっており、鶏肉に比べて今後の競争の余地が大きいものと考えられ、同国の特徴である高度な加工技術などを活用することにより鶏肉と同様の競争力が得られることが期待される。以上のことを総合すると、あえて価格的に競争の厳しい非加熱製品の輸出に軸足を置くよりも付加価値を一層高めた調製品の輸出の拡大を図ることが鳥インフルエンザの影響の長期化が予想される現時点では、現実的であるものと考えられる。

表1 東南アジアにおける鳥インフルエンザの報告状況(家きん死亡及び処分羽数)
単位:千羽
資料:OIEホームページから作成(平成16年10月3日時点)


表2 2003年における日本の鶏肉及び鶏肉調製品の輸出国別輸入量と単価
資料:財務省「貿易統計」

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