特別レポート


最新豪州牛肉事情〜フィードロットの動向を中心に〜

食肉生産流通部    安井 護、和田 剛
  1. 豪州の強みと弱み
  2. 米国産牛肉を代替したのは
  3. 乾いた大陸の牛肉生産
  4. フィードロットの急拡大
  5. フィードロットは今後も拡大するか
  6. フルセット・ジレンマ
  7. 豪州の懐の深さ

1 豪州の強みと弱み

  2003年12月の米国でのBSE発生確認により、日本、韓国、台湾などが米国産牛肉の輸入を停止して以来、豪州がこれらの国への主たる牛肉供給国となった。

 日本市場について見れば、2004年の輸入量の9割が豪州産である。
 一般に豪州産牛肉といえば、広大な牧場で育った低コストのグラスフェッド(牧草肥育)であり、部位ごとではなく、すべての部位がセットとなったフルセットでの輸出とのイメージが強いのではないだろうか。

 これらは、豪州の強みでもあり、逆に全量がグレインフェッドであり、部位ごとの大量輸出が可能な米国と比べた場合の弱みでもある。

 その状況に変化はないのか。米国産輸入停止から1年半がたった6月下旬、豪州での牛肉事情を見聞する機会を得た。本稿では最近の変化と今後の動向について、フィードロットの動向を中心に考察してみたい。

広大な牧草地での放牧

 

2  米国産牛肉を代替したのは

 まず、この1年半の日本の牛肉市場の変化を見てみよう。

 米国産輸入停止前の2003年と後の2004年の日本の牛肉・豚肉の供給量を比べると、総量で見れば牛肉が13万トン減少し、豚肉が12万トン増加している。差し引き1万トンの不足となるが、2004年期首の米国産牛肉の在庫を考慮すれば、牛肉と豚肉を併せたレッドミートとしての供給量はほぼ同じと言える。(図1)
 米国産牛肉の輸入量の約7割はバラであった。焼肉用、牛丼用としてバラだけが大量に輸入されていた。
 米国産の特徴は、(1)フィードロットでのグレインフェッド(穀物肥育)であり、(2)年間35百万頭のと畜頭数の中から日本が好む部位だけを輸入できることだ。
 牛肉の部位別の輸入量を比較すると、米国産牛肉の輸入停止により、ロインなどに比べ、バラがいかに減少したかが分かる。(図2)

図1 日本の牛肉・豚肉の供給量
資料:財務省「貿易統計」    ▲130千トン
 
+120千トン


図2 牛肉の部位別輸入量
資料:財務省「貿易統計」
注:部分肉形態での輸入量だけである。

 

3 乾いた大陸の牛肉生産

(1)市場の要求に合わせた生産
 豪州の牛肉産業の特徴として、次の3点が挙げられる。

ア 放牧主体の生産形態で、干ばつによる影響
   肉牛生産は全土に広がっているが、もともと豪州は、年間降水量が600ミリメートル未満の国土面積が78%と「乾いた大陸」である。さらに定期的に大規模な干ばつに襲われている。2002年〜03年にかけての大干ばつでは、牧草不足による早期出荷により、と畜頭数が前年比6%増加した結果、飼養頭数は4.3%減の26,664千頭となった。

草を求めて道路端で「放牧」

イ 生産量の6割以上を輸出する輸出型産業
 輸出の8割以上が米国と日本向けで、これに韓国が続く。

ウ 市場の要求に合わせた牛肉生産
 国内市場と輸出市場(日本、米国、韓国など)、それぞれの市場の要求に合わせた牛肉生産が行われている。グラスフェッドでも、生体、品種により、豪州国内、韓国、日本、米国向けと分かれ、グレインフェッドでは、肥育日数によって、4種類に分かれる。(表1)

表1 豪州産牛肉の種類
資料:MLA
注 :AUSMEAT(食肉規格ほか格付機関資料により作成)のグレインフェッドの定義は、
フィードロットでの飼養期間が100 日以上のものである。

(2)グレインフェッドが伸びる日本向け
 最近の日本向け輸出の状況を2003年と2004年とで比較すると、合計では41%増の39万トンであるが、特にグレインフェッドの伸びが55%増と大きくなっている。これは、米国産牛肉の輸入停止による代替需要がグレインフェッドに集中したためである。
 なお、グレインフェッド、グラスフェッドともに、チルドは部分肉(Primal Cut)であるのに対し、フローズンは加工用のトリミング、カウビーフなどが主体である。(表2)

表2 日本への輸出量

 この間の原産地価格は高水準で推移し、特に2004年8月から11月にかけては、生体価格が枝肉換算キログラム当たり350豪セント(301円:1豪ドル=86円)前後と高値が続いた。
 グラスフェッドについて、パッカーの買値である生体価格と売値である輸出価格を比較すると、2003年には1.67倍であったものが、2004年1.74倍、2005年1.78倍と拡大しており、日本市場に対して豪州側の売り手市場であったことがよく分かる。(図3)

図3 豪州の原産地価格

 

4 フィードロットの急拡大

 今年3月期に史上最高の飼養頭数を記録したフィードロットの現状と今後の見通しについて検討してみたい。


(1)フィードロットの拡大
 豪州での大規模なフィードロットの出現は1980年代からで、1991年の日本の牛肉輸入自由化を契機に拡大してきた。1991年のフィードロットの飼養頭数は277千頭と総飼養頭数の1.1%に過ぎなかったが、本年3月には、3倍の856千頭、総飼養頭数の約3%にまで拡大し、と畜頭数に占めるフィードロットからの出荷牛の割合も約3割までに増加している。(図4)


(2)国内仕向けも拡大
 豪州でも小売専門店の販売シェアが低下し、大手量販店のシェアが増加している。その中で、大手量販店は、干ばつなどによりグラスフェッドの品質が一定しないことを嫌い、グレインフェッドに定時、定量、定質を求め、その結果として、80日前後の肥育期間の牛肉が増えているようである。

 飼養頭数の約6割が日本向けと、もともと日本市場をターゲットに拡大してきた豪州のフィードロットであるが、国内市場向けも着実に増加している。

様々な品種のいる国内向けフィードロット


図4 フィードロットの飼養頭数の推移

〜グレインフェッドが好き?〜
 かつて、豪州人の消費する牛肉は、グラスフェッドが一般的で、フィードロットで日本向けのグレインフェッド牛肉を生産しているにもかかわらず、豪州国内で食するのは困難であった。

 今回の訪問では、小売店やレストランで、グレインフェッド牛肉を見かけることが多かった。
 牛肉、石炭、鉄鉱石など一次産品の輸出が好調で景気がいいせいか、高級なステーキ・レストランでは、長期肥育牛のステーキを楽しむ人で、にぎわっていた。また、スーパーでの販売も短期肥育の牛肉が中心であり、家庭でも広く消費されているようだ。

(3)2004年以降の急拡大
 2003年12月の米国でのBSE発生確認による各国の米国産牛肉の輸入停止をきっかけに、豪州産の需要が急増し、フィードロットの飼養頭数も急拡大した。(図5)

 輸入停止直後は、停止期間がどの程度になるのかが不明なこともあり、フィードロットは導入拡大について慎重であった。2004年6月以降は拡大を続け、本年3月は史上最高の86万頭となった。

 前年同月と比較すると、19万頭、28%の増加で、そのうち日本向けが16万頭と、増加頭数の86%を占めており、まさに日本市場のための拡大と言える。

 増加頭数を規模別に見ると1万頭以上の大規模層と1万頭未満の中規模層がほぼ半々となっており、必ずしも大規模層だけが頭数を増やしたのではなく、規模の大小を問わず、多くのフィードロットが増頭したことが分かる。なお、1千頭未満の層で頭数が減少しているのは、頭数増加により上位の階層に移動したためと考えられる。(表3)

図5 フィードロットの飼養頭数の推移(仕向市場別)


表3 フィードロットの規模別の頭数変化
(単位:頭)
資料:MLA

 豪州には1万頭を超える規模のフィードロットが26カ所(2005年1月現在)あり、そのうち5万頭を超えるフィードロットは2カ所ある。大規模なフィードロットでは最大収容能力に近い頭数を飼養しており、増加したグレインフェッド牛肉の需要に応じるため、増頭余地は少なかったようだ。

 そのため、パッカー、フィードロット各社は、中規模フィードロットに対する委託肥育(Custom Feeding)を増やしている。委託肥育では、1頭1日当たりの経費を支払うといった契約が多いが、この委託肥育料も穀物相場の上昇に連動して値上がり傾向にある。委託肥育のかなりの部分は日本向けのショートフェッドと見られる。

 委託肥育の利点としては、(1)委託者にとっては新たな投資が不要なこと、(2)日本からの注文に迅速に対応できること、最も重要なのは、(3)米国産輸入再開により日本からの注文が減れば、いつでも生産を縮小できることであろう。 

 なお、「(ライセンスは政府から取っていたものの)これまで眠っていたライセンスを起こして、新たに牛を飼い始めた2千頭規模のフィードロットも多い。そういうところが委託肥育をやっている」との話も聞いた。

〜アンガスが増加〜 
 ブラック・アンガスの頭数が増加している。品種別シェアを見ると1990年の4.2%が2000年には9.1%となっている。農家が増体の良いアンガスを好み、米国からの遺伝子も増体重視で導入されて、改良が進んでいるそうだ。

 一方、以前は日本向けフィードロットで多く飼われていたマリー・グレーを見かけることは少なかった。

 

5 フィードロットは今後も拡大するか

 多くの人にフィードロットの今後の動向を聞いてみた。短期的な見通し、中・長期的にどこまで拡大するのか。その意見をまとめると次のとおりである。


(1)短期的には減少か
 大多数は、いずれ、各国で米国産牛肉の輸入が再開されれば、輸入停止前に比べて、
・増加した輸出量の減少
・上昇した輸出価格の低下
・よって、フィードロットでは、急拡大した ショートフェッド頭数の減少は避けられないとの意見であった。

 ただし、豪州国内向けに肥育の最終段階を穀物で仕上げるグレインフィニッシュの需要が伸びているので、フィードロットでの飼養頭数の減少幅については小幅との見方もある。


(2)中・長期的には、分かれる意見
 短期的な増減はある程度あるものの、フィードロットの拡大はこれまでのように進むのか。拡大が進むとすれば、日本、アメリカのように肥育牛のほぼ100%がグレインフェッドとなるまで進むのだろうか。

 その拡大は、当然、豪州産牛肉を受け入れる需要側のマーケットの伸びに規定されるが、ここでは、豪州がどれだけグレインフェッド牛肉を生産できるのかについて、考察してみる。

 フィードロットの拡大を阻害する要因としては、環境、水、素牛供給、飼料の生産量、コストなどが挙げられる。水は降水量の少ない豪州にとっては非常に重要な要因ではあるが、ここでは素牛と穀物の供給について検討してみたい。

日本向けの大規模フィードロット


 
ア 素牛供給は問題なし
 粗放的な生産の改良により素牛供給には、問題はないとの見方が多かった。つまり、草地の改良による生産性の向上、フィードロット向け素牛供給体制の整備などである。

 フィードロットの拡大により、フィードロット向けに特化した繁殖・育成経営が増えている。そうした経営では、フィードロットからの肥育・枝肉情報のフィードバックにより、肉牛の改良が進んでいるという。

 ただし、豪州の品種別頭数割合は、北部に多いブラーマンなどの熱帯系品種が全体の44.6%で、日本市場が好むアンガス、ヘレフォードなどの英国系品種の割合は37.1%である(2000年 ABARE)。よって、英国系品種の素牛を求めるのであれば、一定の制限はある。

(参考)

<日本向け グラスフェッド>
繁殖・育成経営→牧草地での肥育経営→と畜場
        (42月齢 500〜600kg)

<日本向け グレインフェッド>
繁殖・育成経営→フィードロット(150日肥育)
        (18〜22月齢400〜480kg)
        →と畜場
        (23〜27月齢 550〜630kg)

(注)月齢、生体重はあくまで、比較のための例示である。

イ 穀物供給は不安定
 次に穀物の供給であるが、大多数は「穀物供給に問題あり」との意見であった。すなわち、

(1)定期的な干ばつによる収量の増減、価格の高低が激しいことから、安定的な飼料供給が困難であること

(2)穀物生産の多い西豪州から、フィードロットの多い東部地区への輸送はコスト高であること(西豪州からの輸送コストを考えると、米国から輸入した方が安価との意見もあった。)
である。

 一方、「飼料供給は大きな問題ではない」との意見もあった。

(1)飼料生産は天候に左右されるが、在庫もあり、また、輸出もしているので、それらで十分対応可能なこと、

(2)フィードロットが拡大すれば、西豪州からの輸送手段が発達し、輸送コストは低下すること
 飼料需要が高まれば、生産は増え、コストも下がるだろうが、干ばつなどの天候による影響は避けられない。2000年以降の穀物(大麦とソルガム)の生産量を見ると、最低5,330千トン、最高10,301トンと約2倍の開きがあるほど不安定なのである。(表4)


表4 穀物の生産状況
資料:ABARE Australian Commodities

 そこで、フィードロットでの飼養頭数と穀物の必要量について簡単な試算をしてみる。1頭当たり1日10キログラムの穀物が必要とすれば、現状856千頭では3,124千トンの穀物が消費されていることとなる。逆に2002-03年の大干ばつ時の大麦とソルガムの生産量5,330千トンが輸出されずに、全量フィードロットで使用すると仮定すると1,460千頭を飼うことができる。(表5)

表5 フィードロット飼養頭数と穀物必要量(試算)
(注)1頭1日当たり10kgの穀物が必要と仮定した。
 
参考(1994-95年のALFA調査)


 つまり、この辺りが長期的な上限となるのだろうか。
 ただし、この試算では、飼料用小麦の使用や、穀物の他に必要となる乾草などの必要量、さらには、前述のように麦の生産が多い西豪州から4千キロメートル離れた東部地区への輸送コストも考慮していないことに注意されたい。

〜と畜場の作業員を南米から〜
 豪州は、中国経済の発展による石炭、鉄鉱石などの価格高騰により、景気がよく、賃金も上昇している。そのため、パッカーではと畜場で枝肉の脱骨作業を行う作業員(ボナー)も不足しており、南米から招く計画が進んでいる。

 

6 フルセット・ジレンマ

 米国産と比べた豪州産の不利な点は、グラスフェッドとフルセットと言われて久しい。前者については、フィードロットの拡大により、日本市場の好むグレインフェッドが増産され、課題は克服されつつある。

 しかし、グレインフェッドの生産拡大により、フルセットの問題がますます大きくなっているのではないだろうか。つまり、フルセットでの輸出は、日本市場で需要の少ないモモも一緒に輸出しなければならず、常にモモ余りの状況が出てくる。

 ショートフェッドについては、部位によって国内、米国、韓国などへの輸出も可能なので、市場ごとの振り分けが可能である。実際、米国内の高い牛肉価格を受けて、豪州から米国向けにショートフェッドのモモの輸出が好調である。

 しかし、ミドルフェッド、ロングフェッドについては、「日本市場専用」なので、ミドル、ロングを生産すれば、すべてフルセットで、つまり、不需要部位のモモも、輸出しなければならなくなる。日本市場のニーズに合わせて、グレインフェッドの生産を増やせば、増やすほど、日本側にとっては不需要部位の輸入も増えてしまうという「フルセット・ジレンマ」に悩まなければならなくなる。
 モモの価格が需要に比べて高すぎるとの意見もあり、需要に見合った価格が設定されれば、「ジレンマ」に悩まなくていいかもしれないが。

表6 日本向けチルド牛肉の輸出形態
資料:MLA資料、関係者聞き取りにより推計

 

7 豪州の懐の深さ

 6月上旬、豪州の東部地区では多くの地域が政府によって「干ばつ地域」と指定されるなど、再び深刻な状況となっていた。NSW州内部の肉牛地帯では、「今年になって本格的な雨が一度も降らなかった」との話を聞き、放牧地での牧草がなく、道路に牛を放して、道端の草を与えている光景をよく見かけた。

 幸いなことにわれわれの訪問前から雨が降り始め、干ばつは緩和に向かっている。ある意味、干ばつは豪州にとって「年中行事」のようなもので、農家は干ばつへの対処法をしっかりと身につけている。訪問した内陸の繁殖・育成農家では、草地の改良に加え、ポンプでくみ上げた地下水を牧場内に配水する工事を行い、牛の飲み水を確保していた。

 2002/03年の大干ばつで減少した肉牛頭数も翌年にはすぐに回復に転じている。豪州の肉牛生産の懐の深さを実感する。


 本稿では、現地で入手した情報を基に、不十分ながらフィードロットの動向を中心に考察した。統計だけでは分からなかったことも多く、現地でお話を伺った多くの関係者の方々に記して感謝申し上げたい。

追記
 7月8日に東京の豪州大使館で開催された「豪州食肉業界最新動向説明会」で、MLAのピーター・ウィークス市場分析責任者は、今後の生産動向について、次のような予測を述べているので紹介する。

○生産量
 6月に東部地区で平年以上の降雨があり、これにより2005年の生産は前年比6%増となり、今後5年間も継続して増加

○フィードロット
 今後も肥育頭数は拡大し、日本向けも2〜3年は増加傾向

○輸出
・2005年の輸出量は9%増、2006年は米国産牛肉の輸出再開により多少の減少はあるものの、今後5年間は継続して増加
・2005年の日本向けは12%増の44万トンで、国別シェアは46%に拡大


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