特別レポート

アルゼンチンの酪農・乳業の概要
〜経済危機以降を中心に〜

ブエノスアイレス駐在員事務所 横打友恵、犬塚明伸

1 はじめに

 アルゼンチンの酪農は、92年から99年にかけて目覚ましい発展を遂げた分野である。この間、生乳生産量は年平均7%近く増加し、世界の生産国の中で最も顕著な成長を遂げた。また、乳業部門についても、国内外の取引に関する制限を廃し、国際市場への同国の参加の度合いを深め、輸出競争力を高めようという規制緩和政策の下、99年まで急速に成長した。しかし、アジア、ロシアの通貨危機に端を発し、98年後半から深刻化した経済状況が2001年以降さらに本格化し、酪農家の廃業や大豆の国際価格の上昇による優良草地の耕地への転換などで生乳生産量が減少する一方、2002年の通貨の切り下げによる価格の優位性から乳製品輸出が上向くなど、酪農・乳業をめぐる情勢が変化している。

 今回はアルゼンチンの酪農・乳業について、基礎的な事項を含め、2001年の経済危機以降を中心に報告する。

乳牛の放牧風景

2 酪農・乳業のあゆみ

 アルゼンチンの酪農の歴史は1580年、ブエノスアイレス市の建設とともに自家消費から始まり、その後ブエノスアイレス市近郊に酪農場が出現し、市周辺住民への牛乳販売を開始して以降、以下のような時期に大別される。

1880〜1910年
 ヨーロッパ系移民が急速に増加。農場が内陸部へ拡散したため、都市内部では消滅し、鉄道による輸送が開始。バター加工のための蒸気施設の導入や冷蔵チェーンの確立によりバター輸出を開始。

1910〜1960年
 初期の酪農協同組合や乳業メーカーが設立され、酪農業への海外からの投資が活発化。

1960〜1990年
 1963年にアルゼンチン食品法により牛乳の低温殺菌処理の義務付け。酪農政策委員会(COCOPOLE)や乳業振興基金(FOPAL)の結成により、国内酪農産業の振興が図られた(1980年代)。

1990〜
 規制緩和政策によりCOCOPOLEおよびFOPALが廃止される一方、輸入が解禁され、製品の多様化、市場の細分化のプロセスが実現。企業間の合併、ジョイントベンチャー、海外資本の参入などにより、乳業部門の変換期を迎える。

3 酪農・乳業の動向

(1)生産動向

主要酪農生産州

ア.酪農

 アルゼンチンにおける酪農は放牧主体で、生産はパンパ地域に集中しており、サンタフェ州(全生産量の35.5%を占める、2001年)、コルドバ州(同34.5%)、ブエノスアイレス州(同24.4%)、エントレリオス州、ラパンパ州、トゥクマン州が主要生産州である。乳牛の品種はホルスタイン種が95.5%を占めている。

 生乳生産は、91年の兌換制導入後の経済安定に伴う乳製品需要の増加、施設の近代化や加工処理能力の拡大などを背景に92年以降一貫して増加し、99年には1,033万キロリットルと過去最高を記録した。しかし、通貨危機などの影響を受け国内需要が後退したため、生乳の増産が供給過剰を招き、生乳価格が急落したことで、収益の悪化を嫌った酪農家の廃業が相次いだことなどから2000年には減少に転じた。なお、これらにより酪農場数が減少する一方、飼養頭数が増加するという経営の大規模化を進展させた。ただし、このような規模拡大はアルゼンチンに限られたものではなく、理由の差はあれ、世界的な傾向といえよう。

 また、2001年から03年は経済危機の影響に加え、主要酪農地域での水害や干ばつなど気候要因や、パンパ地方での口蹄疫発生により感染牛や感染の疑われた牛を生産ラインから外したことによる酪農家1戸当たり乳量の低下などもあり、生乳生産は4年連続で減産となった。なお、2004年は生乳価格が安定し、穀類などの補助飼料の利用の増加による1頭当たり乳量の増加から、生産量は2000年以降続いた減少から増加に転じた。

 農牧水産食糧庁(SAGPyA)によると、2002年の乳牛飼養頭数は205万頭、酪農場数は13,000戸となり、前年に比べ、それぞれ9.6%減、12.2%減となっている。

牛乳・乳製品需給表
(単位:千キロリットル、リットル)
資料:農牧水産食糧庁(SAGPyA)
注1 :生乳換算ベース
注2 :2004年の数値は暫定値。以下同じ

酪農部門の主要指標の推移
(単位:戸、頭、リットル)
注 :2002年の数値は推定
資料:INDEC、SENASA

 2002年の農業センサスによると、農畜産業経営体(EAP)数の土地面積は前回調査時(1988年)より0.9%減の約1億7,481万ヘクタールとなった一方で、耕地面積は3,352万ヘクタールと前回調査時に比べ11.7%増加している。

 これは、国際的な穀物価格の上昇などにより、農業部門での大豆など油糧作物の生産が増加する一方、経済危機により経営基盤が弱い小規模酪農経営体を中心に用地の一部を耕種へ転用したり、耕種への転換を図るケースが増加したことが要因とされる。

 生産コストに関する公的なデータはなく、国立農牧技術院(INTA)がエントレリオス州の酪農家について行った調査結果(2004年6月時点)を参考までに記すと、農場面積260ヘクタール、飼養頭数129頭、一日当たり搾乳量1,858リットルの中規模農家における生産コストは生乳1リットル当たり0.427ペソ(約16円、1 ペソ=37円)となっている。コストのうち、飼料費が約40%を占めている。

大豆の栽培面積の推移
資料:SAGPyA

イ.生乳価格

 生乳価格の決定については、兌換制度が開始された91年までは政府が介入していたが、それ以降は自由経済の導入により乳業メーカーが独自の基準により価格を決定している。各メーカーは乳脂肪率、たんぱく質、保存温度、細菌数などの基準により価格の加減を行っている。

 乳価(乳業メーカーによる生乳1リットル当たりの生産者支払価格)は、91年以降多少の上下はあったが、98年まで安定傾向で推移した。その後、99年は大幅な増産により下落傾向となり、輸出不振や国内需要減による国内供給量の増加などによりその傾向は2001年前半まで続いた。2002年には水害や厳冬などによる生乳の減産と粉乳を中心とした牛乳・乳製品の輸出が好調であったことから急速に回復、2003年前半まで上昇し、以降は比較的安定傾向が続いている。

生乳価格の推移
資料:SAGPyA
注 :2002年1月兌換制度から変動為替制度へ変更

○事例:San Miguel 農場

 後述する国内乳業メーカー最大手のSanCor社の創立者の一人である曽祖父の代からの酪農家で、1973年に3代目の父の代で現在の場所に移る。SanCor社に生乳を納入するため、HACCPに代わるSanCor社独自の衛生基準「LechePlus(注)」を実施している。飼養品種はホルスタイン種で雌牛235頭、種雄牛4〜5頭、子牛65頭を放牧している。交配はカナダ、米国産の輸入精液による人工授精だが、3 回で受胎しない場合は、種牛による自然交配を行う。雌牛は平均8〜9年で更新し、雄子牛は600キロまで育成・肥育し、近郊の食肉処理施設に販売する。年間70〜80頭が出荷され、枝肉ベースで1キログラム当たり3.90ペソ程度(約144円)で取引される。搾乳は1日2回(午前3時と午後3時)、1 回につき10頭同時に行い、1 日1頭当たりの乳量は約20リットル、平均3,600〜3,700リットルを1日1回出荷している。乳質は乳脂肪率3.8%、たんぱく質3.35%である。貯乳タンクは6,000リットルの容量があるため、天候、道路事情などでトラックの集乳が困難なときでも1日半分をストックすることが可能となっている。

 搾乳部門に従事するのは4名で家族単位で契約し、住居の提供を受け、乳価の10%を報酬として受け取る。通常、夫婦と小学校高学年程度の子供という家族構成が多く、最初のうちは子供は学校に行くよりも搾乳の手伝いに興味を持つが、数年経つと早朝からの作業を嫌うようになるため夫婦二人の労働力となってしまい、結果的に4、5 年間の雇用となることが多いという。いずれは組合単位で専任の労働力を雇用することを検討していきたいとしている。ほかに、農業、育成、肥育にそれぞれ1名ずつ従事している。オーナーはマネージメントを担当し、農業部門では播種時、収穫時に別に人を雇う。農場の総面積は386ヘクタールあり、草地は農場面積の約60〜70%を占める。年によって栽培面積の変更はあるが、サイレージ用および穀物用ソルガム、アルファルファ、えん麦、大豆を生産している。ソルガムの収穫量は栽培面積が十分に確保できないため、半年分としかならず、残り半年分はトウモロコシを購入している。搾乳時にトウモロコシ、ソルガムを与えている。

San Miguel 農場
3カ月齢で離乳 放牧地から搾乳に向かう乳牛
(注)Leche Plus:EU指令第92/46号で規定されたEU向け輸出に関する基準に従い、SanCor社独自に設定した生乳取引基準。この取引基準を順守することで乳価に5%のプレミアムがつく。乳脂肪率、乳糖、タンパク質などの品質検査を毎日実施する。また、生乳の品質検査以外に、従業員の衛生検査、水質基準、農薬の使用履歴などが含まれる。

ウ.牛乳・乳製品

 2001年のFAO資料によると、アルゼンチンの全粉乳の生産量は世界第4位(全体の7.7%)、チーズは9位(同2.6%)、脱脂粉乳とホエイは17位(同1.2%)、バターは29位(0.6%)であった。

 SAGPyAによると、92〜2001年の10年間で国内生産量は、液状乳については25.8%増、乳製品45.6%増となった。中でもFAOのランキングに表れているように全粉乳の185%増、チーズの28%増、バターの14%増、脱脂粉乳の77%が目立っている。

 92〜99年には、国内の生産は国民の購買力の増加などを反映して付加価値の高い乳製品に移行し、その結果、液状乳向けと乳製品向けの比率は92年の 1:3.63から99年には 1:4.95に上昇したが、2000年には購買力の減退によって 1:4.45、2001年には 1:4.21と低下が続いた。

 また、95年の南米南部共同市場(メルコスル)発足により、アルゼンチンの世界市場への乳製品輸出傾向が強まったことから、粉乳の生産割合が増加する一方、チーズのシェアが減少するなどの加工品内容に変化が生じている。

 液状乳部門では、液状乳全生産量に占めるロングライフ牛乳の割合が年々伸びている。92〜2001年の10年間を見るとロングライフ牛乳の占める割合は92年には8%であったものが、2001年には42%にまで上昇した。約半年の消費期限で冷蔵を必要としないロングライフ牛乳はアルゼンチンのような広大な国では戦略的な製品であるといえる。常温での保存が可能であることは消費者にとっても毎日購入する必要がないため、非常に便利であり、メーカーおよび小売業者にとっても大幅な流通コストの削減につながる。

主要乳製品の国内生産量の推移
(単位:万キロリットル)
資料:SAGPyA

牛乳・乳製品のチャート図(2004年)

(注)ドゥルセデレチェは、牛乳を煮詰めたもので、
アルゼンチンの伝統的な乳製品でケーキなど製菓の原料として利用される。
資料:SAGPyA

 2001年の税務局(AFIP)の統計によると、乳業部門はおよそ3万347人を雇用する797企業で、約12億8,600万ドルの付加価値税を納め、43億ドルの総売上(国内および輸出)を創出した。下表にあるように、乳業は食品産業の中で総売上が約14%を占めるなど重要な地位を確保していると言える。

乳業部門の主要指標
資料:AFIP

 なお、乳業メーカーは、以下の4グループに大別することができる。

国内大手企業:
 SanCor およびMastellone(La Serenisima)で、各社年間5億ペソ以上の売上げがある。

多国籍企業 :
 Nestle、Parmalat、Danoneなどで牛乳・乳製品部門が全体の売上げの15%以上を占める。

中規模企業 :
 Molfino、Milkaut、Williner、Veronica、Manfreyなど

中小企業 :
 この部門が企業数の大部分を占める。

 アルゼンチンの牛乳・乳製品市場は、主要乳業メーカー7社(SanCor、Nestle、Mastellone、Milkaut、Williner、Parmalat、 Veronica)が加工向け生乳受入量の51%を占めている(2001年)。製品についてはその寡占度はさらに高まり、全粉乳、脱脂粉乳、低温殺菌牛乳、ロングライフ牛乳、チョコレート入り牛乳、れん乳、バター、クリーム、ヨーグルト、プロセスチーズ、ホエイ、プリン、デザート類は生産量の75%のシェアを占める一方、前述のチーズ以外のチーズ類とドゥルセデレチェ(牛乳を煮詰めたもの、英語名Milk Caramel)は市場の40〜60%のシェアとなっている。

 また、主要乳業メーカーは多くの製品を製造しているが、ある程度、製品の専門化がみられる。Mastellone社は低温殺菌牛乳、ロングライフ牛乳、全粉乳とソフトタイプチーズ、Sancor社は低温殺菌牛乳、ロングライフ牛乳、ヨーグルトと全粉乳、Danone社は主にヨーグルト、Milkaut社はロングライフ牛乳、全粉乳とヨーグルト、Parmalat社はロングライフ牛乳とヨーグルト、Nestle社は全粉乳と脱脂粉乳を専門としている。

 さらに主要メーカーはスーパーマーケットおよびハイパーマーケットの相手先ブランド製造(OEM)も行っており、SAGPyAが2003年3〜5月に実施した調査結果によると、主なところでは、Carrefour向けにはMilkaut、SanCorなど、COTO向けにはSanCor、Mastellone、Milkaut、Molifono、Parmalatなど、Norte向けにはMilkaut、SanCorなど、Disco向けにはMastellone、Veronica、Jumbo向けにはMastelloneなどとなっている。

注)下線は スーパーマーケット 斜体は ハイパーマーケット

主要乳業メーカーの市場シェア
飲用向け牛乳 (単位:%)
資料:コンサルタント会社調べ、2002年
乳製品 (単位:%)
資料:コンサルタント会社調べ、2002年

 乳業部門では、食品産業全体と同様に93〜98年の間に活発な投資が行われ、食品産業全体の14%を占める13億ドルという油脂製造部門に次いで2番目の額が投資された。投資目的は約5割が「プラントと機械」、35%が「合併」、15%が「買収」に仕分けされる。「プラントと機械」への投資額のうち、約1億ドルが粉乳に係るもので、これらの投資により、94〜98年の間に粉乳生産能力が70%増加し、1 日当たり1万600キロリットルの生産が可能となった。しかし、その後の経済危機および、多くの企業の財政困難によって投資は極端に減少した。また、主要メーカーが実施した投資計画の多くがすでに最終段階にあったことも要因とされる。

○ 事例:SanCor社 Sunchales工場

 社名SanCorはサンタフェ州(Santa Fe)とコルドバ州(Cordoba)を表している。1938年の創立で、前述2州の酪農家を中心とした16の小さな農協組織が集まった連盟から会社経営が始まった。現在、乳製品の国内生産量の約20%を占める国内最大の乳業メーカーである。全国に17工場あり、2,100戸の酪農家が属する65組合が母体となっている。生産者全体でホルスタイン種のみ23万頭の乳牛を飼養しており、組合が同社の傘下にあることから、所属している酪農家は生産された生乳をすべて同社に納入している。

 全工場で1日当たり3,600キロリットルの生乳を受け入れており、製品はチーズ、粉乳のほか、約150種類にもおよび、ハラル(イスラム教の戒律にのっとった)、コシェル(ユダヤ教の戒律にのっとった)製品も生産している。輸出品目はハードタイプおよびセミハードタイプチーズ、粉乳、バターで、米国、メキシコ、ベネズエラ、アルジェリア、韓国、中東およびEUが主要輸出先となっている。なお、輸出は通常、業務提携しているニュージーランドのフォンテラ社を通じて行うが、メルコスル内はSanCor社が直接輸出している。

 Sunchales工場では、70キロ圏内の酪農家から集乳している。集乳トラックは組合が所有し、トラック1台が1組合分の生乳を集める。納入時の品質検査で不適とされた場合はトラックごと処分されるが、各組合ごとの規約により、農家へは支払価格の減額などのペナルティが課せられる。LechePlus(P62(注)を参照)加入の生乳は、通常の生乳に比べ、1 リットル当たり5%上乗せされて支払われ、品質を満たしている農家への差別化を図っている。乳価の基準となる乳質などについては、各農家別に情報を把握し、それぞれの農家ごとに条件を決定しているが、SanCor社からの乳価支払いは直接農家ではなく各組合へ行う。

 生乳の処理量は1日2,000キロリットルの受入れ能力があるが、現在はその半分の1日当たり1千キロリットルで、粉乳については1日80トンを生産している。輸出向け製品は、鉄道でブエノスアイレス市、サンタフェ州のロサリオ市へ運び、それぞれの港から船積みされる。

 トレーサビリティについては、製品のロット番号により集乳トラックが識別されるため各組合単位までさかのぼることが可能となっている。

 2002年の通貨切り下げ以前は、生乳処理量の15〜35%が輸出に向けられていたが、以降は国際価格の上昇も手伝って40%に増加している。また、経済危機以降の変化として、それまでは包装、機械部品などの工場資材を輸入に依存してきたが、低コストで生産できるようになったことから、国内で調達するようになったことが挙げられるという。

工場遠景  

(2)消費

 アルゼンチンの牛乳・乳製品消費は長い歴史があり、1 人当たりの摂取量は先進国並みといえる。2001年の牛乳・乳製品消費量は219リットル(生乳換算ベース)で、FAOによる世界ランキングでは第20位であった。また、アルゼンチンでは牛乳・乳製品はそのほとんどを国内で消費する伝統的な製品であり、92年〜2001年の10年間の平均で国内生産量の89%を国内市場に仕向けている。

 1 人当たり消費量は90年の164リットルから92年には30%増の213リットルとなった。これは規制緩和による乳製品輸入の増加によって、91年から購買力が向上したことに起因している。2000年までの増加率は緩やかに推移し、同年には231リットルと過去最高を記録したが、98年に始まった国内の経済不況とその結果による減収が牛乳・乳製品市場にも影響を及ぼし、危機がいっそう深刻化した2001年から消費の低迷により減少に転じた。このときの国民1人当たりのGDPは17%減少し、消費者物価は63%増加した。

製品別消費量
資料:SAGPyA

4 貿易関係

(1)輸出

 2001年のFAO資料では、アルゼンチンは世界第14位の乳製品輸出国であり、世界の総輸出量の約1.6%を占めていることになる。製品別では、粉乳が同10位、チーズが同23位、バターが同29位である。

 過去15年間を見ると、貿易面でアルゼンチンの乳製品は国内市場の状況と密接な関係を示してきた。国内消費が増加し、国内の供給量を超えた際には輸入に依存し(91〜92年)、生産が好調で国内市場が低調であったときには大量の余剰製品が輸出に向けられた(95年、99年、2002年)。

 2002年の輸出増は、同年1月に開始された通貨切り下げによる経済状況の急激な変化によるものであり、特に、(1)為替レートの変更による輸出利益幅の拡大あるいは価格競争力の向上、(2)国内消費の減退、(3)主要メーカーの多額の外貨債務決済に必要なドルの確保−が要因として挙げられる。

 しかし2003年は国内生産量の減少により、生乳価格が上昇し、乳製品の卸売価格に大きく影響したことから、輸出は前年を大きく下回った。2004年の輸出量については国内生産量の23.6%を占め、この割合は過去最高を記録した。

 また、伝統的に粉乳とチーズが主要輸出品目であり、全輸出量の8割以上を占めている。

品目別輸出量推移
品目別輸出量の推移 単位:トン
注:液状乳は粉乳換算

 輸出先については、98年には46カ国と前年の33カ国から大幅に増加し、その多様化が顕著になった。2002年には98カ国に上ったが、そのうち13カ国が全輸出量に占める割合の1%を超えるのみであった。メルコスルは93〜2000年には全体の約8割を占めていたが、2001、02年の2年間は4割に低下、2003年以降さらにその割合は低下している。

 国別で見ると、ブラジル、アルジェリア、ベネズエラ、メキシコが上位を占め、いずれも全粉乳を主な品目としてこれら4カ国で全輸出量の59.5%、輸出額で58.4%を占めている(2004年)。

 ブラジルについては、2001年に輸出量が減少したが、この要因としては、(1)2001年2月にアルゼンチンとの間で成立した粉乳の最低価格の合意、(2)1999年に実施したドルに対するブラジル通貨(レアル)切り下げの影響、(3)国際価格の上昇傾向、(4)ブラジルの国内生産量の増加および同国内の消費の減少−が挙げられる。

 これに対して、2002年はブラジル国内の生産量の減少、国際価格の低下とアルゼンチンの主要乳業メーカーが多額のドル建て債務返済のため、ドルを獲得する必要から輸出を促進したことから、ブラジル向け輸出は増加に転じた。

表:輸出仕向け先の推移
国別輸出量割合(2004年)
  資料:SAGPyA

ブラジルおよびその他の国の輸出量割合
資料:SAGPyA

 

輸出量および輸出額の推移(1995〜2004年)
(百万ドル) (千トン)

 アルゼンチンの関税率は、95年のメルコスル設立時の合意事項であった対外共通関税を採用し、乳製品には14.5〜18.5%が適用されている。

 なお、2002年3月には、通貨切り下げによる大幅な税収不足のカバーや穀物などの国内価格の高騰防止を目的に小麦や大豆など80品目の農産品に輸出税の導入が決定され、乳製品については5%が賦課されている。



 


アルゼンチンとブラジルにおける乳製品価格をめぐる争い
 

価格協定締結の経緯と協定内容

 ブラジル全国農業連盟(CNA)は99年1月、アルゼンチン、ウルグアイ、オーストラリア、ニュージーランド、EUから輸入されている乳製品にダンピングの疑いがあるとし、関係閣僚が集まり開発商工相が議長を務める貿易審議会(CAMEX)にその調査を要請した。CAMEXはこれを了承し、同年8月にはブラジル開発商工省貿易局(SECEX)の貿易防衛部(DECOM)による調査を実施することが決定された。

 ブラジル政府は大統領令第1602号第27条の規定に基づき、製造業者、輸出業者および自国の輸入業者などにダンピング調査の実施を通知し、外国の輸出業者52社、自国の輸入業者134社に調査票を送付した。そのうち輸出業者13社、輸入業者44社から回答があり、回答のないものについては、当該国の統計機関によるデータなどで価格が調査された。

 2000年12月、アルゼンチン、ニュージーランド、EU、ウルグアイの製品についてダンピングが確認され、オーストラリアについては、同国からの乳製品輸入が全体の2%と少なく、対象とする必要性がない−とした結果を発表した。

 この折アルゼンチンについては、ブラジルへの輸出乳業メーカー(以下「輸出会社」という。)8社がブラジル政府との間に3年間の価格協定を結び2001年2月23日から実施されてきたため、アンチダンピング課税は適用外とされた。またEUの中ではデンマークのArla Foods社1社が価格協定に応じたので、アンチダンピング課税の適用外とされている。なお、少し遅れてウルグアイの4社が3年間の価格協定を締結したため、2001年4月4日からウルグアイ産粉乳に対するアンチダンピング課税(16.9%)の適用は中止されている。

 残るニュージーランドおよびEU(前述の1社を除く)については、2001年2月2日付けCAMEX決議1号によりアンチダンピング課税が設定され、 対象品目は小売用に包装されていない全粉乳および脱脂粉乳(メルコスル関税番号(NCM):0402.10.10, 0402.10.90, 0402.21.10, 0402.21.20, 0402.29.10, 0402.29.20)で、ニュージーランドではNew Zealand Dairy Board(現フォンテラ)およびその他の会社の製品に対して3.9%、EUの製品に対しては14.8%となった。なお、この措置は大統領令第1602号第51条に基づき5年間有効であり、またメルコスル以外の国からの輸入には、アンチダンピング課税のほかメルコスル対外共通関税が課税されることになる。

 アルゼンチン8社、ウルグアイ4社と行われた価格協定は、米国農務省(USDA)が発表する全粉乳および脱脂粉乳の国際価格をもとに算出され、原則として算出価格が1トン当たり 1,900ドル以下であった場合 は11%を加算した価格を輸出価格とし、かつ加算の上限を同1,900ドルまでとしている。よって計算上は、同1,712〜1,900ドルまでは輸出価格は同1,900ドルとなり、同1,712ドル以下の場合は11%を加算した価格が、同1,900ドル超の場合はその価格自体が輸出価格となる。ちなみに、デンマーク1社は最低価格同2,000ドルで協定を結んだ。

ブラジル、価格協定の再検討を決定

 開発商工省は、ブラジルがアルゼンチンの輸出会社8社と結んでいる粉乳の価格協定の期限が迫る2004年2月20日、「価格協定について再検討するための交渉を開始する」ことを官報に掲載したと発表した。両者の結んだ価格協定の満了期限は2004年2月23日となっていたからだ。

 CNAは2003年11月、独自に粉乳の価格を調査しダンピングの可能性を政府に訴えていた。これを受けSECEXは官報で2003年1〜12月を調査対象期間とし、見直しに要する期間を12カ月間、かつその期間中は価格協定が継続して適用されるとした。また再検討に当たっては、アルゼンチン政府を除いた関係者に対する調査を実施し、40日以内に回答を得るとした。

 ブラジルが価格協定の再検討をすると決定したことに対し、アルゼンチンの輸出会社で組織する団体(Centro de la Industrial Lechera:CIL)は、「今回の措置は、ブラジルにおけるParmalat社の経営危機により乳価が下がっているため、生産者に対する影響を配慮したことが原因で、新たな障壁である」とし、アルゼンチン農牧水産食糧庁(SAGPyA)などにブラジルとの交渉に当たり支援を求めた。

 なお、ウルグアイとの価格協定も4月初めには満了することになる。

ブラジル、1年かけて再度協定を結ぶ

 両者の価格協定をめぐる問題は1年かけて決着を見ることになる。2 月18日付け官報によりCAMEXが決定した決議第2号(2005年2月17日付け)が公布されたからだ。

 当決議によれば、前回の価格協定と同じ乳業メーカー、同じ品目を対象に協定が結ばれ、1 トン当たり粉乳輸出価格は、以下の計算方法で決定されることとなった。なお、この協定の有効期限は公布日から3年以内となっている。

(1) USDAが2週間ごとに発表するオセアニアの1トン当たり粉乳最低価格を基準に最低相場(以下「最低相場」)を算出するが、これは発表された最低価格の直近2回分の単純平均とし、15日間ごとに更新される。

(2) 最低相場が1,900ドルまではその価格が輸出価格となり、それ以下は50ドル単位で調整率2%が加算された価格が輸出価格となる。ただし一つ上の階層(=50ドル単位)の輸出価格以上とはならない。

(3) 最低相場が1,650ドル以下となった場合、調整率10%以上は加算されない。なお調整率10%は、メルコスル対外共通関税などを根拠に算出しているため、関税率の変更により自動的に変更される。

(例)
最低相場:1900ドル → 輸出価格:1900ドル
最低相場:1870ドル → 輸出価格:1870×1.02=1907.4ドル
             (※ただし、一つ上の階層1900ドルが輸出価格)
最低相場:1850ドル → 輸出価格:1850×1.02=1887ドル
最低相場:1650ドル → 輸出価格:1650×1.10=1815ドル
なお、もし最低相場が1600ドル以下としても、調整率10%が上限。

(参考) ウルグアイについても、2005年4月 5日 付け官報でCAMEX決議第9号(2005年4月4日付け)が公布されている。アルゼンチンとの協定とほぼ同じであるが、異なる点は上記(1)の最低相場を算出する際、「オセアニアまたはヨーロッパ」の最低価格を基準にすることである。

アルゼンチンもブラジルと価格協定締結

 一方このことについてCILは、「前回はアルゼンチンの粉乳のみが対象となっていたが、今回の協定は双方向のもので、ブラジル側が発表した措置と同様の民間協定が2005年2月18日に締結され有効になっている」と回答している。

 



 

(2)輸入

 一方、輸入については、92年に国内生産量の13%に当たる68,127トンを記録して以降は1〜 2万トン台で推移しており、ここ数年、国内消費量のわずか数パーセントを占めるに過ぎない。

 品目別に見ると、近年、粉乳、液状乳とクリームの比率が下がり、98年から2001年はセミハードタイプチーズとアイスクリームが上位を占め、それ以外のチーズ類を加えると全輸入量の約6割のシェアとなった。2002年は通貨切り下げによる輸入価格の上昇により、輸入品目がさらに大きく変化し、低価格の製品に移行した。輸入量の53%がヨーグルトを除く発酵乳製品に該当し、チーズ類とアイスクリームは合わせて15%を占めるにとどまった。

 輸入先は、ウルグアイが全輸入量の64.8%を占め、その他ニュージーランド、オランダ、ブラジルなどとなっている。

品目別輸入量
品目別輸出量の推移 単位:トン

輸入量および輸入額の推移(1995〜2004年)
国別輸入量割合(2004年)
(千トン) (百万ドル)  
  資料:SAGPyA

5 衛生対策など

 行政機関が義務付けている事項として、アルゼンチンの食品については、法律18284号(1969年6月18日付け)が制定されており、第8章に「乳製品」の規定がある。この中で牛乳、チーズ、クリームなどの各製品の定義、牛乳の細菌数(例えば、冬場の4〜9月であれば1立方センチメートル中に5万個以下、夏場の10〜3月であれば同10万個以下)、搾乳または殺菌処理時から店頭までに要する日数、製品保管時の温度などが規定されている。

 HACCPやISO9001に基づいて管理しなければならない規定は、特に法律で定められておらず、乳業メーカーが個別にこれらの管理手法を用いている。

 なお、国立産業技術院(INTI)の統計によると、2003年6月に乳業部門で9件のISO9002、10件のISO9001、1 件のISO14001/1996、さらに1件のHACCPの認証を受けており、このうち8件が粉乳に該当する。この部門が生産の5割以上を輸出し、乳製品輸出額の8割を占めている結果からも明らかである。

6 酪農・乳業の安定的成長に向けた動き

(1)酪農乳業協議会の結成

 ブラジルの経済危機の影響を発端にアルゼンチン国内の不況で悪化した1998年からの酪農・乳業部門の危機的状態において、余乳を戦略的、効率的に利用できなかったことで、同部門の弱点が明らかになった。このため、この問題を検討、解決することによって、酪農・乳業部門の安定的な成長が期待できるとして、同部門の回復に向けた行動がとられた。2002年8月にSAGPyAにより、(1)国内酪農業の技術的、経済的な問題を解決するために行政の立場から指導すること、(2)酪農チェーンを構成する異なった部門の統合を図り、メルコスルおよびその他海外への輸出促進を図るため、酪農活動の発展を確立、保証することなどを目的とした「国家酪農乳業政策計画」が策定された。さらに2003年5月には生産者、乳業メーカー、酪農生産州の政府、SAGPyAの代表者で構成される「酪農乳業協議会」が結成され、生乳の品質基準や乳価決定システムの全国的な統一に向けた検討などが定められた。

(2)生乳取引における参考価格の設定

 生乳価格の決定については前述のとおり、91年以降、乳業メーカーが独自の基準により価格を決定している。しかし、価格交渉の透明性を図ることを目的に前述の酪農協議会での協議検討事項にある「乳価決定システムの全国的な統一」に基づき、2004年12月に生乳参考価格に関する考え方が示された。

 これによると、

ア.生乳参考価格は一定の品質を備えた生乳の搾乳施設出荷時における「リットル」単位についての価格とする。

イ.本方法においては、品質および歩留りの一定の指標に基づいて示された全粉乳、低温殺菌乳、ロングライフ牛乳、3 品種のチーズの6品目の価格により構成される「参考価格帯」が決定される。

ウ.価格帯を構成する上記6品目の各価格は、製造コストを差し引いた後の価格を示す。

エ.価格帯の価格は、(生乳原価と均衡する)価格であり、すなわち、乳業メーカーにとって何らの利益幅も含まれていない。

オ.各乳業メーカーは、複数の生産者から受け取る生乳を異なる割合で各種製品の加工に使用するため、実際には各メーカーの「調合」に応じて価格は決定されることになる。したがって、この方法は、一般的基準価格というよりもむしろ生産者および加工業者に具体的な市場の可能性を理解するための情報を提供し、乳業チェーンの各主体間の交渉における透明性を向上させるための情報を発生させることを目的とするものである。

 なお、SAGPyAは、「あくまで市場の機能を把握し、評価するための参考価格もしくは基準価格である」とし、価格決定への政府の介入を否定している。

 なお、この参考価格は乳業メーカーのコストを差し引くことを基準に算出されることから、今後は生産者側からも生産コストを踏まえた価格の提案を受け、設定方法を策定していくこととしている。

7 おわりに

 アルゼンチンの酪農乳業は長く国内消費を中心に発展してきたが、輸出マインドへの方向転換は2001年の経済危機が契機だったと言えよう。

 主要な乳製品輸出国は補助金などの政策・制度に支えられている一方で、アルゼンチンについては、規制緩和政策の導入以降、国家としての政策がなく、政府の関与のない自由競争にさらされてきた。しかし、経済危機に伴う酪農乳業危機での反省から酪農乳業界および政府も仲介役として参加する酪農乳業協議会が2002年に発足し、ようやく業界全体としての取り組みが始まっている。

 なお、輸出先は2004年には115カ国に上っているが、4 カ国で6割の輸出量を占める集中化の様相を呈しており、今後、輸出拡大を図るには各国との取引量の増加も手だてであろう。このような中、5 月上旬にメルコスルと湾岸協力会議(GCC)間で2地域間における自由貿易協定などを推進するための経済協力枠組条約が締結され、輸出に力点を置くようになったアルゼンチン乳業部門にとっても、中東向け輸出の増加が期待される知らせとなった。また、国際価格が上昇傾向の中、アルゼンチン産乳製品の価格競争力は注目されており、輸出は拡大基調で推移すると考えられるが、これも現在の為替レート1ドル=3ペソ弱で安定的に推移していることに負うところが大きく、経済が上向けばいつまで価格競争力を維持できるのかも注目されるところである。

参考資料
Productos Lacteos / SAGPyA
Los Ciclos en el Complejo Lacteo Argentino / SAGPyA
Argentina un pais agroalimentario por naturaleza /CIL

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