特別レポート


タイの酪農・乳業(前編)

シンガポール事務所 木田 秀一郎、斎藤孝宏

1 はじめに

 タイを含む東南アジア地域では従来、乳製品に対する需要が少なく、また気候条件が酪農を行う上で厳しいことや良質な飼料が得にくいこと、流通に際しては厳密なコールドチェーンの確保が要求されるため、酪農・乳業の発展は、先進国に比べて遅れている。このような中、国家政策として酪農振興が推進されており、かつ、近年急速にその生産を拡大しているタイは将来的にこの地域の酪農・乳業の中心地域の一つとなるとして注目されている。しかし一方では、乳製品の主要輸出国であり地理的に近接する豪州・NZとの経済連携協定締結の影響もあり、国内乳業とこれらの地域からの輸入乳製品との競合という点で今後の動向が注目されている。ベトナムと並び、近年東南アジア地域で急成長しているタイの酪農・乳業の現状を紹介することで、さらには、この地域全体の今後の酪農・乳業に関する動向を考える上での参考に資することとしたい。

 今回は前編として、タイの酪農業の現状を踏まえた上で酪農振興策の全容を整理し、その上で酪農現場の事例を紹介したい。

2 酪農の概要

(1)酪農業の概要

ア 歴史的背景

  タイの酪農の歴史は、王室同士の緊密な関係があるデンマークの政府協力により、1961年、中部に位置するサラブリ県にタイ・デンマーク酪農場が設立されたことに始まる。ここは酪農を行うとともに技術訓練所としても機能し、この農場を元に1971年、タイ酪農振興公団(The Dairy Farming Promotion Organization of Thailand :DFPO)が設立された。現在も酪農家などに対し技術研修を行っている。

 同国の畜産の歴史は浅く、食生活はコメ中心でいまだ牛乳・乳製品に対する需要は先進諸国に比べ低い。酪農業に関してはこのような王室の関与がなければ現在の発展はみられなかったと考えられる。

DFPOの酪農研修所 DFPOの乳製品

イ 酪農用地分布

  タイ王室調査局資料による酪農用草地などの面積は、2000年まで年々わずかに増加しており、その後減少傾向で推移している。2000年は国全体で約2万5千ヘクタールとなっており、地域別に見ると酪農の盛んな中部と東北部でそれぞれ全体の約46%を占める。その他北部に7%が、南部に2%弱が分布している。

ウ 飼養頭数、農家戸数、生産コスト、販売価格

 農業協同組合省畜産開発局(DLD)によると、乳牛飼養頭数は1993年の22万4千頭に比べ2003年は38万頭と1.7倍に、生乳生産量は同15万7千トンから73万2千トンと、約4.7倍にまで増加している。この間酪農家戸数はおよそ1万5千戸程度で推移している。一方生産コストは、93年に1キログラム当たり6.5バーツ(17.55円:1バーツ=2.7円)であったのに対し2003年は8.2バーツ(22.14円)まで上昇している。

 政府は1997年以降、生乳の価格統制を行っており、乳業会社の生乳買入価格は1キログラム当たり12.5バーツ(33.75円)の保証価格で固定されて現在に至っている。ただし、乳業会社は生乳買入に際しタイ乳製品協会(Thai Dairy Food Industry Association)が規定する乳質基準を満たさない場合、生乳受け入れ拒否を行うことが出来る。DFPOが公表した平均生産者生乳出荷価格は、酪農協や地域によって変動はあるものの、1999年以降11.3バーツ(30.51円)前後で推移している。

タイ地域区分
出典: FAO資料

酪農の現況、生産費等(1993-2003)
出典: 1)畜産開発局 Department of Live stock Development
2)タイ酪農振興公社 Dairy Farming Promotion Organization of Thailand
3)農業経済事務所 Office of Agricultural Economics

エ 生体取引価格

 政府統計による生体取引価格は公表されていないが、国内最大手生産者であるチョクチャイデイリーファームからの聞きとりによると肥育用雄小牛の取引価格は1頭当たり500バーツ(1,350円)程度、雌小牛の場合、健康状態と生体重により6,000〜7,000バーツ(16,200〜18,900円)で取引される。未経産牛は1頭当たり1〜3万バーツ(27,000〜81,000円)程度で取引される。

オ 牛群更新の現状

 タイは熱帯気候であるため、純粋種ホルスタイン種の導入に不適であり、従来からインド原産のゼブ系牛との交雑種の作出により耐暑性・耐病性を高める育種改良を行ってきた(政府の育種改良方針は後述)。DFPO担当者からの聞きとりによると、後継牛は血量75%以上のホルスタイン交雑種の場合3〜6万バーツ(8〜16万円)で取引される。小規模酪農家の中には、子牛の飼養管理技術や飼料調達に際しての管理能力不足から、後継牛を自家育成でなく未経産牛の導入によって牛群の更新を行う場合もある。タイの平均年間泌乳量は約2,100リットルとわが国や欧米諸国に比べ非常に低く、DLDは酪農家に対し牛群の年間更新率を10%にするよう指導しているものの、国内のおよそ70%の酪農家は飼養頭数規模20頭以下の零細経営で、多くの小規模酪農家は資金難により乳量のピークを過ぎてからも搾乳を数年続ける。このことが生産性の低下と生産コストの増大要因となっている。

(2) 政府による振興政策

ア 第9次国家経済社会開発計画(The Ninth National Economic and Social Development Plan)の中での酪農振興の位置付け

 タイ内閣府の直属機関である国家経済社会開発委員会は、5年ごとに国家経済社会開発に関する全体計画を定めており、現在2002〜2006年までの第9次計画が進行中である。この中で規定される農業開発計画では、農産物および食品産業の競争力を高めるとともに、農家の生活向上促進、農民組織の強化、マネージメントシステムの改善などの目標を掲げており、具体的には農業分野の経済成長率を全体で2%、畜産部門で1.6%としているほか、農家総収入を年間3%(内訳:農業現金総収入 2%、農外現金収入4%)増加させるとしている。これらの目的を達成するための戦略の中で農産物の競争力強化のための分類として、米、キャッサバ、砂糖、鶏肉、エビなどは輸出仕向け品と分類される一方、飼料用トウモロコシ、豚肉、鶏卵、牛肉、牛乳などは国内消費仕向け品と分類されている。また畜産分野における生産投資の削減と生産効率向上対策として、(1)家畜の品種および農場管理システムの改良と技術移転の促進、(2)疾病対策として畜種ごとの生産地域の特定と農家登録・家畜血統登録の推進、(3)動物用医薬品、飼料、優良家畜の適切な配分、(4)口蹄疫撲滅対策として国家間協力による監視体制確立、(5)水牛など在来畜種の保全、(6)廃棄物処理システムの構築−などが掲げられている。

イ タイ酪農振興対策計画(Strategic Planning of Thailand Dairy Farming)

 国家開発計画に従い目標を達成するため、農業協同組合省が定めた酪農振興計画は以下のとおり。

 (ア)戦略

 ・生産性向上のため酪農情報センターを設立するとともに、生産者に「タイ酪農基準」(後述)を順守するよう指導することなどにより技術移転を促進する。
 ・価格安定と付加価値の向上のため、飲用乳以外の乳製品生産を乳製品加工場の建設などにより振興する。
 ・現在、DLDの凍結精液生産能力は年間30万ドース、海外からの輸入精液購入額は年間6千万バーツ(1億6,200万円)以上となっており、今後、凍結精液の国内生産拡大を図る。
 ・研究機関の能力向上と、国内の飲用乳の消費拡大を図る。

 (イ)目標

 ・2008年までに「タイ酪農基準」認定農家を50%とするとともに、同年までに酪農情報センターを設立する。
 ・国内での牛乳消費を年間15%拡大する。
 ・農業研究所機能の強化と乳業振興機関の設立を図る。

 (ウ)技術改良

 ・TF Project:遺伝的改良目標としてホルスタインの血量75%以上の交雑種である(Thai-Friesian :TF)の乳量を、現在の1日当たり7キログラム程度から12〜25キログラムまで向上させる(秘乳量4,500キログラム、280日搾乳)。
 ・TMZ Project:ゼブ系の在来牛とホルスタインの交雑である(Thai Milking Zebu :TMZ)のホルスタイン血量を75%以上に高め、秘乳量3,500キログラム、280日搾乳を目標とする。
 ・牧草の品種改良またはタイの気候に適切な草種の導入
 ・人工授精および凍結精液製造技術の向上による受胎率の改善
 ・特定家畜疾病の監視強化・撲滅対策(ブルセラ病、結核、ヨーネ病、乳房炎)

ウ タイ酪農基準に関する規約(The Regulation of Thailand Dairy Farming Standard 1999)

 酪農場の管理技術向上を目的として農業協同組合省によって1999年に定められ、基準を満たした農場は承認農場として登録される。詳細は以下のとおり。

 (ア)農場

  ア 立地条件:酪農場は民家から50メートル以上離れた場所でなければならず、農場から集乳施設までの距離は20キロメートル以内、乳製品工場までの距離は200キロメートル以内であること、周囲5キロメートル圏内に集落、家畜と場、公衆水源、家畜市場が無いこと、周辺農場で伝染性疾病の発生がないこと。

  イ 飼養条件:1頭当たり飼養面積はつなぎ飼いの場合4平方メートル以上、開放の場合6平方メートル以上。牛舎には必要資材などのための十分なスペースを確保すること、水源はふん尿などによる汚染を避けること。

  ウ 牛舎:牛舎は屋根を設置する必要があり、清潔で作業性に優れること、風通し良く堅牢で西又は東側に作業用通路を設置すること、床はコンクリ−ト敷きの場合、地面より高くすること、舗装されない場合、汚水排水システムを設置すること。

 (イ)管理

  ア 牛舎管理:牛舎のひさしは床面から高さ2m以上とし、換気を良好に保ち、飼槽はコンクリート製とし、牛房側床面には飼槽から少なくとも1.5メートルのコンクリート舗装を施し常に清潔に保ち衛生管理を心がけること。ミルキングパーラーの床は全面コンクリート敷きで使用機材は防錆加工されたものとすること。清掃の際は濃度200ppmの塩素系消毒薬などを使用して消毒を行うこと。

  イ 労務管理:DLD所属の獣医師が家畜疾病および農場衛生管理に関する指導を行うこと。各農場は飼養規模・形態に応じ適切な人材配置を行うこと。年1回労働者の健康診断を行い結核などの疾病予防に努めること。

  ウ マニュアルの準拠:酪農家は飼養管理・疾病予防などに関する管理マニュアルに基づき乳用牛の各飼養段階における適切な管理とその評価に努めること。

  エ 記録簿の整理:農場ごとに下記の項目を網羅した管理記録を整備すること。(個体識別、耳標、入れ墨、交配履歴、産歴、泌乳量記録、治療歴、飼料給与記録、会計記録)

  オ 飼料:給与される飼料は飼料品質管理規則(Feed quality control regulations, 1982 and 1999)により承認された業者から調達することとし、ソルガムやコーンなどの穀物飼料は農場で製粉処理することが望ましい。薬物の混入は禁止。また、搬送は専用車両によることとし、肥料や農薬の運搬と共用してはならない。保管に際しては品質劣化の防止策を講ずるとともに、年1回以上、飼料品質検査を行うこと。

 (ウ)家畜衛生

  ア 防疫:作業員は作業開始前後に消毒を行い、牛床およびミルキングパーラーは清潔・乾燥を保つこと。ブルセラ病、口蹄疫、出血性敗血症のワクチン接種、寄生虫の駆除を獣医師の指示に従って行うこと、鼓脹症の発生を予防すること、結核病とブルセラ病の検査を年1回受診すること。新規導入牛については獣医師の検査を受けること。伝染性疾病が発生した場合は家畜伝染病規則(Regulation of animal epidemics 1956 and 2003)に従い管轄地域の獣医師に届け出ること。

  イ 診療:投薬は獣医師の処方に従うこと。輸入抗生剤および駆虫薬の処方に当たっては工業製品規則(The Industrial Product Standard)、動物医薬品処方規則(The Regulation of Animal Medicine Used Control)、動物疾病管理指針(Animal Disease Control Act 1962)、動物伝染病規則(The Regulation of Animal Epidemic 1956 and 2003)に従って特に慎重を期すること。

 (エ)環境保全

  廃棄物は専用のふた付き運搬ケースで運搬、処理すること。死体は消毒液散布の後、地下50センチメートル以上に埋却すること。ふんはたい肥化処理を行うこと。汚水は排水施設の設置により適切な処理を行うこと。

 (オ)搾乳

  搾乳などにより生乳を取り扱う者は作業衣などの清潔保持に留意し、伝染性疾病のまん延防止に努めること。搾乳に際しては乳房および乳頭を洗浄液で消毒し、ペーパータオルで乾燥させる。あらかじめ2、3度搾乳して乳頭内を洗浄してから本搾乳を行う。搾乳後は個体ごとの乳量を記録すること。乳房炎が疑われる場合は搾乳前にCMT法により検査すること。結果が陽性の場合は全量廃棄とし、抗生剤で治療中の乳牛から得た生乳は出荷してはならない。

 (カ)原料乳の貯蔵・運搬

  搾乳後は速やかに集乳施設に搬送すること。酪農家が搬送を行わない場合はタンクを冷暗所に保管すること。集乳後容器の清潔保持に努めること。また、集乳所では酪農家が速やかに容器の洗浄を行うため十分な水を確保すること。バルク冷却タンクに移す前に原乳を低温に保つための装置および冷却タンクを備えること。原乳の前処理施設の洗浄装置を整備すること。

 (キ)乳質検査

  酪農協または集乳所単位で少なくとも月に1度は乳質検査を行うこと。乳質基準は公衆衛生省告示26号(Ministry of Public Health Announcement No.26:1979)および乳製品基準(Standard of Dairy Milk Product :1987)に準拠すること。

エ タイ酪農基準に適合する原料乳品質基準

  タイ酪農基準で承認を受けた酪農場産の原料乳が満たすべき品質基準は以下のとおり。

  ア 乳成分:全固形分12%以上、脂質3.2%以上、タンパク質2.8%以上、無脂乳固形分(SNF)8.25%以上。なお、SNFの水準で比較するとこれは日本の昭和52年時の水準に相当する。

  イ 加水を検出する検査:氷点-0.52〜-0.525℃の範囲内で、20℃で比重測定した場合比重1.028以上であること。

  ウ 微生物検査:メチレンブルー還元試験で青色消失までに4時間以上かかること、1時間のレサズリン色素試験で4.5ポイント以上であること、細菌数として40万cfu/ml(1mlの試料に何個のコロニーを作る細胞が含まれているかを示す単位)以下であること、大腸菌数は1万cfu/ml以下であること、低温殺菌後菌数(Laboratory Pasteurized Count:LPC)が1,000cfu/ml以下であること、体細胞数(Somatic Cell Count: SCC)が50万個/ml以下であること。また、タイ医科学局が提供するテストキットなどによる試験で抗生物質検査が陰性であることとされている。なお、純粋種ホルスタインの場合一般的にはSCCが20万個/ml以上の場合、多くの場合搾乳された牛が乳房炎に罹患していることが想定されるほか、LPCが200cfu/ml以上である場合は、不適切な衛生管理または乳石の沈着との関連が想定される。

(3) 学乳制度

 タイの学乳制度は学童の栄養改善、生乳の国内生産振興などを目的に、1992年に幼稚園児のみを対象として約70万人に対し、年間120日供給体制で開始された。その後対象範囲が拡大され、1998年以降は幼稚園児から小学校4年生までが対象範囲となり、2004年には総対象児童数およそ600万人、年間230日供給体制とされた。当制度の運営においては担当部局が複雑に分かれており、供給業者への割当に際する不正問題などで制度の存続自体が危ぶまれたこともあり、現在も混乱が収束しきれていない状況である。また休学期間中の余乳発生問題も毎年のように発生している。タイの学校休業期間は4月の1カ月間と10月初めの2週間の2回となっている。

 なお、2004年の予算額は地方行政局所掌が全体の93.4%を占める63億7,085万バーツ(172億円)、バンコク特別市、パタヤ市、個別教育委員会事務所、タイ王室警察の所掌分が残りの6.6%である4億9,818万バーツ(13億4,500万円)となっている。

 学乳の配布は、朝8時から始まる朝礼時に配送車で配達されたピローパック入り200ミリリットルを各クラスの日直が受け取り、朝礼終了後配布される。その後、8時30分に授業が開始されており、日本のように給食時に配布されるのではなく牛乳のみで配布される。

学乳配送車 日直によるミルク回収
 
朝礼時に配布されたミルクを飲む児童  

(4) 酪農振興団体

酪農協の概要

 タイが酪農振興を推進する上で農業協同組合が果たす役割は大きく、酪農協は農業協同組合省協同組合振興局の管轄の下、組合員の生活水準の向上を目的として組織されている。主な役割に、営農資金の融資、生活用品の安値販売のほか、原料乳出荷に際しての仲介を行っており、具体的には集乳所の運営を行う。集乳所で引き取られる際の乳価は基本価格に個別農家の乳質(乳脂率、タンパク含有率、細菌数、水分含量、沈殿物、農場の衛生条件など)が加味されて決定される。その他としては人工授精サービス、配合飼料の販売、農協の出資金や積立金を組合員に拠出させることによる貯蓄の奨励や、飼養管理などに関する営農技術研修の開催などである。

 2003年現在、タイ酪農協同組合連合会傘下で117酪農協が活動を行っており、これは農家戸数にして18,000戸、飼養頭数29万6千頭に上る。

 酪農協に対しての政府の補助は酪農協の設備投資に関する融資の提供、酪農振興プログラムに基づく農家研修、酪農協運営に際する研修、農家への飼料・素畜購入に際しての融資提供などがある。

ア 協同組合設立要件および農家加入条件

 タイの酪農家は、酪農協の組合員とそれ以外の独立経営農場に大別されるが、一般的に酪農協に所属する場合が多い。独立経営農場は経営規模が大きい場合が多く、これらの農場は各自で乳業工場の集乳所へ出荷する必要があり、乳業会社は保証価格で生乳を買い取るが、酪農協組合員のようにきめ細かいサービスの提供を受けることが出来ない。

 協同組合設立の要件として60世帯以上の参加、総乳牛頭数300頭以上、農家の立地は集乳所から20キロメートル以内にあることとされている。

 個別農家の協同組合への参加要件は、まず酪農技術研修を受講すること、10ライ(1.6ヘクタール)以上の用地を確保し、飼養頭数が5頭以上であることが望ましいとされている。農家は加入申請に際し1,000バーツ(2,700円)程度の申込金を支払い、組合は売り上げの1〜2%をサービス料金として徴収する。

イ ノン・ポ酪農協(タイ酪農協のモデル事業)

 酪農協としては国内最大規模であるノン・ポ酪農協は1971年にバンコクの南西約70キロメートルに位置するラチャブリ県に設立され、2003年現在、組合員数3,096世帯を数える。設立当初より酪農協のモデルケースとして王室の援助を受け、各地に32の支所を持ち、年1回支所の代表者が集まって評議会を開催する。酪農協の業務として飼料生産工場を運営しており、生産量は1日100トン以上とされている。また1980年以降は牛乳処理工場が稼働している。2003年生乳処理量は1日当たり256トン、うち約半数はパスチャライズド牛乳として加工され、酪農協が直接配給する。残り半数はUHT処理されバンコクの代理店を通して販売される。人工授精サービスでは輸入凍結精液または血統証明のある種雄牛の精液が使用される。獣医療サービスは、カセサート大学家畜診療所およびDLD所属獣医師により実費で提供される。

ノン・ポ酪農協に所属する酪農家

(5)酪農の現状

 DLDは、国内消費拡大キャンペーンを推進することで年10%の消費拡大を目標としている。

ア 流通フローチャート

 タイの生乳流通フローを以下に示した。

生乳生産から流通までのフローチャート

 (ア) 酪農家

  酪農場は大きく(1)タイ酪農振興公社(DFPO)傘下の農場、(2)地域ごとの酪農協に所属する農場、(3)政府機関所属農場、(4)独立経営農場の4類型に分類される。生産段階の課題としては乾季の粗飼料不足による高コスト化、労働者の不足などにより飼養管理が徹底できず、低受胎率、乳房炎の頻発、乳量低下などを引き起こすこと、また流通に際しても集乳や搬送の際のインフラコストが高いこと、保冷設備が十分でないことなどが挙げられる。

 (イ) 集乳所

  集乳所は酪農協が運営する場合と乳業会社が運営する場合があり、ここで原料乳の品質検査が行われ、この結果に応じて乳質改善のための指導がなされる。乳質を判定し農家販売乳価を決定する基準として、メチレンブルー検査の結果が4時間以内の場合11.2バーツ/リットル、4〜5時間の場合11.4バーツ/リットル、6時間以上の場合11.6バーツ/リットルなどに区分されている。抗生物質の残留が検出された場合、乳価の30倍の反則金を課せられることもある。

集乳所の貯蔵施設(チャイバダン酪農協)

 (ウ)乳業工場

  タイでは生産された原料乳はほとんどすべて飲用乳に加工される。乳業会社は生乳受け入れに際しタイ乳製品工業協会(Thai Dairy Food Industry Association)の規定により受け入れ拒否が出来る。この規定で受け入れ拒否ができる事例は、抗生物質の残留がある場合、メチレンブルー試験で変色までの時間が3時間未満の場合、アルコール試験(濃度70%)で不合格の場合、乳酸値0.17%以上の場合、原乳温度が摂氏8度以上の場合、とされている。なお受け入れ拒否された原乳は色付けされた後、子牛への給与などに用途が限定される。

 (エ)市場

  このようにして生産された飲用乳は、その59%が一般市場向け、41%が学乳仕向けとされる。

イ 育種改良事業・人工授精サービスの現状

 国内に人工授精所は9カ所あり、これら人工授精センターのAIサービスを受ける要件として酪農協の組合員である必要がある。DLDによると、これら9カ所のAIセンターから年間4万頭の乳用牛を生産することを目標としている。しかしながら、2003年の人工授精実績は平均受胎率72.3%、同生産率38.2%とされ、低受胎率の改善が課題とされている。なおこれらAIセンターによる同年の人工授精実績は全体でおよそ30万件、うち最も多いのはホルスタイン血量87.5%の精液利用で、純粋種はおよそ1%となっている。

ウ 家畜衛生を取り巻く状況

 DLD所属の家畜疾病対策・獣医サービス室の調べによると、2003年にもっとも被害の大きかった疾病は口蹄疫で、疾病発生件数全体の99%に相当する。

疾病発生状況(2003)
出典: Bureau of Disease Control and Veterinary
Services Infomation and Statistice Group,
Information Technology Center,
Department of Livestock Development Tel. 0-2653-4925

また1998年のDLDによる調査では乳用牛で被害が大きいのはブルータング、カタル熱、バベシア(ピロプラズマ病)、乳房炎、イバラキ病などとなっている。DLDは個別酪農家に対し衛生指導を行っているものの、2003年現在タイ酪農基準に基づき承認を受けた農場は548件に過ぎない。

(6)酪農の事例

ア チャイバダン酪農業協同組合

 従来、同酪農協は総合農協として運営しており、兼業で酪農部門を持っていた場合生乳出荷はDFPOへ行っていた。1990年6月にサラブリ県にCPメイジの乳業工場が設立されたことに伴い、酪農協に特化してCPメイジの傘下に組み入れられた。CP側からの条件提示としては総額2,000万バーツ(5,400万円)の低利融資の提供、生乳配送車の提供、集乳所の整備、日本の精液導入、営農指導など。90年当初の酪農協の生乳出荷量は1日3トン程度であったが、2004年現在では同13.4トンまで拡大している。現在登録組合員数148戸、うち生乳出荷136戸。組合員数増加目標を年間10戸とし、5年前に比べ組合員数は倍増している。近年は規模の拡大に伴い専業化が進展している。集乳方法としては、集乳所隣接農家は自力で搬入、集乳範囲は集乳所から20キロメートル圏内で、遠方の農場には集乳車が巡回する。搾乳から2時間以内に集乳所へ搬入するのが原則。原乳の農家販売価格は基本価格が11バーツ/リットル(30円)、品質により最大0.7バーツのプレミアがつく。工場買取価格は保証価格12.5バーツ(33.75円)で固定されており、この差額は集乳所(組合)の管理運営費に充当される。

チャイバダン酪農協に所属する酪農家

 各種技術指導はDLDの獣医師のほか、飼料会社、CPメイジなど。衛生指導は主にCPメイジが担当し、抗生物質検査および細菌検査に関して定期的に指導を行っている。

 乳牛のホルスタイン血量はおよそ90%、5産平均で泌乳期間300日、組合の平均乳量は12キログラム/日。経産牛は肥育せずに出荷し、取引価格は1頭12,000〜13,000バーツ(32,400円〜35,100円)。後継牛は自家育成であるが、組合が雌子牛の飼い上げを行い、直轄牧場で飼養種付けし初回分娩3カ月前に新規農家へ売却するという事業を行っている。子牛買い入れ価格は生体重40キログラムで2,500バーツ(6,750円)、1キログラム増加ごとに50バーツ追加、最大50キログラムまで買い上げを行う。また農家への初妊牛売却価格は35,000バーツ(94,500円)で分割払いは応相談とされる。

乾草保管状況(チャイバダン酪農協所属農家)

 DLDが雄子牛肥育補助事業計画を発表したため、今後は酪農協による肥育事業の立ち上げを検討中ということであった。

 組合員の平均年齢は従前の者で50代、新規参入者は40代。20頭程度の飼養規模農家が多く、10〜50ライ(1.6〜8ヘクタール)の農地を所有し、主にペンクラと呼ばれるバヒアグラスの一種の牧草(Pensacola)を採草用として稲作の裏作などで作付けしており、ルーシーを放牧用に生産している。一部ではコーンサイレージを作成。購入飼料としては稲わら、濃厚飼料などで、ヒマワリ、キャッサバなどのタイの特産である農業副産物の利用も盛んである。その他フィッシュミール、大豆粕(主に米国からの輸入)など。

 その他組合員へのサービスとして、生乳出荷時に1キログラム当たり0.2バーツ、年利7%のリタイア後のための積立金制度を行っており、他方組合員への営農融資として年利13%のローンを提供している。

イ ノン・ポ酪農業協同組合

 バンコク市と隣接するラチャブリ県は都市化の進展により近年地価が上昇しており、酪農家の多くはつなぎ飼いを行う。典型的な経営形態としては搾乳牛10〜20頭規模の家族経営で、飼養される乳牛のホルスタイン血量は全国平均よりやや高めの87.5〜90%が中心で、乳量も平均的には14〜15キログラム/日、飼養管理の良好な経営で18〜20キログラム/日。大規模経営体の場合、ネピアグラスやセーコンと呼ばれる牧草を主体に改良牧草の使用も見られるがマメ科は少ない。中、小規模農家の場合、雑草をそのまま刈り取って給餌することが多い。購入飼料としては稲わらが中心で、15キログラムブロック20〜23バーツ(54〜62円)で取引される。農業副産物の利用としてはベビーコーンの副産物、パイナップルの皮などを利用。濃厚飼料はノン・ポ酪農協からの購入を中心に一部民間から購入。CP、ベタグロ、レムトンなど。FTA協議に対する農家の反応をノン・ポ酪農協連合の役員であり農協付属獣医診療所の獣医にインタビューしたところ、農協レベルでは不安が高まっており、政府に訴える者もあるが、末端農家レベルでは実際に乳価が下落するまで不安や不満は生じないであろう、とのこと。

ノン・ポ酪農協に所属する酪農家

(酪農家A)

1986年に乳牛4頭から酪農を開始。現在の搾乳牛頭数34頭、搾乳量は約400キログラム/日。搾乳は牛が好きな娘の1人が専任で行い、他の者は絞らない。稲作、畑作(ベビーコーン、サトウキビ)との兼業。労働力は両親と本人夫妻、娘3人。飼料畑5ライ(0.8ヘクタール)、草地は全体で15ライ(2.4ヘクタール)。空胎牛には主に稲わらを給与し、泌乳牛にはヤングコーンかすを給与。種付け用として、自家産の雄を3頭飼養しており、3年くらい種付けに利用している。AIサービスは対応が早く、サービスが良いという理由から民間の授精師を利用。ただし受胎率は高いが値段も高い。

ヤングコーン副産物

(酪農家B)

1992年に搾乳牛4頭から酪農開始。現在の搾乳牛13頭、本人夫妻と子供のうち2人が手伝い稲わらなどの購入飼料で保存がきくものは安いときにまとめ買いし、庭先に保管している。牧草地3ライ(0.48ヘクタール)、ベビーコーン3ライ(0.48ヘクタール)。

ウ チョクチャイデイリーファーム

 国内最大規模の酪農場で観光施設を併設し、生産施設見学コースのプログラムがある。総敷地面積20,000ライ(3,200ヘクタール)、乳牛飼養総数5,000頭。社長のチョクチャイ氏が1952年に開設した。社長のカウボーイへの憧れを反映し、見学プログラムの中には乗馬体験コースや乗馬ショーなどが見られる。牧場玄関部分およびバンコク市内にアンテナショップを持ち、アイスクリームなどの乳製品販売やステーキハウスを経営する。牧場構内には採草地(機械化によりロールサイレージを作成)のほか、タイの特産品であるヒマワリが植栽され、鹿、ダチョウ、ラクダなどの特用家畜を主に見学者向けに飼養している。

大規模パドック(チョクチャイ牧場) チョクチャイ牧場の見学プログラム(ロデオショー)
 
チョクチャイ牧場の搾乳体験ツアー  

(以下、「続編」に続く。)


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