特別レポート

タイの養豚産業の現状と課題 ―豚肉調整品の輸出拡大を目指す―

シンガポール駐在員事務所 林 義隆、斎藤 孝宏、佐々木 勝憲
  1. はじめに
  2. タイ養豚産業の概況
  3. インテグレーターの概要
  4. 養豚産業が抱える問題点
  5. FTAの進展が養豚産業に与える影響
  6. 今後の展望
  7. おわりに

1 はじめに

 タイは、米の輸出量が世界第1位となっているほか、砂糖やエビ類などの輸出でも上位を占めるなど、世界でも主要な農産物輸出国であり、日本との農産物貿易でも、鶏肉調製品やエビ調製品などの輸入先として良く知られている。近年では、タイにおいても製造業などの発展に伴い、GDPに占める農業生産の割合は低下しているものの、就業人口に対する農業従事者が約5割を占めることや、地方では農水産業が主要産業であることなどから、農業は現在でも主要産業として重視されている。最近では一次産品だけでなく、より収益性の高い加工調理品の輸出にも力を注いでおり、増加する世界の食料需要を好機ととらえ、同国を「世界の台所(キッチン・オブ・ザ・ワールド)」とすべく、国を挙げて世界の市場拡大に向けた取り組み進めている。

 このような状況下で、近年同国産の豚肉調製品の輸出が増加しており、同国アグリビジネス企業では、ブロイラー関連事業とともに養豚関連事業にも積極的な投資が行われている。本稿では、主にアグリビジネス企業を中心とした養豚産業の現状および現在進められているFTA交渉などが養豚産業に与える影響などについて報告する。


2 タイ養豚産業の概況

(1)飼養頭数は80年代後半から増加

 同国における養豚産業は、70年代までは庭先養豚や小規模な養豚場による飼養が中心であったが、73年に英国と米国から繁殖用の豚を輸入したのが発展の基礎となったとされており、同時に飼養管理や獣医医療体制などのシステムも導入された。ただし、大手インテグレーターの参入により、ブロイラー産業が70年代前半から飛躍的に発展したのに比べ、同国の養豚が産業としての発展を遂げ始めるのは、主に80年代後半以降のことである。

 ブロイラーについては、もともと鶏肉の国内需要が多い上に、輸出仕向けの生産が加わったことにより飼養羽数が大幅に増加してきたが、豚肉についてはほぼ国内需要分の生産が行われてきた。それでも、80年代以降には大規模農場の建設や豚舎の冷却装置の採用など、大手インテグレーターによる商業生産基盤の整備とともに豚の品種改良が続けられた結果、90年代初頭には飼養頭数が8百万頭台に達し、97年には1千万頭と過去最高となった。しかし、同年に起こったアジア通貨危機の影響により、97年をピークに翌年以降は6〜8百万頭台で推移している。なお、近年では、経済状況は回復してきているが、原油や飼料価格の値上がりなどコスト高の問題が深刻となっている。

 豚の飼養規模別の農家戸数をみると、飼養頭数が100頭規模以上の農家戸数が徐々に増加しているものの全体の約1%を占めるにすぎず、飼養頭数が20頭未満の農家戸数が全体の約9割を占めている。特に1〜4頭規模が全体の約6割を占めるなど、依然として庭先養豚を中心とした小規模な農家が多い。

 タイ農業・協同組合省畜産開発局(Department of Livestock Development: DLD)によれば、同国内で1,962カ所の養豚場がDLDに登録されているとしている。ただし、1〜4頭規模を中心とした庭先養豚農家については未登録の農家も多く、全体像の把握は難しいとしている。生産された豚の集荷については、大手インテグレーターやそれとの契約農家から出荷される豚は、HACCPやISOなどを取得済みの大規模な処理施設で加工され、国内消費用のほか輸出用にも仕向けられる。インテグレーターと契約関係にない小規模農家の場合、ミドルマンと呼ばれる仲買人を介した取引が主体となっており、この場合は、全国に887カ所ある小規模な処理施設で加工され、その大部分が国内消費用とされる。

(2)AIの影響を受ける豚肉消費動向

 同国における食肉の消費量は、鶏肉が最も多く次いで豚肉、牛肉の順となっている。1人当たりの豚肉消費量は、マレーシア、インドネシアおよびフィリピンなどと比較すると、イスラム教徒が多数を占めるインドネシアよりは多い。なお、同じくイスラム教を国教とするマレーシアを下回っているが、これはマレーシアには、豚肉を好む中国人が3割を占めるためであると思われる。

 タイにおける豚肉の消費量を年度ごとにみると、アジア通貨危機後の2000年を境に近年は漸増傾向を示している。これは、経済回復による所得増加や、2004年以降AIが発生したことに伴う鶏肉需要からのシフトがその要因と考えられる。豚の農家販売価格(全国平均)やバンコク市場における卸売価格をみても、94年から2003年までの10年間では緩やかな上昇傾向を示していたが、2004年には両価格とも前年比で約30%上昇しており、その後もほぼ同水準を維持している。タイの養豚生産者団体(The Pig Raisers Association of Thailand)は、農家の生産意欲が強まることなどにより、2007年の豚飼養頭数は約864万頭まで増加すると予想している。併せて、豚肉消費量についても、引き続き鶏肉などからの需要のシフトが続くことにより、2007年は前年比で10%程度増加するとの見通しを示している。

(3)口蹄疫が養豚産業に与えた影響

 養豚産業の発展に対し大きな障害になったと考えられるのが、同国で発生している口蹄疫である。同国は、国際獣疫事務局により口蹄疫の常在地域とされており、70年代以降、外国からの技術援助も含め清浄化対策を実施している。しかし、周辺の口蹄疫汚染国からの家畜の不正輸入などの問題もあり、国際基準に基づく口蹄疫清浄地域は存在しない。

 このため、大手インテグレーターが80年代後半以降、養豚事業に参入したものの、ブロイラー事業が当初から輸出を志向して拡大を図ったのに対し、豚肉の輸出には大きな制約があったため、国内需要向けが中心となっていた。豚肉の輸出数量は、80年代までは数十トン程度で推移しており、90年代以降、徐々に増加しているものの、年次により輸出数量のバラツキは大きい。

 現在でも、同国産の豚肉を輸入する国・地域は限られており、日本も同国からは加熱処理した豚肉しか輸入を認めていない。現在、同国産の生鮮冷凍豚肉の輸出はほとんどが香港向けで、2004年以降は香港向けの比率が99%以上となっている。過去5年間では、2002年の輸出数量が約1万1千トンであったが2003年以降は総じて減少傾向にあり、2005年は約5,900トンと2002年の約半分にまで減少している。また同年の輸出額は約5億6千万バーツ(約19億6千万円:1バーツ=3.5円)となっている。

 一方、豚肉調製品の輸出量は年々増加しており、2002年の輸出量は約1,900トンであったが、2005年は約5,800トンと約3倍まで増加している。豚肉と豚肉調製品の輸出割合は、2001年には全体の輸出量に占める豚肉調製品の割合が約2割程度であったが、2005年には約5割まで増加している。2006年の豚肉調製品の輸出額をみると、全体の約50%が日本向け、約28%が英国向けとなっており、この2カ国で全体の約8割を占めている。また、英国を含むEU諸国向けは約43%となっており、全体の9割以上が日本とEU向けで占められている。生鮮豚肉はほとんどが香港向けとなっていたが、豚肉調製品の香港向けの比率はわずかに1%程度となっている。

 同国からはインドシナ半島の近隣諸国を中心に豚の生体輸出も行っており、輸出頭数は豚肉調製品と同様に増加傾向で推移している。豚の生体輸出頭数は、2001年には1万2千頭であったが、2005年には7倍近い8万3千頭まで増加している。輸出先については、2005年はほぼすべてがカンボジアとラオス向けである。これらの近隣諸国の場合、生体取引が主流になる要因として、食肉による輸出では輸送や保管などに問題があり、鮮度を保つのが難しいためとされている。

表1 豚肉需給推移

資料:Department of Livestock Development


表2 豚飼養規模別農家シェア

資料:National Statistics Office


表3 豚農家販売価格(全国平均)および卸売価格(バンコク市場)

資料:Thai Feed Mill Association


表4 豚および豚肉など輸出額


資料:Office of Livestock Standard and Certification,
    International Animal Quarantine Station,
    Bureau of Disease Control and Veterinary Service


表5 豚および豚肉など輸出数量
資料:Office of Livestock Standard and Certification , International
    Animal Quarantine Station


豚生体卸売価格推移(バンコク市場)



表6 国・地域別豚肉(冷凍・冷蔵)輸出額

資料:Global Trade Information Services


表7 国・地域別豚肉調製品輸出額

資料:Global Trade Information Services

表8 国・地域別生体輸出頭数

資料:Office of Livestock Standard and Certification , International
    Animal Quarantine Station


3 インテグレーターの概要

(1)大手2社がけん引する養豚産業
 
 同国では飼料会社を中核としたインテグレーターにより、養豚や養鶏などの産業化が促進されてきた。同国最大のアグリビジネス企業であるチャロン・ポカパン(Charoen Pokphand:CP)グループや第2位のベタグロ(Betagro)グループなどは、60年代にその基礎となる飼料会社を設立している。飼料会社としての基礎を固めた後、70年代に入り種鶏の飼育やヒナの供給などを開始しブロイラー産業に進出している。これらの飼料会社がブロイラー産業に進出した理由としては、畜産を開始するに当たり、もともと飼料会社としての基盤があることに加え、同国において比較的高い鶏肉需要があるからである。養豚への進出は、おおむね80年代に入ってからであり、豚の肥育については、ブロイラーと同様に契約農家への委託が積極的に採られている。大手インテグレーターは、子豚、飼料などのほか動物医薬品などについて、ほぼグループ内で生産・調達し農家へ供給する体制を構築するとともに、契約農家に対する飼養管理方法の指導などを実施している。

 養豚産業の生産額の規模は、2006年時点で約260億バーツ(約910億円)程度とされ、正確な統計はないもののDLDなどによれば、同国の豚肉生産量に占めるインテグレーターの生産割合はおおむね3割程度とされている。インテグレーターの生産量のうち、CPグループが全体の7割、ベタグログループが全体の2割程度のシェアを持つとみられている。なお、2005年における繁殖雌豚の飼養頭数は、CPグループが20万頭、ベタグログループが5万頭とされている。また、これらの企業の飼料部門の規模は、CPグループが国内飼料生産量のうち約4割、ベタグログループが約2割を生産している。この両社については、飼料の自社消費割合がともに約5割であり、自社グループ内で大部分の飼料を消費する企業グループもある中で、国内有数の飼料販売会社ともなっている。ちなみに、2004年の飼料生産量は全体で約1,179万トンであり、このうちブロイラー用が約491万トン、養豚用が約379万トンとなっている。

(2)主要インテグレーターの概要

 (1) チャロン・ポカパン(CP)グループ
  CPグループは、同国最大のアグリビジネス企業グループであるが、現在では農業や食品分野を中核とし、通信や不動産などの分野にも進出している。同グループは、1921年に設立された種子販売会社がその基礎となっており、50年代には家畜飼料の販売などに進出し業務を拡大した。養鶏産業への進出は、71年に米国のアーバーエーカー社と合弁でブロイラーの原種・種鶏場を設立したのが始まりで、その後、養鶏場や加工処理施設などを設立してインテグレーションを開始した。

  同グループは、70年代後半には養豚のほかエビなどの養殖にも進出を開始し、飼料供給から加工処理までの生産体制を整備してきている。現在では、アセアン諸国を中心に中国、インド、トルコなどにも進出し、現地で飼料生産のほか畜産やエビの養殖などを手がけている。

  2004年における同グループの総売上高は、前年比10%増の約918億バーツ(約3,213億円)となり、海外の連結子会社などを除く国内事業部門の売上は約777億バーツ(約2,719億円)となった。国内事業部門は大きく分けて、畜産関係部門と水産関係部門に分かれており、畜産関係部門の売り上げは国内事業部門の7割強を占めている。同部門における飼料や素畜、食品などの各関連事業の売上は約570億バーツ(約1,996億円)で、このうち養豚関連の売上は約25億バーツ(約88億円)とされている。

 (2) ベタグロ(Betagro)グループ
  ベタグログループは、CPグループに次ぐアグリビジネス企業であり、飼料および養豚部門における生産量は国内第2位となっている。同グループは、1967年に設立された飼料会社がその基礎となっており、CPグループと同様にブロイラー生産から養豚生産へと事業規模を拡大してきている。海外事業へも積極的に進出しており、90年代後半には中国やベトナムなどで飼料生産や販売も実施している。同グループの特徴としては、外資企業との積極的な合弁により事業拡大を進めてきた点であり、合弁事業の相手先としては日系企業も多い。同グループは既に80年代から合弁事業を手がけており、最初の相手先は日系企業であった。さらに90年代には複数の日系商社や食品会社などとの間に合弁企業を設立している。また、2004年の売上は約200億バーツ(約700億円)とされており、同社の売上に占める輸出の割合は約8割を占めるといわれる。

  同グループでは生産農場および処理施設の拡充を計画しており、今後、繁殖雌豚を約6千頭増やすとともに1日当たりの豚処理能力を2千頭にする予定としている。

 (3) カーンチャナ(Kanchana Fresh)グループ
  養豚産業におけるカーンチャナグループのシェアは約8%前後である。2004年の同グループの総売上は約10億5,800万バーツ(約37億円)で、このうち養豚関係の売上は全体の約4割を占める約4億4,200万バーツ(約15億4,600万円)となっている。上位インテグレーターの中では、養豚部門が総売上に占める割合が比較的高い部類に属する。同グループは、主に国内市場を中心に取引を行っており、同国内の流通チェーンであるTesco Lotus社、 Makro社、Carrefour社などに製品を供給している。

 (4) レムトン(Laemthong)グループ
  レムトングループは業界第4位であるが、グループ全体の売上規模では、業界3位のカーンチャナグループより大きい。また、レムトングループは、規模は小さいもののCPグループと同様に飼料部門や養鶏部門、水産部門などを所有しており、総合アグリインダストリーとなっている。レムトングループの総売上に占める養豚部門の割合は2.3%しかなく、業界第3位の飼料部門などが同グループの主力となっている。

 (5) その他
  ミトラパップ(Mittraphap)グループは、もともとは養鶏産業中心に規模を拡大してきたが、97年に養豚産業に参入して現在では業界第5位の規模となっている。タイ中部に4カ所の農場を所有しており、繁殖雌豚の飼養頭数は合計で1万頭となっている。

  フレッシュミート(Freshmeat Food Product)社は、バンコク南部のナコンパトムに主力工場を持っている。HACCPなどの衛生基準もクリアしており、アジア地域ではCarrefour社へ豚肉および豚肉調製品などの納入が認められた最初の企業である。

(3)農家との委託契約方式

 タイのアグリビジネス企業は、飼料の生産から種鶏や種豚の飼育、ヒナや子豚の生産・供給に始まり、肥育から加工処理、輸出までの一貫した体制を築くことにより、主に輸出を志向とした生産拡大を実施してきた。この中で、肥育部門については、契約農家に委託する方法が採用され広く実施されてきている。これは、急速な生産拡大に対応するためとリスク管理を契約農家に負わせることにより生産コストの削減を図ることが主な理由として考えられている。

 農家との契約方法は数種類あるが、インテグレーターから供給された子豚を肥育して出荷時の体重に手数料を乗じる契約内容が最も一般的である。ある契約事例では、農家に供給される子豚はおおむね15〜20キログラムで、飼料やワクチン、そのほか必要な資材も併せて支給される。肥育豚が90〜100キログラムに達すると、インテグレーターが出荷の日時などを決定し、増体分についてキログラム当たり1.5バーツ(約5.3円)が支給される。また、豚が死亡または病気に罹患(りかん)した場合などはインテグレーターにより処分されるが、その比率が全飼養頭数の4%以下であれば、報奨金が追加支給されることになっており、処分頭数が1%台の場合は残りの豚1頭につき700バーツ(約2,450円)、2%台の場合は同500バーツ(約1,750円)が支給される。

 また、農家には豚の適正な飼養管理および飼養日誌の記帳が義務付けられており、給与した飼料の量や健康状態のチェックなどについて報告が求められる。豚が死亡または病気に罹患(りかん)した場合、農家はインテグレーターに対し速やかな報告が義務付けられている。また、死亡した豚はインテグレーターが回収するまで保管することとなっており、農家による廃棄処分は認められていない。さらに、インテグレーターが農家の飼育管理に問題があると判断した場合、中途解約の実施とともに罰金を徴する条項も設けている。

 飼料についても、標準使用量が定められており効率的な飼養が要求されている。また、在庫数量の確認も常時実施することが義務付けられており、本事例においては、破損や紛失などの場合には1袋当たり500バーツ(約1,750円)の罰金が課されるほか、未使用分についてはほかの資材と併せてインテグレーターへ返却することなどが規定されている。


4 養豚産業が抱える問題点

(1)高まる食品安全性への関心

 近年は、タイにおいても消費者の食品衛生への関心の高まりなどにより、食肉の安全性についても重視されるようになってきている。90年代後半には、同国の冷凍豚肉の最大の輸出先である香港において、タイ産豚肉の残留抗菌剤などが問題視され、輸入禁止措置が実施されている。タイ国内においても、ウェットマーケットなどで2003年に実施された食品検査で、豚肉などから肉質の発色を良くする効果があるとされるサルブタモルが検出されたほか、その後も人体に重大な副作用を及ぼすクロラムフェニコールやテトラサイクリンなどの残留抗生物質や抗菌剤などが検出されている。

 これらの残留薬物問題は、口蹄疫とともに同国産豚肉の輸出にも大きな影響を与えることから、同国政府により農場や処理施設においてサンプリング調査が実施されるとともに、基準を超える薬物の残留が認められた場合には、出荷禁止や罰則の適用などの手段が講じられた。CPグループやベタグログループなどの大手インテグレーターも、契約農家などに対し厳格な飼養管理や衛生基準を策定するとともに、直営農場や高度加工処理施設の設置を進め、トレーサビリティの確保に努力している。

(2)環境問題

 同国では、農畜産業の発展に伴い、環境汚染が問題となってきている。その代表例がエビの養殖で、沿岸地域から内水面養殖へ移行してきたことより、近隣の水田などに塩害などの被害を与えるとともに、抗生物質などによる土壌の汚染が懸念されている。

 畜産についても、家畜排せつ物などによる悪臭や河川の汚染などが問題視されてきた。大規模な養豚農場の増加が河川汚染の直接の要因とされた事例としては、タイ中部平原地域を流れるバンパコン川の汚染悪化が有名であり、同国公害管理局(Pollution Control Department:PCD)は2001年、養豚農場からの排せつ物により同河川の汚染が悪化したと認定している。現在では、大規模・中規模養豚農場に対する排出基準は制定されているものの、小規模・零細に農家に対する排出規制が未整備であり問題視されている。

 同国では、家畜排せつ物による環境問題に対応すべく、農業・協同組合省農業拡張局(Department of Agricultural Extension:DOME)、DLDおよびエネルギー政策局(National Energy Policy Office:NEPO)は、養豚農家などに対しバイオガスシステムの導入を進めている。本システムは、家畜排せつ物などのふん尿貯蔵池から発生しているメタンガスを回収の上、発電用の燃料などとして活用し、環境負荷の軽減を図ることを目標としている。システムの設置に必要とされる費用も、1農場当たり15万バーツ(約52万5千円)以下とされ、設置費用の4割から6割程度が政府により補助されるとしている。

表9 インテグレータ市場占有率推計(2006 年)

資料:上位数社より聞き取り

表10 会社別繁殖雌豚飼養頭数(2005 年)

資料:Department of Livestock Development


表11 主要会社の飼料生産量(2004 年)

資料:シンガポール駐在員事務所調べ


表12 会社別豚肉生産量
資料:Department of Business Development, Office of Agricultural
    Economics


表13 会社別豚肉関連部門利益

資料:Department of Business Development


表14 CPグループ総売上額内訳

資料:Charoen Pokphand Foods PLC


表15 Kanchana グループ総売上額内訳

資料:Department of Business Development


表16 Laemthong グループ総売上額内訳

資料:Department of Business Development


表17 Mittraphap グループ総売上額内訳

資料:Department of Business Development


5 FTAの進展が養豚産業に与える影響

(1)タクシン前政権下における積極的なFTA交渉

 アセアン地域では、地域内の自由貿易構想としてAFTA(ASEAN Free Trade Area)が92年に合意され、アセアン地域の競争力の強化や域内経済の活性化などに向けて域内の貿易自由化が促進されてきた。域内の貿易自由化が促進される中で、タイではタクシン前政権下において、ケアンズグループの一員として、世界の主要国との間で農産物の自由化を念頭に積極的なFTA交渉を実施してきた。同国は2002年、バーレーンとの間にFTA枠組み協定を合意した後、豪州やニュージーランドとの間にFTA協定を締結したほか、日本との間でも2005年に両国首脳間で基本合意に達した後、2007年4月にFTAに署名した。ほかの主要国との間では、中国およびインドとは2010年までのFTA締結で合意している。中国とはアーリーハーベスト措置として、2003年10月より野菜、果物の関税を撤廃したほか、2005年7月以降は、センシティブ品目を除き関税の引き下げを開始している。

 しかし、タクシン前政権が2006年9月に勃発した軍事クーデターにより崩壊すると、タイ国内の政治運営に混乱が生じ、FTA交渉の進捗にも影響が出始めている。クーデター後に成立したスラユット政権は、タクシン前政権が推進していたFTA交渉について見直しを始めており、国民への情報開示や国会での議論を重視する姿勢を打ち出している。日本とタイの間におけるFTA交渉も、両国首脳間で大筋合意に達していたにもかかわらず調印までに時間を要したのもこの影響が大きい。タクシン前政権下では、政府レベルでFTA交渉を強力に推進してきたが、今後の動向が注目される。

(2)主要国とのFTA進展による影響

 (1) 豪州
  豪州との間では、2005年1月1日付けでFTAが発効している。豚肉に係る関税については、2006年時点で冷凍・冷蔵豚肉などが30%、ハム・ソーセージ類が24%となっているが、2020年までには撤廃されることになっている。

  タイと豪州間の2国間貿易では、豪州に対しタイ産豚肉の輸出実績はないが、タイにおいて豪州産豚肉の輸入実績はここ数年増加傾向で推移している。タイ政府は、豪州とのFTAにおいて牛肉や酪農を含む畜産関係は影響を受けるものの、果実の輸出が増えるなど農業全体としては大きなダメージはないとしている。また、本FTAにより豪州から輸入しているワクチンの関税が下がるため、タイの農家はその恩恵を受けるとされているが、生産費全体に占める割合は低いためその効果は限定的とみられる。

 (2) インド
  インドとは2003年にFTA枠組み協定を合意しており、2004年より熱帯果実、シーフード缶詰、家電製品や自動車部品など82品目の前倒しの関税撤廃(アーリーハーベスト)を実施している。豚肉や豚肉調製品については、この対象とはなっておらず、当初の予定であれば2010年には関税を撤廃することとなっている。

  インドは約11億の人口を有するが、多数を占めるヒンズー教徒やイスラム教徒が豚を不浄な動物としており、その食用については制限を設けているため豚肉の消費量はもともと低い。さらに、インドでは、基本的に畜産物はほぼ自給状態にあり、豚肉についても同様の傾向を示している。このため、タイとインドの間では豚肉の貿易実績がなく、今後関税が撤廃されても豚肉の貿易数量へ与える影響はほとんどないものと考えられる。ただし、タイはインドから大豆など多量の飼料原料を輸入しているため、飼料原料の調達に関してはそのメリットがあるといえる。

 (3) 中国
  アセアンと中国との間で2002年にFTA枠組み合意に達しており、2010年までにアセアン当初加盟6カ国(タイ、インドネシア、マレーシア、シンガポール、フィリピンおよびブルネイ)はすべての関税を撤廃、残りの新規加盟4カ国(ベトナム、ミャンマー、ラオスおよびカンボジア)は2015年までに関税を撤廃することになっている。

  この合意の一環として、2003年10月より農産物のアーリーハーベストが実施された。この結果、タイでは中国から安価なにんにく、玉ねぎ、にんじん、ジャガイモなどの輸入が急増し、これらの生産農家は大きな打撃を受けている。豚肉や豚肉調製品もアーリーハーベストの対象品目となっており、2004年から段階的に関税が引き下げられ、2006年には撤廃されている。

  中国において、豚肉は食肉全体の約3分の2を占めており、経済需要の伸びに伴い豚肉消費量も増加傾向にある。ただし、豚肉需要についてはほぼ自給状態であるとともに、米国やカナダなどからの輸入も行われてはいるが、主に高級ホテルやレストラン向けとなっている。豚肉の輸出は、香港やシンガポール向けが主体であるが、タイ向け輸出数量も増加している。豚肉の生産コストについては、タイがキログラム当たり約41バーツ(約144円)であるのに対して、中国が同約35バーツ(約123円)との試算もあることから、中国とのFTAについては、タイの養豚産業にとって大きな脅威となる可能性も高い。

表18 インドにおける豚肉消費量および生産量

資料:FAO Statiatics


表19 タイの大豆輸入額(対インド)

資料:Global Trade Information Services


表20 タイの豚肉輸入額(対中国)

資料:Global Trade Information Services


6 今後の展望

(1)アセアン市場の有望性

 先にも述べたとおり、アセアンでは域内の貿易自由化を促進するため、AFTAが92年1月に合意に達し、翌93年からAFTA実現に向けた共通有効特恵関税(Common Effective Preferential Tariff:CEPT)スキームが開始されている。CEPTの対商品目は、同域内で生産されたすべての工業製品と農業製品とされているが、例外品目としてセンシティブ品目などの適用が認められており、コメ、家きん肉や豚肉などの畜産物、野菜類が該当する。CEPTの最終関税率(0〜5%)の実現目標年は前倒しされてきており、アセアン当初加盟6カ国では2002年までにおおむね達成されている。今後は、新規加盟4カ国が2015年までには一部の例外を除き関税撤廃を実施する予定となっている。

 アセアン各国における豚肉消費量は、総じて増加傾向を示しており同域内ではベトナムとフィリピンが上位となっている。また、各国の豚肉生産量もフィリピンを除き増加傾向にあり、かつ統計上ではほぼ自給が可能な水準となっている。ベトナムでは、社会経済開発計画を策定の上、豚肉の増産に取り組んでおり、フィリピンではタイと同様に大手インテグレーターが一貫生産体制を築いている。

 同地域ではシンガポールとインドネシアの全土、マレーシアとフィリピンの一部地域を除き、口蹄疫の清浄地域とはなっていない。このため、タイにおいては、今後AFTAが進展し関税が撤廃された場合、同域内における飼料原料の輸出入ではプラスに働くことも考えられるが、生鮮豚肉などの流通は制約されているため、同域内における豚肉の自由化が同国の養豚産業に与える影響はあまり大きくないと考えられる。さらに、加熱調理された豚肉調製品の輸出については、生鮮豚肉ほどの制約は受けないものの、同域内各国が基本的に豚肉の自給が可能な状態にあることや、インドネシアやマレーシアなどイスラム教徒が多数を占める国家も域内に存在するため、アセアン市場はタイ養豚産業にとって、当面はシンガポールなど一部を除き有望な市場とはならない可能性が高い。

(2)アセアン以外の輸出先を模索

 タイ養豚産業にとって、同地域において唯一有望な市場となっているのがシンガポールである。同国は、同域内ではGDPが最も高く、かつ中国系住民が約7割を占めていることから、豚肉の消費量も多い。タイ政府は、シンガポールの市場規模を香港に匹敵する規模と有望視しているが、タイが口蹄疫の清浄地域でないため、シンガポールは豚肉調製品しかタイからの輸入を認めていない。

 また、同域内の2005年における貿易規模は、輸出総額が約1,201億ドル(約14兆5,321億円:1ドル=121円)、輸入総額が1,018億ドル(約12兆3,178億円)となっており、全体の貿易額に占める割合は約2割となっている。一方、米国や日本およびEUとの貿易額は、それぞれ1割を超える水準となっており、この3地域を合計すると全体の約4割を占めている。

(3)豚肉調製品の輸出拡大

 タイ養豚産業としては、生鮮冷凍豚肉の輸出には口蹄疫という制約があるため、産業規模の拡大を図るためには豚肉調製品の輸出促進が当面の課題となる。タイからの豚肉調製品の輸出数量は、ここ数年増加傾向で推移しており、2005年には豚肉輸出数量の約5割が豚肉調製品となり、輸出額の割合は日本とEU向けで全体の9割を占めている。

 日本やEUなどにおける市場を確保するためには、各国の高い衛生基準に対応するとともに各国消費者に受け入れられる品質を維持する必要があり、これが可能なのも、タイのCPグループやベタグログループなどの大手インテグレーターが、飼料の生産や種豚の飼育、子豚の生産・供給、肥育から加工処理、輸出までの一貫した体制を構築しているからと言える。また、これらの大手インテグレーターは、積極的に外資と提携するとともに、輸出先国の水準に合わせた品質改善に要する技術を導入してきた。初期段階では、主に冷凍・冷蔵食品に係る技術導入などが主流であったが、現在では各国消費者による食の安全性や健康志向などの高まりに対応するとともに、ほかの豚肉輸出国との競争もありタイ産豚肉調製品の高付加価値化への対応などが主流となりつつある。

(4)日本市場の確保に向けた取り組み

 大手インテグレーターのうち、ベタグログループは日系企業との合弁事業に積極的であり、80年には初の合弁事業として鶏の生肉・冷凍肉の製造工場を設立したのに始まり、93年にはSPF(Specific Pathogen Free)豚の生産を開始している。その後も、SPF豚肉処理施設の設置や日系食品会社との合弁による豚肉加工冷凍食品工場を2005年に稼働させるなど、主に日本市場を念頭に置いた事業展開を実施している。CPグループも日本の食肉加工メーカーとの合弁による豚肉加工場を稼働させており、日本を含めたアジア諸国やEUなどの市場開拓を目指している。

 日本において豚肉調製品・加工品の輸入数量は増加傾向で推移しているが、タイ産豚肉調製品についても高付加価値化へ向けた取り組みが積極化していることなどにより、日本の輸入数量に占める割合は、2003年の約4%から2006年の約12%まで増加している。同時に、日本ではソーセージの輸入数量も急増しているが、タイからの購入数量は2003年の約223トンから2006年の1,600トンにまで増加しており、輸入数量の過半を占める中国や約15%を占める米国には及ばないものの、着実に数量を増やしている。

 現在、日系企業との合弁事業を進めているのは、主にCPグループとベタグログループである。あるインテグレーターは、日本市場への参入を希望してはいるが、日本企業のパートナーを模索している状況としている。日本市場への参入を図る場合、日本側合弁企業の製品開発力や加工技術力が不可欠であるとともに、タイ産豚肉調製品・加工品に対するマーケティング力も必要とされる。日本市場における成功のためには、タイ側インテグレーターによるトレーサビリティ確保が可能な一貫生産体制の構築・維持に向けた努力はもちろんのこと、新規商品の開発など日本側合弁企業の力量も併せて必要と考えられる。

表21 アセアン各国1人1日当たり豚肉消費量
資料:FAO Statistics
    シンガポールは、Agri-Food and Veterinary Authorityの公表数値より算出


表22 アセアン各国豚肉生産量

資料:FAO Statistics


表23 日本の豚肉調製品・加工品輸入量

資料:財務省 貿易統計


表24 日本のソーセージ輸入量

資料:財務省 貿易統計

7 おわりに

 タイ産の豚肉調製品については、加工処理施設などへの積極的な投資もあり、近年の輸出量は順調に増加している。業界団体は、2007年の豚肉調製品などの輸出量については、引き続き増加傾向が続くとの見通しを示している。DLDは、タイ産豚肉の輸出増加を図るため、長年の懸案である口蹄疫清浄地域の設置に向けた取り組みを計画している。DLDは同国東部地域を口蹄疫清浄地域とするため、当該地域における家畜へのワクチン接種を強化するほか、家畜の移動なども管理する方針とされる。国内にOIEの国際基準に沿う口蹄疫清浄地域を設けることで、今後は、加熱処理を施さない生鮮冷凍豚肉の輸出開始を目指していくとしている。

 DLDの計画通りに生鮮冷凍豚肉の輸出が可能となり、さらに輸出に頼るだけでなく豚肉の国内消費量も増加傾向が持続すれば、タイ養豚産業はより拡大することが可能であろう。2004年にAI発生が確認された直後は、政府の初期対応に問題があったこともあり鶏肉需要の低下とともに豚肉需要への移転がみられた。しかし、その後は鶏肉需要の回復を図るため、同国政府やアグリビジネス企業を中心に需要促進策が推進されており、今後も鶏肉の代替需要が持続する保証はない。バンコク市場における卸売価格の推移をみても、豚の生体価格は昨年6月以降総じて下降傾向を示している。今年1月以降は、おおむね前年比20%前後の下落となっており、豚肉の供給過剰がその要因とされている。5月には、国内の小規模養豚農家が、大手インテグレーターによる豚肉の過剰生産が価格下落の要因として抗議活動を実施している。

 このように、豚肉生産量の7割を占める小規模養豚農家の生産動向に注視する必要がある。小規模養豚農家の生産動向によっては、国内の収益基盤が揺らぐことにもつながりかねず、輸出志向のインテグレーターの生産拡大を阻害し、養豚産業の持続的な発展に影響を及ぼしかねない。


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