米国の農業関係者、不法移民の取締規則の強化に苦悩


不法移民対策は政府にとって積年の課題

 米国国土安全保障省のチャートフ長官と商務省のグティエレス長官は8月10日、国境警備と不法移民対策を強化するため、移民法に関する関係規則の改善を行うことを公表した。

 米国では、テロ対策の強化やメキシコ系移民の急増に対し、現行の移民法制度は機能していないとの批判が強い。本年5月にはブッシュ大統領と民主党議会指導部との間で、国境警備を強化する一方で国内の不法移民の合法的滞在を認めることなどを内容とする包括的移民法の制定が合意されたが、この合意案は上院での審議・採決において二度にわたって否決され、6月末には実質的に廃案に追い込まれていた。

 今回の規則の改善は、現行法の権限の範囲内で可能な限りの移民規則の改善を行うことで、米国内で懸念の高まる不法就労者問題に対応しようとするものである。ブッシュ大統領は、同日、「破綻した移民制度を包括的に改善する法案は議会により否決されたが、政府としては、現行の改善措置をさらに前進させるための対策を講ずる」とする声明を公表している。


農業関係者は雇用者への罰則適用に困惑

 今回の規則の強化のうち、農業界が最も懸念しているのは、「従業員が不法移民であるという事実を知りながら雇用を継続している事業者に対して民事罰を科す」とされている現行法上の規定が9月14日から実行に移されるという点である。具体的には、不正確な個人証明情報(ID)を持つ労働者を相当数雇用している事業者が国土安全保障省や社会保障庁から「不整合書簡」を受け取った場合、90日以内に具体的な対策をとらなければ、事業者自身が民事罰(最高で不法移民の雇用1人当たり1万ドル(約116万円:1ドル=116円)の罰金)を課されることになるというものである。

 これに対し、雇用労働力の多くを不法就労者に依存しているとされる農業関係者の間には、政府による取り締まりの強化に対する警戒感が広がっている。

 米国最大の総合農業団体であるファーム・ビューローのストールマン会長は、規則の内容は精査中であるとしながらも、これが実施されれば農家にとっては大きな負担となるとして、その影響を注視していく考えを表明している。また、国土安全保障省がH2−Aビザ(収穫期に農作業に従事する者に期間限定で発給されるビザ)の運用改善を行うとしていることを歓迎しつつも、年内の実施が困難とみられることは不満であるとしている。


不法移民の労働力は競争力のある産業構造の維持に不可欠

 公式統計こそないものの、米国の農業がIDを持たない労働者によって支えられていることは、多くの農業関係者が公言する「常識」である。規則の強化を公表したチャートフ長官も「米国の経済界の中で、外国人労働者の合法的受入れを最も強く望んでいるのは農業界である。」とし、農業界に多くの不法移民が雇用されていることを示唆している。また、カリフォルニア州選出のファインスタイン上院議員は、野菜・果実の農場労働者の70%がIDを持たないと推定されるとし、労働力不足により同州は11,000人の雇用を隣接するメキシコに奪われていると懸念を表明している。

 これに対し、多くのメキシコ系移民を従業員として抱える食肉加工業界は、今回の規則について表だったコメントは行っていない。しかし、先月28日にはオハイオ州の食鳥処理場に国土安全保障省移民税関執行局の査察が入り、100人を超える労働者が逮捕されるなど、昨年末から食肉業界が不法移民規則の強化の標的にされていると受け止める関係者も少なくない。今回の規則が実施されれば、雇用者側が直接罰則の適用を受けることから、大手食肉加工業者の大半が会員となっている米国食肉協議会(AMI)は、会員からの照会に対応するQ&AをHP上で公表するなど、実務的な対応に力を入れている。

 このような中、サンフランシスコの連邦地裁は9月4日、米国労働総同盟産業別組合会議(AFL−CIO)などの申し立てを受け、雇用者への罰則適用に関する規則を10月1日まで暫定的に猶予する決定を行っている。

 なお、カナダでは豚肉を中心に食肉加工場の閉鎖が相次いでいるが、その理由として、カナダドル高に加え、安価な労働力の確保が困難となっていることが大きいとされている。


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