調査・報告

EUが進めるBSE対策などの見直しの概要について

ブリュッセル駐在員事務所  和田 剛、小林 奈穂美

1 はじめに

 世界的なBSE発生問題の発端となったEUでは、その経験を基に、モニタリング強化、特定危険部位(SRM)の除去、飼料規制などの種々の対策に取り組み、またその改善を積み重ねてきた。この結果、過去に年間3万7千頭以上のBSE陽性牛が確認されたイギリスでは、2006年のBSE陽性牛が129頭にまで激減、またほかの加盟国でも陽性牛の頭数は毎年減少している。一時的な食肉需給の混乱についても収束し、牛肉消費は完全に平常に戻っている。

 EUは、それまでのBSE対策の見直しの方向を示す「TSEロードマップ」を2005年5月に取りまとめ、新たな技術開発や科学的知見を基に、最優先課題である食品の安全性や消費者の保護に影響を与えない範囲で主にその対策を緩和する方向で見直しを進めている。

 TSEロードマップについては、「畜産の情報(海外編)」2005年9月号において、その詳細をレポートしたが、今回のレポートでは、そのフォローアップとして、先にBSE問題に直面し、また対応を進めてきたEUが、TSEレポート公表後約2年間にわたって進めてきたBSE対策の見直しの概要を報告する。


2 EUにおけるBSE対策の概要

(1)TSE対策の実施背景・状況

 EUではこれまで、動物およびヒトの健康を脅かすものとして、伝達性海綿状脳症(TSE)のリスク管理に力を入れてきた。TSEは脳の退化を伴う疾病で、ヒトで見られるクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)、牛で見られるBSE、羊や山羊で見られるスクレイピーなどがある。このうち、最も多くの罹患(りかん)が確認され、また農畜産業に深刻な影響を与えたのはBSEである。

 2006年のEU25カ国におけるBSE陽性牛の頭数は320頭で、前年の561頭に比べ4割以上減少している。この減少傾向はEU全体でみられる。この背景には、2001年5月に制定された「TSEの防疫、管理、撲滅に関する規則(EC/999/201)(以下、「TSE規則」という。)」に基づく対策の実施がある。主な柱は、SRMの除去、動物由来たんぱく質の飼料給与制限(フィードバン)、牛、羊、ヤギにおけるTSEの監視(モニタリング)である。

 このような取り組みにより、EUにおけるTSEの発生は近年、激減している。

表1 近年の加盟告別BSE陽性牛頭数の推移

図1 主要食肉の1人当たり年間消費量の推移

(2)近年の食肉需給の状況

 96年から2005年までのEU15カ国の1人当たりの年間食肉消費量の推移を見ると、96年のBSEクライシス以降、99年にかけて年により変動はあるものの、牛肉、豚肉、家きん肉のいずれも増加傾向で推移した。その後、牛肉については2001年の第2次BSEクライシスに端を発した消費量の一時的な減退が見られ、2001年には99年と比べ1割以上減少した。その後は、需給の混乱も収まり、2002年以降、いずれの食肉の消費量も安定して推移し、BSEに関してはその影響はまったく無いと言って良い状態となっている。

(3)TSEロードマップにおける見直しの方向の概要

 欧州委員会は2005年、TSE対策についての今後の見直しの方向を示した「TSEロードマップ」を公表したが、その概要は以下の通りである。

(1) TSEロードマップにおける短・中期(2005〜09年)における見直しの方向
 ア SRMの除去対象および対象月齢の引き上げ
  引き続きSRMの確実な除去により、現在の消費者保護のレベルを確保・保持しながら、新たな科学的知見に基づきSRMとする部位や対象月齢を変更する。
 イ フィードバンの緩和
  一定の条件が整えば、「全家畜を対象としたフィードバン(total feed ban)」を緩和する。
 ウ 監視プログラムの見直し 
  牛などの検査対象頭数を削減しつつ、対象を絞った監視の実施によりTSE対策の効果を把握。
 エ BSEリスクによる各国のカテゴリー分け
  カテゴリー基準を簡素化し、2007年7月1日前までに各国のカテゴリー分けを結論づける。
 オ 関連牛のとうた
  関連牛を即時にとうたすることを中止。この代案として、処分時期を生産活動を終えるまで(供用を終えるまで)延期すること、またはと畜された動物に対する迅速検査の結果、陰性であればフードチェーンに入れることを検討。
 カ イギリスに対する特別な措置の見直し
  一定の要件を満たす状況であれば、イギリス産牛肉・牛肉製品の輸出に関する規制の解除を検討。

表2 2005年夏時点でのEUにおける主なBSE対策の概要

(2) TSEロードマップに沿って行ったこれまでの見直しの概要(2006年秋まで)
 2006年冬以降、BSEやそのほかのTSEに関する対策に関し、大きな変更が行われた。その詳細は後述するが、2006年秋までにもTSEロードマップに沿ってさまざまな改正が行われている。概要は以下のとおりである。

表3 これまでの主な見直しの概要(2006年秋まで)

<コラム> 身近に感じたBSE対策緩和の恩恵

 イギリス産牛肉・牛肉製品の輸出に関する規制が2006年5月に解除されたことにより、筆者の住むベルギーのスーパーでも、イギリス産牛肉を目にする機会が多くなった。

  一般にベルギーで販売される牛肉は、ベルジャンブルー種を筆頭に、シャロレー種、リムジン種などから生産される、いわゆる「真っ赤」な牛肉が多く、ある程度の脂肪(サシ) の入った牛肉を食べ慣れた者にとっては、少々もの足りなさを感じるものとなっていた。一方、アンガス種などから生産されるイギリス産牛肉には、ベルジャンブルー種などと比べサシの見られる牛肉が多く、イギリス産牛肉解禁はわが家の食卓にとって朗報となった。


ベルジャンブルービーフ

アンガスビーフ

 また、2005年12月に改正された牛脊柱の除去対象月齢の「12カ月齢超」から「24カ月齢超」への引き上げは、ロースとヒレを脊柱と一緒にカットした、いわゆる「Tボーンステ ーキ」の解禁として、欧州委員会もプレスリリースで大々的に報じた。このようなカット 肉をスーパーで見かけることはあまりないが、食肉専門店などで注文すればTボーンステ ーキは入手可能である。このBSE対策緩和もまた、わが家の食卓を賑やかにするもので あった。


Tボーンステーキ


3 TSE規則の最近の主な改正点

(1)委員会規則(EC/1932/2006)によるTSE規則の全般的な変更

 2006年12月に制定された委員会規則(EC/1932/2006)は、TSEロードマップに沿ったTSE、BSE対策の全般的な見直し規則である。主な改正ポイントは次のとおりであるが、例えばカテゴリー分けについてもその方向・方針が示されたのみであり、その具体的な内容や基準については今後、順次決定されるものとなっている。

(1) BSEリスクに応じた各国のカテゴリー分けの変更

 BSEリスクに応じた各国のカテゴリー分けを、同規則に規定されている「5つのカテゴリー」から、2005年5月の国際獣疫事務局(OIE)総会において採択された、簡素化された「3つのカテゴリー」(カテゴリー1:無視できるBSEリスクの国、カテゴリー2:管理されたBSEリスクの国、カテゴリー3:BSEリスクが不明の国)と同様の区分へ変更する。これに伴い、輸入の条件や対策のレベルなどは、すべてこのカテゴリーに応じて規定される。なお、具体的な各国のカテゴリーは、後述の委員会決定(2007/453/EC)により規定されている。

(2) 一定の条件を満たす場合のサーベイランスの緩和

 現在、加盟国で同一の条件により実施しているサーベイランスについて、BSE陽性牛の顕著な減少を証明する最新データの提示や、適切な監視やフィードバンの最低6年以上の実施など一定の条件を満たす加盟国については、緊急と畜牛や死亡牛の検査対象月齢の引き上げや、年間に実施するサーベイランステストのサンプル数を減じることができる。

(3) 魚粉の飼料への利用

 現在、反すう動物に対してはすべての動物由来たんぱく質を飼料として給与することを禁止しているが、科学的な根拠に基づく場合、これを一部緩和し、若齢の反すう動物に対しては魚粉を飼料として給与することを認める。

(4) わずかな量の動物由来たんぱく質の飼料混入の容認

 飼料中における動物由来たんぱく質の混入について、偶発的であり、かつ、技術的に混入が避けられない場合は、これがわずかな量であれば、リスク評価に基づき設定する水準まではその混入を許容する。

(5) SRMの規定の変更

 除去および廃棄の対象となるSRMのうち、牛の脊柱については、現在の24カ月齢超由来のものから、別に定める月齢に変更する。これに関連して、現在、欧州委員会ではこれを30カ月齢超への引き上げを検討中である。なお、この牛の脊柱および12カ月齢超の牛由来の脳、脊髄、眼球、舌については、現在規定されている規則の別表から条文中での規定に変更する。

(6) 食用の肉とすることを禁止すると畜方法の追加

 カテゴリー2、3の加盟国では、と畜の際に脊髄の破壊(ピッシング)を行った反すう動物由来の肉に加え、それに先立つスタンニングにより開いた頭がい骨の穴にガスを注入した反すう動物由来の肉も食用とすることを禁止する。

(7) MSMの製造の禁止

 カテゴリー2、3の国由来の骨付き肉から、機械的除去肉(MSM: Mechanically Separated Meat)を製造することを禁止する。

(8) BSE陽性牛と関連する牛のとうた基準の緩和

 現在のBSE陽性牛と関連のある牛の速やかなとうたについて、希望する加盟国においては、一定の条件を満たせば、その処分時期を生産活動を終えるまで(供用を終えるまで)延期することできる。

(9) 食品として流通可能な動物の定義の変更

 カテゴリー3の国における牛製品が含まれた動物由来の食品については、以下の基準を満たさない場合、市場での流通を禁止する。

  ア ほ乳動物由来のたんぱく質の反すう動物への給餌を禁止した日から8年目以降に生まれた動物
  イ BSEの発生が最低7年間確認されていない群内において生まれ、飼養された動物

(2)BSEリスクに応じた各国のカテゴリー分けの変更に伴う改正
  ─委員会規則(EC/722/2007)によるTSE規則の別表改正─

 TSE規則では、輸入の条件や対策のレベルを、BSEリスクに応じ決定されるカテゴリーごとに定めている。ただし、前述の委員会規則(EC/1932/2006)により、このカテゴリー分けをOIEによる3つのカテゴリー分けに合わせることとなった。このため、従来の5区分のカテゴリー分けに対応していたTSE規則の以下の別表について、委員会規則(EC/ 722/2007)により改正を行った。(表4参照)

表4 BSEリスクに応じたカテゴリー分け変更に伴い改正された別表の概要

 なお、これまで、実際にはBSEリスクに応じたいかなるカテゴリー分けも適用されてこなかったことから、SRMに関する別表5の規定は実質機能せず、別表]Tに定める、カテゴリー分けによらないEU全体でのSRMに関する移行措置規定を適用してきた。今回、新たにOIEによるカテゴリー分けが適用されるに当たり、SRMに関する移行措置を定めた 別表]Tは廃止されている。

(3)具体的なBSEリスクに応じた各国のカテゴリー分けの適用

 OIEにより決定される「BSEリスクに応じた各国のカテゴリー分け(BSEステータスの決定)」を適用する法的な環境は整ったが、具体的な各国のBSEステータスを規定する委員会決定(2007/453/EC)は、2007年6月29日付でようやく制定され、7月1日より適用された。(なお、本決定は、TSE規則が引用する法令であり、TSE規則の改正ではない。)

 具体的なカテゴリー分けは、本年5月に行われたOIEの総会における国別ステータス評価で認定された11カ国については、そのBSEステータスを適用している。

 さらに、EU加盟国(27カ国)および欧州自由貿易連合(EFTA)加盟国のうちアイスランドとノルウェーの計29カ国についても、OIEのステータス評価とは別に、暫定的に、BSEステータスを決定している。(表5参照)

表5 BSEリスクに応じた各国・地域のカテゴリー分け (委員会決定(2007/453/EC))

4 おわりに

 世界のBSE問題の震源地となったEUは、望むと望まざるにかかわらず、先の問題経験者としてその対応が常に世界から注目を浴びてきた。そして、それらも参考に関係者の努力の結果、EUのみならず世界的に見てもBSEは、現時点で収束に向かっていると言える。また、BSE発生は、世界的にも食の安全・安心に対する消費者の意識を高める一つの契機になった。

 わが国においても、2001年のBSE発生以降、多大な努力・犠牲を払って食の安全・安心を守るシステムを構築してきた。その際には、やはりEUの取り組みが1つの参考となった。

 そのEUは、食品の安全性や消費者の保護を前提に、2005年以降、着実な成果を背景にBSE対策の緩和を進める段階に入っているが、今後も、その動きを注視していきたい。


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