特別レポート

チリにおけるメディアを通じた牛乳・乳製品の消費促進の取り組み

ブエノスアイレス駐在員事務所 横打 友恵、松本 隆志

1 はじめに

 チリにおいてもわが国同様の少子化、高齢化といった人口構成の変化、経済の上昇に伴う消費の変化が顕著である。これらの変化に伴い、普通牛乳からフレーバー牛乳や低脂肪牛乳へのし好やヨーグルトの消費の増加といった変化が見られる。一方、飲用牛乳の消費量は南米の近隣諸国と比べ、極めて低い水準にある。このため、チリでは政府レベルでの飲用牛乳の消費促進活動を行い、著名人を活用したCMにより、若年層の間で牛乳の位置付けの見直しを呼びかけ、関係者は手応えを感じ始めている。

 こうした中、6月にチリ生乳生産者連盟(Fedeleche)主催のチリ酪農乳業セミナーが開催され、同国における乳業情勢などの講演が行われ、聴講する機会を得たことから、同セミナーでの講演内容も含めてチリにおける牛乳・乳製品の消費促進の取り組みについて報告する。


2 牛乳・乳製品の消費動向(97〜2006年)

 チリ農業省農業政策・調査局(ODEPA)の統計によると、チリにおける1人1年当たりの牛乳・乳製品の消費はその大半においてこの10年間で増加しており、特に直近2年間は150リットル台に達している。

 97年から2006年の10年間の増減を品目別に見ると、以下に大別される。
 ・大きく増加:ヨーグルト、バター、クリーム、フレーバー牛乳、ドゥルセデレチェ
 ・やや増加:チーズ、普通牛乳
 ・減少:練乳、粉乳

 牛乳・乳製品の消費が大きく増加したグループの中で、ヨーグルトの増加要因としては、調理の手間のかからない商品であることが考えられる。また、新ブランドあるいは既存ブランドのリニューアルによる伝統ブランドとの競合があり、この競合が価格に反映されたことで、99年と2006年を比較しても価格にほとんど変動がみられなかったこと、さらにこの間の所得の向上やフレーバーや低脂肪乳などの種類の増加に加え、カルシウムや鉄分添加などの機能性が製品に加わったことも消費を押し上げた要因とみられる。

表:1人1年当たりの牛乳・乳製品消費量の推移

チリの主要な乳業ブランド

 れん乳および粉乳は輸出品目としての需要が高く、このため国内向けの供給が減少している。他製品に比べ価格も上昇しており、1人当たりの消費量の減少につながった。

 飲用乳の中で普通牛乳は、粉乳の消費減少の恩恵を受けておらず、価格も上昇していることから消費の増加は小幅にとどまっているが、低脂肪あるいは無脂肪といった高価格製品の消費が増加している。

表:小売価格の比較(99年/2006年)

 また、フレーバー牛乳は主に学齢期の子供の消費を期待していることから、子供に人気のあるキャラクターがデザインされたパッケージが使用され、広告もほぼ独占的に子供向けとなっており、購買者である大人が子供たちへの牛乳摂取を勧める上で興味を引く選択肢となっている。一方で、このような広告戦略は、若者層から見ると、飲用乳は子供の飲み物という印象を与えるきっかけになってしまっているとみられる。


3 飲用乳の消費の特徴

(1) 所得階層別飲用乳の浸透
 2003年のサンチャゴ市における飲用乳の購入割合に関する調査によると、低価格の普通牛乳やフレーバー牛乳については中・低所得層での購入率が高く、一方、価格が高めの脱脂乳や部分脱脂乳は高所得層での購入率が高い。高所得層において飲用乳からのカロリー摂取を控える傾向がみられる。

所得階層別飲用乳購入率(2003年)

注:高所得層(月収180万ペソ以上750万ペソ未満:2,613米ドル以上10,886米ドル未満)
  中所得層(月収44万ペソ以上180万ペソ未満:639米ドル以上2,613米ドル未満)
  低所得層(月収6万3千ペソ以上44万ペソ未満:91米ドル以上639米ドル未満)
  −2002年センサスより

(2) 年齢別
 また、Nestle Chileが行ったアンケート調査によると、調査日の前日に少なくともコップ1杯に相当する牛乳を摂取したかという問いに対し、「摂取した」と回答した割合から、牛乳摂取は2歳から5歳の間にピークを迎え、6歳以降に摂取量の減少が見られ、この傾向は成人まで続くが、30代後半から回復し、年齢の上昇に伴い再び増加しているという結果が得られた。

 子供の頃には母親が何を飲ませるかの主導権を握っているため、牛乳の摂取も多いが、学齢期を過ぎると自分の好みを主張し、何を飲むかを選択するようになることで摂取は減っていく。一方、30代後半からの回復は、骨粗しょう症に代表されるカルシウム不足などによる疾病に対し、栄養素の重要性を徐々に再認識し、一番身近な牛乳を摂取することで予防するためとみられる。

年齢別牛乳消費割合

(3) 種類別
 チリでは生乳受入量の約2割が飲用乳に向けられ、そのうち9割以上がロングライフ牛乳である。ロングライフ牛乳が主流を占める理由としては、

 (1) 消費期限が約半年で、冷蔵を必要としないため、チリのように南北に細長い国土を持つ国では、流通や品質管理の面で有利であること

 (2) 常温での保存が可能であることから、消費者にとっても毎日購入する必要がなく、後述するように平均して2週間に一度の頻度となっていること

 また、過去10年の間に飲用乳消費は伸びてきたが、消費する牛乳のタイプは変化している。98年と2006年を比較してみると、普通牛乳は98年には全体の62%を占めていたが、2006年には57%に低下、一方、フレーバー牛乳は18%から22%に上昇、また脱脂乳も11%から15%にシェアを伸ばしており、低脂肪、乳糖なし、カルシウム入りといった付加価値製品の増加が顕著である。

タイプ別飲用牛乳シェア(1998年)

タイプ別飲用牛乳シェア(2006年)

 
スーパーの陳列棚に並ぶ鉄分入りLL乳、乳糖なしLL乳、脱脂LL乳

(4) 購入場所
 消費者は主にどこで乳製品を購入するのか、AC Nielsenの資料によると、77%がスーパーマーケットなどの量販店を利用、次いで小売店が21%となり、さらに薬局が新たなオプションとして台頭し、2%を占めていることが最近の特徴として挙げられる。

 乳製品の購入頻度を見ると所得層間で差はないが、牛乳は2週間に1回、平均5リットルをまとめて購入し、クリームは2カ月に1回といった製品による頻度の差がある。

(5) 形態別
 また、販売される飲用乳の形態を見ると、4分の3以上がロングライフ用ブリックタイプの紙パックの容器であり、次いで約1割がピロー型のビニールパック、プラスチックボトルは7%でそのうち3%がロングライフ用に向けられている。

 ビニールパックでの販売は、南米ではよく見かける販売形態であるが、まれに破れて牛乳が漏れている商品もみかけることがある。

 チリにおいても、少子化、女性の社会進出、若者層の増加が社会現象であり、消費についてもこれらへの対応が課題となっている。合計出産率は1960年の4.3人から2005年には2.1人に減少し、また、2002年には全世帯の半数が3人以下となるなど家族規模の縮小もみられる。少子化傾向は、家庭での消費が中心である飲用牛乳の消費の減少につながり、生乳の需要増加へのブレーキとなり得る。また、女性の社会進出による変化は、料理のために割く時間の減少を生じさせ、1世帯当たりの人数の減少は、単身世帯の増加を意味し、若者層を中心とした単身世帯における朝食を取る機会の減少につながるなどの要因を引き起こしている。こうしたことから、加工済みまたは半加工済み製品といった手間のかからない製品や単身世帯に考慮した品揃えやサイズが一層必要とされていくものと思われる。一方で、消費者の所得の増大は、高付加価値化された、価格のより高い牛乳・乳製品の提供の可能性を予見させるものである。

 また、チリと日本においては飲用牛乳の購入習慣が大きく異なっていることが特筆される。乳製品と同様、生鮮品として冷蔵ケースで保管されている日本とは違い、チリではチョコレートやバナナ、イチゴ味などのフレーバー牛乳をはじめ、乳糖なし、脱脂乳などのさまざまな種類のLL牛乳がミネラルウォーターやほかの清涼飲料とともに常温の陳列棚に並んでいる。飲用乳はこれらの清涼飲料類と競合する環境にあるため、今後、チリにおける飲用乳の消費促進を図るためには、どのようにして若者層を取り込んでいくのかがカギとなると言える。

年齢別・男女別人口ピラミッド

飲料の種類別シェア(1日当たり平均消費量)



4 政府および民間による飲用乳消費促進活動

(1)「Yo Tomo(私は飲んでいる)」

 チリでの飲用乳消費促進に対する取り組みは、Fedelechaがその中心的な役割を担っている。同団体は98年にチリの生乳生産の保護、振興を図るために設立された。

 牛乳・乳製品の消費量が1人1年当たり200リットルを超えるアルゼンチンやウルグアイなどと比較するとチリの消費量は極めて低いレベルにあり、世界保健機構(WHO)やチリ保健省が推奨する年間摂取量である160リットルに達していなかった。

 一方、国内消費量は国内乳業部門の成長の支えであり、飲用乳の国内消費の増大は、乳業部門の将来の基盤の構築およびその補完としての輸出拡大を可能とすることから、中長期的な国内消費の促進活動の実施が決定された。

 政府がこれまで行ってきた消費促進活動は、保健省や教育省による栄養補完プログラムの一環として、学齢期の子供とその母親、または妊婦を対象に牛乳やそのほかの食料を支給する、あるいは、収入の少ない家庭の児童を対象に菓子パンやビスケットを提供するといった内容であった。

 今回のFedelecheを中心とした取り組みでは、牛乳を敬遠しがちな10代から20代前半の若年層への飲用乳の消費の浸透を図ることが重要として、対象をこれらの世代に絞っている。政府、生産者、乳業メーカーなどが一体となり全国的に展開する活動は、5年を中期の目標として2002年より開始された。


キャンペーンを通して使用されるロゴ

 (1)これまでのキャンペーン内容
 チリの消費者が牛乳に対して抱くイメージは、ポジティブな点では、「理想的健康食品」、母親や子供の「トップ・オブ・マインド」であることが挙げられる一方、ネガティブな点として、「牛乳は家庭に存在し、母親、小児、老人と共存するもの」、「若者や成人とのつながりが薄い」、「魅力的な特徴に欠ける」などが指摘されている。

 キャンペーン開始の年である2002年は、前述のイメージを踏まえ、国民にとって、牛乳は優先的で重要な食品であるという「トップ・オブ・マインド」の強化を図るため、明確で直接的、驚きを伴うメッセージを通じて若者層にインパクトを与えることを狙った。

 この年は、「有名人の告白」をテーマに、スポットCMにさまざまな分野で活躍する著名人が目を隠して登場し、「昔からいろいろな場所で飲んでいた」と告白する。何を飲んでいたかを明らかにしないため、アルコールか麻薬か一体何を飲んでいたのかと話題になったところで、第2弾として、目隠しを外した彼らが再び登場し、「牛乳を飲んでいた」と告白する内容であった。

 2年目の2003年は、テレビや出版物を通じ、知名度の高い俳優などが「真実を言いたい」と表情や感情豊かに告げ、牛乳は「皆」が飲むものであることを「牛乳のキャンペーンであることを気づかせず」好奇心をあおる形で訴えかけた。

 2004年にはテレビ、インターネットを通じ、スポーツ選手、俳優、ミュージシャンなど10名の著名人が牛乳の入ったコップを手に裸で登場し、それぞれの言葉で牛乳の健康への効果を語る内容となっており、牛乳が世代を問わず「皆が飲む」重要な製品であることを著名人の体によりそのメリットを証明することで強調している。

 2005年は「クール」をキャッチフレーズに、これまでのキャンペーンと同様に牛乳に対する若いイメージの浸透を働きかけ続けるとともに、栄養との結び付きの強い幼児や高齢者だけではなく、牛乳を異なる世代とライフスタイルに合う、日常の飲み物の一つの選択肢として、消費者の意識に植え付け、消費の場を拡大する方向に向けた。

 2006年は「クール」から「スマート(賢い)」へ。牛乳を栄養面などから「現代的で前向きな飲み物」として、消費の新たな機会の強化を図った。「ロックバンド」や「スケートボーダー」のコマーシャルは、牛乳を飲む経験を「バイタリティ」や「エネルギー」に結びつけることに成功している。

 なお、毎年のキャンペーンに登場する著名人は、いずれも定期的に牛乳を飲んでいることから起用されており、どんなに有名であっても牛乳を飲む習慣がなければ当然のことながら、キャンペーンには参加できない。

 (2)インパクトある内容が奏功
 2006年の予算総額はおよそ110万ドル(約1億3千万円)で、キャンペーンの媒体として、このうち約7割以上がテレビに向けられ、そのほかラジオ、新聞、インターネットなどを利用した活動のほか、夏を控えた11月からは、キャンペーンカーによる行楽地、スポーツ活動の場や学校などへのキャラバンで牛乳やノベルティグッズの無料配布が行われた。このキャラバンでは、130校以上の学校を訪問し、5万人以上の若者の参加があった。

 これまでの間に、牛乳が日常的な飲み物の選択肢の一つとして、消費者に確実に認識され、さらに牛乳の存在が家庭の外での活動に結び付けられるようになり、統計の上でも月間1人当たりの牛乳消費が1.52リットルから1.66リットルへ増加するといった結果を得ている。

 FedelecheのArancibia部長によると、「これまでのキャンペーンの中ではやはり2004年の「裸」が視覚的なインパクトを与えた点で反響が一番大きかった。しかし、成果を伴う効果は別で、これまでの5年間が相乗的、累積的な効果を生んでいると思う。2002年から開始し、4年目に入って消費増大の手応えを感じている」と述べている。また、現在までは、普通牛乳の消費拡大を中心に行ってきたが、需要の増加しているフレーバー牛乳にも対象を広げての活動を引き続き行っていくとしている。

(2)「World School Milk Day」

 国連食糧農業機関(FAO)が毎年9月末に世界中の学校で牛乳に親しむことを目的に行っている催しで参加国は40カ国近くに及ぶ。チリにおいては、教育省傘下の児童救済協議会を通じて実施され、農業省やFedelecheも協賛している。2006年には、選抜された学校で牛の仮装イベントが開催された。


5 終わりに

 飲用乳の消費促進は、若者層をいかに取り込むかが日本においても同様の課題であるが、今回取り上げたチリの消費促進活動は、5年間という短くはない期間を目標に継続的に実施され、若年層の間で牛乳の位置付けを見直させることに成功した例と言える。

 牛乳に対する関心度の低い若者層を対象に直接消費を訴えかけることで、この層での需要拡大はもちろん、以降も飲用を習慣に取り入れ、長期的に国内需要を支えていくことにつながることが期待される。また、それぞれのキャンペーンの内容はどれもインパクトを感じさせるが、関係者のコメントにもあるように、前年のキャンペーンの内容が翌年に反映され、累積され、相乗された効果を生んでいることから、長期的な継続性が何よりも重要と言えるのだろう。


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